ミッション破壊作戦～ドラゴンズ・キル

■リプレイ

●ＴＹＰＨＯＯＮ ＴＡＣＴＩＣＳ
　中天の太陽を背にして、八人のケルベロスと五体のサーヴァントが降下していた。
　眼下に広がる渓谷。そこにある強襲型魔空回廊めざして。
「あの回廊に挑むのは三度目であります」
　ヴァルキュリアのクリームヒルト・フィムブルヴェト（輝盾の空中要塞騎士・e24545）が、タワーシールドの裏に差していたグラディウスを抜いた。
「私は二度目……」
　チーム唯一の地球人である御影・有理（書院管理人・e14635）がグラディウスを構えた。
　決して忘れることができない記憶が脳裏で渦巻く。デウスエクスの魔手によって、妹を失った日のこと。それに竜十字島で同胞たちが散った日のことも。
　吹き上げてくる突風にも負けずに目を見開き、有理は叫びを発した。
「これ以上、ドラゴンたちに命を奪わせてなるものか。誰にも涙を流させてなるものか。いずれ、私たちが竜十字島に至る日の……ドラゴンの侵略を終わらせる日の……礎となれ！」
　地上で翼を休めていたフロストワイバーンの群れの中の一匹が首をもたげて空を見た。ケルベロスたちに気付いたのだろう。
　だが、遅すぎた。
　有理に続いて他の七人も次々と叫び――、

　――そして、爆発が起きた。
　強烈な閃光と衝撃が周囲を襲い、混乱に陥ったフロストワイバーンたちの叫喚が響く。
　地獄絵図のような光景だが、着地したケルベロスの面々は傷一つ負っていない。グラディウスのバリアに守られたからだ。
　にもかかわらず、全員が苦い顔をしていた。
「三度目の正直、ならず……」
　クリームヒルトが悔しげに呻く。
　そう、強襲型魔空回廊は健在だった。
　皆の『魂の叫び』が弱かったわけではない。おそらく、このレベルの強襲型魔空回廊をたった五回で破壊するためには幸運という要素が不可欠なのだろう。
「落ち込んでる暇はなさそうですよ」
　シャドウエルフの夜陣・碧人（影燈篭・e05022）が空の一点を指し示した。
　爆炎と閃光を突き破り、蒼白の飛竜が迫ってくる。先程、皆を見上げた、あのフロストワイバーンだ。

●ＢＬＩＺＺＡＲＤ ＢＲＥＡＴＨ
「散開っ！」
　竜派ドラゴニアンの神崎・晟（熱烈峻厳・e02896）の指示に従い、四体のサーヴァントが小さな翼をパタパタとはためかせ、あるいは短い足をちょこまかと動かして、扇状に展開した。ケルベロスたちの防壁となるために。
　飛竜は急降下し、その防壁を含むケルベロスの前衛陣めがけてフロストブレスを浴びせた。
　無数の氷片が舞い散る中、前衛陣の体のあちこちが白く染まっていく。
　だが、そこに別の色合いの白が加わった。晟の縛霊手『湊』から散布された紙兵。そして、金色も加わった。オラトリオのルル・キルシュブリューテ（ブルーメヘクセ・e16642）のオウガメタルから放出されたオウガ粒子。前衛陣が多すぎる（ケルベロスが三人にサーヴァントが四体）ためにヒールの効果は低下しているが、だからといって、飛竜が一方的に有利というわけでもない。同じ理由でブレスの威力もまた低下しているのだから。
　飛竜は苛立ちを込めて咆哮した。
　その時、オウガ粒子の奔流の源泉にいるルルと目が合い――、

「……礎となれ！」
　有理の叫びを聞きながら、ルルがグラディウスを構えた。
「あの飛竜たちを封印したのは、私たちのご先祖様なんだよね」
「うん」
　と、七星・さくら（陽溜りのキルシェ・e04235）が頷く。ルルと同様、彼女もオラトリオだ。
「ご先祖様は封印するだけで精一杯だったけど――」
「――今の私たちには戦う力がある！　守れる力がある！」
　ルルが後を引き取り、叫びを発した。
　彼女に続いて、さくらも叫ぶ。
「人々を守るのはおまわりさんの役目！　魔空回廊、封鎖するわよ！」

　――ケルベロスたちを見上げた時の記憶がフラッシュバックした。
　そして、記憶の中にいたはずのさくらが現実のさくらに変わり、ライトニングボルトを撃ってきた。雷光が腹部に突き刺さり、痺れを伴う痛みが走る。
　しかも、痛みは途切れなかった。竜派ドラゴニアンのアジサイ・フォルドレイズ（絶望請負人・e02470）とヘラジカのウェアライダーの九十九折・かだん（殉食・e18614）が続けざまにスターゲイザーを打ち込んできたのだ。
　飛竜は長い首を捻り、攻撃を加えた者たちを見た。
　蹴りの反動を利用して離脱するかだんと目が合い――、

「……封鎖するわよ！」
　さくらの叫びを聞きながら、かだんがグラディウスを構えた。
「低級のドラゴンに手間取るほどか弱い私たちだが……それでも、確かに追いついている。手が届き始めてる。ドラゴンどもが起こす悲劇に。破壊に。惨殺に」
　眠たげな半眼で飛竜を睨み、かだんは叫びを発した、
「そして、今日、追いつく。手を届かせる。その首を取って、眠らせてやる。縄張り争いは私たちの勝ちで終いにしよう！」

　――ケルベロスたちを見上げた時の記憶がフラッシュバックした。
　次の瞬間、かだんが視界から消え、翼の根本に新たな痛みが生じた。アジサイとかだんに続いて有理が跳躍し、愛刀『天狼』の月光斬で腱を断ち切ったのだ。
　飛竜は正面に向き直り、痛む翼を激しく動かした。ケルベロスたちの頭上を通過し、体勢を立て直すために高度を上げる。
　彼の動きを追うかのように、地上から歌声が流れてきた。クリームヒルトが『寂寞の調べ』を歌い、後衛陣に破剣の力を付与しているのだ。
　その歌声に詠唱の声が混じった。
「我が竜は太陽を有する者。我が竜は空を制する者。地に伏せ、我らに跪け！」
　反射的に視線を下に向けると、第二の声の主である碧人と目が合い――、

「……終いにしよう！」
　かだんの叫びを聞きながら、碧人がグラディウスを構えた。
「竜という生き物は好きだが、容赦はしない。自然あふれる渓谷、妖精たちが好んで過ごせるこの場所を荒らし、凍らせ、恐怖を振りまくのであれば！」
　傍らで自由落下するボクスドラゴンのフレアを一瞥した後、碧人は叫びを発した。
「郷に従わぬ痴れ者め！　竜の名を恐怖に塗りたくる愚か者め！　うちのフレアが安心して過ごせるためにも、この場を制圧させてもらう！」

　――ケルベロスたちを見上げた時の記憶がフラッシュバックした。
　しかし、すぐに我に返った。碧人の放った光弾『輝く竜の威光（サンライトドラゴン）』を食らって。
　詠唱の内容のように地に伏せて跪きこそしなかったが、飛竜の翼の動きは少しばかり鈍くなった。

●ＳＩＭＯＯＭ ＳＯＵＬ
　飛竜は旋回した後に急降下し、再びケルベロスたちに迫った。
　今度の武器はブレスではなく、後足の爪。狙いは、自分に大きなダメージを与えてた自称『おまわりさん』のさくらだ（彼女はクラッシャーのポジション効果を得ていた）。
　爪が風を切り、唸り声にも似た音を立てる。
　だが、さくらは臆する様子を見せなかった。それどころか、微笑を浮かべていた。挑発しているわけでもなければ、虚勢を張っているわけでもない。仲間たちを鼓舞するために笑っているのだ。
「あったれぇーっ！」
　笑顔のまま、ライトニングロッドを振り下ろすさくら。
　その先端から発射された時空凍結弾を紙一重で躱し、飛竜は爪の斬撃を見舞った。
　防具の破片が舞い、血飛沫が上がる。
　さくらの血ではない。
　彼女を庇った晟の血だ。
　飛竜は勢いを殺すことなく、晟とさくらの上を飛び越えた。またもや苛立ちの咆哮を響かせながら。攻撃に割り込まれたことだけでなく、期待していたほどの手応えが感じられなかったことも我慢ならなかった。晟（だけでなく、他の前衛も）が身につけている防具は斬撃耐性を有していたのだ。
　爪から血の糸を引きつつ、首を捻って後方を見る。
　同じように振り返った晟と目が合い――、

「……制圧させてもらう！」
　碧人の叫びを聞きながら、晟がグラディウスを構えた。
「目の前に救えるなにかがあり、それを望む声があるのならば、私は全力を以て、この剣を振るおう。今まで挑んできた者たちに報いるためにも、ここで終わらせてもらう」
「ええ、終わらせましょう」
　と、『今まで挑んできた者』の一人であるクリームヒルトが言った。
「ドラゴン勢は人類最大の脅威。最終決戦勝率を上げるためにも、この地の解放は必要であります！　いかに強靭であろうとも、諦めなければ、必ず打ち砕けるはずであります！　今度こそ、絶対に破壊しますっ！」
　この場所に相応しいとも言える氷の結晶のような光の翼を輝かせて、クリームヒルトは叫びを発した。
　彼女に続いて、晟も叫ぶ。
「私は私の信じる正義を貫くのみだ！」

　――ケルベロスたちを見上げた時の記憶がフラッシュバックした。
「私の鱗が蒼いうちは仲間に手出しはさせんぞ」
　悠然と言い放ち、晟は再び『湊』から紙兵を散布した。今度の対象は後衛陣だ。
「ただ蒼いだけでなく、光輝く鱗なのであります！」
　クリームヒルトが『再臨の光』を発動させた。癒しの光が晟を包み込み、先程のブレスによる凍結の状態異常を消し去っていく。
　後衛に就いていたボクスドラゴンのリムも紙兵の返礼とばかりに晟に属性をインストールした。最初に防壁を築いたうちの三体――ボクスドラゴンのラグナルと甲竜タングステン、テレビウムのリコも手分けをして、前衛の三人を属性インストールと応援動画で癒した。
　残りの一体であるフレアは同族たちに治癒を任せて――、
「ぎゃう！」
　――勇ましい（？）声とともに飛竜の尾に取り縋り、ボクスブレスを浴びせた。
　ジグザグ効果によって、飛竜の状態異常が悪化し、動きが更に鈍っていく。
　そこに碧人が『鱗剥ぎの杖』という赤い凶器を打ち込み、バリケードクラッシュで鱗を剥ぎ取った。その名の通りに。
　飛竜は吠え猛りながら（彼の名誉のために言っておくと、痛みに悲鳴をあげたわけではない）空中で身をよじり、碧人とフレアを振り落として、再び高度を上げた。
　翼を翻し、三度目の攻撃をするべく、怒りに燃える目を地上に向ける。
　すると、バスターライフルを構えたアジサイと目が合い――、

「……正義を貫くのみだ！」
　晟の叫びを聞きながら、アジサイがグラディウスを構えた。
「ドラゴンが倒れる度に人々は沸き立った。絶望には抗える、と。希望があるのだ、と。絶望が希望に転じれば、見える世界すら変わるんだ」
　大きく息を吸って、アジサイは叫びを発した。
「そうだ、世界を変えてやる。先達が積み重ねた想いともに、今、この絶望に幕を引く！」

　――ケルベロスたちを見上げた時の記憶がフラッシュバックし、頭の中で爆発音が再現された。八本のグラディウスが……いや、八人の確固たる意志が不可視の障壁とぶつかることによって生じた爆発音。
　それが別の爆発音とシンクロした。
　記憶の中ではなく、今、目の前で起きたブレイブマインの音だ。
「アジサイくん、パワーアップ！」
　爆破スイッチを手にしたルルが叫ぶ。
「おう！」
　攻撃力を上昇させる爆風を背に受けて、アジサイがバスターライフルのトリガーを引いた。
　右の翼の皮膜をフロストレーザーで射抜かれ、飛竜のバランスが崩れる。
「氷のドラゴンが冷凍光線で傷つくとは――」
　有理が柏手を打った。もちろん、意味のない動作ではない。『天ノ逆手（アマノサカテ）』というグラテビィだ。
「――笑えるな」
　両手に集約されていた魔力が衝撃波となり、飛竜の左の翼を斬り裂いた。
『笑えるな』という言葉に反してにこりともしていない有利を睨みつけて、飛竜は吠えた（今度のそれは悲鳴も混じっているかもしれない）。
　もっとも、それは誰の耳にも届かなかった。
　なぜなら――、
「うぅぅるるぉおおおああぁーっ！！」
　――かだんの咆哮にかき消されたからだ。
　後足の爪で宙を掻くようにして、飛竜は身悶えした。
　有理の柏手がただの柏手ではなかったように、かだんの咆哮もただの咆哮ではなかったのである。

●ＨＵＲＲＩＣＡＮＥ ＨＡＲＲＩＥＲ
　弧線を描くように急降下と急上昇を繰り返し、ケルベロスたちを攻撃する飛竜。
　時には靴底で地面を抉るほど踏ん張り、時には重力に逆らって跳躍して、飛竜を攻撃するケルベロス。
　そんな地対空の激闘にも終わりが見えてきた。
　劣勢なのは飛竜のほうだ。リム以外のサーヴァントは（防壁の役割を果たした上で）消滅したものの、ケルベロスは一人も倒れていない。無傷の者も一人もいなかったが。
「ぴぃぴぃ、ぴりり、ちぃちぃ、ころり……おいで、おいで、雷雛遊戯（ヒナアソビ）」
　さくらが戦場に相応しからぬ声で戦場に相応しからぬ言葉を紡ぐと、戦場に相応しからぬものが出現した。
　雷光を纏った丸い雛鳥の群れだ。
　それらは飛竜のもとに殺到し、小さいながらも鋭い嘴で責め立ててた。ぴいぴいと囀りながら。
　飛竜の口から苦しげな絶叫とともに青白い吹雪が吐き出された。苦し紛れのブレス。狙いは後衛陣。前衛陣ほど人数は多くないので（今では前衛陣も三人にまで減っていたが）威力が落ちることはない。
　しかし、ブレスを真正面から受けても表情一つ変えることなく、反撃に転じた者がいた。
　かだんである。
「さあて……竜の首、とろうか」
　防具特徴の『ダブルジャンプ』を用いて一気に間合いを詰め、空中で旋刃脚を決める。
　ほぼ同時に晟も翼を広げて飛び上がり、縛霊撃を放っていた。竜の腕を思わせる形状の『湊』が飛竜の脇腹にめり込み、網状の霊力で巨体を縛っていく。
　前腕を有していない自分が竜の腕のような武器で攻撃されている――そんな皮肉な状況を自嘲する余裕は飛竜にはなかった。翼が力を失い、無様に落下したからだ。
　飛竜と大地との距離がゼロになり、土煙が盛大に巻き起こる。
　飛竜の心に未知の感情がこみ上げてきた。
　その感情の正体を知る暇を与えることなく、クリームヒルトが懐に飛び込んできた。前面に構えたタワーシールドで土煙を吹き飛ばすようにして。
「覚悟はいいでありますか？
　シールド越しにゲシュタルトグレイブが何度も繰り出された。稲妻突きだ。
　攻撃が収まった時には土煙が晴れていた。
　クリームヒルトが退き、アジサイが飛竜の視界に入る。
「すまんな。『絶望請負人』を自任する俺だが――」
　アジサイは飛竜を見据え、なにかを踏み抜く動作をしてみせた。
「――おまえの絶望までは請け負えんのだ」
　その『底抜（ソコヌキ）』なるグラビテイを受けて、飛竜は体をよろめかせた。
　斜めになった視界に新たなケルベロスが入ってくる。
　アジサイの背後から飛び出してきたルルだ。
「これでおしまい！」
　ルルの声にエアシューズの唸りが重なり、グラインドファイアが飛竜を焼いた。

　炎の中で息絶える寸前、あの未知の感情の正体を飛竜は知った。
　本来ならば、ドラゴンには無縁の感情。
　しかし、ケルベロスの出現によって、無縁ではなくなった感情。
　死への恐怖だ。

作者：土師三良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月4日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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