五月病事件~長すぎる午睡

作者:蘇我真

「むにゃむにゃ、もう食べられないよぉ」
 とある大学寮の一室。ベッドの上で大の字になって寝ている女子大生がいた。
 窓の向こう、太陽は既に頂点を過ぎているにもかかわらず、猫耳フードつきパジャマを着た彼女は眠りこけている。
 スヌーズ機能のアラームが何度目かの報せを告げるが、女子大生には馬耳東風、馬の耳に念仏だ。
「春眠暁を覚えずっていうし……こんないいお天気なら、寝なくちゃもったいないよぉ……」
 腹を掻きながらのたまう彼女の中には、牛の姿をした病魔が巣食っていた。

「あんな漫画みたいな寝言を言う人間が、本当にいるとは思わなかったな」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は自分の予知に対してそう述懐した。
「もとからそのように稀有な人間だったのか、五月病の病魔にやられたかは定かではないが……そう、今回の敵は五月病の病魔だ」
 五月病を引き起こす病魔が大流行している。ジゼル・クラウンらをはじめ、多くのケルベロスの方が調査した結果判明した事実だった。
「今回、助ける患者は白河ダフネ。18歳の新大学生だ」
 元より寝ることが三度の飯より好きな彼女は、授業中に居眠りをするのが常の学生生活を送ってきていた。
 その悪癖が五月病の病魔によって増幅されているのが現状だと瞬は説明する。
「五月病にかかっても死ぬわけではないが、このままではせっかくギリギリで合格できた大学も、留年してしまうかもしれない。どうか助けてやってほしい」
 病魔に侵されていても彼女には意識がある。訪問すれば意思の疎通や会話もできるはずだと瞬は指摘する。
「だが、彼女の場合は起きていても居留守を使って眠り続ける可能性が高い。そのときは鍵や窓を壊して侵入するなど緊急措置を取ってほしい」
 そうして彼女と対面したあとは、ウィッチドクターが彼女から病魔を切り離し、戦闘を行う流れになる。
 このとき、ケルベロスたちの中にウィッチドクターがいない場合は近隣の医療施設からウィッチドクターが派遣されるので問題はないと瞬は補足した。
「次に彼女にとりついている五月病の病魔についてだが、牛の姿をしている。寝相が悪く、寝返りを打って攻撃してくるのが特徴だな。また、目を覚ますとその巨体を生かした体当たり攻撃を仕掛けてくるだろう」
 暴れ牛のような五月病の病魔を倒し、患者を救えるのはケルベロスたちだけだ。
「患者は元から眠るのが好きなタイプとはいえ、五月病という病気であることも事実だ。どうか彼女を救ってやってくれ」
 そう告げて、瞬は頭を下げるのだった。


参加者
カルディア・スタウロス(炎鎖の天蠍・e01084)
ウォーレン・エルチェティン(砂塵の銃士・e03147)
四辻・樒(黒の背反・e03880)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
月篠・灯音(犬好きの新妻・e04557)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)
ジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)

■リプレイ

●眠り続けて死ぬ
「……みんな、何してるの?」
 事情を話して寮母からマスターキーを借り受けてきた月篠・灯音(犬好きの新妻・e04557)は、白河ダフネの部屋前にいる仲間たちを見て思わずそう声をかけていた。
「まどろっこしいので、直接お邪魔しようかと」
 答えるカルディア・スタウロス(炎鎖の天蠍・e01084)と鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)はドアを蹴破ろうとしていたし、四辻・樒(黒の背反・e03880)は窓の鍵付近を殴り割ろうとしていた。
「奏兄さまも樒も、もう少し穏便な侵入方法にするのだ」
「……灯の言う通りだな」
 灯音の言を認め、苦笑しつつ窓から手を離し彼女の行動を優先する樒。
「寮の管理人なら合鍵を持っているものですからね。手荒な真似をせずに済んで良かったです」
 鷹揚に頷く据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)。和服の袂へと差し込んだ手には、実は発煙筒が握られていた。
「赤煙さん、どうかしましたか? 額に発汗が認められますが」
 純粋にウィッチドクターとして体調を心配するヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)。
 ともすれば警官の取り調べにも思える野太く重低音な声での追及を、赤煙は笑って煙に巻く。
「はっはっは、いえいえ、まさか火事と偽って患者をおびき出そうなどと考えていたわけではありませんよ……ええ、決して」
「は、はあ……大丈夫ならよいのですが」
「なーんかウサンクサイおっちゃんやなァ」
 ジト目のジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)だが、彼女の関西弁もそうとううさんくさい。
「ま、ええか。それじゃあさっそく、セザム、ウーヴルトワや~」
 フランス語混じりなジジの掛け声に合わせて、灯音がドアにマスターキーを差し込み、捻り開ける。
「くかー……んごごごご……」
 玄関の向こう、狭い部屋ではダフネが大の字になって寝ていた。
「すごいですね……鼻ちょうちん、初めて見ました」
「いやァ、普通にしてりゃァおしとやかな嬢ちゃんっぽいが……百年の恋も冷める眠れる森の美女っぷりだねェ」
 顔を見合わせ、肩を竦め合うカルディアとウォーレン・エルチェティン(砂塵の銃士・e03147)。
 部屋の前であれだけ騒いでも、ぴくりとも起きようとしない。五月病の病魔ではなく、睡魔にでも取りつかれているのではないかというレベルだった。
「とりあえず患者は確保できたが……どこに運び出せばいい」
 ダフネの身体の下に両手を差し込み、抱き上げる樒。
「裏庭が空いてて、人払いもしてくれるそうなのだ」
 答える灯音。寮母からマスターキーを借り受けるついでに、手近な治療場所と人払いについても相談してきたようだ。
「ちょっとウルサくするデスけど、アンジョーよろしゅうシルブプレーです」というジジの言葉に、半分ハテナマークを浮かべつつOKを出した寮母のことが脳裏をよぎる。
「了解だ。一応こっちでも殺界を展開する。この依頼、失敗するわけにはいかないからな」
 灯音と奏過が初の病魔依頼ということもあり常日頃以上に気合が入っているようだ。
「なら、そこで摘出手術とするか」
「樒に奏兄さま、よろしく頼むのだ」
 ツーカー、阿吽の呼吸でやり取りをする樒と灯音、樒。寝たままのダフネと共に、裏庭へ移動するのだった。

●裏庭の決斗
 裏庭の木に釣り上げられたジジ特製アマック……つまるところハンモックに揺られて眠り続けるダフネ。
 ハンモックは可愛らしくカラフルなクッションが敷き詰められ、脇に添えられた沈丁花のブーケは甘く気持ちを落ち着かせる香りを放っていた。
「このまま、クランケは討伐まで眠っていてほしいですね」
 いびきが消え、穏やかな寝顔を浮かべるダフネを見てほっとするヨハン。女性の部屋に押し入ったり、無理やりことを強いるのには抵抗があったし、患者にはできる限り痛みを与えたくもなかった。
「さぁ、姿を現してもらいましょう……」
「それでは、タイミングを合わせて……いきますよ」
 赤煙はダフネの額に指を添え、奏過らウィッチドクターたちも病魔召喚の用意をする。
「陰陽生じて術となり、陰陽転じて実となる。影を持ち、肉を纏い、具現せよ」
 ヨハンの実にそれっぽい召喚詠唱の後。
「喝ぁーっ!!」
「サーロイン!」
「ハラミ!」
「ホールーモーン!」
「なんや今の掛け声」
「知らねェが、出るモンは出てきたからいいンじゃねェか」
 儀式を遠巻きに見ていたジジとウォーレンは、もわもわとわたあめのように実体化する五月病の病魔を見やる。
 寝ている牛。黒毛には『臨時休業』と書かれている。
「怠惰、ねェ……ずっと眠っていたくなる様な何かがあンのか、それとも面白ェ事が外に見つからねェのか」
 ゲシュタルトグレイブをくるくると回転させた後、穂先を病魔へと突きつける。
「……ま、今気にする事じゃァねェやなァ」
 振り下ろした槍の一撃を、病魔はまるで起きているかのように身じろぎしてかわす。
 しかし、それはウォーレンの計算のうちだ。
「人の時間、未来を奪うテメェは……蜂の巣にしてやンのがお似合いだなァ!」
 地に付き立つ槍を棒高跳びのバーのようにしならせ、跳躍すると電光石火の旋刃脚を病魔の横っ面に叩き込む。
「ンモー!!」
 頬にめり込むつま先。その痛みと衝撃に流石に病魔も目を覚ます。
「春眠だろうが、最後にゃ目が覚めるんだよ!!」
 戦闘となり、人が変わったように啖呵を切るカルディア含む前列へ、突進する病魔。牛の巨体を揺らして迫ってくる相手、カルディアはジジへと笑いかける。
「よっしゃグロットさん、私らの見せ場だ!」
 興奮して荒々しい口調のまま、ゾディアックソードを握り込むカルディア。
 彼女の赤い革鎧へ、闘牛さながら突っ込んでくる病魔。
「解体して焼肉にしてやる!」
 ぶつかる直前で横へとスライドしてかわし、すれ違いざまに斬りつける。病魔の推進力も合わさって深々と突き刺さる剣。
「ブモオオォォン!!」
 いななく病魔だが勢いは変わらない。
「危ないからそのまま永遠にシエストしててやっ!」
 樒へ向かおうとしていた病魔の角を両手で抑え込み、代わりに突進を受けるジジ。ドワーフにしては発育したはずの身体は、やはり軽々と吹っ飛ばされる。
「ぐ、こんのおっ!」
 それでもジジは手を角から離さない。宙に浮いたあと、ストンと病魔の背中に跨った。
「お? わはは、カウガールや~」
 暴れる病魔を御しながら、背後にカラフルな爆発を起こすジジ。ある意味では勇気溢れる行為が後衛の面々の胸を打つ。
「ジジさん、当たったらすみません!」
 巨大な槌を肩に担いだヨハンが、ドラゴニック・パワーを噴射して突貫する。
「イヤイヤイヤイヤ! あんたの迫力からすると、なんか当たりそうやん!」
 慌てて病魔から飛び降りるジジと、猛追するヨハンが交差する。
「何時まで巣食っているのです? 一年などあっという間、五月ももう半ばを過ぎていますよ!」
 頑丈で質実剛健なヨハンの腕から繰り出された一撃が、病魔の額を直撃する。
 どう、という音を立てて横倒しになる病魔。ぴくぴくと痙攣している。
「やったんか!?」
「いえいえ、まだですよ」
 お決まりなやり取りをするジジと赤煙。
「牛は額を強く打つと気絶する、と屠殺する方から聞いたことがありますし」
「赤煙さんは博識ですね……」
 うさんくさいという感想をオブラートに包みまくる奏過。
「ですが、今のうちにしっかりと狙い撃ちしてしまいましょうか。足止めは任せてもらいますよ」
 赤煙はそう宣言すると、砲撃形態にしたドラゴニックハンマーをぶっ放す。竜の気が轟き、病魔を釘づけにする。
「そうですね。ここは、私もサポートに徹しましょう。二人を活かすのも私の役目!」
 奏過は己の破壊衝動を抑え、的確に前衛へのバフを掛けていく。
「樒っ、さくっとやってしまうのだ!」
 奏過に合わせて灯音が銀槍を振ると、前衛は魔法陣と雷の壁で二重に守られていく。
「ああ、灯の助力があれば百人力だ。このまま一気に押し切る」
 魔法陣と雷の壁の隙間を縫うように、螺旋の氷が病魔めがけて突き進む。
「冷凍肉か、どうせなら焼肉にしたいところだがな」
 樒の言葉通り、病魔の脚1本が氷に包まれる。病魔は失神したまま、その巨体を寝返らせてウォーレンを巻き込もうとする。
「止まりや!」
 ウォーレンを突き飛ばして、代わりに下敷きになるジジ。
「うぅっ、重……!」
「嬢ちゃん! ったく、無茶しやがって……!」
 ウォーレンはジジを助けるべく、瞬時に攻撃方法を選択する。
(砂塵潤す硝煙弾雨は命中50パーか……ンなら、一番当たるこいつだッ!)
 彼の勘は、豊富な戦闘経験から培われた未来予測に他ならない。創りだした半透明の御業が見事に病魔を捕らえ、全身を縛り上げる。
「さっさと……どきやがれ!!」
 御業ごと病魔を引っ張り、その間にカルディアがジジを引きずり出す。
「グロットさん、大丈夫か!」
「な、なんとか……おおきにメルシー……」
「気にすンな、嬢ちゃんみてェなガキに先立たれたら夢見が悪いからなァ」
「子供ちがいますって……! ドワーフ的には成長したほうデスって」
「よくも仲間をやってくれやがったな!」
 カルディアの心臓の地獄と二振りのゾディアックソードが共鳴し、蠍座の力が爆発的に膨れ上がる。
「切り裂いてやるぞ、ズタズタにぃぃ!! ル・クール・デュ・スコルピヨン!!」
 双剣が病魔の肉を削り、骨を断ち、髪に仕込まれたアーマーリングの蠍針が猛毒の如きグラビティを打ち込んでいく。
 追撃を受けてよろめく病魔。
「樒!」
 放たれた熾炎業炎砲と共に樒が駆ける。
「ただ、全てを切り裂くのみ」
 トドメは二人の連携だ。凍った身体を炎で焼かれ、香ばしい匂いと共に病魔はうっすらと消えていくのだった。

●焼肉と五月の空と
「奏兄さまっ! 樒っ、皆で打ち上げ牛肉パーティーなのだっ!」
 奏過と樒の間へ、後ろから割って入る灯音。両腕はふたりの肩へと回っている。
「戦闘が終わったらなんだか牛食べたくなった。焼き肉は確かに良いかもしれない」
「そうですね、戦闘で我慢した分、存分に焼き尽くしましょうか」
 焼肉の話題で盛り上がっていると、ついにダフネが目が覚ました。
「あれ……起きたらなんか南国にいるよぉ」
 ハンモックに揺られていたので、寝ぼけて勘違いしているようだ。
「おはようございます。寝る暇もないくらい、やることがきっと溜まってますよ」
 戦闘も終わり、穏やかな口調に戻ったカルディアがやんわりとたしなめる。
「やらなきゃいけないこと……なんでしたっけ」
 がくりと肩を落としながら、ウォーレンは苦笑する。
「学生なンだから勉強が本文だろうが。いやァ、五月病ここに極まれりだなァ。俺ァ自営業だから罹らなくて良かったわ」
 傭兵生まれで護衛業を営むウォーレンは昔から休日と平日の区別がないのだった。
「どうやら、手遅れにならずに済んだようですな。貴女のここ最近の眠気は病気によるものだったのです。もう、病気は治しておきましたよ」
 状況を説明する赤煙にダフネは目を輝かせる。
「ほんと!? だったらなんかありがたいけど、手術された気もしないし……治療費請求したりとかしない?」
「そんなことはありませんよ。報酬でしたら患者の笑顔という素晴らしいものをいただいています」
 発言自体は至極まともなのだが、どうしても拭いきれないうさんくささがあった。
「病魔は去りましたが、本来、快適な眠りを得るには……日中光に当たり、適度な運動をして、規則正しい生活を送る事が肝心ですよ」
「は、はい……運動もします。太ってきたし」
 それでも、説かれた内容には身に覚えがあったようで、真摯に聞き入れていた。ヨハンもうんうんと頷き、伏し目がちに同意する。
「あとはお布団も干しましょう。いい天気ですし、きっとおひさまの匂いに包まれてゆっくり休めますよ」
「……先生に言われると威圧感があって、なんか『ダニの死骸に包まれて安らかに眠れ』って言われてるみたいですね」
「白河さん……?」
「ヒエッ! う、ウソウソ、わかりました! お布団干します! 毎日干します!」
 ヨハンに聞き返されて、慌てて反省するダフネ。
「ダフネはんは、ええ性格してますなァ。お天道さまに愛される人って意味にぴったりデスわ」
 ジジは沈丁花のブーケを見る。沈丁花の名前の由来にもなったダフネはギリシャ神話の女神であり、太陽神アポロンの求婚を受けた人物でもあった。
「へぇ、そんな意味があったんだ。故郷のおっとうとおっかあに感謝せねば、ですね」
(そのお天道さまが嫌で逃げまくったお話はナイショにしとこ……)
(最終的に月桂樹になったんですよね……言わぬが花でしょうか)
 顔を見合わせ、小さく頷き合うジジとカルディア。ダフネはそれにも気づかず、感心しきっていた。
「お天道さまかぁ……」
「あー、嬢ちゃん。夢の世界もいいモンだが……ほら、空も中々綺麗なモンだぜ?」
 ウォーレンに促され、ダフネは天を見上げる。ハンモックを吊った木の向こうには、目の覚めるような果てしない青空が広がっているのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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