五月病事件~うつろな月曜日

作者:土師三良

●怠惰のビジョン
 とあるアパートの一室。
 布団をまとって蓑虫のようになった娘が畳の上を這い進んでいく。テントウムシ柄のカーテンの隙間から差し込む朝日に追い立てられるように。
「なんか、燃え尽きちゃった……今の私は真っ白な灰だ……」
 蓑虫モードのまま、娘は呟いた。本来ならば、布団から突き出ているその顔は端正なものなのだろう。だが、今は表情が緩みきっている。
 数週間前までの彼女は希望に燃える大学一年生だった。しかし、希望を燃やしすぎてしまい、本人が言うように『燃え尽きちゃった』のだ。
「きっと、入学前後の時が私の人生のピークだったんだ。後はもう……落ちていく……だけ……」
 朝日が届かない部屋の隅に到達すると、芋虫娘はまた眠り始めた。

●ダンテかく語りき
「あいかわらず、猛威を振るってるっすよ。そう、あの恐るべき病魔――五月病が!」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちの前でヘリオライダーの黒瀬・ダンテが声を張り上げた。
 世界滅亡の危機を警告するかのような真剣な面持ちで。
 しかし、表情や声のトーンをすぐにいつもの調子に戻し、改めて語り始めた。
「とゆーわけで、五月病の病魔退治をお願いします。今回、五月病に罹患したったのは千代田・知優子(ちよだ・ちゆこ)さん。東北の名門大学に進学し、今年の春から仙台市で一人暮らしを始めたピッカピカの一年生。高校の頃はグルグル眼鏡のちょっと冴えないお嬢さんだったんですが、進学を機にイメチェンして、グッと垢抜けたそうです。大学デビューってヤツっすね。おまけに北海道に住む年上の大学生のカレシとの遠距離恋愛も継続中。まさに順風満帆、向かうところ敵なし! ……って感じだったんですが、人生のモチベーションを見失っちゃったみたいっす」
 知優子はケルベロス・ウォーにも積極的に協力し、炊き出しのボランティアなどをおこなっていたという。しかし、戦争が終わった途端に燃え尽き症候群のような状態に陥り、五月病の病魔に取り憑かれてしまったらしい。
「燃え尽きちゃうのも当然かもしれないっす。進学だのイメチェンだの引っ越しだの戦争だの、いろんなイベントが一気に過ぎ去っていったんですから。まあ、放っておいても死に至ることはないと思いますが、だからとっいってなにもしないわけにもいかないっすよね。彼女の中から病魔を取り出して、サクッと倒してください」
 知優子がいる場所は仙台市内のアパートの一室。自発的にドアを開けさせるのは難しいかもしれないが、とくに問題はない。ドアを壊せばいいだけだ(アパートの他の住人は避難済みだという)。
 病魔を召喚して具現化するためにはウィッチドクターが必要だが、これに関しても問題はない。チーム内にウィッチドクターがいない場合、近隣の医療機関に協力しているケルベロスのウィッチドクターが同行してくれる。
 最後にダンテは言った。
「病魔を倒した後に余裕があったら、知優子ちゃんになんらかのフォローをお願いします。優しく励ますもよし。厳しく喝を入れるもよし。やりかたはお任せします!」


参加者
ディバイド・エッジ(金剛破斬・e01263)
シェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527)
藤・小梢丸(カレーの人・e02656)
エルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
ククロイ・ファー(鋼を穿つ牙・e06955)
長谷川・わかな(笑顔花まる元気っ子・e31807)
雨宮・利香(黒刀と黒雷の黒淫魔・e35140)

■リプレイ

●五月は惰眠の季節
 千代田・知優子は布団にくるまり、身も心も蓑虫になりきろうとしていた。
 しかし、できなかった。アパートの扉をノックする音に邪魔されて。
 知優子は無視を決め込んだが、いつまで経ってもノックは鳴り止まない。
 最終的に根負けしたのは知優子のほうだった。
「……どちら様ですか?」
「カレーの宅配でーす!」
 布団にくるまったままの状態で尋ねると、ハイテンションな声が扉の向こうから聞こえてきた。知優子が知るはずもないが、その声の主はケルベロス。ウェアライダーの藤・小梢丸(カレーの人・e02656)だ。
「カ、カレーなんか、た、た、頼んでませんけど?」
 布団の中で身を竦ませる知優子。警戒心と恐怖心のために声が震え、大学デビューの際に克服したはずの吃り癖が再発している。
 扉の向こうからまた声が聞こえたが、それは彼女に向けられたものではなかった。謎の宅配者が別の誰かと小声でやりとりしているらしい。
 しばらくして、今度はその『別の誰か』が呼びかけてきた。
「ごきげんよう、チュウ子さん。エルモアですわ」
「……えるもあ?」
「……」
「……」
 気まずい沈黙が世界を支配した。
 沈黙というものに質量があるなら、この沈黙はメガトン単位だ。
 十数秒後、扉の向こうの声の主が沈黙をギガトン単位の怒声で粉砕した。
「お忘れになったのですかぁーっ!? エルモアです、エルモア! ほら、金髪で縦ロールの! 世界一美しい新世代型レプリカントの!」
「あ!? お、思い出しました! というか、わ、わ、忘れていたわけじゃないです。私、名前よりもキャラで人を、お、お、覚えるタイプなので……」
 知優子の言葉に嘘はなかった。声の主であるエルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)のことは忘れてはいない。一昨年の冬、知優子はローカストがらみの事件に巻き込まれたのだが、エルモアを含む八人のケルベロス(他の七人もエルモアに負けず劣らず濃い面々だった)に救われたのである。
「言い訳は結構! さっさとここを開けてくださいな!」
 エルモアがドアを激しく叩く。
 知優子は自身のモードを『蓑虫の防護』から『尺取り虫の逃避』に変え、エルモアの大声から逃れるように後退りした。
「わ、わ、私、人に会えるような状態じゃないんで……も、申し訳ありませんが、お引き取りくだ、さ、さ、さ……」
「しょうがない。こうなったら、強行突破しかないでござるな」
 エルモアとは違う声が聞こえた。レプリカントのディバイド・エッジ(金剛破斬・e01263)の声だが、小梢丸と同様、知優子は彼のことを知らない。
「きょ、きょ、強行突破って、なにをするつもりですかー!?」
 知優子の悲鳴に続いて、扉の破砕音が響き渡る。
 いや、悲鳴はともかく、破砕音を聞いたのは知優子だけだった。それは彼女の脳内だけで生じた音だったのだから。
 扉が静かに開き、ディバイトの姿が知優子の視界に入った。
「金剛破斬のディバイド・エッジ、ここに見参!」
 名乗りをあげると、ディバイトはにんまりと笑い、『強行突破』に用いた道具を見せた。
 どこにでもある普通の鍵だ。
「大家さんに鍵を借りてきたでござるよ」

 部屋に上がり込んできたケルベロスたち(地球人は一人もいなかった)を呆然と見つめる知優子。
 彼女に向かって、サキュバスのシェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527)が頭を下げた。
「こんにちは、です。お姉さんの病気を、治療に、来ました」
「びょ、びょ、病気?」
「そう、病気よ」
 と、サキュバスの雨宮・利香(黒刀と黒雷の黒淫魔・e35140)が五月病のことを一通り説明した。
「で、その病魔を知優子ちゃんの中から追い出して、やっつけるってわけ。でも、病魔も無抵抗でやられたりしないだろうから、けっこうワチャワチャすると思う。なにか大切な物とかがあるなら――」
「――ここに収納しておくといいよ。壊れるといけないから」
 レプリカントのククロイ・ファー(鋼を穿つ牙・e06955)が利香の後を引き取り、民族衣装『チョハ』に付いているアイテムポケットを示した。
「い、いえ、わ、わざわざ預かってもらわなくても……自分で持っておきますから……」
 机の上に置かれていた写真立てを手に取る知優子。
 それを見届けると、シェスティンが言った。
「では、わかなちゃん。お願い、します」
「うん!」
 と、答えたのは長谷川・わかな(笑顔花まる元気っ子・e31807)。友人のシェスティンと同様、サキュバスである。
 病魔を召喚すべく、わかなは知優子に近づいた。知優子は緊張しているようだが、実はわかなのほうも緊張していた。
「病魔を呼び出すのって、初めてなんだよね。えっと……こんな感じでいいのかな? えいやー!」
 わかなが裂帛の気合いを発すると、知優子の後方に黒い煙が立ち昇り、たちまちのうちに牛のような形に変じた。
 五月病の病魔である。
 その目は血走り、全身からは禍々しい瘴気が漂い……などということはなかった。眠たげな半眼、反芻しているかのように(本当にしているのかもしれない)もぐもぐと動く口、そこから垂れ落ちる涎の糸。見るからに人畜無害だ。
「これが病魔か」
 病魔を眺めながら、レプリカントの館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)が呟いた。無表情に見えるが、瞳には微かに好奇心の光が灯っている。
「迫力のない奴だなー」
 と、ククロイが苦笑した。
「でも、病魔であることに変わりはないんだよね。危ないから、知優子ちゃんは避難したほうがいいよ」
 知優子(病魔を目の当たりにして、茫然自失としていた)の手を取り、ククロイは部屋の外に出た。
 だが、遠く離れた場所まで知優子をエスコートする必要はなかった。
 フローネ・グラネットが待ちかまえていたからだ。
「知優子さんのことはお任せを」
 防具特徴の『凛とした風』で知優子を落ち着かせつつ、フローネはククロイに言った。
「私が必ず守ります」

●五月は激闘の季節
「んもぉぉぉ~っ!」
 頭を反らして、牛型病魔が鳴いた。
「もしかして、鬨の声、のつもり、なのでしょうか?」
 首をかしげつつ、シェスティンがライトニングロッド『アスクレピオス』を掲げた。
「いや、『あー、めんどくせー』みたいなことを言ってるつもりじゃないかな」
 小梢丸が攻性植物『芳醇』を収穫形態に変形させた。
 白い蛇が絡みついたデザインの『アスクレピオス』がライトニングウォールを生み出し、カレーの香りを漂わせる『芳醇』から黄金の果実の光が放射される。
 その二種の光で異常耐性を得た前衛陣の一人――わかながスターゲイザーを打ち込み、鈍重そうな病魔の機動力を更に低下させた。
「むうぉ~ん」
 苛立たしげに唸りながら、病魔は蠅を追い払うかのように尻尾を激しく振り回した。
 すると、屋内であるにもかかわらず、雨が降ってきた。普通の雨ではない。小さな羽虫の雨だ。それらは前衛陣の衣服の隙間に入り込み、無遠慮に這い回った。
「……なぜ、五月病が虫を召喚する?」
 素肌の上で蠢く虫たちに不快感を覚えながらも、それを顔に出すことなく、詩月がフロストレーザーを発射した。幸いなことにシェスティンと小梢丸から付与された異常耐性が働き、攻撃をした瞬間に虫たちは消え去った。
「取り憑いた相手が虫好きのチュウ子さんですからね。彼女の影響を受けて、変な技を覚えたのでしょう」
 エルモアもフロストレーザーを発射した。
「じゃあ、知優子ちゃんが爬虫類好きだったら、蛇やトカゲの雨が降ってたのかもしれないね。虫の雨とどっちがマシかなー?」
 利香がゾディアックソードを振り、ゾディアックミラージュで病魔を氷結させた。対単用グラビティではないため、フロストレーザーよりも威力は落ちるが、氷結の範囲は広い。ジャマーのポジション効果を得ているからだ。
 ダメ押しとばかりに玉榮・陣内も氷のグラビティ『キオネーの自惚れ』を放った。
「こんなにカチカチに凍ってしまうと――」
 ディバイドが愛刀『空蝉丸』を構え、病魔に肉薄した。
「――刃がまともに通らぬでござるな」
 言葉に反して、『空蝉丸』の刃は病魔にダメージを与えた。斬霊斬によって非物質化し、表皮をすり抜け、霊体を斬り裂いたのだ。
 病魔の黒い体に紫の染みが生じた。斬霊斬が与えた毒の徴だろう。
「氷と毒の次はドレイーン! 牛さんの生命力、もーらい!」
 わかなが病魔の鼻面に簒奪者の鎌を打ち込み、ドレインスラッシュを決めた。
 その鎌が離れるやいなや、今度は攻性植物が絡みついた。小梢丸が『芳醇』でストラグルヴァインを仕掛けたのである。
「極上のカレーの香りで悶え死ねー!」
「むうぇ~ん!?」
『芳醇』の蔦にまみれた顔を振り回し、悲痛な声をあげる病魔。同情を誘っているのかもしれない。
 だが、ケルベロスは攻撃の手を緩めなかった。
「ビーフカレーにしてさしあげますわ!」
 エルモアのアームドフォート『アロンダイト』の胸部から破鎧衝の光線が伸び、病魔を刺し貫いた。
 続いて、ディバイドが『空蝉丸』で斬りつけ、詩月がエクスカリバールで殴りつけ、ジグザグ効果で状態異常を悪化させていく。
「……もももぉー」
 病魔は体を低く沈めて、弱々しく鳴いた。まるで降伏を宣言したかのように見えるが、その姿勢と発声は攻撃のためのものだったらしい。弱々しいはずの声は後衛陣にダメージを与えたのだから。
 いや、ダメージだけではない。
 それは、とてつもなく凶悪な状態異常――眠気をもたらした。
「なんだか、眠く、なって、きました……」
 目をこすりながら、シェスティンがライトニングロッド『イアソン』を振り、ヒールドローンを展開した。ただし、対象は自分を含む後衛陣ではなく、先程の虫攻撃のダメージが残っている前衛陣だ。
 彼女に代わって睡魔を撃退すべく、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)がバイオレンスギターを奏でた。
「俺のギターで目を覚ませぇー!」
『紅瞳覚醒』のメロディが後衛陣の意識を覚醒させていく(メディックのポジション効果によって、キュアを伴っているのだ)。もっとも、当のヴァオにはキュアが働かなかったらしく、瞼が落ちそうになっているが。
 そんな彼の眠気を吹き飛ばすかのように室内に大声が響いた。
「睡眠攻撃たぁ、五月病らしいじゃないの!」
 声の主はククロイ。知優子をフローネに預け、この小さな戦場に戻ってきたのである。
「ウィッチドクターの腕の見せどころだ。荒療治といこうかぁ!」
 叫びともに発動したグラビティは『壊震撃(カイシンゲキ)』。自身に記録されたドワーフのデータにアクセスして、地裂撃を疑似的に再現する技だ。
「んもっ!?」
『壊震撃』を受けて、病魔の体勢が崩れた。強烈な一撃に驚いたのか、鳴き声がいつもより短い。
 その隙を見逃すことなく、利香が追撃した。
「そこっ!」
 左腕に貯めていたエネルギーを瞬時に放出する。その名も『ライトニング・バースト・ショット』。
「もぉぉぉーん!?」
 雷光と化したエネルギーに撃ち抜かれ、病魔は絶叫した。

 その後も病魔は眠気をもたらす声や虫の雨を(時々、思い出したように石化攻撃も交えて)繰り出したが、グラビティの威力がさして高くないためか、あるいは五月病ゆえに覇気に欠けるためか、ケルベロスたちを圧倒することはできなかった。
「明日から……いや、来月から本気出すぱーんち!」
 小梢丸の大器晩成撃が炸裂し、傷だらけの病魔の体に新たな傷が生まれた。
 その新しい傷の横にエルモアのバスタービームが命中した。
 続いて、黒い刀身が絶空斬で傷を斬り広げていく。利香の振るう斬霊刀の『供羅夢』だ。
「……もももぉー」
 ジグザグ効果に苦しみつつ、病魔は何度目かの睡眠攻撃を放った。
 もちろん、眠り込むようなケルベロスは一人もいなかったが。
「効かぬでござるよ!」
 豁然と目を開き、雷刃突を披露したのはディバイド、雷光を帯びた『空蝉丸』の切っ先が病魔の体を削っていく。
「心頭滅却すれば、眠気もまた……ふわぁ~」
「あはははは」
 大きな欠伸をするディバイトを見て、わかなが笑った。
「効かないとか言いながら、欠伸してるし……あ!? 私にも移っちゃいそう。ふっ、くぅぅぅ~……」
 なんとか欠伸を噛み殺し、わかなは『破壊の一撃(ディストラクション・アタック)』を仕掛けた。武器を加速させ、病魔の頭めがけて得物を振り下ろす。恐ろしいグラビティだが、その武器というのは片手持ちの中華鍋だ。
 病魔の頭に鍋が叩きつけられる音が響き渡る……かと思いきや、それはかき消された。ククロイのガトリングガン『紫電王』の連射音によって。
 病魔の体に無数の弾痕が穿たれ、炎が吹き出していく(ククロイが用いたグラビティはブレイジングバーストだった)。
 そして、弾痕と同じ数の薬莢が撒き散らされた畳の上で詩月が機械弓『M.O.M.O』の弦を鳴らし、詩を吟じ始めた。
「月の元にて奏上す。我は鋼、祝いで詩を覚えし一塊なり。なれど我が心はさにあらず。許し給え。我が心のままに敵を打ち砕かんとする事を……」
「もぉ~んんんんん!?」
 詩月の語尾に病魔の苦悶の声が重なった。『M.O.M.O』から放たれた不可視の一矢を受けたのだ。
 それでも病魔は四つの足を踏ん張って身構え、反撃に転じようとした。眠たげだった目に闘志の炎が灯っているように見える。『明日から本気を出す』という思いを『今日こそが明日なんだ!』という決意に変えたのかもしれない。
 しかし――、
「本気を、出すのが、遅すぎた、ようですね」
 ――シェスティンが『アスクレピオス』と『イアソン』を叩きつけ、ライトニングコレダーでとどめを刺した。

●五月は再起の季節
「誰しも、やることをやり終えたら、一時的に気力を失ってしまうものだね」
 フローネに伴われて部屋に戻ってきた知優子に詩月が語りかけた。あいかわらず無表情だが、よほど鈍い人間でもない限り、気付くだろう。彼女の声音に優しさが含まれていることに。
「でも、あくまでも『一時的』な話。新しい目標を見つけて、前に進んでみない? 今すぐとはいかないかもしれないけど」
「はい……」
 知優子は力なく頷いた。
「以前に『人生とは、まわりに楽しくしてもらうのではなく、少しずつでも自分で楽しくしていくもの』みたいなことを言われたようだが――」
 と、詩月に続いて、ククロイが語りかける。
「――そのアドバイスに従って、知優子ちゃんは頑張ったわけだな。グッド、グッド。今後は『自分も楽しく、まわりも楽しく』をモットーに生きていけばいいんじゃない。恋人とか家族とか仲間とか……沢山の人と繋がることで知優子ちゃんの人生はきっと何倍も楽しくなるさ」
「とはいえ、頑張りすぎなくてもいいと思うでござるよ」
 と、ディバイドも声をかけた。
「しばらくは心身を休め、活力を蓄えてからまた励んでゆけばよかろう……と、偉そうなことを言ってみたが、実のところ、拙者は五月病なるもののことがよく判らないのでござるよ。ほとんど縁がないゆえ」
「わたくしも五月病とは無縁ですわ」
 エルモアが話に加わってきた。
「でも、知優子さんが頑張り過ぎたということは判ります。言ってみれば、今の知優子さんは頑張った分だけお休みして、リセットされた状態ですわね。これを機にちょっとスピードを緩めて――」
 知優子を見据え、優しく微笑みかける。ギガトン級の怒りはもう消えたらしい。
「――今後は貴方らしいペースで頑張っていきましょう、ね!」
「そうそうそうそう。ペース配分は大事!」
 小梢丸が何度も頷いた。
「人間、全力で突っ走ったままではいられないんだよ。だから、ちゃんと休まないとね。で、休んだ後に頑張ればいいの。もっとも、僕は年がら年中休んでるけど。なんせ、自宅警備員ですから。言ってみれば五月病のプロですよ、プロ!」
「まあ、とにかく――」
 五月病のプロ化を勧めかねない小梢丸をシェスティンが遮った。
「――皆さんの、言うように、今は休んで、その後でお外に出て、いろんなものを見れば、気分も晴れると、思います、です」
「『いろんなもの』もいいが、趣味にあったものを見るのが一番じゃないか」
 そう言うと、陣内は知優子に伝えた。各地で開催されている昆虫展の情報を。
 更に彼女を元気づけるべく――、
「なにか美味しいものをつくってあげるね」
 ――利香がキッチンに向かった。
 今にも泣きそうな目(もちろん、悲しくて泣きそうになっているわけではない)でその後ろ姿を見送る知優子の肩を叩いた者がいる。
 わかなだ。
「どうせなら、コンチューテンとやらには彼氏と行こうよ、彼氏と!」
 知優子が手にしている写真立てをわかなは指し示した。そこに収められているのは、人の良さそうな小太りの青年の写真。知優子の恋人だろう。
「今頃、彼氏も心配してるんじゃないかな。電話でもしてみたら?」
「……」
『今にも泣きそう顔』を完全な泣き顔に変え、知優子は写真立てに視線を落とし、またすぐにケルベロスたちを見た。
 そして、口許を変な形に歪めてみせた。
 たぶん、笑ったのだろう。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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