五月病事件~やる気出ないしSSRも出ないし

作者:砂浦俊一


 ゴールデンウィークも終わり、憂鬱な月曜。
 一人の青年がベッドに寝そべったままスマートフォンのソーシャルゲームのガチャを回していた。
 彼はこの春に就職したばかりの新卒社員、同時に憧れの東京で一人暮らしも始めていた。
 ちらりと壁の時計を見ると、そろそろ家を出なければいけない時刻。
「ううう……ゴールデンウィークが終わったなんて……会社行きたくないよう……やる気出ないよう……あげくSSRのカードも出ない……よう……」
 ガチャの結果にため息を漏らした彼は、ベッドに突っ伏した。
 しばらくして顔を上げると、彼は課金して再びガチャを回す。
「あああ……もう仕事も一人暮らしもめんどくさいよう……好きなことして暮らしたいよう……せめてSSRぐらい出て……ああ……また出ない……」
 気づけば出社時刻も過ぎていたが、彼はベッドの外へ出る気も起きなくなっていた。
 それもこれも、全ては『五月病』の仕業だった。


「ケルベロスの皆さん、ヤバめの事件っす。普段とはヤバさのベクトルが違いますが、とにかくヤバめの事件っす」
 オラトリオのヘリオライダー、黒瀬・ダンテが集まったケルベロスたちに話を切りだした。
「ゴールデンウィークも終わりましたが、世間では『五月病』が大流行してるっす。多くのケルベロスの方々が調査した所、『五月病』の病魔が大量に発生している事がわかったっす。そこで皆さんに、『五月病』の病魔の撃破をお願いしたいわけっす」
 なるほど、『五月病』をこじらせては社会復帰が難しくなってしまう。
 それが大流行しているのなら、見過ごすわけにはいかない。
「『五月病』患者は自宅で閉じこもっていますが、意識はあるので普通に訪ねれば会えるっす。居留守を使われたら、鍵を壊して踏み込んでもオッケーです。『五月病』患者との接触後は、チームにウィッチドクターがいれば、患者から病魔を引き離して戦闘を行う事が可能っす。ウィッチドクターがいない場合も、その地域の医療機関に協力しているケルベロスのウィッチドクターが臨時に手伝ってくれるんで、心配無用っす。『五月病』の病魔はビーズクッションに寝そべった少女の姿で、【催眠】の効果を持つ囁き声、【眠い】の効果を持つ電波、これらが主な攻撃手段っす」
 一通りの説明の後で、ダンテはこう付け加えた。
「そうそう、『五月病』は再発しやすい病気っす。可能なら病魔撃破後に救出した男性の話を聞いてあげて、再発しないようフォローを入れて欲しいっす。それでは皆さん、よろしくお願いします!」


参加者
ミリアム・フォルテ(緋蒼を繰る者・e00108)
メルナーゼ・カスプソーン(昼寝しながら戦う噂あり・e02761)
茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)
小森・カナン(みどりかみのえれあ・e04847)
秋空・彼方(英勇戦記ブレイブスター・e16735)
山内・源三郎(姜子牙・e24606)
柔・宇佐子(ナインチェプラウス・e33881)
マサズミ・アクトフィールド(自称座長・e36171)

■リプレイ


 臨時で加わったウィッチドクターとともに、ケルベロスたちは『五月病』患者の住む木造アパートへと向かう。
「動きたくないと思うことは誰にだってありますよね。わたしはそう感じたことはありませんが」
「カナンも、『あ~一日中寝て過ごして金貰える仕事に就きたい』と思ったこともあるっすから、キモチはとってもわかるっす。にしても今日は陽射しがキビシイ……」
 マサズミ・アクトフィールド(自称座長・e36171)の言葉に、小森・カナン(みどりかみのえれあ・e04847)が同意する。マサズミはデウスエクスたちに飼われていた過去から、ニートのカナンは太陽光が苦手、という理由でどちらもフードを深く被っている。
「おひさま燦々で、私は気持ちいいって思うけどなー。こういう日にお外で遊びたーい」
 柔・宇佐子(ナインチェプラウス・e33881)が明るい声を弾けさせる。ソシャゲやガチャのことはよくわからないが、病魔に憑かれた人がいるなら助けよう、と思っている。
「うん、子供はそれくらい元気な方が良い」
「わしは金があるなら他で使いたいのう」
 ミリアム・フォルテ(緋蒼を繰る者・e00108)が宇佐子の頭を撫で、山内・源三郎(姜子牙・e24606)は首を捻った。
「ずっと寝そべってソシャゲ、それはそれで楽しそ……いやいや、そんな時間のかかることやっている暇もないし!」
 秋空・彼方(英勇戦記ブレイブスター・e16735)は首を左右に振って雑念を追い払う。今やるべきはケルベロスの活動、彼はそれを胸に刻む。
「確かにやる気が出ないこともあるですけど、頑張らないと困るのは自分です……。やるべきことをちゃんとしてからダラダラするべきですよ……」
 メルナーゼ・カスプソーン(昼寝しながら戦う噂あり・e02761)の眠たげな目に、二階建ての木造アパートが映る。敷地内には駐車場もあり、戦うのなら室内よりもこちらの方が適しているかもしれない。
 ケルベロスたちは、事前に聞かされた『五月病』患者の部屋のドアを叩く。
 やや間があって、ドアが開いた。
 目の下にクマを作り、無精ヒゲを生やした青年が顔を見せる。
「……はい、なんでしょうか」
「突然の訪問、ご容赦下せえ。手前どもはケルベロスでござんす」
 流石は博徒、茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)は腰を落とした姿勢で口上を述べていく。


「寝耳に水といった所やもしれやせんが、そちらさん、実は厄介な病魔に憑かれておりやす。ウィッチドクターの方を伴って参りやした。ちょいと邪魔させてやっちゃァ頂け――」
「すみません、今ちょっとガチャ課金に忙しいので……次こそSSRが出る、はず……」
 しかし青年は三毛乃の口上を遮り、ドアを閉めて鍵までかけてしまう。
「ゾンビみたいな顔色だった……」
 青年の惨状に彼方は寒気を覚える。
「ゲームのガチャを回すのは、そんなに楽しいものなのですか……?」
「そっすねえ。カードが排出される時のワクワク感は、たまんないっすね」
 マサズミの疑問に答えたカナンの瞳が、妖しく輝く。
 SSR、スーパースペシャルレアの略。青年が遊んでいるゲームで最高ランクのレアリティとして設定されるが、入手難度も果てしなく高い。
 しかし青年に話を聞く気がないのなら、やることは一つだ。
「入るわよー」
 警告の後、ミリアムがドアを蹴破る。
「な、なんなんですかっ。ま、まさか強盗ですかっ」
 ドアは青年が寝そべるベッドの脇まで吹っ飛んだ。驚く彼は跳ね起きる。
「お主の気持ちはよーくわかる! 仕事はだるいし楽しいことをやっていたい! じゃがな、ワシもそれを実践して仕事もせずキャバクラとパチンコをやっていたんじゃが、見事に生活できなくなったぞ。電気ガス水道を止められ、シャワーどころかトイレも流れない……地獄じゃぞ。将来を考えろとは言わんが、最低限の金は稼げ。今死ぬ羽目になるぞ」
「とにかく病魔を追い出したいので、ウッチドクターさん、お願いするです……」
 源三郎とメルナーゼの後ろから、白衣に身を包んだウィッチドクターが出てくる。
「な、なにをする気……」
「すぐに済みます。ふんっ」
 ウィッチドクターは青年の頭に手を添えると、勢いよく何かを引っこ抜いた。
 すぽん、と音を立てて何かが頭上から抜け出たショックで、青年は気を失ってしまう。
 抜け出たのはビーズクッションに寝そべる少女、『五月病』の病魔だ。
「あ、見つかっちゃった。逃げなきゃー」
 空中に浮かぶ病魔は、ケルベロスたちに背中を向けて窓から逃げようとするが、そうはいかない。
「待てー!」
 気絶した青年はウィッチドクターに任せ、ケルベロスたちは宇佐子を先頭に窓から病魔を追う組、外から回り込む組に分かれた。
「うわ、陽射しがキツい。外に出るんじゃなかったー」
 アパートの外、駐車場に出た病魔であるが強い陽射しに苦しんでいる。そこを窓から出てきた組、外から回り込んできた組が取り囲んだ。
「囲まれちゃったー。どーしよー」
 しかし空中を漂う病魔からは、焦った様子どころか緊張感の欠片もない。
「私がやっつけちゃうんだから!」
「お持ち帰りしたくなる可愛さじゃ、蹴るのは心が痛むのう」
 宇佐子と源三郎が先制の旋刃脚を病魔に浴びせる。
「ビャッコはウィッチドクターたちを守っていてくれっ」
 彼方は青年の部屋へとサーヴァントを向かわせると、自身はスターゲイザーによる敵の足止めを狙う。
「もー、やめてよー」
 立て続けの攻撃に病魔の動きが鈍る、いいや最初から緩慢な動きなので、よくわからない。
「病魔にゃ消えてもらいます」
 三毛乃の轟龍砲の直撃、病魔は地面へと落ちる。
「ぐわー。やーらーれーたー……ガクっ。はい、死にましたー私は死にましたー。だからもう許して? ね?」
 病魔が小首を傾げながら、ケルベロスたちの顔色を伺う。
「死んだフリぐらい真面目にやったらどうなの」
 その病魔の頭へと、ミリアムがエアシューズを履いた足を落とす。
「もー、なんなのさー。そんなにがんばっちゃてさー」
 頭をさすりながら、再び病魔が宙に浮かぶ。相変わらずクッションに寝そべったまま、戦意が欠片も感じられない。
「あのペースにゃ乗りたくないっすね。こっちまでやる気失せるっす」
「ふあぁぁ、この声を聞いていると眠くなってくるです……」
 カナンが味方へと紙兵散布を行い、メルナーゼは禁縄禁縛呪で病魔を縛りつける。
「やだやだ、はなしてよー」
 病魔は捕縛から逃れようとするが、左右にふらふら揺れているだけにしか見えない。
 だが、喩えるなら糸で吊った五円玉を眼前で動かす催眠術か。見ているだけで眠気を誘われる動きだった。
「つまらない劇は眠気を誘うものですが、そうは行きません」
 敵の術中にハマるわけにはいかない。耐性を高めるべくマサズミが前衛にスターサンクチュアリをかける。


「いーじゃん別に、本人の好きにさせなよー。ソシャゲ、楽しいじゃーん。指でポチポチするだけだしー。まーガチャ回してSSRが当たるかどうかはわかんないけどー」
 病魔の囁き声は【催眠】の効果を持つ。耳を貸してはならないが、その声は直接脳内に響き渡ってくる。
「な、なんだかこっちまでやる気が……本当は僕もこんな戦いよりも、学校の友達ともっといっぱい遊……って、そんな弱い自分に負けないって決めたんだ!」
 自らを奮い立たせた彼方は、ドラゴニックハンマーの凍てつく打撃を病魔に叩き込む。
「そうそう今日は暑いし冷房の効いた部屋でゴロゴロ……って冷たすぎっ」
「暑いのも寒いのもお嫌いなんです……?」
 メルナーゼが時空凍結弾を撃ち、続けてミリアムがバトルオーラで覆った拳の連打。
「『五月病』が蔓延されたら迷惑なのよ」
「ひどーい。私がいたら迷惑だなんて人権侵害だー」
 ビーズクッションを盾代わりにしつつ、病魔が頬を膨らませて抗議する。
「病魔が人権とかほざきやがりますか。邪魔っすから一発ぶち抜かれてほしいっす。ズドンと」
 カナンの妖精弓から放たれたハートクエイクアローが、病魔のビーズクッションを貫く。
「あ。クッションに穴が。もー怒ったぞー、面倒だけど本気出すぞー。さあ、だらだらした人生を送ろう~。楽しいぞ~。一緒に人生、棒に振ろう~」
 さっきよりも強烈な【催眠】がケルベロスたちを襲う。
 しかし、ここでだらけるわけにはいかない。
「楽しい、ですか。楽しい一時は必ず終わります。ですがヒトは次の『楽しい』に向けて歩く事ができます。人生を棒に振っては何も得られないっ」
 役者のように見栄を切るマサズミが愛用のファミリアロッドを振りかざし、白いフェレットの『ジュリエッタ』が病魔へと襲いかかった。
「ゴールデンウイークは家族で楽しい旅行に行ったの! でも学校でお友達に会えないのは寂しかったわ……あの人だってお家でゴロゴロするより楽しいことがあるはずよっ」
 びょういんおくりの、てっけんぱんち。
 宇佐子に殴られた病魔は地面を転がり、駐車場の塀に激突する。
「ゆ、ゆるキャラな見た目のくせに重い一撃っ。しかも楽しい旅行とか学校のお友達とかリア充かっ。このリア充ウサギめ爆発しろ!」
 立ち上がったものの、病魔は目を回している。
「じゃあワシもちょーっとだけ本気を出すかの。奔れイカヅチ、急急如律令!」
 源三郎の巫術が病魔の頭上に雷を落とす。
「うぎゃっ……この威力、まさにオヤジのカミナリ。んもー、あんたたちだって汗かいて働く人生よりも、楽に遊んで生きたいでしょー!」
「そいつぁ汗水流して働く皆様がたへの侮辱でござんす」
 病魔の言い分を切り捨てるように、三毛乃のリボルバー銃が火を噴いた。黒鷹、銃技を駆使した六連射。五発の銃弾が病魔の胴を撃ち抜き、最後の一発が額を貫く。
「ら、来世は石油王にでもなって……一生楽して暮らしたい……」
 病魔の姿が掠れていき、完全に消失した後、三毛乃は銃口からたなびく白煙を息で吹き消した。


「うーん、恐ろしい敵だった……悪魔の囁きに乗りそうだった……」
「面倒でも、仕事したくなくても、生きるためにはのう。わしもキャバクラに行きたいしのう」
 戦闘が終わり、彼方と源三郎は荒れた室内のヒール作業を行う。
「課金戦士にだらける時間は無い。回転数が全て、回しても確率は低いが回さなきゃゼロだ。大丈夫、アンタならできる。欲しいというその心が叫ぶ限り、アタシらに躊躇いも敗北もありはしないのだから」
「カナンも課金爆死戦士っす。でも課金してガチャを回すにも金が要るっす。カナンも狙ってるおっぱいキャラ出すため&推しキャラに貢ぐため、ケルベロス稼業で働いてるっすよ!」
「ですよね、課金のために自分も頑張って働かないと」
 意識を取り戻した青年はミリアムとカナンの言葉に力強く頷く。『五月病』から解放され、さっぱりした顔だ。
「お仕事も早く終わらせた方がゆっくり眠れるですし……お給料が入ればもっと課金できるです……でも、ほどほどに、ですよ……?」
「もちろん無理のない課金を心がけます。それに欲しいカードが出なくてもゲームの運営会社さんにお金が行くなら、それだけ長くゲームが続きますし!」
 不安げなメルナーゼに、青年はそう語った。カードが欲しいこと以上に、彼は遊んでいるゲームが好きなのだろう。
「お恥ずかしい話、ガチャという籤の類にはあまり詳しくありやせんが、良い目を見てえのなら、ちょいと考え方を変えてみちゃァいかがで? そいつで上物を得る為にゃ、過分に切れば血の出る身銭の他に、平素から徳を積まにゃァならねえと。徳を積む、それ即ち勤労と孝行でさァ。額に汗して働き、友人との和を尊び、親へは用が無くとも顔を見せる。そうして積んだ徳こそが、預かり知らぬ内に幸運を運んで来るモンなんでさァ」
「ら、来週あたり実家に顔を出そうかな……」
 どうやら三毛乃の言葉が青年は耳に痛いようだ。
「私はまだ子供だけど、仕事とか一人暮らしが大変そうなのはなんとなくわかるわ! 仕事して、一人暮らしが出来る大人ってとーってもかっこいいのだわ! あたしもあなたみたいな大人になれたらいいなって思うのよ―」
「わたしはしがない表現者ですが、我々を視てくれるヒトのために何度でも『非日常』へ誘いましょう。日常を頑張ることで非日常は引き立つのだと思いますよ」
 宇佐子は青年にエールを送り、マサズミは事件を解決したことに満足感を覚える。
 ガチャ課金は、無理のない範囲で、ほどほどに。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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