藤寺心中

作者:森下映

「ゲヘヘ……」
 深夜の山中。ヘッドライトをつけた、かなり太めな身体にボサボサの髪の男性が歩いている。男は山道のせいで汗をかいているのか、しきりに眼鏡をあげて目元をぬぐっては、ブツブツと独り言を言っている。
「聞いちゃったですよ聞いちゃったですよ〜僕ちゃん好みのウ、ワ、サ。ってこの山道なんとかなんねーのかよ……」
 フウフウハアハアと荒くなってくる息遣い。だがそれは山道のせいだけではないようだ。
「藤の盛りが終わる頃、山奥の寺の藤棚の下で僕達も一緒に死を迎えよう〜なんて男に騙されて、自分だけ死ぬはめになった女がいたとか……それ以来この時期になると、」
 男の顔がだらしなくゆるんだ。
「藤の着物を着た妙齢の女が夜な夜な心中相手を求めて現れるっていうじゃありませんか! しかも着乱れて……あああ僕ちゃんのど真ん中ですよ!」
 今度は汗ではなくヨダレをぬぐっている。
「まあ心中相手を求めてってことはそういうことなんでしょうけどね。そのへんは僕ちゃんも多少腕力には自信ありますし? とここだここだ」
 辿り着いたのは小さな廃寺の前。藤棚も小さいが、手入れはされている様子。
「さ〜あ、恥ずかしがらずにでてきくださぁ〜い。僕ちゃんがたっぷり慰めてあげ」
 突如バタリと男が倒れた。衝撃で外れたヘッドライトが転がり、
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 鍵を持った第五の魔女・アウゲイアスと、1人の女が照らし出された。
 女の黒地に藤の描かれた着物と淡藤色の長い髪は、どこからか走ってきたように乱れており、顔には全く表情はない。抜けるような赤紫の瞳は長く切れ、薄い唇は紅もささずに閉じられている。
 そしてその手に握られた懐刀は赤い血に染まり、よくよく見れば着物も、白い顔も、返り血らしきもので汚れていた。

「ろくでもない目的からの興味だったみたいだけど、このままにはしておけないわね」
 情報をきき、小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)が言う。
「『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようですが、奪われた『興味』を元にして現実化したこのドリームイーターは事件を起こそうとしています」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が言った。
「ええと、興味の内容から察するに、このドリームイーターは『出会った人に襲いかかり、懐刀で殺してしまう』といったところ?」
「はい。ですので、被害が出る前に撃破をお願いします。ドリームイーターを倒すことができれば、『興味』を奪われてしまった被害者も目を覚ますでしょう」

 出現したドリームイーターは1体。戦闘時には惨殺ナイフ片手装備相当のグラビティを使用する。ポジションはクラッシャー。
「辺りは真っ暗よね。まあ、ヘッドライトは落ちてるみたいだけど」
 『明かりの準備が必要』と書き留める涼香の肩越しに、ウイングキャットのねーさんも覗き込む。セリカは頷き、
「ドリームイーターは誰かに出会うと『自分が何者であるかを問う』ような行為をして、正しく対応できなければ殺してしまうという行動をとります」
「もし正しく答えるとしたら……心中相手を求めているとか、あとあまり本人に言いたくない気もするけど、以前男性に騙されて自分だけ死んでしまった……とかなのかな」
 噂は噂に過ぎないが、悲しい噂だと涼香は思う。
「それからドリームイーターは自分の事を信じている人やうわさをしている人がいると、その人の方に引き寄せられる性質もあります。うまく誘き出せば有利に戦えるのではないでしょうか」
 被害者の男性や藤棚、寺からある程度離れた所での戦闘も可能なはずだ。

「攻撃力も高そうだし危険な感じがするわ。確実に倒さないとね」
 そう言った涼香に、よろしくお願いします、とセリカは頭を下げた。


参加者
泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)
藤守・つかさ(闇視者・e00546)
八剱・爽(エレクトロサイダー・e01165)
相馬・竜人(掟守・e01889)
奏真・一十(寒雷堂堂・e03433)
皆守・信吾(激つ丹・e29021)
小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)

■リプレイ


「女の人に何するつもりだったのコノ人……」
 小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)が、倒れている男を見下ろす。
「まぁ……何というか……」
 一緒に確認に来た泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)は軽く眼鏡を直し、溜息をついた。
「噂話で良かった、って所かな」
 涼香が言い、2人で山道を戻る。
「それにしてもねーさんは相変わらずの美猫だな」
 と、壬蔭がウイングキャットのねーさんをよしよし。光の加減で銀色に輝く毛並みも青い瞳も本当に美しい。
 先には既に明かりが灯っていた。金の髪が眩しく輝き、地上の月の様なアンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)が2人に気づく。
「確認お疲れ様」
 掲げて見せたのは瞳と同じ天光色のランプ。
「こちらこそ準備ありがとう」
 答え、涼香は立入禁止テープを張る。
「この世の名残、夜も名残、か」
 灰色の髪に竜の角。荘厳な黒い翼は赤を滲ませる。相馬・竜人(掟守・e01889)の呟きに、
「ん?」
 皆守・信吾(激つ丹・e29021)が振り返った。
「あー、いや……男の方は何を思ったのかってなぁ」
 竜人が思うは浄瑠璃の心中物。添い遂げるつもりで果たせなかった、あるいは果たさなかった男は。
(「決して離れまいと相手求める妄執は、添木に絡む藤蔓か」)
 足場を作りながら信吾もぼんやり考える。憐れな怨念。噂が本当ならば安らかな眠りを齎せてやりたい。
(「心中、な……」)
 木の枝に灯りを括り付ける藤守・つかさ(闇視者・e00546)は変わらず夜に紛れそうな漆黒に身を包んでいた。が決して儚くはないその黒は彼を其処へ留め続けている様でもある。
「伝承や怪異は好きだ。 ……これは此処で良いか?」
 月色の灯りが自身の紫の瞳を優しく照らす。一目で彼がウェアライダーだとわかる者はいないだろう。奏真・一十(寒雷堂堂・e03433)。
「いいんじゃねぇかな?」
 八剱・爽(エレクトロサイダー・e01165)が答えた。ヘッドフォンに添う3枚の羽根は、しまっている竜胆の代わりに水青の髪に咲いている様。一十は頷き、
「故に『噂』の事件は正直楽しんでいるが、人の口に戸は立てられぬと言う。元を断たねば際限無いな……」
 枝へ灯りを吊るす一十の足元、水色の毛並みに額の貴石と同じ青い瞳のボクスドラゴンサキミは顔をしかめ気味、ピンクの封印箱に座って待っている。
「そろそろか」
 壬蔭が言った。
「そーだな。んじゃここは直球で……『藤の着物の女が出るんだって? 美人なら一度拝んでみてぇもんだ』」
 爽の少々大袈裟な様子に空気が和む。
「藤の着物か……見事なのだろうな」
「噂通りであれば、この辺りで会えるのでは?」
 アンゼリカと一十が言い、
「しかし騙された挙句、死してなお現世で道連れ探しとは。気の毒にな……」
「悲しい話だけど、一緒に死んでも良い、って位、女の人は好きだったのかな」
 と、涼香。
「命落とすまでなんていじらしくも思えるね。身分違いの恋に悩んだ挙句……なんて背景があるとかさ」
 信吾が言った。
「思い詰めた先が独りきりの旅路ってのは寂しい話だ」
「したって、今日び流行らねえと思うけどもな、心中とか」
 そう言った竜人が一瞬訝るように目を細め、続き腰に下げていた髑髏の仮面を何時の間にか現した竜の爪に挟むと、口角を上げる。
「なぁ? そう思わねえか?」
 話しかけた先、淡藤色の長い髪を滔々と流した女が立っていた。


「確かに装いはいい」
 壬蔭の言う通り、黒地に藤の描かれた着物は美しかった。そして爽は彼女の瞳を見て、
(「あんな色のサファイアあるよな」)
「御前達」
 女が裸足の足で山道を降りてくる。
「私が誰か、知っているかい?」
 色のない唇が囁く。静かで淡々とした響き。
「誰かって言われてもな。藤棚でも見に来たかい?」
 竜人が言う。女が懐刀を握りしめたのがわかった。
「言うまでもない。君の正体など知れた事だ」
 サキミが羽ばたき飛び上がり後ろへ下がると同時、一十は義骸装甲を装着した地獄の両脚で前へ出る。
「夢喰いの怪物よ!」
 真っ直ぐに向けられた指、くるりくるりと色を変えるオーラ、浮かぶ虹。女は笑ったように見え、瞬間両手に懐刀を構え地面を蹴った。一十の手元、黒鎖が生き物の様に動く。構わず突進する女。しかし、
「折角の装いも返り血は頂けないな」
 蔦状の植物が二段腕章の腕から空気を切って伸び、女に絡みついた。古びた腕章の持ち主が今の壬蔭を見ることができたなら、驚き賞賛を惜しまないに違いない。
「黄金騎使もお相手しよう!」
 凛とした声が響く。堂々とした振舞いは彼女の実年齢を忘れそうにもなる。背後に回り込んでいたアンゼリカは両手のライフルから、時間を凍結する弾丸を撃ちこんだ。
「アアア……!」
 絡む蔦、凍りつく手足。女が怯む間に一十は鎖で守護陣を山道へ描き出し、サキミは涼やかな水の属性をインストール。付呪に成功した者の額の近くには青い呪が浮かぶ。
「グ、」
 女が振り切って足を踏み出した。だが、
「さぁて本気出すかなー」
 宝石染で仕立てた服を身に着けた細身の体が1歩2歩。女と風の様にすれ違い、
「明日から♪」
 囁き、女が振り返った時には既に間合いの外。噴き出した溶岩が女の素足を着物を斬り裂き、血飛沫が上がる。
「『我が手に来たれ、黒き雷光』」
 上に向けたつかさの掌に黒いオーラが集い、雷鳴と火花を散らした。噴き上がるグラビティに結わえた髪の先も揺らぐ。差し向けずとも意志通りに向かった黒雷は、舞い散っていた血飛沫ごと黒に染める。
 女の瞳に理性はない。間に合ってとばかり涼香は自らに絡む葉蔦に花を咲かせ、
「皆を守るように、おまじない!」
 実った果実が黄金の光を放った。ねーさんの羽ばたきは後列へ耐性を。と、身を屈めてねーさんの下を走り抜けた女が、一十へ体ごとどん、とぶつかる。とっとっ、と2人の足元に血が滴った。女は刀を抜こうとする。が、掴んだ手が抜かせない。女の手首に竜の爪が食い込んだ。
「テメエと死んではやれねえが、きっちり殺してはやるよ」
 曰く『戦いが恐ろしかった頃の名残』。髑髏の仮面で表情を隠した竜人が庇いに入っていた。
「ジャマヲスルナ!」
 女は刀から離した片手で竜人の首を掴もうとする。しかし、
「『挑んでくるか? 上等、』」
 ――かかって来な、咬み千切ってやるからよ。
 竜の黒き右腕が容赦なく女を殴り伏せた。恐れを知るなら逃げ出しただろう、戦い知る者なら喜び挑んだろう。だが生み出されただけの怪物は、ただよろめいた。
 刀が外れる。相性悪く決して浅くない竜人の傷からどうと血が落ちた。
「そも。心中するなら男がテメエを殺さなけりゃ始まらねえんだ。テメエの方から殺しに来た時点で間違ってんだよ」
 言い放った竜人の顔を、激しい怒りを持って女が睨みつける。集中する殺気を逸らせようと信吾は鋼の鬼を差し向けた。その拳が着物の黒生地を灯りの外へまで散らし、淡藤の髪が逆さ扇の様に広がる。
 返り血と自分の血を道へ落とし、ずたずたの着物で女は駆けた。だがその足を伸ばされた如意棒が驚く程軽やかに、けれど強靭に殴打する。
「『用心しろよ』」
 如意棒を縮めながら一十がにっこりと笑い、
「殺意全開にしたところで我々には通じないと思うがな……」
 『vermiculus flamma』。独り言のように呟けば摩擦熱が壬蔭の拳へ炎を宿し、尾を引いて女を撃ち抜いた。


 戦いの音、女の呻き声。それ以外は静まり返った山道で、戦いは続いていた。
(「現れるか」)
 女の懐刀が映し出した1人の男が、つかさの側に立った。いたければ好きなだけいればいい。何れにせよ呪が消し去るのだから。刃を潰した懐剣。血の固まった喉の傷。何れにせよ過去は消えないのだから。
 兄と目を合わせるでもなく逸らすでもなく『刀ではない』ナイフを手につかさは走る。黒刃の狙う先は女。が、
「まだ、冥府に行く訳にはいかないんでな……!」
 言葉は何処へ向けられる。刃が激しく女を斬り裂き、同時兄の気配も消えた。
 しかしトラウマに平静を保てた者ばかりではなかった。
「う、」
 信吾が両手で耳を塞ぐ。カランと武器が落ちた。力を得た折の事故。脳裏に染み込んで離れない悲鳴を耐える信吾に拾い上げた武器をグラジオラスの花を模した武器飾りごと握らせ、
「落ち着いて、前を見て」
 涼香はサキミが信吾を頭上から回復する間に、『くるり、くるり』。
 爪先で1つターン。スカートが丸く広がり、ひらり舞う袖がゆらぎを生み、風となって皆を癒して通り抜けた。女の脚には再び一十の牽制の打撃が加えられ、
「ありがとう」
 涼香に信吾が言う。ねーさんはしなやかに尻尾を振りリボンが結ばれたリングで女の手首を縛った。信吾は死角へ回るべく片足で踏切り、宙で側転。斜め上方から氷結の螺旋を放つ。そして、
「『爽ちゃん、まだ頑張っちゃうんだ?』」
 爽の前に現れたのはピンクの瞳に5枚の翼。柔らかそうな髪を揺らし微笑む、
「ッ、黙れ!」
 別人の様に取り乱した爽が目を見開いてナイフを振り回す。胎内で爽の翼をむしり取り傷跡を残して息なく生まれた双子の妹。
「『彩が代わりにやったげよーか?』」
 爽がナイフを振り上げた。その手をアンゼリカが掴む。
「目を覚ませっ! こんな夢喰い等に――惑わされてはならない! そうだろう!」
 振り下ろしていれば爽自身に刺さっていたかもしれない。爽の目にはまだ笑う彩の姿が見えていた。だが、
「『我が騎士剣には、もう1つの姿がある……! 火よ、水よ、風よ、大地よ……混じりて裁きの刃となれ!』」
 爽を背にアンゼリカが身の丈以上の巨大な光剣を作り出す。そして大きな白い翼で宙を飛び、一瞬にして女へ間合いを詰めた。
「この一刀……捌くことなどできはしない! ……悪夢よ。光の中に、消えろッ!」
 防御許さぬ斬撃が眩しく苛烈に女を切り刻む。
(「落ち着け」)
 爽は1つ息を吐いた。額が温かい。サキミの守護呪だ。手の中で返したCorundum Nagelがランプの灯りに彩りを変える。彩を振り切るように、爽はそれを女へ向ける。
「ア、」
 ガタガタと女が震え出し、爽の耳から妹の笑い声は消え失せた。皆のトラウマが解除されるたびに涼香は胸をなでおろす。しかし彼女も。
「わたしが『こう』生まれたのは、わたしのせいじゃない!!」
 叫んだ声が掠れた。涼香を見つめる両親の冷たい目。サキュバスである事を理解されなかった過去。涼香にとって家とはただ、
「……?」
 肩に温かさが触れ、ねーさんがぺろりと目元をなめる。決し涼香が目を開いた先、
「探してる男はきっともうこっちにいねえぜ」
 竜人が、竜の腕と懐刀の激しい戦いの末、額から血を流しながらも女を殴り飛ばし、待ち構えていた壬蔭が鋭い突きで石化させた。
「うん、ねーさん。行くよ、気持ちいいをお裾分け!」
 サキュバスであるからこそ仲間を癒せる桃色の霧。竜人の出血は止まったが息は荒い。
 列攻撃がない事、盾役である事からかなりの攻撃が竜人に集中していた。回復役は勿論、竜人も度々ロッドを自分へ突き立て、強引な切開治療を試みてきたが、回復仕切れない傷は溜まっていく。そしてついに、女の刃が竜人の生命力を全て吸い取った。
「サア、イキマショウ?」
 女は倒れた竜人に馬乗りになると、止めを刺しにかかる。だが、
「其れはさせられない」
 眼差しは涼しく、背後から刃を直接握り止めた一十の手からは激しく、血が滴った。
 すぐに信吾が竜人を抱え、灯りの外へと移動させる。一十は自分へ標的を変えた懐刀を手の傷構わずヌンチャクで捌き、女の袂下から顎を殴打。続きつかさの空の霊力を纏った一蹴りが女を完全に一十からひきはがした。刀は使わずとも刀剣士である事は運命か望みか、それとも。
 ふと一十はひんやりとふんわりと全てを洗い流してくれるような感覚に気づく。振り返れば既にサキミは尻尾を向けていた。
 アンゼリカが帯乱れる体へ蹴りを放てば、女から血混じりの氷が散った。横一文字に切り払われた刃を胸元に受けた信吾は、地面へ倒れ込むようにしながら女を爆破。片手をついて立ち上がり、走りながら血ではりついた服をひっぱり肌からはがす。
「大丈夫か?」
「ああ」
 並走してたずねた爽に信吾が答えた。爽は頷き、口紅――型の柘榴石を取り出す。
「『……欲しい?』」
 粧う用に口付ければそれを見た女がぐらりと揺らいだ。恋罠仕掛、一目惚れのような衝撃は、女の膝を崩折れさせた。
「藤は綺麗なまま、終わりにしてやろう」
 壬蔭が言う。答える代わりに唇を引き締め、涼香は片手を女に向けた。放たれた竜の幻影が、女を焼き尽くした。


「着物の女でなくて悪いな、気は確かか?」
「うわっ!」
 一十に起こされた男が驚き、尻でずり下がる。
「あっ、サキミも女の子だから離れよーなー」
 女性陣遠ざけるべしと爽はガードしつつ、
「1人で夜の山は危ないぜ? 下心も命あっての物種だろ、無茶しなさんな」
「え、えっとオ?」
 噴き出た汗を拭う男につかさは状況を説明、
「下世話な興味で命落とさなくて良かったな?」
「公序良俗に反する行為は慎めよ」
 信吾も釘を刺した。
「わかったか? ならとっとと帰るぞ」
「ヒッ!?」
 男の首元を竜人がひっつかむ。
「何だ帰るのか?」
 壬蔭がたずねた。竜人は肩をすくめ、
「切った張ったの後はちっとな。皆気にせず楽しんでってくれ」
「君も無理はせずにな」
 アンゼリカが言う。
「問題ねぇ。ありがとよ。お前達もな」
 治療をした涼香とねーさんにも声をかけ、竜人は文字通り男を引きずって山道を下っていった。


「凄い、夢みたい」
 ライトアップされた藤を見て涼香が言う。
「こじんまりとはしているが、とても良く手入れされて綺麗だ」
 大切にしている人がいるのだろう。壬蔭が言った。
「今宵を終えてもまた廻り咲く。その喜びを知ってるのは幸せなことだよな」
 藤の季節は巡る。信吾も感慨深く藤を眺める。
「思った通り素晴らしいな。――我が姫とも見に来たいものだね」
 アンゼリカはそれが叶った時の事を想像し、思わず微笑んだ。一十はランプを翳し、つかさは静かに佇み藤の花を見つめている。
「山の夜風はまだ冷たい。温かい飲み物を用意してきたが、どうかな?」
「お、いーね」
 爽は飲み物を受け取ると礼を言って一口、
「こうやってまったりするのもいーよな」
「ああ。藤と月の組み合わせには何とも癒される」
 と、壬蔭は保存容器も取り出し、
「ねーさんとサキミにはクッキーを持ってきたぞ。ペット用で申し訳ないが」
「オヤツだって! やったね、ねーさん」
 涼香がねーさんと見つめ合う。親友がいて、仲間がいる。
 夢の様で現実で、涼香にとっては大事な毎日が皆とならきっと、続いていく。

作者:森下映 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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