正義のケルベロス忍軍~疾風の如く強襲せよ!

作者:柊透胡

 ――あたかも、旋風が吹き荒れたようだった。
 ボコォッ!!
 コンビニで買い物を済ませて出てきたタクシー運転手の目の前で、タクシーのボンネットが音を立てて凹む。
「うわぁっ!?」
 思わず身を竦めた運転手の背後で、街路樹がミシミシと音を立てて倒壊した。
 キキィィ――ッ!
 路上へ横倒しとなった街路樹に慌ててブレーキを踏むも、間に合わず衝突する宅配トラック。立て続けに数台、玉突き事故が起こった。
 ビシィッ!
 大混乱の道路を挟んで、差し向かいの雑居ビルの3階の窓硝子が揃って罅割れるに至り――少し離れたビルの屋上にて、双眼鏡を下ろしたレプリカントの少女は苦笑を浮かべて頬を掻く。
「あちきの思った通りっす。忍軍同士の戦いは激化の一途っす」
 そう、そのスピード故に一般人の目では判らなかったが、件の騒動は螺旋忍軍の小競り合い。巻添えを食った犠牲者が出なくて幸いであった。
「東京23区の平和を守るには、やっぱり、アレが必要っすよね!」
 うんうんと、独り頷く少女の銀髪が元気よく揺れる。同意するように鳴き声を上げた招き猫風ウイングキャットを抱き上げて、鯖寅・五六七(ゴリライダーのレプリカント・e20270)は勢いよく身を翻した。

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 ヘリポートに集まったケルベロス達を見回し、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は徐に口を開いた。
「鯖寅・五六七さんの調査に依りますと、東京23区の螺旋忍軍同士の戦いは激化の一途を辿っているようです」
 どうも、ケルベロスが撃破した忍軍の被害をも、敵対忍軍の仕業と誤解した節がある。
「現状、螺旋帝の血族の捜索よりも、敵対忍軍の撃破が主目的となっている模様です」
 元々、白影衆のように、他の忍軍を滅ぼそうとする勢力が在った事も、疑心暗鬼の要因の1つとなったのかもしれない。
「それで、鯖寅さんより、この状況を解決するべく『正義のケルベロス忍軍』の結成をという提案がありました」
 つまり、一般人を守る為に戦うだけでは無く、螺旋忍軍と同じ土俵に立って『螺旋帝の血族』を捜索、他の忍軍と抗争しようという訳だ。時に、能動的に事件に介入するのも面白い……もとい、悪くない方策と言えよう。
「現在、それぞれの忍軍は他の忍軍全てを敵と見做し、総力戦で当っています。 つまり、本拠地が手薄になっている可能性が高いのです」
 この好機を活かせば、軒並螺旋忍軍に大打撃を与えられる。螺旋帝の血族を発見するチャンスも巡ってくるだろう。
「螺旋帝の血族が如何なるものか、現状では判明していません。しかし、螺旋忍軍が殺し合ってでも奪おうとした『価値』がある筈です。我々としても、適切に対応する必要があると考えます」
 続いてタブレットに目を落とし、創は粛々と螺旋忍軍の勢力を挙げていく。
「1つ目は『月華衆』。勢力としては大きいですが、総力で本作戦に当っている訳では無さそうです」
 現在は、豊島区の雑居ビル1つを貸切って拠点としている模様。作戦指揮官である『機巧蝙蝠のお杏』を撃破出来れば、当面は動けなくなるだろう。
「2つ目は『魅咲忍軍』。組織自体は余り大きくありませんが、指揮官の『魅咲・冴』以外にも、7色の軍団及び指揮官を擁しているようです」
 拠点は、港区の倉庫を占拠しているようだ。他色の指揮官が救援に来る可能性が高い為、魅咲・冴の撃破は難しいと思われるが、ある程度の打撃を与えられれば、手を引くにしろ引かないにしろ、体制の立て直しで当面は積極的に動けなくなる。
「3つ目は大企業グループ『羅泉』。実在の企業ではなく、会社組織の形態に擬えて運営されているようですね」
 組織拠点は世田谷区のオフィスビルだが、その実、不法占拠して使用しているだけのようだ。
「代表取締役社長、鈴木・鈴之助は、拠点の社長室で指揮を執っています。戦力を集中すれば、鈴木・鈴之助の撃破も可能でしょう」
 代表取締役社長撃破となれば、企業グループとしての活動も難しくなるかもしれない。
「4つ目は『真理華道』。幹部のヴァロージャ・コンツェヴィッチを撃破出来れば、ひとまず、その動きを止められます」
 ヴァロージャがいるのは新宿区歌舞伎町。バーを拠点としているようだ。
「5つ目は『銀山衆』。指揮官の霊金の河の地下コンサートが、千代田区の電気街で催されます」
 地下コンサートを襲撃すれば、霊金の河を撃破出来るかもしれないが、会場には銀山衆の他の幹部も警備に就いているとか。注意するに越した事は無い。
「6つ目は『黒螺旋』。黒螺旋の本拠地は東京には無いようです。指揮官の『黒笛』のミカドさえ討てれば、黒螺旋を東京23区から一掃出来るでしょう」
 仮に本拠地から増援があるにしても、かなりの時間を稼げると思われる。尚、『黒笛』のミカドは、大田区の高級住宅街の豪邸を制圧して、東京の拠点としているようだ。
「7つ目は『白影衆』。他の螺旋忍軍を滅ぼす事が目的らしいので、今回は敵対の必要は無いかもしれません」
 勢力としては比較的小さい。現在は、台東区の神社の境内に拠点を設けているようだ。
「8つ目は『テング党』。マスター・テングを討てば壊滅しますが……中規模の勢力ですので、相当に戦力の集中は必要でしょう」
 テング党は現在、江戸川区の河川敷、橋の下に秘密基地を作っているようだ。
「最後、9つ目は『螺心衆』。この作戦に幹部を派遣していないようですので、足立区の『東京支社』を制圧すれば、以降、螺旋帝の事件に関わってくる事は恐らく無い筈です」
 合計9つの螺旋忍軍を解説し終え、創は大きく息を吐く。
「基本は、都心部で暴れ回っている螺旋忍軍の拠点を強襲する作戦となります」
 戦力が出払って手薄とは言え、忍軍の拠点である以上、何らかの仕掛けがあるかもしれない。油断は禁物だ。
「特に問題が無ければ、襲撃時は『正義のケルベロス忍軍』を名乗って下さい」
 その理由は、螺旋忍軍に「他の組織、或いは別の忍軍が、ケルベロスと協力しているのでは無いか?」と疑惑を抱かせる効果を期待している。
「他のデウスエクスでは考えられませんが……螺旋忍軍ですからね。『デウスエクスにおける螺旋忍軍のように、敵組織に協力するケルベロス=ケルベロス忍軍』という誤解も、あり得るかと」
 今回の騒動の発端である螺旋帝の血族の足取りは、螺旋忍軍もまだ掴めていないようだが、複数の忍軍の情報を集めて解析すれば、何らかのヒントが期待出来そうだ。
「ですから、拠点を制圧した場合は、資料集めもお願い致します……それでは、皆さんの御武運をお祈りしています」


参加者
水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)
深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)
清水・光(地球人のブレイズキャリバー・e01264)
狗上・士浪(天狼・e01564)
東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771)
ディーン・ブラフォード(バッドムーン・e04866)
粟飯原・明莉(闇夜に躍る枷・e16419)
巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)

■リプレイ

●標的は月華衆
 東京都豊島区――月華衆が拠点とするその雑居ビルを、遠巻きに眺めるケルベロスのチームは、1つに在らず。侵入経路に過不足なく配置され、今や遅しと強襲の刻を待ち構える。
(「正義のケルベロス忍軍だ~って。スパイミッションみたいで楽しそうだよね」)
 だが、水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)は緊張を窺わせぬ明るい面持ちだった。その手には、雑居ビルの見取り図。簡易ながら侵入の役に立つだろう。
「罠なんか要注意にゃ!」
 深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)の言う通り。流石に、地図には監視カメラの位置は記されておらず、敵は夜討ち朝駆け騙し討ちが十八番の螺旋忍軍だ。要らぬオプションは現地で確認するしかない。
「ふーん、ご丁寧なもんやね」
 隣から、地図を覗く清水・光(地球人のブレイズキャリバー・e01264)。目印用の白墨が折れぬよう、丁寧に隠しに仕舞い込む。
「ったく、内輪揉めの範疇超えてんだろうが」
 荒っぽく吐き捨てる声が聞こえた。狗上・士浪(天狼・e01564)の紅眼は、雑居ビルを鋭く睨み付けている。
「まぁ、デウスエクスがそこんとこ配慮するワケねぇんだろうけど」
「忍軍の癖に悪目立ちしたのがな……忍者やのに何で目立ったんやろ」
 全く忍べてないと光もぼやくが……ケルベロスの方でも、忍んでいる忍者が要るのかと聞かれれば。
「……おらんね、ケルベロスの方も」
 実も蓋もない言葉だったが、メンバーをグルリと見回せば……誰も否定出来なかった。
「やれやれ。少なくとも、忍者たるもの、徒に被害拡大せずスマートにやってもらいたいものだが」
 クールに肩を竦めた粟飯原・明莉(闇夜に躍る枷・e16419)は、苦笑を浮かべたようだ。
「螺旋忍軍は節操がなくて困るね」
「螺旋忍軍同士が仲悪いのは仕方ないけど、普通に暮らしてる人達に迷惑だからねー。1人も逃がさないよっ」
 見た目最年少、その実、ぶっちぎり最年長の東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771)は、インテリボクスドラゴンのマカロンと並んで、うんうんと頷いている。
「いい加減、向こうの事とかいろいろ知りたいかなっ。わたし達で情報を確保出来るといいよねっ」
 月華衆の名を聞くようになって1年以上。だが、その全容はほとんど知れない。デウスエクスの思惑は、時に地球の常識を越える。ディーン・ブラフォード(バッドムーン・e04866)が、『己と死合う』為にとデウスエクスから螺旋の技を仕込まれたように。
「……まあ、螺旋忍軍を、デウスエクスを滅する、それだけの話だ」
 胸の奥を焼くのは故郷を、家族を奪った螺旋忍軍への憎しみの炎。だが、おくびにも出さず、ディーンは武器を握り締める。
「そろそろ、時間です」
 儚く聞こえて、その声音はよく響いた。独角の頭を巡らせ、巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)はシャーマンズゴーストのルキノと共に隠密気流を纏う。
「参りましょう……本来、月下美人は夜の花。白昼に狂い咲く仇花を散らしに」

●参上! 正義のケルベロス忍軍!
 雑居ビルは、俄かに慌しい空気に包まれた。
 デウスエクスの拠点が通信機器が使えないのはそろそろお約束だが、代わりの合図は警笛。正面入口を強襲したチームは、屈強な門番と戦闘を開始。屋上も月華衆は警戒していたようだ。地下のチームも、既に動いているだろう。
「……待て」
 他チームと同じタイミングで侵入しようとしたケルベロス達だが……咄嗟に仲間を制する士浪。
 裏口には、クノイチが1人。恐らく見張りだろう。裏手の警戒にも人員を割かれていたのは、些か予想外だっただろうか。生憎と三つ巴の前哨戦で月華衆とやり合ったケルベロスはおらず、月華衆の一員だろうくらいしか判らない。だが、不安げにビルの中を窺う様子からしてそこまで強くも無さそうか。
「篭城されても厄介だし、がんがんいこー」
 足踏みの時間は無い。いっそあっけらかんとした苺の言葉に否やは無く。
「ほな、手筈通りいこか」
 気負いなく身構える光に続き、ケルベロス達も武器を構えるや、一気に打って出る!
「正義の忍軍、惨じょ……じゃなくて」
「正義のケルベロス忍軍参上~だよ!」
 名乗りの口上もお約束。うっかり斬霊斬を活性し損ね、ついでに口上も言い損ねてつんのめった雨音を追い抜かし、蒼月のドラゴニックスマッシュが唸りを上げる。
「影は死角より来たり、ってね」
 明莉の黒影弾と同時に、士浪の初手は轟竜砲。少女のクールな呟きを掻き消すように、砲撃の音が轟いた。
「一球入魂やよ」
 光がフレイムグリードを放てば、その軌跡を追うように踏み込んだ苺の地裂撃がブンッッと風を切る。
「……っ」
 立て続けに打ち据えられ、クノイチは身を震わせる。辛うじて螺旋手裏剣を投げるも、その射線はマカロンが遮った。
 神霊撃を繰り出すルキノと息を合わせて癒乃がライトニングロッドから電撃を飛ばせば、ディーンは漆黒の剛槍を構えて突進する。
「俺達はケルベロス忍軍。はじめまして、そして死ね」
 稲妻帯びた超高速の突きに穿たれ、見張りのクノイチは声もなく崩れ落ちた。

 溶けるように失せる骸に目もくれず、雨音はすぐさま裏戸に取り付いた。幸い、施錠されていない。既に中は騒然として、混乱に乗じて侵入を果たすケルベロス達。
「監視カメラ、あったら壊すにゃ?」
 ワークギアの袖をまくる雨音。確かに、グラビティを使うのが1番手っ取り早い。
「ウーン……カメラの異常でこっちの居場所を知られるのも困るよね」
 蒼月の懸念も尤もだ。監視カメラの位置は見取り図に描き込むに留め、内部の探索を開始するケルベロス達。
「抜き足、差し足……とまではいかないが、無駄な戦闘は避けるが吉だな」
 正面チームと敵の退路を断ち、屋上・窓・地下何れかの方向へ挟撃を狙う――士浪の目論見通りに運ぼうとするなら、ディーンの言う通り。それぞれ、螺旋に紛れ、或いは隠密気流を纏って探索を進めていく。
 狭所での戦闘を警戒して壁に背を向けながら、コーナーで進行方向に矢印を書く光。明らかになった場所は、明莉がマーキングする。階段やエレベーターにも印を付けた。地下班にも侵入ルートが伝わるように。
 強敵の発見はすぐ音で報せようと警笛を握り締める癒乃だが、幸い、それらしい影にはまだ遭遇していない。傍らで、ルキノもキョロキョロと。
 ――やがて、3階の角部屋まで辿り付くケルベロス達。完全にドアは閉まっていないが、中の様子は暗くて伺えない。
「暗い部屋なら、わたしがチェックするよっ」
 進み出た苺が、そっとドアの隙間から覗き込んだ時。思わず声を上げそうになった口を、マカロンが飛び付いて塞いだ。
 ドワーフの夜目が映すのは――ブラインドが全て下ろされたその部屋の長机に、数多の紙が散らばっている。その紙を慌しく集めてダンボールに放り込む人影は、数えて5人。ダンボールは台車に積まれ、持ち出そうとしていると察せられた。
「よ~し、殲滅しちゃおう。慈悲はないよネ!」
 頷き合うケルベロス達。鉄塊剣とマインドリングの光刃を構え、光は不敵に言い放つ。
「この道を修羅道と知り推して参る」
 一気呵成、部屋へと雪崩れ込んだ。

●窮鼠猟犬を噛む
「ケルベロス忍軍、正義を成しにここに推参……なんてね」
 クールに薄笑みを浮かべる明莉。だが、黒影弾を放とうとした手が止まる。弱った敵から集中攻撃する、それは決めていた。だが、敵に先んじられた時、複数の何処から仕掛けるか。
「お杏様の指令、身命以て果たすべし。黒鋤組の意地を見せよ!」
 無から判断を下す刹那も、戦闘では隙となる。号令一下、次々と床を蹴るクノイチ――黒鋤組。ディフェンダーが動く暇があればこそ、飛刃が明莉を襲う。シュリケンスコールは、後衛全体に浴びせられた。
 右か左か――1人でも取っ掛かりを示していれば、先制攻撃も叶っただろう。
 唇を噛み、メディカルレインを降らせる癒乃。ディーンは険しい表情で前衛にスターサンクチュアリを描く。
「流石は忍者。すごく素早いよねー。でも、わたしも負けないよっ!」
 こんな時、明るい声は救いともなる。マカロンの属性インストールと同時に苺から迸る黒光を遮り、2体が動く。庇われた2体は、片や惨殺ナイフ二刀流、もう一方は螺旋手裏剣を両手に構え直した。
「ディフェンダー2、ジャマー2、最後の1体は後衛だね」
 メディックのメディカルレインをして掃い切れぬ厄とドラゴニックスマッシュが届く間合いから、蒼月は敵のポジションを看破する。
 程なく、敵の後衛から分身の術が飛び、後衛はメディックと知れた。
「やっぱり近距離戦がええな」
 地獄の炎で自らを覆い尽くし、光は己が刃にも焔を纏わせる。力一杯の一撃が敵の分身を消し飛ばした。地獄の炎と似て否なる雨音のグラインドファイアも、黒鋤組を燃やし尽くさんとエアシューズのローラーが唸る。
「面白い。喰い尽くしてやるぜ」
「螺旋の威力、思い知りなよ」
 獰猛な笑みを浮かべ、士浪より螺旋氷縛波が奔る。同時に、相似の技が明莉より同じ標的に浴びせられた。
 ケルベロス達も百戦錬磨の兵。初手で躓こうとも、狙い定めた一角から切り崩さんと猛攻を仕掛ける。
 ケルベロス達は知らなかったが、黒鋤組は調査が主任務。戦闘はさして得意ではない。だが、それでも……背後のダンボールを、重要資料をけして奪われる訳にはいかない。その決死の気迫が、彼女らの刃を研ぎ澄ます。
「っ!」
 一気に雨音の懐に入り込むや、踊るように惨殺ナイフ二刀流が閃く。すかさず、大竜巻が挟み潰さんと唸りを上げた。
「まず狸娘から崩せ!」
 ――転機は、何処にあるか判らない。
「……今、何て言ったにゃ?」
 オドロオドロシイ声音が地を這う。ゆうらりと立ち上る怒れるオーラが、見えるよう。
「雨音はレッサーパンダにゃー!!」
 雨音の両腕が獣化する。柔らかく高反発な肉球は、正に小熊猫のそれ。雨音を狸呼ばわりしたクノイチへ無数のパンチが打ち込まれる。
「っ!?」
 身を震わせて怯む様子を見逃さず、明莉は先端に刃の付いた鎖を縦横無尽に振るう。
「消えない傷、その身体に刻み込んであげるよ」
 切り刻んだ刃は流血を啜る。呵責ない痛撃に堪え切れず――漸く1体目。だが、1番苦しい所は過ぎた。盾が半減すれば、格段にジャマーにも届き易いというもの。
 忽ち勢いを盛り返し、ケルベロス達は集中攻撃を以て各個撃破を目指す。
「武装展開、魔力解放。収束――月をも両断せよ」
 己が刃に魔力を展開収束、巨大なゾディアックソードを練成するディーン。
「こいつはおまけだ、食らっておけ」
 その一閃は、敵のみならず頭上の月をも両断すると言う――かつてある螺旋忍者がアスガルドから盗み出した秘儀の1つ、「巨神剣・断月乃太刀」の由来だ。
「勇敢なる戦士に戦う力を与えたまえ!」
 闇雲な反撃を阻み、苺は大地の恵みを、マカロンは自らの属性を癒しに換える。
「無辜なる人々の生を私欲のままに脅かすものよ、汝らの命脈、晦冥へと没すると良い」
 朗々と謡うように――仲間の怒涛の攻撃に乗り、ルキノの攻撃とも息を合わせ、癒乃の掌に淡き光が宿る。
「生きる事は……死に向かう事。代償なき生は世の理に非ざる欺瞞……」
 あなたは滅びずにいられるかな? ――本来は、永劫を生きるデウスエクス。代償もなく、生命を灯に捧げれば、その結論は死に至るも道理。
 ――――!!
 そして、4人目。瞬時に距離を詰め、狙い澄ました士浪の掌打は、至近距離から打撃と同時に練り上げた気を流し込む。
「荒れ狂え」
 その名も、天狼業濫颯――幾重にも共鳴増幅された気は、内部を破壊し尽くし引導を渡す。
 いよいよ最後に残ったのは、メディック。8+2対1では勝負も見えている。窓際への視線を遮り、その足を刈る光。
「逃げようやなんていけずやな」
「ああ、よそ見している暇はないと思うがね」
 冷笑を浮かべ、ディーンより熾炎業炎砲が迸る。
「ねぇねぇ、もう少し一緒に遊ぼうよ~」
 無邪気な声と弧を描く碧眼――蒼月の視線に竦んだクノイチに迫る大きな影は忽ち肥大するや、爪と牙を伸ばして一気に呑み込んだ。

●暗号は忍者のお約束
 気が付けば、ビルに充ちていた戦闘の音は消えていた。
「大丈夫、何処もけりが付いたみたい」
 偵察に向かった明莉は、すぐに戻ってきた。
「ぼく達『正義のケルベロス忍軍』の勝利だよ」
 クールの表情は相変わらず。だが、安堵を滲ませて小さく息を吐く明莉。
「後は、情報収集だね」
「隠れ部屋とか隠し金庫とか、作ってないかにゃ?」
 縮小版見取り図片手にキョロキョロする雨音。怪力無双を以て、視界を塞ぐ障害物をどけて回るが、それでもパッと見た限りでは判然としない。首尾よく月華衆の拠点を制圧出来た事だし、後で大掛かりな家捜しも出来ない事は無いだろうか。
「投降して、話をしてくれたら良かったのになー」
 既に黒鍬組の骸も、跡形もなく霧散している。苺は残念そうな表情だ。
「とりあえず、何かありそうなのは貰っていこうか」
 台車に乗せられたままのダンボールを覗き込む蒼月。中身は無造作に放り込まれた紙資料だ。
「忍者の罠とかありそうやからなぁ」
 興味津々で手を伸ばそうとした少年を、光が止めた。とは言え、黒鋤組も慌てて資料を運び出そうとしていたし、取り立てて、危うい所も無さそうか。
「……何だこれ」
 だが、蒼月の背後から資料を覗いた士浪は顔を顰めた。
 各忍軍や螺旋帝、或いは他種族の勢力等、今回の争いに関連する記録があればと考えていたが……それ以前に、一見無意味な英数字の羅列で、内容はさっぱり判らない。
「暗号、だろうな。螺旋帝を探しているのなら、断片的な手掛かり位はあると思うのだが……」
 思わず顔を顰めるディーン。「書物や電子媒体の情報の具現化」ならば、手書きの暗号の解読は情報の妖精さんもお手上げだろう。
「まさかとは思うが……今回動いてる陣営全部の情報を1つにしないと、螺旋帝の血族の情報が出てこないとか。ないよな?」
 何だかんだで、かなり謎が多い螺旋忍軍。今回の騒動に於いても、疑心暗鬼となっても仕方ないかもしれない。
「今すぐ内容を確認出来ないのは残念ですけれど……暗号を解読すれば、情報が得られるかもしれませんね」
「メモとか走り書きの類も回収しておこう。正直何が突破口になるかわからんしな」
「乞うご期待、だね♪」
 癒乃とディーンの言葉に蒼月も楽しげに頷く。サーヴァントらも手伝い、ケルベロス達は暗号文書入りダンボールを運び始めた。

 後に状況を纏めるに――月華衆の拠点制圧は、作戦指揮官であった『機巧蝙蝠のお杏』のみならず、やはり強敵であった『炸裂鎖鎌のお梅』及び『機巧毒蠍のお鈴』2名も撃破。暗号文書の回収も叶った。大打撃を被った月華衆は、以降、螺旋忍軍大戦の参戦は難しいだろう。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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