正義のケルベロス忍軍~激化した抗争への介入

作者:質種剰


 タタタタタタ……!
 都会のオフィス街を駆け抜ける無数の人影。
 いかにもなサラリーマン風のスーツをパリッと着こなした男達が、疲れを知らぬ俊敏さで道路を駆け巡るのも妙ならば、どこの撮影所から抜け出してきたのかと首を傾げたくなる忍者の格好をした男達が後を追っているのも尋常ではない。
「きゃーっ!」
 忍者から逃れるように跳躍したサラリーマンが、タクシーのボンネットを堂々踏み越えて、乗っていた乗客が悲鳴を上げる。
 追っ手らしい忍者はあろう事か車の天井を踏みつけ陥没させた。
 パリーン!
 サラリーマンの投げた苦無が、近くのビルの窓ガラスを次々割っていく。
 忍者が人間と思えぬ素早さで苦無を交わした為に起きた被害だが、このサラリーマン達と忍者達の共通点に、『街や他人の被害など気にしない戦いぶり』が看て取れた。
 平気で道路を疾走して、突然飛び出されたのへ驚いた車が追突事故の発端になっても、一切省みないのだ。
 それもその筈、炎や苦無を操るサラリーマン達は、大企業グループ『羅泉』の超エリート社員。
 一方の、抜き身の忍者刀をぶん回して接近戦を挑んでいた忍者男達は、螺心衆(下忍)。
 どちらもコードネーム『デウスエクス・スパイラス』、紛う事なき螺旋忍軍なのだった。
「あちきの思った通りっす。忍軍同士の戦いは激化の一途っす」
 鯖寅・五六七(ゴリライダーのレプリカント・e20270)は、ビルの上から二つの勢力の争いを観察していたが、
「東京23区の平和を守るには、やっぱり、アレが必要っすよね!」
 そう自信に満ちた声で呟くや、姿を消した。

「鯖寅・五六七殿が調査なさったところ、東京23区の螺旋忍軍同士の戦いは、激化の一途を辿ってるようであります」
 小檻・かけら(藍宝石ヘリオライダー・en0031)が説明を始める。
「おそらく、皆さんが撃破した忍軍の被害を、互いに別勢力の忍軍の攻撃によるものだと誤解したのもありましょう。今では、螺旋帝の血族の捜索よりも敵対忍軍の撃破が主目的となっている様相であります」
 元々、白影衆のように、他の忍軍を滅ぼさんとする忍軍が含まれていた事も、疑心暗鬼を募らせた原因だったのかもしれない。
「そこで鯖寅殿から、この状況を解決する為に正義のケルベロス忍軍を結成すべしという提案がありました」
 つまり、一般人を守る為に戦うだけでは無く、忍軍達と同じ土俵に立ち『螺旋帝の血族』を捜索し、他の忍軍と抗争しようと言うのだ。
「確かに、発生した事件のみに対応するのでは無く、能動的に事件へ介入する事も時には重要でありましょう」
 現在、それぞれの忍軍は他の全ての忍軍を敵として総力戦を行っている。
 即ち、本拠地が手薄になっている可能性が高い。
「この好機を生かせば、他の忍軍に大打撃を与え、螺旋帝の血族を見つけ出すチャンスも巡ってくる事でしょう」
 そう推測して、深く頭を下げるかけら。
「螺旋帝の血族がいかなるものかは判りませんが、螺旋忍軍が互いに殺し合ってでも奪おうとした価値がある筈ですから、発見して適切に処理する必要があるのは間違いありません」
 ラーナ・ユイロトス(蓮上の雨蛙・e02112)が望むような螺旋帝の調査を進める為にも、正義のケルベロス忍軍としての抗争介入が手っ取り早い——とかけらは断じた。
「さて、螺旋帝捜索に当たっている螺旋忍軍の各勢力について、簡単にご説明致します」
 まずは、月華衆。
「勢力としては大きいでありますが、その全てがこの作戦に従事してはいないようであります」
 作戦指揮官である『機巧蝙蝠のお杏』を撃破する事ができれば、当面の作戦は行えなくなるだろう。
「次に、魅咲忍軍。組織としてはあまり大きくないようですが、指揮官である魅咲・冴以外にも、7色の軍団とその指揮官が存在してるであります」
 魅咲・冴を狙った場合は他の指揮官達が救援に来る可能性が高い為、倒しきるのが難しいかもしれない。
「それでも、もしある程度の打撃を与える事ができたら、螺旋帝の事件への関与を諦めるか——例え諦めなくても、配下の全忍軍を動員して戦力を整えようとしますので、当面の間作戦は行えなくなりましょう」
 続いては、大企業グループ『羅泉』。
「大企業グループ『羅泉』という名称ですが、実際に存在する『企業』ではありません」
 『会社組織』の形態が忍軍の組織に相応しいとの考えから、そのように運営されているようだ。
「代表取締役社長、鈴木・鈴之助は、拠点のオフィスの社長室で指揮を執っているらしく、戦力を集中すれば、鈴木・鈴之助の撃破も可能でありましょう」
 もしも鈴木・鈴之助を撃破できれば、やはり大企業グループとしての活動が難しくなる可能性が高い。
「真理華道については、幹部であるヴァロージャ・コンツェヴィッチを撃破する事ができれば、その動きを止める事ができましょう」
 他には、銀山衆の指揮官、霊金の河が開く地下コンサートが、千代田区の電気街で行われる事を確認した。
「地下コンサートを襲撃すれば、霊金の河を撃破する事ができるやもしれません」
 しかし、会場には銀山衆の他の幹部も警備に出向いているという情報もあり、決して油断出来ない。
「黒螺旋の本拠地は東京にありませんので、指揮官の『黒笛』のミカドさえ討てれば、黒螺旋の勢力は東京23区から一掃できましょう」
 奴らが本拠地から増援を派遣してくるにしても、かなりの時間を稼げると想定できる。
「テング党は中規模な組織であります。ある程度戦力を集中する事ができれば、マスター・テングを討てるやもしれませんが、その為には、他の忍軍への幾つかの攻撃を諦める必要があるやも……」
 マスター・テングを討つ事ができれば、テング党の組織は壊滅を免れない。
「螺心衆は、この作戦に幹部を派遣していないようなので、比較的容易く本拠地を破壊する事ができるでしょう。また、白影衆については、他の螺旋忍軍を滅ぼすのを目的に動いているようですし、敵対する必要は無いやもしれないでありますよ」
 そこまで説明を終えると、かけらは彼女なりにケルベロス達を励ます。
「戦力が出払って手薄になっているとはいっても、忍軍の拠点である以上、なんらかの仕掛けなどがあるかもしれませんので、どうか油断なさいませんように」
 それと、とつけ加えた。
「忍軍達は、螺旋帝の血族の足取りはまだつかめてないようですが、複数の忍軍の拠点にあった情報を集めて解析する事ができれば、きっとなんらかのヒントを得られましょう」
 その為にも、拠点を制圧した場合は資料を集めるのも視野に入れたい。
「ではでは、『正義のケルベロス忍軍』を名乗っての襲撃、頑張ってくださいませね♪ そうすれば、抗争中の別の忍軍がケルベロス忍軍を雇ったと敵を誤解させ、混乱させられるかもしれませんので〜」


参加者
デジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203)
ラーナ・ユイロトス(蓮上の雨蛙・e02112)
ルーク・アルカード(白麗・e04248)
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)
ニルス・カムブラン(暫定メイドさん・e10666)
アト・タウィル(静寂に響く音色・e12058)
リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)

■リプレイ


 東京都は港区、魅咲忍軍が占拠している倉庫前。
「……頃合いだな。始めるとしようか。五六七チーム、先陣頼んだぞ」
 5つのチームがそれぞれ突入のタイミングを窺う中、無線機へ低く押し殺した声を吹き込むのはコロッサス。
「了解です」
 それをアイズフォンで聞いたアト・タウィル(静寂に響く音色・e12058)が、抑揚のない声で短く返した。
 ぴょんぴょん跳ねた寝癖の如き癖っ毛と眠そうな顔が印象的な、童顔低身長レプリカントのアト。かなり若く見えるがこれでも成人女性だったりする。
 機械の軋む音や積まれたスクラップの崩れる音などから音楽を生み出すのは、大量の機械に囲まれて育った出自故か。
 自らの心の起点を求めて独自の世界の音を奏で続ける、流浪のミュージックファイターである。
「倉庫を占拠する辺り忍者としては少し近代的というか……ヤクザかマフィアを連想するな」
 リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)も、同じ無線を聞きながら、特殊な気流を纏って気配を殺している。
 後ろで纏めた銀髪と藍色の瞳を持ち、今は白い翼を模したバイザーや装甲に身を包んだ、生真面目で軍人気質の青年。
 自らを放浪者と称し、リボルバーを媒体に術を行使する鹵獲術士でもある。
 性格は冷静沈着で他人へは滅多に過去を語らぬ、謎の多いレプリカントだ。
 また、囚われていた境遇の反動故か、旅行が好きなようだ。
「始まったな……」
 リカルドが見つめる先、他班の同志が次々走り込んでいく。
「オラァ! 正義のケルベロス忍軍だァ!! 大将首、いただきさんだぜッ!!」
 一方。
「螺旋忍軍に関する依頼は初めてだな。油断できない相手だし警戒を怠らないようにしよう」
 ルーク・アルカード(白麗・e04248)は、螺旋状の気流を隠れ蓑に周囲を警戒、倉庫のすぐ側へ潜んでいた。
 白い体毛と赤い瞳が特徴的な、狼のウェアライダーであるルーク。
 内面は寂しがり屋だが、微妙な年頃故ポーカーフェイスをなかなか崩さない。とはいえ、その代わり耳や尻尾が雄弁に感情を伝えている模様。
 かつて狂月病のせいで親に捨てられた過去を持ち、今も満月の日は1人で過ごしているそうな。
「カチコミじゃオラー!」
 ルークが耳を澄ませると、倉庫内では既に戦闘が始まったと判る。
「おっす! 正義のケルベロス忍軍っす!」
 威勢の良い名乗りを聞き、そろそろ自分達も突入する頃合いかと、ルークは仲間へ手振りで合図した。
「やりたい放題も嫌いじゃないけど、目に余るようなら止めなくちゃね」
 デジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203)が、他班の突入を遠目に見送って呟く。
 流れるような銀髪と赤茶の瞳、褐色の肌が妖艶な雰囲気のサキュバスの女性。
 抑圧する事が嫌いな快楽主義者で、他者を誘惑して我慢や抑圧された欲望を解き放つのを喜びとしている。
 そうして『他人を変える』事を趣味とする一方、誰かを助けたりする事も決して厭わない、良くも悪くも自分に正直な鹵獲術士である。
「正義の猟犬忍軍! この拠点、頂戴に参上しました!」
 倉庫へ突撃するアイシャの明るく元気な声を聞いて、
「螺旋帝も気になるし、情報はしっかりケルベロス忍軍が頂いていきましょ♪」
 デジル自身もやる気を漲らせるのだった。
 他方。
「螺旋忍軍同士の争いは留まる事を知らず、只々一般人への被害が増すばかり……速やかに収束させなくてはなりません」
 ニルス・カムブラン(暫定メイドさん・e10666)が、ドワーフにしては高めの身長で精一杯縮こまりつつ決意を固める。
「その為にもこの抗争の原因であろう螺旋帝の血族……その所在の手掛かりを掴まなくては……激突は必至、意を決して臨むとしましょう」
 低く洩らしてから、側にいたトライザヴォーガーのシートを撫でるニルス。
「この大きく逞しいボディでは、悲しいかな隠密行動には不適切……合図があるまで、大人しく待っててね」
 そう告げるや、ニルスもルーク同様に倉庫の壁へ張り付き、暗がりでも見通せる夜目と隠密気流を活かして斥候を務めた。
「うむ! 忍者……多くの隠密という叡智を司る集団。ならば賢者として挑まねばなるまいよ」
 仲間のサインを視認して意気揚々と駆け出すのは、コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)。
 年寄りぶった物言いと若々しい容姿のギャップが印象深い、ドワーフの男性。
 日光が嫌いな為に普段は黒いコートで全身を覆っていて、それがコクマの老成した雰囲気を高めている。
 また、自作の義骸装甲を使って完全に生身と変わらぬ外見を保っている右腕だが、実は地獄化したブレイズキャリバーでもある。
「ふん! 闇に紛れるのが貴様らの専売特許と思ったら大間違いよ!」
 コクマは倉庫の中でも殊更暗い所に陣取り、ドワーフ特有の強みで周囲の戦況や死角を把握すべく、緑の目を冷徹に光らせた。
「いっそ魅咲・冴が資料持っていてくれたら一気に叩けて良いんですけど。二兎を追うより一兎を確実に仕留めないといけないでしょうね」
 ラーナ・ユイロトス(蓮上の雨蛙・e02112)も、相変わらず落ち着き払った風情で歩みを進める。
 青味を帯びつつも透けて光を通すツノや翼が美しい、人派ドラゴニアンの女性。
 どんな窮地に立たされたとて平静を保てるぐらいに肝の座った性格だが、普段はマイペースでのんびりした雰囲気だ。
 整体師のアルバイトで日々の糧を得ているウィッチドクターである。
「『ツインテの五六七』、再び参上っす! まあお前らは知らなくても当然っすが冥土の土産にこの名を持ってけっす!」
 倉庫の奥から響いてくる五六七の啖呵を聞いて、ラーナもふっと口元を緩める。
「では、正義のケルベロス忍軍、参りましょうか」
 尤も、日頃から笑っているように見える顔の彼女なので、表情の変化に気づく者は少ない。
「ああ……人の多い都市部で、これ以上好き放題にさせるわけにはいかん」
 宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)も、倉庫内のあちこちで起こっている戦闘へ目を走らせ、資料を持つ魅咲忍軍がいないか捜している。
「それに奴らの言っている螺旋帝やらなにやら、興味がある。情報は頂いて、ついでに戦力も削らせてもらおう」
 金色の毛並みを持つ狼のウェアライダーで、左手と両目を地獄化したブレイズキャリバーの双牙。
 性格は真面目で義理堅い所もあるのか、ヘリオンの機内では恋人の友人だからと小檻へ挨拶をしていた。
 ちなみに、ミリタリー好きで軍服を好む彼だが、着用しているのはただの趣味らしい。


 魅咲忍軍からすれば、侵入者であるケルベロス達を即刻排除したいのだろう、至る所で迎撃、応戦が繰り広げられている。
 だが、そんな中、積極的に戦闘へ加わろうとはしない者達がいた。
 戦闘そっちのけで頭陀袋を漁る者、薄い忍装束の中へ密かに巻物を詰め込む者……。
 『魅咲忍軍が保有する資料の奪取』を念頭に置いていた8人だからこそ、かような魅咲忍軍達の不審な動きにも気づく事ができた。
 まずはデジルが、巻物を掴んで逃げ出す魅咲忍軍へ向かって、征服する戦車の蟹脚-Alcanam Ⅶ-を全力で振り下ろす。
「くぅっ!」
 忍軍は巻物を持ったまま脚力だけで高々と跳躍、バールの一打を免れた——かと思いきや。
「避けられた、なんて思った?」
 すかさず、かつて喰らったデウスエクスの魂の残滓を一時的に放出するデジル。
「魂の残滓、刹那の精霊を作り上げなさい」
 跳び上がった魅咲忍軍の背後に疑似ビハインドとでも言うべき形を成して、バシッと力強く奴の首を打ち据え、床へ叩き落とした。
 倒れた魅咲忍軍の手から離れ、コロコロと転がる巻物。
 咄嗟にルークがそれを掴むと、魅咲忍軍が2人同時に流水斬で斬りかかってきた。
 しかし。
 ザクッ!
 忍軍達が斬った彼はいつの間にか分身にすり替わっていて、唐竹割りが如く両断されても悲鳴一つあげない。
「そこだ! アサシネイト!!」
 本物のルークは片方の魅咲忍軍の背後に現れ、惨殺ナイフによる強烈な斬撃をお見舞いした。
「ぎゃあっ!」
 背中を斬られた魅咲忍軍は、もう1人へ手持ちの巻物全てを投げ渡してから地面へ転がり、苦痛に悶えた。
「……任せて」
 巻物を受け取った忍軍も、倒れた同胞へ目もくれず、軽い身のこなしでただただ倉庫の外へ逃げ出そうとする。
 それだけ——仲間の安否を差し置いてまで——奴らにとっては守りたい重要な資料なのだろう。
 けれども、簡単に逃走を許すケルベロスではない。
「ここは行き止まりですよ?」
 にこりと微笑んだラーナが忍軍の前に立ちはだかるや、機敏に跳躍。
 ゴスッ!
 流星の煌めきと重力宿りしエアシューズで魅咲忍軍の顔面を力一杯踏みつけ、奴の機動力を奪った。
「ふん! 奪い返したくばワシに勝つことだな!」
 コクマは、魅咲忍軍が落とした巻物をすばしっこい動きで拾い集めながら、
「そこの奴も逃がしてなるものか!」
 別の1人が気配を殺して壁伝いに這うのも見逃さず、ベルゲルミルから大地をも断ち割る威力の射撃を浴びせて足止めした。
「勧告します、どうか投降なさって下さい」
 すっくと立ち上がって魅咲忍軍達へ恭しく一礼するのはニルス。
 同時に無人小型治療機の群れを展開、前衛陣の守りを固めた。
 トライザヴォーガーも、忍軍を撥ね飛ばすぐらいの全速力な走りを見せて合流。
 そこからは、主の意思に忠実に炎を纏って突撃、魅咲忍軍へ火傷を負わせんと奮闘した。
「渦巻け叡智、示し導き、風よ絶て。吼えよ、絶風の『咎凪』よ」
 リカルドは愛用のリボルバー銃を構えて魅咲忍軍の1人の懐へ飛び込み、魔術によって風を弾倉へ集約する。
 周囲の空気の流れを絶つ程の威力を有した圧縮弾が、超近距離射撃された魅咲忍軍の豊かな胸を撃ち貫いた。
 同胞の手から零れ落ちた巻物を、素早く別の魅咲忍軍が回収する。
(「なるほど、あれが資料か」)
 その魅咲忍軍の頭を、地獄化した腕でガバッと鷲掴みするのは双牙。
 力任せに引き倒すや、近くにあった木箱目掛けて、彼女の額を叩きつける。
 余りの痛みに挙動が鈍くなる魅咲忍軍を尻目に、双牙は黙々と攻撃を続けた。
「相手と資料を逃がさぬよう、皆さん頑張りましょう」
 アトは、全身を覆うオウガメタルを『鋼の鬼』へと変じさせる。
 白銀に包まれた拳を渾身の力で突き出し、魅咲忍軍の薄い腹へ深々と減り込ませた。


 魅咲忍軍達は、俊敏な身のこなしでケルベロス達の攻撃を避けようとし、巻物を抱えての逃走を何度も試みていた。
 その度にルークはハウリング、コクマはキャバリアランページ、ニルスやアトはライジングダークを繰り出し、こちらの攻撃を当て易くする。
 退路を塞ぐように動くアトやラーナには氷結の螺旋を放っても来たが、彼女らが反撃してくるのは決まってケルベロス達が巻物を奪った時だった。
「闇に生きる忍びは……闇に沈み散るべしぃ!!」
 スルードゲルミルの刀身へ青白い水晶の刃を纏わせ、巨大剣と化したそれを構えるのはコクマ。
「我が神器にて果てる事こそ貴様の生涯最後の誉れと知るが良い!!!」
 そのまま魅咲忍軍達の方へ突撃、彼女らを真横に薙ぎ払って、戦艦をも切断する一刀を打ち込んだ。
「雨、アメ、降れ、降れ、ケロケロケロ♪」
 ラーナは軽やかな歌声を響かせて怪雨を降らせ、魅咲忍軍達にダメージと毒を染み渡らせる。
「炎に悶える様ってのもいいわね♪」
 翳した掌から『ドラゴンの幻影』を顕現、逃げ出す魅咲忍軍へ放つのはデジル。
 幻影は魅咲忍軍を焼き捨てる勢いの火炎となって、大幅に体力を消耗させるだけでなく火傷をも残した。
「落ちろ!」
 ルークは、舞うような所作で2本の惨殺ナイフを閃かせる。
 正確無比な太刀筋によって、肉薄された魅咲忍軍の1人はバラバラに解体、死に至った。
「撤退する相手を撃ちたくはないのですが、仕方ありませんっ」
 両手それぞれに構えたバスターライフルの狙いをしかと定めるのはニルス。
 長大な銃身より放たれた巨大な魔力の奔流が、巻物の確保に奔走する魅咲忍軍達を一気に殲滅した。
「やはり資料は逃げ出す連中こそが持っている、か。拠点より大切な資料とは如何なるものか……」
 双牙は身軽に跳び上がって、光の尾が靡く重い飛び蹴りを、魅咲忍軍の1人へ炸裂させる。
 背中を蹴られて倒れ伏した標的の手から転がり落ちた巻物を、目の端にしっかり捉えて拾い上げた。
「ええ、余程大切な資料なのでしょう」
 一部の魅咲忍軍の徹底した逃走姿勢に感心した様子で、愛用のハーモニカを吹き始めるのはアト。
 絶望しない魂を表現した曲を奏でて魅咲忍軍達の神経を逆撫でし、彼女らの怒りを自分へと向けさせた。
「巻物を返しなさい!」
 魅咲忍軍達は逃走を諦めぬ者が殆どだが、中にはアトの目論見通りに怒りのまま弧を描く斬撃を繰り出す奴もいる。
「計画通り、ですね」
 月光斬の痛みに耐えるアトは、どことなくドヤ顔している風にも見えた。
「その身に楔を与えようか」
 リカルドは、古代語の詠唱と共に魔法の光線を放って、魅咲忍軍の逃げ足を石の如く重くした。
 魅咲忍軍を逃がさない立ち回りに苦労しながらも、回復に労力を割く必要が殆どなかったケルベロス達は、逃げる者どもを漏らさず討って巻物を全部奪い取った。
「……暗号か。解読に回さないとな」
 巻物の一つを解いたリカルドが、記号の羅列にしか見えない中身に顔を顰める。
「貴様らは確かにプロフェッショナルであった。ならば其れに打ち勝った事を誉れとしようぞ」
 地面に沈んで動かない魅咲忍軍達の遺体へ、餞けの言葉を落とすのはコクマ。
「これが噂の資料か……期待通りの情報が、出てくれば良いんだが」
 双牙は手にした巻物を見つめて、螺旋帝の情報は書いてないかと期待を募らせた。
 その時。
「みなさん気をつけてください。増援が来ます!」
「! 解った。皆、増援が来たらしい」
 突然のアイリスからの無線。返答したリカルドを始め、仲間達に緊張が走る。
「ダモクレス!?」
「いや……あれも螺旋忍軍だ!」
 倉庫入り口に陣取った班の同志達が口々に叫ぶ更に遠く、なるほど、ジェットエンジンのような機械としか思えない駆動音が、次第に近づいてくると判る。
「どうするの?」
 デジルが巻物を握り締めて問う。
「我々も魅咲忍軍を見習うしかありませんね」
 そう断じるのはラーナ。ニルスが察して賛同する。
「敵の迎撃は他の方々にお任せして、私達は資料確保を優先する為に撤退——ですね?」
「なるほど、ならば退くとしよう」
「うむ、それが最善であろうな」
 双牙やコクマも頷き、すぐさま倉庫の外を目指す8人。
「何としても――ええ何としても、ここを通す訳にはいきません……!」
 リカルドは、奮い立って応戦する他班の喧騒を聞くや、口の中で呟いた。
 後は頼んだぞ、と。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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