正義のケルベロス忍軍～天誅下せ、猟犬忍法！

■リプレイ

●きらびやかな街の下
　世の穢れを背負い込む円筒状の空間を、八人のケルベロスが行く。
「何が仕掛けられているか分からないわ。気を引き締めていきましょう」
「慎重に、進む、です」
　囁きあうイリス・ローゼンベルグ（白薔薇の黒い棘・e15555）と、レミ・ライード（氷獄騎兵・e25675）。
　特に警戒を強める理由は、彼女らの目指す先が螺旋忍軍・月華衆の拠点であるからだ。
　半数ほどは身を隠す特殊な気流を纏っているが、その力が及ぶ範囲は使用者と使役するサーヴァントのみ。そして如何なる方法で敵の目を欺こうと、自分たちから地雷を踏んでしまえば元も子もない。
「このような所にまで回転扉や強盗返しが有りはせんじゃろうが……」
「ま、気をつけるにこしたことはないぜ」
　訝しむ一之瀬・白（八極龍拳・e31651）に答え、ルト・ファルーク（千一夜の紡ぎ手・e28924）は四方を見やる。
　今のところ、罠の類とは縁がなかった。あるのは陰鬱とか鬱屈とか鬱々とか、そういった言葉で形容するしかない景色ばかり。
「マスクも用意しておくべきだったかな……」
　暗視ゴーグルの実直な働きぶりを少々恨みつつ、凪沢・悠李（想いと共に消えた泡沫の夢・e01425）は口元を覆った。
　間違って深呼吸でもしようものなら、顔が朱でなく青に染まりそうだ。
　何せ、此処は下水道。
（「――ひぅっ！」）
　見たこともないような虫が、驚愕を飲み込んだ月鎮・縒（迷える仔猫は爪を隠す・e05300）の前を通り過ぎていく。
　それ自体は怖がるほどでもないのだが、状況が状況。
　立ち込める汚臭に、水音やら羽音やら鼠の足音やら。その全てがケルベロスたちの張り詰めた神経を――特に縒の五感を、刺激し続けていた。
（「うぅ、これじゃあ身が持たないよ」）
「……大丈夫ですよ、縒さん」
　親しい少女から溢れるものを察したか、筐・恭志郎（白鞘・e19690）が振り返って微笑む。
　連れて鉄・冬真（薄氷・e23499）も、穏やかな口振りを重ねた。
「罠には僕等が対応するから。縒は現在地把握を頼んだよ」
「う、うん」
　頷き、そっと二人の背中に心を寄りかからせて、縒は手元に目を落とす。
　目的の雑居ビル下まで、それほど時間はかからないはず。
「急ぎましょう」
　前に向き直る恭志郎。しかし踏み出す足は言葉に増して――他の侵入口に向かった班との兼ね合いを考えても、何処か急かしい。
「恭志郎」
　そのまま先を行こうとする弟分を、冬真が呼び止める。
「大丈夫、僕や皆がついてる」
　だから頑張ろうと、柔らかくも芯の通った声で継ぐ彼には、心中お見通しなのだろう。
　さすがと言うべきか、恥じ入るべきか。それとも頼りがいある「冬真兄さん」に安堵すべきか。
　ともかく恭志郎は、小さな返事をしてから仲間と足並みを揃えた。
　――それから暫く、一行は流れる大量の汚水を横目に淡々と進み。
「あれ、入口かな？」
　悠李が示す先に、垂れ下がる縄梯子を見つけた。
「罠……では無さそうじゃな」
「他に何かあるってわけでもなさそうだしな」
　縄を引っ張ったり、近くの壁面を触ってみたりと、手短な探索を終えた白とルトの言葉を受け。
「登る、しか、ない？」
　レミがぼんやりと、選択の余地がないことを明示する。
「じゃあ、私と鉄さんが先に登るわ」
　言うが早いかイリスが踏木に手をかけ――。
「……鉄さん」
「うん？　あぁ、うん。大丈夫、分かっているよ」
　下水道には似つかわしくないドレス姿の女性を、先に行かせるとどうなるか。
　皆まで言わずとも察した冬真に気の強そうな笑みを返してから、イリスは改めて縄梯子を掴んだ。
　二人が少々時間を要して登りきると、着いた先はビルの地下室と思しき場所。
「何もないわね」
　敵がいるわけでもなく、特別調べる必要があるものも見当たらない。
　肩透かしを食らったようで、イリスは息を漏らす。
　とはいえ敵拠点の中に踏み込んだことは確か。冬真は下で待つ仲間に呼びかけ、順々に上がってくるよう促す。
　最初は恭志郎。彼がそれなりに登ったところでルトが続き、そのルトが地下室の床を踏んだときには、悠李が半ばまで達していた。
（「……うぅ」）
　待っている時間がもどかしい。
　手持ち無沙汰になると一時忘れていた下水の不気味さが蘇ってきて、縒は頻りに周囲を見回す。
　ざあざあ流れる汚水。飛び交う虫。
　ぼちゃんと大きな音が立った方を向いてみれば、立ち尽くすレミと視線が交わり――。
「っ！！」
　その肩越しに水柱を捉えた瞬間。
　縒の身体を、焼けるような痛みが襲った。

●刺客
　仲間の異変を受け、レミは振り向きざま冥府の冷気を放つ。
　だが、槍状に固定化された一撃は誰を穿つこともなく、水路の彼方に消えていく。
　辛うじて視界の端を掠めた姿は――。
「蠍……？」
「まさか、下水に潜んでおったのか！　不埒な螺旋忍軍め！」
　踏木を掴んだばかりのところから取って返した白が、汚濁した水を見やって歯噛みする。
　そこに事態を察して上方へ呼びかけた悠李も加わるが、縒を傷つけた者は失せたまま。
　一方、既に登りきっていた四人は逡巡する。
　当然ながら、最初に思い至ったのは下へ戻ること。数も実力も分からない相手に、四人ばかりを残してはいけないだろう。
　けれども、引き返せば想定した作戦に遅れが生じる。それが最悪の状況を呼び込まないと断言できようか。
　恭志郎の胸中には苦い思い出が過る。
　他の班に状況を伝えようにも、用意した手段では不可能だ。
　行くべきか、戻るべきか。
　答えは――しかし、一つしかない。
　下から、新たに響く苦悶の声。残した仲間だけでは切り抜けるのも困難な強敵がいると見て、四人は次々に地下室から飛び降りた。
　不快な湿り気との早すぎる再会に愚痴をこぼす暇もない。二度の攻撃で真っ赤に染まった肩口を癒やす縒を囲み、ケルベロスたちは濁流と対する。
　そこでようやく、彼らは敵の正体を認めることができた。
　汚水から飛び出し、天井に張り付く忍びの女が一人。
　顔は赤い螺旋の面で隠れているが、両腕を覆う手甲は昆虫の鋏のように大きく、腰の後ろからも長く太い尾が伸びている。
　レミの見た通り、それは『蠍』と呼ぶべき姿。
「……何者だ？」
　問うまでもないことと知りながら、敢えて尋ねたような蠍の冷めきった声。
　対照的に、白の台詞が熱を帯びていく。
　いや、言葉だけではなかった。身体から花弁の如く飛び散る火花。紅蓮の炎を模した闘気を放ち、白龍のドラゴニアンは半身の構えで地を踏み叩く。
「我等、正義のケルベロス忍軍！　貴様らに鉄槌を与えるため、地獄の底より参上したのじゃ！」
「番犬の牙がお前たちの悪事を噛み砕く！　――なんてな！　御用改めって訳じゃないけど、覚悟してもらうぜ！」
　続けて不敵に言い放ち、溜めた気を弾丸として撃ち出すルト。
　蠍は天面を蹴って躱し、再び汚濁へ身を隠す。同時に聞こえる音が水の流れだけとなり、ケルベロスたちは互いの死角を補って立ちながら、万全の注意を払う。
　次は何処から来るのか。沈黙が鍔迫り合うような空気の中で、縒は怪我を押して気丈に振る舞いながらヒップバッグに収まっていたオウガメタルを装着し、光り輝く粒子を放った。
　合わせて白も、黄金の果実を宿した攻性植物で仲間を照らす。
　不潔極まりない空間には勿体無い輝きだ。しかし見とれてもいられない。
「っ、縒さん！」
　声を上げる恭志郎。音もなく汚濁から這い出ていた蠍が、人の命など容易く奪えそうな針を備える尾で狙い定めていた。
　冬真が傷ついた少女を庇うため、躊躇いなく合間に割り込む。
　それだけでなく。痛みを感じているのかも怪しいほど無表情のまま、片手で尾を掴んで引き寄せる。
　もう一方の手には螺旋を込め、殴るというより撫でるくらいで敵に触れれば、解き放たれた力は内部で跳ね回って蠍の目論見を完全に阻んだ。
「ちぃっ……」
「また隠れるつもり？」
　間合いを取ろうとしたところを狙って、イリスが流星の如く降る。
「悪いけど雑魚に構っている暇はないの」
「雑魚？　……この『機巧毒蠍のお鈴』を雑魚と侮るか」
「貴女が誰でも、ここで、倒す、ですが、良い、ですね？　答えは、聞きません……！」
　生まれた一瞬の隙を突き、レミがアームドフォートの主砲を一斉射。
　自身を飲み込む力の奔流から蠍――お鈴は辛うじて抜け出すも。
「逃しませんよ……っ！」
　恭志郎が閃かせる直刃の短刀に『何か』を視て、俄に足を止めた。
　そこへ軽々と飛び込んだのは、上気したように頬を赤くする悠李。
「それじゃ、正義の味方よろしく――悪党退治としゃれ込もうかな♪」
　斬り合いに臨むとは思えないほど楽しげに言って、白銀の刃でお鈴の片腕を裂く。
　続けてもう一振り、黒輝の刃で袈裟懸けに。
　それを受け止めたお鈴が繰り出す反撃の鋏を屈んで掻い潜り、懐から鼻先を掠めるように飛んで、背からもう一太刀。
「ふふっ、あは、あははっ♪　やっぱりこの緊張感、堪らないよ――心が躍るッ！」
　こうして興奮状態に陥った彼は、敵を倒して一息つくか、倒れるまで元には戻らない。
　そんなことを知る由もないお鈴は、面の下にどのような表情を浮かべていただろうか。

●奮闘
「鉄のおにーさんの傷を塞いで、黒猫たち！」
　縒が癒やしのグラビティを纏った小さな黒猫の群れを創り出し、あちこちに裂傷を負った冬真の身体へと擦り寄らせる。
　お鈴との戦いが始まって数分。ケルベロスたちは三枚の盾を有していた甲斐もあり、まだ誰一人とて屈していない。
　しかし、お鈴も単身で潜んでいただけのことはある。縦横無尽に跳ね回ってケルベロスからの攻撃を往なしては、強烈な尾の一撃を返してくる。それに仕込まれているであろう毒が、幾つかの加護と縒の治癒によって殆ど効力を発揮しないまま打ち消されていたことは、戦線を維持する大きな助けとなっていた。
（「あまり手間取っては……」）
　じわりと恭志郎の顔に滲む焦燥。似たような気持ちは少なからず、速攻を心がけていたケルベロスたちの中に湧く。
「だったら……ほら、ここからもっと速くなるよ！」
　悠李が重力の軛から逃れるように壁を蹴り、天面を蹴り、角ばった螺旋を描くような軌道でお鈴に迫った。
　一歩間違えば汚水に真っ逆さまの宙で斬り結ぶ。双方の顔が刀と手甲の打ち合いで僅かに照らされる。
　その瞬くほどの間で、レミは敵である方の影に向かって冥府の冷気を放つ。初撃こそ不意を突かれて外した彼女だが、後はケルベロスの中でただ一人、一度も仕損じることなく敵を死に追い詰めていた。
　今しがた撃った冷気も槍と化して、地に降りたばかりの蠍を貫き通す。凍結した傷口に恭志郎が短刀を突き立てれば、さしものお鈴も面の下から呻き声を漏らし、形振り構わずといった様子で手甲を突き出した。
　それは首元に喰い込み、恭志郎の意識をじわじわと蝕んでいく。
　けれど青年は喚くこともなくじっと堪えたまま、両手で握りしめる短刀をより深く潜り込ませる。
　負けじと力を込めるお鈴。どちらかが果てるまで続くかとも思えた根比べは、イリスのライフルから迸る光線が横から突き刺さり、お鈴が退いたことで一応の決着をみた。
「黒猫たち、今度は恭ちゃんに！」
　縒の合図で小さな群れがひた走り、一斉に飛びかかっていく。
　その中に紛れてうずくまり、恭志郎は陽炎の如き揺らぎを宿した手で自らに触れた。身の内に隠されている炎からの仄かな熱が、傷を癒やして不調を解いていく。
　まだ、なんとかやれそうだ。立ち上がった頃には仲間たちが一斉に仕掛け、何とかこの場を切り抜けようと攻勢に臨んでいた。
　螺旋の力とバールが飛び、ドラゴニアンの尻尾が水路の端から端まで薙ぐように振るわれ、二本の刀を追って優雅なドレスが揺れる。
「そろそろ、年貢の納め時ってやつじゃないかしら？」
「ほざけ！」
　脚に秘めた重力を叩き込まれ、なお踏みとどまるお鈴は両手甲でイリスの身体を挟み込んだ。
　ぎりぎりと軋むそれは今にもイリスを両断してしまいそうで――しかし、彼女は左目の地獄を揺らめかせ、心底見下したような視線を送るばかり。
「どうしたの？　これが本気？　何とかのお鈴も大したことないわね」
「貴様……っ！」
　ならばお望みどおり、本気で仕留めてやろう。
　お鈴は毒尾を振り回し、イリスの胸元目掛けて突き出した。
　迫りくる凶器。けれど少女が纏う勝者の雰囲気は揺るがない。
「――白、ルト、今だ」
「了解じゃ、冬真殿！」
　突進した冬真が一撃を代わりに受けつつ、禍々しいナイフで尻尾を刺す。
　その背に隠れて肉薄した白は龍と八卦の紋様が描かれた呪符を撒き散らし、宙に光剣を形作ってお鈴の腸に突き立てた。
　瞬間、呪符は爆発を起こして弾け飛ぶ。見るからに毒々しい下水と同じ色の煙が巻き上がり、その中からイリスと冬真が抜け出ていく一方で、白は自らを標として叫んだ。
「ルト殿、今の内に！」
「任せとけ！！」
　腰に携える湾曲した刀身の短剣で『扉』を開き、そこから吹き荒ぶ風が煙を吹き飛ばす。
　そしてお鈴が見たものは――この空間を浄化してしまうほどに神々しい天馬。
　一つ嘶き、首筋に掴まった主すら落とさんばかりの勢いで駆け抜ける幻獣は、避ける間もなく蠍の忍びを蹴り飛ばしていく。
「終わり、です」
　天井に打ち当たって落ちてきた敵を、レミが慈悲もなく主砲で撃ち抜く。
「それじゃ、さよなら♪」
　最後に悠李が二刀を振るうと、四肢も尾も失くしたお鈴は下水の中に落ち、そのまま彼方に流れていった。

●突破
　一息つく間もなく、恭志郎は縄梯子を登り始めた。
　ところが毒が身に残っていたか。片手が踏木を掠めて空を掴み、そのまま落ちそうになってしまう。
「あ――」
「……落ち着きなさい」
　窘めるように言って彼を支えたのは、やはり兄貴分。
「冬真兄さん……」
「縒も皆も、恭志郎だってまだ十分に回復していないだろう。それに――」
「他のけるべろすだっているんだもん。きっと、上手くやってくれてるよね」
　傷は癒えかけているものの、血や汚れで酷い姿の縒が励ますように言う。
「そもそも、何でこんなところにあんな奴がいたんだろうな？」
　ふと、疑問を浮かべるルト。
「……もしかして、此処がお杏の逃げ道だったのかしら」
「あぁ、だから実力のある月華衆が一人で守ってたのかな」
　イリスの想像に、悠李が返す。
「ま、上がってみれば分かるじゃろうが……」
「月華衆の、戦力、削いだ、ことには、違いない」
　顎を撫で擦って呟く白に、レミは辿々しくも断言する。
　有力な敵の排除は、確かに大きな価値があるだろう。
　ともすれば、月華衆を忍軍大戦から退けることにも繋がったかもしれない。
　ケルベロスたちは徐々に戦果を確信しつつ、下水道を後にして。
　気は引き締めつつも、久方ぶりの新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

作者：天枷由良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月6日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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