アパートの一室に、巨大豆大福が現れた。
「うう……」
豆大福の正体は、ウシ柄のブランケットを羽織って丸まった、大学一年生の女の子。
「……大学行きたくない」
原因は、思い描いていたキャンパスライフと、現実とのギャップ。
勧誘を受けて入ったサークルにも馴染めず、かといって、講義に出るためだけに大学に行くのもつまらない。気づけば部屋にこもり、食っちゃ寝を繰り返す日々。もうウシになりそう。……実際は巨大豆大福だが。
しかし、である。こうも精神が不健全な状態では、学業に打ち込む事などできない。だから、休むと言う自分の決断は正しい。
「休養も戦いのうち……!」
そうして女子大生は、豆大福生活を続行する。
ゴールデンウィークというか五月も大分過ぎたが、五月病は未だ猛威を振るっている。
「ここのところ発生が続いている五月病の病魔ですが、新たな一体が発見されました。皆さんには、これを食い止めて欲しいのです」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)によれば、五月病の病魔に侵されている女子大生は、大学にも行かず部屋に閉じこもってしまっている。
普通の五月病同様、意識は普通にあるので、部屋を訪ねれば会う事は可能だ。
相手は無気力だが、仮に居留守を使われたとしても、鍵などをどうにかこうにかして踏み込んでしまって構わない。
「女子大生に接触した後は、ウィッチドクターの力で女子大生から病魔を引き剥がし、撃退してください。今回の五月病の病魔は、ウシ型です」
鼻ちょうちんをシャボン玉の如く飛ばしてくるが、この破裂に巻き込まれると、やる気が削がれてしまう。
また、伸縮自在の尻尾に捕まると気力を失って動けなくなり、独特のいびきには催眠効果があるという。
「病魔を何とかすればとりあえずは元に戻るはずですが、そもそもの原因が女子大生自身にあるのも事実。なので、病魔を退治した後は、何かしらアドバイスをしてあげると、元気になってくれるかもしれませんね」
参加者 | |
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シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447) |
ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995) |
フェリシティ・エンデ(シュフティ・e20342) |
成瀬・涙(死に損ない・e20411) |
レティシア・アークライト(月燈・e22396) |
キャロライン・アイスドール(スティールメイデン・e27717) |
紺崎・英賀(自称普通の地球人・e29007) |
神無月・佐祐理(機械鎧の半身・e35450) |
●扉を開けに
ケルベロス達は、神無月・佐祐理(機械鎧の半身・e35450)の手引きで、女子大生のアパートの大家さんの元を訪れていた。事情を説明するフェリシティ・エンデ(シュフティ・e20342)達。
「……大事な、住人さん……俺たちがきっと、守るから……協力、して」
ケルベロスだと明かされた事に加え、成瀬・涙(死に損ない・e20411)にそう訴えられては、大家さんも断るわけにはいかなかったようだ。
無事、鍵を借りることに成功し、一路、女子大生の部屋を目指す。
「休養も戦いのウチ、とはいいますが、私は1年休学してますし、これはちょっといくら何でも休みすぎ、ですね。自分の場合は、大怪我、でですけど」
そう言って佐祐理は、レプリカントの両脚と右腕を示した。
「それに比べれば、今回はなんともまぁ気の抜ける相手だね。こんな日は私も一緒に寝たいところだけど……まぁそうも言ってられないか」
「私も働きたくない、と思うことはありますから、気持ちはわからないでもないですが……」
シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)やレティシア・アークライト(月燈・e22396)もどこかほのぼのしてしまうくらい、今日の天気は穏やかだった。こんな日が続けば、確かに鋭気が失われてしまうかもしれない。
もっとも、それが病魔の仕業というのなら、ケルベロスの出番だ。
「紺崎さん、ウィッチドクターの力、頼りにしてるよ」
「う、うん。任せておいて」
シェイにそう答えつつも、紺崎・英賀(自称普通の地球人・e29007)は、内心ちょっぴり不安だった。
(「言ってなかったけど……訓練以外で病魔を喚ぶのは初めてなんだよな……上手くいかなかったらどうしよう」)
そうこうするうちに、レティシアが女子大生の部屋のドアをノックした。
返答はなかったが、気配はある。なので、自分達がケルベロスである事や、今の状態が病魔の仕業である事を説明していく。
「でも何より、私は貴女が素敵な女の子だと聞いて会いに来たのです。良ければ、少しだけドアを開けてくださいませんか?」
だが、ラブフェロモンを使ったレティシアの問いかけにも、声が返って来る事はなかった。
●天岩戸作戦、もしくは雪の女王連れ出し作戦
「理想と現実が違うこと結構多いって言うけど、もうちょっと頑張ってみようよ? だってほら、夢のキャンパスライフだよっ! 諦めるにはまだ早いって」
フェリシティが訴えかける後ろでは、キャロライン・アイスドール(スティールメイデン・e27717)が邪魔にならない程度に、ギターを奏でている。若干漂うミュージカル風味。
しかし、日本神話でも天岩戸に閉じこもったアマテラスを宴的な何やかんやで外に招いたという話もあったりするので、ある意味、由緒正しいやり方かもしれない。
すると。
「……お待たせしました……」
しばしして、ドアが開き、件の女子大生が姿を見せた。ケルベロスだと素直に明かした事が、功を奏したのであろう。なかなか出てこなかったのはただ単に、のそのそと移動して時間がかかっただけのようだ。現に今も半分豆大福。
「け、ケルベロスさんなんですか……? 私が病魔に……?」
「はい。こんなに素敵な子が家で牛になっているなんて、もったいなくて放っておけません。一緒に外に出ましょう?」
とびきりの笑顔でレティシアが言うと、女子大生は悩まし気に眉を寄せた。
「事情はわかりましたけど、ここで何とかなりませんかねえ」
「……でも、ちょっと……」
涙が、言葉を濁した。肩のウイングキャット、スノーベルも困ったように「みゃあ」と鳴く。もっとも、元々口数の少ない涙でなくても、口をつぐんでしまう状況だった。
何せ女子大生の部屋は散らかっていて、とてもどったんばったんできそうにはなかったのだから。
できれば広い場所で……と言われ、女子大生は何とか外を出る事を了承してくれた。もっとも、頑として動かないようであれば、豆大福のままの輸送も辞さない覚悟であったが。
そうして、佐祐理や涙があらかじめ見つけておいた空地へと連れていく。が、
「そのブランケットは手放さないんだね……」
「恐縮です」
シェイの言葉通り、女子大生は豆大福モード継続中だった。
空き地では、ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)が待っていた。緑茶とどうぶつ型のビスケットをたしなみながら。
「うまく行ったようですね……おや……これは牛ですね」
他の仲間が女子大生を連れ出してくれることを信じて、ロベリアは周囲の人払いと、キープアウトテープによる封鎖を行っていたのだ。
お陰で、準備は万端である。皆が見守る中、英賀は病魔の召喚を試みた。
「せ、施術開始……」
内心の動揺を隠し、ウィッチドクターとしての技を振るう英賀。
すると、女子大生の体から、黒のウシが顕現する。
「やった!」
病魔の召喚成功に、思わず歓声を上げる英賀。
しかし、本番はこれからだ!
「見てお分かりとは思いますが、危ないので安全な場所まで離れていてください」
「はい凄く離れます」
ロベリアに促され、すたたーっ、と避難する女子大生。ここに至ってはさすがに機敏であった。
●怠惰の化身、あらわる
「もー」
どっしり構えているウシ病魔へと、シェイが降魔の拳を繰り出した。
今回の布陣は、敵の行動阻害の厄介さを見越して、癒し手多め。シェイは、攻めの要なのだ。
打撃を受けても平然としたままのウシだったが、レティシアに触れられた途端、弾き飛ばされた。優雅な所作で繰り出された技は、鎧をも破壊するものとは思えぬ。
ゴロンと地面に転がったウシに、ロベリアの砲撃が容赦なく着弾していく。通常より火薬と威力マシマシ。
更に、ウシの体が大きく揺らぐ。佐祐理が、竜のブレスにも似た光の奔流を浴びせたからだ。
さすがにこりゃいかんと思ったか、ウシが回避行動をとり始めた。しかし、フェリシティの放った矢は、容赦なくウシを追いかける……。
「もー」
のたのた。
「もー……」
「……ちょっとは避ける気出そうよ!」
フェリシティの持ち味であるすばしっこさも、宝の持ち腐れである。
「きゅー」
ボクスドラゴンのそば粉も同意するように鳴くと、ぶわー、とウシの顔面にブレスを浴びせかける。
「もー」
ウシが鬱陶し気に、尻尾を振るう……が、スノーベルのリングに縛られ、思うように威力が出せない。
その間に、涙の周囲にえんじ色の炎が舞う。しかしそれは、ウシを焼き上げるのではなく、あくまで味方を鼓舞するものだ。
その一方で、キャロラインが照射したエネルギー光線は、しっかりウシの肉を焦がす……と言っても、元々黒いけど。
ウシを襲うのは、熱やエネルギーだけではなかった。
英賀は、ドクターにして忍者である。その技は氷を編み、ウシの体を凍り付かせる。
そうして、次々とグラビティを浴びても、ウシ病魔はあまりこたえているようには見えない。
「ぶもー……ぶもー……」
挙句に、いびきをかく始末。しかし、それはただのご近所迷惑ではない。
その証拠に、近くにいたケルベロス達は、次々と催眠状態に陥っていくではないか。
なんとか催眠の影響を振り切って、シェイの得物が、鋭い軌跡を描く。そのたびに、血の代わりに黒い塵めいたものが吹きあがる。
「今のうちに回復を」
シェイに任され、涙が視線で了承を表した。翼を大きく広げ、うつむく仲間達をオーロラが包んだ。同時に、キャロラインが、生きることの罪を肯定した歌を紡ぐ。それらは、仲間の傷を癒し、ウシの力をはねのける。
テンションを取り戻したレティシアの攻性植物に縛られたウシを、ウイングキャットのルーチェが思うさまひっかく。
「ぶもー」
フェリシティの服の中から、おもちゃ箱の如く零れ落ちるアレやコレに足を取られ、ウシが転倒した。その場でじたばた。
そこへキャロラインの奏でる曲が響き、ウシをおののかせる。何せ、前進を謳う歌だ。五月病のウシの最も嫌うところである。
するとウシが、虫でも追い払うように、無造作に尻尾を振った。瞬時に何倍にも伸びた尾は、鞭のように空気を切り裂いた。被害にあったのは、近くにいたフェリシティだ。
「痛ー! なんでこんな時だけ素早いの!?」
伸びた尾を払うように、解体ナイフを振るう英賀。その鮮やかなナイフさばきは、もはや施術、というより料理、という方がふさわしく見えた。
それを見ていた佐祐理は思った。現場に到着した時に感じた、一歩間違えると解体屋のようだ、という感想は間違っていなかった、と。
そんな佐祐理が手をかざすと、黒太陽が現れた。降り注ぐ光で、ウシのボディに刻まれた『臨時休業』という文字が、漆黒に塗りこめられていく。そうなれば、もはやビジュアル的にはただのウシだ。
「臨時と言わずに、このまま閉店してください」
ロベリアのとめどない砲撃が、ウシの体を凍結させると、ウシは霧散消滅したのだった。
●五月病にさよなら
周囲のヒールを終える頃、女子大生が戻って来た。
「このたびは皆さんにご迷惑をおかけしてしまいなんと言えばいいか」
「大丈夫、新学期で心身疲労してるところに病魔に付け込まれただけです」
頭を下げる女子大生を、佐祐理がなだめる。
「無理に頑張らなくてもいいのです。たまにはのんびり立ち止まるのもいいでしょう」
「そう、誰だってこの時期は怠くなるものさ。ちょっと長い休みを取ったと思うくらいがちょうど良いよ。きっとね」
焦る必要はない、と穏やかに告げるロベリアとシェイ。
「ですが、それも長引くと動けなくなってしまいます。一呼吸おいてよく周りを見てみて。きっと貴女と気が合う人だっているはず」
「取り敢えずさ、隣の席の子とかに話しかけてみよ? お友達の第一歩! ほらほら恥ずかしがらずに挑戦! 五月病なんて吹っ飛ばせー!」
レティシアやフェリシティは、そうアドバイスする。
「有り難いお言葉の数々。でも、そんな簡単にいきますかねえ」
「……んん、馴染めない……とか、みんな一緒。仲良くしよ、とか……はっきり、言ってもいいよ」
「僕もぼっちな新人ケルベロスだけど……やっと依頼で馴染めるようになったよ。コツは頼れる人や仲のいい人を見つけることだよ」
涙や英賀の実感のこもった言葉に、女子大生の顔から不安が薄らいだように見えた。イケメン達の説得パワー。
「でもまあ、急ぐ必要はありません。今日ぐらい休んでも、取り返しは出来ますって!」
なおも自信なさげな女子大生を、佐祐理が励ました。
「それでは最後に、そんなあなたにこの曲を贈ります」
キャロラインがフェスティバルオーラを放つと、即席のライブステージを作り出す。
その準備を手伝ったら、レジャーシートを敷き、観賞モードのロベリア。
「聞いてください、『本日、臨時休業。』」
本当は女子大生を誘い出すためのものだったけれど、応援歌にもってこいだと思ったのだ。
『今日はなんだか 気分が優れない まあ気分が優れる 日なんてないけど 会社になんていきたくない 仕事カバン投げ出し 走り出すよ』
わかる。
『仕事だけで終わる 人生なんてつまらない 恋に遊びに 全力投球 なんにもしないで 家でゴロゴロもいいね! 働きすぎの日本人 好きに生きればいい だってこれは 私のかけがえのない 一度きりのストーリー』
だから、
『だから本日 臨時休業 yeah』
ぱちぱち。歌い終えたキャロラインに、女子大生が拍手を送る。
皆がその表情を見る限り、どうやらこれ以上の心配はなさそうだ。
作者:七尾マサムネ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年5月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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