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「はぁ、もうマジ無理……家で浅漬け食べてよ……」
ごろん、と無気力に横たわる彼女の部屋のカーテンは全て閉められている。
部屋にはデリバリーピザの空箱や中途半端に空いたお菓子の袋が散乱し、とても綺麗と言える状況ではない。
「眠い……これから梅雨が来るって考えると余計に……」
――本来なら大学一回生。本来なら授業に出なければいけない時間。
学びたいことはある。仕送りをしてくれる両親への申し訳なさもある。
でも、彼女は一向に動こうとしない。
「はぁ、私の大学は永遠にお休みですねー……」
そのまま彼女は、怠惰な眠りに落ちていくのだった。
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「ゴールデンウィークも終わったところだが、まだ休み気分の抜けない人が多いようだ」
高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は、今回の事件をそのように切り出した。
「五月病の病魔が大量発生している。今回は、これを撃破して欲しいんだ」
「今回、助けて欲しいのはある女性だ。大学一回生になる彼女だが、どうにも大学へ行く気分になれず、ずっと家にいるらしい」
ただだらけているだけなので、一人暮らしのアパートを普通に訪問すれば普通に会うことが出来るだろう。
「ウィッチドクターの協力があれば、患者から病魔を引き離しての戦闘は可能だ」
もしも今回戦いに行く者の中にウィッチドクターがいなくとも、臨時の手伝いを呼ぶことは可能。その辺りの心配はしなくても良いだろう。
現れる病魔は、牛のシルエットを象っている。
「『臨時休業』と体に書いているらしいが、別に攻撃は休んでくれない。注意してくれ」
五月病は、それだけでは些細な病気かもしれない。
「しかし、世間に蔓延してしまえば社会が停滞する危険も持っている。ぜひ、病魔を倒して欲しい」
参加者 | |
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鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023) |
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612) |
天矢・和(幸福蒐集家・e01780) |
文丸・宗樹(シリウスの瞳・e03473) |
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131) |
鳴門・潮流(渦潮忍者・e15900) |
宝来・凛(鳳蝶・e23534) |
野々宮・寧々(蒼き魔女の夜宴・e35930) |
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「いやー……学生時代懐かしいね」
天矢・和(幸福蒐集家・e01780)は言いつつ、胸元の万年筆に触れる。
被害者と同年代の息子がいる和としては、病魔のせいでやる気を出せないという事件にやるせないものを感じてしまうのだ。
(「まぁうちの子は頑張り過ぎだから、たまにはやる気が出ないでござるって言ってもいいけどね?」)
息子から贈られた万年筆を手に、和はそんなことを思う。
鳴門・潮流(渦潮忍者・e15900)は、大量発生する病魔に驚きと疑問の感情を持っていた。
「五月病が全快するとなると……ヤル気に満ち溢れるんですかね?」
だとしたら、引きこもり続けて汚れてしまった部屋の惨状に悲鳴を上げてしまうかもしれない――そんな想像をしつつ、潮流はアパート周辺にキープアウトテープを貼る。
殺界形成も行って潮流の人払いは万端、宝来・凛(鳳蝶・e23534)は大家へと話をつけに行く。
「暫く外出せんよう頼んでくるわ」
話をするべき相手は、大家や近隣住民。ケルベロスだと明かせば大きなトラブルが起こることもなく、後を託して人々は現場を去る。
「さて、後は……」
避難する人々を見送った鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)が見つめるドアの先には、病魔を宿す被害者がいるはず。
「頑張って連れ出すデース!」
キープアウトテープを貼り終えて合流したシィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)も言って、むんと気合いを入れ直す。
チャイムを鳴らせば、ぼんやりした表情の女性が出てくる。
見るからに覇気はなく、文丸・宗樹(シリウスの瞳・e03473)が中心となって行った説明もどこまで理解してくれたかは怪しいもの。
「はぁ……とりあえず、わかりました……」
ただ、断片的に状況を理解し、協力する旨は申し出てもらえた。
五月病のせいか動作は緩慢。それでも手を貸しつつ準備を終え、野々宮・寧々(蒼き魔女の夜宴・e35930)はシア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)へと向き直る。
「じゃあシア、お願い」
「ええ、任せてくださいな」
施術黒衣を纏い、シアは告げる。
「施術を開始します」
召喚された病魔は、のっぺりと黒い影の牛。
のんびりとした動きでこちらを見やる病魔――相対し、ヒノトは呟く。
「戦いに関しては無気力にならないんだな」
ならば、倒すのみだ。
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シアによって抜かれた鞘には、野に咲く花があしらわれていた。
姿を見せた刃が病魔に突き刺さり、影とそこに書かれた文字を乱した。
「目映い賦活の閃耀よ!」
ヒノトの声に呼応して降り注ぐのは光の雨。
煌めきは粒となって宗樹の身に残り、護りの力を得た宗樹は病魔へと肉薄する。
ボクスドラゴンのバジルは陽光のブレスを吐きだし、ブレスを叩きつけられた病魔はゆっくりと尻尾を持ち上げる。
勢いよく振り下ろされた尻尾の一撃を受け止める宗樹の横、和の放った弾丸が病魔に襲い掛かる。
ビハインドの愛し君もポルターガイストによって主の後に続くと、病魔の腹が削ぎ取られた。
削がれた影は薄靄に変わって薄れ消え、その中で和は注意深く周囲の様子を見つめていた。
溢れ出る輝きの粒子は潮流のオウガメタルのもの。
輝きは小さくとも美しく、潮流が後衛へと振りまけばシィカは赤い眼差しをキラキラ輝かせた。
「キラキラして、ロックでいいデスネー!」
抱えたギターをかき鳴らし、シィカは声を張り上げる。
「さぁ、ここからはボクのロックなステージデスヨー! みんな、ノリノリで聞いてくださいデース! イェーイ!!」
シィカの声には癒し、そして加護が乗っていた。
励ますような歌声に、凛は身に宿す炎が激しさを増すのを感じ。
「うちらも負けてられへんで、瑶!」
ウイングキャットの名を呼ぶと、竜砲弾の一撃を病魔へとお見舞いした。
瑶も椿柄の羽織をはためかせて弾の後を追い、鋭い爪での一撃を叩きつける。
重なる攻撃に、病魔は目を閉じたまま呻く――その声をかき消したのは、寧々の祈りの声。
「総てを浄化する清らかなる水の精霊よ。我等を護り、癒し給え……!」
空中に描かれた魔法陣は白く発光し、浄化の加護を加える。
「思い通りになんて、させないよっ!」
病魔を見据える寧々。
その足首では、桔梗のアンクレットが揺れていた。
●
続く戦いの中でも、ケルベロスたちは危機に陥りはしなかった。
それはケルベロスだけでなく、病魔に狙われた女性も同じ。
流れ弾が来ないようディフェンダーがかばい、病魔を囲い込んで女性を狙わせる隙は作らない。
被害者の女性が近くにいる以上、戦闘を長引かせることに良いことはない……そう判断して高火力の攻撃が次々叩きこまれ、病魔もそれに対抗するべく大口を開ける。
ひどい轟音――と思ってしまうほどのいびきの声。
「ねむ……ねむ……」
だというのになぜか眠気を覚え、うつらうつらしてしまうシィカ。
「すごいいびきなのに……眠い……だと……」
和も寝落ちしかけては、原稿が落ちそうな時の記憶を呼び起こしてなんとか意識を繋ぎ止める。
シィカの首はぐらぐら揺れている――かと思えばがばっと持ち上がり、音楽プレイヤーの音量を爆上げする。
「ね、寝てないデスよ! ロックデスからね!」
まばゆいオウガメタルで腕を包めば、視覚と聴覚と気合で眠気も何とかなる。
眠気を晴らすべく、シィカは全力で病魔に拳を打ち据えた。
「気合で! 頑張れ!」
ヒノトは応援の声を上げながら、ファミリアロッド『穹鼠 アカ』を掲げて。
「来い、アカ!」
ファミリアのネズミを喚び、病魔へと差し向ける。
アカは素早く病魔の巨体を駆け上がり、その背中へと小さな牙を突き立てる。
小さな歯型の形に削り取られた病魔の体。凜は可愛らしい歯型にくすりと笑み、瑶へと発破をかける。
「うとうとしてたらご褒美煮干抜きやで瑶!」
ごろごろと喉を鳴らしてまどろみかけていた瑶はその言葉に目を見開き、大急ぎで病魔へとリングを飛ばす。
リングを受けて低く鼻を鳴らす病魔へと、凛は紅い胡蝶を差し出して。
「さぁ――遊んどいで」
鱗粉のように火炎を舞わせる胡蝶は気儘に病魔の周辺を舞い、かと思えばその鼻先へと宿る。
――瞬間、業火に包まれる病魔の姿。
めらめらと燃え上がる炎に病魔が動けずにいる隙に、バジルは仲間の元へと陽光の力を注いだ。ギャ、と小さな声を上げながら飛び回るバジルを見つめる宗樹の瞳が、輝きを帯びる。
「この輝きは、希望の光」
青白く、暖かい光。
掌の上に生まれたそれが癒しに形を変え、優しくほどけていく。
潮流は惨殺ナイフを手に病魔へと肉薄すると、刃で影をかき乱す。
「よし、もう少しだね!」
斬撃を刻む病魔から潮流が飛び退いたのを見計らって、寧々は魔導書を紐解く。
寧々の詠唱は癒しとなり、破壊の支援をも含むもの。
脳細胞の活性化を受け、和は完全に目を覚ました。金縛りで病魔を押し留める愛し君の横に並び、和は銃を構える。
「そろそろ夏も来る。君に用はないんだよ」
そして、自身の作品の一節を諳んじる。
「その瞬間、僕は恋に落ちた事を知った。そして、この気持ちから…もう、逃れられない事も」
恋の弾丸――どこまでも敵を求める弾丸の軌跡を追えば、病魔がいくら逃げ回ろうとも追いつくことは容易で。
「さあ、芽吹きましょう」
弾丸を身に受けながらもケルベロスたちと距離を取った病魔の足元から、魔法の菫が咲き誇る。
散る菫は魔法陣へと変わり、その場にいる病魔へと傷を贈る。
無数の傷に冒されて、病魔は空気の中に溶けて消えた。
●
「大学生なんて遊び放題なのに、家にいるなんて勿体ないよねえ」
言いつつ女性と共に部屋に戻った寧々は、その惨状に大きく顔をしかめる。
「あーあー、もう、こんなに散らかしちゃって」
怠惰な気持ちは、部屋の汚れから生まれることだってある――家主の彼女に許可を取り、寧々は部屋の片づけを開始する。
換気のために開け放した窓の外から聞こえるのはシィカのギター演奏と歌声。
歌によって修復されていく光景の中をバジルは飛び回り、暖かなヒールを与えていた。
「お疲れ様、バジル」
ヒールがあらかた完了したのを見届け、宗樹がバジルに手を伸ばすと、バジルは鳴き声を上げながら目を細めた。
「お休みが沢山続いてほしいという気持ちは分かりますわねえ。……とはいえ、それは強要されるものではないの」
シアは独りごち、潮流はうなずく。
「あのままでは永遠に眠ってしまいそうでした……無事に済んで、何よりです」
凛が気にしたのは部屋の状態ではなく、家主の心身の状態。
「気分はどうかな」
問いに、大丈夫だと女性は答える。
見たところ、外傷はなく、ずっとダラダラ寝ていたこともあって顔色なども良い。戦いの際に怪我を負うような事態は完全に阻止することができたのは、非常に良いことだった。
だが、彼女が大変なのはこれから。今日までサボっていた分、大学での勉強などを取り戻すのは大変なことかもしれない――そう思って、凛は声をかける。
「後は君自身の本当の想い次第――休んだ分も、今ならその心持ち一つで十分取り戻せるよ」
永遠の臨時休業などはないのだから、と励ます凜。
ヒノトも笑いかけ、彼女に声をかける。
「学校に行けるのってすげえ幸せな事だぜ。勉強大変そうだけど、気を取り直して頑張ってくれ!」
叔父の元へ行ってから、ヒノトは学校に行けなくなってしまっていた……だからこそ、言葉には重みがある。
――そうするうちに、部屋は綺麗に整った。
「綺麗なお部屋で過ごせたら、気持ちいいでしょ!」
寧々の笑顔に、女性もすっきりした笑い顔でケルベロスたちにお礼を言う。
全てが終わったのを確かめて、和は珈琲を楽しみながら伸びをひとつ。
「さて帰ろうか」
今日のおやつは何かな――考える和は楽しそう。
ひと仕事終えた後のお楽しみは、何にも代えがたく甘美なものだった。
作者:遠藤にんし |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年5月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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