五月病事件~夜はいつか必ず終わる。休日もだ

作者:つじ

●夜明け前
 こうしてまた休日が終わる。
 人は失って初めて気が付くもの。彼もまたここで初めて思い至ったのだ。無為に終わってしまったこの時間こそが、真に大事なものだったと。
「つらい」
 義務とはかくも苦難に満ちている。世間の厳しさ、労働の過酷さ、月曜日とはつまり悪魔の使いである。
「いきたくない」
 嘆き、呻く。それは新社会人たる青年の、覚悟を決めるための儀式だった。
「いきたくない……」
 しかし、此度の儀式はいつまでたっても終わらなかった。
 そうこうしている内に朝日が昇る。そして、彼は全てを悟ったような顔で床についた。

●行きたくない
「あまったれるなー!」
 ばーん、とテーブルに両手を叩きつけ、白鳥沢・慧斗(オラトリオのヘリオライダー・en0250)が吼える。
「皆さん聞いてください! 嘆かわしい事ですが、今年は五月病が大流行しているようです!」
 勢いそのまま、憤慨した様子の少年はそのまま依頼内容の説明に入った。
 ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)をはじめとするケルベロス等の調査によって、この病の大流行は病魔によるものと判明したのだ。
「皆さんには、この五月病の病魔の撃破をお願いしたいのです!」
 五月病の患者達は、会社や学校に行かず部屋に閉じこもっているが、意識はあるので普通に家に尋ねれば合う事が可能だ。
「居留守とか使うかもしれませんが、そういう場合は構いません、扉をぶちやぶってください!」
 チームにウィッチドクターがいれば、その後に患者から病魔を引き離して戦闘を行う事が可能だ。いない場合は、その地域の医療機関に協力しているケルベロスのウィッチドクターを臨時で派遣してもらう手筈になっている。
「現れる病魔は……何というか、眠たげな牛のような姿をしています。食べてすぐ寝ると牛になる、とかいうアレでしょうか?」
 何にせよ敵は一体限り。ウェアライダー、そして自宅警備員のグラビティとよく似た攻撃を行ってくるようだ。
「病魔を倒せば患者は全快しますが、この病は再発しやすいもののようです。話を聞いてあげる、フォローを入れるなどのアフターケアも大事になりますので、余裕があればこの青年の相手をしてあげてください!」
 カウンセリングはそう簡単なものではないが、『自分を救ってくれたケルベロス』の言う事ならば受け入れられやすいだろう。アドバイスすべきは、心構えや休日の乗り越え方になるだろうか……。
「というわけで皆さん、よろしくお願いします!」
 通りの良い声でそう告げて、慧斗は一同を送り出した。


参加者
フォート・ディサンテリィ(影エルフの呪術医・e00983)
アルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)
シド・ノート(墓掘・e11166)
ヴィンセント・ヴォルフ(銀灰の隠者・e11266)
タカ・スアーマ(はらぺこ守護騎士・e14830)
ユグゴト・ツァン(凹凸普遍な腦真凍・e23397)
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)

■リプレイ

●往診のお時間
「もうそろそろ、五月も終わりだって言うのにねぇ……」
 気温の変化に夏を感じ出すある日の午後、問題のアパートの前には、塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)をはじめとする八人のケルベロス達が集合していた。今回の被害者はこの一室に住んでいる。何でも、五月病に侵されたという話だが……。
「五月病……ううん、なにもしたくないって、勿体無いような」
「確かに、お家でごろごろしてるのって幸せだからねー」
 ヴィンセント・ヴォルフ(銀灰の隠者・e11266)の疑問に、アルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)がある種の理解を示す。とはいえ、彼の感じる楽しみはそれだけではないのだが。
「五月病が病魔なら鬱病もそうでござろうか?」
 ペストマスクの下で、フォート・ディサンテリィ(影エルフの呪術医・e00983)が興味深げに呟く。患者次第の面もあり、難しいところだが、この戦いは一つの知見となるだろう。
「五月病の魔物か。私の精神に巣食った、酒依存の魔物と同類。勝利を掴むのは難いが、私の全力で退治すべき。最悪。患者の脳を摘出せねば」
 ユグゴト・ツァン(凹凸普遍な腦真凍・e23397)もまた意気込みの程を口にする。……何やら不穏な単語も混ざったが、ともかく。
 避難の呼びかけに鍵の確保、関係部署に連絡など、根回しは一通り済ませた。いざ突入の時である。
 階段を上り、シド・ノート(墓掘・e11166)がおもむろに玄関のチャイムを押す。ぴんぽーん、と気の抜ける音がアパートに響いた。
「こんにちはケルベロスの往診でーす」
 ……返事が無いのでもう一度。
「美人な女医さんの診察がタダで受けられますよー」
 ……。
 ぴんぽんぴんぽーん。
「美人の女医さんの診察ですよ、聞いてますか八角さーん?」
 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴんぽんぴんぽーん。
「うらやまけしからんヤツめっ! 俺も診てほしいぃぃ!」
「落ち着いてくれ。鍵はあるんだ」
 連打を始めたシドを押し留めつつ、フューリー・レッドライト(赤光・e33477)が鍵を開けた。
「お褒めに預かり光栄、だけどね」
 軽く苦笑しながら肩を竦め、翔子は部屋の中へと踏み入る。所詮は単身者向けのアパート、数歩進めば患者……というか患者のうずくまる布団の塊がすぐに見つかった。
 膝を折って極力目線を下げ、翔子は患者に声をかける。
「ドーモ女医さんです。……違ったケルベロスです」
 先程の勢いに流されたか。自分の言葉に首を振りつつ、彼女はこちらに向いた患者の視線を捕まえる。
「ケルベロス……?」
「そうなんだ。突然だけど、貴方は今、病魔に侵されている。治療が必要なんだがご同行頂けるかな」
「えぇ……? それはちょっと、面倒だなぁ……」
 活力が無い、というか目が死んでいる。その辺りの感触を翔子は探り当て……。
「それに、俺は別にこのままでも……」
「仕方ないね……お願いできる?」
「心得た」
 埒が明かないとばかりに振られた言葉に、後ろに控えていたタカ・スアーマ(はらぺこ守護騎士・e14830)が頷いた。
「ここは狭い。外に出てもらうぞ」
 そして容赦のない宣告と共に布団を剥ぎ取り、患者を肩に担ぐ。
「な、なんだよぅ。俺はここに居たいんだって――」
「ええい、甘ったれるな、覚悟を決めろ!」
 力無い抵抗に一喝しつつ、タカは窓の外へと身を踊らせた。
「……やれやれ」
 溜息を吐いて、翔子も窓に足をかける。
 眼下にあるのは駐車場。翼を広げたタカがゆっくりと着地したのを確認し、彼女もそこへと飛び降りた。

●闘病活動
「た、たーすけてぇー」
「往生際が悪いぞ、じたばたするんじゃない!」
 もぞもぞと蠢く患者を、適当な場所を見繕ったタカが下ろす。そこに追いついた翔子は、仲間達の様子を確かめて……。
「さて、施術を開始しよう」
 『病魔』を召喚した。現れたのは、予知通り、寝転んだ牛のような形をした個体だった。
「それでは、しばらく安全な場所に居てもらおう」
 病魔の抜けた青年をいち早く抱え、フューリーが一旦その場を抜ける。勿論、巻き添えを避けるための処置だが……。
「……ぐう」
 当の病魔は低く寝息を立てていた。とはいえ、よく見ればオーラ的なものが全身を包んでいる。一応戦闘態勢にはなっているのだろう。
「……やる気が感じられんな」
「食べてすぐ寝ると……ってやつ? 僕も気を付けないとダメかなぁ……」
 タカが鋼の輝きを味方に展開し、アルベルトは後方に位置取りしつつ銃を抜く。撃ち込まれた銃弾に病魔の巨体が震えるが、いまいち反応が薄いように窺える。
「効いてるよね……?」
「多分ね……これならどうかな?」
 応じつつ、翔子がボクスドラゴンのシロに指示を出す。主の放つ雷電と共に、吐き出されたブレスが敵を包んだ。
「Aaaaa戦闘行為も面倒だ。貴様。勝手に失せろ」
 蟹鋏のような形をした尻尾を鬱陶し気に振りつつ、ユグゴトもAphoom-Zhahで敵を冷気の只中に落とす。さっさと終わらせたいという意思が滲み出たその様は、敵の病魔と良い勝負かも知れない。
「これも、五月病?」
「恐らく、こっちは違うで御座ろう」
 念のため殺界を作り出しつつ首を傾げるヴィンセントに、フォートが答える。懐から出したその指には、複数の試験管が摘まれていた。
「とにかく、まずはこの病魔を祓うで御座るよ」
 放り投げられたそれが空中でぶつかり、飛び出した薬液が『混合薬の霞』を作り出す。味方の攻撃による影響もこれで補強されるはずだが――。
「あのオーラがちょっと邪魔だねぇ。破れるかな?」
 敵の纏う耐性の光を見越し、シドが破壊のルーンを描き出す。
「やってみる」
 それを受けたヴィンセントは、目を細めて狙いを定め、跳んだ。破剣の力を乗せて、『翼』の名を冠したエアシューズが病魔の腹を打ち抜く。
「っ!?」
 跳ね返り、転がるように、病魔の姿勢が崩れた。
「効果あり、か?」
 距離を取りつつ、ヴィンセントが敵の様子を窺う。寝返りを打っただけにも見えたが、敵にとってもやはり気に入らなかったのだろう、病魔はのっそりと体を起こし、太い前足を高く掲げた。
「ああ、そのようだ」
 そこにディフェンダーを担うタカが前進、間に割り込み、その重い一撃を手にしたグレイブで受け止めた。

 敵の攻撃のメインは、その四肢による攻撃だ。プレッシャーを伴うそれらに、タカのボクスドラゴン、プロトメサイアも含めた壁役が立ち塞がる。
「まだまだ、いけるよね?」
 励ましの言葉と共にオラトリオヴェールを展開。受ける負傷の影響は、こうして後衛のアルベルトが都度軽減していく。
 続く戦闘の中で、敵も妙なオーラを張り直してくるが……。
「そうはさせん」
 患者を逃がし、合流したフューリーが漆黒の大剣に力を乗せる。
「長引かせる気は無い。行くぞ」
 患者のためにも、速攻で終わらせる。その遺志に呼応し、剣は脈打つように赤く輝いた。
「良いね、俺もそれは同感」
 放たれるグラビティブレイクと共に、シドもオーラを放って追撃をかける。姿勢を崩す試みは成功。柔らかな敵の身体が地面に倒れて揺れる。
「……なんかモーレツに焼肉したくなってきた。ビール飲みたい」
「私の荷物に酒瓶が在る。解放し、耽溺するのにこの牛が邪魔」
 シドの呟きにユグゴトも唸る。翔子がそれらを呆れ気味に見つつ。
「いや、分からなくもないけどね……」
「もうちょっと待つで御座るよ」
 翠雨。清浄な恵みの雨が降り注ぐ中、一方のフォートが棘と化したブラックスライムを走らせた。

 フォートの積んできた毒、そして敵を拘束するようなヴィンセントの動きも実を結び始め、戦いは佳境に至る。
 ダメージからか、病魔がその場に倒れ込み……。
「Zzz……」
「……え、寝た?」
 目を丸くするシドの言うように、敵の身体の脱力具合が増している。
「っ……何だこのいびき、こちらまで眠く……!」
 おそらくはそれも攻撃の内なのだろう。微妙な足止め効果に、タカと、そして同列の翔子が耳を塞ぐ。
「見た目だけなら無害そうなんだけどねぇ……」
「オレが止める。畳み掛けよう」
 ヴィンセントの手により引き絞られ、解放された矢がその響きを阻止。攻撃から解放された二人も攻撃にかかる。
「病魔は病魔だ。患者のためにも消えてもらうよ」
 翔子の達人の一撃、そしてタカの戦術超鋼拳が敵の防御を剥がす。
「迫る死に怯え、その中で朽ち果てろ……!」
 そこに、暴風すらも巻き起こすフューリーの斬撃が見舞われ――。
「これでお終いかな? 楽しかったよ!」
 絶好の機を捕まえたアルベルトの銃弾が、病魔に最後の一撃を刻んだ。

●問診
 敵の消滅を確認し、ユグゴトが早速踵を返した。
「帰りたい。疲れた。憑かれた」
 酒瓶を手に退いていく彼女を見送って、翔子もまた溜息を一つ。
「とにかく役目は果たせたね。これで患者も完治してるはずだけど……」
 そうして様子を見るため、一同は避難させていた患者のところへ足を向ける。こちらの姿を視認したらしく、駆けよってきた青年の目には、無気力さとは正反対の光が宿っていた。
「皆さん、ありがとうございました。何だか身体が軽くなったみたいです!」
「効果覿面だねぇ! 良かった良かった」
「会社には、連絡を取っておいた。安心してほしい」
 感謝を口にする青年の様子に、アルベルトとヴィンセントが笑みを浮かべる。……が。
「色々とありがとうございます! そうですね、これで明日から……会社に……」
 言いつつ、青年の声が急速に萎んでいく。
「ど、どうしたんだ? どこか痛むか?」
「……まだ悩みがあるのか。言うだけ言ってみろ、少しは気が楽になるかも知れん」
 五月病は完治し、症状は消えた。だが、もう一歩み込んだ治療も必要か。それぞれにそう判断し、ヴィンセントとフューリーが続きを促す。
「大したことじゃないんですけど……仕事は中々慣れないし、このまま続けて行けるのかーとか考えちゃうんですよね。そうすると、休日が終わるのがほんとつらくって……」
 青年が俯いたまま、そうこぼす。
「でも働かないと、オレもお菓子……ご飯を食べられないし、必要なことだ……」
「それに、ずっとお休みだと何していいかわからなくなっちゃわない?」
「そうですよね……」
 ヴィンセントとアルベルトが、頭を掻きながらも頷く青年の様子を探る。本人も、情けないことを言っているという自覚はあるのだろう。
「あれだね、お腹減った後のごはんみたいに、たまにあるお休みの方が幸せ度合いも多いと思うんだよー」
 その辺りを見越したアルベルトがフォローを入れ、フューリーもそれに付け足す。
「そうだな、休みを満喫するのは大事だ。食事や外出……お前にも、趣味や楽しみは色々あるのだろう?」
 その間に、ヴィンセントはタカの方に目配せをする。腕組をして威圧的な雰囲気を醸し出していた彼も、それには頷いて。
「充実した土日を過ごせ。一日中寝てたりすると一瞬で月曜日を迎えるからな、土日も平日と同じように起きて行動すべしだ」
 先程タカに担ぎ出された経緯を持つ青年は、その言葉にどこか安心したように微笑んだ。
「……んー、それはそれで厳しいって顔してるね?」
「いや、そんなことは……!」
 そんな顔を覗き込んでアルベルトが言う。
「そうだ、お医者さんから診断は? 何かあるかな?」
 振り向いた所にはウィッチドクターが二人。これも患者の予後に繋がるか、とフォートがまず口を開いた。
「辛いのに対しては、頑張るのではなく踏ん張る、心を強く持つで御座る」
 ストレスを軽減する方法は、仲間達が既に言ってくれている。ゆえに彼が付け足したのは、それと向き合う方法だ。
「時間を捻出して、カウンセリングに行くのも手で御座るよ。
 最終手段に近いで御座るが、薬によっては驚くほど楽になるで御座るし、転職という手があることも忘れちゃダメで御座るよ」
 潰れないための処方箋を並べた後に、フォートは「そちらは?」といった具合に隣を見た。
「……いや、もう言う事なくない?」
 温かい言葉も、実利的な助言も先を越されてしまった、とシドが視線を受けて首を捻る。
「あー、でも20年ほど社会人やってきて悟ったことがあるよ。それは――」
 それは、人生の先輩としてかけるべき言葉。しっかりとタメを作り、シドはそれを舌に乗せた。
「――仕事がデキる男は女の子にモテる」
 親指を立てたその横顔は、防具効果も相まってやけに決まって見えたという。
「先生……!」
「ダイジョブ! 君ならやれる! ねっ!」
 自分のペースでがんばれと、そんな励ましを受け、青年は……。
「あの、先生……」
「ん? どうしたの」
 何かを思い出したようにして、辺りをそわそわと見回している。
「そういえば、『美人な女医さんの診察』は……」
「あー……この辺は禁煙だって聞いて、先に帰っちゃったよ」
「そ、そんな……!」
 大げさに肩を落とした青年に、シドは笑顔で、そしてタカが呆れるように溜息を吐いた。
「そんな事を気にする余裕があれば、もう大丈夫だろう。あとは今夜は早めに寝て、休み明けの朝のため、気合いをがっつり溜めておけ」
「はい……」
 こうして、もう一つの戦いも幕を下ろす。恐ろしい(?)病魔は去った。ケルベロス達の活躍によって、一人の青年が救われたのだ。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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