忘れじの恋文

作者:朱乃天

 ――恋の便りは、愛しき人に渡ることなく捨てられて。
 綴りし文に篭めた想いは怨念となり、唐紅に燃ゆる妖へと変じ、祟りを齎し災いを成す。
 それはとある地方に纏わる伝承。今は廃れた古寺の片隅に、古来より恋文を供養してきた文塚がある。そこに異形と化した怨念が、現代の世も留まり続けていると云う。
 そうした噂を聞きつけた一人の男性が、好奇心の赴くままにこの地を訪れた。
「恋文に宿った怨念の妖怪か。恋文だけに、知的な美女の姿をしているとも聞くけれど」
 ならば是非ともこの目で見てみたい。この世に妖怪が存在することを立証する為に。
 大学で民俗学を研究する男性は、沸き立つ探究心を抑え切れなくて、導かれるように廃寺の中に足を踏み入れる。
 空は西日が傾き鮮やかな茜色が広がっていて、境内には艶やかな藤の花が咲いていた。
 彼の瞳に映る光景は、此岸と彼岸の狭間にある異世界へ、迷い込んでしまったように錯覚する位――現実感がなく幻想的だった。
 この場所なら妖怪が出ても不思議ではない。男性は胸の高鳴りを感じつつ、大きく息を呑み込み呼吸を整えようとした瞬間――突然背後から、男性の胸を巨大な鍵が突き刺した。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 聴こえたのは女性の声だった。彼女の言葉と共に鍵が引き抜かれ、男性は昏倒してその場に崩れ落ちてしまう。
 声の主たる、第五の魔女・アウゲイアスが奪った興味――そこに一つの影が顕れて、妖麗な女性の姿を成していく。

「捨てられた恋文の怨念から生まれた妖怪――『文車妖妃』か」
 新たな事件発生の報せを聞いて、御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)が呟きを漏らす。
 彼の言葉に、玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)が相槌を打ちながら、今回の事件について説明をする。
「今回予知したドリームイーターは、その妖怪に関する伝承が元になって生み出されたようなんだ。想いを込めて送った恋文が、怨念になって人を襲う……ちょっと複雑な気分だね」
 淡い恋心が激しい憎しみへと転じてしまうのは、何とも痛ましく切ない話だ。だが何れにしても、このドリームイーターを放っておけば被害が発生してしまう。そうなる前に敵を撃破するのが、今回の任務内容だ。
「被衣に藤色の着物を纏った女性、今回戦う夢喰い『文車妖妃』はそんな姿をしているよ」
 ドリームイーターは、自分の噂話をしている者に引き寄せられる性質がある。そうした点を利用して、誘き出して戦うのが良いだろう。
 ケルベロスと遭遇したドリームイーターは、すぐに襲い掛かってくる。敵の攻撃方法は、巻物を帯のように伸ばして巻き付けてきたり、情念を炎に変えて飛ばしてくるようである。また、囁く恋の言葉は呪いの言霊となって、相手の心の傷を抉るらしい。
 人の想いが篭められた物には魂が宿ると、よく言われる話だが。そうした興味を悪意で歪めて利用するのは、到底許すべきではない。
「そういえば、お寺には藤の花が綺麗に咲いているみたいだよ。折角だから、終わった後にゆっくり眺めていくのもいいんじゃないかな」
 一通りの説明を終え、シュリが思いついたように提案をする。
 空を染める夕陽を浴びながら、頭上に咲き誇る藤を見上げれば。
 垂れ下がる薄紫の花が優艶に映え、幽玄なる美の世界に惹き込まれるだろう。
「もしかしたらその妖怪は、藤の花の精だったりして。そう考えると、何だかロマンチックに思えるね♪」
 花を愛でるという話題に耳を傾けながら、猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)が心ときめかせて想いを馳せる。
 ――藤の花言葉は、『恋に酔う』。
 恋の話に花咲けば、叶うことなく散った数多の想いも、きっと報われるかもしれない。


参加者
クーリン・レンフォード(紫苑一輪・e01408)
ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)
七道・壮輔(風読み・e05797)
櫛乃・紅緒(雨咲フローリス・e09081)
ガロンド・エクシャメル(愚者の黄金・e09925)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
椿木・旭矢(雷の手指・e22146)

■リプレイ


 鮮やかな夕陽が空一面を赤く染め、黄昏色に広がる景色を目にすると。この世ならざる世界に招かれているような、そんな錯覚すら感じてしまう。
 捨てられた想いが恨みとなって、怨念から生じた妖たる存在――『文車妖妃』。だがその正体は、ドリームイーターが生み出した紛い物の怪物だ。
「本来の文車妖妃は、江戸時代の妖怪画集に描かれた、創作上の妖怪だ」
 それは古来から、人の興味によって生まれたモノであり、数百年の時を経た現代においても不変であると。椿木・旭矢(雷の手指・e22146)は深く沁み入るように思案する。
「そしてその画集以降、恋文を捨てた想いが鬼となる物語がいくつかありますね」
 旭矢の話を受けて、御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)が記憶にある逸話を頭の中で思い浮かべる。
 二人の言葉に耳を傾けていた七道・壮輔(風読み・e05797)は、感心するかのように一つ頷き、会話に混ざり込む。
「その手の話は昔からよくあるな。それだけ関心事というわけだ」
 恋に関する話題は特に事欠かさないものだ。人の興味を引き付け易いからこそ、想像力を掻き立てられるのだろう。
「皆は恋をしたこと、あるのかしら」
 クリュー・シルバーベル(骼花・e34165)が何気なく切り出した一言により、話題の中心は、この場にいる者達の恋の話に変わろうとする。
「私にはそういった経験はないけれど。捨てられたらやっぱり、悲しかったり怒りが湧いたり……人それぞれ色々ありそうね」
 だからといって、純粋な恋心を歪めていいわけではない。クリューは艶めかしく髪を掻き上げて、物憂げな瞳で古寺の奥を凝視する。
「心を籠めて書いたお手紙が、宛てた人へ届かないやなんて……辛いです」
 櫛乃・紅緒(雨咲フローリス・e09081)は切なそうな表情で、身体を強張らせながら両手を懐へと添える。
 紅緒には、想いを寄せる恋人がいる。もしも自分がそんな風にされてしまったら――そこから先を想像するだけで、胸が痛んで哀しい気持ちに囚われそうになる。
「恋文は、何よりも気持ちが籠ったものですからね。時間をかけて、想いが届くようにと文字を綴って……」
 そうやって労力を費やしたものだからこそ、宿る想いは何よりも強い。故に届かず形だけが残ってしまうのは、不幸を呼び寄せてしまうのかもしれない。
 ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)は紅緒を宥めるように優しい語り口調で、噂話に対する思いを口にする。
「確かに無念だろうが……手紙そのものが怨念になるとはね」
 恋文に籠めた想いや相手のことなど、ガロンド・エクシャメル(愚者の黄金・e09925)はそこに至る経緯に興味を抱いて、想像を巡らせる。おそらくその点に関しては、当の本人に聞けば分かるだろうと期待を込めながら。
「大切な人に届かなかった言葉……どんな言葉だったのかな」
 好きな人を想って書いた文字には、きっと言葉とは違うものが詰め込まれていそうだと。クーリン・レンフォード(紫苑一輪・e01408)は未だ恋を知らない身ながらも、自分なりに恋心の解釈をする。
 逢いたい? それとも、寂しいなのかな。
 脳裏に浮かんでは消えゆく言葉達。噂話に花を咲かせるその一方で、クーリンは茂みの奥で蠢く影を視界に捉える。
 不意に風が吹き抜け、草木が揺れてざわめいた。それは招かれざる者の訪れを告げる音。警戒を強めるケルベロス達の目の前に、一人の女性が姿を顕した――。


 被衣をかけて、壮麗な藤色の着物に身を包んだ女性。おそらく彼女こそ、『文車妖妃』に間違いなさそうだ。噂話に引き寄せられて、近付く彼女の足がふと止まる。そしてケルベロス達を一瞥し、妖艶に微笑みながら彼等に向けて手を差し出した。
「……来るぞ! 気を付けろ!」
 敵の動きを察知して、仲間に注意を呼び掛ける旭矢。と同時に、彼の身体は文車妖妃目掛けて走り出していた。文車妖妃は向かってくる旭矢に狙いを定め、巻物を帯のように伸ばして彼を締め付けようとする。
「そう簡単にはやらせない。空木、援護しろ」
 しかしここは蓮のオルトロスがすぐさま間に割り込んで、身を挺して攻撃を受け止める。直後に蓮が縛霊手を叩き付け、青蓮華を模した御霊が夢喰いを呑み込むように捕縛する。
「悪いな、助かった。こいつはお返しだ」
 旭矢は庇ってもらった礼を述べながら、身体を捻り脚を鞭のように撓らせて、電光石火の蹴りを敵に打ち込み炸裂させる。
 もしもこの妖が藤の花の精であり、怨念によって歪められた存在に成り果てたのならば、些か可哀想な気もすると。壮輔は同情しつつも、倒すことには変わりないと手は緩めない。
「恋の怨念。ここにおんねん……なんてな」
 などと冗談めかしながらも表情は真剣に。白い翼を広げて放つ聖なる光は、悪しき異形に更なる苦痛を齎していく。
「拗らせた恋心ほど、恐ろしいものはなさそうね。それでも、私達は貴女に討ち勝つわ」
 微かに甘い毒を含んだような物言いは、敵への明確なる対抗心。クリューが剣で描く星座の力が、仲間に加護を施し勇気を呼び起こす。
「想いが届かないのは、どれ程辛いか……せやからせめて、この手で楽にしてあげます」
 憐憫の眼差しを文車妖妃に向けながら、紅緒が身に宿した御業を召喚させる。彼女の決意を示すかのように、御業が燃え盛る炎の弾を撃ち込み、敵を包んで灼き炙る。
「――届け、絢爛たる花の導き」
 ベルカントの口から紡がれるのは、魔力を秘めた歌声だ。その旋律は花弁が舞うかの如く鮮麗で、戦場を彩るように仲間の士気を高揚させる。
「さて、綺麗な文学美人さん。ここでサヨナラできるように全力で仕留めるよ」
 クーリンが誓いを込めて振り翳した杖が、豆柴の子犬に変じて勇猛果敢に飛び掛かる。
「嗚呼……私の想いを焼き捨てた、あの男がとても憎い……」
 ドリームイーターの殺意を孕んだ血走った眼が、ケルベロス達を睨め付ける。積もる怨みを吐き出すように、全身から溢れる憎悪の念は、紅蓮の炎となって渦を巻き。眼前に立つクーリンを灼き尽くさんと襲い掛かってくる。
「アドウィクス! クーリンさんを守るんだ!」
 ガロンドが指示を出すのを分かっていたように、相棒のミミックが前に躍り出ながら盾となり、迫り来る炎の奔流を、一身に受けて耐え凌ぐ。
 片やガロンドは、巨大な槌を大砲へと変形させて。砲身に魔力を注ぎ込み、豪快に砲撃を放って援護射撃する。
「みんなその調子だよ! ここは休まず攻め続けよう!」
 猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)も戦意を奮い立たせて、積極的に攻め立てる。指先に力を集めて気を込めて、一点を狙い澄まして突き穿つ。
「折角本物と戦えるんだ。もう少し楽しませてもらおうか」
 伝承にある妖怪も、人の興味から創造されたものであるなら、今ここにいる夢喰いも本物と言っても差異はない。
 旭矢は表情にこそ出さないが、心の中で熱い闘志を滾らせる。そうした思いを戦槌に乗せて振り被り、超加速させた一撃を敵に叩き込む。
「怨念の鬼と俺の書の鬼、どちらが勝るか。哀れな想いよ――鎮まり眠るが良い」
 蓮が取り出した古書にも思念が宿る。だがそれは紛い物の妖とは違う。己の身を霊媒として霊力に変換し、禍々しい鬼の姿に具現化させる。鬼は腕を振るうと風の刃を巻き起こし、敵の身体を荒々しく斬り刻む。
「少しばかり猫と遊んでやってくれないか。さぞ見栄えがするだろう」
 壮輔が護符に念じて召喚したのは、光を放つ猫の群れだった。猫達は壮輔の命に従って、文車妖妃にじゃれつくように群がり生命力を削いでいく。
「敵ながら美しい姿ではありますが……そのことが却って哀れにさえ思えてしまいます」
 見目麗しきモノが散り逝く様は、元が綺麗である程儚くて。花を手折るようにも似た感覚を、ベルカントは心の底で感じつつ。せめて想いを昇華し安らかに眠れるよう――振り抜く蹴りは、ベルカントの内に燻る炎を纏って命の光路を描き出す。
「後もう一息よ。最後まで気を引き締めて、頑張って」
 クリューが鼓舞するように声を掛け、軽やかに舞うかの如く光の粒子を振り撒いて、仲間の戦闘感覚を研ぎ澄まさせる。
「命を手繰り、叶え給え、永遠は……此処に……!」
 凛とした空気を漂わせ、紅緒が捧げ祀る御神楽の儀式は、御業である霊鳥『鳳凰』を呼び降ろす。紅緒の祈りと共鳴するかのように羽搏けば、纏いし浄化の焔が吹き荒れて、夢喰いの穢れし御魂を灼き祓う。
「そろそろ終わらせようか。その無念、晴らさせてもらうよ」
 火力を集中させて畳み掛け、一気に敵を追い詰めるケルベロス達。ガロンドが銀に煌めく竜の爪を伸ばして硬化させ、刃の如く鋭い一閃が、敵の防御を喰い破るように斬り裂いた。
「Destruction on my summons――!」
 一瞬の隙を突いてクーリンが間合いを詰める。呪文を唱えると、足下の影が起き上がって彼女と同じ大きさになり、コヨーテの形を成していく。飢えた狼は、獰猛な牙を剥き出しながら、敵を逃さず喰らい付く。
「――眠らせていた思いを、再び眠らせよう」
 手負いのドリームイーターに引導を渡すべく、旭矢が全ての魔力を集束させて天空へと放つ。すると空が裂かれて稲妻が鳴り響き、雷の群れが手指で掴み取るかの如く降り注ぐ。
 激しい雷の雨に貫かれ、文車妖妃の身体は霧のように消滅し――その偽りの生に終止符が打たれたのだった。


 剣戟の音色が鳴り止んで、戦場は再び静謐なる空気に包まれる。
 場が澱んでいては怨念が溜まり易い。だがもうそういった心配はないだろうと、壮輔は安堵しながら文塚の方へと足を運んだ。頭上を見れば、華やかに咲く紫色の花が目に留まる。
 恋文が供養されているこの場所に、藤の花が咲いているのは偶然だろうか。若しくは誰かが、籠る想いの慰めに植えたのかもしれない。
 そうしたことを考えながら、壮輔は用意してきた水を手向けとして花へと注ぐ。滴る雫は涙の代わりに。手元のリボンを開いて結び、想いが結ばれるようにと願いを込めた。

 涼しげな空気を纏うクリューの紫色の瞳には、同じ色をした華麗な花が、微風に揺らぐ様子が映り込む。
 木の枝から垂れ下がる藤をぼんやり眺めると、傍らではテレビウムのレーシィが、花を手に掴もうと飛び跳ねていた。
 おてんば娘のような従者にクリューは苦笑いを浮かべつつ、余り燥がないようにと咎めるが、その言葉には愛情が込められていた。何故ならクリューにとって、大切な唯一無二の可愛い友達なのだから。

「藤の花……垂れて咲く姿が、とても優美で幻想的やねえ」
 花が咲き誇り、紫色に彩られた境内を、紅緒が褐也の手を取りながら連れ添い歩く。
 恋人として付き合うようになってまだ日が浅く、何よりも紅緒は今まで恋を許されない環境で育てられてきた。だから溺れるような焦がれる恋に憧れてはいるが、それより先には踏み出せず。そのことが彼を苦悩させている事実に、少女は気が付いていない。
 それでも今の自分の素直な気持ちを伝えられたらと――想いの丈を籠めて綴った恋文を、頬を仄かに染めながら、彼にそっと手渡した。
 恋を知らない自分に芽生えた、彼を大切に想う気持ちを文字に託して――。蕾のような少女の淡い想いは、手紙を読む褐也の心に確かに届いた。
「やっと……ウチのこと意識してくれるようになったんやね」
 彼もまた、愛しい少女に渡す恋文を考えていた。
 大好きで愛おしくてたまらない。ずっと傍にいて、彼女を独り占めして連れ去りたい――けれどもそんな邪な想いを伝えられる筈はなく。
 隣り合わせで交われなかった恋心。膨らみ続ける恋の欠片が心を絆いで重なり合い、二人は互いの優しい想いに酔い痴れる。
 ずっとそうしてほしかった――。褐也は嬉しそうに顔を綻ばせ、自然と彼女の身体を抱き締めていた。
 大好きです――彼の温もりに抱かれる紅緒の耳元で、愛しとるで、と甘く囁く声がした。

 見上げれば、一面が藤の花に覆われた景色は正に圧巻で。ベルカントはその美しさに目も心も奪われていた。
 そして彼の隣では、花より団子といったシエラシセロが食欲を忘れるくらい、藤色の世界にすっかり魅了されていた。
 夕陽に照らされる藤の花は、何とも言えない色に染まって綺麗に映えて。『恋に酔う』と花言葉を付けられるのも納得してしまう程である。
「……でも、貴女のその髪に咲く勿忘草の方が、私はもっと好きですよ」
 不意にベルカントの口から漏れた一言に、オラトリオの少女は虚を突かれ。少し困惑気味にはにかみながら、上目遣いで彼の顔を見て。
「確かに食べることも好きだけど……ボクはルカが一番大好き!」
 唐突にそんなことを口走ったのは、きっと藤の花の魔力で恋に酔ってしまったせいだと。
 少女は火照った身体を寄せて彼の手を握り締め、悪戯っぽく微笑んだ。

「恋に酔う、か。恋に酔う為には、まず恋に落ちねばならんからな……」
 藤の花を漠然と眺めつつ、旭矢の脳裏に去来するのは、恋で命を落とした男――彼の父親の背中であった。
「俺も恋のことは分からん、そもそもしたことがないからな」
 物思いに耽る旭矢の気持ちを察してか、蓮が慮るように相槌を打つ。
 花には付き物の花言葉というものは、好きな人には浪漫を感じるのだろう。しかし言葉によって物事を縛り付ける呪いのようにも思えると、蓮は寂しそうに藤の花を仰ぎ見る。
 強い想いは純粋であるが故に狂気に、鬼となる。
 ――想いが呪いになるなら 俺は誰も縛りたくない。
 憂うように花を見つめる蓮達とは対照的に、志苑は藤の花に感嘆の溜め息を吐きながら、幽玄たる別世界のような雰囲気に思い浸っていた。
 藤の花言葉は――『決して離れない』。
 どんなに綺麗でも、必ず相反するものが表裏一体となって存在している。云わば人の想いもまた然り。
 紫色に映える藤の花は、夕陽に当たれば赤く移ろいで。このロマンチックな情景で告白をすれば、きっと恋も叶って上手く行くだろう。
 今この場所で同じ花を見ている人達が、恋をした時にそうなりますように。柔和な笑みを携えながら、志苑は心の中で静かに願った。
 ロマンチックな気持ちになって、この藤みたいに素敵な恋に酔える日が訪れたなら――。未来の運命は誰にも分からない。だから今の気持ちに素直になれば良いのだと、明子は過ぎ行く時間を噛み締めながら、花を愛でる今この瞬間を満喫していた。
 茜色の夕焼けの中に景色が溶け込んで、まるで藤の花が想いを燃やしているような、幻想的な世界に心惹かれつつ。いつしか四人はそれぞれの恋の話に花を咲かせるのだった。

 夕焼け空にゆらゆら揺蕩う紫色の花。朧気な雰囲気漂うその光景は、底知れない畏れすらを感じさせられる。
 まるで絵画に描かれたような世界に見惚れるガロンドに、クーリンもその美しさに思わず言葉を失っていた。
「恋……未だによくわかんない。見聞きした知識、くらいしかないから……」
 だからこそ、恋に焦がれて恋した自分を想像し、恋に酔っている自分には相応しい花言葉だと。クーリンが独り言ちるように想いを吐露すれば。
「そういう風に、何かしらに酔ってる位が丁度いいと思うがね」
 藤の花は古来より、女性を想起し例えられてきた。
 ガロンドはさり気無く、されど彼女の心を汲み取り気遣うように呟いた。
「お手紙……ちょっと書いてみたけど、どうかな」
 クーリンが恥ずかしそうに取り出したのは、彼女が綴った一通の手紙であった。
 不慣れな仕草で戸惑い気味にガロンドに手渡すと。怨念になったら大変だからと、ドラゴニアンの青年はすぐにその場で目を通す。
 いきなり読まれて気も漫ろな彼女を後目に、ガロンドは小さく頷き僅かに頬を緩ませる。
「……そういや、まだどこにも行けてないか」
 その手紙にしたためられた言の葉は、たった一言――『どこか遊びにいきたいね』。
 ――芽吹いた小さな想いは、風に運ばれ実を結び、やがて大きな花を咲かすことだろう。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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