五月病事件~新米アニマルテイマー

作者:蘇我真

「もうヤダ、疲れたし臭いし懐いてくれないし……仕事行きたくない」
 イヌ、ネコ、キリン……彼女の部屋は動物のぬいぐるみで溢れていた。
「動物園の飼育員が、こんなに大変だなんて思わなかったよ……」
 ベッドにダイブして、ヒツジの枕に顔をうずめる彼女は今年から動物園に就職した新米飼育員だった。
「やっぱり好きなものを仕事にするって、リスクあるんだなぁ……好きなものまで嫌いになっちゃいそう」
 そうこぼして、ベッドの上でだらだらする。
「インフルエンザってことで、もう少し休んどこ……」
 どこまでも無気力な彼女。それもそのはず、彼女には病魔がとりついているのだった。

「動物園の飼育員というのは人気の職業で、狭き門なんだそうだ」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は残念そうにかぶりを振る。
「そのような職につけても、五月病という名の病魔に侵されると、仕事に行きたくなくなってしまうのだな……」
 瞬の言葉通り、今回の敵は五月病の病魔だ。
 ゴールデンウィークも終わり、世間では五月病が大流行していた。
 ジゼル・クラウンをはじめ、多くのケルベロスの方が調査した所、五月病の病魔が大量に発生している事が判明したのだ。
「今回は新米飼育員である患者、松島育から五月病の病魔を取り除いてやってほしい」
 五月病の病魔にとりつかれると、ダラダラとして家に引きこもってしまう。直接死ぬことはないものの、仕事や学校に行かなくなるため、いずれは経済的に死んでしまうことにもなりかねない。
「五月病の病魔は社会のシステムを破壊する、放置してはいけない恐ろしい病魔だ。どうか討伐に力を貸してくれ」
 そう告げて、瞬は患者について詳しい説明を続けていく。
「五月病の病魔に侵されている人は、会社や学校に行かず部屋に閉じこもっている。だが意識はあるので普通に家を訪ねれば会う事ができるだろう。もし居留守を使われた場合は緊急措置として鍵を壊して踏み込んでくれ」
 人命にかかわることだ。壊したドアは戦闘後にヒールしておけばいいだろうと瞬は補足する。
「患者に接触した後は、パーティーにウィッチドクターがいれば、患者から病魔を引き離して戦闘を行う事が可能だ。もしウィッチドクターがいない場合も、その地域の医療機関に協力しているケルベロスのウィッチドクターが臨時に手伝いをしてくれる手筈になっている。特に心配はないだろう」
 編成の有利不利はないと瞬は念を押した。
「次に標的である五月病の病魔だが……枕を小脇に抱えたパジャマ姿、ふわもこで羊のような髪の毛をしているのが特徴だな。見た目はゆるふわな感じだが、気を抜いてはいけない。枕を盾のように掲げたり、炎を生み出して攻撃してきたするようだ」
 そのあどけない容姿から侮れば、苦戦することだろう。気を引き締めてほしいと瞬は付け足す。
「患者の松島育はアフリカの小動物や爬虫類の飼育を担当しているらしい。ぬいぐるみの趣味からして哺乳類が好きなのに、カメレオンといった爬虫類を担当させられたり、ゴールデンウィークは働きづめで燃え尽きてしまったというあたりも、五月病の病魔がとりつく隙になってしまったのかもしれないな」
 理想と現実のギャップが作り出す、新米最初の壁。
「この壁を乗り越える手助けを、ぜひしてやってほしい」
 瞬はケルベロスたちへと頭を下げるのだった。


参加者
牡丹屋・潤(カシミール・e04743)
黒江・カルナ(黒猫輪舞・e04859)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
小鞠・景(冱てる霄・e15332)
スライ・カナタ(彷徨う魔眼・e25682)
霞ヶ浦・みなも(微睡む羊・e28498)
天原・俊輝(偽りの銀・e28879)
十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)

■リプレイ

●築かれる信頼
「オラァ! ちんたらサボってんじゃねえっ!」
 玄関のドアが蹴破られて、流石の育も仰天した。
「ヒエッ、す、すいませんタカさん、今ちょっと持病のインフルエンザでですね!」
「インフルは持病じゃねえだろ! それに誰だよタカさんって。俺は十六夜って名前があるんだよ」
 ヤクザキックでドアを破壊したままの姿勢でメンチを切る十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)。粗野っぽく見えるが、ちゃんと名乗ってるあたり礼儀はわきまえていたりする。
「似たような風に怒る仕事場の先輩っていうか、超こわい上司っていうか……トカゲの気持ちになって行動しろって無理ですよね?」
 今回の任務とは特に関係ない愚痴をこぼしはじめる育。霞ヶ浦・みなも(微睡む羊・e28498)がにっこりと、しかし有無を言わせない笑顔を浮かべて告げる。
「混乱してるのはわかるっすけど、ちょっと大人しくしてて下さいっすね? 正義の味方ケルベロスが難病の治療に参りましたからね、っと」

「なあ」
 寡黙にしてあまり多くを語らなそうな男であるスライ・カナタ(彷徨う魔眼・e25682)が珍しく口を開く。
「これは傍目から見ると、不審者ではないのか」
 住宅街を歩くケルベロス御一行。みなもの肩の上では育がベッドごと担ぎあげられていた。
「説明すればわかって頂けるとは思うのですが、あの受け答えを見る限り、話が長くなったり脱線しそうでしたから」
 黒江・カルナ(黒猫輪舞・e04859)も同意する。怪力無双を使ってベッドごと移動するには玄関は狭すぎたので、裏口から回って外へと出して……今に至る。
「女の子なのに力持ちだねー。自分で歩かなくっていいの、楽ちんだなー」
 育はといえば、ベッドの上でパジャマ姿のまま能天気な声を上げていた。
「まあ、本人が嫌がってないですし、いい、のでしょうか……」
 淡々と呟く小鞠・景(冱てる霄・e15332)だが、その表情には戸惑いの色が見える。
「普通ならもっと騒ぎ立てると思うのですが……」
「病魔のせいだと思いますよ。やる気が無くて、怒ったり驚いたりとか、そういうエネルギーを使う感情が長くは持たないのではないかと」
 牡丹屋・潤(カシミール・e04743)がウィッチドクターとしての推論を出す。
「そのスズメフクロウかわいいね」
 一方、育は潤の頭上に鎮座している梟に興味を示したようだ。
「……!! ええ、そうでしょう。先生はかわい、いた、あいたーっ!」
 褒められて笑顔を浮かべようとした潤だが、梟が彼の髪の毛をついばみ、引っ張った。
「……えっと、大丈夫?」
「は、はい、いつものこと、ですから。でもすごい、やっぱりプロですね。梟の品種を一目で当てるなんて」
「そ、そうかな? 小さいころから動物の図鑑とか読んでたからかな~」
 照れくさそうに頭をかく育だが、ふと思い出したように皆へ尋ねる。
「ところで、どこに向かってるの?」
「治療に適した土地っすよ……あそこっすね」
 スマホとにらめっこしていたみなもが顔を上げる。
 その視線の先には、公園があった。『球技禁止』『騒音禁止』『犬の散歩禁止』などと張り紙がベタベタ貼られており、遊具もなくベンチが隅っこに置いてある。
 そして出入口は、キープアウトテープで封鎖されていた。
「お待ちしていました」
 公園内にいた天原・俊輝(偽りの銀・e28879)が、自分で張ったテープをまたぐようにして出迎える。
「人払いは、完了しています」
「一般人の立ち入りを禁止するテープ、か……んなもん無くてもこのなんもできねえ公園には誰も寄りつかねえかもな」
 何もない、あるのは緑だけの公園を見渡してぼんやりとつぶやく刃鉄。
「なんもできねーなら、不良のたまり場になるぐらいだろ」
「でも戦うにはとってもいい場所でしょ? 見つけたわたしを褒めてほしいんだよ」
 同じく公園で待っていた火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)が大きな胸を張る。ミミックのタカラバコも、自慢するように何度も口を開閉させていた。
「ええ、ひなみくさんは頼りになります」
 至極真面目な顔で言い切る景に、ひなみくは照れくさそうに頭を掻いた。
「……えへへ~」
「照れるんなら最初から要求するんじゃねーよ」
「もー、十六夜くんはツンデレだな~」
「誰がいつデレたんだっ!」
「……ふふっ」
 ケルベロスたちのやり取りを見て、育が笑みを漏らす。
「ここに来るまでいろいろ説明してもらって、最初は強引だったし、まあよくわかんないこともありましたけど……みんな、いいひとだってことだけはわかりました」
 ベッドの上で三つ指ついて、ケルベロスたちへと頭を下げるのだった。
「私にできることなら協力します、どーか私を治してくださいっ!」

●いじらしげな羊
「痛くないのですよー」
 潤は育の顔をぺたぺたと触ると、首の後ろ、ぼんのくぼあたりへと手を回す。
「そこです!」
 掛け声と共に腕を引く。
「うにゅ~」
 育の身体から、奇妙な鳴き声の病魔が引きずり出された。パジャマ姿でふわもとかつ羊のような髪の毛と角が特徴的だった。
「こいつが、病魔……?」
「松島さん、失礼します」
 それまでより、やや意識がしっかりした様子の育を俊輝が抱き上げる。
「ふぁっ!? え、ええっ!?」
 お姫様抱っこに赤面する育だが、俊輝は構わず公園を抜け、戦場外へと運んでいく。
「作戦通り、少しの間俊輝様は離脱しますが……皆様、大丈夫ですね?」
 確認するカルナに、ケルベロスたちは病魔を囲うように展開しつつ、頷いた。
「悪しき病は、吹き飛ばしてしまいましょう」
 宣言して、カルナは無貌の従属を解き放つ。
「い、嫌なことを思い出させないでにょー!」
 攻撃を食らい何かトラウマを思い出したのだろう。奇妙な語尾と共にのたうちまわる病魔。
「叫び出したくなるあの記憶は、全部忘れるにょ!」
 病魔は枕をシールドのように掲げると、そこに顔を埋めてジタバタとする。回復する身体の傷と、張り巡らされる絶対的なシールド。
「同じゆるふわカテゴリとして許せん! 成敗なんだよ!」
 病魔と同じカテゴリに属するらしいひなみくは、怒りと共にグラビティの矢をつがえる。その矢が向かう先は病魔ではなく、刃鉄だった。
「ぬおっ!?」
 見事、刃鉄の後頭部に矢が突き刺さる。それは攻撃ではなく、祝福の矢だ。
「声かけろや、いきなり後ろから撃たれたらビビるだろっ!」
「ごめん! でも十六夜くん、お願いね~」
 ツッコミを入れる刃鉄。身体に漲る破剣の力。
「ったく、しょうがねえな。ブン殴ってやるよ、ひなみくの分までなっ!!」
「にょっ!?」
 拳を警戒して顔面をガードする病魔だが、刃鉄の狙いは最初からローキックだった。
「しゃおらぁっ!」
 刃のような鋭さの蹴りが張り巡られた防壁を貫き、膝の裏、ひかがみを打ち据える。神経が痺れ、片膝をつく病魔。
「同じ羊族として妙な親近感に、幼女に語尾、あざとい可愛さ……モモ、しょっぱなから全力でいくっすよ!」
「!!」
 羊のウェアライダーであるみなもは、自らのサーヴァントであるモモと同時に攻撃をしかける。
「強敵め……くらえっす!」
 みなもが跳躍すると、彼女の背後でテレビウムの画面が明滅し、まばゆい閃光を放つ。
「うにょっ!!」
 激しい逆光でみなもの姿を見られない病魔。その顔面に星の力を込めた飛び蹴りが炸裂した。
「痛いにょ、たんこぶできちゃったにょ!」
「病魔を見るのは久しぶりだが……良く分からん、コイツらはいったいなんだ」
 泣きわめく病魔を見て、スライは思わず半眼になる。
 みなもの攻撃も下手をすれば一撃で致命傷になるほどだが、それをたんこぶ程度で済ませていることから強敵であることは確かだ。
 だが、強敵と対峙しているという手ごたえは感じられない。
「……やる事は変わらないが……やる気の無い敵はやりにくい」
 どっちにしろ、倒すことには変わらない。刃のような鋭い蹴りが、病魔のもう片方の足を刈っていく。
「もー! 痛いって言ってるにょにー! ジンギスカンになっちゃえー!!」
 病魔が怒るのと同時に、炎の渦が出現する。その炎は一直線にみなもとへと向かう。
「ええっ、焼かれるのは自分自身にしてほしいっす……」
「そんなことはさせません」
 割って入ったのは景だった。ゾディアックソードで炎の渦を受け止めると、足元の聖域から噴出する星の力で炎を弱めていく。
「…………っ」
 肌を焼くのは炎、情熱の赤。景が過ぎ去りし時のどこかに置き忘れてきた色だ。
「お手伝い、します……だから、当ててください……!」
 業火にその身が焼けても、たちどころに治っていく。
 潤による淫魔の甘言。離れているのに、まるで耳元でささやかれているような錯覚に陥る。
 景の身体に活力が戻り、炎の渦を押し戻していく。
「くっ……! もっと火力をあげるにょ!」
 更なる力を込める病魔だが、そこに新たな後押しが加わる。
「届け、届け、音にも聞け。癒せ、癒せ、目にも見よ」
「お待たせしました」
 ひなみくの四翼の祝福と、育を避難させて戻ってきた俊輝のヒールドローンだ。
 ビハインドの美雨がポルターガイストで足止めしている隙に眼鏡を外し、箍を外したように疾走すると炎を生じた蹴りで病魔の髪を燃やす。
「熱つ、熱っ! ジンギスカンになっちゃうにょ!」
 頭へと手をやる病魔。わきの下、横腹があらわになる。
「……見えた。そこがお前の死だな」
 スライは病魔を一番効率良く壊せる一点をそこに見い出した。見えた死の線をなぞるように竜槌を振るう。
「もっとやる気のある相手の方がやりやすいな」
 強烈な横薙ぎの一撃を受けた病魔は吹き飛ばされ、公園隅のベンチを破壊して止まる。粉々に砕け散ったベンチの後に、ぐったりと倒れた病魔の全身がうっすらと透けていく。
 そして、そのまま当たりの景色と同化するように、消えていくのだった。

●さよなら五月
「なんか、やる気は出たんだけど……行きたくないなあ」
 行きに来た道を、今度は逆に戻っている一行。育は裸足ながらも、ちゃんと自らの足で歩いている。持ってきたベッドはみなもが担ぎ、家に戻した後は壊した扉もヒールする予定だ。
「そのあたりは、大丈夫だと思いますよ」
 景は淡々と告げ、スライを見る。
「一応、事情だけは軽く説明しておいた」
 スライを含め、皆動物園や周囲の住民といった関係各所へのフォローに回っていた。被害者である育を社会復帰できるよう、事前の根回しをしていたのだ。
「た、タカさん、怒ってました?」
「お名前は伺わなかったですが、電話口に出た年配の男性は育坊を治してやってくれと心配しておりましたよ」
 カルナの返事を聞いて、育は震えあがった。
「タ、タカさんです、きっとそれ! 心配、してくれてたんだ……」
「職場としても気遣ってケアしてあげて欲しいっす……って伝えといたっすよ」
 みなもの頼みに、職場の男性はわかりましたと答えたという。
「ついでに将来はもこもこさせてやれよって言っといたぜ。希望が通るのは下積み終わったら、って返されちまったけどよ」
 肩を竦める刃鉄に、育は笑って感謝する。
「あはは……みんなありがとう! でも、ずる休みしまくってたし、顔、出しづらいっていうか……」
「まだ不安なら、私たちも職場までついていきましょうか?」
 それでも申し訳なさそうな育を見かねて、景がそう提案する。
「ケルベロスが同行したほうが説得力もありますし、私も別にそれで構いませんよ」
 俊輝も同意するが、育はゆっくりとかぶりを振る。
「……いえ、お気持ちは嬉しいですけど、大丈夫です。あとは自分で、なんとかしなくちゃ」
 そう決意する育の目には、それまで見られなかったやる気の光が灯されていた。
「私も、心を得たからこその苦難に挫けかけた事はあります……だけど、苦は楽の種とも成り得るもの。乗越えれば、楽しい事や幸せな事も待っている筈です――勿論、動物達も」
 カルナは満足そうに口元を歪め、そう告げた。
「あのねあのね、動物さんを育てるってとっても大変だと思うんだよ」
 ひなみくは自身のミミックを胸に抱く。
「わたしもタカラバコちゃんのお世話、大変……でもでも! タカラバコちゃんが嬉しいって思ってくれたら嬉しいし! それはきっと、爬虫類も哺乳類も変わりないと思うんだよ! だから、育さんも頑張ってほしいんだよ!」
「夢に向かって進む時は壁も立ちふさがります。全ての社会人は何度も通るものです。そこで挫けるかどうかは、あなた次第ですよ」
 俊輝も育の背中を押した。
「も、もうちょっと踏ん張ってみます! トカゲの気持ちとか、まだわかんないですけど……!」
 拳をぐっと握って宣言する育。もう大丈夫そうだ。
 それの様子を見て、潤はとある相談を持ち掛ける。
「あの……松島さん、動物の飼育員さんならわかります? 僕、先生に嫌われているのでしょうか……」
 しゅんとうつむきがちな様子の潤。その頭にはまたスズメフクロウが乗っていた。先生という自らの名を呼ばれて「ぶっぽー」と鳴いている。
「そんなことないですよ。嫌いな相手には近づこうとしないですし、そんなふうに頭の上で幸せそうにくつろいだりしません」
「本当ですか……!」
 喜びのあまり、勢いよく頭を上げる潤。落ちかけた梟は慌てて潤の髪の毛をついばむ。
「あいたーっ!」
 住宅街に潤の叫びが木霊する。続くケルベロスたちの笑い声。
 とりあえず、五月と共に五月病の病魔騒ぎも収束していくのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。