五月病事件~お布団よりいいものなんてある?

作者:林雪

●ちなみにアパートは大学のすぐそば
「た、頼む……もう勘弁して……これ以上は、もう……っ」
 自室で布団の中から腕を伸ばして頑張ってみたが、結局ユリエは頑張れなかった。
「いやぁ~無理! こんなにお布団に愛されてんのに一限から授業出るとかマジ無理……もうこのままお布団と結婚しょ……」
 このまま布団が飛んで大学の教室まで行ってくれるなら、授業を受けることに対してやぶさかではない……などとムニャムニャ考えているユリエは、何という理由もないが全然布団から出る気にならない。こんな素敵なベストプレイスを発見したのに、わざわざ出てどっか行く必要ある?
 どうやら、すっかり五月病をこじらせたようなのである。
 わかっている、この先授業をサボり続けるとどんどんきつくなる。出席率だけでもアレなのに試験だってレポートだって……わかっているのに体が動かない。これが五月病のおっかないところだ。

●怠け心を退治しろ!
「ゴールデンも終わって、ぼつぼつ五月病の季節、って一般的に言われてるね。ケルベロスたちの中にも警戒してた人が大勢いたんだけど……やっぱり大量発生してたよ、病魔」
 ヘリオライダーの安齋・光弦が軽く眉を下げながらそう説明する。
「まあ五月病って死に至る病じゃないけどね。さくっと病魔倒して治るなら、ケルベロスで治してあげよう。頼んだよ」
 今回確認された五月病患者は、ユリエという名の女子大学生である。この春に大学に入学したばかりの一年生で、親許を離れての初めてのひとり暮らし。元々楽天家である上に気が緩んだというか、まさに怠け心の権化たる五月病病魔に冒されてしまったせいでお布団から出られなくなってしまったようで。
「別に寝たきりの重傷者ってわけじゃないから、アパートを訪ねれば普通にユリエちゃんに会えるとは思うよ。居留守とか使うかもだけど、その時はほら、さくっと鍵壊してさ。後でヒールしたげればそれでいいから」
 光弦がヘラッと笑って強行手段を薦める。
「ただし、病魔に接触するにはウィッチドクターの力が必要になるから。もし今回の依頼にウィッチドクターが参加しないようなら、近隣の医療機関に協力してるケルベロスのウィッチドクターが臨時で来てくれるから問題ないよ」
 引きずり出してさえしまえば、通常のグラビティで倒せる相手である。五月病の病魔は使う技も戦闘タイプも、引きこもり気味受け身気味。
「まあイケイケで攻めてはこないだろうね。ああそうだ、それと五月病って再発しやすいみたいだから、病魔倒した後にユリエちゃんとちょっと話して、何て言うのかなこう……ポジティブな気分にさせてあげられるといいかな。アフターケアだね」


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
天矢・恵(武装花屋・e01330)
トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)
安曇野・真白(霞月・e03308)
チェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323)
伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)
猫夜敷・千舞輝(地球人のウェアライダー・e25868)

■リプレイ

●お届けケルベロス便
「5月、そして春……この陽気に暖められたお布団は確かに……ううう、なんて、強敵なんでございましょう。ね、銀華」
 よく晴れた日の空を見上げ、安曇野・真白(霞月・e03308)が自身のボクスドラゴンに向かってそう言う。
「……ですが負けられませんっ。ユリエさまは元気になって頂きますの!」
 にこやかに真白がそう言うと、対照的にクールな素振りで伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)が答えた。
「ま、こっちはやることやるだけなんだが」
「お布団が心地いいというのは……まぁ、その……わかりますけど」
 ついそう応じてしまってから、誤魔化すように軽く咳払いをし、トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)が言い足す。
「とりあえず、敵であるなら倒すだけです」
 ここはとあるアパートの一室の前である。『五月病の病魔』を撃退すべく被害者の大学生・ユリエの元に派遣されたケルベロスたちがドアの前で様子を伺っているのである。
「ちわーっす、クロネコヤシキでーす。宅配便お届けに参りましたー」
 やにわに猫夜敷・千舞輝(地球人のウェアライダー・e25868)が盛大にドアベルを連打し始め、声高に配送を装い始めた。ウイングキャットの火詩羽が、慌てて千舞輝の黒魔女風ローブの裾を引っぱるが、止まらない。
「おはよー! おはよー! 元気してるー? ボク元気ー! ねえねえ開けてーユリエさん! カステラ食べるー?」
 更にはチェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323)も加わって、ドアをノックというか殴打し始めた。周辺の住人たちには年の為に事前避難しておいて貰っていて良かった、とふたりの姿を見つめながら思う一行。月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)もユリエの為に持参したランチパックを手に、仲間の様子を静かに見守る。が、どうやらドアが開けられる気配はない。
「仕方ない。鍵を壊そうか」
 しばらく様子を見ていたルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)が静かな声でそう言うと、応じたのは天矢・恵(武装花屋・e01330)。
「おし、任せとけ。後で治しゃいいが、被害はなるべく抑えてぇよな」
 恵がドアノブの上の鍵穴に顔を寄せ、銀製の楊枝のようなものを取り出して突っ込み始めた。
「おぉー、なんか、鍵師とかみたい……」
 千舞輝がピンポンする手を止めて、その作業をキラキラした目で見つめる。チェリーも場所を譲ってしばらく大人しくしていたが、徐々に堪えきれなくなってきたのかソワソワとロップイヤーを揺らしつつ後ろから声をかける。
「ねーねーボクがぶち破ったげよーかあ!」
「あーいや、もう……っし、開いたぞ」
 ガキンと鈍い音がして、鍵が壊れる。ドアを引いた瞬間。
「とおー!」
 千舞輝が開いたドアの間に足先を突っ込んで叫んだ。
「ドアが開いたら足を挟め! 捜査の基本だ!」
 刑事もので、内側からドア閉められそうになったときに安全靴履いてやるやつである。やってみたかっただけのやつである。火詩羽が疲れた風に首を前に項垂れた。
 そんなこんなで室内への侵入を果たしたケルベロスたち。
「……散らかってますね」
 トエルの言葉の通り、室内はそう荒れているというわけでもなかった。ただまあ、雑然とはしている。何となく散らかった衣服、何となく散らかったお菓子の袋……部屋全体から滲み出る、かったるい感がある。ルビークが失礼でない程度に部屋の中を見回し、うんうんと千舞輝が頷く。
「だるいやんなぁ、普通の生活。よくわかります」
「可愛いぬいぐるみさんたちがいますの!」
 真白が出窓に並んでいる、ゲーセンの景品らしきぬいぐるみを見て嬉しそうに言った。ただしリアル大仏シリーズという一部のマニア受けしているぬいぐるみなので、可愛いかどうかは微妙だ。晶がぬいぐるみと真白の顔を交互に眺めて首を捻った。
 一番後ろから、近隣の病院で病魔退治に協力しているウィッチドクターのケルベロスが入る。病魔と戦うには、まず引っ張り出さないことには話にならない。それが出来るのはウィッチドクターの力だけである。
 皆の見守る中、施術は始まった。ベッドでクタクタになった布団に包まっているユリエは首周りの伸びきった長袖Tシャツにスウェット姿で、ケルベロスたちの入室にも構わず布団から出ようとはしなかった。今のうちにとウィッチドクターが掌をかざすと、ユリエの体から黒っぽい影のようなものが出てくる。それは徐々に全体を表し、どうやら人型のシルエットであることがわかった。
『……なぁにぃ……お布団の中がいいんだってばぁ……』
 ぐずる声は子供っぽくはあるが、明らかに子供のものではない。気怠く、やる気なく、デロリとのしかかってくるような声。こいつが病魔『五月病』である。
「っしゃドクター、ごくろーさん。早目に離脱してくれ」
 晶が敵の姿を目視で確認するとそう告げる。
「ねーねードクター、ついでにユリエさんこのままお外まで連れてってくれる?」
 チェリーがそう言うや、まだ起きているのか寝ているのかわからないユリエの体を布団ごとほいっと持ち上げる。それを手伝って千舞輝が言い添える。
「よろしゅうたのんます」
「これも」
 と、朔耶がランチパックを渡す。あわあわしつつそれらを預かり、ドクターはユリエの部屋を出た。
『うぅ~ん……もぉ、ほっといてよぉ』
 同時に敵の目の前に身を滑り込ませた恵が鋭く睨み付けて言い放った。
「さ、目覚めの時間だ。お前の相手はこっちだぜ」

●五月病
『んぅ~お布団さいこお~』
「……五月病魔だけあって、戦いへのやる気が感じられませんね」
 トエルが戸惑いを表情に出さないままそう呟いた。
「とおー!」
 そこへ、猫が獲物に襲い掛かるあの唐突さで、千舞輝が蹴りを放った。うちのがイキナリすみません、と言葉にするわけではないがそんな空気を漂わせながら火詩羽が翼をはためかせる。
「あー待って待ってボクもとおーする! とおー!」
 チェリーがほぼ同時に反対側から蹴りを放ち、病魔を挟む形で攻撃が決まる。
『なぁにもう~痛い~』
 基本、姿がシルエットのようなあまり明確でないものなので、ダメージがいっているのかどうか判然としない。ついでに言うと五月病病魔は布団も持参している様子で、何かに包まっているように見える。油断は出来ない、と朔耶がオルトロスに指示を飛ばす。
「……リキ、燃やせ」
 敵が布団で防御を固めるなら、と、朔耶自身は金色に輝く果実を作り出し、味方の守護を強めていく。普段戦う敵とは一線を画す緩い空気に流されそうになるが、ルビークの表情も戦いに及び厳しさを帯びる。
「しかしまさか、お前みたいな病魔がいるとは思わなかった」
 暁の色を弾く竜の麟を思わせるオーラがルビークの身を覆い、その拳が叩きつけられた。そこへ。恵の渾身の一撃が火を吹き、ウダウダしている病魔の体が足元から吹き飛ばされる!
「明日からでなく、今からやる気出そうな!」
「っ、待ちなさい、どこにも逃がしませんよ」
 ぴょーいと受身をとるでもなさげな病魔の体を、トエルが蔓の触手を伸ばして絡め取った、はずが、敵はぬるっとした動きでその拘束から逃れてしまった。
『やだよぉ~、何もう~ほっといて~』
「……意外と、逃避なさる時は機敏な動きをなさるのですね」
 さすが現実逃避はお手の物、と真白が妙な感心をしつつ、オウガ粒子を放出した。トエルとルビーク、そして恵に銀色の粒子が降り注ぐ。
「おい、いい加減かかってきやがれ。こっちゃ受け止める準備は出来てんだからよ!」
 焦れた様子で晶が手元のリングから光の盾を浮かび上がらせながら、病魔を煽った。ところが。
『う、うーん……やっぱりお布団と結婚するぅ』
「お前もすんのかよ!」
 カッ! と一瞬全身から光を放った病魔、どうやら全力で心と体の回復に努めているようである。思わずツッコんでしまった晶。
「火ぃついててもダルい時はダルいやんなあ……わかるけど、ちょっとは焦ってもらわんとなぁ」
「オフトゥンごとまっぷたつー!」
 千舞輝が二発目の蹴りを放ち、チェリーは楽しげにアックスを振り下ろした。ふたりの狙いは正確。若干トリッキーな病魔の動きは、このふたりには読みやすいのかも知れない。立て続けに朔耶が巨大な獣の御業を呼び出した。翼ある獣は咆哮をあげて雷撃を放つ。更にそこに稲妻の如きルビークの吐きが重なった。
『も~~帰ってよぉ』
「そうもいくかよ」
 真っ当に言い返し、恵がハンマーを振り下ろす。黒い影が一部氷を纏った。
「戒めを解き、疾く、時を超えて飛べ……」
 トエルの紫水晶のような瞳が真っ直ぐに敵を見据え、白い羽根が舞った。次の瞬間現れた白い茨は瞬時に飛翔する鷲に姿を変え、今度は正確に黒い敵を穿った。
 動きたくないだけな気もするが防御を崩さない敵に、真白が小声で相談する。
「いかが致しましょうね晶さま?」
「……俺らもちょっと揉んでやるかあ」
 勿論油断は出来ないが、敵が撃ってこない以上は攻めるしかない。回復に徹する気でいた真白と晶も、呼吸を合わせて技を繰り出した。
「きらきらひかる夜をつなぎ、請うて願いし、光糸のゆらぎ」
 真白の透明な声が室内に響き、零れ出た流星は敵を貫く。追って晶が低い姿勢からの螺旋掌をぶちかました。すると。
『デモォー、お布団から出たくないんだもーん!』
 ガッバーと布団らしきものから伸び出た病魔が急に叫んだ。ビリビリッと走った衝撃が狙ったのは朔耶。両手で上手く威力を殺したが、なかなかの威力である。キッとルビークがその動きに目を凝らす。
「よっしゃ、ネコマドウの二十六!」
 言うや千舞輝が50円玉をピンと高く弾いた。猫っぽい何かが召喚され、その爪が敵に襲い掛かる!
「怒りは猫と思え!」
『ヤダァーヤダァモオー』
 ネコマドウ様がストレス解消を済ませて消えるのと入れ替わりに、目の奥に狂気の血の色を宿したチェリーが踊りかかった。凶暴な笑い声と共に、彼女の別の側面が首を擡げた。
「衣帯不解!死ぬまで殴るから――――覚悟してよ!」
 ケルベロスたちの攻撃が激しくなる中、病魔の声音が徐々に苦しげな、怨嗟にも似たものになっていく。
『寝ル! もうネル! オフトゥン最高!』
 そう叫んで病魔が繰り出した拳はトエルを狙ったものの、間に割って入ったルビークにがっちりと止められてしまう。
「お布団よりもっといいものはあるよ……病魔よ、お前には分からないだろうが」
 ルビークの拳が病魔を吹き飛ばした。その先に待っていたのは恵。手にした刀を、目にも止まらぬ速さで振り下ろせば、斬華一閃、思わせるのは鋏で無残に剪定される薔薇の如く。
「願いどおり寝かせてやるぜ。心行くまで眠れ、永遠に」
『……オヤ、スミィ……』
 謎の五月病魔は最後までやる気の欠片も見せず、気怠くこの世を去っていったのだった。

●なんとなくカステラパーティー
「病魔……そんなもんが私に」
 ユリエはまだ己の身に起きたことが信じられないという風に目を丸くして、ケルベロスたちの話を聞いていた。部屋の修復を終えたところで、一通り事件を説明し出来れば軽く励まして行こうという流れだ。
「ユリエさん、退治は済んだ。危険は去ったからあとはもう二度と、奴らにそそのかされない様にな」
 ルビークの柔らかい声にそう言われても、ユリエはまだどこかぼんやりとしている様子だった。トエルが少し考えてから、ユリエさん、と声をかけ視線を合わさずにその手を引っ張った。
「え……?」
 そのまま、ユリエは洗面所へ。トエルに促されとりあえず顔を洗った。長いことボンヤリしていた頭が、ちょっとだけスッキリする。鏡越しにもトエルはこちらを見ないが、小声で言い足してくれた。
「ごく小さいことから始めるのが、動きやすいそうですよ」
 狭いキッチンでは恵が少し背を丸めてお茶の支度をしているところだった。チェリーがその後ろで相変わらず跳ねている。
「うわーカステラいっぱい! すごいいっぱいあるよー! ボクもボクも食べたーい!」
「切る、切るからちょい待ってろって……」
 何となく流れで、ケルベロスたちに囲まれてお茶をするユリエ。何だかムズムズもするが、真白ににこやかに話しかけられ少し表情を緩ませた。
「茶色いところ、真白も大好きですのー! 薄紙はがした時にはがれてしょんぼりもしますがっ」
「待たせたな。出張華鳥、カステラをお届けだ」
「めっちゃおいしそー!」
「ねーねーお部屋狭いね! なんかみんないっぱいで楽しーけど!」
「コラ、狭いってわかってんなら暴れんじゃねーよ」
 晶がそう言っても、チェリーは笑顔のままである。そして。
「えいっ」
「うわぁああコラ! なんで俺の上に座る?! 降りろって!」
 全力で赤くなる晶。何だかケルベロスって一言で言っても色んな人がいるんだな、と思った瞬間、ユリエは急に大学の友達に会いたくなった。賑やかで雑多な日常が恋しくなったのだ。
「もう自宅警備員になってまえばエエんちゃう? ええでー、ニート生活。怠けとっても誰にも文句言われへんし、自由気ままで縛られるモンも無いんやでー、へっへっへ……」
 何だか悪代官みたいな声を出しながらユリエの肩に肘を乗せる千舞輝を、ルビークが至極真面目に窘めた。
「いやまあ、楽しい事や幸せだと思う事を、お布団の中以外でも見つけられるのが、いいんじゃないか……」
 人に囲まれ、元気が出たのと同時に一気に空腹を覚え、ユリエはカステラにかぶりつく。
「おいしーこのカステラ……! 茶色いとこもだけど黄色いとこも」
「カステラはな、砂糖控えねえ方が美味いんだ。こっちも美味いな、この丸さはどっかの絵本で見た感じの……」
 ぱくぱくと機嫌よくカステラを齧るユリエをじっと見ていた朔耶が何気なく言った。
「……最後に体重計に乗ったんは何時?」
「むぐうぅッ?!」
 蜂蜜入りのベルガモットティーが詰まりを解消してくれた後、ユリエはケルベロスたちに笑顔で礼を言い、見送ることが出来た。
 未だ正体のはっきりしない病魔が、次はどんな形で現れるのかはわからない。だが何が来ても必ずこうして人々の笑顔を取り戻そう、と誓うケルベロスたちだった。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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