五月病事件~あしたっていつさ

作者:のずみりん

『明日こそは本気出す』
 昨日はいつもそう思う。
『やっぱり今日もダメそうだ』
 起きてみると、こうなっている。
 いったいいつからこうなった? 明日葉・一香(新社会人・男性・彼女なし)は敷きっぱなしの布団を転がり過去を……振り返ろうとして、面倒臭くなり、やめた。
 きっと自分は病気なのだろう。五月病は立派な病気なのだ。うん、そうだ。
 ついてみた技術職の現実は厳しくて、それでも頑張ろうと思った矢先にこうなった。あぁ、辛い。
 連休もとっくに終わり、なんだか危なくなってきた気もするけど、病気なのだから仕方ない。職場からメールがあった気もするけど、病気なので見れない。
 このままではいけないと思いつつも、青年は心地よい怠惰への逃避に今日もまどろむ。夜になり、決意。そしてまた朝が来る。
 病気が治れば本気出す。けど……病気なら、ずっとこうしていられる。病気なのだから、仕方ないと。

「……以上が、『五月病』患者の現状だ」
 話を終え、リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)はため息を一つ。
「冗談のようだが、まぁ『恋の病』の病魔がいるなら、五月病の病魔がいても不思議はないな」
 ゴールデンウィークも終わり、世間は五月病の季節。理想に燃えた新天地で現実にぶち当たり、そのまま連休、もうずっと休めれば……実に倦怠に陥りやすい時期ではあるが、それにしても数が多い。
 ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)たち多くのケルベロスの方が調査をした結果……浮かび上がったのが、これである。
「まぁ、たかが五月病、されどだ……拗らせると死ぬからな、社会的に」
 それに怠惰が大流行すれば経済活動への影響も馬鹿にはできない。病魔を倒して治せるなら、さっさと治してしまうべきだろう。

「今回、頼みたい患者は彼だ」
 明日葉・一香。千葉、浦安在住、新社会人、エンジニア志望。性別は男性、賞罰なし、彼女無し。まぁ普通に普通過ぎる男性である。
「この春から市内の工場に就職できたそうだが、技術職は下積みが大変だそうだからな……ちょっと自尊心を擦りむいたところを連休でやられたのだろう」
 病気とは言え五月病なので普通に意識はある。アパートの一角に閉じこもっているようだが、家を訪ねれば会うことも出来るし、踏み込むのは容易だ。鍵は……壊してもいいが、大家さんに頼むのが穏当か。
 接触後はウィッチドクターの『病魔召喚』で五月病の病魔を呼び出し、撃破することになる。もしチーム内にウィッチドクターがいない場合は近郊で医療機関に協力しているケルベロスに頼む事になるが、手順としては同じである。
「彼の病魔だが……まぁ、見ての通りだ」
『現実逃避』
 怠ける影に四字熟語。実にわかりやすい。
「見た目の通り? 攻撃は魔法的なものが中心で、敵を怠惰の闇に引き込もうとしてくる。トラウマを呼び起こす霧状の闇、やる気を減退させて石化させる黒い五月雨など……だな」
 厄介な事にこの病魔、ヒーラーの位置で怠けて治癒しつつ、状態異常をどんどんと強化してくる。ヒール効果は強化され、攻撃はエンチャントを粉砕するときたものだ。
「怠ける暇を与えたら負け……だな」
 リリエの言い方はひどいが、五月病の病魔退治には言い得て妙であった。
「それと青年……明日葉のだが、気が向いたら一声かけてやってくれないか?」
 話の終わりにぽそりと。自他ともに厳しい彼女は嫌いそうな人種そうだが、リリエの声は意外とやさしい。
「五月病は再発しやすい病気だが、人の何気ない言葉が脱出のきっかけになったりするものだ……経験談で、恐縮だが」
 今はヘリオライダーの自分を誇りと思っているが、そうなれない頃もあった……と、遠い目を戻して咳ばらいを一つ。
「まぁ、誰でも後ろ向きになる時はあるな。忘れてくれ……健闘を祈る、ケルベロス」


参加者
天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)
市松・重臣(爺児・e03058)
フェリシティ・エンデ(シュフティ・e20342)
リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)
細咲・つらら(煌剣の氷柱・e24964)
浜咲・アルメリア(捧花・e27886)
オルクス・フェニシータ(死を告げる梟・e33133)
安海・藤子(オフ会出没・e36211)

■リプレイ

●若者よ、床を捨てよ、外に出よう
「……そういうわけで、だ。事件解決の為に協力頂けぬじゃろうか」
「まぁ、いろいろ大変ねぇ。ケルベロスさんも。えぇそれは構いませんけれども」
 アパートからほど近い大家宅。交渉を終え、市松・重臣(爺児・e03058)は周辺を回ってきた天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)とオルトロス『八雲』にサムズアップ。
「……正直、正しく伝わったか自信はないがの」
「恋の病といい、何とも困る相手でござる……さもありなん」
 まぁ、お届けよければすべて良し。天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)は尻尾を振る八雲を撫でつつ、問題の人物の元へと一人と一匹を案内した。
 場所は大家宅の裏手当たりに位置するアパート、その一回の端では街並みからいささか浮いた、ケルベロスたちの一団が集まりつつあった。
「周りはほぼ仕事で出払っている。日本の風習が良い方に働いてくれているな」
 異邦人を臭わせる感想でリカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)が報告する。在宅勤務だ、フレックスタイムだと世間はいっても、まだこの辺りは昔ながらのようだ。
 連休が終わった心境は様々なれど、大多数は日常へ戻ったようだ。
「ま、こんな陽気だし、気持ちはわからなくもないかなー……って。はいはい、わかってるわよクロス」
 外付け正義心、もとい相棒のオルトロス『クロス』がしっかりしろ、とコートの裾を引っ張ってくるのをなだめ、安海・藤子(オフ会出没・e36211)はドアを叩く。
「……物音なーし。こりゃ重病ねー」
「言葉の綾じゃなく……なのかな? いや事情は聞いているけど、うん」
 オルクス・フェニシータ(死を告げる梟・e33133)はオルトロス『ヴォール』と目を見合わせる。話に聞いてはいたが、それで理解、納得するにはいかんせん突拍子もない。
「フェリスはまだまだ無縁かな……でも、長い休みでだらけちゃう気持ちは、ちょっとわかるかも」
 フェリシティ・エンデ(シュフティ・e20342)もまぁ、似たようなところ……ただでさえ心の病というヤツは説明しがたい厄介なものだ。
「ま、今回は論より証拠ね。開けるわよ?」
「問題ない。つららの方も大丈夫だそうだ」
 掌で合い鍵を回す浜咲・アルメリア(捧花・e27886)に、リカルドがインカム片手に報告する。鍵を差し込み、回す。流れ出す一人暮らし特有の空気に、ウイングキャット『すあま』が一歩飛び退いた。

「な、なんです……この……これっ……」
「明日葉・一香、君は病魔につかれている。治療が必要だ」
 十を超えるケルベロスとサーヴァントの気配には、さすがの五月病患者も飛び起きた。リカルドの説明も理解できたのか……枕を抱えて後ずさる明日葉青年の手を、フェリシティは躊躇わず引っ張った。
「出かけよう! ダメだよ、こんな暗いなかじゃ!」
 ここぞとばかり、バンッとドアに体当たりするボクスドラゴン「すあま」。全開された入り口からの日差しは閉ざされた部屋を眩しく照らした。
「うわっ……もう、こんな時間……」
「おう、もう……こりゃ、なにしとる!」
 身体は正直というべきか。少しだけ眼差しが戻ったのもつかの間、布団に潜ろうとする青年を重臣が協力して引き留める。
「重病でござるな。少々荒療治だが、速達でまいる!」
「オーライ。プレミアム対応だね」
 理解したのかなんなのか、日仙丸とサムズアップでオルクスも加勢。あれよあれよと抱えられた明日葉はあっという間に日差しの下へ。ケルベロスたちが運びだした表通りには既に細咲・つらら(煌剣の氷柱・e24964)が手配済み。
「あ、あ、あの病魔って……」
「ノン・コメント! つららちゃんにお任せ、案ずるよりも見るが早しですよぉ……」
 幼い少女の姿にくるくると表情を変える明日葉青年だが、つららの手は隙なく動きを封じている。
「わかってるでしょう? あなたの病魔は……『五月病』、これ!」
 いうが早いか、ウィッチドクターの技に召喚された病魔が形を取る。その姿は……残念ながら、はっきりと見る間もなく明日葉青年は意識を手放した。

●病魔『五月病』
 その病魔を青年が目にしなかったの、幸運だったかもしれない。
「……いや、その。自己主張の強い病魔も居たものなのだな、と……」
 絞り出すようなリカルドの感想は言いえて妙。
『現実逃避』
 現実に求められたり、しなくてはならない物事から意図的に注意や意識をそらすこと。心理状態。
 誰もが知っていて、誰もが目を逸らしたくなる四字熟語。それが人影じみた病魔にでかでかと刻まれていた。
「何やら、雲行きまで憂鬱になってきたでござるな」
「あっはっはっー、そんなばっかなー……マジかよ!?」
 日仙丸の報告に藤子がノリツッコミ……ではなくて、まさにいうが早いかなのだ。
 彼女が面を外して見上げれば、眩しいばかりの五月晴れはどこにいった? という暗雲。
 病魔がごろんと寝転がれば、超局所的な曇り雲がどんよりケルベロスと患者へ迫りだし、止めと振り出す重い雨。
「……攻撃されてるのですよ、これっ!?」
 はっ、となり身をかわしたつららだが、体が重い。咄嗟、『氷軍』追尾する氷剣を放って雲ごと切り裂くのは流石。しかし逃れても如意棒を握る腕は灰褐色に変わりつつある。
「やる気が出ない時は、っていってらんないわね……!」
 うっとおし気にはばたく『すあま』の力でアルメリアはこらえているが、気分ばかりはどうしようもない。もう一人の相棒、『百合白皓』の輝きも何か鈍い気がする。ならばと蹴り下ろした『旋刃脚』を病魔はゴロゴロかわし、やる気投げに転がっていく。
 そのウザさへの怒りが幾分彼女のテンションをあげた。
「発散だ、発散! こういう時は……爆発!」
 どーん、と。藤子のスイッチがケルベロスたちの背後を極彩色に爆破した。勇気の爆発は老若男女を問わず心を、そして同時に物理的なこびりつく石化も吹き飛ばす。
 そこに飛んでくる、勇壮極まるバールのようなもの。
「……うむ、心は自由! 怠惰結構、しかし儂は勿体なく思うぞ!」
 重臣のエクスカリバールは鋭く命中……と、思いきや病魔を引っ掛けるとそのままほおり投げてしまう。グルグルと振り回し、空から地面にどーん!
 病魔を象ったクレーターの完成である。
「私の知っている投げバールと違う……」
「無極、無限の可能性というヤツじゃよ! グラビティはもっと自由でいいもんじゃ」
 オルクスのつぶやきにからから笑う重臣。予想外の事態にさしもの病魔も固まって動けない。
 融通無碍にして広大無極。格好つけてみたが、要はやりたい放題なのだ。
 明日葉青年は八雲がキッチリ安全圏まで引っ張っているのが実に老獪。大変にタチが悪い、六十二歳児であった。

●今日の押し売り、お断り
「けど……フザけてますけど、戦ってみると更にフザけてますね、この病魔」
 如意棒を突き立てたつららは、耐えかねたように呟いた。影そのものといった病魔だが、感触は確かにあるし、攻撃は効いている。効いているはず……なのだが。
「わかりづらいな……くそ!」
 思わず悪態をつき、リカルドが『模造術式・刻命の斬疾』を発動する。疾風を帯びたエアシューズの回し蹴りが病魔を切り裂くが、わずかに黒を散らして身体は再び寝っ転がる。そしてまた怠惰の霧だ。
「さしずめ、反応するのも面倒くさい……かな」
 ゴロゴロと転がっていき、いそいそと戻ってくる人影にオルクスはそんな感想を口にした。どこかつまらなさげなのは、無意識化の気質……つららと同じ、戦闘狂の片鱗がそう感じさせているのだろうか。
「ま、さっさと決めてしまおう……ヴォール!」
 敵は長期戦の構え、あまり時間はかけたくない。『Rein_Weiss_Schlag』を構え……半身に呼びかけて、彼は突然崩れ落ちた。
「おや……っ!?」
「オルクスさん、気をしっかり! トラウマに飲まれるよ!」
 異常の正体に気づき、フェリシティは彼へと気力を投げる。『そば粉』のブレスが属性を吹きかけ、それへの耐性を与えた。
 どんよりした雲は晴れることを知らず、どんどんと辺りは暗くなっていく。トラウマの薄霧は、形をとった怠惰の闇にも見えた。
「形にされると三割増しでウザいわね……この最低な今日ってヤツは」
 アルメリアは舌打ちし、しかし動いた。止まってしまえば、くだらねぇ今日はいつまでも続く。
「やる気が出ないなら、やる気を出す努力……しようじゃねぇの」
 そんなものは御免だと、淡紅のオーロラが花のように輝いた。
「癒せ、《枸杞》。叢雲流霊華術、壱輪・芍薬」
「お、しゃれてるね。それじゃ……便乗しようか」
『芍薬無くして霊華は咲かず』と称される浄化の花弁をまとい、藤子はそれを炎へ変える。袴から引き抜かれたケルベロスチェインが、獣を操るかのように妖しく輝く。
「我が言の葉に従い、この場に顕現せよ。そは怒れる焔の化身……クロス、GO!」
 サボりの時間はもう終わりだと、病魔をエンチャントごと引きはがすのは炎の猟犬。その『紅蓮の焔・狼怨』が作り出した狼を従えるかのようにクロスが走る。加える刃が影を裂く。
 主人たちの奮闘に応えるのはサーヴァントの務めとしるか、更にすかさずアルメリアの『すあま』の爪が横一線。刻まれた十字めがけて照準するのは、日仙丸。
「望まぬ押し付け、通販にあらず。人も病魔も、押し売りお断りでござるよ」
 螺旋の極地、縮地から放たれる螺旋掌の複合打。徹しと打撃、内外同時の衝撃が病魔の身体を粉砕する。
「送料無料ゆえ、お引き取り候」
 消え去る影に、螺旋忍者の忍びの顔も、日常の読めない柔和な顔へ。空には清々しい五月晴れが戻っていた。

●『あした』のために
「目覚めはどうだ、明日葉・一香」
「え、えぇと……悪くはない、で……あります」
 目を開けた前にあった顔に『どっちだよ』といいたくなる答えでたじろく青年。
 別にリカルドも凄んだわけでないのだが、いかんせん眼光鋭く不器用なもので。
「病魔は倒した。もう大丈夫だろう……」
「ままま、ここは気楽にいきましょー? つららちゃんは弱いものも大好きですよ?」
 そうすればより強きと戦えるから……と、いう事情は明日葉青年には関係なく。情けなく思いつつも少女の好意に隠れさせてもらおうとする。
「ま、そう邪険にしてあげないでねー。彼、純粋なの」
「は、はぁ」
 たんわりとフォローする藤子。面を戻した彼女の姿は更に青年を戸惑わせた気もするが、引き込ませるには効果があった。
「五月病が治ったか、なんて……わかりづらいしね。後ろ向きになってもいいの。でも、ちゃんと立ち直らないとダメよ? 理屈がいるなら、趣味の為とか……ダメそうなら、相談くらい乗るわよ」
「閉じこもるのは楽でござるが、仕事をクビになれば閉じこもる家すら失うでござるよ?」
 日仙丸に痛いところをつかれたか、がくっと青年が首を折る。
「なに、大丈夫。就職活動を乗り越えた明日葉なら、できるでござる」
「儂も偉そうな事や大層な事を言えた身ではないが、お主は自宅警備員になるにはまだ早いし、勿体無い。大切なのは心の持ちよう――明日葉殿もやればできると信じておるぞ!」
 心というのは不思議なもので、言われればそうかもと思えてくる。病魔の重石が外れた明日葉青年なら……後は気持ちの整理がつけば。
「よかったら話してみない? フェリスでも、職場の人でも……あなたの気持ち。とりとめのない事でも、誰かに話すとすっごく気持ちが楽になるの。知ってた」
「それは、その……職場が。先輩や、チーフが……」
 優しく呼びかけるフェリシティから、ふと目を逸らす明日葉青年。怠惰が去った後に心を占めたのは後悔と罪悪感だった。
「……よくある話だ。成し終えた後の疲労や倦怠感というのは」
 リカルドはいう。それは別に明日葉青年に限ったものではない。それは共感できるもののはずだと。
「頑張り続けるだけじゃなく、適度に立ち止まるのも、前に進むのには重要だ。お前を選んだ人たちも、わかっているはずだ」
 止まりすぎたと思ったら、走ればいい。まだ少し臆しながらも、リカルドの言葉に明日葉青年は頷いた。
「電話……いえ……仕事、いってみます。怒られると、思いますけど」
「へこんじゃったら、へこんじゃえばいいのよ。そういうときって、おいしいものを食べて、夜更かしせず眠って、身体の元気を戻すのが一番よ」
「怪我の方は大丈夫かい? 仕事は体がメインイベントだからね」
 励まされ、青年は部屋へと戻り……連絡して、やっぱり怒られたのか、しょげつつも挨拶一つに駆けだしていく。

「……はぁ。あたしもだるくなっちゃったわ。……みんなも、どうかしら。スイーツバイキングとか……行かない? 近くに美味しそうなところがあって……」
「おぅ、そりゃ要チェックじゃの」
「アイスありますか、アイス!? つららちゃんもいきますよー!」
 明日葉青年を見送り、周囲のヒールを終えたアルメリアが提案。重臣につららと皆が続く。
 為し終えた倦怠感や疲労はケルベロスにも例外なく。だからそういう時は、明日のために。少しはっちゃけるても、いいんじゃないだろうか。

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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