「仕事でやるゲームって、なんでこんなつまらないんだろ……」
マンションの1室。上下ジャージで寝転がる女性がいた。枕元には携帯ゲーム。イケメンがなんやかんやで服がはだけ、ヒロインへ語りかけている場面で放置されている。
「他社のゲームの調査なんていらないでしょ……明日からがんばるぞい」
ロリポップキャンディを口に含み、テレビをつけてワイドショーを見る。
うららかな午後の時間。解雇へのタイムリミットはゆっくりと迫っていた。
「おはにーはお、こんちにーはお!」
無駄に元気よく挨拶するホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)。彼女には五月病も関係なさそうだ。
「このホンフェイの元気を分けてやりたい者がいる。五月病の病魔に侵された患者だ」
星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は横目でホンフェイを見つつも、気を取り直して説明を始める。
「ジゼル・クラウンをはじめ、多くのケルベロスが調査した所、五月病の病魔が大量に発生している事がわかったんだ。そこで、皆には、五月病の病魔の撃破を頼みたい」
「この病魔にとりつかれた人はやる気がなくなって、家に引きこもってしまうのですよ」
「意識はあるので家を尋ねれば会話を行うことも可能だ。見つけて病魔を引きはがしてやってほしい」
「でも……」
ホンフェイは首をかしげて疑問を呈する。
「引きこもってる人が、会いに行っても出てくれますかね? 居留守を使われちゃうかもですよ」
「その時は玄関の鍵を壊して侵入してほしい。緊急事態だし、あとでヒールをすればいいだろう。一般的に考えれば犯罪だが、人の命が掛かっている」
「えっ、五月病で死ぬのですか?」
「ああ。社会的にな」
瞬は今回の被害者について、プロフィールを読み上げていく。
「被害者は都内、マンションの一室に住んでいる西荻なな、21歳。短大を卒業してゲーム会社にグラフィックデザイナーとして就職したものの、初の長期休暇から無断欠勤を続けている」
「あー、これは、五月病で仕事に行ってないから……」
「このままでは首になるだろうな。ウィッチドクターと共に、一刻も早く彼女を正気に戻してやってくれ」
ケルベロスの中にウィッチドクターがいない場合は、近場の医療施設からウィッチドクターが派遣される手はずになっている。
ウィッチドクターの手により患者から病魔を引き離し、倒すのが今回の目的だった。
「五月病の病魔だが、やる気のなさそうなおさげ少女の外見をしているな。ゴムの伸びきったTシャツにストライプのスパッツ、大きなソファに寝転んだままソファごと浮遊して移動するらしい」
人々に催眠をかけ眠りに誘ったり、ソファごと体当たりで攻撃してきたりといった攻撃方法が予想された。
「五月病の病魔を倒して、やる気マックスにしてあげるのです!」
固く拳を振り上げるホンフェイ。
「暑苦しいことこのうえないが、ひとつよろしく頼まれてくれ」
瞬はホンフェイの横で実直に頭を下げ続けるのだった。
参加者 | |
---|---|
安曇・柊(神の棘・e00166) |
巫・縁(魂の亡失者・e01047) |
秋芳・結乃(栗色ハナミズキ・e01357) |
ル・デモリシア(占術機・e02052) |
馬鈴・サツマ(取り敢えず芋煮・e08178) |
月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953) |
葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315) |
メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276) |
●fake/stayhouse
「Anazonからお届け物でーす♪」
マンション備え付けの呼び鈴と共にそんな声が聞こえて、西荻ななはベッドから上半身を起こした。
「あー、頼んでたゲームかな?」
あくびを噛み殺しながら玄関へと近づく。
「ほれーこっちにゃイケメンがそれなりに揃っておるぞー、出てこぬかー? 出てこぬのじゃなー? じゃぁぶっ壊すでなー? ちゃんと断りを入れたでなー?」
するとドアの向こうから、なにやら物騒な声が聞こえてきた。
「えっ、なに? 壊すって?」
「だめっすね、マスターキーを使って開けるっすよ」
戸惑うななの目の前で、玄関のドアはマスターキーという名の破鎧衝でぶち壊されるのだった。
「警察、呼ぼうかと思ったんですからね……!」
「反省してるっす……」
リビングで正座している馬鈴・サツマ(取り敢えず芋煮・e08178)の横、あぐらをかいたル・デモリシア(占術機・e02052)は特に反省していないようだった。
「まさかあの呼びかけで出てくるとは思わなかったんじゃ、すまぬすまぬ」
ケラケラと笑うル。呼びかけたという口実が欲しいだけで、本音はさっさとドアを破壊したかったのだ。
「引きこもりライフにネット通販のなりすましは効果てきめんだったんだねー」
苦笑いしつつも反省する秋芳・結乃(栗色ハナミズキ・e01357)。その横で安曇・柊(神の棘・e00166)がひたすらぺこぺこと謝っていた。
「ご、ごめんなさいごめんなさい! その、お話するためにどうしても必要だったんです……」
「全てが終わったらドアは直すし、迷惑料も出す。その前にしなければならないことがある」
ケルベロスカードを出しながら、巫・縁(魂の亡失者・e01047)は部屋の間取りを確認していた。
(9人にプラスしてサーヴァントたちが戦うにはやや狭いが、特に問題はないか)
「しなければならないこと、ですか?」
おうむ返しに尋ねるななに、ようやく本題に入れると月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)は切り出した。
「お前には病魔がとりついている。五月病の病魔だ」
「ふむ、GWの長期休暇で気が緩み、やる気が無くなる病気ですか。私は休みの日も鍛錬は欠かさないので、そういう症状になったことはありませんね」
宝の病状説明を聞いていた葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)がひとりごちる。
「日本特有の病気ですよね。中国では聞いたことないです。みんないつも適当ですから」
ホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)が相槌を打つ。
「それもどうなんだ……まあ、なにもしなくていいんならおれも寝たいけど」
メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)がツッコミを入れながら、ななへと向き直る。
「でも仕事あるからな。自分の仕事に誇り……はおれも持ってないけど、どうせなら真面目にやったほうがいい」
「はあ……わかってるつもりなんですけど、どうにもやる気がでなくて……」
答えるななだが暖簾に腕押し糠に釘、やはりいまいち覇気がない。
「キープアウトテープ貼っといたよー」
そこへ結乃が一般人避けに玄関を封鎖して戻ってくる。
「ねえねえななさん、やってるのは『どっち』のゲーム? 乙女なのか腐なのか――……」
「乙女、ですけど……」
目を輝かせている結乃に気圧され、こわごわとしているなな。そして柊。
「えっと……それより、病魔、倒したほうがいいんじゃないでしょうか、なんて……」
「ああ、そうだな……施術黒衣を着るのも久し振りだな」
宝は自身の医療着に袖を通すと、宣言した。
「ではこれより、病魔の摘出を開始する」
●病魔のなく頃に
「んあー」
ななから引きはがされた少女型の病魔が鳴いた。あくびだろうか、ホバー移動するソファの上、片ひじを立ててくつろいでいる。
やる気がなさそうな病魔に向けて、サツマはさっそく攻撃をしかける。
「お前は攻撃するのがめんどくさくなるっすよ……ほら、だるい……かったるい……ソファーとか飛ばすのめんどくさい……めんどくさいっすよ~」
戦闘でもやる気を出させないようにと言い聞かせるが、病魔はヌンチャク型如意棒の攻撃を片手で受け止める。
「うむ、眠い……さっさと終わらせて寝るのじゃ~」
空いた手をサツマに向けると、やる気がないという強い気持ちを具現化した炎を発射する。
「くっ……!」
直撃するかとおもいきや、サツマのウイングキャットであるタロイモが間に入り、代わりに攻撃を受けてみせた。
「タロイモ! 大丈夫っすか、焼きタロイモになってないっすか」
「にゃ、にゃ~……」
こんがりと焼け、ひげがくるくるしているがなんとか生きてはいるようだ。サツマはほっと胸をなで下ろす。
「メディックが治してくれると思うっすけど、もし間に合わなかったら芋を食わせてやるっすよ」
「せ、責任重大なのです! バリバリ働くのです」
慌てて分身の術をかけているホンフェイ。
「働かなくても、いいのじゃ~♪」
ホンフェイの台詞を受けて、病魔が歌う。働かずの歌、ダメージと共に催眠を仕掛けてくる。
「さぁ、行っておいで……幸せは、僕達が作るものだから」
彼女だけに任せておけないのはケルベロスたちも百も承知だ。柊が受けたダメージと催眠解除へと回る。
青い鳥のさえずりが、病魔の歌を上書きしていく。
「冬苺、お願い!」
必死のあまりにどもることすら忘れ、指示を出す柊。右手で方向を指し示すと、指輪とブレスレットを繋ぐ細い銀鎖がこすれて音を立てた。
「!!」
指示を受けて長毛種の白猫が病魔へと飛びかかると、鋭い爪でソファをひっかいていく。
「んあー、なにをするー!!」
病魔が慌てたのを見て取って、縁のオルトロスも動く。口に咥えた神器の刃がソファを切り裂き、白い綿がまろびでる。
「わしの大切なソファーが~! これだからペットは嫌なんじゃ~!」
暴れようとする病魔にハート型の光線が照射される。宝のナノナノだ。メロメロで行動不能になりそうな攻撃だったが、病魔の怒りが勝ったようだ。
「焼きマシュマロにしてやるのじゃ!」
今度かばったのは冬苺だ。五月病ヴォルケイノを食らい、美しい毛並みが焦げてしまう。
「サーヴァントに負けじと私も頑張らなければいけませんね」
天井を気にしつつ跳躍した風流が、星の力を込めた飛び蹴りを放つ。
「もう、生きるのもめんどくさいっすよ……抵抗とか、かったるい……別に死んでも来世で頑張ればいい……来世で頑張ろう……それでイイんっすよ……」
風流に合わせ、コンビネーションで攻め立てるサツマ。
「くっ……!」
病魔は回避しようとするが失敗し、二人の打撃がソファに命中する。宙を舞う綿。ソファを突き抜けた脚がフローリングの床をぶち抜き、掌底で吹き飛んだソファが壁に穴を開ける。
「ああ、敷金が……」
「ななさんはベッドから動いちゃ駄目なのですよ」
戦場を覗いていたななへ声をかけるホンフェイ。
「言っている場合か! さっき渡したカードでリフォームでも好きにしろ!」
自らもスターゲイザーでソファを削っていた縁が、充分と見て鉄塊剣を掲げる。縁の持つ斬機神刀『牙龍天誓』は彼にとって、剣ではなく鞘だ。
「一は花弁、百は華、散り逝く前に我が嵐で咲き乱れよ。百華――龍嵐!」
大上段からの唐竹割り。シンプルな動作故に隙が無く、最短距離で病魔の脳天へと刀が吸い込まれていく。
「いかんのじゃ、これは死んじゃう奴じゃ!」
とっさに身体をひねる病魔。血しぶきが華のように舞う。天井に打ち上げられるのは病魔の右腕、二の腕から先の部分だった。
「うわー、痛そっ! 見てらんないから、消毒してあげるねっ!」
言いながら、結乃は50口径のバスターライフルを構え、発射する。派手な射撃音と共に放たれた魔法光線が病魔の右肩に直撃し、患部ごと焼き斬っていく。
「あれじゃ治療にもならぬじゃろ。むしろひと思いに楽にしてやるのじゃ」
ケルベロスチェインを両手でピンと張るように握ったルが、鎖を首へ巻きつけようと肉薄する。
「口調が被ってるやつにやられるなんて、まっぴらごめんじゃ!」
病魔は後退して避けるのではなく、ソファごと突進してきた。
「被っとるのは口調だけじゃない、キャラもじゃ!」
傷だらけながらも全力での体当たりを食らい、ルは歯がみしつつなんとか踏みとどまる。
「そのソファいいなー、どこに売ってるの!? プレゼントにしたいー!」
バスターライフルを構え、制圧射撃を繰り返しながら尋ねる結乃。
「全く、最近の若い奴は……」
命のやり取りをしているとは思えない緊張感のないやり取りを見て宝は呆れたように呟くと、オウガ粒子を前衛へと放出する。
「……そんな愚痴を言うほど、俺も歳を取ったということか」
癒しと共に鋭敏になる感覚。
「いやまあ、言いたくなる気持ちもわかるけど」
記憶に良く残る掠れ声。刃のような鋭さを持つ蹴りで敵の神経の通う箇所を的確に蹴り割いていたメィメが、頃合いと見てナイフを握る。
「人体ならともかくあのソファの急所なんてわからねえな……とりあえず、デカイ的を適当に狙うか」
逆手に持ったナイフの柄にもう片方の掌を添え、下から上へと切り上げる。ソファに命中した瞬間、添えた手からグラビティを流し込みナイフの刃を変形させ、その内部を手ひどく傷つけていく。固まった白い綿が、臓物のようにこぼれ落ちる。
「わ、わしは、だらけたいだけ、じゃのに……」
命からがら、ようやく生命をつないでいるといった様子の病魔にルが立ちふさがった。
「フン、たかだか5月だけだらけさせる五月病などに負ける訳なかろ?」
ルの背中、コンテナから出てくるのはルに酷似した自律型アンドロイドたちだ。5分の1の大きさながらも数が多い彼女たちは、一斉に病魔へと飛びかかり、殴り、蹴り、噛みつき、ソファを奪って破いていく。
「ん、あー!!!」
「こちとら、年中やる気ナシじゃぃ!」
断末魔と共に消滅していく病魔。ル本体は何もせず、ドヤ顔で勝利を宣言するのだった。
●西方中華郷
「あの、ドア、直しました、けど……」
柊は集中を解き、額の汗を拭う。ヒールされたドアはうっすらマーブル模様をしていた。
「冬苺は……あれ、お友達できたんですね」
リビングへ視線を向けると、そこには冬苺を清浄の翼で傷を癒しているタロイモの姿があった。
「怪我してたみたいなんで……ウチのタロイモが勝手に、すいませんっす」
「い、いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
互いに頭を下げ合うサツマと柊。ヘタレと気弱のコラボレーションによる謝罪と感謝合戦が続く。
「床と壁のほうもとりあえず塞ぎ終わったぞ」
縁は顎で、足元のアマツは鼻先でそれぞれ修繕箇所を指し示す。幻想的な幾何学模様になっていた。
「わ、わかりました。模様はカーペットとポスターで塞ぐんで……カードもいただきましたし、大丈夫です」
頭を下げ、感謝の礼を述べるなな。その顔には先ほどまでになかった快活さが浮かんでいた。
「いいっていいって! ゲーム出たら発売日教えてね!」
背中をバンバンと叩く結乃。ななは思わず前のめりになりながら、わかりましたと苦笑する。
「とりあえず、会社には連絡をしたほうがいいな。説明は俺も手伝ってやる」
ななの頭にぽんと手を置き、よしよしと撫でる宝。初対面の異性にすることではないかもしれないが、そこは宝の身体から発せられるラブフェロモンがななを魅了する。
「は、はい……頑張って乙女ゲー、作ります!」
とろけた表情でスマートフォンを手に取り、連絡を掛け始めるなな。それを遠目に見て、メィメはもう大丈夫だろうとその場を後にする。
「もう帰るのですか?」
「ん……あとは俺ができることもないしな。帰ってメシでも食う」
ホンフェイに呼び止められて、そう答えるメィメ。
「ごはん! そうです、ホンフェイさんの誕生日も兼ねて何か食べにいきませんか!」
思いだしたように風流が顔を出した。
「ん……?」
ホンフェイは指を折り、現在の日時を思い出してからポンと手を打った。
「そういえば誕生日だったのです」
「忘れてたのか……」
呆れたメィメにホンフェイが頬を膨らませる。
「そういうメィメさんは覚えてるのですか、誕生日」
「誕生日……おれは……」
一瞬どう答えるものか思案するメィメ。複数の生命体から『神造』された彼には親もない。
「忘れた」
「ほらーお仲間発見なのです!」
「ホンフェイさんも勝ち誇らないでください。で、何か食べたいものはありますか?」
「んー、マーボードーフがいいのです! 四川風のめっちゃ辛いやつ!」
風流とホンフェイが会話しているのを聞きながら、メィメは空を見上げる。
「今日はファミレスで、中華にするか……」
五月晴れの青空が、遠くまで広がっていた。
作者:蘇我真 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年5月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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