螺旋忍軍達の小競り合いは相変わらず続いていた。無視出来ない規模のものはケルベロス達が阻止に動いていたが、人々に死傷者が出ない程度のものは防ぎきれないほどの件数が発生している。
彼らは周辺への被害にも構わず駆け回り、潰し合う。グラビティの衝撃が建物を揺らし、アスファルトがめくれた道路は封鎖され、壁に穴を開けられたビルの近くに駐めていた車はへこみ──人々の生活は脅かされ続けていた。
「あちきの思った通りっす。忍軍同士の戦いは激化の一途っす」
その一件を目撃した鯖寅・五六七(ゴリライダーのレプリカント・e20270)はごちる。
「東京23区の平和を守るには、やっぱり、アレが必要っすよね!」
そして報せその他を聞いたうちの一人である篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)は眼前のケルベロス達へまず、東京での螺旋忍軍同士の戦いが収まる気配を見せない旨を告げた。
「あなた達が関わった件を、自分達以外の勢力による被害を受けた、とそれぞれが判断しているのかもしれないわ。今は本来の目的よりも、他の勢力を倒す事を優先しているほどだそうよ」
元より攻撃的であった勢力も参戦している。ゆえ、一層他勢力への敵愾心が募ったのだろう。
「それで、これ以上酷いことになる前にこちらからも動きましょう、とのことよ」
提案主であるレプリカントの少女の言を仁那はなぞる。
曰く、『正義のケルベロス忍軍』を結成し、螺旋忍軍達同様に螺旋帝の血族を探しつつ他忍軍と戦うべきである、と。後手に回るばかりでは無く積極的に他勢力を潰しに行く事になる。また、忍軍を名告る事で、他勢力への疑心を尚更煽れる可能性も見込めよう。
現在、螺旋忍軍達は他の忍軍全てを敵対視し総力戦を行っており、本拠地が手薄になっている可能性が高い。その為、この機に乗じ彼らに大打撃を与える事も不可能では無いだろう。螺旋忍軍が重要視する螺旋帝の血族にも手が届くかもしれない。
「それで今回はあなた達に、各忍軍の拠点を手分けして襲撃して貰いたいの。……勢力は九つもあるから、幾つかの勢力を選んでそれぞれを数チームで協力しながら、となるかしら」
どれを狙い、どれを捨て置くか。ケルベロス達には負担を強いる事になるが、やはり直接事件に介入し得る者達の判断に頼りたいのだとヘリオライダーは言い。
「ええと、それで目標となる九つの忍軍について、だけど──」
彼女は机上にメモ書きと地図を広げた。
「まず一つめが『月華衆』。組織全体の規模の割には、今回の作戦に出ているデウスエクスの数はそこまで多くないらしいの。指揮官である『機巧蝙蝠のお杏』を倒せれば、動きは止められるだろうと考えられているわ」
彼女らの拠点は豊島区のとある雑居ビル。侵入経路の候補は、正面入口、裏口、屋上(近くのビルから跳び移る)、窓(当該ビルの壁を上る)、地下(下水道を通る)、となる。各入口共、同時に入る事が出来るのは一チームまでのようであり、また、一つの入口を何度も使う等すれば敵方に作戦を察知され迎撃される危険もある為、注意が必要となる。
「二つめは『魅咲忍軍』ね。指揮官の『魅咲・冴』の下に七色の忍軍が居るのですって。上手くすれば今回の件から手を退かせる事も出来るかもしれない……し、そこまで行かなくても、暫くは態勢を立て直すのに専念させる事が出来るでしょうね。ただ、トップの指揮官を狙っても、下の忍軍……彼らにもそれぞれ指揮官が居るようだから、数だけの戦力では無いでしょうね、それが助けに来る可能性が高いみたい。……手早くことを運べれば、かしら」
彼女達は港区の倉庫を占拠しているという。撤退させるだけならばそう難しくは無いだろうが、有力敵の撃破となるとそれなりの作戦と連携が必要となる。また、撤退させるのであれば、持ち出そうとするであろう資料等を奪えればなお良い。
「それから三つめ、は、大企業グループ『羅泉』、ですって。会社組織の形が忍軍にも良いからと企業風にしている、らしいわ。その社長……が『鈴木・鈴之助』、社長室に居るそうだから、倒せれば、彼らはこれまで同様には活動出来なくなる筈」
拠点は世田谷区のオフィスビル(どうやら不法占拠)。職場には残業中の戦力が多く居るようだが、個々の能力はそう高いものでは無く、拠点の制圧だけならば、数さえに対抗出来れば、といったところだろう。但し、社長の撃破をも狙うとなると簡単には行かない上、彼の統制が無くなる事で配下の各組織が独断で動く可能性も考えられる為、事後の警戒も考えておいた方が良さそうだ。
「四つめが『真理華道』、作戦指揮官は『ヴァロージャ・コンツェヴィッチ』。ええと、彼ら? の組織は全容は判らないのだけれど、指揮官を倒せればひとまず活動を止める事が出来るだろうと考えられている」
拠点は歌舞伎町のバーだという。此処の戦力は比較的少なく、指揮官と相対するのはそう難しく無さそうだ。
「五つめ……が、『銀山衆』。指揮官は『霊金の河』、あとは護衛の幹部と、配下の観客とかかしら」
彼女達に関しては、千代田区の電気街で行われる地下コンサートを襲撃する事になる。幹部以上を殲滅するならばある程度の戦力が欲しいが、狙いを絞るならばそこまで人数を割く必要は無いかもしれない。
「次、六つめは『黒螺旋』。ここについては指揮官の、『黒笛』のミカド、さえ倒せれば大丈夫そうよ」
彼らの本拠地は東京には無いらしい。現場の指揮官さえ倒せば、事後に戦力を補充するとしても暫くは動けない状況に追い込めるだろう。彼らは大田区のとある高級住宅を制圧し仮拠点としているようだ。邸宅の庭では下忍達が番を務めており、指揮官の撃破を狙うのであれば陽動と潜入等、役割を分担する必要があるだろう。戦力自体はそう高く無いようだ。
「それからええと、七つめ、『白影衆』ね。彼らは他の忍軍を倒す事を優先しているようだから……今回に限れば実質敵では無い、のかしら。あちらがどう思うかは別なのでしょうけれど」
台東区の神社の一部を拠点としている彼らは、勢力としては小規模なものだ。指揮官『雪白・清廉』の撃破をも狙うとしても、そう多くの戦力を割く必要は無いかもしれない。
「八つめは『テング党』よ。さっきの二つとかよりは大きな勢力ね。指揮官の『マスター・テング』を倒せば、彼らを壊滅状態に追い込めそうよ。ただ、配下達……幹部にあたるのかしら、彼らも結構強いらしくて。制圧となると、それなりのチーム数が欲しいかも」
彼らは江戸川区の河川敷に秘密基地を作っているのだという。指揮官を引きずり出すだけでもそれなりの戦力を集中させる必要があるようだ。
「最後、九つめが『螺心衆』。活動しているのは上忍と下忍の集まりだそうで、拠点さえ制圧出来れば今回の件からは手を退かせられるだろう、とのことよ」
目標は足立区の雑居ビル。幹部は居ないようである為、油断さえしなければ制圧は難しく無いだろう。
合間に息を吐きつつ仁那は九勢力の説明を終え、ケルベロス達へ視線を戻した。
「各拠点内の様子は判らないの、ごめんなさい。罠とかがあるかもしれないし、敵が何らかの情報を持っているかもしれない。彼らから直接聞き出すのは難しいでしょうけれど、資料とか痕跡とかはあるかもしれないわ。上手く行って、もし手掛かりらしきものを見つけられたら、回収して来て貰えるかしら」
螺旋忍軍達は螺旋帝の血族の足取りは未だ掴めていない様子ではあるが、ケルベロス達が複数の勢力をあたってくれれば。ヘリオライダーは期待と信頼を示し口の端を上げた。
参加者 | |
---|---|
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172) |
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374) |
蒼樹・凛子(無敵のメイド長・e01227) |
大粟・還(クッキーの人・e02487) |
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771) |
罪咎・憂女(捧げる者・e03355) |
神宮時・あお(惑いの月・e04014) |
ピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564) |
●触れなば
窓に映り込まないよう注意しつつ、翼を広げた大粟・還(クッキーの人・e02487)とシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)が外壁に沿って上って行く。看板の陰、窓に残ったままの広告、手持ちの鏡などを利用し、中の様子を順に探った。
他の突入口候補は全て、他チームが請け負ってくれた。多少融通の利く箇所を受け持つ事になった以上、なるべく上階から入りたい。地上及び地下からのチームが攻め上がってくれるのに合わせ、屋上からのチームと協力し敵を挟撃出来れば最良。そこまでは叶わずとも手分けして敵の逃げ道を潰して行ければ、と。
ゆえ、突入は慎重に進めねばなるまい。此方の態勢が整わぬうちに敵に対処されるのは避けたいし、敵方とて拠点を構えている以上それなりの対策をしているであろうから、抜き差しならぬ状況で此方が危機に陥る可能性は出来る限り排除しておきたかった。
その為、まずは敵に見つからぬよう入り込む所からだろう、と彼女達は考えていた。定刻までにはまだ幾らかの猶予はある。一通り調べてのち吟味しても、間に合わぬという事は無かろう。
些細な妥協を幾らか経て、偵察の二人共が納得出来る入口を見繕ったのは暫しの後。時間はぎりぎり、だが中の状況が変わる可能性も考えれば良い頃合いに、彼女達は地上で待機していた仲間達を手招いた。
「それではー、失礼致しますのー」
「こちらこそ。しかとお願い致します」
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)が蒼樹・凛子(無敵のメイド長・e01227)へ近づき、首元へ腕を。半身をずらして抱きつく彼女を凛子は片手で抱き寄せ支え、逆の手には抜き身の刀。望まず離れる事の無きよう掴まえ合ってのち、蒼い翼が広がった。
「では」
「ン。重くて悪ぃケド、頼むな」
罪咎・憂女(捧げる者・e03355)はキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)の背後で浮き、頭上から青年の眼前へ両手を差し出した。互いに手首を掴み、きつく繋ぐ。信を置く友人同士ゆえの遠慮を省いた握力は、細身の線が明らかな暗色の装いの為に常以上に華奢な見目の女性が長身の青年を危なげなく吊り上げる事を可能にした。
「私も失礼します」
少しばかり屈んでピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)は、応じ頷いた神宮時・あお(惑いの月・e04014)の細過ぎる胴に腕を回した。小さな手が脇を支えるように添えられると、互いに握り込むように抱え合う。そののち淡朱の翼がそっとはためき、屋内からの死角を各々選んで滞空する仲間達へ追いついた。
そして、では中に、と頷き合った頃。彼らは驚く事となる。
その理由は、突如聞こえた不穏な物音。その発生源と原因を探り、彼らは知る。屋上で戦闘が始まった。予め警備されていた可能性を考える。
「確かに門番くらい居ても不思議は無いが……大丈夫なのか!?」
幸い、伝わる音と気配からして、少なくとも現時点では屋上のチームが危機的な状況に置かれている様子は無い。それに安堵しつつもシヴィルは、下階からのチーム達を案じた。
そしてそれは杞憂とは終わらない。地上から響いた戦闘の音を捉えたのは、ほどなくの事。角度と距離ゆえにその詳細はここからでは判らないが、今すぐ自分達も動かねばならない事は解る。
また、屋内がざわつき出しているのが窓越しにも判った。混乱しているらしき敵方の様子は、今こそ好機と報せて来る。しかし入口にする予定であった窓の奥の状況もまた変わっていた。幾つもの足音、忙しない声音。このまま行っては数多くの敵に囲まれる。急ぎ他の入口を見繕うべきと判断し、彼らは一旦散った。
ややの後、予定より少しだけ階を下りたところで室内に目標の一つを見つけた。華紋を纏った黒い姿、細身を大きく見せる脚甲と機翼──『お杏』の姿。彼女は配下に何やら指示を出している様子だった。その最中、新たに室外から駆け込んで来た者へ彼女は一度顔を向けたのち、その場の配下全員へ改めて顔を向け、更に何事かを言い渡し配下達を退出させる。室内に残った彼女は今は窓に背を向けており、何やら考え込むかのように微かに俯いたのが判る。
であれば、動くべき時は今をおいて他に無い。
閉まった窓を『普通』に破って敵方を刺激しても厄介だ。まず凛子が速やかに動き刀を振るい、音も無く硝子に大きく円く、深めに傷を刻んだ。直後フラッタリーが、刀を下げる彼女の腿を蹴りその反動で以て窓を押し開ける。傷に沿って割り取った硝子は一旦跳ね上げて猶予を。それに続いたのはシヴィル。落下する硝子を受け止め騒音を抑えた彼女は、異変に気付いて手にしていた棒状の物体を懐へ仕舞い込みつつ振り返った敵と相対する。
「太陽の騎──もとい。『正義のケルベロス忍軍』、ここに見参! 月下美人を抱く忍よ、お相手願おう」
告げる彼女の姿を見れば、纏う黒装束に刺繍された文字が清々しいほどに、名告ったそのままの正体を宣言していた。そして胸元には向日葵を象った徽章。
「太陽たる我らが居る限り、貴様ら月下美人は決して咲き誇り得ぬと知れ」
対照的な華を戴く二者の間に緊張が漂う。その間に、振り子めいた軌道でキソラを窓から放り込んだ憂女は、軽やかに着地した青年の脇をすり抜けフラッタリーと共に敵を包囲する態勢を整え、次いで突入したピコは窓及び室内の罠の有無と危険性を確認すべく目を配った。
自分の時と同様に押し退げられたあおの体を受け止めた凛子が外を警戒する傍ら、室内で巻き起こった風が窓を激しく揺らす。るーさんを抱えてそれをやり過ごした窓前の還は、纏う銀流体の力を室内へ解放する。『罠に掛けた』のは此方と見て良さそうだと中から合図を貰い、外に残っていた全員が順に室内へ。窓はそのまま、敵の動きにだけ注意を払う。この状況では、何であれ小細工等をする余裕は無いと見るべきだ。
そして。この場からは様子を確認出来ない他チームの仲間達の為に今出来るのは信じる事と、眼前の敵を逃さず仕留める事だけ。ゆえにと彼らは意志を固めた。
●華の散る
広く風を撃った機翼が翻るが、流石に室内。敵を捉まえて直接刃を届かせる事は不可能では無かった──その動きの速さにさえ対応出来れば。
狭い筈の室内を敵は自在に跳び回る。天井付近からの急降下、畳まれた膝の先に鋭い針があるのを見、憂女は狙われた仲間の体を突き飛ばした。心は備え、体は穿たれ、敵が退くのと同時に己が血が零れる様を見つつ彼女は、痛みが鈍い違和に気付く。
「麻痺毒か何かか」
緊張を孕んだ声が仲間達へ報せた。急ぎ還が癒しの気を放つ。敵は先程の僅かの間に、『獲物』の体のより柔い箇所へ狙いを修正したように彼女には見えた。ゆえに傷自体も軽んじ得ぬものと推測する。
「ダミー投影開始」
かつて母と呼んだ機体に搭載されていたパーツを備えたピコの携行砲台が駆動する。投影画を制御する光を散らしながら彼女は敵を観察した。
(「判り易く反応してくれる相手でも無いのでしょうが」)
だが、少女が『判り易く』動いても、仮面を着けた敵はその対応も含めての『無反応』──ただ攻めて来るだけでは無い行動への警戒は見せたが、それだけ。であればこの敵に対しては個人的なプラスもマイナスも考えなくて良かろうとピコは、胸中にあった気懸かりを今は忘れる事にした。ただ己を含めて仲間達が動き易くなるよう努め、同じく攻撃に動く者と共に機をはかり砲撃を放つ。
入り込んだのは仮とはいえ敵の懐。ゆえにケルベロス達は手早い決着を求め、前のめり気味に攻めて行く。無茶は承知で、しかし貫き通して見せると攻め手達は顧みず、支えを担う者達が皆の背を護る。還は敵との間合いに注意を払い続けながらオウガメタルとウイングキャットへ絶え間なく指示を出し、憂女は苦痛で乱れる集中を過度な緊張で以ての力ずくで維持してドローンを制御する。
連撃を受けた敵もまた、負傷に鈍り始めた四肢に難儀している様子で、宙を駆ける様に陰りが見えつつあった。余分に壁を蹴って降下の軌道を修正しつつ加速した敵は物々しい脚を翻す。振り抜かれた爪先が携える刃は、盾となるべく動いたフラッタリーの胴を鋭く裂いて、血を華と噴かせた。
その深手に周囲はおののくが、急激に熱を奪われた当人はただ金瞳に赤色を映し、やがて、己から奪ったがゆえに立て直した敵を見据え口の端を吊り上げる。
「月ノ涙ニテ昏ク染メ重ネ、地ヘト墜トシテ差シ上ゲマセウ」
自身の獄炎に照らされた瞳の色が愉しむかのよう揺れる。皆の為に撒いた紙兵の守護を己も纏い血色に染め落としながらも彼女は報復を謳う。それでも彼女はまず己が身を護る、否、保たせるべく、気概を吐息と鋭く発した。傷の割にはしゃんとしたその立ち姿を見、あおは密かに安堵の息を吐く。この分ならば護りは皆に任せても良さそうだと判断し、堪え難い程の苦痛に喘ぐひとは出さずに済むだろうと胸の奥で微かに安らいで。それを覆される事の無きようにと少女は詰めた間合いをそのまま、敵へ竜砲を撃ち放す。仲間による追撃が続き──しかし割り込んだ黒い影に阻まれる。ご無事ですか、と仮面の下から掠れた声。
「増援です」
始終を見ていた後衛の凛子が静かに告げた。即座に前衛達が一度散り、布陣と状況を確認する。
騒ぎを聞きつけたのだろうか、月華衆の配下がお杏の前に立ちはだかった。数は四体。見取ってキソラは近い位置の仲間達へ視線を投げて、容易く手の届かぬ位置となったお杏をしかし逃がさぬよう包囲を形成し直しに動く。
(「さて、どう減らそかね」)
『壁』は邪魔なので早々に排除したいが、後衛のお杏をフリーにするわけにも行かない。此方の動きが偏ればそれが隙となる可能性もあるし、数で攻めればと思われて次々に増援を喚ばれても困る。
「折角登場してくれたのに悪いが、その手には乗ってやれん」
「お伴します」
まず決めたのはシヴィルと凛子。立ち塞がるならば正面から打ち砕くとばかり、お杏に照準を定めたままの銃と砲が火を噴いた。
見る者達の視界が派手に染まるその陰で、キソラとあおが先程負傷した配下の一人を捉える。銀の加護を得たままの身で青年は重く鎚を振るい、地へと伏し掛かりながらも短刀を繰り出して来た敵に腕を裂かせながらも少女は、相手の身を掬い上げるように蹴り払った。
配下達個々の力量は、脅威と呼ぶには不足。手間取る事は無かろうと見て還は祈りにて呼んだ雨で仲間達を癒し、憂女は骸をも巻き込む刃の雨を敵陣へと降らせた。吹き散らす風と駆けたのはフラッタリー、手近な敵を叩き伏せんと彼女は大剣を振るう。
それらを見過ごせぬとお杏が動いたが、ピコが氷結を放ち制した。お杏を撃ち抜く隙を狙うのは誰もが同じ、察して敵陣は無謀を戒め動きを鈍らせる。新たな増援の召喚も、彼女らの逃亡も、決して許しはしないとケルベロス達の戦意は語る。
ほどなく二体を屠り盾役は排せたと見て取れた。以降は狙いを再度お杏へと定めケルベロス達は畳み掛けて行く。残る配下が煩わしいが、適宜捌いた。
が。邪魔者の存在は相対する者達の目を眩ませる。配下の陰でお杏が手を伸べ不可視の力を撃ち出したのをケルベロス達が知ったのは、突き刺さるような衝撃が還の身を襲ってからの事。
肌を裂くのでは無く、体の奥に大量の針でも呑まされたかのような激しい痛みに彼女は眉を顰めるが、スマホを握りしめた手で咄嗟に近くの壁を殴りつけて体勢を保った。
「……倒れている暇は無いので」
耐えていると判る震えを抑えつけた声で、癒し手たる彼女は言い切った。鋭く残る痛みは動作のたびに肉を苛むが、自力で治癒を為す。
「此之手デ華ヲ摘ミ獲ラム」
(「穴を埋めて、それから……私は風避けに。炎が決して消えぬよう」)
大剣と壇手、獄炎の戒めを使い分け派手に立ち回るフラッタリーが敵を惹き付け、ドローンと刀剣を細やかに操りながらの憂女はフォローに駆け回る。ひたすらに重ねられる治癒は、何とか追いつくかどうか、といったところ。それでも三名と一体は意地と力を尽くし、ゆえに五名は応じて託し攻めに専念する。
己が血に衣を黒く染めたお杏の蹴りが宙を裂く。他の誰もが入り込めぬ程の近さと速さで狙われたシヴィルが咄嗟に盾としたのは、自身の誇りの具現たる質量無き得物。
「頼む」
殺傷力は殺して、それでも残る圧力に彼女は態勢を崩す。自力で反撃に出られぬ代わりに声をあげた──敵が隙を見せるのを待ち構えていた仲間が必ず居ると信じて。
「氷の華よ──」
すぐさま応えられたのは、凍気を帯びる刀を抜き放つ蒼き剣士と。
「──散れ」
幾色もの光を散らしながら、漂う異物すらも懐に抱く大気を渦巻く刃と撃ち出す青年。
熱も、音も、在る事を許し得ぬと彼らが定めた命達も。逆らい得ずに潰えて行く。
●継ぐもの
まずは傷を手当する。備えに不足は無く、被害の割には手間も時間も要さず済んだ。
一息吐くと、その音が壁に跳ねた。静まり返ったこの階にはもう自分達しか居ないようだ。
であれば、もう一つの目的を果たさねばなるまい。
「この階くらいはオレらで、でイイかな」
階段が視界に入ってキソラは、この階の出入口にほど近い壁に丸印を付けに向かった。これがあれば、他のチームが近くを通り掛かったとしても、此処の探索は省いて良いと通り過ぎてくれる筈だ。
「しかし気は抜けませんね。手分けするにしても、単独行動は控えましょう」
今は良くとも、他階から新手が来る可能性もある。見落としている罠もあるかもしれない。広げたマントを被りながらピコは言う。こくりと頷いたあおの低い視点は、足元の罠を警戒するのに向いていそうだ。
互いに離れ過ぎないようにしつつ、周辺の探索に掛かる。戦闘の爪痕を片付けながら、気になるものと怪しげなものを片っ端から集めて行った。
その最中、ふと思い出してシヴィルはお杏の遺体に近付いた。跪いて一度目を伏せたのち、その懐を検める。取り出したのは、開戦直前にお杏が仕舞い込んだ物体──一つの巻物。それを広げ、やがて彼女は目を瞠る。
「皆、これを見てくれ!」
中に記されていたのは、螺旋帝の血族の捕縛を命じる指令文。だが、彼女の動揺はそれゆえでは無い。指令の宛先にあたる『月華衆・機巧蝙蝠のお杏』の箇所に、ひとりでに取消線が引かれたのだ。
そして皆の目の前で。代わりに浮かび上がって来たのは『正義のケルベロス忍軍・太陽の騎士シヴィル』の文字。
「何なのだ、これは……」
名指しされた当人すら、否、だからこそ尚のこと、滲む困惑は色濃い。だが捨て置くわけには行くまいとの意見は一致する。不用意に手放すのは危ういと、シヴィルは巻物をひとまず自身の外套へ仕舞い込んだ。
作者:ヒサ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年6月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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