五月病事件~現実逃避したい! そんな季節

作者:神南深紅

●閉じる世界
 目覚まし時計のアラームがピピッとありふれた電子音を奏で、ほぼ同時にスマートフォンから気に入りの曲が流れる。
「もう、起きる時間なんだ」
 その部屋の主である若い女性の声が部屋の中央から聞こえる。女性の声には覇気がなく、薄暗い部屋は時が止まってしまったかのように動きがない。
「今日も行かなくても……いいかな?」
 ベッドの下に倒れたかのように横になっていた女性はゆっくり体を起こし、手を伸ばしてコントローラーを握る。リモコンでテレビをつけると、画面にはきれいな木漏れ日が差し込む森が映っている。
「私がいなくたって会社は困らないしね。こっちの世界は綺麗だしやりがいあるし、ブラックストーム様はここにしかいないしね」
 彼女はテレビ画面の大きく映る黒く禍々しい角を持つ若い男性の端正な顔を見てニッコリ笑った。

  小さく肩をすくめヴォルヴァ・ヴォルドン(ドワーフのヘリオライダー・en0093)は言った。
「ゴールデンウイークはもう帰ってこない。認めたくはないが、次の祝日は7月までないのだ」
 きわめて残念そうな顔でヴォルヴァは言う。しかし、現実を直視することも、肯定することもできず、達観することも超越することも出来ない者たちが急増している。
「ジゼル・クラウンをはじめたくさんのケルベロス達の調査でも明らかになっているが、重篤な五月病が蔓延している。本人のためにも日本の経済のためにも早急に五月病の病魔を撃破してもらいたい」
 ヴォルヴァは言う。
 五月病に罹患し自宅アポートに引きこもっているのは小宮直子24歳。この4月に大手商社に総合職として就職した新社会人だ。数々の困難を潜り抜けて勝ち取った就職先であったが、1か月の勤務で夢も希望もすり減るほどに疲れ切ってしまった。そしてゴールデンウイークの間だけと学生のときに遊んでいたゲームを再開し、ガチで再ハマりしてしまったのだ。とくに悪魔風のちょい悪NPCブラックストーンすっかり入れ込んでいる。
「小宮には正常な判断力が低下しているとはいえ意識はちゃんとある。すんなり部屋に入れるかはわからないが、鍵を壊して踏み込んでも仕方ない」
 ヴォルヴァは穏便にとは言わない。それよりは五月病の患者から病魔を引き離し倒すことを優先してほしいという。引き離された病魔はコントローラー風の武器を手にキーボード風の盾を装備している。コントローラーからは遠隔斬撃攻撃、キーボードは治癒の力を引き出して戦う。さらに頭にはヘッドセットみたいな飾りがついていて、誰かと会話しているみたいな言葉には『優しい世界』とは真逆の『冷たいさらし』の理力攻撃を繰り出してくる。
「五月病の病魔は倒しても、この手の状況は再発しやすい。小宮にも色々と不安やなやみがあるのだろう。自分を助けてくれたケルベロスの言葉ならば、きっと小宮の心の奥にも届くだろう。その気があったらちょっとしたフォローをしてやってくれると助かる。そうだろう、ジェイド?」
 ヴォルヴァは先ほどからやる気満々といった風で、しかし端然とたたずむ(ジェイド・バスカール(サキュバスのウィッチドクター・en0023)に視線を向けた。


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)
サイファ・クロード(零・e06460)
セリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)
朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)
美津羽・光流(水妖・e29827)
龍造寺・天征(自称天才術士・e32737)

■リプレイ

●新緑の世界
 対象者が住む建物の前にケルベロスたちは集合していた。ごく普通のアパートの前にケルベロス達が集合しているのだ。普通ならばちょっとした騒動になることもあるだろうが、今は管理人が一緒にいるだけで他には寄ってくる者も、遠巻きして見つめている者も、写真を撮る者もいない。
「では管理人。諸事万端通達どおりになっているのだろうね?」
 メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)は当然、リクエストは十全に満たされていると信じて疑わない様子で言う。
「は、はい。住人の方々には理由を説明して外出してもらっています。ただ、不意の来客までは……」
「確約は出来ないというのだね」
 メイザースの態度はいたって普通であったが、管理人の男はビクッと小柄な体を震わせる。
「管理人さんは男の人だったんだね。じゃあ、管理人ですって言って開けてもらうのはナシだね、ハコ」
 朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)は小声でボクスドラゴンのハコにささやく。黄金色の瞳はどうしても下へと向けられてしまうが、ハコは優しく見上げてくる。
「うん。大丈夫。ケルベロスのお仕事は頑張るから」
 無言で励ましてくれるハコに結は小さく笑ってうなずく。
「そろそろ始まりそうですね。早く張り終えてしまわなくては」
 心配そうに少し離れた場所に立っていた結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)は慣れた手つきで『立ち入り禁止』のテープを部屋の前の通路に巡らせる。おそらく闖入者などはないだろうが、念には念を入れても害はない。
「こうしていてもしゃーないし、まずはメイザース先輩の案を片端からやっていくしかないんとちゃいますかね?」
 美津羽・光流(水妖・e29827)はニコニコしながら言う。すでにどこかの宅配業者の制服っぽい姿でそれらしいキャップをかぶっている。どこからどう見ても、陽気で出自不明なエセ関西人だ。
「ククク、5月病如き我が完全に駆逐してくれるわ!!」
 一番槍の武功を欲しがる戦国武将のように、他のケルベロス達を押しのけるようにして龍造寺・天征(自称天才術士・e32737)が丁寧にレオナルドの張り巡らせたテープを避けて進み出た。5月の柔らかいそよ風が天征の黄昏色に染まったおくれ毛をわずかに揺らす。そして扉の前までくると、いきなり誠心誠意頼み込んだ。
「小宮さん! お願いします! どうか、どうかこの戸を開けて我々を中に入れてください! お願いします」
 潔いほど頭を低く腰を曲げる。1分後、さらに頭が下がる。それでも扉は開かない。
「やっぱり宅配便作戦がいいんじゃないの? 引きこもりがちなら買い物の類は宅配や出前に頼っていそうだし。その手合いのフリをしてみたら開けてくれるかもしれないでしょう?」
 光流と同様に宅配業者っぽい服装をしているセリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)が提案する。
「うーん、やっぱセリア先輩じゃ隠し切れないヴァルキュリア感があふれてバレるんとちゃいますか? って、セリア先輩全然宅配作戦成功するって思ってないやん」
 種族らしさを微塵も感じさせない光流はセリアが手にしたチェーンソーにツッコミをいれる。
「そりゃあね。あんまり時間がかかりそうならご近所にも迷惑になるし」
「あ、ドアが……開きそう」
 ハコをぎゅっと抱きしめた結が小さくつぶやく。
「そ、そんなにお願いするなら、入れてあげない……こともない、かも?」
 扉が小さく開き、中からおずおずとした声がとぎれとぎれに響く。
「なんだ。意外と簡単に開けるではないか! ここから我の奥義が炸裂するはずであったのだがな! あははははっ!」
 目にもとまらぬ素早さで立ち上がった天征が壁に手をかけながらふっと笑みを漏らす。

「ほら、ジェイドもちょい悪アピール!」
 サイファ・クロード(零・e06460)はジェイド・バスカール(サキュバスのウィッチドクター・en0023)をたきつける。どうやら二人して対象者が好むゲームのNPCをまねているらしい。とはいえ、本格的なコスプレというわけでもないので、ゲームを知らなければどちらもサキュバスがサキュバスらしい恰好をしているだけだ。
「……ちょい悪アピールって何するんだ?」
「シニカルな笑みを浮かべてみるとか? ジェイド、ちょっと笑ってみてよ!」
「こ、こうか?」
「うーん。もっとこうエロく?」
「あの、もう扉が開いたみたいですけど?」
 試行錯誤を繰り返すサイファとジェイドにレオナルドが言う。どうやらずっと二人の努力を見ていたようだ。
「あ、ほんとだ」
 サイファが扉へと視線を向ける。

「ありがとう、お嬢さん。あなたならきっとこの扉を自らの手で開けてくれると思っていました」
 細く開いた扉のノブを優雅な所作で大きく開いたのはアレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)だった。金色に輝く魅惑的な瞳が小宮直子を映し、直子はその瞳に吸い寄せられるように陶然としてアレクセイを見つめている。
「……はい」
 直子は素直にうなずき、アレクセイだけを見つめ警戒も回避も何もしない。
「今だね。失礼するよ、レディ」
 メイザースが直子の前に出る。その瞬間、彼女の中に潜む『五月病』の病魔が現実世界へと引きづり出された。
「成功だ。ようこそ現実の世界へ、病魔君」
 メイザースの眼前に病魔らしい不健康そうな姿が出現する。と、同時に直子の身体がぐらりと傾いだ。
「ジェイド、この娘よろしく!」
 サイファが病魔から切り離された直子の身体をジェイドへと向かって投げる。
「乱暴ですよ、サイファさん」
 アレクセイが微かに笑って同族の行為をたしなめる。そういうアレクセイもサイファの動きを本気で不満に思っているわけでもない。
「お、俺たちが絶対に治療します! い、い、行きます!!!!」
 病魔もろともレオナルドが直子の部屋へと突進した。

●彼女だけのテリトリー
 部屋の中に入るとすぐにリビングダイニングへとなっている。日中にも関わらず分厚いカーテンで外の光が入ってこない。薄暗い中でケルベロス達と病魔との戦いがいきなり開始されてゆく。
「直子さんを治して見せます!」
 レオナルドの斬霊刀が姿を消し、目に見えない斬撃が病魔の身体が毒に浸食されてゆく。
「限りある生を生きる者にダラダラと無益な時を過ごさせるなど、罪深い」
 美麗なるアレクセイのはかなげな顔にほんのわずかな嫌悪がにじみ、手にした得物は『砲撃形態』に変化し病魔を撃つ。おおげさに避けた病魔の身体が小さなテーブルの上に載った皿ごと大きく押しやる。破壊の高い音と破片が飛ぶ。その破片がまだ床に落ちる前、天征の身体が突っ込んでゆく。
「ククク、5月病如きデウスエクスの中では最弱! 我が完全に駆逐してくれるわ!!」
 流れるような体術で態勢を変えると、流星のきらめきと重力、双方を宿した飛び蹴りが病魔の足元に払うようにヒットする。
「ハコ! お願い!」
 結はわが身の半身でもあるボクスドラゴンへと声を張る。その一言で全てを理解したハコは突進した。天征の攻撃で立ち止まっていたかのようだった病魔はハコの体当たりをかわし切れない。さらに結が放ったオーラの弾丸が倒れた病魔を追いかけ食らいつく。
「ジェイドさん。フォローをお願いします」
 必要のない治癒の力を使わず攻撃を行った結は振り返らずに言う。ジェイドが理解したのか確かめている暇はない。
「君を消滅させ、綺麗に完治を目指すとしよう」
 それがウィッチドクターの使命だとばかりにメイザースは手にしたライトニングロッドを敵へとかざす。そこからほとばしる雷光が敵を焼く……だが。
「効くかよ! そんな攻撃が!」
 回避できず攻撃を食らい、意外とダメージを負っているかのようなしゃがれ声で病魔が言う。
「そういうの、要らないから」
 セリアの冷たいアイスブルーの瞳が病魔を睥睨しつつ、装甲から光の粒子が前で戦う仲間たちへと広がってゆく。淡い光が仲間たちの能力をほんの少しだけ底上げする。しかし、戦場ではその『ほんの少し』が勝敗を分けることもある。
「オレは病魔なんて祓った後の直子の目を見る! そのために消えろ!」
 サイファからも掲げたライトニングロットから雷光が薄暗い部屋の中を再びまぶしく浮かびあがらせ、病魔の身体を焼いてゆく。
「やかましいぞ!」
 病魔は手にしたコントローラ風の武器をめちゃくちゃに振り、今攻撃を仕掛けたばかりのサイファへと斬撃を送ってくる。カランと高い音がしてサイファの杖がスピーカーの1つに落ちて転がる。
「西の果て、サイハテの海に逆巻く波よ。訪れて打て。此は現世と常世を分かつ汀なり」
 胸の前で描いた波が空間を切り裂き、そこからあふれた荒れ狂う津波が病魔を打ちすえる。しかし、大きなキーボードの影に隠れていた病魔はそれほどダメージを負っていない。
「ぬるいな、ケルベロス」
 なま白い不健康そうな肌の病魔がニタリと笑う。
「いや、大成功や」
 光流もまた病魔の表情をコピーしたかのように不敵に笑う。
「動かれへんやないか、自分!」
「何ぃ!」
 光流の言葉通り、バッドステータスを幾重にも張り巡らされた病魔の行動は鈍っている。振りほどくように暴れてもそれで効果は無効とはならない。ジェイドがサイファの治癒をする中、再びレオナルドが動き出す。
「そちらには行かせません」
 暴れる病魔の進路を身を挺してふさぐレオナルドは、無理な体制から身内に流れる強力な力を込めて加速したハンマーを振りかぶる。
「当たるか! そんな攻撃に!」
 レオナルドの攻撃を大きく回避した病魔の動きはレオナルドの意図したように別の方へ移動する。
「あなたの気持ちはわかりました」
 後方にいるアレクセイにはレオナルドの背後に……まだテレビにつなぎっぱなしのゲーム機があるのが見える。レオナルドの漆黒の瞳とアレクセイの視線が絡み合う。次の瞬間、古代語の詠唱が終わり、アレクセイから放たれた魔の光が病魔の身体を完璧に捉え、その体が石に変わる。
「私の時間、私のすべては……のためにあるのですから」
 それはとても小さなつぶやきで、アレクセイ自身でさえ聞こえたどうか。美しい金色の瞳にあふれる甘美なる思いは隠しきれるものではなく、殺伐とした戦場にさえあふれ広がってゆく。けれど、彼……天征の目には敵しか見えない。
「フハハハ!! 我が魔球!! その身に受けてみよ!!」
 アームドフォートが変形し黄金竜となったものを天征はダイナミックな投球フォームで投げつけた。魔球とは言いながらも素直でまっすぐな軌跡を描きながら病魔の腹を直撃した。
「フハハハ!! 見よ!! やった、やったぞ!!」
 倒れた病魔を指さして胸を張る天征。
「よ、よ、よくも……このおれさまを!!」
 激高した病魔はもう何を言っているのか聞き取れない。さらにはハコのボクスブレスが病魔の頭部に炸裂し、さらに何を言っているのかわからない。
「人の気持ちにつけ込む病魔なんかに負けられないよね」
 結の言葉はハコへ向けられたものなのか。それとも自分自身への鼓舞なのか。目にもとまらぬ結の拳が敵を打つ。部屋中の物を舞い上げながら吹き飛ぶ病魔が壁に激突し、その後から結の攻撃音が鳴る。
「あまり部屋の中を動かないでくれると助かるのだがね」
 体中を覆うオウガメタルを『鋼の鬼』とさせたメイザースの拳が転がって病魔の無防備な頭部を殴る。パリンと病魔のヘッドセットが砕けて消える。
「ここは個人宅だから、暴れられては後始末が面倒なのだよ」
 小面憎いほど落ち着いたメイザースの大人の立ち居振る舞いに病魔の顔がくしゃくしゃにゆがむ。
「許さない、許さないぞ貴様らぁあああ!」
 とうとう病魔が狂乱する。

●完治、あるいは寛解
 そこからの戦いではケルベロス達が部屋の破壊を阻止しようとしても、限界があった。
「仕方ないわね。これ以上時間をかけるのはもっとまずい。こいつを倒してしまうしかないわ」
 セリアが顔を振る、一瞬遅れて木漏れ日のような、昼間に振る雨に光る陽光のような金色の髪が揺れその奥の碧眼が光る。
「此の手に宿るは氷精の一矢。――さあ、射ち穿て」
 セリアの魔力が一点に集中し、そこからまばゆくも美しい冷たい光が病魔へとまっすぐに進んでゆく。ガチャンと派手な音がして病魔の手からコントローラ風武器が床に落ちる。
「あれ、どんなに辛くても最後までコントローラだけは離しませんでした、じゃねぇのかよ?」
 耳元で囁くサイファの声が聞こえたかどうか。同時にそっとなでるように触れた掌から注がれた力が病魔の身体を中から壊す。
「がああっ!」
 吐血するかのように病魔は口から力を吐く。手にしたキーボードが鈍く光るが治癒の力がダメージに追いついていない。いや、それだけでない。いつの間にか切り裂かれた頭部から血の様に真っ黒な何かがこぼれてゆく。
「よう似おうてますやん? その黒い血化粧みたいんの」
 影のように空の力をはらんだ武器で病魔の傷をさらに斬り広げた光流が屈託なく笑う。
「今や、レオナルド先輩!」
 光流が身を低くしたその向こうに……。
「心静かに――恐怖よ、今だけは静まれ!」
 居合いの構えをとるレオナルドの胸が陽炎のような光を放つ。
「なんだ??」
 不思議そうに首をかしげて病魔が笑う。動かないレオナルドを嘲笑しているのだ。しかし、すぐに笑みを顔に張り付けたまま体中から何かが噴き出す。呆然としながら倒れる病魔。その顔も体もすぐにさらさらと砂の様に崩れてゆく。
「終わった……のね」
 セリアが小さくつぶやく。
 そして小宮直子をむしばんでいた『五月病』の治療は終わったのだった。

 直子が部屋に戻る前にケルベロス達は総出で部屋を『ヒール』した。ちょいちょい戦闘前とは違っている場所もあるが、管理人はきっと納得してくれるだろう。その程度の差異である。
「これでお疲れさま、だね。ハコもお疲れさま!」
 結はボクスドラゴンに礼を言う。薄暗かった部屋はすっかり明るくなっていて、ハコの身体も輝いて見える。
「連れてきたよ」
 ジェイドに付き添われた直子が部屋の戸口に立つ。その表情はまだ暗い。
「病魔がついとったで。危なかったな。けどもう安心や」
 陽気に話す光流の言葉は直子に聞こえているだろうか。
「いろいろ変わってしまったんですが、これだけは無事です。ごめんなさい」
 きっちりとゲーム機を死守したレオナルドは両手でゲーム機本体を持ち、ほっとしたように直子に微笑む。
「あ、ありがとう」
 直子の表情も口調も硬い。
「貴女の居場所は貴女にしか作れない。役割もまた同じ。それほどここが心地よいのであれば、そのために働くのも良いのでは?」
 直子とすれ違うように外へと出たアレクセイは去り際に言葉を残す。ケルベロスとしての仕事は終わった。彼には帰る理由がある。
「困る様であれば遠慮せずに使って頂戴。原状回復には務めたのだけど、少々やりすぎているかもしれないし……」
 セリアは幾分視線を直子から逸らしならが言う。辛い思いをしただろう人間に何をどうしてやればいいのか、まだセリアの中に正解はない。
「……ありがとう」
 直子はすっかり様変わり、開け放たれたカーテンの向こう、ガラス窓から差し込む光をぼんやり見つめている。
「悩みがあるのであれば、この我が時間を割いて聞いてやろうではないか。我に解決できない悩みなどこの世に存在していないのだからな」
 天征は胸をそらしておおらかに笑う。
「悲しいけど、二次元のキャラは二次元でしか生きられない。でもここだってびっくりするようなイケメンがいるかもしれないよ」
 サイファは自分のケルベロスカードを差し出しながら言う。
「みんなで渡すとちょっとしたトレーディングカードみたいだね」
 メイザースも自分のカードを差し出しながら笑う。これほどあれば、直子は部屋ごと丸々リフォームすることだってできるだろう。
「私、頑張れるかな」
「リアルもゲームも要は慣れや。経験値溜めたらレベル上がって効率良うなるはずやで」
 光流は皆のケルベロスカードを直子の手にぐいっと押しつけ握らせた。

作者:神南深紅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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