武者が来る

■リプレイ

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「丑三つ時に現れる、動く具足かあ。何とも都市伝説っぽくて、雰囲気があるじゃないか」
　輸送ヘリのキャビン。深い海色の髪の娘が薄く笑った。春風駘蕩たるところのある娘で、名を豊田・姶玖亜（ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077）という。
　と、姶玖亜の笑みが苦笑に変わった。機内通話が無線につながっている可能性に気づいたのだ。もしかするとヘリオライダーに聞かれているかもしれなかった。
「って、不謹慎だったかな？　さて、大雷が落ちる前に仕事にかかろうか」
「具足……？」
　白く煌く玲瓏たる若者が首を傾げた。シャドウエルフたる彼――セルリアン・エクレール（スターリヴォア・e01686）は具足という言葉に馴染みが薄かったのだ。
「ひとりでに動く具足？　英語風に言うとリビングアーマーかしらね」
　猫を思わせるアーモンド型の瞳の少女がいった。幻想的な紫髪紫瞳が特徴的な美少女で、名を黎泉寺・紫織（ウェアライダーの鹵獲術士・e27269）という。
　するとセルリアンは小さくうなずいた。
「ああ、甲冑の事ね。あれって単独で動いたら怖くない？」
「確かに怖いな」
　月光で織り成したような煌く銀髪を揺らし、冷然たる相貌の少年がうなずいた。
「動く甲冑……彷徨う鎧ということかな。中身がないのに動くのは怖い話の定番な気がするけれど、この時期の丑三つ時なら怪談にもちょうど良いうすら寒さかもしれない」
　少年――エルム・ユークリッド（夜に融ける炎・e14095）は窓外に目をむけた。すでに空は暗い。

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　明滅する街灯が時折闇を白く染める。それがかえって不気味であった。
「戦場を慕う武者、ですか…。戦場で亡くなった幽霊、とかとは違うのでしょうか？」
　明滅する光に少女の顔がうかびあがった。銀の髪に彩られた優しげな美貌。整いすぎているのは彼女がレプリカントであるためかもしれない。
「悪霊……でしょうか……」
　少女――アーニャ・シュネールイーツ（時の理を壊す者・e16895）に別の少女が問いかけた。無垢という言葉の似合う、十歳にも満たぬ清らかな少女である。これは名を荊・綺華（エウカリスティカ・e19440）といった。
「さあな」
　ラズェ・ストラング（青の迫撃・e25336）という名の若者が切って捨てるようにこたえた。
「悪霊であれ悪魔であれどうでもかまわない。無辜の民を傷つける者があるなら戦うのみだ」
　かつてラズェの故郷はデウスエクスに滅ぼされた。そのような悲劇は二度と起こさない。起こさせない。それがラズェの覚悟であり、決意であった。
「そうですね」
　綺華は静かにうなずいた。
「鎮めてあげるのも……わたしたちの……役目です……」
「……鎮める、か」
　八人めのケルベロスが笑った。牙をむいた獰猛な笑みだ。が、目はぼんやりと遠くを見ている。
「要は殴りとばせばいいんだろ」
　随分乱暴な言い様。が、この九十九折・かだん（殉食・e18614）という名の娘がいうと否といえなくなるのはどうしたわけだろう。
　ただ、くすりと紫織のみ笑った。
「どうやって動いているのか、面白そうよね」

　幾ばくか後。
　闇の街路に声が流れた。女のものだ。
「ここでは……中身のない鎧が……ひとりでに動くと聞くです……」
　幼い声である。こたえる声は娘のものであった。
「私も聞いたことがあるぜ。鉄と鉄を打ち鳴らせば現れるんだろ」
　その時、消えていた街灯が点った。その光に浮かび上がったのは綺華とかだんである。二人はすばやく周囲に視線をはしらせた。異常はない。
「昔の戦で……亡くなった方の……亡霊でしょうか……」
「そうかもな。鉄と鉄を打ち鳴らす音。合戦の合図がああいう音だったのかもな」
「どうにか鎮めて……あげたいです……」
　哀れみのこもった声で綺華はいった。本心である。彼女は信心深く、また慈悲深いプリーストであった。
　が、この場合、かだんは口元に小さな笑みを刻ませた。
「鎮める、か。が、そいつが望んでいるか、どうか。もしかするといまだに戦さ場に焦がれているのかもしれない。だから面白半分で呼ばれると怒んのかもな。まあ、怒った武者と、現代人は戦えるのか。試してみたい気持ちはあるぜ」
　そういうと、かだんは手にもった鉄棒を打ち鳴らした。澄んだ冷たい音が闇に響く。
　がちゃり。
　重い金属が地をうつ音が響いたのは、それからしばらくしてのことであった。
　がちゃり。がちゃり。
　闇に音が響く。そして、それは綺華とかだんに近寄りつつあった。
「……現れたですね」
　振り向いた綺華は闇を透かし見た。点滅する光に一瞬異様なものが浮かび上がる。
　鎧武者だ。が、人間がまとっているのではない。兜の内には何もなかった。ただ闇がつまっている。目にあたる箇所には青い鬼火が二つ燃えていた。
　狂おしき闇を舞台に、美しくも残酷な悪夢が、幕をあける。
「来たな」
　セルリアンの身から悽愴の殺気が放たれた。

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　しゃあん。
　闇に鋭い音が響いた。鎧武者――ドリームイーターが抜刀したのである。
　刹那、闇から六つの人影が飛び出した。待機していたケルベロスたちである。
　三人が前に立った。鎧武者を半ば取り囲む形で立ち位置を取ると、彼らは慎重に彼我との間合いを推し量る。敵が動きを止めたのを機に、綺華は天に祈りを捧げた。
「天におられる……わたしたちの父よ……み名が聖と……されますように……」
　天から光が注がれた。すると英霊から放たれる加護の光である。
　ライトの光に照らされた鎧武者は戦に長けているらしい。ケルベロスたちの行動は至って慎重だ。守りを固め、決してこちらのペースを乱さぬ戦いを堅持する。闇に鳥は啼かず、押し殺した戦の息遣いだけが響いた。
「さぁて、状況開始だッ！」
　静を破り、動いたのはラズェだった。地を滑り接近。そして跳躍。亜音速をしぼりだした疾駆により、彼の足は摩擦熱で赤熱化した。
「ぬんっ」
　炎の尾をひいてラズェは蹴りを放った。が――。
　鎧武者は左掌のみでラズェの蹴りを受け止めた。はじく。咄嗟に空で回転したラズェが地に舞い降りる。
　すると何事もなかったかのように鎧武者が足を踏み出した。そしてラズェに向けて太く長い刃をつ刀をふるった。
　風を切る鋭い音に、金属がぶつかる音、骨肉が砕ける音が混じる。一拍遅れて、おびただしい血があたりに飛び散った。
　ひしゃげたバトルガントレットを見遣って、かだんは「ひゅう」と口笛を吹いて感嘆してみせる。大振りの一手の隙を突き、間合いに飛び込む心算だったが、そう簡単にことを運ばせてくれる相手ではないらしい。
　次手のために刃を鞘におさめた鎧武者の動きにあわせて、セルリアンは距離を詰めた。身体ごとぶつかる勢いで突進すると、彼は体重を乗せた打撃を鎧武者の兜に打ち込んだ。
　撲殺釘打法。釘の生えたエクスカリバールで敵を打ちのめす剛の業である。
「なるほど。硬い」
　跳び退いたセルリアンがごちた。彼の手は衝撃に痺れてしまっている。
「この前は鎧飾りと戦ったな……なにか縁でもできてしまってたのだろうか？　甲冑は頑丈、野太刀による攻撃……狙うなら相手の攻撃終了後の硬直とかかなぁ。隙間を狙いつつ、鎧を剥がせるかどうか試していくとしよう」
　と、エルムは息を止めた。流麗な刃紋が闇を抱いて妖しくきらめく。
　その時、ウイングキャット――ロウジーがにゃあと鳴いた。すると幻であったかのようにエルムの姿が消失。次の瞬間、鎧武者に肉薄する位置に現出した彼は敵の死角を捉え、腹にためた力を裂帛の気合と共に吐き出し、下方ら刃を薙ぎあげた。
　その太刀筋は正確で鋭い。しかし半歩及ばず、切っ先は回避を試みた鎧武者の鎧に亀裂を刻むにとどまった。
　赤と黒。
　それはまさに、薔薇と影の色の世界だった。
　その紅黒の色彩の中になかにあってもなお美しくアーニャはバスターライフルをかまえた。鎧武者をポイント。銃口から光が迸りでた。
　鎧武者の片腕に着弾。しかし、腕の一振りで光弾ははじきとばされた。
　次の瞬間、鎧武者の腰から白光が噴いた。目にもとまらぬ一閃。抜刀術である。
　その暴威を正面から防いだのはウイングキャット――ばすてとさまであった。翼を広げ、鎧武者の刃を受け止める。凄まじい覚悟だ。が、その代償は大きく、重い衝撃はばすてとさまの肉体を容赦なく破壊した。
「こいつは驚いた。最近の具足は夜のお散歩が趣味らしい。持ち主は、夜討ち朝駆けで名を馳せてたのかな？」
　素早く移動し終えた姶玖亜は嘲弄するように軽口をたたいた。すでにその手にはセレスティアル・ベル――リボルバー銃が握られている。魔法のような手並みであった。
「しかし、こんな時間にレディを狙うのはいただけない。出会いを求めるんなら、もっと賑やかな時間に来るといい」
　セレスティアル・ベルが吼えた。マズルフラッシュが闇を裂き、疾る熱弾が鎧武者の甲冑の隙間を穿った。
「へぇ、刀を使うのね。それは……野太刀、だったかしら。ちゃんと扱えるのかしらね」
　同じく紫織は軽口をたたいた。満面に笑みをうかべ。が、その瞳には冷たい殺気がゆらめいていた。
　そう。微笑みは、紫織にとって道化の仮面であった。家族をデウスエクスに殺された時から、彼女は復讐の鬼と化していた。
「大地の精霊よ、彼の者を束縛せよ」
　紫織は唱えた。それは精霊魔法のトリガーボイスだ。地からのびた砂の蔓が鎧武者の足にからみついた。

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　動けぬ今が好機。
　そう判断した姶玖亜は符を手にした。それは紋様配合による魔術回路である。半透明の超越存在である御業が現出し、弾丸状の炎を放った。
　着弾。炸裂した炎が鎧武者を包み込んだ。が、鎧武者がたじろぐことはなかった。
「硬いようだから燃やしてみたんだけれど」
　探るように姶玖亜が目を細めた。
　刹那である。蔓を断ち切り、鎧武者が踏み込んだ。同時に鎧武者は刃を一閃させた。
　あまりにも重い横薙ぎの斬撃。衝撃にケルベロスたちが吹き飛んだ。地に叩きつけられた時、彼らは血まみれの肉塊と化していた。全員腹を裂かれ、腹圧におされた内蔵を傷からはみださせている。
　さすがにアーニャは顔色を変えた。もし鎧武者の攻撃力を低下させていなかったらケルベロスたちの身は両断されていたはずだ。
　アーニャはグラビティを発動させた。顕現座標軸を仲間に固定。魔術的方法で傷を再生した。
　が、まだだ。すぐさまアーニャは同じグラビティを発動。魔術的治療を行う。その手が視認不可能な速度で動いた。
「さがって！」
　紫織が叫んだ。そして書物を開いた。デウスエクスから奪った魔術知識を記述した、呪われし禁断の書物を。
「あなたに悪夢を。……ところで、粘液まみれの甲冑って、誰得なのかしら」
　紫織が詠唱すると、混沌の門が開き、緑色の粘菌が現出した。反射的に鎧武者が刃をふるう。が、断ち切れるものではない。粘菌が鎧武者に襲いかかった。
　悪夢も悪夢を見るのだろうか。鎧武者が苦悶した。さらにナハト――ボクスドラゴンがブレスを浴びせかけた。
「さらば、断頭」
　空に舞ったかだんが脚を振り下ろした。地獄化させた足を一時的に変質させ、規格外の破壊力をはらませた蹴撃だ。およそ人の成しえる蹴りとは思えない衝撃が鎧武者の首に炸裂、甲冑を砕いた。のみならず、その破壊の余波は地すら吹き飛ばした。
　その時だ。ラズェの目がぎらりと光った。
「しゃあ」
　鋭い呼気とともにラズェは刃をふるった。
　誰かを傷つける存在。いまはまだその手は汚れていないのかもしれないが、だからといって見逃すことはできなかった。
　真空の刃が鎧武者めがけて疾る。それは鋼を超える硬度をもつ敵の装甲を難なく切り裂き、傷口を広げた。溢れた色濃い奔流が闇をさらに黒々と染める。
　それだけの怪我を負ったというのに、鎧武者の目はさらに青く燃えていた。いまだ戦意は喪失してはいない。
　その鬼火のような目の奥に宿るの狂気なのだろうか。ライトに照らし出された顔をめがけ、飛鳥のように空を舞いながらエルムは思った。
　理由なき狂気。獣にすら理はあるというのに、眼前の敵の狂気はあまりに無垢にすぎる。
　その狂気を砕くべく、エルムは蹴りを放った。流星の煌きと破壊力を秘めた蹴りだ。蹴撃のあまりの凄まじさに、たまらず鎧武者が身をのけぞらせた。
　刹那、白光が流れた。体勢を崩しつつ放った鎧武者の一閃だ。蹴りの衝撃を利用してエルムは跳んだが、避けるには間に合わない。太ももをざっくりと断ち切られた。脚が半ば千切れかけている。
「まだ、それだけの力が――」
　綺華の中で何かがはじけた。それは怒りか憐憫か。
　次の瞬間、綺華の手に銃が現出した。少女の身にはあまるほと巨大な多銃身銃――対デウスエクス用に調整された巨大なガトリングガンだ。
　さらに次の瞬間、ガトリングガンが吼えた。無数のマズルフラッシュが闇を砕き、銃声が世界を震わせる。怒涛のように唸り飛ぶ無数の弾丸が鎧武者を穿った。砕かれた鎧の破片が飛び散る。が、それでも――。
　踏みとどまった鎧武者は斬撃を放った。エルムの業を真似たような地摺りの一撃が逆袈裟に疾る。闇に綺華の鮮血が散った。
「すごい執念だな。なら、その執念ごと微塵に砕いてやる」
　セルリアンは魔術を発動させた。現出した光陣は魔法円だ。それが次々に変化する。高速で違う魔術をセルリアンは発動させているのだった。
　通常、そのような魔法の発動は不可能であった。が、セルリアンは天才はそれを可能とした。
　滅天。変換鎖状構成を応用した秘術であった。
「気紛れの載録　煩悶の鉄杭　喪われた物語　虚偽の万象　旅の終焉　偽典の系譜よ　世界の輪廻を断ち切れ！」
　セルリアンが叫んだ。すると重なり合っていた魔法がそれぞれを触媒とし、一気に爆発した。破壊の嵐と化した魔力が鎧武者を飲み込む。
　小太陽を思わる閃光が、やがて消えた。後には何も残ってはいない。まるで朝の訪れとともに去りゆく悪夢のように。

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　揺り起こされ、若者は目を開いた。眼前に大きな胸の少女が立っている。手には缶コーヒーを持っていた。アー二ャだ。
「あなたは悪夢にとりつかれていたのです」
　アーニャが若者の身に起こったことを説明した。さすがに若者には声もない。するとセルリアンが口を開いた。
「早く帰った方がいい。そのままじゃ風邪をひく」
「そして、もうやばいものには近づかないことだ」
　ラズェが口からタバコをはなした。そして、ふうと紫煙を吐く。
「触らぬ神に祟りなしとは言ったもんだが、曰く付きのもんにゃ近寄るべきじゃねぇ」

作者：紫村雪乃	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年5月30日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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