螺旋黒月伝

作者:柚烏

 夜空に輝く月を背に、絡繰仕掛けの翼が音も無くはばたいた。その相貌を螺旋の仮面で覆い隠した女――機巧蝙蝠のお杏は、凍てついた月の光を思わせる声で、静かに配下たちへと命を下す。
「螺旋帝の一族が東京都心部に現れた事は、既に聞き及んでいるであろう。その御身を保護するべく、お前達は文京区の探索を行い、どんな些細な情報でも報告せよ」
 お杏の前に跪く配下は、螺旋忍軍の一派である月華衆――その中でも『黒鋤組』と呼ばれる集団に属する者たちであった。皆、闇に溶けるような忍装束を纏い、武器には美しき月下美人の模様が刻まれている。
「……既に、他の忍軍も動いていると思われる。もし奴らと接触した場合、最優先でこれを撃破するのだ」
 他の忍軍に奪われるわけにはいかぬと非情にも告げて、お杏は忍び達を闇夜へ解き放った。堅実さが売りのお前達こそ、この任務に相応しい――彼女の声がゆっくりと、眠らぬ都市へ吸い込まれていく。
「そう……御身を保護するのは、我ら月華衆だ。他の奴らの手になど、渡すものか」

 ――そして一方、何処とも知れぬ社の中。上品な香の匂いが立ち込める祭壇の前で、雅やかな男がすっと天を仰いだ。
「……星が告げています。文京区に異変の兆しあり、と。ならば貴方たちに指令を与えましょう」
 冷ややかなまなざしで辺りを見渡す男の名は【黒笛】のミカドと言い、その配下もまた、平安絵巻から抜け出してきたような出で立ちをしている。艶やかな狩衣の裾を靡かせて、ミカドは告げる――彼の地に向かい、あらゆる異変をつぶさに調べて持ち帰るのです、と。
「ああ、他の忍軍の調査部隊を発見した場合は、速やかに排除しその目論見を阻止しなさい。我ら『黒螺旋』の力を思う存分、見せつけてやるのです」
 符を鳴らす音、そして澄んだ鈴の音が響くと同時、彼の側に控えていた配下たちは一斉に任務を開始する。その優雅な身のこなしに満足そうに頷いて、ミカドはうっすらと口角を上げた。
「……そう、それで良い。疾く行き、使命を果たすのです」

 ――東京都心部で、螺旋忍軍が活発に活動を開始したようだ。そう皆に告げたエリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は一瞬顔を曇らせたが、直ぐに不安を拭って姿勢を正した。
「どうやら複数の螺旋忍軍の組織が、大規模に活動しているみたいでね……今は、螺旋忍軍同士の戦闘に発展し始めている所なんだ」
 只デウスエクス同士が争うだけなら放置しても良いだろうが、この戦闘により都心が破壊され一般人の犠牲者が出るとなれば放置出来ない。だから皆には今回、争いを始める螺旋忍軍の撃破をお願いしたいのだとエリオットは告げた。
「まず周囲の被害を抑える為には、両者の戦いに割って入った上で、敵を連携させないように片方の忍軍を撃破……その後は、返す刀でもう片方の忍軍を撃破する流れになるよ」
 もしくは、忍軍同士を戦わせて疲弊した所を叩くという作戦も可能だが、この場合市民の死傷者が出る可能性が高くなってしまう。更に、向こうは協力して共通の敵であるケルベロスに対抗してくるだろう。
「だから、戦いを長引かせて敵を疲弊させる工夫が無ければ、却って戦況は不利になってしまうかもしれないから。……どちらの作戦で行くか慎重に判断して欲しい」
 事件が起きるのは文京区、六義園近辺で螺旋忍軍は衝突する。時刻は夜の為、一般人はそう多く無いが――戦いが苛烈になれば、巻き込まれる人々も出てくるだろう。
「戦う螺旋忍軍は、一方が月華衆。もう一方は黒螺旋と言う勢力みたいだね」
 月華衆の忍者は堅実な行動を旨としており、飛び抜けて強い訳では無いが、一定の成果を確りと挙げるタイプのようだ。数は6体で、月下美人の模様を彫り込んだ武器を扱い、集団戦に長ける。
 一方の黒螺旋は、忍びと言うよりも陰陽師を思わせる佇まいで、その能力は個人の資質による所が大きいか。此方の数は4体――符術を扱い、個々の戦闘を得意とする。
「都心部での戦闘になるけれど、建築物などの被害はヒールで修復が出来るから、その分一般人に被害が出ないように気を配って欲しい」
 螺旋忍軍が争う理由は気になるが、戦場に現れる螺旋忍軍から情報を得ることは無理だろう。下っ端である彼らは、ただ与えられた命に従っているだけだろうし、何か教えろと言って素直に教えてくれるような相手でも無い筈だ。
「闇夜で暗躍するなんて、如何にもって感じだけど……都会の夜を騒がせ、ひとびとの平穏を奪うのなら止めなくちゃいけないよね」
 ――闇に踊り、闇を討ち。そして、朝日が昇る前に終わらせよう。エリオットはそう言って、彼方に見える都市をきり、と見据えたのだった。


参加者
遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)
姫宮・楓(異形抱えし裏表の少女・e14089)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)
八十一・九十九(小さな機動要塞・e36823)

■リプレイ

●絡み合う思惑
 ――東京都文京区。緑豊かな六義園周辺で、今宵螺旋忍軍の二勢力が激突しようとしていた。月華衆と黒螺旋――双方とも、他忍軍を最優先で撃破せよとの命を受けており、戦闘による周囲への被害は火を見るよりも明らかだ。
「螺旋忍軍の方々は、同族でも争うとは聞いておりましたが……」
 現場へと急行する最中、リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)は憂いを帯びたまなざしで夜空の月を見上げる。人知れず暗躍する彼らは、その過程で人々が幾ら巻きこまれようと気にも留めないのだろう――ならばこの争いで、罪の無い人々が犠牲にならないよう、自分たちが頑張らねばなるまい。
「うーん、争うのは勝手だけど、被害が出るのは見過ごせないな」
「ええ。無用な被害を出さず、一般人への被害を最小限にする為に尽力しましょう」
 その想いは遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)や、八十一・九十九(小さな機動要塞・e36823)も同じようだ。と、其処で九十九は、辺りの気配を一瞬気にする素振りを見せたが――今は目の前の事態を優先しようと決意したらしい。そうして一行は、一触即発の忍軍たちに対し即時介入を行い、先ず周囲の一般人へ避難を呼びかけていく。
(「……月が沈む前に、決着をつけましょう」)
 落ち着いた声でリコリスは、デウスエクスが出現したこと、そして自分たちケルベロスが対処している間に避難するよう言い聞かせていった。仲間たちも協力して呼びかけを行う中、姫宮・楓(異形抱えし裏表の少女・e14089)は膨大な殺気と剣気を解放して、人々の意識に『立ち去れ』と訴えかける。
「しかし……黒螺旋の一派と、こうして相まみえることになろうとは」
「黒螺旋とは……陰陽師みたいな方ですよね?」
 戦を前にして、普段気弱な楓の姿は一変しており――今の彼女は、何処か超然とした雰囲気すら湛えていた。殺界を形成して人払いを行っていたイルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)の瞳が、くりくりと愛らしく動く様子を眺めつつ、楓は仇敵と思しき者たちについて語り始める。
「うむ、世界の闇を称して暗躍する金髪と紅瞳の忍軍の一族……黒い螺旋を操る者と言ったところか。陰陽師の僕という事はおそらく――」
 その時、楓の脳裏に過ぎったのは、黒笛を手に嘲笑う忍の姿だったのか。ミカド、と囁くようにその名を呼んでから、彼女はカラカラと鷹揚に笑った。
「まぁそれはさておき、彼奴らに共闘を持ち掛けるのじゃな?」
 ああ――と楓の問いに頷くレスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)は、デウスエクスとの共闘は気に食わないとばかりに眉根を寄せたが、最終的にどっちも潰すのであれば問題ないと判断したようだ。
「よぉ黒螺旋、おれらの狙いはお前らと同じだ。獲物を分け合うのも、この状況じゃ仕方ねえだろ」
 今まさに両者が刃を交えようとする中に、堂々とレスターは割って入って行き、黒螺旋の忍軍にちらりと視線を向けてから鉄塊剣を構える。その切っ先は、真っ直ぐに月華衆たちへと向けられており――突如として戦いに加わった一行を見て、螺旋忍軍の間で静かに動揺が広がっていった。
(「少なくとも、月華衆の殲滅まで互いに不可侵とできれば、戦いは有利に進められます」)
 相手の出方を窺いながら、九十九は冷静に今後の展開を予測する。黒螺旋に協力して、先ず月華衆を片付けると言うのが一行の作戦であり、向こうも此方を利用しようとする隙を突けば各個撃破も可能になる筈だ。
(「しかし、忍軍たちが我々の排除を優先すべきだとした場合は、逆に手を組んでくるかもしれません」)
 ――その時は、此方も全力で戦うしか無いだろうと九十九が想いを巡らせる中、黒螺旋は何故自分たちに味方するのかと真意を問うた。
「それは、そちらの月華衆が過去に一般人を狙った事件を起こしたからです。わたし達は彼らの動向を探っていて、この場所に辿り着きました」
 と、それにはイルヴァが確りとした口調で答えを返して。実際、月華衆による事件は幾つも報告されており、アンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)もその内の一つを解決したことがあったのだ。
「そうだ。月華衆には我々も狙う理由がある――排除するまでは、其方とは交戦しない」
 確執があることを匂わせながらアンゼリカもまた、あどけない外見に見合わぬ大人びた様子で、黒螺旋へ宣言した。そんな中、いざと言う時は身を挺して一般人を守ろうと決めていた尾神・秋津彦(走狗・e18742)も、避難が滞りなく済んだことを確認して唇を開く。
「一般人を害する目的が無ければ、我々も助太刀いたしましょう」
「……戦に巻き込まれる者のことなど、考えてもおりませぬが。我らの目的はあくまで、他の忍軍であります故」
 優雅な所作で答える黒螺旋は、此方を戦力と見なしても良いのかどうか慎重に探っているようだ。其処で、あと一押しと見た鳴海が、にやりと微笑んで指を立てた。
「ね、此方を倒した所でそっちの本来の目的は果たせないでしょ? だったら共闘した方が互いにメリットがあると思うんだ」
 あくまで互いの利益の為に手を組む――下手な情に訴えることをせず、打算絡みで動くのだと告げた鳴海の言葉は、却って信用出来ると黒螺旋は頷く。
「信頼しろ、とまでは言わないよ。利害が一致する間は協力する……って事ならシンプルでしょ?」
「無論。善意での協力ほど、信用出来ぬものは無いからな」
 ――どうやら、黒螺旋との共闘は無事成立したようだ。やれやれと大仰に溜息を吐いた楓は、駄目押しの一言を放って気持ちを切り替える。
「不審なら後でわらわを狩れば良いが、今は敵が少ない方が良い。そう思わんか?」
 その言葉が契機となって、月華衆は此方を纏めて片付けようと陣を組んだ。彼らの月下美人の紋が月夜に煌めく様を見たリコリスは、銀糸の髪を風に靡かせて歌うように言葉を紡ぐ。
「月下美人の花言葉は儚い美と、儚い恋」
 ――かぐわしきその花は、一夜の内に咲いて散りゆく定めだけれど。
「……その花を此処で、摘み取りましょう」

●花鳥風月の夜宴
 刀を構える者が前に出る一方で、後方からは手裏剣を得手とする月華衆が、耽々と標的に狙いを定める。堅実な陣を敷いて立ち向かう彼らへ、黒螺旋は変幻自在の召喚術を以て挑んでいるようだ。
「私たちも後れを取る訳にはいかないな――さぁ、黄金騎使がお相手しよう」
 輝くばかりの金の髪を靡かせるアンゼリカが、堂々と名乗りを上げて戦へ身を投じていく。そうして、先ずイルヴァが妖精の祝福を与えようと矢を放ったのだが――その相手は鳴海であり、祝福を受けてから動こうとしていたアンゼリカは、齟齬があったことに気付きかぶりを振った。
「否、ならばこのまま斬り込むのみだ……!」
 直ぐに気持ちを切り替えた彼女は、両の手で抱えたライフルの照準を合わせ、巨大な魔力の奔流を敵陣目掛けて放つ。眩い光線が周囲の輪郭を浮かび上がらせる中、リコリスは星辰の剣を手に軽やかに羽ばたいて、守護星座の加護を仲間たちにもたらしていった。
「この月夜に、星の輝きを添えましょう……」
 ――月下美人に挑むのは、気高き白の曼殊沙華。その花を凍らせようと氷結の螺旋が襲い掛かるが、その一撃は守り手であるレスターによって阻まれる。
「……温いな。この程度で我が身に宿る炎が消えるものか」
 紡がれた冷淡な声は、凍てつく刃を思わせる鋭さを持っていると言うのに――彼の右腕が纏う地獄の銀炎は、裡に秘めた戦の高揚を物語るかのように、激しく燃え盛っていた。
「夜陰に紛れて、というには余りに騒々しい忍び共ですな。狼の牙が暗闇にどれだけ仄皓く煌めくか、思い知って貰いましょう」
 一方の秋津彦はあくまで礼儀正しく、けれど毅然とした様子で告げてから一気に地を駆ける。身を屈め、獣の尾を揺らし――己を走狗と称する彼はそのまま、雷の霊力を帯びた鋭い一撃で月華衆を貫いた。
「目標捕捉……援護はお任せください」
 更に、九十九が破城砲を構えて誘導砲弾を撃ち出すが、月華衆の動きは思っていたよりも素早い。掠る程度で終わった一撃を確認して、彼女は命中精度を上げる何らかの工夫が必要かと思案した。
「ふむ、それはわらわとて同じか」
 逢魔之時により力の一端を解放した楓もまた、火力重視の戦法を見直す必要があると感じているようだ。手早く倒そうと思っていたものの、それには先ず攻撃を当てる必要がある――しかし経験が不足している場合、命中させること自体が難しいのだ。
(「黒螺旋相手なら、足止めも考慮していたのですが……」)
 月華衆ならば問題ないと、妨害を行うイルヴァは相手の防御を破ることを念頭に置いて、紫電の刃を振るっていた。アンゼリカや鳴海といった狙撃手は、狙い澄ました一撃を叩き込んでいるが――命中に不安のある仲間へ気を配れば、より安定した戦いが行えたのかも知れない。
「……それでもわたしは、ちょーほーと暗殺を司るシャドウエルフですから」
 けれど、致命傷を与えるべく立ち回るのであれば、確実に止めを刺せる者を支援するのも有効だ。こくりと頷いたイルヴァは澄雪のドレスを靡かせて、更に傷痕を斬り広げるべく氷晶刃を突き立てた。
「闇に紛れることも、暗闇に潜む者を成敗するのもとくいです」
 ――しなやかな体躯が纏う淡い水色は、姉のように慕うひとが贈ってくれた戦装束だ。精緻に刺繍された雪の結晶も相まって、イルヴァの姿はまるで季節外れに舞う幻の雪のようで――彼女を捉えたと思った瞬間、その姿はふわりと闇へ溶けていく。
「さ、余所見は禁物だよ。闇は闇に、そのまま静かに消えてもらおうか! ……なんてね」
 そうして、黒螺旋の召喚する猫の群れに月華衆が翻弄されている所へ、びしっとポーズを決めた鳴海が霊刀を振りかざした。清浄なる霊力は、見る間にうつくしき凍気へと変わり――その煌めきを宿した刃が月光を弾いて、鮮やかな軌跡を描きながら月華衆に吸い込まれる。
「凍れ。その身の内の、内までも……ッ!」
 瞬きのうちに夜を舞う雪、その残酷な抱擁を受けた螺旋忍軍は眠るように生命を絶たれていって。其処へ今度は身も心も燃やし尽くすような、圧倒的な銀の炎が押し寄せていく。
「もう逃れる闇はない……来い、髄迄燃やしてやる」
 ――それは、レスターが振るう鉄塊剣の一薙ぎだった。竜の翼を羽ばたかせ、月を背に飛来する彼の勢いは、アスファルトすら易々と抉り――銀炎が凝ったような瞳が見据える先では、アンゼリカが守りを失った月華衆に強烈な蹴りを叩き込んだ所だった。
「私は足癖も悪くてね。……こちらだ!」
 小柄な体躯に秘められた強靭な力を如何なく発揮し、彼女は果敢に螺旋忍軍へ立ち向かう。いつしか月華衆は最後のひとりを残すのみとなり、イルヴァや秋津彦は黒螺旋との戦いに備えて、仲間への加護を織り交ぜていった。
(「このまま、上手く包囲出来ると良いのですが」)
 黒螺旋も標的になった為、予想よりも此方の被害が出なかったことに安堵しつつ――リコリスは慎重に鎧と化した御業を操り、傷ついた九十九の傷を癒す。そうする間にも皆で包囲を狭め、黒螺旋の逃げ道を塞ぐように立ち位置を変えていたのだが、向こうも此方の思惑に気付いたらしい。
「……何やら、不穏な動きを感じるな」
 イルヴァの刻んだ戦弓のルーン、そして秋津彦の秘術である天狼星の瞳が狙いを研ぎ澄ませていくのを見て取った黒螺旋は、自分たちを仕留める準備を整えていることを悟り、すぐさま共闘を止めた。――が、月華衆と共にケルベロスへ立ち向かうには、戦況は余りにも不利になっていたのだ。
「おのれ、小癪な真似を……!」
「搦手も何も、戦場なら当たり前だ。忍なら慣れたもんだろう」
 悪態を吐く黒螺旋に、冷然と告げたのはレスターで――彼らに合流しようとする月華衆へは、秋津彦が止めを刺すべく竜砲弾を叩きつける。
「騙し討ちもまた兵法、武略というものであります。御覚悟!」

●漆黒を照らす光
 ――竜の咆哮を思わせる砲撃が、新たな戦のはじまりを告げた。月下美人の紋様は既に血に塗れ、黒螺旋は彼らの二の舞にならぬと、符による召喚術で抵抗する。
「わたしの目から、逃げられると思わないでください」
 しかしイルヴァが、黒き太陽を具現化して反撃に移り――降り注ぐ黒光は絶望そのものとなって、忍軍の足取りを鈍らせていった。
(「私じゃ、そんな格好良くは決められないかもしれないけど、心強い仲間たちもいる」)
 幻影を纏い被害を免れようとする敵へは、破剣の加護を得た鳴海が、更なる黒光を降り注がせて追い打ちをかける。殺戮機械の暴走が辺りを薙ぎ払おうとも、鳴海の声は皆を奮い立たせるかのように、夜のしじまに吸い込まれていった。
「負ける訳にはいかないんだ……全力で行かせてもらうよ!」
「……あなた方がその力を争う為に使うのなら、私は皆様を守る為に使いましょう」
 ――身体を蝕む毒を浄化していくのは、リコリスの織り成す虹色の紗幕。更に九十九が治療無人機を操って、前線で戦う仲間たちの守りを強固なものとする。
「さて、小生も負けてはいられません。大いに暴れてもらいましょう」
 と、一瞬の隙を突いた秋津彦は、天狗の如き身軽さで跳躍し――振り向きざまに撃ちだした護符から、堅牢な具足を纏う騎馬武者を招いた。武者の氷槍が黒螺旋を貫いた所へ、雷を帯びた楓の斬魔黒刀が一直線に吸い込まれていく。
「人間の縄張りを、お前らが奪りあうのは筋違いだ。……くだらん抗争はあの世でやるんだな」
 斬り伏せられた忍軍を冷ややかに見遣ってから、重力に逆らうレスターが壁を駆けた。その手に握られた無骨な大剣は波濤を生み、飛沫と化した銀炎が夜空を彩る。
「この一刀……受けられることは、出来ない!」
 瞬きの間に忍は刃の波に呑まれて骸と化し、最後の黒螺旋にもアンゼリカの光剣が迫っていた。其処に集束された光は神々しさを湛え――身の丈以上の得物を振りかざす少女は、眩い光を背負う天使そのものに見えた。
「夜闇を裂く一閃……これが――光だ!」

●螺旋の向かう先
 ――光の奔流が収まった後、都市は平穏を取り戻していた。無事に死闘を制したアンゼリカは、いずれ全ての闇を払えるようにと願う。
「……本当に、美しい月夜ですね」
 修復を行うリコリスがふと夜空を見上げる中、九十九はアイズフォンを用いて何か情報が拾えないかと試しているようだ。さて――と、黒螺旋の動向に想いを巡らせるのは楓で、このような動きがあったのならばこの先、他の輩ともひと悶着があるのだろうと溜息を零す。
「やれ……面倒なことになりそうじゃのう」
 ――けれど彼女の唇は、それすらも愉しもうとばかりに優美な弧を描いていたのだった。

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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