梅雨の使者

作者:あかつき

●彼女の悲劇
「まだ気持ち悪い……!!」
 彼女は、石鹸をこれでもかと泡だてながら、手を洗う。
 それは30分ほど前の話。彼女は休日の部活の後、部室を掃除していた。中学二年生の彼女はバスケ部に所属しており、その日は部室の掃除当番だったのだ。綺麗好きの彼女は、部室の隅々まで掃除した。そして、ロッカーの裏に落ちていたビブスを取ろうとした時、触ってしまったのだ。
「ナメクジなんて、嫌いっ!!」
 それはそれは、巨大なナメクジを。彼女の感覚で言えば、親指くらいはあった。ぬるっとして、冷たくて。彼女はその瞬間悲鳴をあげて、部室を飛び出し近くの水道に飛びついた。
 そして、今に至る。
「やだもうっ……ほんと……」
 涙目で手を洗い続ける彼女だが、その言葉を最後に廊下に崩れ落ちた。その胸に突き刺さっているのは、大きな鍵。
 鍵を持つ女性、第六の魔女・ステュムパロスは、笑う。
「あはは、私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 そして、彼女の横に人間大で胴のあたりがモザイクとなり、手の生えたナメクジの怪物が現れた。
「にゅる……」
 ナメクジは、どこにあるのだか判然としない口で、そう言った。

●そろそろナメクジの季節です
「みんなは苦手なものはあるか? ナメクジが嫌いな人は、結構いるんじゃないだろうか。その見た目もさることながら、触感、それから野菜を食べてしまう点においても、好かれる要素はあまり無い」
 雪村・葵(ウェアライダーのヘリオライダー・en0249)が、集まったケルベロス達に説明を始める。
「今回は、苦手なものへの『嫌悪』を奪って作られたドリームイーターが、事件を起こすらしい。『嫌悪』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようだが、生み出されたドリームイーターはこの後人々を襲い始める。このナメクジ怪物型ドリームイーターによる被害が出る前に、撃破してきて欲しい。このナメクジを倒すことが出来れば、『嫌悪』を奪われた被害者も目を覚ますだろう」
 敵のドリームイーターは一体のみ。場所は部室から少し行ったところにある水道の近くだ。このドリームイーターはぬるぬるした粘液を出したり飛ばしたり、それから手に持った鍵で殴りかかってきたりする。ドリームイーター本体もなかなかにぬるぬるしているが、素手で攻撃した時少し気持ち悪いというだけで特に害は無く、特別防御力が高いという事もない。
「生理的に嫌なものは誰にでもあるだろうが、それを奪ってドリームイーターにするのは許されざる事だ。何より気持ち悪いしな。是非、撃破してきてくれ」
 葵はそう言って、ケルベロス達を送り出した。


参加者
ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)
鈴木・犬太郎(超人・e05685)
淡島・死狼(シニガミヘッズ・e16447)
東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)
弓曳・天鵞絨(イミテイションオートマタ・e20370)
鵜飼・海咲(粉砕アンカーガール・e21756)
バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)

■リプレイ

●見た目がちょっと
 夕日が窓の外から差し込む。休日というだけあり、校舎にいる生徒や教師の数は少ないが、それでも、居るには居る。
「ここは危険でございます!」
 途中、ちらりと覗いた教室に残ったいた数人に、弓曳・天鵞絨(イミテイションオートマタ・e20370)が叫ぶ。
「このあたりは危ないから、近寄らないで」
 淡島・死狼(シニガミヘッズ・e16447)も一緒に教室を覗いては、人を見かけるたびに声をかけていく。最初は何事かと顔を見合わせる生徒達であったが、ケルベロス達のただならぬ様子に、いそいそと鞄を持ち、教室を後にしていく。
「今、バスケ部の部室付近は危険なので、近づかないようにしてくださいね!」
 同じく鵜飼・海咲(粉砕アンカーガール・e21756)も避難を促していく。

 橙色に照らされる廊下を先行する残る5人のケルベロス達。そして、彼らの視線の先に、異様な物体の逆光に照らされた影。
「…………大丈夫。なめくじ嫌いもだいぶ克服した……大丈夫……」
 そののっぺりしたシルエットにバジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)はぶつぶつ呟きながら、一般人が立ち入らないよう殺気を放つ。ついでに、被害者の女子中学生が倒れているところも確認したが、ドリームイーターからは結構離れた場所に倒れていたため、この場で戦闘を始めても安全だろう。
「ぬるぬる、にゅめにゅめ、いや〜ですねー」
 近づくにつれ、はっきりとしてくる表皮のぬるぬるした質感に、リフィルディード・ラクシュエル(集弾刀攻・e25284)が心底嫌そうな顔をする。
「にゅるにゅる、にゅるにゅる、にゅるるーんでござるか」
 ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)が呟きながら、簒奪者の鎌を構えた。
 武器の射程にまで近づいたケルベロス達に気付いたのか、人間大ナメクジ型ドリームイーターはゆっくりと振り返る。胸元のモザイク、何故か生えた両手。予知通りの姿に、遠目に見つめていたバジルがひっ、と小さく悲鳴を上げた。
「ナメクジ型のドリームイーターなんて、また変なものを作りましたね」
 東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)も、なんだか嫌そうな顔をしてそう言う。
「嫌悪ってのは案外厄介な感情だよな。わかるけど。でもだからって、俺たちはケルベロスだ……。そんな事も言っていられない」
 そして、鈴木・犬太郎(超人・e05685)は人間大ナメクジ型ドリームイーターに、ヒーロースレイヤーの切っ先を向ける。
「相手はドリームイーター……今回も敵をぶっ飛ばすだけだ!」
 威勢良く、そして熱く言い放つ犬太郎。その瞳には、めらめら燃える闘志が宿る。
「まぁ、放っておいて一般人の目に触れたら、一生忘れられなさそうですから、早めに私たちで退治してしまった方がいいでしょうね」
 私もあんまり見たくはないですし、と呟く菜々乃。
 その時、ナメクジ型ドリームイーターが動き出した。具体的な動きとしては、両手を振り回し始めたのだ。
「にゅるーーーにゅるーーーーー」
「あ、キモっ」
 その姿を見て、リフィルディードは思わず漏らした。
「避難、終わりましたよ!」
 そこへ、避難誘導の終わった海咲が駆けてくる。その後ろには、同じく避難誘導を行なっていた天鵞絨と死狼。
 合流したケルベロス達は、改めてドリームイーターに対峙する。
「…………ナメクジに腕があったとは、天鵞絨も知らなかったでございます」
 人気の無くなった廊下に念のためキープアウトテープを貼りながら、天鵞絨が一言。
「普通は生えてないわよ! 生えてる分少しましかと思ってたけど……全然ましじゃないわ!!」
 悲鳴まじりにツッコミを入れるのはバジル。
「な、なんで手が生えてるんですか?!」
 ドリームイーターを指差して、美咲が叫ぶ。その横では、サーヴァントのウイングキャット、アドミラルが飛びながら威嚇の姿勢を取っている。
 普通のナメクジも嫌なのに、この大きさ、そして手。気持ち悪さは軽減されるどころか、倍増だった。
 不可解な動きを続けるドリームイーターを、ケルベロス達は囲むようにじりじりと隊形を変えていく。
 まずは逃さないように。そして、気持ち悪いし早めに倒す。ケルベロス達に共通する意識は、そんなところ。
「普通のナメクジで一番大きいものだと、どのくらいになるのでしょうか……」
 現実逃避するように、菜々乃が呟く。しかし、世界最大級のナメクジはヨーロッパにいるアッシースラッグという種類のナメクジで、最大で30センチくらいらしい、という事を知っている奇特なケルベロスは、この場に一人も居なかった。
「何にしろ、梅雨の使者として来てくれた所すまないけれど、早々に退場してもらおうか」
 死狼がブラックスライムを手に、告げる。
「拙者はナメクジは特に何ともない派故……とはいえ、直接触るのはちょっと嫌でござるな」
 ラプチャーは簒奪者の鎌を手に、うんうんと頷きながら、ドリームイーターに向き合い、そして。
「そんな訳でござるから、とっとと倒すでござるよ!」
 床を蹴り、駆け出す。こうして、人間大ナメクジ型ドリームイーターとケルベロスの戦いの幕は、切って落とされた。

●質感もアウト
「行くでござる!」
 そう言って、ラプチャーは簒奪者の鎌を投げた。触っても問題ないと解ってはいるが、それでも触りたくないというのが人情というもの。
 投げつけた簒奪者の鎌は、くるくると回転しながらドリームイーターを切り裂き、そしてまた回転しながらラプチャーの手に戻る。戻って来た鎌を手にしたラプチャーは、嫌そうな顔をした。
「…………なんか心持ちぬるぬるするでござる」
「ぬるぬるもぬめぬめもびしょびしょも嫌ですね」
 菜々乃は爆破スイッチを押し込んでメタリックバーストを、サーヴァントのプリンは遠距離からキャットリングでドリームイーターに攻撃を加えていく。
「にゅるぅ」
 ラプチャーとプリンの攻撃を受けたドリームイーターは、ぬるりと少し、溶けた。
「武器は後で洗うとして……、塩が無くても溶けるのですね」
 となると、塩をかけるともっと溶けるのだろうか。それともドリームイーターだから溶けないのだろうか。天鵞絨は、取り敢えず試してみようと用意してきた塩を握りしめ、走る。
 気合いとともに、重力を乗せた蹴りを放つ、その前に。
「てやぁっ!」
 舞う塩は、あたかも力士の土俵入りの時の塩撒きのように。きらきらと夕日に照らされる塩は、ダイヤモンドダストのように輝いていた。
「にゅるっ!」
 永遠にも思える一瞬の後、掌いっぱいの塩はドリームイーターの顔面にびしゃっと満遍なくかかり、その上からスターゲイザーが直撃した。
 キュイッ、と音をさせて床に着地した天鵞絨。
「…………にゅるぅ」
 しかし、ドリームイーターは彼女の期待したような溶け方はしていなかった。
「残念……」
 落胆に、天鵞絨は少ししゅんとした。
「多少溶けてもドリームイーターはドリームイーターって事か。塩が効かねぇとしても、ケルベロスが消滅させてやる!」
 そう言って、死狼はブラックスライムを纏わせた腕を、前に突き出す。
「僕は……俺は自分を抑えない!」
「にゅるにゅるにゅるにゅー」
 何か言っているらしいが、誰一人ナメクジ語はわからないので内容は不明だ。しかし、わかろうがわかるまいがやるべきことはただ一つ。
「捕食するのも気が進まねぇが、行くぞ!」
 死狼の掛け声とともに、ぐわっとブラックスライムが大きく口を開けた。
「にゅー!」
 ぱくり、とドリームイーターはブラックスライムに食べられた。しかし。
「にゅる」
 ドリームイーターは、ブラックスライムを振り払い、手に持つ鍵を振り回した。その瞬間粘液が飛び散り始める。
「誰一人、倒させねぇ!!」
 ドリームイーターの身体から飛び散った粘液と仲間の間に、犬太郎が走りこむ。
「くっ……ふざけた見た目をしていても、やっぱりドリームイーターなだけあるなっ!」
 幸いなことに液体は殆ど水のようなもので、粘度は然程高くなかった。粘液なだけに、全く粘つかないとは言えないが。
「なめくじ、こっちです!」
 まだ粘液を撒き散らし続けているドリームイーターに、海咲は叫ぶ。その声に反応し、ドリームイーターの粘液は海咲の方へと集中した。
「びしゃびしゃで気持ち悪いですぅ……」
 粘液の飛び散りが止んだ中、海咲は膝をつく。ダメージは然程では無いにしろ、気持ち悪さはなかなかなものだった。ましてや、出所はあのでっかいナメクジである。
 海咲に、サーヴァントであるアドミラルが回復を施している間に。
「回復は任せて!」
 犬太郎の回復を、と思ったらしいバジルの声が、何やら少し遠いところから聞こえてくる。
「本当になめくじ、嫌いなんだな」
 思わず犬太郎が呟いた。
「こっ、克服したわよ! だいぶ! いえ、少しは! 違うわ、若干!!」
 何やら発言が大分弱気になってきているが、それでも頑張ってじりじりとドリームイーターの方へと近づきながら、犬太郎にステルスリーフを。
「弾丸……効くんですかね? こいつ」
 そこまででは無いと聞いていたけれど、とリフィルディードは首を傾げながら、桜蘭を構える。そして、間髪入れずに照準を合わせた。
「でかいナメクジ、気持ち悪い、ですっ!!」
 半ば駄目元、濡れてるからと言って表面をぬるりと弾丸が滑っていくなんて事は、きっとない。リフィルディードは、素早く弾丸を射出する。
「にゅっ」
 リフィルディードの撃った弾は、ぐにゃりとしたなめくじの表皮にずぶりと埋もれ、その穴からなんだかぬるぬるした液体が漏れ出した。ちゃんと効果はあったし、滑っていく事もなかったが、気持ち悪さは増した。
「取り敢えず、さっさと倒しちゃいましょうね」
 かなり気持ち悪いなぁ、と思いながら、菜々乃が、ぽつりと呟く。

●ぬるぬるの終焉
「やられっぱなし、なんてのは、格好がつかねぇよなっ!」
 犬太郎が吠えるように叫ぶ。やられた分をやり返すと意気込み、駆ける。
「山吹、橙、藍、紫、翡翠、群青、真紅、仇なす者を染めるは七の獄炎!」
 七色の光に彩られた犬太郎の拳が、ドリームイーターを殴り飛ばす。にゅるーん、と微妙に伸びながら、ドリームイーターは床から離れて飛んでいく。
「こっち飛んできたですっ! 嫌、ですっっ!!!」
 殴り飛ばされ、飛んで行った先は海咲の方向。彼女は、渾身の蹴りを放った。そして、ドリームイーターはピンボールのように飛んでいく。その先には。
「あ、そっちに飛んでいくでござるよ」
 ラプチャーの警告も、時すでに遅し。
「にゃめくじはらめなの〜!!!!」
 バジルは自分の方に猛烈な勢いで飛んできたドリームイーターに泣き叫びながら、細切れになるまでそのぬとぬとした身体を切り刻んだ。
 びちっ、びちっ、と小刻みに動きながら、そこらに散らばる人間大ナメクジ型ドリームイーターの欠けら。
「これ……食べるでござろうか……」
 自分の召喚できる触手たちを思い浮かべ、ラプチャーはぽつりと呟く。
「食べちゃえたら、片付けも楽だと思いますけど」
 そういう死狼の手には、ブラックスライム。この残骸を片付けなければならないのは、少し、いや結構、嫌かもしれない。
「嫌な気もするが……片付けないとな。いっそ焼いてみるか?」
 固い意志の滲んだ声で言う犬太郎の目の前で、残骸がにゅるりと溶けて、液体になった。
「あ、溶けましたね」
 ナメクジ避けになるかと思い、塩を手にしゃがみ込んだ菜々乃が言う。
「もうただの液体なんで、大事でございますよ」
「ひ、ひゃい……」
 天鵞絨にぽんぽん、と励ますように肩を叩かれ、蹲って泣いていたバジルは、顔を上げる。
「…………泣いてなんか、無いんだからね」
 なんでもなかった風を装い、周辺のヒールに取り掛かるバジルを、ケルベロス達は生暖かく見守る。
「そういえば、先には着替えてきちゃっても良いですか?」
 そう言って、海咲は運悪くびしょびしょになったままの服を摘む。
「風邪ひいちゃうと、困るでござるよ」
 その肩にさり気なくケルベロスコートをかけるラプチャー。その横顔は、なんだかものすごくお兄ちゃん臭がした。
「ありがとうございますっ!」
 海咲から向けられるのは、爽やかな笑顔。こういうのも、たまには良いかもしれない。
 濡れた上に所々凹んだ床をヒールで治し、それから。
「ナメクジにはカフェインが効くって聞いたでございますが、どうなのでしょうか?」
 そう言いながら、天鵞絨はコーヒー殼を探してうろつくが、中学校にはそんなもの置いてなかった。
「岩の後ろとか隙間とかによくいるんですよね。怖い怖い」
 リフィルディードは、水道の隙間を覗きながら、自分の腕をさする。
 ナメクジの有無を確認してから、女子中学生を助け起こす。
「ナメクジ……ナメクジ、もう、いないですか……?」
 そう尋ねる彼女に、バジルは輝くような笑顔で頷いた。
「ええ、大丈夫よ」
「良かった……」
 安堵の表情で頭を下げ、その場を去る女子中学生の背中を見送ってから、ケルベロス達はその場を後にする。

 取り敢えず、濡れていようがいまいがなんとなく気持ち悪いのは間違いない。話し合いの結果、銭湯に寄ってから帰ろうという事になり、全員で銭湯に向かっていく。
 夕闇迫る黄昏時、彼らの胸にあった思いは、事件が無事終わった安堵と、もう暫くナメクジは見たく無いかなぁ、という思いだったかも知れないが……だがしかし。
 恐ろしい事に、ナメクジシーズンの本番は、これからである。

作者:あかつき 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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