五月病事件~羊の歌

作者:蘇我真

「ゴールデンウィークが、終わってしまった……」
 新大学生。夢の一人暮らし。原中也を待っていたのは人類の天敵、五月病だった。
「こんなうららかな陽射しの中、どうして大学に行かねばならないのだろう……」
 未だにしまってすらいないコタツの中、うつ伏せに包まったまま、寝癖がたっぷりとついた頭を上げ、窓ガラス越しの青空を見上げる。
 スマートフォンが鳴る。目を向けるとソーシャルゲームのスタミナが満タンになったという通知だった。
「ああ、そうだ。空の世界を俺が救わないとな……俺が勇者だから。このゲームクリアしたら大学行こう」
 ソーシャルゲームにエンディングはほとんどない。それはつまり中也のモラトリアムに他ならないのだが……。
 今日も中也は、大学に登校しないのだった。

「人類が勝てない三大病魔を知っているか。睡魔と恋の病と五月病だ」
 なんとなくそれっぽいことを言う星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)。
「俺が考えたから、誰も知らないと思うが……今、世間ではこのうちのひとつ、五月病が大流行しているのだ」
 瞬曰く、どうも人々にとりつき五月病を起こす病魔というものが本当に存在しているようだ。
「人々の気が緩みやすいゴールデンウィーク明けを狙って一斉に活動を開始したのだろう。やつらはふわもこな羊のような髪型にパジャマ姿、武器として枕を持っているらしい」
 聞くだけならファンシーな容姿であるし、放っておいても死ぬことはない。
 だからといって放置してこじらせてしまうとニートやら社会復帰が難しくなってしまうのに違いが無かった。
「そこで、今回は五月病患者である原中也にとりついた病魔の撃破を頼みたい」
 続いて瞬は今回の患者について説明していく。
「原中也、18歳。新大学生、国文科、サークルなどには所属していない。趣味はゲーム、最近はソーシャルゲームにはまっているようだ。連休前は大学に通っていたが、ゴールデンウィークから住居である安アパートに引きこもっている」
 引きこもっているだけで意識もあり、会話もできる。もちろん居留守を使ったり、面倒くさがったりで会おうとしないケースも考えられるが、緊急措置ということで鍵を壊して家に踏み込んでも構わないだろうと瞬は告げた。
「五月病の患者に接触した後は、チームにウィッチドクターがいれば患者から病魔を引き離して戦闘を行う事が可能だ。いない場合も、その地域の医療機関に協力しているケルベロスのウィッチドクターが臨時に手伝いをしてくれるので、特に心配はいらないだろう」
 そうしてウィッチドクターが患者と病魔を切り離して、ようやく病魔との対決という流れになる。
「今回の病魔は枕を投げてきたり、催眠状態にする歌を唄ってくるようだ。怠惰な者には魅惑的な誘惑が待っているかもしれないが、なんとか耐えしのぎ撃破してほしい」
 そう告げて、瞬は頭を下げた。
「五月病にも病魔にとりつかれているものと、本人が言い張っているだけのものがある。今回は前者なで情状酌量の余地もある……中也にはある程度優しい言葉をかけてやってくれると助かる」


参加者
ブラッドリー・クロス(鏡花水月・e02855)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)
アクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)
小鞠・景(冱てる霄・e15332)
香良洲・鐶(行色・e26641)
佐伯・誠(シルト・e29481)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)

■リプレイ

●春日狂想
「3分経ったので踏み込みますね~♪」
 アパートのドアが開け放たれて、原中也は驚愕した。
 ちまっこいドワーフが、笑顔で立っている。開け放たれたドアからはノブごと鍵が消滅していた。
「おまっ、人の家……何……」
 抗議しようとする中也だが、驚き、怒り、面倒くさい……さまざまな感情がせめぎ合い、上手く言葉が出てこない。
「言ったじゃないですか~、開けないと無理やり入りますよ~って」
 中也になじられても土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)は穏やかな微笑みを絶やさない。ナチュラル隣人力を持っているかのような佇まいに毒気を抜かれる中也。
 岳からすればウィッチドクターとして患者を落ち着かせるという理由もあるのだろうが、中也はまだ自分が病魔に侵されていると自覚すらしていない。
「いや、居留守っつーか……マジで留守かもしれないだろ」
「家にいるのはわかってたからな。俺らは依頼を受けたケルベロスだ」
 話をとっとと先に進めたいとばかりに柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)が宣言する。
「え、ケルベロス? あやしい訪問販売とかじゃなくて?」
「違うよ。大学の知り合いだ~って言ってたよね、ボク」
 呼びかけていたアンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)は不満顔だ。大学の知り合いを装っていたのに、なぜ怪しまれなければならないのか。
「いや、だって俺、大学に知り合いいねーし……居もしない先輩が食事に誘うとかありえねーし……」
「いや、同じ学科とか、グループ発表とかあるよね……?」
 同じく知り合いを装うとしたブラッドリー・クロス(鏡花水月・e02855)の言葉に、中也はかぶりを振る。
「……組めなかったから、一人でやってた」
 中也は友達がいなかった。サークルにも入っておらず、交友関係も無いに等しかったようだ。
「……なんか、その、ごめん」
 不必要に傷を抉ってしまったことに気付いたアンセルムが、素で謝る。抱いた少女人形と共に頭を下げる。
「こ、高校の時は友達いたんだからな……? 勘違いすんなよ?」
「もういいわかった、それ以上喋るな……おまえはよく頑張った」
 大人として慰める佐伯・誠(シルト・e29481)。彼のサーヴァントであるシェパード型オルトロスも、慰めるように中也の脚に頭をこすりつけていた。
「いや、優しくされると余計ミジメっつーか……で、ケルベロスが依頼でなんでウチに?」
 怒ったり悲しんだりも長く続かないのか、訪問の理由を尋ねる中也にアクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)が告げる。
「端的に告げると、お前さんは五月病の病魔に取りつかれている」
 患者への病名の告知は慎重になるべきだが、この場合は言わない方が逆に不自然だろうとウィッチドクターであるアクレッサスは判断した。
「はあ……病魔っすか」
 中也の反応は薄い。ケルベロスという言葉を信じたのか敬語めいた口調にはなったが、やはり五月病の病魔によって倦怠感を植え付けられているのだろう。
「なんか不安を煽って、ツボとかグラビティ水とかケルベロス野菜とか売りつけたりするんじゃないすよね?」
 死んだ魚のような眼をした中也の問いに、思わずケルベロスたちは顔を見合わせた。
「そういうのはないが、今ならなんと冷凍食品とレトルトの新商品を全種類、無料贈呈を――」
「今それをすると、余計あやしく見えますから……」
 食料品を贈呈しようとした史仁を小鞠・景(冱てる霄・e15332)がやんわりと止める。
「あー……いきなり病魔と言われて困惑しただろう。でも今のそのダルさは休んでても回復しない類だから、まずは体力つける為にも飯食いに行こう」
「皆で食べにいけば、ご飯も美味しいですし、何より、きっと楽しいですよ」
 畳みかけるように景も誘う。
「体力ないと手術できないとか、そんな感じっすかね……?」
「まあそんなところだ……ああ、手術といっても簡単なものだしお前には痛みも一切ない」
 不信感を取り除こうとする香良洲・鐶(行色・e26641)。同じく閉じこもっていた境遇もあり、無理やり外へ連れ出すのも躊躇われたが、アパートの屋内では戦うのに狭すぎると一同は考えていた。
「さあ行こう。歩くのが面倒なら車椅子も用意している」
 アクレッサスは中也の腕を引き、アパート前の駐車場まで移動させる。
「うん、ここでなら自由に暴れられそうだ。アークさん、頑張ろうね」
 ブラッドリーの言葉に、アクレッサスは頷く。
「ああ。俺も君の剣を頼りにしているよ」
 中也が車椅子に座ったところで、ウィッチドクターたちが動く。
「んあ~……あ、あれぇ? ここ、お外?」
 中也から引きはがされたパジャマ姿の病魔が寝ぼけまなこを擦っている。その間に、中也を車椅子ごと戦場の隅へと運んでいく。
 こうして、病魔との対決のおぜん立ては整ったのだった。

●サーカス
 ウィッチドクターによって引きはがされた病魔が目を白黒させているところへ、すかさず攻撃を仕掛けるケルベロスたち。
「目覚めたばかりのところ、申し訳ありませんが……倒させていただきます」
 景のバトルオーラから放たれたエネルギー弾が、急旋回して病魔の尻へと食らいつく。
「いたぁーいっ!」
 パジャマ越しとはいえ尻を咬まれた病魔は飛び上がって痛みを表現する。
 愛らしさを残すその外見だが、惑わされるケルベロスはいない。
「病魔として生まれた貴女には、人に仇名す他の選択肢はなかったのですよね。お可哀想に……」
 大きく身体を捻る岳。朗らかだった雰囲気が変わり、真剣味を帯びている。
「今貴女を解放します」
 病魔へと高速回転の体当たりを仕掛ける。
「きゃあっ!」
 攻撃が病魔へ直撃し、パジャマが破けて腹部分が露出した。
「もぉ~なんなの~! 寝てたのに邪魔しないで~!」
 病魔は頬を膨らませたかと思うと、いきなり歌を唄い出した。
「~♪」
 睡魔を呼ぶ眠りの歌が前衛の面々へと飛ぶ。
「寝るの、大好き、じゃ……」
 抵抗できず膝をつく岳。意識がもうろうとし、敵と味方の区別もつかなくなる。
「猟犬が……狩りで寝る訳にはいかない……!」
 誠は歯を食いしばり、意識を持っていかれるのを耐える。そこにあるのは人々を守るための盾であり剣でもあるという矜持。
「病魔……! お前の歌は、効かない!」
 霞む目をこすり、星の聖域を完成させる。
「……浄化の力よ、雷よ!」
「悪いがその攻撃には予防対策済みでな」
 鐶とアクレッサス、そしてアクレッサスのボクスドラゴンはその聖域を雷の壁や属性インストールで補強した。青い花弁と稲光、それにモルフォ蝶が舞う。病魔の精神攻撃にも屈しない強固な城塞が戦場に築かれていく。
「そんな……私の子守歌、聴いてよ……!」
 眠りの歌が効かないと見るや、病魔は枕投げの攻撃に切り替える。
「ふわっふわの羽毛枕だよっ! とびっきりの悪夢を見せてあげる!」
 標的にトラウマを見せる枕投げ。しかし、振りかぶったその手からは枕が消えていた。
「悪いな。悪夢だったらとっくの昔に見飽きてるんだよ!」
 史仁がローラーダッシュで駐車場、アスファルトを斬りつけるように滑る。瞬時に肉薄すると、摩擦炎を纏った蹴りで枕を持つ手ごと蹴り飛ばしていた。
「あっ、痛ぅ……!」
 火傷した手首を抑えてうずくまる病魔。
「ねぇ、あんたはそこに、『ナニ』を見る?」
 むき出しになった腹から、銀のナイフが生えていた。
 ブラッドリーの投擲だ。視線が下がる瞬間を見て、狙いすましたかのように腹部へと惨殺ナイフを投げつけていた。
「あ――」
 刀身に映ったのは病魔自身の顔ではない、なにか。
「君はもっと愛でてあげたいし、耐えてよね?」
「ヒ、イィッ!!」
 それは病魔ですら忌避する存在であり、一瞬身体が硬直する。
「今だ、赤蜘蛛!」
 その隙を逃さず、アクレッサスは蜘蛛型の姿を象ったレッドスライムを地へと放つ。
 ホーミングレッドスパイダー。自走で追跡する蜘蛛を、隙を突かれた病魔は避けられない。脚をかじられ、身体をくねらせる病魔。
「痛っ……誰か、この蜘蛛取ってよぉっ!!」
「いいよ、取ってあげる」
 その声に答えたのはアンセルムだった。彼がグラビティを展開すると、にわかに駐車場の一点だけに影が差す。上空、指向性の強酸雨が病魔にだけ降り注いでいく。
 巻き込まれては敵わないとその場を離れる蜘蛛型スライム。駐車場のアスファルトが溶けて蒸気とも湯気ともとれる煙が立ち上る。
「痛いっテ……言ッテルダロオッ!!!」
 全身をずたぼろにした病魔が、絶叫と共に羊の群れを召喚する。突進するふわもこな羊たちが、前衛の間をすり抜けて後衛へと向かおうとする。
「本性を現したか……ッ!」
 割って入る真、羊の突進は見た目以上に強力で、ふんばった両足が後ろへと押されていく。
「やっぱり、厄介な敵だよ、病魔ってのは……!」
 鐶も横にしたエクスカリバールを両手で抑え、羊の突進を耐えしのいでいた。あまりの圧力に身体がきしみ、大腿骨が悲鳴を上げる。
「はなまる!」
 オルトロスの名を呼ぶ誠。
 羊の突進をまともに受けていたシェパード型オルトロスは、それでも神器の瞳で病魔を睨み、その身体を焼いていく。
「ウアアアァァッ!!」
 召喚主がダメージを受け、羊の突進力が弱まる。
「Slan」
 終わりを告げたのは、景の短い詠唱だった。それは全てを終わらせる一音節。
 極点の皚。最果ての凍土に住まう人々による、箴言の結だ。暴れる病魔が踏み抜いた足元より出現したそれは、まるで天地か逆さまになった氷条であり、精神を蝕む氷棘でもあった。
「―――」
 焼かれたまま凍らされ、最期は心に巣食くわれて、滅する。それは、病魔にとっては大いに皮肉な結末だった。

●汚れっちまった悲しみに
「俺の中に、あんな怖いのがいたなんて……」
 駐車場の片隅で車いすに座ったまま、一部始終を見ていた中也。放心しているが、それまでよりも表情に活力が戻ってきたように見えた。
「もうこれで安心ですよ」
 念のためヒールをしてくれていた岳の言葉に心底ほっとしたようにうなずく中也。
「最初はかわいいし、取りつかれるのもいいかなとか思ったけど、キレたらめっちゃ怖かったっす」
「かわいいか……君、いい性格してるよねぇ」
 ブラッドリーは強酸雨で溶けたり炎で焼かれたりした駐車場の地面をヒールしながらくつくつと笑った。
「その度胸があるなら、大学でも友達が作れると思うぜ」
 同じくヒールを手伝いながらアクレッサスも同意した。
「そうそう、どうして大学の国文科に通おうと思ったんですか?」
 岳はそう話を向ける。入学当時の前向きな気持ちを思い出して、また大学生活を送ってもらおうという狙いだった。
「他の大学に落ちて、現国と古文は得意だったし……高卒よりはいいかなって」
 思った以上のマイナス思考だった。岳の笑顔が引きつる。
「……色々あるかとは思いますが、頑張って下さいね。応援しています」
 景は思わず淡々と否定的なことを言いそうになるが、それを思いとどまって優しい言葉を掛ける。
 同時に昔の自分のことを思い返していた。外に出るのを嫌がったあのころの自分も、傍から見ればこうだったのだろうか。
 ちなみに、中也の心を一番動かしたのはアンセルムのこの説得だった。
「人生長いし休憩したいだろうけど、ここで数年我慢しないと、将来悲鳴あげる事になるし、ソシャゲへの課金もできなくなるよ……」
「……そうすよね。大学、ちゃんと行きます」
「おう! 心置きなくゲーム三昧する日の為に、とっとと大学へ、体動かして来いよ!」
「ゲホッ、ゲホッ! う、ウス……」
 史仁に背中をバンバンと叩かれ、むせながらも答える中也だった。
「ドア直ったぞ。ちょっと寄せ木細工っぽい感じで鍵かける手順が複雑になったが、まあ我慢してくろ」
「ヒールってのは思った通りに直せないのが不便だよな」
 そこへ玄関を直していた鐶と誠が戻ってくる。
「まあ、なんにせよ無事に終わったんだ。記念に焼肉でも行くか? 奢ってやるぞ青少年」
「肉……」
 焼肉と聞いて中也の腹が音を立てる。現金な腹の虫に、一同は笑った。
「美味しいものでも食べて、明日から頑張ろう」
 アンセルムの言葉に、顔を赤らめながら頷く中也。
「うんうん、どうせなら本当に行っちゃおうよ焼肉。とっておきのところあるんだって!」
 ブラッドリーがアクレッサスへと視線を向ける。
「おう、良い店に案内してやる。あそこはすき焼きの割り下にごま油を加えたタレが絶品でな――」
 アクレッサスの説明に、中也は車いすから立ち上がる。その場に残されたのは、修復されて真新しい色のアスファルトだけだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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