五月病事件~寝るほど楽はなかりけり

作者:秋津透

「世の中に……寝るほど楽はなかりけり……浮世の馬鹿は起きて働く……」
 千葉県千葉市郊外の安アパート。
 この四月に、一浪した末にやっと大学に合格し、どうにか入学した青年が、自室の布団にくるまって呻く。
「……疲れた。疲れたよパトラッシュ……もう少し、もう少し寝かせて……明日はきっと起きるから……」
 半分寝言のように呟くと、青年はうーんと唸ってまた寝入ってしまう。
 ……いわゆる一つの五月病ってやつ?

「ゴールデンウィークも終わりましたが、世間では五月病が大流行しているようです」
 ヘリオライダーの高御倉・康が、少々困惑したような表情で告げる。
「ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)さんをはじめ、多くのケルベロスの方々が調査した所、五月病の病魔が大量に発生しており、新人社員や大学の新入生が取り憑かれ、仕事や勉強……場合によっては遊びに行ったり食事に出る気力すらなくし、家に引き篭もっているようです」
 まあ、さすがに衰弱死するまで寝ていることはないようですが、このままでは、せっかく就職したり大学に合格したのが無駄になってしまうわけで、本人だけでなく、社会的にも大きな損失になります、と、康は告げ、プロジェクターに地図と画像を出す。
「皆さんに撃破していただきたいのは、千葉県千葉市郊外のアパートで引きこもってしまっている、この四月に大学に入学した青年です。一年浪人して合格したので、入学直後は嬉しくて嬉しくて、積極的にあちこちのサークルを見て回ったりしていたようですが……どうも、体力が尽きたところを五月病に取り憑かれたようですね。ゴールデンウィークが終わって授業が始まっているのに、自室に引きこもって寝ています」
 そう言って、康は画像を切り替える。
「推定される五月病魔の姿です。複数の人間を同時に催眠状態に陥れる『羊かぞえ歌』という厄介な魔法歌を使うという記録があります。『枕で叩く』直接攻撃にも催眠効果があり、ダメージも意外に大きいようなので、侮れません」
 正直、ウィッチドクター一人じゃなしに、わざわざ一チームのケルベロスを派遣して対処するのは、病魔が手強いからなんですよね、と、康は肩をすくめる。
 すると遠音鈴・ディアナ(ドラゴニアンのウィッチドクター・en0069)が応じる。
「病魔退治なら、ウィッチドクターが必要ですよね? 及ばずながら、私が参ります」
「了解です。よろしくお願いします」
 病魔を引き出すこと自体は、ウィッチドクターでありさえすれば問題なくできるはずですから、と、康はうなずいたが、少々心配そうに付け加える。
「ただ、充分に用心してくださいよ。デウスエクスではないとはいっても、手強い敵であることに違いはないですから」


参加者
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
双星・吹雪(錬成室のオリグラ狂い・e00532)
古海・公子(化学の高校教師・e03253)
神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)
高乃湯・あづま(自称合法ロリ美少女狐・e07337)
外木・咒八(地球人のウィッチドクター・e07362)
リュコス・リルネフ(銀牙迸り駆ける・e11009)
眞守・白織(しろきつね・e21180)

■リプレイ

●ごめんください、ケルベロスです
「は? デウスエクスから地球を守るケルベロスが、うちに入居してる学生の五月病を治療しに、わざわざ? それはまた、ずいぶんと……」
 千葉県千葉市、郊外。五月病の病魔に取り憑かれた青年が引きこもっている学生向け安アパートに出向いたケルベロス一同を、初老のアパート管理人は、呆れたような表情で迎えた。
「はい。五月病というと軽く聞こえますが、彼は強大な病魔に取り憑かれており、私たちケルベロスでないと対処できないのです」
 あくまで真面目な態度と口調で、古海・公子(化学の高校教師・e03253)が応じる。
「病魔との戦いは、デウスエクス相手の戦いにも劣らない、困難で危険なものになると予測されます。巻き添えになる恐れがあるので、貴方を含め、このアパートにいる方々全員に、一時避難をお願いします」
「ははあ……それはまた……」
 驚き呆れながらも、管理人は立ち上がって廊下に出て、意外に大きな声で怒鳴る。
「おーい! 急な話だが、このアパートで、ケルベロスの方々が病魔と戦闘するんだそうだ。巻き添えになるといかんから、皆、一時避難しろとのことだ!」
「え? 何それ、マジ?」
 並ぶドアのいくつかが開き、学生と思われる若者たちが顔を出す。
「わ、何? 本物のケルベロス? うそ~ん?」
「すっごーい! すっごーい! きゃー!」
「はい、皆さん、急いで避難してください。貴重品は身につけて。戦闘の巻き添えで何か壊れた時にはヒールしますが、形が変わることがあるので、変形しては困るものは持ち出してください」
 緊張感のカケラもない学生たちに、公子はきびきびと指示する。現役の高校教師だけあって、若者の取り扱いは手慣れたものだ。
 すると管理人が、不安そうな表情になって訊ねる。
「その……戦闘の巻き添えというが、最悪、どのくらいのことになりそうかね?」
「病魔の強さと抵抗力にもよりますが……最悪を考えれば、このアパートそのものの倒壊もありえますね」
 正直、人が暴れた程度でも潰れかねない建物ですし、と、亀裂の入った天井や廊下を見やった公子は、淡々と続ける。
「もちろん、被害が出た場合はヒールします。多少、形が変わるかもしれませんが、機能は最低限、元通りになります」
「……いやはや。それでは、大家に一報せんといかんな」
 溜息をつくと、管理人はスマホを取りだして操作する。
 一方、学生たちも、スマホで不在の者たちに連絡を取る。
「あのー、すみません。秘蔵のコレクション避難させたいんで授業抜けてすぐに戻ると言ってる奴がいるんですが、待ってもらえます?」
「……長くは待てないわよ。限度は一時間」
 公子の返事に、学生はスマホで返信する。実際は、病魔は引き出さない限り暴れないし、一刻一秒を争う事態では全然ないのだが、そんなことを明かしたらいつまでたっても事が始められない。
 するとアリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)が、小首を傾げて訊ねる。
「始めるまで一時間待ち? じゃあ、お茶しててもいいかしら?」
「ええ、くつろいでて」
 公子が応じ、アリスはアパートの庭先でテーブルを広げ、お茶とお菓子を出す。
「皆様も、御一緒にいかが?」
「ひゃっほー! お呼ばれするよーっ!」
 リュコス・リルネフ(銀牙迸り駆ける・e11009)が真っ先に応じ、高乃湯・あづま(自称合法ロリ美少女狐・e07337)も舌舐めずりして走り寄る。
「お菓子と聞いては黙ってはおられぬ! わらわも混ぜてくりゃれ~!」
「何しに来たんだ、お前……まあ、まだ仕事前だが」
 双星・吹雪(錬成室のオリグラ狂い・e00532)が、呟いて歩み寄る。神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)も、せっかくですから、と呟いて、サーヴァントのウイングキャット『クスト』とともにテーブルに着く。
 そして、眞守・白織(しろきつね・e21180)とサーヴァントのボクスドラゴン『サチ』、遠音鈴・ディアナ(ドラゴニアンのウィッチドクター・en0069)とサーヴァントのウイングキャット『ロコ』、そして学生たちも交え、ちょっとしたガーデンティーパーティとなる。
「あんたは、混ざらんのか」
 ぶっきらぼうな口調で外木・咒八(地球人のウィッチドクター・e07362)に訊ねられ、公子は苦笑する。
「運び出して置いてある荷物とか、注意しとくわ。後で、何か言われてもやだし」
 するとそこへ、スマホを操作していた管理人が声をかけてくる。
「あー、大家と連絡が取れたんだが。どうせ近々立て直さなきゃならんと思っていた建物なので、修復してもらえるなら遠慮なくぶっ壊して構わんと。つーか、むしろ壊してくれと」
「……それは、まあ、状況に応じて。壊さなくていいのに、わざわざ壊すことはしませんから」
 ケルベロスを何だと思ってるの、と、公子は小さく唸り、咒八は苦笑した。

●病魔死すべし……って、寝てるんじゃなーい! 
「よーし、全室、壊されちゃ困るものの運び出し、終わったな」
 ケルベロスが訪れてからおよそ一時間後、管理人がチェックを終えて告げる。
「後は寝込んでる本人の部屋だけだが、あれは病魔とやらを退治しない限り、どうもならんのだろ?」
「ええ……では、行って参ります」
 公子が告げ、ケルベロス九名サーヴァント三体のチームは、入口側班と窓側班に分散し、古アパートへ突入する。
「お邪魔します、ケルベロスです」
 既に管理人がマスターキーで開錠済のドアを開き、入口側班の公子は室内を覗き込む。部屋の中央には青年が布団にくるまって寝ており、周囲には衣類やビニール袋等が雑然と散乱している。
 足元に気をつけながら公子は部屋を横切り、窓を開ける。するとディアナが、するりと入ってきた。
「すぐに病魔、引きだしますか? それとも、部屋の中のものを外に出すとか……」
「きりがないから、早々に始めましょう。施術をお願い」
 公子の指示に応じ、ディアナは青年の傍らに膝をつく。入口側から入った白織が、その傍らで唱える。
「おきて、おきて。ゆめは、おわり。むしばむ、くさび。うつつに、はこんで……」
「かかった!」
 ディアナが叫び、大魚を海から釣り上げるような感じで、青年の体内から病魔を引き出す。その姿は、ヘリオライダーが提示した資料にあった通り、パジャマ姿に大きな枕を持、頭に一対の羊角を生やした眠たげな少女だ。
「うう……ひつじは、ねむいのです」
 気だるげに言うと、引き出された病魔はその場にこてんと横になる。一方ディアナは、息を弾ませながらも、布団もろとも青年を抱えあげる。
「患者さんは……外に出します……病魔の処理……お願いします」
「ああ、任せろ」
 咒八が応じ、気持ち良さそうに寝息をたてる病魔を見据える。そして、患者を抱えたディアナが窓から外に出たのを見計らい、病魔のお尻のあたりを強烈に蹴飛ばす。
「おら、起きろ!」
「きゅう」
 痛いです~、と呻きながらも、病魔は起き上がろうとしない。そこへリュコスが、腕を狼化して痛烈な一撃を叩き込む。
「ふっふ~♪ ひつじを見たら狼の血が騒ぐね! 全力で狩っちゃうぞー!」
「え~、おおかみさんなんですかぁ? やだぁ……」
 ふに~、とべそをかきながらも、病魔はまだ起きない。それを見て、ディアナと入れ替わりに窓から入ってきたアリスが、複雑な表情で呟く。
「貴女が……五月病さん……女の子さんに見えますけど……病魔さんなんですよね……患者さんの為にも、倒させて頂きます!」
 意を決したように言い放ち、アリスは火炎弾を放つ。病魔のパジャマに火が付き、羊毛が焼けるような臭いがする。
「あつつつつ~」
 呻きつつも、病魔はまだ起きない。アリスに続いて窓から入った吹雪が、雷の霊力を纏った刃のような蹴りを入れる。
「恨みはないが遠慮もないし、倒させてもらうぞ」
 見た目が可愛かろうが病魔は病魔、油断は禁物、と吹雪は呟く。雷の一撃を受けた病魔は、びくんと身体を震わすが、やっぱり起きない。
「……絵面だけで見れば、俺がわるもんだよなこれ」
 止めないけど、と吹雪が呟いた時。寝たままの病魔が、ほとんど寝言のように謡う。
「よのなかに……ねるほどらくは、なかりけり……うきよのばかは、おきてはたらく……ひつじがいっぴき、ひつじがにひき、ひつじがさんびき……」
「うわっ!」
 病魔の呪歌『羊かぞえ歌』が炸裂、ケルベロスの前衛に少なからぬダメージと眠気を生じさせる。
「お、おのれ負けぬぞ! ネトゲは遊びではないのじゃ! ネトゲは活動時間の長さが正義!! 睡眠だけでは飽きたらず、労働なんぞに時間を割かれるようなポンコツは我がギルドに不要!!!!ってギルマスは言うておったし、実際ネムケ様との戦いは廃人の基本じゃ!」
 あづまが叫び、持参した『人を駄無にするクッション(ぬいぐるみ)』を振り上げる。
「寝間着にもなるジャージと! 枕代わりのクッション! この戦いへの備えは万全じゃな! もっふもっふにしてやるのじゃ!」
 あづまのオリジナルグラビティ『しっぽあたっく』が発動、敵には重く強烈な鈍器のような攻撃を、味方にはふっかふかでふわっふわの癒しの尻尾とクッション撫で撫でを交互に放つのだが……。
「……おい、あづま。お前、病魔を癒やしてないか?」
 吹雪が、溜息混じりに指摘する。愕然としてあづまが見やると、安らかに眠る病魔は寝言としか思えない調子で告げる。
「ふかふかしっぽ、くっしょん、きもちいいです~。ありがとなのです~」
「ななな、なーんと! わらわとしたことが、催眠にかかってしまったのかや!?」
 叫ぶあづまを溜息混じりに見やりながら、公子は前衛にダメージ回復とステータス異常耐性を付与する治癒雷撃を送る。
(「一足遅れた……ってとこかしら。まあ、味方に厄介な攻撃されるよりは、敵を回復する方がまだマシかもしれないけど」)
 言葉には出さずに、公子は呟く。その間に、ララのサーヴァント、ウイングキャットの『クスト』が前衛に治癒とステータス異常耐性付与の風を送る。
 そしてララ自身は、癒しと防御強化をもたらす自作の呪歌『Earlybird』を前衛に送る。
「♪あなたは空 何より高く明けて行く青 仰ぐ先に ♪わたしは風 今吹き抜けてあなたのもとへ行くわ 歌とと共に」
「……すてきな、うた、だね。ひとを、まどわす、やまいうた、なんか、めじゃ、ない、よ」
 電撃を飛ばしながら、白織がぼそぼそと告げる。声や表情の感情表現は乏しいが、耳がぴょこぴょこ、尻尾がぷるぷる、ララの歌に大感動しているのが如実にわかる。
「ねたまま、なんて、しつれい、だよ。おきるか、たおれるか、どっちかに、して」
「……きゅう」
 呻く病魔に、『サチ』がブレスを放つ。ディアナは患者を抱えて出たまま、まだ戻らないが、彼女のサーヴァント、ウイングキャット『ロコ』は前衛に治癒とステータス異常耐性付与の風を送る。
「そうだな。ここまで頑として起きねぇなら、いっそ安息に堕ちてろ」
 言い放つと、咒八がオリジナルグラビティ『菫(ウルフズベイン)』を発動させる。紫の花から作られる甘やかな香気の薬を用いて相手を安息へと誘うが、誘われたのは本当に安息か、それとも死への墜落か。それを知るのは誘われた本人のみだが、答えた者はいない。
「……くふぅ」
(「……何か、究極安らいじゃってるようにしか見えないんだけど。でも、ダメージは出てるんだよね、これ」)
 小首を傾げながらも、リュコスはオリジナルグラビティ『磁縛殺界・餓狼の檻(オ・マグニティコス・コスモス・クルヴィ)』を発動させる。
「『ひつじひつじひっつじ!』『来たよ来た来た大物だ!』《久方ぶりの食べ物だ!》『根こそぎ』《肉削ぎ》『骨割り』《頬張る》『《血(みつ)も滴る良い獲物ッ!!》』」
「……うわ、やっちまったか」
 ばきばきと古アパートの床、壁、柱が一斉に軋むのを見回し、吹雪が唸る。 リュコスのオリグラは、自身の周囲に発生する無機物・有機物問わず引き寄せる特殊な磁界により対象を引き寄せ、同じく磁力によりドーム状に捲り上げた杭により刺し貫くという、よーするに、攻撃力は非常に高いものの、周囲を問答無用で巻き込んで敵を強引にぶっ潰す、ある意味究極の迷惑技なのである。
「皆、いったん下がって!」
 公子が声を張り、リュコス以外のケルベロスたちは、入口側、窓側ともに、いったん下がる。その間にも特殊磁界は猛威を振るい、アパートの壁が裂け、柱が折れ、天井が落ちる。
「ってーか、室内で使う技じゃねーだろ、これ」
「ま、いいんじゃない? むしろ壊してくれって話だったんだから」
 唸る咒八に、公子はいっそさばさばした口調で応じる。
 そして、アパートは全壊……まではいかないが、半壊ぐらいの惨状になったが、その中心でリュコスが叫ぶ。
「まだ死なないのか! しぶといな! っていうか、何で血が出ないんだ!? 食べられないのか? このひつじ?」
「……さすがに病魔を食べるのは、止めた方がいいと思うわ」
 いくらなんでも、と、公子が唸る。
「何だか、凄い状態になってしまいましたが……えーと、後でヒールしますね」
 翼飛行を併用し、ずたぼろになった室内に入り直したアリスが、身体のあちこちを刺し貫かれながら、血も流さずに眠っている病魔を見やって溜息をつく。
「今更ですが、これ、被害の出ない場所に運んでから斃してもよかったのでは……って、本当に今更ですね」
 急ぎ終わらせましょう、と呟くと、アリスはオリジナルグラビティ『フラワリープリンセス・ハートスタイル』を発動させる。
「♪Flowery Princess Heart Style♪ チェンジ・ハートスタイル! ♪Heart Strike♪」
 アリスは『女神のフラワリープリンセスポーチ』のデバイスに『スート・ザ・ワンダーランド』の内の「スペードのA」をスラッシュ。より攻撃的な能力のスタイルとなり、ゾディアックソード『ヴォーパルソード』を高々と振りかざす。
「ハート・ストライク!」
 気合一閃、アリスは病魔を袈裟がけに両断する。しかし、切断面から靄のようなものが湧き、斬り離すことができない。出血もせず、病魔はそのまま眠り続ける。
「……なるほどね。でも、ダメージは入ってますから」
 外見は女の子さんですが、斬った手ごたえは攻性植物のような感じですね、と、アリスは冷静に呟く。
 そして吹雪が、眉を寄せて唸る。
「……一回、治癒入ってるからな。まだ潰すには至らないかもしれんが……まあ、やってみよう」
 そう言うと、吹雪はオリジナルグラビティ『氷嵐招く月王の咆哮(フリーズコールダー)』を発動。氷と嵐の属性を脚部に付与し接触の瞬間に氷結の衝撃波を放つ氷の強化武装を纏う。
「オープンアップ! 『アイス』『ストーム』ピースユナイト!! 氷牙撃滅!」
「あうっ!」
 空気そのものを凍らせるような一撃を受け、病魔の胸部から腕が凍りつく。
 そして、深く眠っているとしか見えない状態のまま、病魔は氷を割って立ち上がり、夢遊病者のような動きで歩み、抱えた枕を振り上げる。容姿が可愛いだけに、その挙動は不気味そのもので、狙われたあづまが棒立ちになる。
「ちょ、ま、待て、待つのじゃ!」
 あづまはかろうじて声を出したが、そう言われて待つ敵はいない。枕が振り下ろされる……と見えた瞬間、ウイングキャット『クスト』が飛び込んで攻撃を肩代わりする。
「た……助かった……」
 感謝じゃ、と、あづまは叩き落とされた『クスト』に一礼し、再びばったり倒れて眠りこける病魔を睨み据えると、怒りに満ちた表情で言い放つ。
「おのれ、もう許さん! そもそもちっちゃかわいい怠惰モフモフとか! わらわと被りすぎなのじゃ!!! どちらがより怠惰ロリモフモフ美少女に相応しいか思い知らせてやるのじゃ!」
 くらえ、と、あづまは明日から本気を出すという誓いの心を溶岩に変え、敵の足元から噴出させる。
 そして公子は、ここが攻め時とばかりに、オリジナルグラビティ『makeup examination(メイクアップ エクザミネーション)』を放つ。
「怠惰は罪よ。出直ししなさい!!」
 斬って捨てるような気合とともに、印刷物を依り代に赤い点と電信柱とアヒルが召喚され、病魔に殺到する。すると、眠り続ける病魔の全身に、赤い1と2の数字が無数に浮かび上がる。
「効いてるの……かしらね?」
 仕掛けた公子本人が半信半疑の表情で呟いたが、続いてララが、オリジナルグラビティ『白黒幻想奇譚(モノトニーヴィーゲンリート)』を発動させる。
「顕れるは世界のほつれ、導くは光の御標。……紡ぎましょう、あなただけの物語」
 ケルベロスによって病魔が倒される物語をララが高らかに歌い上げると、今度は病魔の全身がモノクロに変じ、そしてシュウシュウと灰色の煙をあげて蒸発してゆく。
「……やったか?」
「たぶんね。患者の子が目覚めていれば、治療完了なんだろうけど」
 呟く咒八に公子が応じ、そしてずたぼろの周囲を見回すと、複雑な表情で続ける。
「でもこれ、後のヒールが一大事だわ……」

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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