襲撃、灰色の箱に蠢くモノ

作者:かのみち一斗

 コンクリートに囲まれた一室。
 床は打放し。いまだ新築に近いはずなのだが、殆ど内装も施されてはいない。
 生活の気配はある。すえた臭い。何の統一感もなく持ち込まれた痛んだソファやテーブルが並べられ、捨てられた空瓶が無造作に転がる。
 そこは今、殺戮の場と化しつつあった。
 室内には二つの集団がいる。
 哀れな生贄を遠巻きにニヤニヤと見つめる、黒をシンボルにしたチーマー風の若者たちと、本来は灰色だったのだが今や自らの血で赤黒く染め上げられつつある、やはりチーマー風の若者たちだ。
 一人、また一人と断末魔の叫びを上げながら、肉塊と化していく。
 その中心にいるモノ。
 人の形を留めては、いる。膨れ上がった巨大な筋肉の塊と化した全身に、両腕にはアリジゴクめいた巨大な葉。真新しい血で、己の暗緑色の体表をも斑に染め上げながら、喜色の叫びをあげている。
 そのあまりの現実離れした光景に、呆けたような表情のまま動けなかった数人の灰色服の若者が、ついに悲鳴をあげると金縛りが解けたかのように振り返り逃げ出そうとする。
 だが次の瞬間、天井から空気を裂く音と共に伸びた数本の蔓が若者たちの首に巻きつくと、一気に空中に引きずり上げられた。
 吊るし上げられた若者の苦悶の視線が、天井に据え付けられたシーリングファンとその周囲に茂った蔓に繋がり、今、初めて若者に気づいたかのように地上から見上げるモノの視線と絡み合う。
 若者の顔が恐怖に歪んだ次の瞬間、その頚骨が怖気の走る音を立てて折れた。
 哄笑が響き渡った。
 
 俯きながら目を閉じ……どこか遠くに思いをはせるようにしながら、シャドウエルフのヘリオライダー、セリカ・リュミエールは自らが見た予知の内容を話し終えると、静かに顔を上げ、ケルベロスたちへと向き直る。
 茨城県かすみがうら市。
 アウトローチーム同士の激しい抗争で悪名を高めつつある街に、地球を狙う『デウスエクス』の一つ、コードネーム『デウスエクス・ユグドラシル』が確認された。
 広大な空き地に何者かの資本投下によってか、次々と新築が続けられているビル街の一角。
 その一つを根城と定めたアウトローチーム『ブラック・モールド』を、敵対するアウトローチーム『グレイ・ラッツ』が襲撃を図った。
 だが、デウスエクス・ユグドラシルの尖兵である『攻性植物』と化していたブラック・モールド側の一人が、グレイ・ラッツたちを逆に皆殺しにしてしまったのだ。
「ブラック・モールドの若者たちは特に疑問も持たないまま、攻性植物と化したかつての仲間を、強力な味方が増えたと単純に喜んでいるようです」
 それがどれだけ恐ろしいことか知らずに……セリカが小さくつぶやく。
「攻性植物と化した者はその強力な力に囚われ、生来の邪悪を極大まで肥大化し、殺人に酔うようになります。些細な切欠で周囲を無差別に襲うようになるでしょう」
 ただの人間同士の抗争ならまだしも、そこにデウスエクスの影があるとなれば、ケルベロスが見過ごす訳にはいかない。
「ビルは五階建て。ブラック・モールドたちと攻性植物はその一階部分に集まって酒宴を行っているようです」
 南側は入口といくつかの窓があり、北側角が裏口となる開口部があるようだ。
「攻性植物は人型のまま強靭な肉体と両腕で戦うのと同時に、背中から伸び広間天井のシーリングファンを中心に茂った蔓を使って、天井方向からも襲ってくるようです」
 近接攻撃は『捕食形態』で攻撃し、噛み付かれれば物理的破壊に加え、毒を受ける可能性がある。
 遠距離攻撃は『蔓触手形態』で攻撃し、絡み疲れれば締め付けられ、動けなくなってしまう可能性があるだろう。
 
 と、ケルベロスたちの中に埋もれてしまいそうな小柄な少女、綾小路・千影が、
「……わ、私もっ、足手まといにならないようにこの子達と一緒にがんばりますっ」
 ぎゅっと握り締めた手には巫術の札。勇気のかけらが零れ落ちないように強く、強く握り締めている。
 そんな少女の一生懸命な姿にほんの少しだけ微笑むセリカ、だがすぐに真摯な眼差しをケルベロスたちに向けると、
「攻性植物と化した者は、救うことは不可能です。必ず倒してください」
 ケルベロスたちに頭を下げるのだった。


参加者
ベルフェゴール・ヴァーミリオン(美しき残酷な世界・e00211)
ハーマン・ヴァロリー(失従者・e00739)
ミチェーリ・ノルシュテイン(フローズンアントラー・e02708)
アーキ・ランレイト(異能銃士・e12006)
祝・夜智(花鏡・e12135)
成嶋・晃人(地球人の螺旋忍者・e12870)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)

■リプレイ

●力に溺れるモノを遠くに
 じりじりと地上を照らす晩夏の日の下。
 内装も殆ど施されていないビルの一階部分からは日もまだ高いというのに、ブラック・モールドの若者達があげている乱痴気騒ぎが周囲に響き渡っていた。
 遠く窓ごしにはその中心で、仲間たちと共に下品な笑い声をあげる攻性植物と化した若者の姿が。
 他のチームに負けないように、受け入れた力。
「どうして好んで争うのかしら、ほんっとバカね……!」
(「死んでしまったら二度と戻らないのに」)
 呆れたように、少しの悲しさと共にムジカ・レヴリス(花舞・e12997)が小さく呟いた。
「どんな命も死ねばそこまで。だからこそ、救うに値しない命などありません」
「これ以上、被害は増やせません、なの!」
 ミチェーリ・ノルシュテイン(フローズンアントラー・e02708)が吹雪の名に相応しい銀の髪を揺らして真摯に言い切ると、サーシェ・マルチアーレ(花蜜・e01274)もぎゅっと両手を握って答えた。
 やや離れたビル街の一角である。
 陰に隠れるようにして、到着したケルベロスたちは集まっていた。
 可能な限り急いだのが功を奏したのか、まだグレイ・ラッツの姿も見えない。後はブラック・モールドを追い払えば、攻性植物だけに専念できるだろう。
 その役を引き受けたアーキ・ランレイト(異能銃士・e12006)が手伝いを頼んだ綾小路・千影(地球人の巫術士・en0024)に、
「嬢ちゃん、よろしく頼む」
「よろしくお願いします!」
 緊張顔のまま、頭まで下げる千影だが、
「……しかし、嬢ちゃんが悪いわけではないが、こう……うん」
 アラサーの自分と年相応の少女である千影が大して背が変わらないという事実に、微妙に複雑な表情を浮かべるが、顔を上げて不思議そうな千影に慌てて手を振ってごまかす。
「それにしても……ブラック・モールドの人達も疑問くらいは持とうよ……」
 そんなアーキたちに苦笑しながら、ベルフェゴール・ヴァーミリオン(美しき残酷な世界・e00211)が肩を竦めた。 
 ハーマン・ヴァロリー(失従者・e00739)が身にまとった執事服の埃を軽く払いタイを直すと、バトルガントレットを装着し、まるで散歩に出るかのように立ち上がる。
 祝・夜智(花鏡・e12135)が頷いて続き、傍らの少年に、
「んじゃ暴れるぜ、相棒」
 問われた淡い藤色の髪の少年、八千夜が寄り添う。 
 成嶋・晃人(地球人の螺旋忍者・e12870)は頬杖を付いてそんな仲間たちを見ていた。
 これは単純な依頼のはずだった。
 目標の撃破。他の被害は問わず。問われるのは自分たちの実力のみ。その上、救おうとする命は、相手を皆殺しにして喜んでいるような連中だ。
(「同じ穴の狢だろう」)
 小さく鼻を鳴らす。
 それでも出来るだけ助ける。それだけ自分たちに危険が及ぶというのに。
 ミチェーリが両腕のバトルガントレットの拳同士を打ち合わせる音が鳴り、ケルベロスたちが一斉に走り始めた。晃人も己の思いを振り払うかのように走り始める。
 と、慌てたのかサーシェがローブのすそを踏んで転びそうになるのを、ベルフェゴールが「大丈夫?」と柔らかな笑みを浮かべながら支えるのが見えた。
 笑顔でお礼を言うサーシェ。その拍子に魔法少女のゆったりとしたローブの裾から、彼女の武器である攻性植物が僅かに覗いた。そして、ケルベロスたちの向かう先、異変に気づいたのか騒ぎ出すブラック・モールドたちと、立ち上がる──敵。
 その全身から伸び上がり蠢く攻性植物を睨んだ晃人。皮肉気に口端が歪んだ。
 全く、こいつは。
(「──シンプルじゃ、ない」)

 戦いが、始まる。

●ダイナミック・エントリー
「今からここはケルベロスとデウスエクス、人外の戦場だ! 死にたくなければ出て行けッ!」
 ビル内に飛びみざま、アーキが体内で練り上げた剣気を解き放つと同時に叫んだ。
 不可視の剣気が一瞬で室内を満たすと、周囲のチーマー風の若者たちの顔が一様に魂を抜かれたかのような無表情に代わり、のろのろと歩き始める。
 同時に入り口から、窓から、ケルベロスたちが室内に飛び込んでいく。
 先頭切って飛び込んだ夜智。チーマーたちを避けながら攻性植物へと肉薄する。すれ違いざまに鉄塊剣で叩きつぶれろとばかりに斬り払う。
 いまだに状況に理解が追いついていなかった攻性植物が、咄嗟にかばうように出した捕食形態の右腕に深々と食い込み、血飛沫があがった。
「痛ってえええ、何だテメェ!!!」
 怒りに任せて食い込んだ鉄塊剣を振り払いざま、血走った目で睨みつける。
(「そうだ、俺を狙え……俺たちが居る限り、誰一人死なせる気はねェよ」)
 その視線を真っ向から受け止めた夜智の瞳に勝利の色が加わる。
 その間にもミチェーリ、八千夜、ムジカが攻性植物を隔離するように走りこむ。出口を抑えつつ晃人が分身の守りを夜智に、チーマーたちを背に庇ったサーシェがローブから伸ばした攻性植物の輝く実から、聖なる光の守りを仲間たちへと施す。 
 アーキと千影が虚脱状態になったチーマーたちを外に誘導し、出口外にはサポートとして待機していた馬鈴・サツマ(小物臭漂う植物使い・e08178)がさらに離れた場所へと誘導する。それは情報収集も兼ねたものだったようだが、はっきりした情報は持っていなかったようだ。
 ハーマンがチーマーたちに一瞥もくれず、攻性植物の懐へと一息に飛び込みざま、
「ハーマン・ヴァロリー、推参」
 執事服のあちらこちらから溢れ出した黒き液体が、一気に使い手の身長程にも膨れ上がり巨大な顎と化して敵を一飲みするかに見えた──が、肩を小さくをすくめると同時に横とびに飛ぶ。それより早く到底避けきれない速さで、切り払った黒き液体の残滓を撒き散らしながら攻性植物の巨大な捕食形態の腕が襲う。
「な、なんなんだよ、お前たちはよォォォォ!」
 ハーマンに襲いかかったそれを、飛び込んだミチェーリがバトルガントレットでどうにか受け止めた。一瞬の停滞。徐々に押されながらも敵越しの背後に一瞬目をやった。空ろな表情で逃げていくチーマーたちの姿。
(「過ぎた力に浮かれていた彼らにも、言いたいことはありますが……今は任務優先、ですね」)
 次の瞬間、攻性植物のもう片方の腕に吹き飛ばされ、コンクリート壁に叩きつけられた。肺の中の空気が瞬時に吐き出され、全身の骨が悲鳴を上げる。だが頑健な体と、それ以上に強靭な彼女の意思がそれでも尚倒れこむことを許さず、真っ直ぐに敵を見据えた。
「……貴方はとっくに人類の敵です。力を誇示したいのなら……」
 白銀の髪が流れ、一筋の血──。
「我々相手に試してみなさい!」
「ムカつく、女ぁあああ!!」 
 傷ついたミチェーリに襲い掛かろうと突進する攻性植物へ、横合いから飛び込んだムジカが振りかざした敵の腕をバトルガントレットで打ち抜いた。その暗緑色が魂を奪われ目に見えてどす黒く変色するも、邪魔だとばかりにムジカへと腕を振るう。
 その間に駆け寄ったサーシェがミチェーリに月光に似た光を輝かせ癒しを施すも、全快には程遠く、もう一度発動させようと集中する。
 ムジカと切り結びながら攻性植物が、その背後に目を遣り、口元がニヤリと歪んだ。
「死んじゃえよっっ!!!!!」
 敵の意図に気づいたムジカが叫ぶ。
「上よっ!」
 攻性植物の背から天井のシーリングファンへと伸びていた長大な蔓の一部がしゅるりと解け、ミチェーリへと襲いかかるも、ほぼ同時に狙撃音と共に蔓が弾け飛ぶ。
 念のため、周りに一般人がいないか確認しながらも攻性植物の動きに注意を払っていたベルフェゴールが、とっさに跳弾射撃で放った銃弾だった。構えていたマスケットを模した銃を下ろしながらビルに飛び込む。
 誘導を終えたアーキが攻性植物へと突進し、千影もサーシェと合わせて癒しに入る。

●決着。戻れない道
 戦いは続く。
 ケルベロスたちの策により一般人には全く被害を出さずにすんだ。だが、割いた戦力と意識が、その分だけ確実に有効打をも減らし、それまでに受けた損害も癒しきれていない。
 咄嗟に夜智が指示したダメージ分散と加わった千影の癒しにより、拮抗状態に持ち込むことはできた。勿論、攻性植物も無傷ではない。敵には癒しも存在しないのだ。
 そうなれば、後はどちらのバランスが先に崩れるか。

 暗緑の植物に全身を覆われ、裂けた傷から溢れるどす黒い己の血にまみれた攻性植物が、
「テメエだな、オレの邪魔をするのはっ!」
 天井から蔓の塊が何本も伸び上がり、次の瞬間、一斉にサーシェへと──明らかに癒し手を狙った──殺到する。
 純粋な殺意。サーシェの視界が暗緑に覆われる。思わず目を覆い。誰かの走りこむ気配。鈍い、何かがねじ切れる音。
 見た。
 八千夜だった。
 幾重にも蔓に締め上げられた少年が、ゆっくりと消えていく。彼女を守ったのだ。
 その光景に、まだ立てずに居たサーシェ。その手を駆け寄ったベルフェゴールが引く。
「立って。まだ終わってないよ」
「でも、でもっ」
 涙ぐむ少女に、ほんの少し戸惑ったような表情を浮かべたベルフェゴール、だけどすぐに屈み込み、優しい微笑みで。
「回復はサーシェに任せて、だよね?」
「……うん」
 涙を拭い頷いた。

 そして崩れる、もう一つのバランス。
 攻性植物が困惑したように叫ぶ。
「な、なんだよ、動け、動けよっ!! オレの体はどうなっちまったんだよ!!」
 捕食形態の腕が、天井から周囲にまで広がった蔓が、何よりも本体の動きが明らかに阻害されることが増えているのだ。
 チャンスと見て取るや刹那の間も空けずハーマンが、ムジカが、晃人が攻性植物へと駆ける。身構えた敵の直前で三方に散りざま、 
 左から裂帛の気合と共に鋭く突き込んだ指が関節を抉った。気脈を断ち。
 低い体勢からローラーが地面を削りながらエアシューズが踊る。摩擦で熱を帯び、ごぉっ、と炎が燃え上がり蹴り上げる。
 右から高く飛び上がりざま、螺旋を練り上げた掌を気迫と共に、叩きつける。
 三人が駆け抜け、同時に振り返る。
「あ、あが……うがあああ……」
 うめき声をあげ、よろめく攻性植物にトドメとばかりに、躍り上がったアーキの日本刀が複雑な白光の軌跡を描き、敵を切り裂く。着地、そして。
 絶叫──。
 
 地に伏したソレ。体中はどす黒く染まり。蔓は引きちぎられ、腕の片方は折れ飛んでいる。燃え上がる炎は全身に広がりつつあった。致命傷なのは明らかだ。
「ミッションコンプリート、だな」
 ハーマンがもはや興味を無くしたかのように振り返った。咥えたまま呟き、歩き出す。
 その背後にはか細い断末魔。
「……アつイ……痛ぇ、いてェよ……死にたくネぇよ……」
 ムジカはただ、ソレを見下ろしていた。
(「戻れない道に踏み込んでしまったのなら、終わりにしてあげないといけないわね」)
 小さな呟き。
 バトルガントレットを静かに構えた。そして。
 全てを、終わらせたのだった。

●後片付けもしっかりと
 激しく燃えあがった炎も、黒ずんだ燃えカスと化し、それもいつしか風化するように薄れ、消えていく。
 それをムジカはじっと見つめていた。
 ビルの外から喧騒が聞こえてきた。グレイ・ラッツたちがやってきたのだろう。
 と、ベルフェゴールが確認するかのように、
「後片付けは大事だよね?」
 問われて戸惑うムジカに、
「アウトローチームは舐められたら終わりだろ? 実力行使で見くびらせてもらうさ」
 石ころのようにな、と晃人が事も無げに蹴って見せると。
 傍らでは親指を立てたミチェーリの掲げたスキットルが揺れている。
 吹き出すように笑ったムジカ。仲間たちを見回して。
「ぼっちゃんたちの性悪も、この機会に治してあげてもいいかしらね?」
 笑いあうケルベロスたち。
 かくて大騒ぎのビルの外。

 そんな喧騒を遠くに苦笑を浮かべた夜智に、サーシェが心配そうに駆け寄った。すぐに察した夜智が促すと後ろから八千夜が。
「ありがとう、なの!」
 すぐさま八千夜に抱きつくサーシェ。困ったように俯く少年の姿。
 ふと。
 夜智は照れたような笑い声が聞こえたような気がした。
 それは、ありえない……でも、懐かしい記憶で。
 小さく微笑むと。
 サーシェたちを促し、仲間たちの元へと歩いていくのだった。

作者:かのみち一斗 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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