五月病事件~もうどうにでもなーれ

作者:伊吹武流

●とある新社会人の怠惰な日々
『五月病』。
 新入社員や新大学生がかかる病のひとつであり、『五月病』になった一般人は、『仕事や勉強をする気になれなくて、家に引き篭もってしまう』という。
 そして、ここにも。
「ふぁぁっ……めんどくせぇなぁ……」
 5月半ば、既にゴールデンウィークが明けてから一週間以上も経った、ある平日の午後。
 とあるワンルームマンションの一室。その一角に置かれた机の上のノートパソコンの前で、無精髭を青年が、大きな欠伸を漏らした。
 彼は今年、大学を卒業後、とある福祉関係の企業に就職し、晴れて新社会人となった。
 仕事自体は少々キツイが、残業は無い。土日だってきちんと休める。
 そのお陰か、休日を利用した副業で、ちょっとした副収入を得る余裕すらある。
 ……にも拘わらず、だ。
 彼は5連休から現在まで、自室でダラダラとしている始末。
「ま、いいか……クビになっても……」
 ベッドの上にマナーモードのまま、無造作に転がっているスマートフォンの存在など意にも介していない。
「それにいざとなったら、こっちで何本かリプレイを書けば……」、
 そう言うと、彼はパソコンを操作し、テキストエディタを起動させる。
 ……が。
「はぁ……何か、こっちの方もめんどくなってきたなぁ……あ~、だりぃ……」
 数行の文章を書いたところで彼の手は止まると……おもむろにアプリケーションを閉じてしまう。
 そして、代わりにプラウザを開き、お気に入りの動画を鑑賞し始める。
「ま、いいや……とりあえず、今日はこれ観て……明日から頑張れば……」
 そんな言い訳をしながら、画面に映し出された動画に没入していくのであった。

●五月病を吹き飛ばせ!
「いやあ、やっぱり五月病って、病魔のせいだったんっすね……流石の自分も、チョーびっくりしたっすよ」
 集まったケルベロス達を前にして、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は腕を組み、うんうん、と何かを納得する様な仕草を見せながら、今回の事件についての説明を話し始めた。
「実は、多くのケルベロスのみなさんが調査した結果、五月病の病魔が大量に発生している事がわかったっす……そこで、みなさんには、五月病の病魔の撃破をお願いしたい、ってわけっす」
 そう言うとダンテは、五月病にかかった患者についての説明を始めた。
「患者の名前は、井吹・タケル(いぶき・たける)さん。23才の男性っす。今年4月から名古屋市内の福祉関係の企業に就職して、マンションでの一人暮らしを始めた傍ら、副業でとあるゲーム会社でのシナリオライターも始めたみたいっすね……もちろん、彼女無しっす」
 まあ、新社会人としては、よくいるタイプっすね、とダンテは語ると。
「で、五月病患者の井吹さんについてっすけど……病気とは言っても五月病なので、ごく普通に意識はある状態っす。今はマンションの自室にに引きこもって、ニコ動ばっかりみてるみたいっすけど、家を訪ねれば会う事は出来るし、居留守を使うのならドアを壊して踏み込む事も出来るっす……ちなみに鍵は、大家さんに頼めば貸して貰えるっすよ」
 つまり、患者との接触方法は容易い、という事だ。
「その後の治療については、ウィッチドクターの『病魔召喚』で五月病の病魔を呼び出し、撃破する事になるっすね……もしチーム内にウィッチドクターがいなかった場合は、近郊で医療機関に協力しているケルベロスに頼むので、そこんトコロは大丈夫っすよ」
 つまり手順としては、一般的な病魔への対処と同じ、という事らしい。
 そこまで説明すると、ダンテは手にしていたファイルから、一枚のイラストを取り出すと。
「で、彼に取り憑いた病魔なんっすけど……まあ、こんな感じの奴っすね」
 と言いながら、そのイラストをケルベロス達に見せて回る。
 そこに描かれていたのは……子供の落書きレベルとも見て取れる、真っ黒な人型の影そのもののイラストだ。
 そして、その影の中央には、ご丁寧にも真っ白な文字で『現実逃避』なる四字熟語と大きく書かれている始末。
「これは……何というか……非常に分かりやすいな……」
 その場にいたケルベロス達が揃って苦笑いを浮かべる中、それでもダンテは馬鹿真面目な表情を浮かべると。
「まあ、見た目は確かにアレっすけど、それでも病魔である以上は危険な奴っす。で、病魔の使ってくるグラビティっすけど……『なんとかなるさ』と『超だりぃ~』、そして『もうどうにでもなーれ♪』の3つみたいっすね」
 そう語ったダンテの説明によれば。
 『なんとなかるさ』は、自身の治癒力を高める事も出来る、回復能力らしい。
 『超だりぃ~』は、敵のやる気を奪い、身体が石の様に重くさせる魔法らしい。
 そして『もうどうにでもなーれ♪』は、周囲の者達に考える事を面倒にさせ、「病魔だろうが仲間だろうが、とりあえず目の前の奴を殴っとけ!」という感じにさせる魔法らしい。
「……って言う、ぶっちゃけ、超テキトーな攻撃をしてくるっす。ただ……この病魔っすけど、どうやらヒーラーの位置でダラダラと回復しながら、エンチャントを粉砕しつつ状態異常を与え、最終的には敵が自滅するように仕向ける、っていう、怠け者の癖に意外としたたかな奴みたいっすね……つまり、戦いが長引けば、非常に厄介な相手になり得るので、油断は禁物っすよ」
 そう言って説明を終えたダンテは、改めてケルベロス達へと向き直ると。
「五月病は、怠けているだけという誤解をされやすい病気っすから、ケルベロスのみなさんが病魔を撃破して五月病を治す事で、その誤解が解けるかも知れないっす。その上で、病魔の撃破後に、井吹さんが五月病を再発しないよう、フォローをしてもらえると助かるっす」
 と付け加えると、ケルベロス達に、よろしくお願いしますっす、と一礼するのであった。


参加者
エニーケ・スコルーク(鎧装女武・e00486)
目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011)
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
チェザ・ラムローグ(もこもこ羊・e04190)
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)
レオンハルト・シュトラウス(獅子の泪冠・e24603)

■リプレイ


「まさか、五月病が本当に病魔による病気だったなんてね……」
 品良く纏めた白き髪を着物姿の肩に垂らした少女、燈家・陽葉(光響射て・e02459)は、玄関前に到着して早々、そう口を開く。
 そんな彼女の表情には、当然の事ながら、驚き顔と呆れ顔とが見事なまでに入り混じっていたりもする。
「五月病って、病気だったか? オレの知っている病気とは違う気がするが……」
「ふむ、私は医師や心理学者ではないから良く知らないが……病と名が付く以上、病気なのだろうな」
 そう言葉を交わすのは、目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011)と、デュランダル・ヴァーミリオン(一意専心・e24983)だ。
「そういうものか……まあ、解決しなければならないのは確かだが」
「ああ、五月病がまさかこんなにも厄介なものになるとは思っていなかったな……とはいえ、これ以上蔓延されても困る。早く駆逐し切ってしまわなければな」
 宵闇の如き藍色の髪と夕陽の如き赤き髪。共に黄昏時の色を宿したその前髪を、ほぼ同時に掻き上げてみせた仕草は、まるで対を成す二人の貴公子にも見えるのは気のせいだろうか。
「まあ、美少年である自分には、五月病の物憂げな雰囲気も似合っちゃったりしなくも……なーんて、戯言は置いといてっと。このままだと、普通に孤独死一直線ルートですねー」
「その通りなのです! お日様に当たらずに、ずーっと閉じこもってるのは体にもよくないから、病魔退治がんばるなぁ~ん!」
「ええ、五月病なんて、さっさと追い払ってしまいましょう」
 そして同じく、何処かの御曹司っぽいあどけなさを残した少年、レオンハルト・シュトラウス(獅子の泪冠・e24603)が頭上に乗せた白き翼猫と戯れながら口にした冗談交じりの言葉に、チェザ・ラムローグ(もこもこ羊・e04190)とリュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)は、共に疑う事無く、ウィッチドクターとしての使命感に燃えながら大きく頷きを返す。
 かつて、チェザは病魔による被害に苦しみ、リュセフィーも不治の病を患っていた。
 だからこそ、同様の境遇に苦しむ人を救うべくウィッチドクターを志した二人にとっては、この一件は決して見過ごす事が出来ぬ問題であった。
 そして、そんな二人の他にも、負けず劣らずの意気込みを見せる者達もいる。
「休み明けに気が滅入るのには同意できます……でも、それに感けていては、6月なんて迎えられませんわ」
「ふっ……こういう時こそ、筋肉の出番って奴だぜい!」
 エニーケ・スコルーク(鎧装女武・e00486)ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)その人である。
 そんなエニーケは、やや入れ込み気味な鼻息を鳴らしながら、休みたい気持ちと働かなければならない使命感との狭間で、人は折り合いをつけねばならないのだ、自宅警備員としての経験に裏付けされた持論を説けば、対するムギも、筋肉は病魔にだって負けないのだ、と己の心臓が放つ紅蓮の炎にも似た熱き思いを知らしめるかの様に、ムキッ、とサイドチェストのポーズから、その引き締まった大胸筋をアピールしてみせる。
 ……なんて事をしていると。
「えっと……じゃあ、インターホンを鳴らしてみるね?」
 陽葉が、とりあえず、とインターホンのボタンを押す。
 直後、ピンポーン、とありきたりな音が流れる……が、室内からは全く反応がない。
「留守なのかな?」
「いや、電気メーターの回転数が速い……間違いなく居留守だな」
 そんな陽葉と真のやり取りを傍目にしつつ、エニーケがドア越しに聞き耳を立ててみれば、部屋の奥からカチッ、カタカタ、という微かな音が聞こえてくる……恐らくはマウスとキーボードを叩く音であろう。
「……ガン無視ですわね」
「仕方ねぇな。じゃあ、周囲の住民の避難も完了してる事だし……踏み込むとするか」
「では、大家さんから預かったこれで……」
 ムギの言葉に応える様に、リュセフィーは懐から取り出した合鍵で、静かにドアのロックを外す。
 続く瞬間、ケルベロス達は室内へと一気に雪崩れ込んでいった。


「うわぁ……」
 室内に踏み込んだ途端、レオンハルトが思わず声を上げる。
 それもその筈、何せ部屋の中にはペットボトルやスナック菓子の袋、あげくはケータリングの容器などが、それはもう足の踏み場も無い程に、床一面に散らばっていたからだ。
 そして、そんな部屋の最奥部では……五月病の青年、井吹・タケルが、突然の侵入者達を前に呆然とした表情で座っていた。
「締め切りはとうに過ぎていますわよ! 何やっていますの!」
「えっと、何……? 君達、誰……?」
 続くエニーケの剣幕にも、井吹は状況が判らず、呆然としたままだ。
 しかし、そこへすかさず真のフォローが入って来る。
「ああ、すまない。オレ達はケルベロスだ。今日は……キミの五月病を治療しに来た、って訳だ」
「え、治療……ですか?」
「ああ、そうだ」
 返す質問に対して、デュランダルがきっぱりと答えながら、肩を貸すようにして井吹を立ち上がらせる。
 そこに黒衣を纏ったリュセフィーが近付くと、井吹の胸に手を当て、彼に宿りし病魔を召喚する。
「……五月病よ! 出て来なさい!!」

 続く瞬間、まるで叩き出されたかの様な勢いで、井吹の身体から病魔『五月病』が現れ出でる。
「ホントに、やる気なさそうだなぁ~ん……」
 チェザが率直な感想を口にするのも当然の事であろう。
 その姿は、正に真っ黒に塗り潰した少年の影そのもの。だが、傍らにスナック菓子の袋を置き、胡坐を掻いたまま手にした漫画を読み耽っている様、そして身体の中心に、真っ白な文字で大きく書かれた『現実逃避』の文字が、彼が怠惰の化身である事を象徴していた。
 そんな病魔がまるで大きな欠伸をするかの様に両腕を上げた瞬間、放たれた魔力が部屋中を恐ろしいまでの怠惰な空気で包み込み、ケルベロス達の正常な思考を奪おうとする。
「ミミック、井吹さんを護って!」
 リュセフィーの指示に従い、彼女のミミックが井吹の身を護ろうと、我が身を盾にして放たれた魔力を一身に受け止める……が、そのダメージは重く、今にも動きを止めてしまいそうだ。
「こいつは結構キツイな……」
 予想を越えたダメージを受け、正常な思考を奪われかけながらも、ムギは地獄の炎で赤熱化した全身に力を籠めて立ち上がると、火竜の大槌を構える。
「だが、どんな敵だろうが! 我が筋肉で打ち砕くのみだ!」
 そして、渾身の一撃と共に放たれた超重の一撃は、彼の姿に相反する様に、病魔の身体に薄氷を纏わせる。
「井吹さんに取り憑いて、リプレイの公開を遅らせる……いえ、遅れるどころか遅刻返金の上、活動休止に追い込もうなんて……ああ、駄目! 絶対に許しちゃおけないっ!」
「柔を以って剛を制す……私の拳、その身で受けるがいい!」
 そこへ続け様に、陽葉が己に蓄えた怒りと重力を籠めた青き薙刀を振るい、デュランダルが流れる様な動きで病魔へと狙い済ました拳撃を叩き込む。
「続け、煎兵衛……消し飛べ!」
「エニシア、援護してくださいっ!」
「ナノナノ~!」
「ふなー!」
 真とレオンハルトが自身のサーヴァントへ指示を飛ばす。直後、ナノナノの煎兵衛とウイングキャットのエニシアの支援を受けた二人は見えざる爆弾と煌く流星の如き飛び蹴りが炸裂させると、続けとばかりにチェザのボクスドラゴン、シシィが病魔へと体当たりする。
「この怠惰の豚が! 豚の分際で自己満足の為、苦しくとも今を必死に生きている人間様を、現実逃避に巻き込みなさんな!」
 そして静かな怒りどころか怒り心頭となったエニーケが、冷酷な本質を解放させ、あらん限りの罵りの言葉を浴びせる……が、黒い影は相変わらず胡坐を掻いたままだ。
 手応えはある以上、此方の攻撃は確実に聞いている筈だ。
 だが、敵の表情も動作にも全く変化が見られないのは、どうにもやり難い。
 そんな状況の中。
「がんばれ♪ がんばれ♪ がんばるなぁ~ん♪」
 突如として、部屋中がチェザの召喚した羊達によってふわもこの空間と化し、続く彼女達の応援が、仲間達の闘志を呼び覚ましていく。
 そしてリュセフィーも、井吹が自身の放った虹色の光とミミックに護られるながら部屋の外へと脱出した事を見届けると、再び眼前の病魔へと向き直った。


 戦いは、長期戦への様相を見せ始めていた。
 病魔は動きほ封じられそうになる度にその身を回復しては、怠惰な魔法をだらだらと浴びせ続ける。
 対するケルベロス達は、と言えば。
「それにしても……」
「狭っ、この戦場、狭過ぎっ!」
 さもありなん。
 何せ、本来は一人暮らしを前提とした部屋の中に、病魔と戦う8人のケルベロス達に加え、4体ものサーヴァントが動き回っている以上、その狭さは尋常ではない。
 それでも彼らは、この狭い戦場や稀に発生する同士討ちに悩まされつつも、病魔への攻撃を手を休めはしない。
 そんな状況が、幾度も続いた頃だろうか。
 勝利の天秤は徐々に、だが確実にケルベロス達の側へと傾き始めていく。
「二槍を以て一撃と成す……私の放つ迅雷を受けてみるがいい!」
「明日から本気を出す……絶対ですわよ!」
 デュランダルの構える二本の槍が雷の霊力を帯びるや、神速の突きとなって病魔へと襲い掛かると、エニーケは先送りの努力を誓った心を溶岩と変え、病魔の足元から噴出させた……それも、井吹のノートパソコンを巻き込まぬ配慮をした上で。
 そんな中、時には予想出来ぬアクシデントも発生する。
「そのまま引っ掻け! よーし、このまま畳みかければ……」
「あっ!? シシイ、そっちは駄目なのです!」
「うわっ……熱っ!?」
 エリシアを病魔へ飛び掛からせたレオンハルトの背中へと、催眠状態のシシイが本気でブレスを放射したのだ。
「あわわわ……ごめんなぁ~ん!」
「じ、自分はこんな怪我、平気ですから……」
 半泣きになりながら緊急手術を施すチェザを気遣う様に、レオンハルトは笑ってみせると手にした戦斧を構え直すと。
「この痛み、お返しします!」
 光り輝く呪力と共に手にした戦斧を一気に振り下ろし、痛烈な一撃を叩き込んだ。
 そして、リュセフィーが、再び虹光のヴェールを展開し、前衛達を催眠状態から解放させ、戦線を立て直していく中、彼女のミミックがエクトプラズムの刃で病魔を切り付ける。
 だが、病魔はまだ倒れない。
 それどころか、まだなんとかなるだろう、と鷹を括るかの様に、受けたダメージを回復し、更なる長期戦に備えようとする。
 だが、ケルベロス達はそれを許す事はしなかった。
「なんとかなる、とか思ってるんだろうが……そうやって何度でも回復しようが、俺達はそれ以上の速さでお前を叩き潰すだけだ!」
 幾度目かの回復を遂げた病魔へ向け、ムギがそう宣言すると、自身の右腕に地獄の炎を収束させるや、そのまま炎を推進力にして拳を放つ。
「筋肉をぉぉ、舐めるなああぁぁぁっっ!!!」
 その鍛えられた筋肉から繰り出された一撃は音の壁を超え、パンッ、という炸裂音を伴って弾丸の如き勢いで病魔を打ち貫く。
 そして。
「これで終いだ……破ッ!!」
「絶望を断ち切れ、光よ!」
 一気に間合いを詰めた真が放った、影も映らぬ程の超高速で繰り出された蹴りと、陽葉が「光の意志と希望」から具現化した光の剣とが、交差する様にして病魔へと放たれる。
 そして二つの斬撃は、十字を切るかの様にして病魔の身体を断ち斬った瞬間、四つに分かれた黒き影は、周囲に広がる怠惰な空気と共に、跡形も無く霧散し、消滅したのであった。


 戦いが終わって。
「……何か、お手数をお掛けしちゃって、申し訳ないです」
「あ、いえ……私達も、部屋を荒らしちゃって、すみません……」、
 チェザやムギと共に壊れた部屋をヒールし終えたリュセフィーは、部屋に戻って来て平謝りをする井吹へと言葉を返してから。
「伊吹さんは五月病にかかっていたんです……でも、これからは仕事にも精が出せるようになりますよ」
 と、優しく語り掛けると、他のケルベロス達も井吹へと励ましの声を贈り始める。
「えっと、ふたつのお仕事をするのは大変かもしれないけど、きっと仕事して良かったなーって思えるかもだし、がんばるのは良いことだと思うなぁ~ん」
「うん、君の書くリプレイを楽しみにしてる人が、何十人何百人といるんだよ。今までもらってきたファンレターを思い出して! きっと力になる筈だよ!」
「そうだ、君がシナリオマスターとして働いていた時の事を思い出すんだ。そして、君のシナリオを心待ちにする人が居る事を忘れない事だ」
 そして、チェザ、陽葉、デュランダルが次々と励ましの声を掛ける中。
「ダルい、面倒くさい、どうでもいい、そういう気持ちになった時こそ……筋トレだ!」
 さり気なくリラックスポーズポージングを決めたムギが一際熱く言葉を放つ。
「そうして汗を流せば、自然と心も身体もリフレッシュ! 気分爽快で仕事に励める、って奴だぜい」
 そこで言葉を切ると、ニカっと笑って白い歯を見せた。
 そんなケルベロス達の熱い励ましの言葉を受けた井吹は。
「皆さん……僕、もう一度、頑張ってみます!」
「何があったかは知らないが、治ってよかったね。新しい環境に馴染むには時間がかかるだろうが、それもあと少しの辛抱だ。先が見えてくるまで……ガンバレ」
「はい、ありがとうっございます!」
 更なる真の励ましに背中を押される様に、早速ノートパソコンを開くと、執筆作業に取り掛かり始めるも。

「本業も無断欠勤は首が綺麗に飛んでいきますけどー、PBWの方もプレイヤーさん同士の情報網があるので、遅刻するマスター様の名前は皆よーく存じていますよー」
「ひいっ」
「ところで、無断欠勤とリプレイ遅延は初めてですわね? ならば、力の限り現実に抗ってみせなさい!」
「は、はいっ!」
 続くレオンハルトとエニーケの脅しに、井吹は身を縮める……が、ふと何かに気付いて手を止め、にやりとした笑みを浮かべる。
「あれ? PBWの事、妙に詳しいですね……もしかして、プレイヤーさんですか?」
 思わぬ井吹の反撃に、エニーケと陽葉は素直に頷き返すが……レオンハルトだけは、思わず返す言葉に詰まってしまった。
 確かに、デュランダル達の様なネットで齧った知識しか持たぬ者ならば、遅刻に対するプレイヤー達の反応や、遅延返金という言葉は出てこない筈。
 だが、そんな事を口にする……という事は。
「あら、あなたも同好の」
「いや、その……」
 雉も鳴かずば撃たれまい。
 そんな言葉がレオンハルトの脳裏に浮かぶも……時すでに遅し。
 美少年たる自分を取り繕おうと躍起になる彼の前へと、エニーケと陽葉のプレイヤーキャラクターの描かれた名刺が、満面の笑みと共に差し出されたのであった。

作者:伊吹武流 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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