正義のケルベロス忍軍~第十の勢力参上!

作者:林雪

●迷走する忍軍たち
『チィッ、しつこい輩どもめ!』
『そのまま返すわよぉ、いっくらで湧いてくれちゃってぇ!』
 昼日中のオフィス街の一角に、剣戟の音が響いた。今日も東京二十三区内では複数の螺旋忍軍がそれぞれの思惑で動き、顔を突き合せれば小競り合いを展開している。ビルとビルの壁を蹴り跳び、眼下の人々の事などお構いなしの様子である。
『根絶やしにしてくれるわ!』
 一方がそう凄んで日本刀をまるで槍の如く投げつける。あわや直撃、と思われた瞬間、標的となった忍軍は分身の術を駆使しそれをかわす。
『あぁら、そう簡単じゃなくってよぉ!』
 的を失った刀はオフィスの窓ガラスを盛大に割り、コピー機に突き刺さった。勿論、オフィス内では悲鳴があがる。
「な、何?! 一体なにが起こったの?!」
「うわ何だ、事故か?!」
 地面にちらばったガラス片を踏んだ自転車はパンク、野次馬が集まり車は渋滞……と、いう惨状を振り返ることもなく、螺旋忍軍どもは小競り合いを続けながら去っていく。
 その様子を、鯖寅・五六七(ゴリライダーのレプリカント・e20270)は近場のビルの屋上から見つめていた。
「あちきの思った通りっす。忍軍同士の戦いは激化の一途っす。東京23区の平和を守るには、やっぱり、アレが必要っすよね!」
 こうなれば、のんびりしてはいられない、と、五六七は急ぎその場を後にした。

●正義のケルベロス忍軍!
「結成すべし! っすよ!」
 五六七が勢い込んでそう言うのを受けて、ヘリオライダーの安齋・光弦が説明を始めた。
「都内の螺旋忍軍大戦が、収まる気配がないんだよね。元々彼ら、それぞれ大勢力ってわけではない分、ヒリヒリしてるみたい。最初は『螺旋帝の血族』の確保が目的だったのが、お互いにお互いの勢力を撲滅するのが目的なんじゃないか、って疑心暗鬼になってるんだろうね」
 互いの思惑が読めぬ上、白影衆のように最初から他軍を滅ぼす事を目的とした組織も混ざっているので、より混沌としてきている。
「そこでね、五六七っちゃん提案の『ケルベロス忍軍』を作ってね、こっちから『螺旋帝の血族』の争奪戦に加わってやろうって作戦なんだ。今ならそれぞれの軍勢は他勢力全てを敵として総力戦やってるタイミングだ。つまり」
「本拠地は! 手薄になってるはずっす!」
「そう。今ならうまく狙えば組織に大ダメージを与えて壊滅に追い込めるかも知れないし、もしかしたら本当に『螺旋帝の血族』をケルベロス側で確保出来るかもしれない。螺旋帝の力がどういうものなのかはまだわからないけど、彼らが殺し合いをしてまで奪い合ってるくらいだ。大きな力を持っていることは間違いない。こちらで発見出来るに越したことはないよ」
「正義のケルベロス忍軍! 出動っす!」

●十番目の忍軍
「さて、今現在確認されてる螺旋忍軍は9組織。今回はケルベロス忍軍の方でも複数チームで各組織に当たって欲しいんだ」
 画面には、9つの組織の名が表示される。
「詳しくはデータで送るけど、さくっと説明するから聞いてね」
 と、光弦が、現時点で判明しているそれぞれの組織の規模と戦力の解説を始めた。
「まずは『月華衆』。多分ここが最大勢力だ。と言っても大きい分纏めるのは大変そう。だからここは作戦指揮官の『機巧蝙蝠のお杏』の撃破を狙いたいね。月華衆の本拠地は『豊島区の雑居ビル』まるごとひと棟。このビルに潜入するルートは全部で5つあるから、各ルートから1チームずつ潜入して拠点制圧、あわよくばお杏を倒そう。ちなみに同じ潜入口から2チーム以上が潜入しちゃうとバレるから気をつけて。拠点制圧だけでなく、お杏の撃破まで狙うならかなりの戦力が必要だ」
「べっべっ別紙参照っす!」
 と、五六七が脳内情報を必死に整理する。
「次は大企業グループ『羅泉』だね。ここも大きいよ。ちなみに企業って名乗ってるけど、実際に会社経営してるわけじゃなくて、日本の会社組織の形態がまんま忍軍の組織運営に相応しいってことみたい。拠点は『世田谷区のオフィスビル』だけど、これも不法占拠してるだけらしい。このオフィスビル内の社長室で『代表取締役社長、鈴木・鈴之助』が指揮を執ってる。こいつを撃破すれば事実上大企業グループの組織運営は止められる……だろうけど、こいつの力が侮れない。最大数戦力で集結して綿密な作戦をもって当たる必要があるよ。油断しないで」
 鈴木・鈴之助はかなりの強敵である。オフィスに残る内勤の戦士たちは個々の強さはそうでもないが、かなり大人数が残業しているのだ。
「それと、『羅泉』配下には更に様々な形態の下部組織があるみたい。社長の統制が無くなったらそいつらが勝手に動き出す危険性もあるから、そのへんも考慮して作戦を立てよう」
「にしても残業忍軍……なんか、哀れっすね……」
 五六七が溜息交じりにそう呟く。
「さくさく行くよ、次は『テング党』こいつらの本拠地は『江戸川区の河川敷、橋の下あたり』……ある意味一番、忍者っぽいかもね。トップの『マスター・テング』を討てばテング党は壊滅に追い込めるけど、マスター・テングの元に行くには『四天王天狗』が控えてる。そいつらを倒さないとマスター・テングには会うことも出来ないだろうし、マスターを倒そうと思ったらそれ以上の戦力が必要になるね。テング党の壊滅を狙うなら、他勢力への攻撃を一部諦めて、ここに注ぎ込むしかないかな」
「シタッパどもは大したことなかったっすけど、マスター・テングは強敵っすね」
「じゃあ次『魅咲忍軍』ここは組織としてはそんなに大きいわけじゃないみたいなんだけど、指揮官の数が多い。今現在確認出来てるのは『魅咲・冴』だけだけど、他に『7色の軍団とその指揮官』の存在が懸念されてる。つまり、冴の撃破を狙えばまず間違いなく『他の指揮官の援軍』が現れるってこと。まあ、冴を倒せなかったとしても他の指揮官を倒せれば、向こうには打撃になる。魅咲忍軍が拠点にしてるのは『港区の倉庫』だ。軽く揺さぶりをかけて当面の足止め、と考えるならここを襲って奴らに拠点放棄させるのがいい。その時に多分資料なんかを持ち出そうとするだろうから、それも押さえられると尚いいね。冴の撃破まで狙うなら、早期決着を狙ったり援軍への対応なんかを含めた作戦をよく練って、多めに戦力を集中させる必要があるよ」
「いずれにしても、一気に壊滅まではもってけないっすね」
「次は『銀山衆』だね。幹部の『霊金の河』は地下アイドルって立場を利用して『千代田区の電気街』で地下コンサートを開こうとしてる。この会場に正義のケルベロス忍軍で襲撃をかけて『霊金の河』の撃破を狙おう。そう戦力を割かなくても撃破出来る、って言いたいとこなんだけど、未確認の他幹部が護衛としてコンサート会場入りしてるって話だから、霊金の河と護衛の双方を確実に倒すならそこそこ欲しいかな」
「コンサート会場のアイドルを狙う……やってることは悪役みたいっすけど、あくまで正義のためっす!」
 5勢力の説明を一気にして、光弦がふうと息を吐く。残りは4勢力。
「ここからは比較的規模の小さい組織になるよ。まずは『真理華道』の拠点は『指揮官ヴァロージャ・コンツェヴィッチのいる新宿区歌舞伎町のバー』だ。戦力があまり多くないから、ある程度固まっていけばヴァロージャの撃破まで狙えるかもね」
「小さい組織から確実に潰していく、っていう作戦もありっすね」
「そういうこと。次、『白影衆』なんだけど、知っての通り彼らは9勢力の中で唯一動き方が他の組織と異なっていて、他の組織の壊滅を狙ってる。だから当面は無理にケルベロス軍団が敵対する必要もないかなって僕は思うよ。一応、拠点は『台東区の神社の境内の一部』であることが判明してる。幹部の『雪白・清廉』の撃破まで含めてヴァロージャのところと同じくらいいればいいかな」
「いつかは対峙する必要がありそうっすけどね」
「さて、残る『黒螺旋』と『螺心衆』だけど、彼らの拠点は実は東京23区内にないんだ」
 都内ではないところに本拠地があるという不気味さはあるが、現時点の都内忍軍抗争を収めるのに必要な戦力はそうかからない、ということである。
「『黒螺旋』の方は指揮官の『黒笛のミカド』さえ討てば23区内からは一掃したと思っていいよ。本拠地からの増援があるにしても時間がかかるだろうからね。ミカドは『大田区の高級住宅街の豪邸』を制圧して拠点にしてる。この豪邸の庭に番犬みたいに下忍を放ってるって情報があるから、気付かれずに侵入するのは難しそうだ。『下忍の相手をするチーム』と『陽動の隙に邸内に侵入するチーム』に分かれた方がいいだろう。うまく連携出来れば、少数精鋭で黒笛のミカドの撃破まで持っていけるんじゃないかな。で、残る『螺心衆』なんだけど、どうやら彼ら、今回の『螺旋帝の血族争奪戦』に幹部クラスを派遣してないみたいでね。下っ端たちが詰めてる『足立区の雑居ビル』さえ占拠しちゃえば、多分もうこの件に関わっては来ないと思われるよ」
 全9勢力の解説を終え、光弦が集結したケルベロスたちの顔を見回して、へらりと笑った。
「そうそう、襲撃の時はなるべく『正義のケルベロス忍軍』を名乗ってね。カッコイイから……ってわけじゃないよ。そうしておくと敵がぼくらのことを『抗争中の別忍軍に雇われたケルベロスの忍軍』だって勘違いして、いっそう混乱してくれるかもだから」
 五六七がビシッとポーズを決めて言い放つ!
「やってやるっす! 正義のケルベロス忍軍参上っす!」


参加者
樫木・正彦(牡羊座のシャドウチェイサー・e00916)
ジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)
モモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721)
一条・雄太(一条ノックダウン・e02180)
鳴神・命(気弱な特服娘・e07144)
鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)
アイシア・ウノ(番犬の往く先を・e31428)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)

■リプレイ

●カチコミ! ケルベロスニンジャ!
 ここは港区。反社会勢力らがよく利用する倉庫を、5組のケルベロス忍軍が既に包囲していた。この倉庫こそが魅咲忍軍の拠点、彼らは指揮官の魅咲・冴の撃破を狙い集った正義のケルベロス忍軍なのである!
 くノ一装束の鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)がアイズフォンで行動開始の連絡を受け、仲間たちの顔をキラッとカッコよく見回した。
「了解っす! いや合点承知! 皆の者、先陣ぶった切るっすよー!」
 忍者町人侍色々混じっているようだが、そのまま倉庫正面から突入する!
「カチコミじゃオラー!」
 扉を蹴破り飛び込んだ樫木・正彦(牡羊座のシャドウチェイサー・e00916)に続き、ジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)が駆け込み、そのジューンと背中合わせとなる位置へモモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721)が愛銃・竜の牙を手に威嚇射撃をしながら回り込む。
「正義のケルベロス忍軍!」
「只今参上よー!」
『ケルベロス忍軍!?』
『正面からだと?!』
 声高に名乗りを上げるふたりに、面食らった様子を見せる魅咲忍軍たち。慌てて指笛を吹き人数を集め始めるが、更にアイシア・ウノ(番犬の往く先を・e31428)が前に出る。
「さぁ、正義を掲げる第十勢力ケルベロス忍軍! 魅咲・冴の首を頂きに参ったわ!」
「猟犬忍者参上! 陰謀の螺旋を紐解く時間だ!」
 負けじと一条・雄太(一条ノックダウン・e02180)も声を張る。集まってきた敵全てを相手にする気迫で、次々と名乗りをあげていくケルベロスたち。
「うおお何それカッコイイ、出遅れてらんねっす!」
 ツインテールを揺らし、五六七もビシィッとポーズを決める。
「おっす! 正義のケルベロス忍軍っす!」
 派手な名乗りに動揺する魅咲忍軍たちを、少し引いた位置から冷静に観察しているのは鳴神・命(気弱な特服娘・e07144)と霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)のふたり。
「お前らにこれ以上好き勝手にされないためにも、この戦いボク達も首を突っ込ませてもらうよ。今日はそのご挨拶ってヤツさ!」
 ジューンが勝気に挑発すると、敵は数の有利にも関わらず怯んだ様子だった。
『その人数で我らの拠点に攻め込むとは、正気とは思えん!』
 そこへ、忍者装束と称して唐草模様の風呂敷ほっかむり姿の正彦が一歩前に出て、丁寧にお辞儀する。
「ドーモ、魅咲忍軍=サン、ケルベロス=忍軍デス」
『ど、ドーモ、ケルベロス=忍軍サン……じゃない!』
「俺たちだけなわけないだろうが……」
 顔を上げた正彦が、ニヤリと不敵に微笑んだ、その瞬間。
「大将首、いただきさんだぜッ!!」
 わぁっと声が上がり、もう2チームが戦場になだれ込んだ。新手、ではない。彼らは今回の大将首である魅咲・冴を直接狙う精鋭班だ!
「こっちは任せるぜ!」
「わかりました、冴を頼みます」
 駆け抜け様にミツキ・キサラギに軽く背を叩かれ、命が頷いて応じながらドローン射出の準備にかかる。
「大変でしょうが、私達も頑張りますので、そちらも!」
 猛々しく竜の翼を広げながらそう告げたレベッカ・ハイドンの言葉には和希が静かに、しかし力強く答えを投げ返した。
「ありがとう、僕たちも出来る限り持ち堪えてみせます」
「頑張ろうねー!」
 モモが明るい声で、仲間達の背を押した。
『ま、待て! 行かせんぞ……!』
 左右を駆け抜けていく仲間たちの道を邪魔させまい、とケルベロスたちは一斉に動き出す。
「あんたたちは私たちが相手したげるってば! さて、いつもよりハデにいきますか」
 ハンチング帽子をかぶり直したアイシアの口角がきゅっと上がり、目の奥には激しい光が宿る。
「……キツいお仕置き受ける覚悟はいい?」
「『ツインテの五六七』、再び参上っす! まあお前らは知らなくても当然っすが冥土の土産にこの名を持ってけっす!」
 何を隠そう、五六七は以前にもこの二つ名を名乗り、魅咲忍軍を撃破しているのだ。撃破しちゃったのでその名が語り継がれることはなくなったが、今こそ再びここに轟かせようというのである。

●大乱戦!
『お、おのれケルベロスどもを止め……いや、冴様を……!』
「さぁ行くよオウガちゃん!」
 うろたえる量産くの一たちに、容赦なく拳を叩きつけに行ったのはモモ。ほぼ同時に五六七のキャノンが火を吹いた!
「忍法、大砲ドッカンドッカンの術っす! 忍びなれども忍ばないっすよオラァ!」
 主の声を受け忍猫再び、唐草ほっかむりで正彦とのお揃いみ漂うウイングキャットのマネギも敵軍に躍りかかった。
 あっという間に騒乱に包まれた戦場で、ふと雄太の脳裏に嫌な予感が過る。それが何かまではわからない。
「……ボサっとしてるヒマがあると思うなよ!」
 まるで自分に言い聞かせるかの一言と共に、雄太の手から放たれた火の玉が倉庫内のコンテナを吹き飛ばし、周囲の敵を巻き込んだ。辛うじてそれをかわした者も、ジューンの竜砲弾の直撃を受ける。
「大当たりィ!」
 わらわらと溢れてくるのは下っ端ばかり、ケルベロスたちの攻撃は面白いように当たる。一部の者は早々に倉庫の外へ逃げ出そうとしている。もっとも、外には外で待機している仲間の班がいる。
 だが命の表情は厳しさを増していた。
「この数……どこまで戦えるかな」
 決して絶望しているわけではない。ただとにかく敵の数が多かった。冷静に戦況を見極め、引き際を見定めなくては万が一という事態もあり得るだろう。
「さあ、行け!」
 射出したドローンが飛び交い、ドォン! とカラフルな爆煙が仲間達を奮い立たせる。何とか隊列を形成した敵が一斉に前に出てきたところへ、和希が黒色の太陽照射で迎え撃つ。
『ウギャア!』
 和希の青い瞳は静かに、危ういまでのデウスエクスへの憎悪と敵意だけを宿す。これが名乗りの代わりだとばかりに放った技に、魅咲忍軍たちが手にした手裏剣を取り落とす高い音が響いた。早くも乱戦の体となりつつ、ケルベロスたちの死闘が始まった!
「うおぉ忍法……!」
 別に本当に忍法が使えるようになったわけではないが、雰囲気たっぷりに正彦が唱える。ちなみに防具の上から身につけた正彦のTシャツの全面には『バスター』、裏には『豚』の一文字が墨痕鮮やかに記されている!
『くうッ……!』
 一旦散って、ケルベロスの攻撃を避けた敵の足元をアイシアの弾丸が襲った。
「ほらほら、足元がお留守じゃない?! ぼやぼやしてると私達も冴のところに行っちゃうわよ!」
『させるものか!』
 盾役の魅咲忍軍が3人、壁として身を投げ出すように並んで間合いを詰めて来る。
「あんた達が盾なら、私はそれを砕く矛よ……」
 ポケットから取り出したキューブ型のチョコを素早く口に放り込み、不敵に呟いたモモが拳を振りかざした。脚を揃えて鋭い蹴りを放ってきた敵とモモの間に身を割り込ませたのは、五六七。
「あちきもいるっす!」
「ありがと! いくぞッ!」
 援護を受けたモモの、渾身の鋼の拳が敵の顔面を割った!
「痒いんだよ! そんな蹴り!」
 隣にいた雄太は敵の攻撃を受けても怯むことなく、逆にその敵を捕えて投げの態勢に持っていく。
「掴まえてしまえばこっちのもんだ!」
 容赦なく相手を抱え上げ、脳天から床に叩きつける。その激しい技に、魅咲忍軍が白目を剥いて倒れ込む。
『ガ……ッ!』
 ヒッとその姿に怯えつつも、ケルベロスたちに一矢報いるべく回転蹴りを放ってくる敵の攻撃手。
『せぇっ!』
 それを援護せんと、後衛が一斉に手裏剣を放ってきた!
「チッ……」
 身を伏せ、敵の数を目で追う命。こちらを狙う手裏剣部隊はなんと5人、後衛を狙ってきているのが解り、すかさず起き上がるとドローンをそちらへ飛ばす。
「させやしないわよ!」
 アイシアが機敏に身を翻し、まるで木の葉の散るように紙兵をばら撒いて敵の目を乱した。
 技を放っても放っても、敵の数は減らない。もう数時間もこうしているような錯覚に陥るが、実際にはまだ10分も過ぎていない程度なのだ。
「まだまだ、と言いたいとこっすが……」
 五六七がぐいと汚れた顔を擦り、戦場を見回す。あまりにも、敵の数が多い。
「……無理は百も承知だ! でも、やらなきゃならないんだよ男だからな!」
 雄太が気力を振り絞って叫んだが、常に囲まれた状況はケルベロスたちを心身共に疲弊させた。しかし撤退の二文字を吹き飛ばしたのは、大量のミサイルだった。
『……っ?!』
「おおっ?!」
 正彦がゾディアックソードを振り回しながら思わず声を上げた。
 倉庫の入り口付近で展開していた別班の叔牙から援護射撃が、続いてライドキャリバーのエンジン音が疲弊した戦場を切り裂き、レイが飛び込んできたのである。
「行くぜっ! 相棒っ!!!」
 続いて剣圧と共に烈風が、仲間達の手裏剣が魅咲忍軍たちに降り注いだ。
「援軍とは、心強いねっ、よーしボクも! この一撃を受けてみろ!」
『の、望むところよ!』
 ジューンがこの局面で明るく笑い大技を繰り出した。ものすごく構えも大きいし思い切り避けられるはずの技だが、何故か敵も逃げちゃダメだの気持ちになってしまうのがジューンのこの技の特徴である! 真っ向勝負で思い切りぶっ飛ばされたのは、どうも中央でチョコマカしていた敵の阻害役だったようだ。
「短い間となりましょうが、我等も存分に力を揮わせて頂きましょう」
 そう告げて、丁寧に腰を折った光闇に、和希が静かに微笑んだ。
「……皆さん……」
 皆、それぞれの戦場で死力を尽くしている中からの援護、これで奮い立たない戦士などいる訳もなかった。
「……負けない!」
 命が目の奥にぎゅっと力を籠める。
「オウガちゃん、頼んだよッ!」
 言うやモモが一発の弾丸を発射。分身を繰り返す敵を相手にかなりシビアな狙いを見事に命中させ、反動の残る左手を握りしめるともう一声、叫ぶ!
「………喰らえッ!」
 敵の体内で、銀の龍と化したオウガメタルが暴れ出す。ひとたまりもなく崩れ、敵くの一の悲鳴がこだまする。
「分身かよ……厄介だな」
「こっちも回復すりゃまだまだいけるっす! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前っす!」
 五六七がオーラ弾をドスゥ! と雄太に叩き込む。ブッふぉ! となりつつも有難く受け止め、そのまま魔力を籠めたミサイルを敵に叩き込む。その煙幕の隙間を縫ってマネギが飛び、皆に清らかな風を送り続ける。
「いい子だね! もうちょっと一緒に頑張ろ。……業を成す者よ我が声に――以下略ッ! いいから力貸してッ!」
 癒し手のアイシアもその姿を心強く見つめつつ、交霊の詠唱に入る……ちょっと雑に。
「お前ら、ちょこまか鬱陶しいぞー! じっとしてな」
 ジューンが分身する敵の足元を掬い上げるような、激しいスライディングをかましたところへ。
「行くぞッ……!」
 漆黒の闇を纏った異形の剣は空を泳ぐように、爆発的な推進力で一直線に敵を射抜いた!
『……!』
 背から胸元を貫かれ、敵は声も立てずに絶命する。それに続けと正彦が叫ぶ。
「サイン!」
 正彦の意思にリンクした11本のソードが、壁役の敵へと襲い掛かる。
「忍法、ゾディ剣タイフーン! 螺旋忍軍死すべし!」
 剣を追って飛び、牡羊座の輝きを宿すソードは文字通りの死を敵に与えた。
「……では始めましょう。御伽噺を、ね?」
 アイシアに降りた『絵本作家』の魂は、アイシアの体を通じて正彦の喜ぶ物語を紡ぎ始める。萌え的な何かを存分に含んだ物語をアイシアの声で語られ、気持ち的には全快である。
 押し返しては、また敵が増える。徐々に回復しきれないダメージがケルベロスたちの足を重くし、手裏剣に塗られた毒がゆっくりと彼らを蝕む。それでも正彦、雄太、そしてモモはその拳を、剣を振るい続け、アイシアを中心に五六七と命は味方を癒し続け、和希とジューンは正確に敵を撃ち抜いて何人もの息の根を止めた。
 気力を絞って重い足をあげ、炎に焼かれた防具を振り払って気迫だけで戦い続けていた彼らの耳に、一報が響いた。

●それではこれにてドロン!
「みなさん気をつけてください。増援が来ます!」
 後方支援の仲間のひとりが無線に向かってそう叫んだ途端、魅咲忍軍たちの様子が明らかに変わった。
『沙月様……!』
『……冴様が』
「……?」
 和希が敵の会話の意味を問いただそうとした瞬間、ゴオオ……と低いジェットエンジンの如き音が近付いてくるのが、倉庫の中にまで伝わった。
「……なに、あの音?」
 モモが攻撃の構えを崩さぬまま、眉を顰める。答えたのは援護班のレインだった。
「くそうっ、間が悪いなぁ! みんなっ、迎撃だ!」
「あ、やっぱり増援の到着かあ」
「申し訳ありません、ここはお任せします」
 ジューンの言葉に一瞬頷きシマツが短く答え、ギリギリまで攻撃を続けつつそちらへ向かっていく。
「あざっす!」
「また後ほど!」
「何かヤバい音してるから、そっちも気をつけてね!」
 返す言葉も短いが、戦場を共にした仲間同士、熱く通じたものが確かにあった。
 そこへアイシアが、ぽつりと呟いた。
「あれ、でも増援……ということは」
「あーっ! あのオバサン忍者、逃げやがったなー!」
 ジューンが思わず絶叫する。
 それはつまり、この拠点を制圧することにケルベロスが成功したのだという吉報でもあるのだが。
「逃げたのか……」
 一瞬、苦い顔をした和希だったが、すぐに頭は冷静に切り替わる。こうなれば。
「やるだけやったら……撤退っす! 逃げるが勝ちっすよ!」
 五六七の言葉に、正彦が賛同した。
「それは言える。本当ならここでアー資料回収ガー別指揮官ガーとかなるとこだけれど!」
 それらは全て、他の仲間に託してあるのだ。
 最後の力を振り絞り、倒せるだけの魅咲忍軍を倒した。体はボロボロだが、心が暗くならないのはその仲間との繋がりが常に支えてくれていたからかも知れない。最後の敵の掃射を受ける前に撤退する。
「連絡しますね」
 命が淡々と、増援班への撤退の連絡を短く送る。魅咲・冴が逃げたのに、これ以上削れる必要はない。少しホッとして、目元が潤みそうになるのを堪える。
「……これだったのか?」
 冴を逃がしたことが悔しくないと言えば嘘になる。自分の悪い予感の正体はこれかと雄太はぽつりと呟いたが、それはすぐに脳内で打ち消した。戦果は上々、今回得た情報を元にきっと新しい作戦が立案されるだろう。それも全て、自分たちが大量の敵を引き付け続けた結果なのだと、今は誇りに思う気持ちが勝った。
「大撤退、ってやつっす! 正義のケルベロス軍団、これにてドロン! っす!」
 五六七の明瞭な掛け声が、この戦いを象徴していた。大将首は獲れずとも『かましてやったぜ』という手応えと共に、素早く倉庫を後にしたケルベロスたち。晴れやかな疲労を溜めつつ、思いは既に次の戦場へ。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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