正義のケルベロス忍軍~正義の鉄槌、今ここに

作者:つじ

●奴は見ていた
 白と黒、2つの影が月下に舞う。屋根から屋根へ、互いに互いを追いかけて、牽制し合うその動きは、どこか均整が取れていた。
 実力の拮抗ゆえなのだろう、投じた手裏剣は刀によって弾き飛ばされ、術は決定的な当たりが見込めず、両者は夜の住宅地を駆けていく。
「……!」
 だが、鏡合わせのダンスにも終わりは訪れる。
 ついに敵を捉えた黒い影が、空中で白い影を貫く。そして串刺しにした勢いのまま、黒い影は敵を下に叩き付けた。
 切っ先は、下にあった雑居ビルの貯水タンクをも貫通。激しい水飛沫が辺りを覆った。

 水浸しになる周りの様子、そして踏み倒されたアンテナ、流れ弾で切れた電線。それらを見届け、鯖寅・五六七(ゴリライダーのレプリカント・e20270)は、確信を持って頷いた。
「あちきの思った通りっす。忍軍同士の戦いは激化の一途っす。東京23区の平和を守るには、やっぱり、アレが必要っすよね!」
 何か良い案があるのか、そう言って五六七は夜の闇に姿を消した。

●ケルベロス参戦
「皆さん、ちょっと聞いてもらえますか!」
 良く通る大きな声で、白鳥沢・慧斗(オラトリオのヘリオライダー・en0250)がケルベロス達に呼び掛ける。内容は、激化の一途をたどる螺旋忍軍同士の戦いについて。
 先日までのケルベロスの介入によって、被害を免れた場所は多々ある。だが螺旋忍軍にしてみれば『派遣した兵隊が連絡を絶った』という状況が多発した事になる。彼等はそれを『他の忍軍によるもの』と認識したらしく、行動目的が螺旋帝の捜索から敵対組織の撃破に移行してしまったようなのだ。
 そういう状況を踏まえて、鯖寅・五六七(ゴリライダーのレプリカント・e20270)から提案の声が上がったという。
「その内容は、皆さんで『正義のケルベロス忍軍』を結成し、戦いに参戦するというものです!」
 それはつまり、これまでのように事件に対応するだけではなく、能動的な介入を行っていくという事。特に総力戦の構えで本陣が手薄になっている螺旋忍軍達には効果覿面だろう。
「後手に回ってばかりの状況はストレスフルですからね! 攻めの姿勢は僕としても大賛成です!
 というわけで、ここまで確認されている敵組織なのですが――」
 そこまで言って、慧斗がディスプレイに資料を提示する。……画面に収まりきっていないようだが。
「はい、結構な数の組織があります! 心して聞いてください!」
 長いよ、と念を押し、慧斗は喉を湿らせた。

「まずは月華衆。拠点は豊島区の雑居ビルで、作戦指揮官は『機巧蝙蝠のお杏』です!」
 拠点への侵入経路は、正面入り口、裏口、隣のビルから屋上に飛び移る、壁を登って窓から潜入、下水道を通って地下から潜入、の五つ。気付かれずに侵入するなら各径路1チームずつが限度だろう。

「次に魅咲忍軍。拠点は港区の倉庫で、指揮官は『魅咲・冴』ですが、その他にも七色の軍団とその指揮官が居るようです。他の軍団の指揮官が救助に来たりもしそうですね」
 壊滅は難しいだろうが、指揮官を落とす、戦力を削る、情報を奪うなど、何らかの形で打撃は与えられるだろう。

「大企業グループ『羅泉』。本当に『企業』というわけではないようですが……拠点は世田谷区のオフィスビル、代表取締役社長は鈴木・鈴之助です」
 ここの指揮官は幹部ではなくトップ。実力はそれだけ高いが、トップの撃破はそのまま組織の存続に響くだろう。

「真理華道。拠点は新宿区歌舞伎町のバーで、陣頭指揮を執っているのはヴァロージャ・コンツェヴィッチ。……ここに関しては情報が足りない感じですね」
 組織の概要はまだ謎が多い。しかし幹部を撃破できれば、当面の動きは止められるだろう。

「銀山衆。指揮官である霊金の河の開く地下コンサートが、千代田区の電気街で行われます。そこを襲撃する形ですね」
 会場には他の幹部が警備に来ているという話もある。主導権を握りやすい状態ではあるが、油断はできないだろう。

「まだまだ居ますよ、黒螺旋。拠点は大田区の高級住宅街の豪邸。指揮官は『黒笛』のミカド。この組織の本拠地は東京には無いようですね。ここを潰せば、黒螺旋は23区の戦いに手を出せなくなるでしょう」
 豪邸の庭には番犬替わりに下忍が放たれている。気付かれずに潜入する事は難しいので、露払いのチームと指揮官狙いのチームといった分担が必要になるかもしれない。

「次、業界の異端児、白影衆。拠点は台東区の神社の境内の一部で、指揮官は雪白・清廉です。当然と言えば当然ですが、勢力としては小さいようですね」
 この組織は他の螺旋忍軍を滅ぼす事を目的としている。あえて手を出す必要はないかも知れない。

「テング党。拠点は江戸川区の河川敷、橋の下あたりの秘密基地で、首領のマスター・テングがそこに居ます。……拠点と言うか、組織の本拠地ですかねこれ」
 マスター・テングの下には強力な四天王天狗も控えているという。攻めるには相応の戦力集中が必要になる。

「最後に、螺心衆。拠点は足立区の雑居ビルで……指揮官不在? どうもこの螺旋帝の件にはあまり関心の無い組織みたいですね」
 この拠点を潰すのは比較的簡単と言える。そして本腰を入れる気配がないことから、螺心衆はそれでこの件から手を引く事になるだろう。

「攻撃対象は以上の9つになります」
 一通り喋り終えて、慧斗は一つ溜息を吐いた。
 戦力が出払って手薄になっているとはいっても、あの螺旋忍軍の拠点である。なんらかの仕掛けなどがあるかもしれないので、油断は禁物である。
「それとですね。特に問題が無ければ、襲撃時には『正義のケルベロス忍軍』を名乗ってください。いつものケルベロスの活動ではなく、傭兵のようなものだと誤認させる意図ですね」
 他のデウスエクスならともかく、成り立ちと在り方の特殊な螺旋忍軍ならば、その可能性を捨て切れず、混乱を呼ぶこともできるだろう。
「さて、長くなりましたが反撃の時間です。皆さん、頑張ってください!」
 最後に威勢よくそう言って、慧斗は一同を送り出した。


参加者
花凪・颯音(欺花の竜医・e00599)
シルク・アディエスト(巡る命・e00636)
羽丘・結衣菜(ミスディレクションの少女・e04954)
深宮司・蒼(綿津見降ろし・e16730)
千代田・梅子(一輪・e20201)
アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
鍋島・美沙緒(神斬り鋏の巫女・e28334)

■リプレイ

●かちこみ
 現在東京で激戦を繰り広げている螺旋忍軍の一つ、『真理華道』。その拠点であるバーの様子を、複数の影が窺っていた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
 その中でも、裏口側を見張るチームの一人、シルク・アディエスト(巡る命・e00636)が出てきた人物に目を凝らす。この場は新宿歌舞伎町、隠れ家風味のこのバーは、出てきたスタッフの様子からも察せる通り、オネェ系のアレである。
「とりあえず、潜入はうまくいっているようだね」
 別段騒ぎにはなっていない事を見て取り、花凪・颯音(欺花の竜医・e00599)が頷く。現場には別の班の数人が潜入しているはず。事前の打ち合わせから、潜入組の合図か、規定時刻を持って突入する取り決めになっている。
「俺、知ってるんだぜ。こういうの『かちこみ』って言うんだろ?」
「なるほど、これがかちこみなんだね」
 深宮司・蒼(綿津見降ろし・e16730)の言葉にイズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)が感心したように応じた。
「こういうの初めてだけど、ええと……」
「本当か? こうやって攻める機会って中々無いんだぜ。ついてるなー」
 今回が初仕事であるイズナに、蒼は慣れた様子で返す。
「大丈夫、任せろって。ぶん殴る事なら得意なんだぜ!」
「及ばずながらこの婆も手を貸そう。年若いものを守るのも、わしら年長者の役目じゃからな」
 こちらもまた経験豊富な素振りを見せる千代田・梅子(一輪・e20201)に、イズナの緋色の視線が注がれる。見た目は若者二人とさして変わらないため、少々不思議な光景にも見えるが。
「頼りにしてるよ。よろしくね!」
 その辺りを察したのか、イズナはにこやかに微笑んだ。
「しかし、『正義のケルベロス忍軍』とは良い響きじゃのう。俄然やる気が出てきたわ」
 特に『正義』と名乗っている辺りが良い、とアデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)が笑みを浮かべる。そう、今日の彼等は『正義のケルベロス忍軍』だ。実際に忍んでいるだけではなく、その衣装もきっちり忍者っぽく演出されている。
「揃いの衣装……これはこれで、舞台映えしそうね」
 そんな事を呟きつつも、羽丘・結衣菜(ミスディレクションの少女・e04954)が武器を手に取る。それの意味する所は、他のメンバーにも伝わっていた。
「そろそろ時間だね、行こうか」
 規定時刻を迎え、ケルベロス達が動き出す。
「何が出ようと打ち砕き、進むのみです」
「思いっきり暴れてやろうぜ」
 シルクの後ろから蒼が続く。反対側では別のチームも同じように動いているだろう。それぞれの役割を果たすべく、彼等は敵の拠点へと突入した。

●裏口側
「正義のケルベロス忍軍、推参ーっ!」
 蒼の蹴り破った扉から内部へ侵入。最初に目についたのは、バーのバックヤードに当たる場所だった。
 ケルベロス達を迎えたのは、数名のバーのスタッフ。彼等は物品の整理や交代の準備など、それぞれの姿勢で侵入者に視線を注いでいた。
 咄嗟の判断が難しい場面で、一人のスタッフが我に返ったように口を開く。
「ダメよ、お客さん。こっちは裏口――」
「ふはははは! とぼけても無駄と知れ、真理華道!」
 それをぴしゃりと遮り、アデレードが高笑いと共に名乗りを上げる。
「我らは愛と正義のケルベロス忍軍!」
「世の中を騒がせる悪い忍軍に、正義の鉄槌しちゃうよ!」
 続けてイズナが宣戦布告。ゲシュタルトグレイブの切っ先を敵へと向けた。
「ついでに螺旋帝の身柄も私たちが貰ったわ。あなた達はここで潰えるの!」
 念を入れて殺界を生み出し、結衣菜がさらなる追い打ちで揺さぶりをかける。
「やだ、何かすごいバレてるわよ?」
「これマズいんじゃないかしら?」
 店の表側でも騒ぎが起き始めたのが聞こえ、スタッフ達は顔を見合わせ、立ち上がった。
「逃げられる、などと思わないでくださいね?」
 その機先を制するように、シルクが蜘蛛の脚のようにアームズフォートを展開。爪先を突き立て、出口を塞ぐように立ちはだかる。
「どきなさいよォ!」
 そのまま撃ち込まれたシルクの砲弾を躱し、正体を露にした螺旋忍者が彼女の懐へと切り込んだ。
 だがその刃が閃く前に、蜘蛛脚の影から軽やかに猫が舞う。
「はい、そこまで!」
 動物変身を解除。最初からずっと影に忍んでいた鍋島・美沙緒(神斬り鋏の巫女・e28334)が姿を現し、鋏のような一対の刃を突き立てた。
「ちッ、まだいたの?」
「指揮官はこっちじゃないのかな? 残念だけど……」
 飛び退る敵を含め、素早く敵の姿を確認した美沙緒が後続の班に合図を送る。
「ここはボク達が受け持つよ。今の内に奥に進んで?」
 仲間達の進行を確認しつつ、彼女もまた後衛として戦闘に加わった。

 事前の取り決めが功を奏した形か、敵に向かうケルベロス忍軍は、自然と敵を包囲するように陣形を敷いている。この後の展開がどうであれ、初動としては十分だ。
「お前らの相手はこっちだって!」
 別の班へと向けられた手裏剣を叩き落とし、蒼が好戦的に笑う。内心初めて見る酒場の様子に興味津々だが、今は目の前の対処だ。
「いざ、参るのじゃよ!」
「正義のくノ一、羽丘・結衣菜のお通りよ!」
 梅子の杖から放たれた火の玉が敵の只中に着弾し、結衣菜の剣から星座の煌めきが舞い踊る。さして広くもないバックヤードは瞬く間に戦いの騒音に包まれた。
「アタシまだお化粧終わってないのに!」
「してもしなくても変わんないわ! とにかく応戦よ!」
「何だか締まらない相手だね……頼むよ、ロゼ」
 敵の攻撃に対し、蒼と結衣菜、そして颯音の呼びかけにこたえたボクスドラゴンが仲間の盾として前に出る。
 酒瓶、バッグ、ポーチ、化粧道具に髭剃り。手当たり次第に投げつけたのであろうそれらを受け止めると、次に飛んできたのは毒持つ手裏剣だった。
「――それとも、油断させる戦法だったのかな?」
 そう呟いた時には、颯音は既にディフェンダー陣の頭上を超えている。天井でワンステップ入れ、華麗にスターゲイザーを決める彼に続き、光の翼がその後を追う。
「正義の鉄槌、この断罪の一閃を受けるが良い!」
「ええ……とにかく援護に回るね!」
 炎を纏わせた大鎌を掲げたアデレード、そして対照的に光の蝶を回せたイズナがそれぞれに一撃を刻む。
「ああもう、痛ったいじゃないの!」
「ほう、なかなか頑丈じゃのう」
 炎に巻かれ、顔面に蹴りを入れられながらも、螺旋忍者の声にはどこか余裕がある。……そういう喋り方なだけかも知れないが。
 敵の得物は手裏剣や刀、そして螺旋忍者の力を備えたその肉体のようだ。各々に反撃を始め、乱戦の様相を呈し始めた中で、仲間の連携から一歩引いた位置にいた蒼が割り込む。
「こっちもいくぜ、おっさん!」
 威勢の良い声と共に吐き出された炎が、熱波を伴い敵を包む。そうして炎の吐息が通り過ぎた後、残った敵は何故か怒りに震えていた。
「おっさんですって……?」
「ん? でもそれ、髭じゃねぇの?」
「まぁ、髭じゃのう。その辺ちゃんとしてほしいところじゃが」
 蒼の素直な疑問に、美魔女忍者として完全に決めてきた梅子が頷く。
「アンタ達……もうだめよ、生かして返さないわ」
「はいはい、こっちも行くわよ」
 後ろの一人が印を切るのに合わせ、髭をそり残していた個体の姿が揺らぐ。炎が掻き消えると共に、螺旋忍者の分身が生み出された。
「……余計狭く感じるのう」
 ただでさえ狭い場所に湧いた暑苦しい姿に、アデレードが軽く眉根を寄せる。
「こういうのは事前に知っておきたかったかな……」
 さらに呆れるように言う颯音に、美沙緒が一つ頷いて返す。数ある螺旋忍軍の中でも、この真理華道については情報が足りなかったのだから仕方がないのだが。
「何にせよ、役回りは見えたよ。早めに片付けよう」
 確証はないが、個体毎のポジションの見当はついた。後はそれに対応するのみである。

●制圧戦
 逃げ出していく一般人も居なくなり、場は忍者同士の死闘へと煮詰まっていく。響き渡る戦闘音からして、表口側、そして裏口から前進した班も同じようなものだろう。
 敵味方の入り乱れた状況で、ディフェンダーは少々動きづらくなるものだが。
「頼んだわよ、まんごうちゃん」
 サーヴァントと手分けしつつ、結衣菜もまたその役割をこなしていた。
 降り注ぐ手裏剣の雨に身を晒しつつも、剣で描いた星の聖域で周囲をフォローする。その動きに庇われた側、シルクは、戦いの中でふと笑みを浮かべた。
「不思議な感じですね」
「そういえば、こうして一緒に依頼に当たるのは初めてね」
 背中合わせで結衣菜が応じる。
 仲間達を信じる心に偽りは無い。けれどこの相手だから、という信頼感が存在するのもまた事実だ。
「思いっきり攻めに動いちゃって頂戴。フォローは私が全部やるから!」
「ふふっ、背中はお任せ致します。我らが動きの冴え、存分に味合わせて差し上げましょう!」
「ええ、それじゃ行きましょうか!」
 声を掛け合い、共に前へ。蜘蛛の如く、天井すらも足場にしたシルクが竜の幻影をその手に舞わせ、繰り出した炎で敵を包んだ。
「……良いなぁ」
 偶然そんな様子を目にしたイズナが、感心したように唸る。そのついでに目の端に捉えたのは、表口へと向かおうとしている敵の姿だった。
「逃がさないからね!」
「ぶっ、お願い顔はやめて!?」
 ふわりと飛んで、敵の顔の上に着地。威力こそ他のメンバーに及ばないものの、その効果は十分。
「良い狙いじゃぞ、そのままそのまま……」
 そちらに狙いを定めた梅子の手の内から、炎が生まれる。
「これも一種のままごと遊びかのう。そら、火遁の術じゃ!」
 劫火遊戯。赤い花弁が揺らめき広がり、バックヤードを赤く染めた。
 ここまでの戦いで明らかなように、ケルベロス忍軍が重視しているのは、炎と足止めだ。敵側で、それをカバーするのは分身の術になるわけだが。
「この程度じゃ、僕達には通用しないよ」
 颯音が位置取りを調節し、増えた分身を複数纏めて踏みつける。方針を徹底したそれらの攻撃に、敵側は回復が追い付いていない。
「それ、まずはお主からじゃ!」
 宣言と共にアデレードが空中で一回転し、遠心力を乗せて大鎌を投擲する。円を作り、弧を描き、風斬り音を伴う刃が、後衛を担う忍者へと喰らい付いた。
「ああっ……!?」
 薄手の服が破れ飛ぶというあまり見たくない光景の中、死角からさらなる刃が迫る。
「トドメ、もらうよっ!」
 ばつん、とハサミが閉じるように美沙緒の二刀が振るわれ、螺旋忍者の首が飛んだ。

 バックヤードに居た忍者達は背を支える者を失い、炎に巻かれ、戦力差を覆す術を失っていく。頼みの綱は別の場所で戦う仲間なのだろうが、それらもまた十分な戦力を注ぎ込んだケルベロス忍軍と戦闘中で余裕は無い。
 逆にケルベロス側の負傷は、ほぼ美沙緒がカバーしている。この時点で、戦いの趨勢は決していたと言って良いだろう。
「霧幻の壱式……捕らえろ、朧月!」
 迫る敵を前に蒼が式鬼を召喚。海月のような姿のそれは、触手で以って敵の身体を絡め捕る。
「そろそろ覚悟決めたらどうだ?」
「うるさいわね! 少なくともアンタだけは倒してやるわ!」
 先程の発言を未だに根に持っていたのか、力ずくで拘束を脱した忍が螺旋の力を右腕に巡らせた。シンプルながら強力な螺旋掌は、しかし庇いに入った結衣菜の胸元に突き込まれる。
 上がったのは血飛沫――ではなく、癒しの力を宿した緑の木の葉。
「なんなのっ!?」
「驚いた? でも、本番はここから!」
 翠緑の恵みで即座に傷を塞いだ結衣菜の声に、シルクが応える。
「我が影を踏むは能わず……月下影刃」
 それに気付いた敵が、頭上を振り仰いだ時には既に遅く。
「その命、露と散り地に還りなさい」
 上方からの一撃が、螺旋忍者を床へと這わせた。
「ちょっと、オイタが過ぎるんじゃないかしら……!」
「生憎じゃが、そっちに退路はないんじゃよ」
 そして別の一体の鼻先に、梅子のブラックスライムが突き刺さる。逃がさず追い詰める、その基本方針はここでもまた活きていた。
「奥の手、いくよー!」
「さあ、裁きの時じゃよ!」
 イズナとアデレード、二人のヴァルキュリアが奔る光となる。緋色の蝶と正義の光、二条のそれが、敵を刺し貫き、消滅させた。
 最後に残された一体、逃げ場を探す真理華道の忍に、花吹雪が降りかかる。
「きゅ!」
 ボクスドラゴンの放ったその花弁は、鮮やかな見た目に反して鋭い刃を伴っていた。
「このっ……一体何なの、アンタ達」
「ああ、聞いてなかったのかい?」
 呻く真理華道の忍に、ロゼを抱き上げた颯音が迫る。
「僕達は正義のケルベロス忍軍、君達を弑す者だ」
 宣告と共に生じた水が、檻となり、格子を紡ぎ、やがて棺と化して敵を覆う。それは、『水嶺の葬棺』。
「ふふ、天誅、なんてね?」
 閉じ込められたデウスエクスを無数の水槍が刺し貫き、透明な棺を染め上げた。

●その成果
 4体目の螺旋忍者を倒したところで、狭い室内に響いていた戦闘音が止む。バックヤード、そして裏口側を制圧した一行は、手早く辺りに探りを入れる。何しろ忍者の拠点である、見落としがあると後々厄介な事になりかねない。
 そうこうしている内に表側の戦闘も終わりを迎えたらしく、バーにはそれに相応しい静けさが戻っていた。
「隠し部屋の類か……もっと大規模なのを期待していたんじゃが」
 探索の結果に、梅子が口を尖らせる。そこまで大きな拠点ではなかったのだろう、敵の数も、確認が取れたところで十数体程度のものだった。
「拍子抜けだな」
 残念そうな言葉の内容と裏腹に、蒼の目は興味深げに辺りを見回している。それを微笑ましく見つつ、颯音が別の班との情報交換の結果を付け加える。
「怪我人が出なかったのだから、良しとしよう」
 4チームでの戦いは危なげなく終了。正義のケルベロス忍軍は、真理華道の拠点であるこのバーを無事制圧した。
 この余裕を持っての勝利も、事前の取捨選択……攻撃する拠点を絞った事の成果と言えるだろう。
「幹部は居たの? ヴァロージャだっけ」
「表側に居たようです」
「ちゃんと、逃がさず倒せたみたいよ」
 美沙緒の言及にシルクと結衣菜が答える。ここの陣頭指揮を執っていたヴァロージャ・コンツェヴィッチは、別の班の嶋田・麻代の手によって仕留められた。
「敵の懐から巻物が見つかったそうですよ。『螺旋忍法帖』だとか」
「どういうものなんじゃ、それ?」
 イズナの言葉にアデレードが尋ねるが、その辺りは帰還後に明らかになるだろう。
「螺旋忍軍同士の戦い、かぁ。これで一枠空いたと思うんだけど……」
 次なる戦いを予感し、美沙緒がそう独りごちる。
 だが、それはまた後の話。この場を制した正義の忍者たちに、今は一時の休息を。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。