正義のケルベロス忍軍~見参! 正義忍軍ケルベロス

作者:秋月きり

 都心を駆け抜ける影は螺旋忍軍。己が望みの成就の為、他の勢力を叩き潰しながら、都会の影を駆け巡っていく。
「お、おのれ、デウスエクスめ!」
 足場にされ、ぐしゃぐしゃに潰された愛車を前に、中年男性は頭を抱えた。保険は適用されようとも、車との思い出がよみがえる筈も無く。
「儂の会社が……」
 崩れ落ちた瓦礫を前に、社長らしき恰幅の良い男性は天を仰ぐ。若い頃、裸一貫から急成長させた会社はようやく、この都心に社屋を構えるまでになった。だが、その社屋も今は無い。従業員に怪我が無かった事は僥倖だったが、螺旋忍軍同士の戦いに巻き込まれた建屋が無事な筈も無かった。
「誰か、奴らを止めてくれ」
 切り裂かれた道路を、破壊された建物を、砕かれた信号機を前に、人々は呻く。――誰もが必死に、その終息を望んでいた。

 そして、ビルの上からそれを見下ろす人影が一つ、あった。少女の外見を持つその影は、名を鯖寅・五六七(ゴリライダーのレプリカント・e20270)と言った。
「あちきの思った通りっす。忍軍同士の戦いは激化の一途っす。東京23区の平和を守るには、やっぱり、アレが必要っすよね!」
 独白の後、五六七は姿を消す。現状打破の為、彼女の編み出した策とは――。

「と言う調査報告が鯖寅・五六七から上がっているわ」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の言葉に、ヘリポートに集ったケルベロス達は興味深げに頷く。
 彼女の報告によれば、東京23区を舞台とした螺旋忍軍達の抗争は激化の一途を辿っているようだ。発端は螺旋帝の血族の捜索だったが、今や、他の勢力を潰す事に注力する勢力も現れている程だとも言う。
「おそらく、ケルベロスによる介入を他勢力の手段だと言う誤解の浸透も考えられるわ」
 しかし、素直に名乗り出る意味もないので、この誤解は捨て置く事にする。そもそも、白影衆の様に他の忍軍を滅ぼす事を是としている存在もいるのだ。誤解を解く意味も薄いのだった。
 それよりも問題は螺旋忍軍同士の抗争により、生まれる被害である。
「で、五六七から『正義のケルベロス忍軍を結成すべし』と言う提案があったのよ」
 人々を守る為に受動的に動くのではなく、能動的に他の組織へ攻撃を仕掛ける。それが彼女からの進言だった。
「現在、螺旋忍軍達は他の勢力を排除する為、いわば、総力戦に突入しているわ」
 その為、本拠地の守りは手薄となっている可能性が十分に高い。
 この好機を叩けば、螺旋忍軍達に大打撃を与える事が出来るだろう。その上、彼らが捜索している螺旋帝血族を探し出し、発見する事が出来るチャンスも巡って来るだろう、と言う目論見もあった。
「螺旋帝の血族がどんなものか判らないけど、発見して適切に処理する必要があるのは間違いないわ」
 その為に螺旋忍軍が抗争を繰り広げているのだ。その考えは確かに頷けるものであった。
「あと、正義のケルベロス忍軍って名乗るのは是としているわ。その方が螺旋忍軍同士の疑心暗鬼を生じさせる事が出来るし」
 何より面白そう。好奇に輝く金色の瞳が、その語句を紡いでいるかのように思えた。
「結構な大規模作戦になるから、みんなには襲撃個所を選んで欲しい。今現在、23区で活動が確認されているのは、次の9勢力ね」
 立てた指を折りながら、リーシャは組織の名前と簡単な説明を行っていく。
「一つ、月華衆。作戦指揮官は『機巧蝙蝠のお杏』。彼女を撃破すれば当分、作戦は行えなくなるでしょうね」
 彼女達の拠点は豊島区にある雑居ビルだ。正面入り口、裏口、隣のビルから屋上へ、窓から潜入、下水道から潜入と言う5つの方法で突入する事が可能だ。
 複数の潜入方法があるが、複数のチームが同じ方法で乗り込めば侵入を察知されかねない為、注意が必要だとのことだった。
「次に魅咲忍軍。こちらには指揮官である魅咲・冴以外にも、7色の軍団とその指揮官が存在しているようね」
 魅咲忍軍は港区にある貸倉庫を拠点としているらしい。
「魅咲・冴を討つ為には結構な戦力が必要となるみたい」
 他の指揮官を討つだけならともかく、彼女の撃破を望むとなればそれだけ戦力が必要と言う事だった。
「そして、大企業グループ『羅泉』。ま、こっちは本当の企業じゃなくて、企業っぽい運用をしているだけなんだけど」
 こちらは世田谷区にオフィスを構えているようだ。勿論、不法占拠である。
「代表取締役社長である鈴木・鈴之助を討つ為には多くの戦力が必要。勿論、それなりの作戦も必要となるわ」
 部下の螺旋忍軍はさほど強敵ではないが、鈴之助は忍軍のトップとして侮れない力量を持つようだ。一瞬の油断が命取りとなりかねない。
「ヴァロージャ・コンツェヴィッチ率いる真理華道は新宿区歌舞伎町のバーを拠点としているわ」
 こちらは戦力が少なく、ヴァロージャの撃破の為には数チームあれば事が足りるだろう。無論、油断できる相手ではないが。
「銀山衆は、霊金の河が開く地下コンサートが千代田区の電気街で行われるようね」
 地下コンサートを襲撃すれば、一網打尽の勝機がある。だが、霊金の河の外、護衛の幹部も一人、警護につくようだ。片方撃破ならば少数のチームで問題ないが、双方撃破ならばそれだけの数が望ましいところである。
「黒螺旋の本拠地は東京に無いようね」
 故に指揮官の『黒笛』のミカドさえ討てれば、その勢力を東京23区から一掃できるようだ。
 黒笛』のミカドは大田区の高級住宅街の豪邸を制圧して、拠点としている模様。庭には番犬ならぬ番忍――下忍が放たれている為、これを引き付けるチームと豪邸に潜入するチームの役割分担が必要となるだろう。
「白影衆は放置して問題ないと思うわ」
 他の螺旋忍軍を滅ぼす事を目的としている忍び達だ。もしも倒すならば台東区の神社を襲撃すればよい。指揮官である雪白・清廉の撃破を狙うならば、ある程度のチームによる襲撃が必要となる。
「テング党は江戸川区の河川敷に秘密基地を作っているけど、……ここは気を付けた方がいいわ」
 マスター・テングの元、強力な四天王が集っていると言う。おそらく多くの戦力が無ければ、マスター・テングと遭遇する事も難しいだろう。
「撃破を目指すなら、それ以上の戦力が必要となるわ」
 もしも彼の撃破を考えるならば、二兎追うものは一兎も得ずではないが、ある程度戦力を集中させる必要があるだろう。
「最後に螺心衆。足立区の雑居ビルの拠点に東京支社を構えているわ」
 彼らはこの作戦に幹部を派遣していない為、比較的攻略は簡単だろう。作戦によってはより少ないチーム数で制圧が可能と思われる。
「どこを襲撃するかはみんなに任せる。でも、目的を完遂する為には、他のチームとの連携が必要となるわ」
「戦力が出払って、手薄になっているとは言っても、忍軍の拠点である以上、何らかの仕掛けは考えられるわ。努々、油断とかしないでね」
 それと、叶うなら拠点制圧後、資料などは奪取して来てほしい。
 忠告と助言を告げた彼女は、そしていつもの様にケルベロス達を送り出す。彼らならば作戦は成功に導ける、そう信じての言葉だった。
「それじゃ、いってらっしゃい」


参加者
ユージン・イークル(煌めく流星・e00277)
クリス・クレール(盾・e01180)
ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)
レクス・ウィーゼ(ウェアライダーのガンスリンガー・e01346)
綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
シトラス・エイルノート(碧空の裁定者・e25869)

■リプレイ

●月夜の華
 東京都豊島区。池袋や目白、巣鴨を擁するこの区域の一角に存在する雑居ビルがケルベロス達の目的地だった。
 其処を拠点とするは螺旋忍軍が一派、月華衆。此度の螺旋忍軍大戦にて『機巧蝙蝠のお杏』により指揮されている彼の忍軍は、ケルベロス達にとっても因縁深い相手でもある。
 その為だろうか。この地に集ったケルベロス達は40人と決して少なくなかった。
「それじゃ、僕らは己の仕事を頑張ろう」
 自分の班のメンバーにウインクしながら、ユージン・イークル(煌めく流星・e00277)は微笑を浮かべる。
 内、8人からなる彼らの役目は正面からの陽動。残りの仲間に攻略の全てを託し、自分達の役目を果たす覚悟は8人の総意でもあった。
「大物と交戦できる可能性が低いのは残念ですわね」
 相応の警備は敷かれているだろうが、大将首狙いではない陽動部隊だ。その可能性は低いと冗談めかし、旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)が笑う。戦闘こそが至上の快楽と捉える彼女はしかし、ならばその分の強敵と相見える事が出来ればと、望んで止まない。
「ふふっ。血気盛んなのはいいことですよ」
 本気半分の彼女の台詞を冗談と捉えたのか、シトラス・エイルノート(碧空の裁定者・e25869)は破願してそれを受け流す。頼もしい、との微笑に返って来たのはやはり、華の様に輝く微笑だった。
「若者は無茶をするものさ」
 支援は任せろ、とレクス・ウィーゼ(ウェアライダーのガンスリンガー・e01346)もまた朗らかな表情を浮かべる。カピパラの半獣人である彼の表情は窺い知れなかったが、細めた視線は柔らかい光で紡がれていた。
「さぁて、行きましょうか」
 ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)の言葉に一同はコクリと頷く。これ以上の言葉は不要だった。後は結果を残すだけだ。

 雑居ビル正面玄関。
 五六七とヘリオライダーの言葉通り、総力戦へと突入した本陣の守りが薄くなっている様を目の当たりにした8名は「やはり……」と頷く。
 だが、それでも本陣。守りが皆無と言うわけではなかった。
 警備に立つ人影は三つ。見覚えのある仮面と黒を基調とした和装に身を包んだ少女はまさしく、月華衆の一員であろう。
「月華衆って女性だけじゃなかったか?」
「いや、あの人達は女性だよ」
 クリス・クレール(盾・e01180)の軽口にも似た独白にヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)が情報屋の慧眼を以って応える。屈強な体躯は巨漢の成人男性に見紛う程の外見で。得物らしき巨大な刃の斧は彼女達がパワーファイターである事を示しているようだった。
「時間です、参りましょう」
 懐中時計を注視していた綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)が声を上げる。弾む声は、自分達の役目を誇らしく語るようにも聞こえた。

●月華衆三姉妹
 爆音が轟く。それは鬨の声に似ていた。
「――何奴?!」
「正義のケルベロス忍軍……参上さっ」
 誰何の声に応じたのはユージンだった。ビル風に爆煙が流されて行く中、8つの影はまるで自身の存在を誇示するべく、名乗りを上げる。
「正義は吾等に有り。さて、派手にかましましょうか!」
 ギターの音色と共に響くのは鼓太郎による鼓舞の歌だった。爆音に続くその音色は仲間に勇気を、敵には動揺の波紋を広げていく。
「手前等の都合で好き勝手して来やがったんだ。なら、手前等も俺達の都合で駆除されて当然と思うんだな」
「君らが壊していった店に僕のお気に入りのお店があったんだよ。表に出てくる忍者なんていらないからあの世へサヨナラしておくれ!」
 口火を切るレクスの宣言に、木の葉を纏うヴィルフレッドが同調する。
「さぁ。行きましょうか。みども達が貴方達、月華衆を打ち砕いてくれるわ。――殴り込みよ」
 愛の墓標を銘打った鉄塊剣を構えたジークリンデは、己の足元に魔法陣を形成しながらにぃっと笑う。狂気の姫が放つ気迫にしかし、3人の月華衆は負けじと咆哮した。
「我ら三姉妹が守る正門、一歩たりとも中には入れぬ」
 半身を引き、斧を構える。身長を遥かに超える巨大な得物は、その膂力を以って振るわれれば、ケルベロス、そしてデウスエクスとてただでは済まない破壊力を有している事は、容易く見て取れた。
「おや、姉妹だったのだね」
 ふむと頷きシトラスもまた、己が得物を構える。悪魔によって鍛えられたと言われる大槌は、彼女達の斧に負けず劣らずと凶悪な輝きを放っていた。
「今宵のパーティー、存分に楽しませて頂きましょう……♪」
 スカートの裾をつまみ、淑女宜しく竜華が一礼する。それが、開戦の合図となった。

 シトラスの奏でる跳び蹴りは流星の如く煌き、月華衆を強襲する。機動力を奪うべく放たれた蹴打はしかし。
「くっ。硬いね。まるで鎧だ」
 足を捉えた蹴りは肉体に届いたものの、有効打を与えず弾かれる結果となった。ダモクレスかくやの強度を誇る其れは鎖帷子などの防具では無かった。鍛え上げた彼女達の筋肉は一切合切の攻撃を通さない鎧と化していたのだ。
「――その上でディフェンダーか!」
 巨大な戦槌を構えるクリスは彼女達の纏う恩恵を看過し、ちっと舌打ちをする。成程。襲撃を警戒し、正面玄関に配置するのであれば、これほどまでに相応しい人材はいないだろうと感嘆すらしていた。
「さぁ、暴れるぞ」
 だが、それに対してケルベロス達も無策と言うわけではない。無数の己が幻影を地獄の炎より生み出しながら、戦槌を月華衆に叩き付ける。
 鋭い金属音が響き渡った。戦槌と斧の一騎打ちは鍔迫り合いの如く、ぎちぎちと音を立て、双方をその場に釘付けにする。
 その均衡を崩したのはレクスの放つ銃声だった。
「どんな奴だって痛みを与えた奴には怒りを向けるもんだからな。俺の事を無視できなくさせてやるぜ?」
 無数の銃弾は月華衆の肉体に血の華を咲かせる。容赦無いまでに銃弾を叩き込んだレクスは流れる様な手つきで回転弾倉を交換。再充填を完了させた。彼のサーヴァントのソフィアもまた、瓦礫の雨霰を以って主人のサポートを行う。
「くっ」
 呻きにも似た声は最後まで紡がれない。それを遮ったのは蛇の如き鎖の一撃だった。竜華の紡ぐ八岐の鎖による束縛は月華衆を縛り上げ、骨を締め砕かんばかりの鈍い音を辺りに響かせた。
「その戦術は知ってましてよ」
 守りに徹するそれは、以前、相対した螺旋忍軍が得手とした布陣だった。その先にそれが求めたものは――。
(「残念ながら、援軍は来ませんわ♪」)
 陽動の任を果たす為、その語句は思考にのみに留める。代わりににふりと柔らかい笑みを形成した。
 防御に徹する彼女達が求める者は、仲間達による援護だろう。確かにそれが行われればケルベロス達が不利なのは明白だ。だが、それは無いと断言する。正面玄関以外を攻略している仲間達がいる以上、それは当然の事。方々に散った仲間達は全てが歴戦の勇者。信じるに値する相手だ。そして、それを螺旋忍軍に告げる義理など、ある筈も無い。
「姉者!」
「妹よ!」
 月華衆もまた、黙って攻撃されているだけではない。
 攻に転じた三つの刃はまるで一陣の風の如く、ケルベロス達を駆け抜ける。
「さすがは姉妹。連携はお手の物って事か」
 三者の膂力からなる斬撃を一身に受けたクリスの独白は、鼓太郎の施す治癒の前に消えていく。
 確かに彼女達三者は首魁である機巧蝙蝠のお杏と比較すれば、無名の兵士と言っても過言は無いだろう。
(「だけど、やはりデウスエクス」)
 強い筈だよね、とのユージンの呟きに、彼のサーヴァント、ヤードさんが短い鳴き声で同意を示す。
 二者の視線の先で紡がれる剣戟は、より一層の激しさを増して行っていた。

●正義のしるべ
 一進一退の攻防が続いていく。打ち鳴らす鋼が立てる音色はケルベロス達を、そして月華衆の三姉妹の生命を燃やし尽くしていた。
「ああっ。もう、遣り辛いわねっ」
「でも、これが僕らの望み通りだよ」
 悪態と共にジークリンデが地獄の炎を叩き付け、仕方ないよね、とヴィルフレッドが言葉を添える。
 ケルベロスの攻撃は彼女達が纏うディフェンダーの恩恵を前に、有効打に至っていない。そして、それを潜り抜ける事でようやく与えた傷は、彼女達が行う分身術によって散らされてしまう。
 対して月華衆三姉妹もまた、決め手に欠けていた。三人の息の合った連携攻撃は重く、治癒役の鼓太郎だけではなく、ユージンやクリス、レクスと言った防御を担う者達もヒールグラビティの使用に奔走する結果となる。だが、彼らもまた、複数の防御役を展開する事で、月華衆の痛打を散開させていた。
「ま、厳しいが、大人が泣き言を言う訳にいかんのでね」
 サーヴァント使い故、体力に劣るレクスがウインク混じりに仲間に伝える。体力の低さを看過された為か、それとも怒りの付与が効いているのか、集中砲火を受ける彼はしかし、それでもまだ、戦場に立ち続けている。
「ククク。貴方達のような者達でも、守りに徹すれば少しは戦いになるようですね」
 悪役然としたシトラスの挑発はしかし、彼女達は柳に風と受け流す。だが、彼女達に広がる動揺を隠し通す事は出来そうもなかった。
「何故だ?」
 斧の一撃をクリスに叩き付けながらの独白は、何を指しての事か。
「援軍が来ない事でしょうか? それとも僕らが倒れない事でしょうか?」
 鼓太郎の言葉に応えは無い。そしてケルベロス達はその答えを知っていた。
 前者は彼らの仲間がこの数刻の間、ずっと戦い続けているからだ。機巧蝙蝠のお杏、そしてその幹部。仲間の牙は敵の喉元に届いているだろうか。
 そして後者の答えは――。
「敵に情報を送る情報屋はダブルスタンダードだから本当は嫌だけど、……今回は、教えてあげるよ」
 赤い瞳が向けられる。ヴィルフレッドの双眸に込められた光の名は憎悪。ぞっとするまでに磨き上げられた痛みは、百戦錬磨の月華衆三姉妹と言えど、背筋をも凍えさせるのに充分であった。
「僕らは正義。そして地球に仇為すキミ達は悪。普遍的で絶対的な判り易い理由さ」
 ヴィルフレッドの言葉を戯言と切り捨てる月華衆はしかし、彼の投げた手榴弾を躱す事は叶わなかった。派手な爆音と爆風、そして煙にまかれた彼女達は、視界を覆う煙を払おうと、斧を一閃させる。
 だが、それは派手な金属音に止められる結果に終わった。止めた刃の名前は盾、義務感、そして愛。三つの名をそれぞれに抱くケルベロス達の得物だった。
「あいつの言葉を引き継げば――正義は勝つって奴だな」
 地球での勝手な行いは許さないとのクリスの言葉は、重厚無比な番傘の殴打として紡がれる。
「私は私のコトバで語る。憎い。殺すわ」
 スキとアイする。ジークリンデの奏でる詠唱は二重螺旋の炎を描いていた。
「獣と姫は貴方の命をご所望よ。甘く苦い愛憎の溶熱で、貴方を美味しく頂くわ!」
 地獄の炎は愛憎を伴って吹き荒れる。真正面からそれを受けた月華衆の長女は焦げた臭いを漂わせながら、膝をついた。
 それが、彼女達の終わりだった。
「俺達の、地獄の猟犬の牙が手前等の断頭台代わりだぜ?」
 カピパラの示すギロチンは、音速を超える拳だった。鋭利な刃物と化した爪と手刀は姉を庇う二女を切り裂き、血をしぶかせた。返り血を浴び真紅に染まるレクスはしかし、それでも攻撃の手を休めない。
 彼らに刻まれている傷もまた、治癒不可能なまでに身体を侵している。そしてそれは、月華衆三人にとっても同じだった。
「正義は僕らにありってね。さて。終わらせるよ」
 ユージンの輝かんばかりのウインクは、月華衆から戦意を奪っていく。視線の強襲は膝を折る長女に。如何に守りと治癒に優れた螺旋忍軍と言えど、刻まれた治癒不能ダメージを拒む術は持ち合わせていなかった。
「姉者!」
 二女と末妹の声が重なる。二人のカバーリングも治癒も間に合わない。悲痛なまでの叫びの下、長女の身体は光の粒子と弾け、消えていく。
 これが死。ケルベロス達が重力の楔を心臓に打ち込む事により、不死の筈のデウスエクスに与える最期だった。
「ふふっ、この程度で動きが鈍るのですか? 貴方も大したことないですね?」
 嘆く姿を悪魔の如き嘲笑が襲う。シトラスの召喚した悪魔達は哄笑と共に二女へと殺到。その身体を呪いと細菌で穢していく。
 響く声は二女の断末魔か、それとも末妹の悲哀か。だが、悪魔はその嘆きすら我が喜びと、冷酷な笑みを浮かべ、そして消えていく。
「炎の華と散りなさい……!」
 そして、美しき華が舞う。月下に咲き誇る白き華に負けじと咲く真紅の華は、花弁の如き炎の鎖を伸ばし、残された末妹を捉え、その身を焦がしていく。
 華の名前は竜華。美しき竜蛇の姫は己が膂力のまま、炎を抱く鉄塊剣を振るう。
 一刀両断と切り裂くのは、敵が得物としていた巨大な斧、そして、その命だった。
「――地獄の番犬めッ!」
 最期の叫びは悔悟混じりに紡がれ。
 やがてその身は燃え盛る炎に包まれ、消失していった。あたかも、荼毘の如く。

●この道を行かば
「ふぅ」
 全身に走る無数の傷が、戦いの激しさを物語っていた。戦闘の高揚が引いた為だろうか。傷口がじくじくと痛みを訴えている。せめて破損したドレスだけでも、と全身に地獄の炎を纏う竜華は、そこで周囲の異変に気付く。
 皆の視線が彼女に、否、彼女の後ろに向けられていた。その先に見えるのは正面玄関。三姉妹が守っていたその場所は、彼女達の本拠地だった筈だ。
「静か過ぎるな」
 レクスの独白に「そうね」とジークリンデが応じる。手筈通りならば、今、まさに戦闘の真っ最中の筈だ。だが、ケルベロス達の耳には剣戟の音一つ、届いてこない。
「いえ、多分、これは」
 鼓太郎の声は歓喜に満ちていた。戦いは既に終わりを告げていたのだ。それは、つまり。
「やれやれ。パーティには乗り遅れたみたいだね」
「いえいえ。僕達の奮闘もまた、パーティを彩る花でした、よ」
 肩を竦めるユージンに、慰めの如くシトラスが言葉を添えた。
 小さく聞こえる歓喜の声は、雑居ビルの制圧が成された証拠だった。残りの仲間達は上手くやってくれたようだ。予想以上の速度で、占拠を完了させたのだろう。
 それには彼らによる陽動もまた、貢献していたことは言うまでも無かった。
「盾の面目躍如だね」
「良いことを教えてやる、情報屋。俺達はやれることをやっただけだ」
 からかい半分賞賛半分のヴィルフレッド――友の言葉にクリスが僅かに表情を笑顔に転化させる。照れているんだろうな、と思ったが口にしない事にした。
「さて。それじゃ、皆の元に向かいましょう」
 素敵な戦果を聞くことが出来る筈、とジークリンデは無邪気とも言える笑みを浮かべ、歩を進める。
 そして一同もまた、笑顔を浮かべ、その後を追うのだった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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