星を視る魚

作者:犬塚ひなこ

●カフェ・スターゲイザー
 喫茶店やパブが並ぶ小さな裏通り。
 その片隅に彼の店はある。否、あった、と過去形で示す方が正しいだろう。
 スタイリッシュながらもあたたかみのある白い木枠の窓にベルが付いた扉。その上には空に輝く星をイメージした看板が掲げられている。
 その名は、カフェ・スターゲイザー。
 其処はなんと、世にもめずらしい『スターゲイジーパイ専門店』だった。

 しかし今、店はずっと薄暗いまま。
 間もなく夜だというのに窓にはサンシェードがかけられ続けており、開く気配はまったくない。それも無理はないだろう。この店は既に経営難に陥り、数日前に閉店していたのだ。
「どうしてこんな店、開いちまったんだろうな……」
 店の奥のキッチンで調理器具を片付けていた店主の青年は深い溜息を吐く。
 今日は片付けを行うついでに残っていた食材で最後のパイを焼いた。日本人の口に合うよう味付けした卵やジャガイモを皿に詰め、仕入れに拘ったピルチャード、つまりはイワシを豪快にパイに刺す。
 そうしてオーブンで焼けばおいしいフィッシュパイの出来上がり。
 魚の頭と尻尾がパイから飛び出たその見た目は実に珍しく、話題性も味も抜群――の、はずだったのだが現実は厳しかった。
「味は悪くないはずなんだけどな。やっぱり見た目か……見た目だろうなあ……」
 俯いた店主は焼き上がったパイを見つめ、幾度かの『後悔』を口にする。
 そのときだった。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 聞き慣れぬ声がキッチンに響いたと思った瞬間、青年はその場に倒れ込んだ。声の主である魔女・ゲリュオンは意識を失った彼を見下ろした。
 やがて、青年の傍らにはシェフの格好をした彼そっくりのドリームイーターが現れる。
 その姿を見届けた後、魔女は何処かへ消え去った。

●星を眺める
 スターゲイジーパイ。
 それは魚がパイから頭を出して星空を見上げているように見えるということから名付けられた料理だ。別名スターリー・ゲイジー・パイとも呼ばれる、名前の由来だけは浪漫にあふれているものである。
「今回はそんなパイ専門店をひらいていた人の『後悔』が奪われたのです!」
 雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は魔女によって引き起こされた事態を語り、ケルベロス達に解決を願った。
 心を奪った魔女は既に姿を消しているようだが、奪われた後悔を元にして現実化したドリームイーターが事件を起こそうとしている。被害が出る前に敵を倒して欲しいと願い、リルリカは詳しい話をはじめた。
 敵はシェフの姿をした夢喰いが一体。
 彼は現在、店を開いて客を招こうとしている。通り掛かった人を店の中に引き入れて強制的にスターゲイジーパイを食べさせ、その反応が気に入らなければ客を殺す。そんな非道なことは許せないと語り、リルリカは告げる。
「今からすぐに向かえば皆さまが一番のお客様になれますです。そのまま店に乗り込んで戦闘を仕掛けることもできます。ですが、夢喰いが出すパイを食べることも可能なのです」
 こちらから戦いを仕掛けなければ、敵はケルベロス達を席に案内する。
 そして焼きたてのスターゲイジーパイをテーブルに提供してくれるだろう。その結果、皆が心からパイを楽しめばドリームイーターは満足する。
 そうなれば敵の能力が低下して倒しやすくなる。また、敵を満足させてから倒した場合、意識を取り戻した被害者も後悔が薄れ、前向きに頑張ろうという気持ちになれるという効果もあるようだ。
「どう対応するかはお任せします。でもでも、パイを食べる場合は気を付けてくださいませ。提供されるパイは一人ひとつで、結構おおきいみたいです」
 これくらいだと示したリルリカの手はバレーボール大の円を描いていた。
 また、パイの味や中身も少しずつ違う。
 卵と芋とイワシのパイ。グリンピースとエビとサンマのホワイトソース仕立て。ニシンと南瓜とサツマイモを用いた甘めのパイなど様々だ。勿論、すべてのパイから魚の頭がこんにちはしている。
 全員がそれを完食しないと満足して貰えないと伝え、リルリカは仲間達を見つめる。
「パイ自体はおいしいみたいでございます。だから皆さま、ふぁいとおーですよっ!」
 そして、ぐっと掌を握った少女は皆に応援を送った。
 たとえ後悔を抱いていたとしても青年の心が奪われて良いわけではない。彼に新しい未来に向かって貰う為にも今こそ、ケルベロスの力を振るうときだ。


参加者
ミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
忍足・鈴女(にゃんこマスタリー・e07200)
ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)
ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)
苑上・郁(糸遊・e29406)
ブラン・バニ(トリストラム・e33797)
アイカ・フロール(気の向くままに・e34327)

■リプレイ

●カフェ・スターゲイザーにて
 薄暗い店内は静まり返り、何処か不穏な空気に満ちていた。
 魚が星を眺める愛らしい看板に英国風の佇まい。このカフェにはきっと店主の夢が詰まっていたのだろう。
「夢半ばで店を閉めることになったとなれば、さぞ悔しかったでしょうね」
 土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)が店の中を覗き込み、小さく俯く。
 アイカ・フロール(気の向くままに・e34327)も肯定の頷きを返して傍らのウイングキャット、ぽんずと共に気合いを入れた。
「美味しく楽しくパイを頂いて、店主さんを救出です!」
「道行く人々を巻き込まない為にも私達で食い止めて見せます!」
 苑上・郁(糸遊・e29406)も、文字通り食べるのですから、と掌を握って決意を示す。
 どんな形であれ拘りを持つのは素敵なこと。その心をこんな風に利用されてしまうのは悲し過ぎる。そうだな、と答えたウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)は内部に敵が居ることを確認し、カフェの扉に手をかけた。
「ハロー、やってる?」
「いらっしゃいませ!」
 ウィリアムの軽い問いかけに対し、ドリームイーターの笑顔が返ってくる。
「お邪魔しますよっと。面白いパイがあるんだって?」
 お腹空かせて来たんで美味しいのよろしくね、と告げたヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)が問いかければ客が来たと喜ぶ様子を見せる夢喰い。彼はきょろきょろと辺りを見渡すミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331)を席に案内し、他の仲間達を手招いた。
「さあさあ、此方へどうぞ」
 忍足・鈴女(にゃんこマスタリー・e07200)もテーブルの前に座り、今から夢喰いが提供するであろうパイについて考える。
「この店の売りはスターゲイジーパイ……星を観るパイでござるか。ロマンティックな名前と独創的な料理でござるな」
 鈴女が期待と好奇心が入り混じった感情を浮かべる中、ブラン・バニ(トリストラム・e33797)はテーブルに置かれていたメニューをひらいた。
「そうだな、ニシンと南瓜とサツマイモの甘いのをボクは頂こうかな」
 朝からお腹を空かせてきたのだと話したブランの隣にはシャーマンズゴーストのノワさんも座っている。
「じゃあ俺はホワイトソースのやつがイイな」
「いろんなフィッシュパイ! ミューはこれにしようかな」
 ウィリアムやミューシエルをはじめとした仲間達も注文を夢喰いに告げる。
 彼は敵だとは思えないほどの明るい笑顔で応対し、キッチンの方に向かっていった。その後ろ姿を見送りながらアイカと岳は一先ずの安堵を抱く。
 これで他の一般人が店に引き入れられることはなくなったはず。
 後は自分達がスターゲイジーパイを美味しく食べるだけ。楽しみと共に決意を抱き、ケルベロス達は料理の到着を待った。
「何だか良い意味で任務ではないみたいですね。いえ、頑張りますけれど!」
 郁は顔をあげ、皆の顔を見渡す。
 真剣な戦略とはいえ、依頼仲間と同じ席に座って食事をするのは少し不思議だとヴァーノンも感じていた。
 何故だか今のひとときが微笑ましく思え、仲間達の小さな笑みが重なった。

●スターゲイジーパイ
 パイが焼ける香ばしい匂いが店内にふわりと漂う。
 数にして八人分。つまりは八枚のパイが次々とテーブルへと運ばれてきた。
「おぉ、これがスターゲイジーパイ? 本当に魚が頭出してるや、スゲェー」
「パイの中をお魚が泳いでいるみたいですね。なんだか可愛らしいですね?」
 ヴァーノンとアイカは目の前に置かれた皿を眺め、感嘆の声を零す。
 魚の頭が天に向かって突き刺さっている外見は驚かされる。まず香りがイイのに見た目で度肝を抜かれる感じ、と笑ったウィリアムは可笑しそうに目を細めた。
「あーそうそうこれこれ、この見た目だよ」
 たまに尻尾が見えている部分が何だか可愛いと思い、ブランもパイを見つめた。
「星をながめるなんて名前が洒落ているね」
「星の海に憧れて、いつか魚座になるのを夢見るお魚さん達でしょうか」
 郁も興味深く魚の頭を瞳に映してから、魚達が見上げる天井を見上げる。其処には星の模様が描かれていた。
 こんな内装までしてあるのだと気付いた岳は不思議な気持ちになった。これだけの拘りがあるのだから、店が潰れて欲しくなかった、と。
 そんな中で鈴女は一人冷や汗をかいていた。
(「鰻のゼリーといいマーマイトといい、またイギリスでござるか……」)
 自分にはうまく理解できないと考えながらも鈴女は決して顔にも口にも出さない。もし言葉にしていたら夢喰いを怒らせていたかもしれない。
 ミューシエルは首を傾げ、訝しげな仲間にふと問いかける。
「みんなびっくりするものなの? ニホンでもお魚のオカシラつきとか、エビをまるまるボイルしたのとかあるはずなのに、なにがちがうのかなあ?」
 だいじょうぶだよ、とミューシエルに勧められた鈴女は意を決してスターゲイジーパイを口にする。
「ええい、ままよ! ……あら、結構美味しい?」
 味は見た目によらないと考え直した鈴女に続き、岳も一口頬張った。うん、と頷いて味を楽しんだ岳はカウンターの向こう側に立っている夢喰い店主に告げる。
「この味はイケますよ! 味付けもコクがあって出汁が隠し味でしょうか?」
 その様子を夢喰いは黙って見つめていた。
 おそらく店員としての体裁を保とうとしているのだろう。ならば自分達で楽しめばいいと感じたウィリアムはパイにフォークを刺す。
「ちょいとサイズが大きいものの、食いでがあるってもんだろ」
 懐かしい、と口にしたウィリアムは味付けに舌鼓を打った。昔を思い出した彼の隣、ヴァーノンは女性陣の様子を気にしていた。
「はわぁ……サクッとした食感に広がるバターとソースの香り、堪りませんね」
 しかし、郁は食欲も好奇心も旺盛。ミューシエルやアイカも美味しいと笑いあってパイを口に運んでいる。
「女の子や小さい子に大きいのは大変かな。……そんなこともなさそうだね」
「ボクも平気さ。野菜の甘さとニシンの味が引き立てあって美味しいね」
 ブランも心配は要らないと首を振り、綺麗に切り分けたパイを写真に撮ってゆく。
 確か、このパイの由来はちゃんと全員に魚が入ってることがわかるように頭を出しておいたのが始まりだという説がある。
 ブランが披露した話を聞き、ヴァーノンは逸話も変わっているのだと納得した。変わったものが好きな彼は遠慮なくフォークを口に運び、大きなパイを平らげていく。
「見た目は面白い、味は文句無しに上手い。まだまだ食べれそうだ」
 ヴァーノンの前の席ではぽんずが目を輝かせながら一心不乱に魚の頭をはむはむしている。アイカは翼猫の口元を優しく拭ってやり、自分も魚のパイを楽しんでいた。
「焼きたての良い香り、食べ応え抜群な大きさ……たまりませんねー」
 どれもとても美味しいですね、と幸せいっぱいのアイカを眺める夢喰いは次第に満足そうな笑みを浮かべていく。
「うむ……見た時はぎょぎょぎょっとしたでござるが。店主、美味しいでござるよ」
 そう賞賛する鈴女は魚だけに、と付け加えたが夢喰いにジョークは通じなかったようだ。しかし、店内の雰囲気は和んでいた。
「そちらの味もシェアさせて貰っていいですか?」
 岳がミューシエルやブランに申し出ると、快い返事が戻ってくる。
「もちろんだよ。一切れでいいかい?」
「ミューのはうまくきれなかったけどおいしいよ。ウィリアム、あーんして!」
「はいはい、っと。……あーん」
 愛らしい少女の誘いを断ることが出来ず、寧ろ断ることなど出来ないと感じたウィリアムが口を開ける。その様子を見守っていた郁はテレビウムの玉響と一緒に穏やかな気持ちを感じていた。
 皆とシェアして他の味を試し、時には日常の話などを交えて進む楽しいひととき。賑やかに過ごす食事時間はあっという間。
 やがて、郁達は出されたパイをすべて完璧に食べ終わった。
「とっても幸せです。ありがとうございました」
 そして、ケルベロス達によって或る言葉が重ねられてゆく。
 ご馳走様でした! と――。

●感謝と思いと
 心から告げた言の葉を合図に、番犬達は席を立つ。
 対峙するのは満足感を得たらしき店主型のドリームイーター。満面の笑みを浮かべる彼には悪いが、夢は元の主に還りゆくべきだ。
「腹が膨れたところで運動といきますか」
 パイは美味くとも被害出されちゃ堪らねェ、と軽く口の端を緩めたウィリアムは腰に提げた打刀に触れ、魔力を解放した。
 その瞬間、茨の園を思わせる棘が敵の足元から顕現する。囁くように纏わりつく毒が夢喰いを蝕み、其処に隙が生まれた。
 ブランと郁がすかさず流星めいた蹴りを放ち、アイカは紙兵を散布してぽんずに清浄なる翼を広げるように願う。
 ヴァーノンも羽ばたきし弾薬を発動させ、敵を狙い打った。
「後悔なんて俺たちがぶっ飛ばしてやるよ」
 どうかパイの店は続けて欲しい。そんな思いを込めた美しい鶴の嘴の一撃は夢喰いの胸に突き刺さった。
 更にミューシエルが真剣な眼差しを向け、一族に伝わる安息の歌を紡ぐ。
「たべおわったらこのおいしいパイをつくってくれたおにーさんにとりつくわるいものをやっつけなきゃね!」
 絶氷の呪歌が響き渡る最中、岳も拳を握った。
「美味しい料理に心から感謝です。だから、その素敵な夢を返していただきます!」
 刹那、激しい地裂撃が敵を襲うが敵はパイを投げて応戦する。
 鈴女はウイングキャットのだいごろーに癒しに専念して欲しいと願い、自分は百一匹の猫を召喚して敵に対抗した。
「さー皆の衆! 飛んできたパイを残らず食べ尽くすのでござる!」
 何処からともなく現れた猫達がパイ攻撃を相殺する勢いで仲間を癒していく。玉響も料理の応援動画を流して仲間を援護していった。
 そのようにして戦いは巡り、戦況は番犬の優勢で進む。
 スターゲイジーパイを美味しく食べた影響か、夢喰いの力は弱い。ケルベロス達の攻撃を受けた敵はすぐによろめき体勢を崩した。
「ノワさん、それから皆。ここは一気に攻めるべきときだよね」
 ブランは仲間達に呼び掛け、大きく床を蹴りあげる。少年の狙いを察したシャーマンズゴーストは厳かに頷き、彼に続けて跳躍した。
 その最中に床を打ち砕き、岳が出現させたのは翠玉。
 幸福と希望を意味する宝石の力は敵を包み込み、煌めいていく。青年に後悔があるのはまだ夢が心に輝いているからこそ。
 だからきっと再び希望を胸に進み始めるはずだ。
「――大地のゆりかごでどうか安らかに」
 岳が願った一瞬後、ヴァーノンが敵の頭部を素早く正確に撃ち抜いた。その後悔が一片も残らぬように。
 ミューシエルと鈴女も確りと身構え、アイカとぽんずも視線を交わしあう。仲間達は意を決し、最後の一撃を放ちに向かう。
「パイに相応しい終わりを!」
「そうそう、この技もスターゲイザーっつーんだぜ!」
 ウィリアムはその通りだと示し、星の煌めきを宿す一閃を落とした。
 どんな物事もきちんと決着を見なければ次のスタートが切れない。だからこそ自分達が引導を渡すのだと心に決め、郁も敵を見据えた。
「悪夢は遠いお空に飛んでいけ~なのですよ」
 さよならしましょう、と微笑んだ郁の瞳はただ真っ直ぐに終わりを映している。
 そして――落ちた星の力によって、夢喰いはその場に倒れ込んだ。

●星を視る魚
 後悔の心は夢主に還り、ドリームイーターは消え去った。
 岳達と戦いの終わりを確かたウィリアムは店の奥へと向かい、倒れていた店主を抱き起して頬を軽く叩く。
「ヘイ店主、生きてる? 起きてる? 風邪ひいてねェ?」
「ん、んん……何だか心地良い夢をみていたような……」
 起き上がった彼に外傷はなく、何処となくすっきりしたような顔をしていた。
 ヴァーノンは代表して彼自身に起こったことを説明してやり、元凶は全て取り払ったと告げてやる。すると店主は何度も礼を告げ、アイカ達に頭を下げた。
「店主さん、どのパイもとても美味しかったですよ、見た目も可愛らしかったです!」
「うん、ボクも気に入ったよ」
 また食べたいです、とアイカが笑顔で伝えるとヴァーノンも同意する。ミューシエルも元気よく手をあげ、おさかなも可愛かったのだと懸命に語った。
「ミューもおかわりしたかったくらい!」
 其処でブランは携帯電話の画面を店主に見せ、先程出されたパイを撮った写真をSNSにアップロードしたいと願う。
「このパイの見た目のキュートさと美味しいんだよって感想が伝われば誰かが好きになってくれるかもしれないからね」
「インパクト大ですし、パーティー用に重宝されそうです。実店舗が駄目でもネット通販で再始動も良いですね」
「そうだ、その手があったか!」
 郁のふとした呟きに店主が顔をあげ、瞳を輝かせる。
 まるでそれは一等星のように輝く拘りと個性。彼の心を救えたかもしれないと感じ、郁はほっとした表情を見せた。
 ウィリアムはパイ専門店にするにも少し間口を広げてみてもいいと助言を送る。
「ミート、シェパーズ、ポット、アップル、レモン……パイの種類は片手じゃ足りねェ。何より、美味かったですよ」
 彼の次の店や料理を楽しみにしている。そう告げたウィリアムは片目を瞑り、店主に握手を求めるように手を伸ばした。そんな中で鈴女は提案する。
「お土産に二つ程宜しいでござるか?」
 ひとつは家族用。もう一つは家族になる人用、と指折り数えた鈴女は照れくさそうに笑顔を浮かべた。するとアイカも挙手する。
「私も欲しいです! 甘いのと変わり種を二つずつ。ぽんず、一緒に食べましょうね」
 アイカが話しかけると、今すぐ食べたいとばかりに口を開けた翼猫が前脚をてしてしと動かした。ウィリアムは微笑ましさを感じ、自分もこの懐かしいパイを食べさせたい相手が居ると土産を所望する。
 おそらくこれはこの店にとって最後になるだろう注文。店主もそれを分かっているのか、腕まくりをして気合いを入れた。
「勿論! とびきりのパイを焼いて、次に進もうと思うよ!」
 岳は店主の青年が未だ夢を抱き続けているのだと感じ、薄く笑む。
「その想いを大切にされていればきっと道は拓けます。応援していますね」
 見た目は不思議でも、とっても美味しいパイ。
 それはきっと、たくさんの笑顔をこれからも生み出し続けてくれるはず。
 新たな未来を願った岳が窓から外を見ると、もうすっかり日が暮れていた。みて、とミューシエルが指差した先をヴァーノンが見遣れば、小さな星が瞬いている。
 カフェの窓辺の席に焼きあがったばかりのお土産のパイが置かれ、アイカと郁は思わず笑みを交わし、ウィリアムとブランも双眸を細めた。
 何故なら――。
 その名前通りに魚たちは夜空を振り仰ぎ、遥かな星を見上げていたのだから。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。