裏切り黒牡丹

作者:七凪臣

●裏切り
 恋人だと思っていた男に、友人を『婚約者』だと紹介されたのは、エラにとって突然の出来事だった。
 二股をかけたのか。
 遊びだったのか。
 不実を詰り、不貞を明らかにしようとした怒号は、金剛石の煌きを左手薬指に宿す女から差し出された六月の吉日が記された招待状で霧散した。
 そこから先の記憶は曖昧だ。
 ただ、気が付いたら。
「喜びなさい、我が娘よ」
 何処とも知れない暗い部屋で目覚めたエラを、仮面で顔を覆う男が見下ろしていた。
「お前は、ドラゴン因子を植えつけられた事でドラグナーの力を得た」
「しかし、未だにドラグナーとしては不完全な状態であり、いずれ死亡するだろう」
 朗々と語られる訊ねてもいない事を聞くうちに――仮面の男の狂気に触れるうちに、エラは悟った。
 自分はバケモノになったのだと。
「それを回避し、完全なドラグナーとなる為には与えられたドラグナーの力を振るい、多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取る必要がある」
「わかった。とにかく、殺して殺して。殺しまくればいいのね」
 ――世界は私を裏切った、だから私も世界を裏切る。
 横たえられていたベッドから起き上がりながらそう答えた時、エラの顔は酷く晴れやかだった。

●牡丹の季節
『純白の花嫁衣裳を、血の赤に染める者が現れるかもしれません……』
 星降る瞳を憂いに曇らせ、そう案じたのはクィル・リカ(星願・e00189)だった。
 果たして彼の懸念は現実のものとなる。ドラグナー『竜技師アウル』によってドラゴン因子を移植され、新たなドラグナーとなったエラという女性が、結婚式が執り行われている最中のチャペルを襲うのだ。
「ドラグナーとしては未完成な彼女は、大量のグラビティ・チェインを欲しています。自分が、完成体となる為に。そして……鬱屈を晴らす為に」
 重い口をようよう開き、けれど真っ直ぐな眼差しでリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は言う。
 理不尽な殺戮を止める為に、エラを倒して欲しいと。
 エラが現れるチャペルは結婚式用として街中に建てられたもので、色とりどりの牡丹が咲く広い庭園と、披露宴会場になるレストランを併設している。
 祝宴の気配に惹かれたようにエラは現れるので、当日の式を取り止めには出来ない。けれどエラがチャペルの入り口に手をかけた瞬間に襲いかかれば、予知を違える事無く、結婚式に集まった人々に累が及ぶのを防げる筈だ。
「エラを遅れてやって来た参列者と見間違う事はありません。何故なら、彼女は喪服姿に簒奪者の鎌という明らかに場違いな格好をしていますから……」
 名を呼ぶ時、必ずつける敬称を敢えて外す事で、リザベッタはエラが既に救いようのない異端に堕ちた現実を示し、ケルベロス達へ痛みを伴うだろう運命を託す。
「止めて下さい、真の災厄に彼女がなってしまう前に」


参加者
日咲・由(ベネノモルタル・e00156)
クィル・リカ(星願・e00189)
ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)
神乃・息吹(虹雪・e02070)
眞守・白織(しろきつね・e21180)
苑上・葬(葬送詩・e32545)
凍夜・月音(月香の歌姫・e33718)

■リプレイ

 眼差し遠く、苑上・葬(葬送詩・e32545)は耀き咲く大輪を見る。
 柔い花弁は雨に弱い。だのに牡丹は、梅雨の頃に咲く。
(「何故だろう」)
 胸裡の問いに無垢なる花は応えず。ただ、首を傾げるように緑の風に揺れる。

●闇色
 白いシャツに黒のベスト。鍛え上げた肉体には少々窮屈な装いに身を包み、ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)は彩豊かな五月の庭を見渡した。チャペル近くでは揃いの格好の葬が式場スタッフと談笑し、そして艶やかな花の連なりでは――。
(「白織、ちいさい、から。これで、見つからない、と。おもう、んだ」)
 小柄な白狐に変じた眞守・白織(しろきつね・e21180)が、白牡丹の下でふかりとした尻尾を抱え丸くなっていた。
「きゅん」
 鼻に掛かった鳴き声は、チャペル屋根の死角で花護色の翼を休める白織のボクスドラゴン、サチへは届かず。けれど、共に潜む神乃・息吹(虹雪・e02070)の鼓膜は擽る。
 おそらく、「ここで、だいじょうぶ。だよ、ね?」と訊ねるものだったのだろう。
 定位置とばかりにサバクミミズクが留まる角が、牡丹の苑からはみ出さぬよう留意しつつ、此方も柴犬サイズの白トナカイの姿になった息吹は、幼い少女の安堵を促すように首を縦に振った。
 今まさに結婚式の真っ最中。時折聞こえるオルガンの音に、空気は自然と華やぐ。
 此処は、幸せに満ちる筈の場所。
(「血染めになんてさせないのよ」)
 緩みそうになる気分を引き締め、息吹は花と緑の隙間から注意深く周囲を窺う。
 そして、幾らかの時が流れた先。
「ちょっと待って? 危険物を持っている人はお通し出来ないわ」
「、っ」
 物騒な長得物を手にした喪服姿の女――エラは、庭にはなかった筈の人影から放られた声に肩を跳ねさせた。
「お待ちしてたの」
 動物変身を解いた息吹がエラの気を引いた隙、遅れた参列者を演じていた凍夜・月音(月香の歌姫・e33718)が、チャペルの扉に掛かったエラの手に己の手を重ねる。
「なっ」
 短い驚嘆の間に、エラは事態を察した筈だ。月音の手を振り払うと、後方へ跳ねて間合いを取る。
 はらり。月音の肩からレースのショールが落ちた。けれどそれは、エラの動きのせいではない。クィル・リカ(星願・e00189)が疾風のように駆け、二人の間に割って入ったからだ。
 物陰に隠れるのに仕舞っていた竜翼を背に広げ、銀の髪を眩い陽光に照らす少年はエラを弾き飛ばす。
 女の足が、庭園に敷かれた石畳の上で鑪を踏んだ。
「皆さん、此処は戦場と化します。決してこちらには出ないよう、避難をしてください」
 張り込み中の刑事よろしくチャペル敷地外からずっとエラの動向を追っていたリティア・エルフィウム(白花・e00971)が、腹の底から声を張る。
「っち、ケルベロス!」
「君も手伝ってぇ?」
 まるで祝宴に酔ったように、千鳥足でエラの行く手を阻んだ日咲・由(ベネノモルタル・e00156)は、未だ名を与えぬウイングキャットを空から招き、助力を請う。
 そしてケルベロス達は、チャペルの内部まで届けようと、口々に警告を叫んだ。
 扉は、開けない。
 神聖なる誓いの儀式に加わる人らには、一滴の血どころか破壊の片鱗さえ見せない覚悟をケルベロス達は決めていた。幸せを、穢さぬ為に。
「こんな綺麗な場所に喪服かい? 大鎌を持って、まるで死神。物騒ねぇ……」
「まるで、じゃないわ。私は死神よ!」
 ゆらりふらつきながらの由の譬えに、闇色の女は獣の咆哮を上げる。

●禁忌の罰
 薙がれる虚ろな刃の軌跡を見定め、ギヨチネは体を開いた。気慣れぬシャツが引き裂かれ、見事に隆起した筋肉が露わになる。そこに深く走った傷は浅くなく、しかし翼も尾も隠した竜の男は微塵も表情を変えずに旋風巻く蹴りをエラへ見舞う。
「待ってて? 今、お姉さんが治すわねぇ」
 ギヨチネの戦意に導かれるまま、由は銀の粒子を大気へ躍らせた。それは確実に攻撃を当てる助けとなる加護を秘める――が、恩恵に与る者の数が多く。思うような効果を発揮しきらない。
 けれど、そういう不利も覚悟の上。
「足りないなら、重ねるだけです――揺蕩う光よ、天駆ける風となりて その身に力を宿しましょう」
 白い天使翼で空を優しく撫で、リティアは高らかに謳う。そうして吹き渡った風は、由を補い戦列の最前線にいる者たちを清らかに包み込む。リティアと似た色の箱竜、エルレはこの機にエレへ体当った。
「……貴女にこれ以上、悪夢なんて見せたくないけれど、」
 そうは言っていられないのも百も承知。故に息吹は、力を繰る。
「アナタの悪夢は、どんなに甘い味かしら」
 とろり漂う目も眩むような甘い香りに導かれ形を成した紫林檎を、息吹が口付けるように齧れば、悪夢を促す魔力がエラを襲う。
「冗談じゃないわっ」
 視えた何かに歪んだエラの顔は、戦いの激化を告げる合図。
 先ほど言葉を交わしたスタッフ達が結婚式の参列者を速やかに避難させる声を耳に、葬は猛きハンマーを振りかぶった。
「――逃がさない」
 唸りを上げた竜の砲は、葬の狙い通りにエラの足を止める。そこへ、
「はぜる。いかづち。――エラ、うごけない。よ」
 白織が招いた雷が畳み掛けた。屋根から舞い降りたサチもしぶしぶの様子ながら花吹雪を吐き、由のウイングキャットも翼はためかせる事でケルベロス達を支援する。
「気の毒だけれど、救えないのなら仕方ないわ。すぐに楽にしてあげる」
 怨嗟に歯を剥く女を月音は刹那、哀れみ。
「――でも。私はあなたに同情しないわ。だって、あなたも裏切る側に回ったのでしょう?」
 すぐさま切り捨て、毒で蝕む影の弾丸を放った。
「先に裏切ったのは世界よ! だから私の裏切りは赦さる筈よっ」
 真芯は捉え損ねたが、辛うじてでも自らを穿った凶弾にエラの形相が険しさを増す。否、きっとそれは体の痛みより、心の痛みのせい。
 般若を思わせるその貌に、クィルはくっと柳眉を寄せる。
(「酷いことをする人がいるのですね……」)
 恋人から裏切られるなんて。そんな事、少年であるクィルだって考えたくもない事だった。
 でも。
 放っておくわけにはいかないから。
(「せめて人を殺さぬうちに。安らかに……」))
 痛む心を均し、クィルは己が持ち得る最大限の力で以てエラに対す。
「影に咲き、血に沈め」
 一雫、地面に落ちた水は敵へ這い寄り。エラの足元に黒き花を咲かせたかと思うと、天へと開く花弁で喪服ごと女の身を斬り裂く。
 救えぬ命ならば、早々に終わらせる。彼女の苦しみが、大きくならないように。

●苦界
 戦いは、僅かでも短い方がいい。
 そんなクィルの尊い願いとは裏腹に、エラと切り結ぶ時間はそう容易く終わらなかった。
 ケルベロス達の布陣は守りに固かったが、火力にはやや欠いたのだ。
 そして長引けば長引いただけ、哀れな女の在り様に其々の心は千々に揺れる。
(「私、この男性の方をぼっこぼこにしてやりたいのですけど!」)
 何か琴線に触れたのか、エラは月音を執拗に狙い。彼女を庇おうと、ギヨチネは命刈る刃が振るわれる度に牡丹の庭を駆け。誰かが傷を負うたびに、リティアは怒りを胸に燃やして癒しの力を編んだ。
(「人が、きずつく。うそは、よくない」)
 毛並み豊かな尾をたらと下げる白織の気持ちも、リティアによく似て。されど悲哀の方が勝る少女は、憂いに眼差しを陰らせる。
(「でも、ひとを、ケガ、させるのは。もっと、よくない」)
 だから何があっても絶対に、エラを見逃す訳にはいかない。
「……、いく、よ」
 回復支援を合いの手に入れ乍ら、白織は雷を迸らせ続ける。苦しみつつも折れぬ立ち姿は力強く。旅団仲間の奮戦ぶりにリティアは「おりぃ……」と名を呼ぶことで感嘆を露わにした。
 そうだ。
 同情を禁じ得ずとも、ケルベロス達が守らねばならぬのは、これから幸せになろうという人々の未来。
「好きな人に裏切られて、ツラかったでしょう。悲しかったでしょう」
 エラが思い込みで世界を構築する重度の妄想家でない限り、彼女を狂わせた男は最低だ。
 リティアや白織と同じく、真に粛清したい見たこともない男を思い、けれど息吹もエラを討つ力を練り上げる。
「だけど……だからこそ。貴女が罪を犯す前に、終わらせてあげる。酷い男の為に、貴女が罪人になる必要はないわ――アダム」
(「もし」)
 サバクミミズクから形を変えた杖と共に握った巨大ハンマーをエラの頭上へ掲げ、進化可能性を奪う一撃を放つ息吹の脳裏に雪明りのような光が灯った。
(「イブも同じ状況になったら、どうするのかしら? 彼を、世界を、壊してしまいたいと、思うのかしら?」)
 惑う心は細波となって、同じ戦場に在る者たちに伝わる。
(「まぁ、お姉さんは裏切られたから世界を裏切る気持ち、分かっちゃうのよねぇ」)
 純白のドレスが真っ赤に染まる光景も、その実、好ましく感じる由は胸裡で一人ごちた。
(「恋愛って大変……」)
 喪服も、鎌も。死神を連想させるエラの装いは美しい。そう覚えても、由はたゆまず同胞の命中精度を上げる加護を撒き続ける。その甲斐あって、攻撃に安定感が出て来た月音は停滞する戦局に変化の一撃を加えた。
「これで、どう?」
「ぐぅっ」
 歪な刃に傷を抉じ開けられ、エラが苦痛を呻く。その姿に、月音は恋に苦しむエラを視る。
(「恋愛で恋人と友人を一度に失うなんて、よくある話ね」)
 あんな男、此方から捨ててやるという気概があれば、物語はまた変わったのだろうか?
 でも、考えても仕方ない。世界も人も、いつだって突然に裏切るのだ。
「裏切られたから裏切る……か。言い訳に正当性を持たせた処で、愚行はただの愚行」
 無慈悲な神を信じぬ月音の後を追い、葬も抜いた白刃を構える。
「此の世に咲くには手遅れなれば、せめて黄泉路の果て。闇を抱えたまま地の底へ堕ちるのか、高天原で咲き誇るのか――」
 男に誠意があったか否か、事の真相は彼の言葉を訊かねば分からぬ。しかしエラが此処で終わる事実だけは、変わらないから。
「選んで、散れ」
「嫌よ! 全部殺し尽くすまで、私は散らない」
 選択を委ねた男が放った月薙ぎの一閃に、エラは憎悪を叫んだ。

「裏切った二人が憎い? 殺したい程に? さあ、もっと感情を。想いを吐き出しなさい!」
「えぇ、えぇ! 憎いわ、この手で殺したいわ! だから邪魔しないでっ」
 叱咤にも似た月音の誘いに、エラは全身を震わせ慟哭する。憎悪と怨嗟の絶叫は、耳にするだけで苦しい。
「イブさん、ティア……」
 堪らず天を仰いだ少女たちの様子に、クィルもまた辛い息を吐く。それでも破壊を担う少年は、果敢な刃をエラの頭上へ叩き込む。
 心弱い者なら、すぐにでも踵を返したくなる戦場だった。誰もが胸を言葉のナイフで刺されていた――ただ、ギヨチネを除いて。
 将来を誓う相手を掟や親に決められるような立場で育った男は、恋愛やそれに伴う歓びも苦痛も解りはしない。では、何故ギヨチネは文字通り体を張るのか。エラ自身、そして彼女の為に心を痛める仲間たちを救いたいからだ。護りたいからだ。
「恐らく彼女は、狭い世界に閉じ籠ってしまったのでしょう。苦しみとは、そんな世界に押し込んでしまう不思議な感情」
 幾度目になるか分からぬ刃を肉に埋め、ギヨチネは朴訥と言う。
「彼女を裏切る世界があるならば、彼女を護る世界もあったでしょうに」
 ――嗚呼。恋とは、愛とは。斯様なものなのか。

●花よ
 深い悲しみは易々と晴れはせぬ。だが、他者の幸福を奪えば、当人も深い悲しみの業を負う。
「私は悲しみの連鎖など見たくはありません――だからあなたをここで討ちます」
 果たしてどれ程の時が過ぎたのか。ようやく至った最期の時に、癒しに徹していたリティアも時空さえ凍てつかせる弾丸を放つ。
「邪魔、しないでって、言ってるのにっ」
 無残に斬り裂かれた喪服はあちこちが解れ、所作の一つに風と舞う。哀れな風貌である筈なのに、花弁を多く重ねる牡丹を彷彿させるのも、きっとそのせい。
(「散り際こそ、美しい」)
 凪いだ眼差しで黒き牡丹へ肉薄し、間近で見つめた葬は静かに息を吐くと、穢れなき白刃を音も無く払う。月弧を描いてエラの腹を薙いだそれは、返す刃でも女の肩を裂いた。
 鋭い二閃は、エラの命を大きく削り。終いをクィルへ託す。
「……悲しかったね」
 大切な者へ向ける調べで哀れを紡ぎ、クィルは一歩を踏み込む。
 同じように感じられずとも、彼女の想いは理解できるから。
 そしてクィルは黒牡丹の彩に、新たな黒き花を咲かせた。気持ちからの解放こそが、救いになるよう願って。
「元恋人と元友人に、何か言いたい事があるなら言いなさい」
 血を飛沫かせ、黒さえ紅に変え逝く女を抱き留め月音は問うた。
「特別に、私が伝えてあげる」
「……最高に、不幸になって」
 告げるのに刹那の間があった理由は分からない。再び訊ねようにも、エラは枯れた花のように散り消えてしまった。だから、月音は目を瞑る。
(「神なんて信じていないけど、あなたの為に祈ってあげる」)
 ――もし次があるのなら、良い男と出会えますよう。

「くーちゃん、大丈夫ぅ?」
 酔いを演じながらも保護者の顔で案じる由に、命消える感触を手に残したクィルはゆるり首を振る。
「ありがとうございます、よーちゃん。でも僕よりギヨチネさんが――」
「私も大丈夫でございます。お気遣い、痛み入ります」
 盾である事を誇る男は、傷の余韻を忘れたように穏やかに言う。そして体の痛みより、皆の心の痛みの方が気にかかった。

(「私は壊すわけない……でも」)
 浮いてしまった石畳、罅の入った壁に、歪んだ街灯。それらへ念入りにヒールを施す息吹の胸に去来するのは、『会いたい』という想い。
 そして。
「まるで、とむらいの、花」
 散って転がる牡丹を眺め、白織はポツリと哀惜を零す。
 もう暫くすれば、守り抜いた祝宴は再開され、門出を彩る花弁の雨が降るに違いない。花を踏み躙って逝った女の存在を、消し去るように。
 真実は、解らない。
 辿れば『彼』に至るのは難しくないだろう。けれど彼が真実を語るかは解らない。同時に、エラが偏執の騙り手ではない証明をする術もない。
 月音が彼女の最期の言葉を伝えるか否かも、また――。
 ならば幸いは幸い。未来は未来。そう、割り切るしかない。
 花が花であるように。
 人の歩みも、また同じ。
 正しさを証明したいなら、強く在りたいなら、歩き続けるしかない。
 留まる因果あらば、早くに朽ちてしまうかもしれぬから。
「――」
 難を逃れた純白の大輪に双眸を細めて笑んだ葬は、貴婦人の手の甲へそうするように、恭しく唇を寄せる。

 花よ、気高く咲き誇れ。
 惨劇の記憶に穢されることなく、惑わされることなく。
 己が正しく美しい在り様の侭に!

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 3
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