鉱石ラジオと雨の歌

作者:柚烏

 ――何処までも広がる、あおあおとした草原は今、煙るような灰色に染まっていた。
 鉛色の空から降り注ぐ雨雫が静かなノイズを奏でる中、草原の片隅に転がる壊れたラジオは、最早空を漂う音を捉えることは叶わない。しかし其処へ、蜘蛛足を動かすコギトエルゴスム――小型のダモクレスが忍び寄った。
 かさり、とラジオに入り込んだ其れは、瞬く間に廃棄品を作り替え、新たな生命を吹き込んでいく。壊れたラジオは、よく見れば年代物の鉱石ラジオであったのか――硝子のドームの中、澄んだ煌めきを宿す鉱石が淡い光に包まれた刹那、赤銅色のコイルが機械の四肢に巻き付いていった。
『――ガ、ガガ……ザー……』
 やがて、異形のダモクレスと化した鉱石ラジオはノイズをまき散らしながら、グラビティ・チェインを求めてゆっくりと動き出す。
 ――雨は未だ止まず、鉱石ラジオも音を拾えぬまま。りぃん、とその時微かに鳴った音色は、鉱石が涙を流したような、静かな哀しみを湛えていた。

 ――あの、ね。囁くような声でフィオネア・ディスクード(箱庭の鍵花・e03557)が取り出したのは、鉛色の鉱石だった。それは鉱石ラジオとしても使われる石だそうで、もしかしたらダモクレスに変じる可能性もあるのではと、彼女は憂慮していたようだ。
「……うん。今回の事件が正にそれでね、放棄されていた鉱石ラジオがダモクレスになってしまうんだ」
 微睡むようなフィオネアの相貌を見て、エリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)もちょっぴりやるせない表情で、そっと溜息を零す。
 鉱石ラジオとは、その名の通り鉱石を用いて受信を行うラジオで、基本電源を必要としないのだが――今回ダモクレスとなったものはアンティーク品らしく、凝った造りになっており、電池を利用して動いていたようだ。
「部品とか結構細かくて、精度が高かったみたいだし……あと装飾用の鉱石があしらわれていて、電源を入れれば照明としても使えたみたい」
 ――硝子のドームの中、幻想的な光を放つ石は、まるで鉱石が奏でる音を拾い上げてくれるかのよう。しかしそんな洒落た鉱石ラジオは、ダモクレスとなりひとびとを襲い、グラビティ・チェインを奪おうと動き出す。
「幸い、ラジオは街外れの草原にぽつりと棄てられたものだったから、未だ被害は出ていないけど……放置すればダモクレスは、街へ向かうから」
 だから、そうなる前に現場に向かって、ダモクレスを撃破して欲しいとエリオットは頼んだ。尚、鉱石ラジオが変形したロボットのようなこの敵は、元となった電化製品に由来する攻撃を行ってくる。
「今回は、ノイズ……音に関する攻撃や、鉱石の光を操ってくるみたいだね。此方の力を削いでくるのが中心になるから、対策を確りと行った方が良さそうかな」
 見渡す限りの草原は鈍色の世界に染まり、しとしとと霧のような雨が降っている――しかし恐らく、戦闘が終わる頃には雨は止み、雲の切れ間からは光の階を思わせる陽光が降り注ぐだろう。
「だから、無事に戦いが終われば少しゆっくりしてくるのもいいかもね。雨音のノイズが止めば、何処からか新しい音が、聞こえてくるかもしれないから」
 お、と其処でヴェヒター・クリューガー(葬想刃・en0103)の狼耳がぴくんと揺れて、彼はにっと笑いながら皆に提案した。――折角だし、鉱石ラジオでも持参して、空に漂う音を拾ってみないか、と。
「懐かしい音楽や、異国の言葉……壊れたラジオが聞けなかった分も、俺たちが聞けると良いよな」
「……素敵、ね。みどりと空に抱かれて、鉱石のうたを聞けたのなら」
 時折見える、崩壊した幻影――其処に溢れんばかりの花が咲き誇ることを願って、フィオネアは穏やかな瞳を和らげた。風に靡く銀糸の髪を雨雫のように纏わせて、彼女は願う――いつか、まぼろしの景色を花で埋め尽くせるように、今は希望の種を蒔こう、と。


参加者
朝倉・ほのか(ホーリィグレイル・e01107)
スプーキー・ドリズル(勿忘傘・e01608)
フィオネア・ディスクード(箱庭の鍵花・e03557)
百鬼・澪(癒しの御手・e03871)
クラル・ファルブロス(透きとおる逍遥・e12620)
御船・瑠架(紫雨・e16186)
君影・流華(ウタカタノウタウタイ・e32040)

■リプレイ

●灰色の草原
 霧雨が降りしきる草原は灰色に染まり、雨音のノイズに合わせてさやさやと、足元の草花が風に揺れている。この広い原っぱの何処かに、ダモクレスと化した鉱石ラジオが居る――君影・流華(ウタカタノウタウタイ・e32040)は茫洋とした相貌を引き締めて、心通わせたボクスドラゴンのセラフと顔を見合わせ頷いた。
(「何だか、此処は、まるで海、みたい」)
 一斉にそよぐ辺りの草たちは、さざ波をたてる翠の海のよう。その光景に知らず流華の足取りも軽やかになる中で、くるりと和傘を回す御船・瑠架(紫雨・e16186)は、傘を弾く雨音にそっと耳を澄ませていた。
(「雨は好きです。……私の代わりに泣いてくれますから」)
 そんな想いを抱く瑠架のかんばせは、女性と見紛うほどに美しく――その唇は上品な笑みを湛えている。けれど、降りしきる雨が悲しみの雨となるのであれば、晴らしにいかねばなるまいと彼は歩を進めた。
「鉱石ラジオ……初めて聞く言葉ですが、何だか素敵な響きです」
 ぽつりと囁き、鮮やかな深紅の瞳を瞬きさせる朝倉・ほのか(ホーリィグレイル・e01107)に、百鬼・澪(癒しの御手・e03871)もふんわりした微笑みで同意する。自作も可能なラジオだと言うけれど、鉱石を媒介に音を拾うと知れば、石たちの声も聞こえてきそうな浪漫がある。
「小さな石がラジオになって音を奏でたり、ランプになったり……不思議ですよね」
 友人同士で会話に花を咲かせる傍らでは、澪のボクスドラゴン――花嵐がかさかさと叢をかき分けていて。その様子を微笑ましく見守るほのかは、どんな音が聞けるのか興味を抱いているようだが、倒すべきダモクレスには違いないと己を奮い立たせた。
「ええ、人々を襲うものを、見過ごすわけには参りませんものね」
 ――そう、鉱石が音を紡ぐなんて不思議なこと。澪の呟きを聞きながら、フィオネア・ディスクード(箱庭の鍵花・e03557)は童話の世界に迷い込んだような足取りで、気儘にふらりと草原を渡る。
「鉱石ラジオって、見てるだけでワクワクしちゃう、のよ」
 雨露の糸のような髪を飾る桃花が、甘い香りを空に漂わせる中――フィオネアはきっと飾っているだけでも素敵だっただろうにと、ラジオを想い吐息を零して。
「……棄てちゃうなんて勿体ないわ、ね」
(「満足がいかなかったのか……使い手にこそ恵まれなかったのか」)
 灰色の瞳に草原を映したクラル・ファルブロス(透きとおる逍遥・e12620)も、鉱石ラジオの辿った物語を探そうとするが、それを知る確かな術は無いのだと改めて知った。――かつて初期化した心のかたちを、二度と取り戻せないのと同じように。
「……あ」
 やがて一行の行く手に、降りしきる雨の中佇むレトロなロボット――鉱石ラジオのダモクレスが見えてきた。狼耳をぴくりと揺らすヴェヒター・クリューガー(葬想刃・en0103)が立ち止まるのに合わせ、クラルも髪を飾るデバイスを動かし、自宅警備術を行使しようと身構える。
(「君はひとり、此処で何を見て……何を聞こうとしていたのかな」)
 何故だかそのダモクレスの姿が、酷く寂しげなものに見えて――スプーキー・ドリズル(勿忘傘・e01608)は思わず傘を貸したい衝動に駆られたが、その想いは胸の奥へと封じ込めた。
(「……ああ、分かっているよ」)
 ――きっとそれは、霧雨に打たれながら喪失を味わった自分を、彼に重ねてしまったから。無意識に伸ばされたスプーキーの指が冷たい銃の引き金に触れたその時、此方の存在に気付いたダモクレスが、ゆっくりと赤銅コイルの絡まる腕を伸ばしてきた。
「なんだろう……とても、哀しい、音」
 仄かに輝く鉱石が共鳴するように震え、スピーカーからはノイズに混じって切れ切れの音が聞こえてくる。悲痛な表情で流華が艶やかな髪をかき上げる一方、フィオネアは覚悟を決めた様子で神槍を構えた。
「貴方の最後は私たちが見届ける、から」
 ――ああ、と力強く頷くグレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)も拳を突き合わせ、狼の尾を揺らしてダモクレスと向き合う。
「空に漂う音達をもう一度、っていうなら聞いてやるさ。だが――」
 グレインのまなざしは、晴れ渡る空のような澄んだ色を湛えていて。星辰を宿す長剣を掲げた彼は、孤独なラジオへ向けてきっぱりと宣言した。
「お前が他の誰かを傷つけちまう前に、そのノイズ交じりの音は仕舞いにするぜ」

●鉱石が聞いた、最後の音
 在りし日の役目を思い出すように、懐かしい音色を探すように――鉱石ラジオのダモクレスは、ノイズを奏でて此方に襲い掛かって来る。彼の繰り出す技は全て広範囲に作用し、且つ状態異常の蓄積を得意とする立ち位置についている――敵の特性を確認したグレイン達は、先ず相手の強みを封じようと動いていた。
「余計な雑音に惑わされないよう守るのが、俺の役目だ」
 状態異常への警戒を最大限に行う彼は、回復手の行動が妨げられるのを防ぐべく、守護星座を描いて加護をもたらす。草原に展開された星々の煌めきを受けて、雨雫がきらきらと光の粒に変わる中――攻撃に集中するフィオネアは、稲妻を纏う槍を手に斬り込んでいった。
「回復はお任せしちゃうけど……だいじょう、ぶ?」
「はい。支援はあたしと、クリューガーさんが分担して努めます」
 一瞬向けられた柘榴の瞳にしっかりと頷いて、表情を変える事無くクラルが告げる。彼女の烟るような声音に、ヴェヒターも任せろとばかりに長剣を振って、ふたりは耐性を行き渡らせるべく癒しの術を行使した。
(「このラジオが丁寧に作られたのは確かなようです。作り手に恵まれたのでしょう」)
 異形のダモクレスと化してなお、鉱石ラジオの面影はかつて美しい骨董品であったと窺わせるもので――きっと、見るものの郷愁を呼び起こすのだろうとクラルは思う。そんな彼女の振りまく紙兵と、ヴェヒターが構築する聖域の守護を受けて、後方からほのか達が狙い澄ました一撃を放とうとしていた。
「戦いを始めます。……竜の吐息を」
 戦いとなれば内気な態度を一変させたほのかは、冷然としたいろを滲ませた声で竜語魔法を紡ぐ。その掌から生まれた竜の幻影が、ダモクレスに劫火を叩きつける中――彼女は澪と連携を行うべく声をかけた。
「百鬼さん――っ」
 しかし、相手は連携に移れるよう意識を向けておらず、その隙を突いてダモクレスが鉱石の奏でるメロディを一帯に響かせる。
「……やっぱり、どこか哀しい音色だね」
 心を揺さぶられる旋律に、そっと瞳を伏せたスプーキーであったが、直ぐに深紅の弾丸を撃ち出して敵の動きを封じようと動いた。林檎飴を彷彿とさせる銃弾は、着弾と同時に標的を染め上げて――その血よりも鮮やかな紅目掛けて、流華の操る黒鎖が迫る。
「ごめんね。止まってて、ほしい、な」
 ――こうして戦うのは初めてだけど、頑張ってみせる。そして、この哀しい音が広がる前に止めてあげなければ。
 そんな誓いを抱く流華の傍ではセラフが属性を注入して守りを固め、一方で傘越しに瑠架の抜き放った刀が、勇ましき剣戟の音色を奏でていった。
(「これは己が斬り殺してきた者達の怨念」)
 禁呪である魂纏によって、霊魂が集った刃は黒に染まり――彼はその、己へ向けられた恨み辛みすらも力として外法を振るう。
「哀れで愛しい仔たち――往きましょうか」
 魔を討ち滅ぼし神秘を殺す瑠架の刃が、伝承の再現を行う中で、澪はダモクレスの機動力を削ぐべく立て続けに竜砲弾を撃ち出した。
「花嵐……お願いしますね」
 其処へ、心強い相棒がブレスを吐き出し蓄積された異常を増幅させていき、グレインも負けずと螺旋を籠めた拳を叩きつけて、内部から衝撃を与えていく。
「さぁ、霧雨のミュージックタイムはここ迄だぜ」
 ――確りとした足止めの蓄積を中心とした、状態異常の付与によってダモクレスの動きは精彩を欠いていった。それに加え、向こうの攻撃にはクラルが耐性を行き渡らせつつ回復を行い、グレインも巧みな付与を行って仲間たちを守護する。
「……電池は使い切らねばなりません。今は鳴り、歌い、輝けば良い」
 ノイズによる耳鳴りに耐えつつ、クラルはダモクレスへと語り掛け――皆を庇ってくれる盾役を、真に自由な癒しの光で包み込んだ。耐性付与に重点を置いた戦法により、懸念していたダモクレスの状態異常は上手く食い止められており、大した被害にもなってはいない。また回復役以外の者も、いざという時の回復に対応していたことも効果的だったのだろう。
 ――こうして守りを固めた一行は徐々にダモクレスを追い詰めていき、澪の数え歌に呼ばれた電流が四季の彩を伴い、一条の雷となってダモクレスを穿つ。しかし其処で、催眠に蝕まれたスプーキーがゆっくりと味方に銃口を向けたのだ。
(「ああ、彼女たちを……守らなければ」)
 敵である筈のダモクレスに重なるのは、亡き妻子の姿であり――大切な存在に向けて体術を繰り出すグレインの頭部を、非情な弾丸が撃ち抜こうと迫る。しかし、その間へ庇いに入ったのは、覚悟を決めた流華であった。
「大丈夫、痛く、ない。痛いの、消えるから」
 冷静に属性を注ぎ込み治癒を行うセラフに微笑んでから、流華は自分を奮起させるようにうたを唄う。そうして落ち着いて確実に対応しましょうと呼びかける、ほのかに頷いたヴェヒターが溜めた気力を解き放ち、スプーキーの浄化を行っていった。
「御船さん、合わせます!」
 後は畳み掛けるのみと、微かな甘さを含んだほのかの声に導かれて、電光石火の蹴りを瑠架が繰り出す。其処へ追い打ちをかけるのは、罪を滅ぼす無数の流星――それは、ほのかの詠唱する古代語魔法だった。
「眠れないなら、子守唄を歌ってあげる」
 透き通る声で囁くフィオネアの、小指の先から炎の白詰草が糸のように伸びて、ダモクレスの指に絡みつく。それは、終の縁結び――想い焦がれるような炎が全身を舐め尽くし、その先に待ち受けるのは死と言う名の約束だ。
 ――出来ることなら、貴方の紡ぐ音を聞いてみたかったとフィオネアは言う。けれどもう無理だから、おやすみなさいと彼女は別れを囁いた。やがてぼろぼろと焼け落ちていくダモクレスへ、瑠架やクラルも最後の言葉を手向けようと唇を開く。
「きっとあなたの涙も、雨が流してくれるでしょう。だからどうか安らかに」
「そして、この人達は受け止めてくれる事でしょう。あたしも、記憶ベースに空きがありますから」
 僅かな鉱石の欠片だけを残して、雨の中に消えていくダモクレスを見送った後、クラルはそっと自分に言い聞かせるように、胸元に手を当てた。
「……覚えておきます、あなたの事を」

●雨上がりの鼓動
 お疲れ様でした――安堵の息と共に、ほのかが皆に労いの言葉をかける中、澪も安全を確認して大丈夫のようだと頷く。
「……君もハートが欲しかったのかい? 僕達はよく似ているね」
 そうして僅かに残った鉱石の欠片を、そっとスプーキーが拾い上げて――空も晴れてきたようだと、クラルは雲の切れ間から射す陽光に目を細めた。
 ――いつしか草原を濡らす雨は止んで、辺りは鮮やかな色彩に満ちて。皆は其々にのんびりと、ラジオ片手に雨上がりの景色を楽しむことにした。
「貴方は、どんなうたを聴かせてくれるのかな」
 手の中の鉱石ラジオに語り掛けながら、フィオネアはひとり静かな場所へ。賑やかな音でも、切ない音でも、不思議な音でも――鉱石がくれた出会いを大事にしようと、彼女は瞳を閉じてラジオの音に集中する。
 ――雨上がりの空気は澄んでいるから、きっと綺麗に聴こえる筈。微笑むフィオネアの向こうでは、真新しい鉱石ラジオを手にクラルが、雨露草の中をゆっくり歩いていた。
(「懐かしいものは浮かびませんが、事象の確認はしたいですから」)
 けれど接続が悪いのか、手の中から聞こえてくるのは雨音の残滓のようなノイズたち。もう雨も降っていないのにと、逡巡の後クラルは近くを歩いていたヴェヒターに声をかける。
「あの、聞いてみて頂いて、よろしいでしょうか?」
「おー、俺で良ければ……っと」
 ラジオから伸びたアンテナをいじっている内に、次第にノイズは収まっていき――やがて聞こえて来たのは、雫が跳ねるようなピアノの調べだった。ダモクレスの弔いを終えた流華もまた、セラフと一緒に空に漂う音をつかまえて、雨上がりの空を見上げる。
「あの子も、本当は、こんな音を、出したかった、のかな」
 聞こえてくるのはどこか寂しく、けれど心があたたかくもなる歌で。おやすみなさい、と流華はダモクレスを想いながら、歌に合わせてメロディを口ずさんだ。
「こういう空気は好きです、百鬼さんはどうですか?」
「私も好きですよ。少し残った雨の香りが、瑞々しくて」
 胸いっぱいに雨上がりの空気を吸い込んで、澪とほのかは虹を探しに草原を歩く。隣を歩く花嵐にも笑みを向けながら、ほのかの口笛が鉱石の調べを奏で――その少し不器用な旋律は、微笑ましくもどこか懐かしいと澪の貌が和らいだ。
(「いつか童話で読んだ、少女が歌っていた歌のよう」)
 ――雨上がりの後の静けさは好きだ。その分聞こえる音が、はっきりと耳に届くから。そんな想いに耽るグレインの耳が、自分を呼ぶ友人の声を聞いてぴくりと揺れる。
「雨は晴れてしまったけど、雨音の聲名残りなら辿れるかな」
 シャーマンズゴーストのロティとファミリアのぴよを連れて、鉱石ラジオを差し出した熾月はふわりと微笑んだ。
「――ね、グレインも一緒に聞こ?」
「へえ、こうなってるのか」
 ラジオの仕組みを目にして頷くグレインは、独特な静けさの中で聞こえてくる互いの声やラジオの音に、興味深く耳を傾けている。
(「何だか、俺達だけの時間のような……どこか、目覚めたての朝のような感覚だな」)
「この子は何を拾ってくれるんだろ?」
 残ってるのは優しい音かもしれないし、俺たちの知らない新しい音かもしれない――そう囁く熾月は皆と一緒に、宝探しをするような感じで散歩しようと決めた。
 そうして聞こえた音に浸ったり、耳を傾けたり――そのリズムに合わせて歩く、なんてのも素敵だ。
「辿り着いた先に、もし虹があったなら。俺は、その聲を聞きたいって思うよ」

●虹をさがしに
 瑠架と霧夜のふたりも、鉱石ラジオを手に音を探そうかと、のんびり草原へ腰を下ろす。こうすることで供養にもなるかな、とちょっぴり真面目な表情で呟く霧夜のラジオからは、穏やかで優しい音色が流れてきていた。
「……止まない雨はない。私はこの言葉が嫌いでした。いつ来るかもわからない未来に希望を託す……無責任な言葉」
 その音楽に背中を押されたのか、瑠架は己の裡にわだかまっていた想いを、ぽつりぽつりと言葉にして。そんな彼の様子を、霧夜は柔和な笑みを浮かべてあたたかく見守っている。
「でもね、あなたが傘を差して下さると仰ってくれたとき。土砂降りの雨が少しだけ雲間を見せてくれたような、そんな気がしたのです……」
「そうだねぇ。振り続ける雨が止むのを、一人でじっと待つのは僕だって辛いさ。でも一人でなければ、雨が止むまで待つ間もきっと、幸せな時間になるさ♪」
 ――そう、愛に生きると豪語する霧夜の愛情に、何度瑠架は救われてきただろう。こうして自然に身体を寄せる自分のことも、彼はそっと受け入れ抱き寄せてくれる。
(「偶には甘えてみてもいいですよね。どうかこの時間が永く続きますように……」)
 そして、閉じた傘を片手に佇むルトゥナの元へは、待ち人であるスプーキーがやって来た。差し出された手を取った彼女は、虹を探しに行きましょうと穏やかに微笑む。
「虹探しか……それは素敵だね。なら僕が君の翼の代わりになるよ」
 そう言ってルトゥナをエスコートするスプーキーは、お姫様のように彼女を抱きかかえて空へと羽ばたいた。何だか照れちゃうとくすぐったそうなルトゥナの手には、スプーキーが自作した鉱石ランプのラジオが握られていて――雨の匂いが微かに残る青空を、竜の翼が横切っていく。
「雨は好きよ、でも上がった後に見られる虹はもっと好き。スプーキーちゃんは好き?」
「……僕は、雨は未だ愛せそうにない」
 けれど、やがてラジオからは聞き覚えのある音楽が流れてきて、それが童話の歌だと気付いたルトゥナは懐かしいと囁いた。
「あぁ……懐かしいな、とても」
 ――虹の彼方へ想いを馳せる歌に、トランペットを吹く女性の姿が重なる。そして、今此処に在る優しい微笑みと伝う音色に、いつしかスプーキーは伏眸を上げていた。
(「亡き妻に背を押された気分だ――」)
 泣いた後の空で、ぎゅっとルトゥナを抱きしめる中――彼の瞳には、空に架かる鮮やかな虹が映し出されていた。

 地上ではグレイン達が、ラジオに当たる光に空を見上げて虹を見つけ、澪とほのかも指差した先に架かる七色に瞳を煌めかせている。
 ――きっと虹の調べが、この光景を連れてきたのだろう。どんなに長い雨も必ず止んで、そして今みたいに光差し込む晴れがやってくるから。ぬくもりに包まれるルトゥナは、そっと空の虹に願いを託す。
(「どうか、貴方の心も晴れますように……」)

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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