カップル限定喫茶『あいあい』

作者:遠藤にんし


「世の中にカップルは多いのに、なんで潰れたんだろ……」
 つぶやいて、男性は帳簿を閉じる。
「カップル限定喫茶ってことでメニューも色々凝ったんだけどなぁ。カップルだけってのが駄目だったのか?」
 二人で分けるオムライスやパフェ、ドリンクも一つのグラスに二本のストロー。
 当たり前のメニューしかない分、見た目などにはこだわったはずだった。
「まぁ仕方ないな。嫁にも逃げられちまったし……あーあ、やり直せたら……」
「あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 突如背後から声が降りかかり、そして男性の心臓には鍵が突き立てられる。
 意識を失って倒れる男性の、その傍ら。
 現れたドリームイーターは、店を再オープンさせる準備を始めた……!


 自分の店が潰れたという『後悔』を利用するドリームイーターの現れを、高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は告げる。
「『後悔』を奪ったドリームイーターは既にいないが、奪われた『後悔』を元にしたドリームイーターは店内にいる。こいつを倒せば、意識を失った店主の男性も目を覚ますはずだ」
 出現するのは一体のドリームイーター。
「男性はバックヤードにいるから、店内で戦っても巻き込まずに済むだろうね」
 現場ですぐに戦っても良いが、その前に店のサービスを受けることで、敵の能力を減少させられる。
「カップルで行って、店のサービスを受けるといいのかな」
 暁・万里(レプリカ・e15680)のつぶやきに、冴はうなずく。
「カップル以外入店禁止の店だから、恋人がいない人も、恋人のふりをする相手を探しておくと良さそうだね」
 二人で食べさせ合ったり、一緒に飲むメニューがたくさんあるらしい。
「後悔を奪われたままではいたくないね。どうか、撃破してほしい」


参加者
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)
結城・翠春(アメトリン・e02044)
ブリュンヒルト・ビエロフカ(活嘩騒乱の拳・e07817)
シャルロッテ・リースフェルト(お姉さん系の男の娘・e09272)
暁・万里(レプリカ・e15680)
有枝・弥奈(オーバースペック気味の一般人・e20570)
英・虎次郎(魔飼者・e20924)
月影・環(神霊纏いし月の巫女・e20994)

■リプレイ


「さて……俺らはジュースでも飲もうかヒルト?」
 英・虎次郎(魔飼者・e20924)に言われ、ブリュンヒルト・ビエロフカ(活嘩騒乱の拳・e07817)はニッと笑う。
「この、カップル用のストロー?」
「ああ、トロピカルフロートとか良さそうだよな。上に乗ってるアイスとかフルーツとか食べさせあいっこしようぜ♪」
 同棲カップルの二人が注文したのはトロピカルフロート。
 鮮やかなオレンジ色のジュースの上にはバニラアイスが乗り、小さくカットされたトロピカルフルーツが乗っている。
 大きめのグラスには二本のストロー。ブリュンヒルトが赤、虎次郎が黄のストローをくわえると、二人の顔の距離はぐっと近づく。
(「っつーかすごく嬉しいけど、スゲー恥ずかしい……!!」)
 思わずストローを口から離してしまうブリュンヒルトに虎次郎が差し出したのは、バニラアイスをすくったスプーン。
「んだよ恥ずかしがんなって! ほらほらあーんて口開けな」
 口移しでもいいんだぜ――続く虎次郎の言葉に、ブリュンヒルトは心臓を跳ねさせる。
 さっきから顔は真っ赤になる一方で、このままだと心臓破裂でも起こしそうだ。
(「相手も彼氏だし、これが仕事だってこと忘れそうだぜ」)
 今回、ケルベロスたちがカップル喫茶に集まったのはドリームイーターの退治のため。
 喫茶店でサービスを受けるのも戦いの下準備と言えるはずなのだが、そうとは思えないほど辺りには甘い空気が満ちていた。
 ――なぜなら、ここに集まったケルベロスたちは皆カップルだから。
 シャルロッテ・リースフェルト(お姉さん系の男の娘・e09272)と手を繋いで入店する月影・環(神霊纏いし月の巫女・e20994)はにこにこ笑顔。
 春物のワンピースは袖がレースになっていて、柔らかい肌を薄く透かす。
 どことなく扇情的な環にシャルロッテは思わず見惚れ、いつもとは違う自分の服装がおかしくないだろうかと自問自答。
 エスコートはシャルロッテの仕事、注文したのは甘いパフェ。
「あ、あわよくば恋人らしく……あ、あーんをし合って食べたり……したいです……」
 パフェを待つ間、テーブルの下で環の手を握るシャルロッテ。
『恋人らしく』を言い訳のようにつぶやくシャルロッテとの間にパフェが置かれると、環はおねだりするような瞳を向けて。
 そっとスプーンを向けるシャルロッテに、満面の笑みの環。お返しにと、環もスプーンを手にして。
「はい、あーん、です♪」
 楽しそうに、ちょっと恥ずかしそうに視線を外した――シャルロッテが用意した隠し撮りのカメラと視線を合わせるように。
 バレンタインの告白で恋人になって、だから二人の歴史はまだ浅い……デートの回数も、そう多くはないのだ。
 だからこそ仕事とはいえこうしてデートできるのが嬉しくて、環は脚を伸ばしてシャルロッテの脚に絡める。
 ズボン越しではあっても脚の感触にどぎまぎするシャルロッテは、口いっぱいの甘味を味わいながら思う。
(「恋人らしくというなら、も、もう少し大胆な行動をしたほうがよいのでしょうか……?」)
 もっと大胆にしてもいい……思いつつ、環はいたずらっぽく笑う。
 仕草、行動、言葉のすべてから伝わる愛。
 パフェはまだまだ残っているのに、環もシャルロッテも胸の中はいっぱいだった。
 ――初々しい空気の環とシャルロッテに対し、四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)とクリスティーネのカップルは動じることなく「あーん」で食べさせ合っている。
「ふふっ、これくらいではもう動じません~」
 そう言って、胸を張るクリスティーネ。
 顔は赤くしているが、既に経験したことがあるから動揺はせずに済んだのだ。
 そんなクリスティーネへとに対し、沙雪は笑みを浮かべてドリンクのストローをクリスティーネへと向ける。
「一緒に飲もうか」
「ええっ、一緒に……」
 グラスにストローが二本刺さっているのは分かっていたが、未経験のことを持ちかけられてクリスティーネは動揺してしまう。
 そんな彼女をよそに沙雪はストローをくわえ、誘うようにクリスティーネを見つめ。
 ためらいがちに開かれる唇、接近する赤い顔。
 抱き締めたいほど愛らしい姿に沙雪は思わず笑顔になり、優しく声をかける。
「大丈夫だよ。クリス」
 沙雪の言葉に背中を押されて、そっと、飲み物を飲み始めるクリスティーネ。
 見つめ合い、照れ混じりに目を伏せ、でも顔が見たくて再び視線を上げる――重なる動きに、二人の心は甘くときめく。
 沙雪がストローから口を離すと、クリスティーネも一拍置いてストローから離れ、長く息を吐く。
「うう、やっぱり沙雪さん意地悪です~」
 耳まで真っ赤なのに、クリスティーネはまんざらでもなさそうに笑っている。
 クリスティーネの移ろう表情を沙雪はたっぷり楽しんで、それでももっと見ていたくて「あーん」と声をかけるのだった。


「凄いな、本当にジュースにストローが二本」
 届けられたドリンクに暁・万里(レプリカ・e15680)は瞠目し、一華と共にストローをくわえる。
 見つめ合う視線は至近、一華の灰色の瞳はとても綺麗で離れがたく、万里は喉が渇いていないというのにストローから口を離せない。
 いつまでもこうしていたい、と思うほどの至福の時――飲み物が底をついた音で、二人はようやく現実に引き戻される。
「一華は何食べたい?」
 空になったグラスを脇に、万里はメニューを広げる。
「色々ありますね……んー、あっ! これです! これがいいです!」
 一華が指さしたのは、ハートのオムライス……続いて、デザートのページへと向かう一華。
「ふふ。二人ならデザートまで楽しめますね」
 一人でもデザートは絶対に食べるだろう――そんな言葉は、万里の胸の内でだけ。
(「去年は巨大金魚鉢パフェを殆ど一人で食べていたし……」)
 思う万里の耳に届いたのは、一華の歓声。
「見てください万里くん! 去年のチャレンジした、おっきなパフェもあるみたい!」
 ……考えていることは二人とも一緒。そう気付いて万里は優しく、一華の前でだけ見せる表情で笑った。
 ――そうするうちにオムライスが到着。供されたオムライスをすくって、一華は呼びかける。
「えへへ……万里くん万里くん、あーん」
「俺に? ……ありがとう」
 一華から万里に、そして万里から一華に。
 どちらかといえば、万里から一華に口へ運んであげる方が多かった……美味しそうに食べる一華の表情もあって、食べているものは何倍も美味しく思えた。
 甘いパフェにほころぶ唇に万里も笑み、その表情見たさに万里は匙を止めることが出来ない。
 甘々な空気の二人を見て、結城・翠春(アメトリン・e02044)も師匠――もとい、ネルと肩を寄せ合う。
「今回はデートをすれば良いのだな。クリスマスやバレンタインの時みたいに振る舞えば良いのか。分かった、任せておけ」
 ネルは自信満々だが、『デート』の本質的な意味について理解しているかどうかは怪しい。
「よろしくお願いしますね、師匠」
 店内のカップルを見習って翠春はネルの手を握ってみる。伝わる温度に胸がきゅっとなって、掌は体温以上に熱い気がした。
「ほら、翠春。師匠、なんて呼んでいてはカップルにならないぞ? いつもみたいにネル、と呼んでくれ」
 ネルは平時と変わらない態度。カップルらしくするためにとネルを名前で呼んで、翠春はその響きを反芻する。
(「ちょっとだけ恥ずかしいですけど……」)
 でも、嫌ではない。むしろ――。
「これなんかどうだ? 二人で一緒に飲むドリンクか、なんだか変わってるな」
 思索は、ネルの言葉で中断。
 翠春がネルを見れば、ネルは小さく微笑んで楽しそう。
(「可愛いな」)
 戦い方を教えてくれる師匠、血は繋がっていなくても一緒に暮らす家族――そのはずなのに、翠春はそう思ってしまう。
 恥ずかしくて、とても師匠には言えない気持ち。ふわふわして掴みどころがなくて、締め付けられるようになって、でも幸せで。
 この店にある商品は、全てカップル仕様。食べさせてあげるのと食べさせてもらうの、どちらが恋人らしいのか――迷っているのに、嫌な気持ちはまったくない。
 翠春のそんな気持ちが伝わってか、ネルは微笑を浮かべていた。

「オムライスとフライドポテトとサラダとソテーと……」
 有枝・弥奈(オーバースペック気味の一般人・e20570)はざっと三カップル分――つまり六人分くらいの注文を繰りだし、正面に座るルイアークへと視線を向ける。
「ふふっ……限られたモノのみ踏み入ることの許されたエデン……招かれた私達は水面に揺らめく月明かりか?」
 先日ホストについて勉強したせいか、ルイアークはそんな台詞を吐く。
「ルイアーク君、そちらのご注文はあるかな?」
「注文ですか? ……注文と言うのなら、ただ目の前の美しく咲く花を連れ去りたいだけです……」
 何か色んな勘違いを携え答えるルイアーク。
「……え? 私? それはちょっと今は困る」
 ルイアーク流甘い言葉を、むむと顔をしかめて受け流す弥奈。
「分かってるよね? この後ドリームイーターと戦うからね? なのでそういうのは後にしよう。それはそれ、これはこれ、分別は大事」
 そんなことを言ううちに、注文の品がどっさり届く。
 埋め尽くされるテーブル――所狭しと並ぶ食べ物たちに、ルイアークの表情に一瞬の衝撃。
 なんだこの量!? という叫びを秘め、ルイアークはあくまでクールに弥奈へと取り分ける。
「分かったらまずは注文分食べきるとしますか」
 言う弥奈は既にフライドポテトを胃に収め、サラダを咀嚼しながらソテーを切り分けているところ。
「分かち合う……それが許されるという事が、今の私には限りない幸福ですね」
 気障ったらしく告げるルイアークに、いつの間にやら近くに来ていたドリームイーターはうなずく。
「その通り……俺の嫁さんも、そう言ってくれてたってのに――」
「うるさい! 邪魔するな!」
 二人きりの時間を邪魔されたルイアークは激昂、そうするうちに弥奈は完食。
 そうなれば、後は戦いだけだ。


 ドリームイーターが手にした鍵はハート型のピンクゴールド。
 めちゃくちゃに振り回して荒ぶるドリームイーターへと、翠春とシャルロッテは果敢に立ちはだかる。
「みんなは……ネルは僕が守ります!」
 ボクスドラゴンのカリストも鍵を受け止め、ネルはゲシュタルトグレイブによるひと突きでドリームイーターを貫く。
 シャルロッテは日本刀による斬撃を加えつつ、用心深くドリームイーターの様子を窺っていた。
 そんなシャルロッテの背後から、環は攻性植物を向かわせる。
 殺到する攻性植物は四方八方からドリームイーターを戒め、刀身を刀印を結んだ指でなぞっていた沙雪はツルの上を駆けてドリームイーターに肉薄した。
「後悔の根幹、仮初でも払拭されたようだね」
 ドリームイーターの攻撃は今のケルベロスたちにはさして脅威ではない――カップルとして過ごした時間のお陰だろうと思いつつ、神霊剣・天からのひと太刀を浴びせかける沙雪。
 弥奈は青髪をいっそう美しく輝かせながら砲口をドリームイーターに向け、撃つ。
 轟音は地を揺るがし、ど真ん中を撃ち抜かれたドリームイーターは呻きとも悲鳴ともつかない声を上げていた。
 燃え盛る炎に包まれたブリュンヒルトはどこか凶暴にも見える笑みと共に破壊の力を蓄え、快哉を叫ぶ。
「っしゃあ! 漸く戦闘開始だな! もうちょっと遅かったら恥死するとこだったわありがとう!!」
 その顔が赤いのは、紅蓮に照らされているからというだけではないようだった。
 虎次郎はといえば露骨に残念そうな顔。さっさと片づければ二人きりの時間が取れるからと、左腕の黒鎖のブレスレットに烈しい炎を纏って叩きつけた。
 万里のライトニングロッドの先につく青玉は清らかに光り、青白い火花を生んで護りとなる。
 続く戦いは、危なげなく進む。
 愛する人と過ごした時間は、力へと変わっていた。


 何も気にせずブリュンヒルトが敵に突っ込んでいけるのは、虎次郎がいるから。
 長い脚から繰り出される蹴りは刃のごとく、肉薄したブリュンヒルトが反撃を受け吹き飛ぶと、虎次郎が抱きとめた。
「無茶は禁物だぜ? ハニー♪」
「っしゃ、ありがとダーリン♪」
 虎次郎が満月のような癒しの力与えると、二人は笑みを交わす。
 そんな二人の様子を見て、シャルロッテも自分の恋人――環へと呼びかける。
「環ちゃんは大丈夫ですか?」
「大丈夫、です。一緒に……」
 シャルロッテはうなずき、環は告げる。
「此処は月の庭、私の領域、です」
 蔓草は茨の棘へと。
 腕を広げるかのように逃げ場を奪い、抱き寄せ、万力でもってドリームイーターを締め上げる――狙いを定めて、シャルロッテは日本刀で引き裂いた。
「水よ、全てを癒せ」
 弥奈の放つグラビティは青い輝きを伴い、ルイアークはその輝きを見つめながら大魔王パンチ。
 ひたすらに殴り続けるルイアークに、うんうんと弥奈はうなずいていた。
「効いてるね。すごいすごい」
 ルイアークが離れると同時に、ネルはつぶやく。
「まずは砲撃、続いて零距離からの追撃にて畳み掛ける……」
 轟音の直後、ドリームイーターに肉薄して追撃。
 小さな身体であっても力強く戦う彼女を見て、翠春も負けていられないとバトルオーラを立ちのぼらせる。
 狙いを揃えての攻撃に、守りを奪われるドリームイーター。
(「戦いが終わったら……」)
 ネルとの恋人のふりも、終わってしまう。
 でも、今日はなんだか手を繋いで帰りたい気分だ――そう言ったらなんて応えてくれるだろうか、翠春は思うのだった。
「お出でやお出で、さぁさ一緒に参りましょ」
 ひとつの明かりと共に訪れた夜。
「出番だ 『Arlecchino』」
 その中で万里が喚ぶのは道化の手。
 一華の朧狐火と共に手招きする道化は掌からいくつもいくつも薔薇の花をこぼしてドリームイーターの体を汚し、赤い花びらは床に落ちる頃にはドリームイーターの血になっていた。
「小さく弱い光でも少しでも力になれば!」
 クリスティーネの白百合は沙雪へ。
 可憐な花を受け取る沙雪は微笑し、と思えばきりりと顔を引き締め、剣印を結んだ。
「鬼魔駆逐、破邪、建御雷! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
 生まれた光の刀身――斬り伏せてしまえば、それで終わり。
 ドリームイーターの消滅を確認すると、彼らは恋人と見つめ合い、笑みを交わすのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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