五月病事件~私なしで世界は回る

作者:地斬理々亜

●必要とされていない私
「世界ってのは、歯車が噛み合ってるから動くんだ。時計と一緒」
 アパートの部屋の中、布団を被ったまま独り言を呟く女が一人。
「こうして私が会社をサボってても、世界は回ってる。つまり、私は世界に不可欠な歯車の一つではないっていうことだ」
 時刻は昼間……本来なら彼女が出社するべき時刻など、とうに過ぎている。
「世界は私を必要としていない。なら、私が好きなことをしていたって、文句なんて言われるはずがない」
 彼女は陰鬱な笑顔を浮かべて、枕元の漫画本に手を伸ばした。

●ヘリオライダーは語る
「五月病の大流行が起きています。ジゼル・クラウンさん他、多くのケルベロスの方々の調査によって、五月病の病魔が大量発生していることが分かりました」
 白日・牡丹(自己肯定のヘリオライダー・en0151)は言う。
「どうか、皆さん。この病魔の撃破を、お願いします」
 牡丹によれば、時計メーカーの新入社員、若岡・早苗という女性が、会社に行かずに部屋に閉じこもっている状態だという。
「普通に家を訪ねれば会えると思いますが、居留守を使われるかもしれません。その場合、鍵を壊して踏み込んでも大丈夫でしょう」
 早苗に接触した後は、チームにウィッチドクターがいれば、彼女から病魔を引き離し、戦闘を行うことができる。もしウィッチドクターがいなくても、該当地域の医療機関に協力するケルベロスのウィッチドクターが臨時に手伝ってくれるため、心配は無用である、という内容の説明を牡丹は行う。
「病魔の戦闘能力は、周囲に本や家具を生み出して叩きつけてくる攻撃、やる気がなくなるオーラをまとわりつかせてくる攻撃、相手の影からトラウマを具現化させて襲わせる攻撃、の3つです。トラウマも脅威ですが、叩きつけで付与される催眠や、オーラに付随する武器封じにも気を付けてください」
 最後に、牡丹は述べる。
「五月病は、再発しやすい病気のようです。可能であれば、病魔を撃破した後は、早苗さんの話を聞いてあげたりして、再発させないためのフォローができればいいかもしれません。……皆さんなら、きっとなんとかできると、そう信じています」


参加者
倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)
カロン・カロン(フォーリング・e00628)
クリス・クレール(盾・e01180)
天蓼・ゾディア(超魔王・e02369)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)
雨後・晴天(本日は晴天なり・e37185)
御春野・こみち(シャドウエルフの刀剣士・e37204)

■リプレイ

●接触
「宅配便です」
 早苗がいる部屋の扉の前に立ち、雨後・晴天(本日は晴天なり・e37185)が中へと声をかける。
 カロン・カロン(フォーリング・e00628)が扉をノックしてみるが、反応はない。
「実家からの荷物かなぁ?」
 少し間を置いてから、葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)が、隣人力を発揮して、親しげに言葉を継いだ。
「……うー」
 扉の向こう、奥の方で、もぞもぞと人が動く気配がした。だが、そのまま再び静かになってしまった。
「出るか迷ったけどぉ、やっぱりやめちゃったぁ、ってところかなぁ」
「そのようだな。そうなると、とれる手段は……」
 咲耶と晴天は思案する。
「壊しちゃいましょうか、扉」
「いや、カロン。合鍵を待ってからでも遅くはないはずだ。……ああ。ちょうどいいところに来てくれた」
 晴天の視線の先には、自分達のいる方向へ歩み寄って来る三つの人影。倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)と、クリス・クレール(盾・e01180)、それに、樒・レン(夜鳴鶯・e05621)だ。
「大家さん、快く合鍵を貸してくれましたよ」
 柚子が、手に持った小さな鍵を見せる。
「他の二人は、先に駐車場へ向かった」
 クリスは、天蓼・ゾディア(超魔王・e02369)と、御春野・こみち(シャドウエルフの刀剣士・e37204)の二人が、戦場となる場の人払いに行ったことを告げる。
「分かったわ、ありがとう。それじゃ、ちゃっちゃと開けちゃいましょ」
 カロンが合鍵を受け取り、鍵穴に入れて、回す。かちゃ、と小気味いい解錠音が鳴った。
 ケルベロス達が中に踏み込むと、パジャマ姿の女性、すなわち早苗が、布団でうつ伏せになったまま、驚きのあまり硬直していた。
「自分が必要とされていないという思い……それは病魔に憑かれているが故だ。今から病魔を切り離す」
 レンが手短に伝える。
「え……あなた達、一体……」
「ケルベロスです」
 柚子が答えると、早苗の瞳から怯えの色は消えた。
「でも、私、病気なんかじゃ……」
「ゴネるようなら担いで行くわよ?」
 否定の姿勢を示そうとした早苗に、カロンは本気で言う。
「い、いえ! 分かりました……」
 こうして、一同は早苗を部屋から連れ出すことに成功した。
 やがて、駐車場に到着すると、そこではゾディアとこみちが待っていた。
「フゥーハハハハ! 来たか、黒き魔をその身に宿せし者よ! だが、案ずることはないぞ、サナエ! 我らがその魔を完膚なきまで滅してくれよう!」
「そういうことです、病魔はわたし達が退治します。それで、早苗さんには絶対、元気になってもらいます!」
 ゾディアとこみちは言う。
 場にはキープアウトテープが張られ、既に人払いが済まされていた。
「では、心の準備はいいだろうか。若岡さん」
 晴天が早苗に問う。
「……はい」
「いい返事だ」
 晴天が、病魔召喚を行う。ずるり、と引きずり出されるようにして、人型の影絵のような姿をした病魔がその場に具現化した。

●五月の病
 クリスが素早く早苗と病魔の間に割って入り、自称通りに己の身を盾となす。
 直後、病魔の黒い体に、『意気消沈』の白文字が浮かび上がった。前衛に陣取った者達が倦怠感に襲われる。しかしながら、人数が多いその列への攻撃は、効果が減衰していた。
「目標単体――欺け」
 クリスは、自らのバトルオーラ、『纏い手【殺気】』へと命じ、病魔の身をオーラで包んだ。そのグラビティ『黒の幻惑』によって、クリスの狙い通りに、病魔へと怒りが付与される。
 カロンは占術のカードを介した簡易魔術によって、魔蠍を呼び出した。夜色をしたその尾の先端が、病魔の左胸に突き立つ。
「気持ちいいでしょ? 何分もつかしら?」
 『蠍の心臓(アル・アクラブ)』――病魔は胸を掻きむしり、身をよじった。あたかも、毒を受けた生き物のように。
「こんな使い方もできるんですよ」
 柚子は、濃縮した快楽エネルギーを桃色の薄霧として拡散させ、前衛の仲間達を癒す。サキュバスミストのカスタマイズ版、『サキュバスヘイズ』である。彼女のウイングキャット『カイロ』も、羽ばたきによってヒールを手伝った。
「希望溢れる若人の未来の芽を摘み取る行為、断じて見過ごせん……!」
 レンが氷結の螺旋を病魔へ向けて放つ。キン、と涼やかな音とともに、病魔の身に氷が宿った。
「この超魔王が直々に加護をくれてやろう!」
 ゾディアは守護星座をアスファルトに描き、その輝きで前衛の耐性を高めた。ボクスドラゴンの『魔王竜ルシファー』は、病魔へとブレスを吐きかける。
「それじゃぁ、アタイも行くよぉ」
 咲耶は御札を懐から取り出し、氷属性の槍騎兵のエネルギー体を召喚。病魔へと、凍てつく突きを繰り出させた。
 メディックの晴天は、カイロが未だ武器封じの効果を受けているのを見逃さず、気力を溜めることで癒す。彼のシャーマンズゴースト『快晴』は病魔に飛びかかると、非物質化した爪による一撃を加えた。
「わたしも、皆さんを癒しますよ!」
 晴天と同じくメディックであるこみちは、縛霊手から、霊力を帯びた紙兵を大量に散布し、前衛の仲間達の護りにつかせる。
「まだ戦いは始まったばかりですけれど、油断は絶対しませんからね!」
 一つに纏めた紫の髪を揺らして、こみちは病魔を見据え、はっきりと言い切った。緊張を懸命に押し殺しながら。

●病魔との決着
 体に浮かぶ白文字を『自己嫌悪』に変えた病魔が、カロンの方を向いた。
「そんなもの……今更だわ」
 とん、とカロンは軽やかに跳躍。自分の影から現れてカロンを襲おうとした『何か』から、逃れた。
「大したことないわ」
 着地し、カロンは呟いた。自己嫌悪も自暴自棄も、『慣れちゃった』から、と。
 この回避成功も手伝って、戦いはケルベロス側優勢に進んだ。状態異常への耐性を幾度も高めていることに加え、手厚いヒールが行われていることで、病魔はジャマーとしての真価を発揮できずにいた。
 回復が不要な状況に至り、攻撃グラビティを用意していなかったこみちが行動に迷う一幕もあったが、この有利な戦況に対する大きな影響はなかった。
 『自己嫌悪』の文字を浮かべた病魔は、自分の頭を抱えるような仕草をした。次の瞬間、快晴の足元の影が蠢いた――晴天の指示通りに命中しやすい攻撃を用いていた、つまり神霊剣を交えての攻撃をしたため、怒りの付与によって快晴が狙われる結果となったのだ。
「させない」
 クリスがアスファルト上を素早く駆け、体当たりのようにして快晴を突き飛ばす。身代わりになって攻撃を受けたクリスは、影から生じたトラウマに襲われた。
 されど、炎のように赤い瞳で、クリスが見つめる先は、あくまでも病魔。気力溜めを自らに施し、クリスは耐える。不屈の盾を名乗る者が折れるわけにはいかない、と。
「晴天くん、こみちちゃん! クリスくんの回復は任せたわよ」
 カロンはメディックの二人に声をかけると、しなやかな脚で病魔に電光石火の蹴りを叩き込んだ。
「承った」
「はい!」
 晴天とこみちは、オーラをクリスの身に溜めて、トラウマを除くとともに、癒す。
「もう大丈夫ですか?」
 柚子が問い、クリスが頷くことで肯定を示す。それを確認してから、柚子はオウガメタルを鋼の鬼と化し、拳を病魔に打ち込んだ。カイロがひっかきでそれに続く。
「哀れな病魔よ、今俺達が呪縛から解き放つ……!」
 手裏剣を投げるような動きで、レンが腕を素早く振るう。放たれた漆黒の弾が、病魔を射抜いた。
「我は光を喰らう者、我は闇を喰らう者、全てを無に帰する極光よ、万象を滅せ」
 ゾディアが放つのは、超魔王最大必殺にして最終奥義、『万象灰塵に帰すは闇の光芒(エビルブレイザー)』。ゾディアの両手の間に圧縮されたエネルギー塊が、闇色の光芒となって直線状に撃ち出される。圧倒的な破壊をもたらすその一撃が、病魔の体を焼き焦がした。
「これを受けてまだ立っているとはな、誉めてやろう! 行け、我が魔王竜ルシファーよ!」
 ゾディアに命じられた魔王竜ルシファーが、タックルを病魔にかます。
「キヒヒ、しぶとい病魔だねぇ」
 咲耶が怪しげに笑い、オウガメタルで覆われた拳によって、病魔に一撃を与えた。
 ケルベロス達の攻撃を受け、苦しげによろめいた病魔が、『自暴自棄』の白文字を体に浮かべる。病魔の周囲に椅子や机、分厚い本が出現し、病魔はそれらを次々に持ち上げては、クリスへと叩きつけていった。
 鈍い痛みに耐え抜いたクリスは、【殺気】を纏う――オーラによって催眠を除去する。
「もう六月も近づいてきたのだし、空気を読んで、さっさと根絶されてくれたまえ。――なァ、五月病くん?」
 晴天が言う。カロンが再び『蠍の心臓(アル・アクラブ)』の魔蠍を病魔へと放ったのを眺めながら。
「そういうこと。これで、おしまいよ」
 カロンが宣言するとともに、蠍の尾に刺された病魔の全身が崩れ、黒い塵になって消滅し始める。
「魂の救いと重力の祝福を願う。どうか安らかに」
 消えゆく病魔を見やりながら、レンが片合掌して言った。

●世界は回る
「助けていただきまして、ありがとうございました!」
 戦闘の邪魔にならない位置から見守っていた早苗が駆け寄ってきて、ケルベロス達に勢いよく頭を下げる。
「無事で良かった」
 クリスはそれだけ呟くと、他の仲間に視線を送ってから、駐車場のヒールを始めた。
 彼のそのアイコンタクトが、『早苗のフォローは頼む』という意味だと察し、真っ先に早苗に声をかけたのは、こみち。
「早苗さんに元気になって欲しいなって思って、だからこうして頑張りました」
 自身もよく病院にいたから、同じような考えを持ったこともある……そんな彼女なりにたどり着いた答えは、『生意気だから』と今は自分の胸にしまったまま、言うべきと判断したことだけをこみちは伝える。
「早苗さんの言う世界が、なんて言ってるかは、わたしには分かりません。でも、貴女を放っておけなかったわたし達がいる。それだけは、覚えててください」
「はい! ……皆さんが私を助けてくださったということ、私は絶対に忘れません」
 こみちの言葉に、早苗は明瞭な声音で返す。
 続いて、早苗に歩み寄ったのは晴天。
「まだ君がいるのはスタート地点だ。『君が必要なんだ!』と言わせるような力なんて、これから時間をかけて、ゆっくりと身に着けていくものだろう?」
「そう……なのかも、しれませんね。焦っちゃいけないのかも」
 晴天へと頷いた早苗に、咲耶が言う。
「それにねぇ、自分が『それをやりたい!』って思ってるかどうかってのがぁ、お仕事では大事だとアタイは思うのねぇ」
「あ……最初に持ってたその気持ち、確かに大事ですよね」
 納得し、咲耶の言葉を受け入れた様子の早苗に、カロンが静かに語り掛ける。
「貴女がいないと、ズレて、狂って、ダメになる歯車もあるはずよ。時計をよく知る貴女ならよーく分かるんじゃない?」
 早苗はカロンを見た。ネコ科の獣の、紫色をした瞳が早苗を見つめ返す。
「世界は機械。でも一個の歯車でも欠けたら、いびつに狂う、繊細な機械。貴女が元気に回ることを喜ぶ人も、ちゃんといるのよ」
「あ……」
 カロンは続ける。
「この世界は、替えの利かないオーダーメイドだもの。『貴女』というパーツが良いって思っている人も、ちゃんといる。必ずね」
「……っ、ありがとうございます! そう言ってもらえて、その……私、すごく、嬉しいです」
 早苗は、感無量といった様子で言う。傍で聞いていたレンが静かに頷いた。
「世界は誰かの優しさや頑張りが重なり合い、組み合って成り立っている。貴女もその『誰か』の一人、すなわち世界を築く大切な歯車の一つだ。貴女の夢で沢山の人達を笑顔に、幸せにして欲しい」
「はいっ!」
 力強くレンに応じる早苗。
 遠巻きにそれを眺めていたゾディアが、付け角を外して隣の柚子に声をかけた。
「これ以上、俺達が何か言う必要はなさそうだね」
「ええ。早苗さんは、もう大丈夫だと思います」
 まともなお兄さんモードになった彼へと、柚子は静かに微笑む。
 おそらく、早苗が悲しき思考の泥沼に再び陥ることはないだろう。
 世界は、これからも回る――代替のできない、不可欠な『歯車』と共に。

作者:地斬理々亜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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