夜空を駆ける鯉のぼり乗り

作者:白黒ねねこ

●夢の中にて鯉のぼりは泳ぐ
 街の灯りが小さく見え、星に手が届きそうなほど高い所を、男の子は飛んでいた。
 男の子は一人で飛んでいるのではなく、大きな鯉のぼりに乗って飛んでいる。男の子は怖がらず、むしろ、大はしゃぎで楽しんでるようだ。
「すっげー! 飛ぶって楽しい!」
 キラキラとした目で景色を見る男の子と鯉のぼりの周りには、無人の鯉のぼりが集まり始めている。色とりどりの鯉のぼりの群れに、気が付いた男の子はさらに喜んだ。
 だから、気が付かなかった。前方から、同じように人が乗った鯉のぼりがこちらへ向かって来ていることに。
 周りの鯉のぼりがパッと離れたことで、男の子が前を向く。そこで、やっと気が付き、男の子は鯉のぼりの向きを変えようとするが、手遅れだった。
 鯉のぼりは正面からぶつかり、男の子は夜空へ放り出された、その瞬間。
「うわぁぁぁっ!?」
 男の子は跳ね起きた。肩で息をし、辺りを確認する。
「な、なんだ……夢かぁ」
 自分の部屋だとわかり、男の子が安堵の息を吐いたその時。ドスッと胸が大きな鍵に貫かれた。
「ふふ、あなたの『驚き』は新鮮で楽しいわ」
 闇の中に紛れた誰かは、楽しそうに笑う。
「私のモザイクは晴れないけれど、ね」
 鍵が引き抜かれ、男の子はベッドに倒れる。
 その真上、天井と男の子の間に鯉のぼりに乗った小人が浮かんでいた。

●空飛ぶ鯉のぼり乗りを退治せよ
「子供の夢ってのは、いろいろ唐突っすよねぇ」
 苦笑いを浮かべて黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)はケルベロス達を見た。
「ビックリする夢に、飛び起きた子供から『驚き』が奪われる事件が起こったす! 『驚き』を奪った第三の魔女・ケリュネイアは、すでに姿を消したみたいっすけど、奪われた『驚き』からドリームイーターが生まれ、事件を起こしそうっす。そうなる前に皆さんに退治して欲しいっす!」
 一礼したダンテは身振り手振りを交えて、説明を始めた。
「ドリームイーターは一体だけ。被害者の家の近所に向かえば、向こうから来るっすよ。ただ、驚かせた時に驚かなかった奴を優先的に狙ってくるっす」
 外見は鯉のぼりに乗った小人だと、ダンテは言う。
「驚かし方は、死角からの体当たりと体のどこかに柏の葉を貼り付けるの二つ。攻撃になると、二つのほかに鯉のぼりが氷を吐き出して、ぶつけてくるのが追加されるっす。深夜っすけど一応、街の中なんで人払いはした方がいいっすよ」
 説明を終えたダンテは、眉を寄せた。
「ビックリして起きたのに、怖い思いをしたままなんて、かわいそうっす。どうか助けてあげて欲しいっす!」
 そう言ってダンテは改めて、頭を下げたのだった。


参加者
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)
メーリス・サタリングデイ(希望の歌・e10499)
虹・藍(蒼穹の刃・e14133)
山内・源三郎(姜子牙・e24606)
ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)
アメリア・イアハッター(あの大空へ手を伸ばせば・e28934)
地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286)
カルマ・プレンダーガスト(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e35587)

■リプレイ

●鯉のぼりに乗ったいたずら者
 深夜零時を過ぎた頃、ケルベロス達とそのサーヴァント達が道の真ん中に集まっていた。道路を封鎖するように張られたキープアウトテープが、風に揺れている。
 各自装備したライトや設置式のライト、街灯のおかげでとても明るい。
「照明、足りたみたいね」
「うん。ちょっと多かったかなーって、思ったけど……こんなもんだよね」
 辺りの状況を確認した虹・藍(蒼穹の刃・e14133)とアメリア・イアハッター(あの大空へ手を伸ばせば・e28934)は頷き合った。
 ライトは自前の物を持ってきた者も居るが、大体がこの二人が持ってきた物だ。
 光源と視界の確保はバッチリだと二人が話す傍で、メーリス・サタリングデイ(希望の歌・e10499)が考え込んでいた。
「鯉のぼり……鯉…魚……おいしいのかな?」
「メーリスお姉さん、鯉のぼりは食べられないよ……?」
「魚の鯉は食べられるがのう、煮つけと洗いで、好みがわかれるがな」
 はっはっはと笑う山内・源三郎(姜子牙・e24606)を見上げ、地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286)は首を傾げた。
「んと、お爺さん? ……お兄さん?」
「ぜひ、お兄さんで」
 キランと効果音が付きそうな笑顔で源三郎は答える。その速さから心情は推して知るべし。
 ケルベロス達が思い思いに会話をしていたその時、少し遠くから声が聞こえてきた。
「パラリラで、ござるー!」
 幼い子供の様な声が通り過ぎる瞬間、ケルベロス達の体にベチンと何かが貼り付けられる音がした。ただ一部を除いて。
「のぉわっ!?」
 源三郎の腰に何かが衝突し、そのまま前のめりに倒れてしまった。衝突した何かはドリフトをする様にターンし、向き合う形で止まった。藍は辺りを警戒していたため、避ける事ができた。
「な、何が起こったんじゃ! いったい!?」
「ビックリしたでござるか?」
 クスクスと笑いながら問いかけてきたのは、鯉のぼりに乗った小人だった。
 折り紙の兜をかぶり、風呂敷マント姿の小人はそう、問いかけてくる。
「いたた……心臓が止まるかと思ったぞ!」
「ビ、ビックリしました……」
 腰をさする源三郎と後頭部に柏の葉をくっつけ、目を丸くした夏雪。
「うわ、何だこれ!?」
「いいなー! 本当に乗ってるー! 私も乗りたーい!」
 左肩に柏の葉を張り付けられたカルマ・プレンダーガスト(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e35587)に鯉のぼりに乗った小人を見て目を輝かせるアメリア。その近くで、ボディに柏の葉を張り付けられたライドキャリバーのエアハートが、ガタガタと慌てていた。
「何故この微妙な高さで空中移動!?」
 と、別の事に驚く藍。ちなみに、この鯉のぼりが浮遊している高さは、大人の腰の位置と同じくらいである。驚きを見せる者が居る一方で、驚かない者も居た。
「何のつもりだ?」
「お、驚かないんだよー!」
 自身とライドキャリバーの魂現拳に張り付けられた柏の葉を剥がしながら、首を傾げるヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)と多少ぐらついているがプクリと頬を膨らませるメーリスと、彼女に同調する様に大斧を背負ったテレビウムのホッピーが、怒った様に飛び跳ねていた。
「うわー、こんな所に鯉のぼりがー、しかもなんか乗ってる人いるしびっくりしたなー、もう」
 そう、湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)はノンブレスで言い切った。だがそのせいで、棒読み感が出てしまい、驚いているはずなのに、わざとらしく感じてしまう。
 驚かなかった者達の反応に小人は頬を膨らませ、柏の葉を手に持つとケルベロス達に向けてくる。
「ビックリしない輩は、成敗でござる! お覚悟ー!」
 柏の葉を振りかぶりながら、鯉のぼりに乗った小人はケルベロス達に襲いかかって来たのだった。

●爆走鯉のぼりの柏乱舞
 鯉のぼりに乗った小人は美緒へと向かって急接近すると、ビタンと右手に柏の葉を貼り付けた。剥がそうにも、思ったより粘着力が強く、なかなか剥がれない。
 慌てる彼女より前に出たのは、ヒエルだった。
『お前の攻撃は必ず当たる。これまで培ってきた経験が生きるはずだ』
 諭すような声色で言葉を発すると、彼の手足に纏ったオーラが広がり、仲間達を包み込んだ。オーラに触れていると、本当に当たると思える。いや、当てる事ができると頭に浮かんだ。
 魂現拳が鯉のぼりに乗った小人に突っ込む様に、スピンを繰り出すが相手の反応の方が速く、避けられてしまった。
「お返しです!」
 柏の葉は付いたままだが、美緒はギターの弦にピックをあてがう。
『速弾きは激しいだけじゃないんです!』
 速弾きによって生じた衝撃波の直撃を受けた、鯉のぼりに乗った小人は鯉のぼりごと、軽く後ろへ吹っ飛んだ。
「うー、やっぱり葉っぱが邪魔だなぁ」
 手に付いた柏の葉を恨めし気に見つめた。剥がれず、そのままで攻撃したが思った以上に邪魔だったらしい。
 その横を笑い声と共に源三郎が走り抜けていく。
「フハハハ! 腰の恨みじゃぁぁぁ! 年寄りの腰はデリケートなんじゃぞぉぉ!」
 等々、恨み言の様な何かを叫びながら跳躍、空中で回転しそのままキックを繰り出した。
「ハッハー、ぶっ飛びやがれ!」
「なぬ!?」
 鯉のぼりに乗った小人は素早く反応し、左にそれる事で避けた。避けた先ではメーリスが待ち受けていた。
「ホッピー、美緒さんを頼むよ」
 ホッピーが頷くのを確認したメーリスは掛け声と共に、回転アタックを鯉のぼりに乗った小人へと繰り出す。しかし、避けられてしまった。
 一方、ホッピーは美緒の元へ行くと、柏の葉を剥がそうとしている彼女を応援し始めた。
「いきます!」
 体の周りを漂う雪の様な物が輝きを増し、夏雪の全身が光の粒子へと変わっていく。その状態のまま鯉のぼりに乗った小人へと突撃するが、スルリと避けられてしまった。
「さて、退治されてもらうよ! 男の子が眠ったまんまじゃ、かわいそうだからね」
 言い切らないうちに、藍は鯉のぼりごと小人を蹴り上げる。その鯉のぼりの尻尾に小さな穴が開いた。宙を舞った鯉のぼりと小人を見て、アメリアは興奮気味に声を上げる。
「おー! 高く飛んだね。いいなー、私も飛びたいー」
 ハンマーを砲撃形態へ変形させ、ハイテンションのまま構える。
「だから、私にも乗らせろー!」
「重量オーバーでござるぅぅぅ! お断りするでござるぅぅぅ!」
 鯉のぼりにしがみつき、落ちながら小人はお断りしている。ケチーと言いながら、落ちてくる鯉のぼりと小人に砲撃を浴びせた。
 もう一度、舞い上げられた鯉のぼりと小人は地面に激突はしないものの、地面すれすれの位置から再び浮遊を始めた。
「エアハート! 焼き魚にしちゃいなさい!」
 相棒の一声に、エアハートはエンジンをうならせ、炎を纏ったまま突撃した。その突撃は避けられてしまったが。
「援護するぜ!」
 カルマの手のひらから放たれた、ドラゴンの幻影が鯉のぼりに乗った小人に襲いかかる。これもまた避けられてしまった。
 意外と素早い鯉のぼりに乗った小人は、その後もケルベロス達を翻弄し、大暴れした。
「危ない!」
「ありがとう、ヒエルお兄さん」
 夏雪を庇ったヒエルの額にビタンと柏の葉が張り付けられたり。
「ぶつかり御免でござるぅぅぅ!」
「うひゃあ!? い、意外と威力ある!?」
「おーい、大丈夫か!」
 仲間を庇ったメーリスを、カルマが治療したり。
「うわわわっ!?」
「おい! 何を大声出しとるんじゃ! ビックリするじゃろうが!」
「それは、こっちのセリフだ、爺さん!」
 仲間の驚きの声に、源三郎いが大声を出し、その声に驚いたカルマがツッコミを入れた。
「爺さんではない、お兄さんじゃ!」
「え、気にするとこ、そこか!?」
 等々、やり取りをしつつ、ケルベロス達とサーヴァント達は攻撃を続けていく。少しずつだが鯉のぼりに乗った小人を追い詰めていった。
 一進一退の攻防の末、ついに鯉のぼりの尻尾が大きく裂けた。

●儚く消えた鯉のぼり乗り
 尻尾を見た小人は驚き、ぐぬぬと歯嚙みした。裂けた尻尾には氷の塊が付いて、垂れ下がっている。そのせいか、飛び方も不安定で小人の方もボロボロだ。
 翻弄していたはずなのに、追い詰められていた。その事実に小人は頬を膨らませた。その瞬間、鯉のぼりに乗った小人は粉雪の中に閉じ込められる。
『ごめんね……』
 申し訳なさそうな夏雪の声が響き、激しさを増す粉雪。粉雪から解放される頃には、鯉のぼりに乗った小人はさらにボロボロになっていた。あと、もう少しで倒せそうだ。
『貴方の心臓に、楔を』
 藍の指先から虹色光沢の弾丸が連続で打ち出される。それは小人の心臓や鯉のぼりに、楔の様に撃ち込まれた。小人は苦しげに、声を上げる。
「ま、参ったで、ござる……」
 限界を迎えた小人と鯉のぼりは、端から砂になって消えていった。

●覚めても続く、空の夢
 戦闘が終わり、アメリアと美緒は藍を連れて男の子の元へとやって来ていた。男の子の部屋のベランダに集まった三人は、声を潜めて話している。
「いきなり来て驚かせないかしら?」
「大丈夫だって、こそっと様子、見ればいいんだし」
「そーっと行って、帰ってくれば……」
「……お姉さん達……誰?」
 カラカラとガラス戸を開けた男の子が、三人を見つめていた。寝ぼけた様な顔をしているが、どこも異常は無い様だ。
 男の子の様子に三人はほっと息を吐いた。
「もしかして……泥棒?」
「ち、違うよー!」
 怪しむ男の子に慌てて、三人は理由を話した。自分が眠ったままになっていたと、聞いて男の子は不思議そうな顔をした。
「うーん? 一回起きたのは覚えてるけど……よくわかんないや、空を飛ぶ夢を見てた様な?」
「あ、君、空飛ぶことに興味有る?」
「うん! 俺、空を飛ぶのが夢なんだ!」
 アメリアの問いかけに、男の子は嬉々として話し始める。そして、残りの二人も巻き込んでしばらくの間、空と夢について話していたのだった。

 一方、三人を男の子の元へ送り出し、残った面々は戦場の後片付けをしていた。
 ふと、柏の葉をはがしながらヒエルは、己の子供の頃の事を思い出す。感慨にふけりながらも苦笑いをした。
「子供の頃はよくヤンチャをしたものだ……いや、今もそう変わらないか」
 呟いたその時、クイクイと袖を引かれてそちらを見ると夏雪が居た。
「どうした?」
「あのですね、孤児院で飾りっぱなしになっている鯉のぼりを、そろそろお片付けしないとですね……? こうやって化けて出てきちゃいます……!」
 微笑みながら言うのだから、冗談だとわかる。その様子に胸が暖かくなり、頷いて頭を撫でていた。
 夢の話を終えた三人が帰って来るまで、後、少し。

作者:白黒ねねこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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