練馬区乱戦！　月下美人対おねぇ

■リプレイ

●大泉学園駅前
　いつもはこぢんまりと静かな駅に、混乱が広がっていた。
「……一体、何が動いているのでしょう」
　ロベリア・アゲラータム（向日葵畑の騎士・e02995）は現場の空気に思わず眉を寄せる。螺旋忍軍の組織同士の内ゲバが始まってしばらくになるが、事態は収束どころか熱を帯びていく。今目の前で争っている『月華衆』と『真理華道』も、正にその渦中にある。
「……月下美人。間違いないわね」
　以前その月華衆と戦った経験のある四条・玲斗（町の小さな薬剤師さん・e19273）が素早く敵の姿を観察し、その腰に携えた忍刀の柄にある花の模様を確認してから動き出す。
「うわぁああん！　ママぁあ」
　何が起きているのか解らないまでも、不穏な気配を子供はいち早く察知する。パニックを起こしかけた子供をレカ・ビアバルナ（ソムニウム・e00931）が優しく抱きとめ、目線を合わせるべく膝をついた。
「いい子ね、大丈夫だから。今ママが来てくれるからそれまでお姉ちゃんと一緒にいましょう？」
　不幸中の幸いだったのは、駅近くのコンコースは通勤帰宅時以外は人の流れがそう多くなく、個々に寛いでいる人々へ丁寧な対応が出来ることだ。
「郁お兄さま、ウルトレスお兄さま、そちらはお任せ致しますね」
　祝部・桜（玉依姫・e26894）がそういい残してベビーカーを押している若い母親の元へ駆け出した。
「桜も、気をつけてな」
「大丈夫です……みなさん、ケルベロスです！　指示に従い、落ち着いてご避難ください！」
　桜の後姿を見送りつつ鏑木・郁（傷だらけのヒーロー・e15512）がそう言い添える。桜は戦場に共に立つ大事な仲間であると同時に、郁の相棒の大切な人でもある。勿論、仲間は全員平等に守るが桜には特に傷ついて欲しくないという気持ちがある。
「避難は落ち着いて行なってくれ。俺が手を貸す！」
　お馴染みの格闘スタイルで相馬・泰地も老女を肩に担いでコンコースの階段を降りていき、また上がって次の人をと奔走していた。
　ケルベロスが来た、という宣言はふたつの効果を生んだ。ひとつは人々を安心させたこと、もうひとつは月華衆と真理華道の双方を牽制したこと。
『ケルベロスだと……？』
　何が起きているのか月華衆たちが距離をとって見守る中。
「真理華道の人たちだな」
　避難が進む中、ウルトレス・クレイドルキーパー（虚無の慟哭・e29591）が真理華道の４人に近付き声をかけた。月華衆との間にちょうど割って入られる形になり足を止めたミケ子が、油断ない視線でウルトレスをねめつけた。
『……ケルベロスがアタシたちに何の御用かしら？』
「わかってるなら話は早い、あんた達の方が話が通じるように見えたんで声かけた。俺の事はUCと呼んでくれ」
『……』
「俺達の目的は1秒でも速く事態を収拾することだ。あんた達は月華衆を撃破したい。利害は一致してるだろう」
　そこへヴァーツラフ・ブルブリス（バンディートマールス・e03019）がおねぇのうちのひとり、キジ子の肩に背後から手を置いて告げた。
「話は簡単だ。俺たちはとっととこの抗争を終わらせてぇ。月華衆は以前も派手にやらかしたからな、俺たちも潰してぇんだよ」
『てってっ手を、くくく組もうってわけ？！』
「お互い悪ィ話じゃねえだろ？」
　甘い声で低く耳元に囁かれ……たような気がしたのはキジ子の妄想かも知れない。
『フン、そうやってすぐ男に声かけられると腰くねらすのどうかと思うわ』
　ノラネ子がフンと鼻を上向かせたところへ、郁も説得に加わって口を開いた。
「俺達も目的がある。……けど、それは置いといてもこういう場合、数が少ない方に付くものだと思う」
　特に君達みたいなか弱い乙女が多勢に無勢の場合はね……というセリフは多分、ノラネ子の脳内で勝手に生成された。
『……ヒーロー……？』
『ちょっとアンタ！　さっきアタシの事男と見ればどうとかほざいたわよね？！　何なの今のそのツラなんなの？！』
『違うわよアタシのはガチの運命の出会いかもでしょ？！　一緒にしないで！』
　ウォウウォウと揉め始めたキジ子とノラネ子の間に割って入ったのは十六夜・刃鉄（一匹竜・e33149）。
「ほらあんたたち、騒いでないで行くわよ！　敵ブッ倒すわよ！」
　服装はいつもの着流し、頭には妹のところから拝借してきたリボンを雑に結んで雑な感じにおねぇに寄せる作戦であったのだが。刃鉄の肩を、ミケ子とサバ子が左右からポンと叩いて囁く。
『ボクはもうちょっと……オシャレ勉強しましょ？』
『ブスは罪じゃないのよ？　でも自分磨きはしなきゃ、ね……』
「くッ！　何だこの、初めて味わう屈辱感……！」
「いやまあ、そんなに気にしなくていいんじゃないか？」
　握った拳を震わせて俯く刃鉄を、郁がそっと慰めた。ギャハハと喜ぶ真理華道たち。
『ごめんてぇ。そんなに落ち込まないでよぉホラ結び直したげるぅ』
　どうやら会話を通して油断を誘えたようである。避難誘導をひと通り終え、後を泰地に託して玲斗とロベリアもその輪に加わる。あらヤダ女もいるのぉ？　と言いつつ共同戦線を張るとなると、真理華道はなかなかフレンドリーである。
『アタシ達だって別に一般市民に迷惑かけたいわけじゃないのよぉ。命令遂行しないとお給料でないしぃ』
「……」
　油断はしない、だが玲斗はつい情に流されそうになる。会話の通じる相手なら、戦う以外の道が探れるのではないかと考えてもしまうのだ。この甘さがいつか命取りになるという自覚もあるが、情は心から溢れるもの故になくなりはしない。
　そこへ一拍遅れてレカが加わり、にこやかにミケ子、キジ子、サバ子、ノラネ子それぞれに挨拶をする。
「この事態に片を付けるためならば、微力ながら私達もお力添えを」
　ニヤニヤ笑いながらノラネ子がレカをからかう。
『お力添え、ですってよ』
『あらアタシは好きよこういう、ちょっと古風な品のよさっていうの？』
「レカさん、こちらにはもうどなたもいらっしゃいません。お願いします」
「わかりました！」
　最後に周辺状況を確認し終えた桜の呼びかけに応じ、一般人を近付かせないように殺界を展開すべく駆け出したレカが、くるりと真理華道の４人の方へ振り向いて微笑んで見せた。
「素敵なお姉様方とご一緒できて嬉しいです」
『い、いいから、早く戦闘配置につくことねっ』

●VS月華衆
　作戦は上手くいったが、正直ケルベロスたちは皆少し胸中複雑さが否めなかった。何せ、即裏切ることになる相手との共闘なのだから。
　この憤りは戦いにぶつける、とばかりに刃鉄が跳んだ。月華衆の布陣は明らかに前に出気味の攻撃手一人を、左右から盾役が守るというもの。だが刃鉄が最初に狙ったのは、その後ろに控えていた妨害役である。
「まずはてめぇからだ！」
　その意図に気づいた郁が攻撃目標を合わせて砲を構えた。飛び込んだ刃鉄が蹴りの脚を引いたと同時、声をあげる。
「桜、先に撃つ！」
「合わせます」
　轟音の砲撃がまともに敵に命中し、更に桜が渾身の蹴りで敵を穿った。郁の性格をよくわかっている桜は、戦いが長引くほどに彼が自分を守ろうと動くこともわかっていた。この人の為にも、早期の決着を。その思いが桜の技に力を与える。
『おのれケルベロスの援軍、だと……?!　いつの間に』
「何を驚くことがあるのです！　貴様らが的となる理由、思い出しなさい！」
　ロベリアが殊更声高に、敵意を露わにそう叫び、翼で高く舞い上がった。
「貫け！」
　構えた槍と共に思い切り急降下したロベリアの一撃は見事に命中。月華衆への憎悪をアピールすることで真理華道の信用を買う作戦だったが。
『あのオトコ、もしかしてアンタ……、わかったわ！』
『女の敵はおねぇの敵よっ、覚悟！』
「……」
　どうも何か誤解されたらしい、と思いつつまあいいかと黙っておくロベリア。
「なかなかよく考えられた陣形だが、甘いな……」
　ウルトレスがベースの弦を弾き低いサウンドを紡ぎつつやはり敵陣形を見極め、回復役のひとりに目をつけた。次に狙うのはあいつだ、と。まずは味方の戦意向上をと、超絶テクニックによるデスラッシュ・サウンドが戦場を貫いた！
「サイレンナイッ……フィーバァァァァッ――！！！」
　一方、ケルベロス側の回復手は玲斗とエト。
「カウリスマキ、久しぶりね。戦艦竜以来かしら。よろしくお願いするわね」
　同じ回復役として、未だに戦場では身を固くするエトに玲斗が微笑して声をかけた。その柔らかい声音に安心したのか、エトが短く息を吐く。それを横目に、玲斗が手始めにと愛刀光陰逝水を低く構えて斬りつけた。
『クッ、おのれ……！』
『お杏様にご報告申し上げねば……』
『ヲホホホ！　そんな風なテンプレな反応しか出来ないから、アンタたちには援軍が現れないのよっっあの世へお行き！』
『ひっさぁーつ！　ラブ手裏剣！』
『からのぉ～、おねぇスコーールッ』
　動揺する月華衆に対し、ミケ子たちがオラァと容赦なく襲い掛かった。舞い跳ぶおねぇたちの攻撃に、そっと郁が呟いた。
「……あのコンボは、正直貰いたくないな……」
「身動き出来ないようにしてやりますから、安心して下さい……」
　ウルトレスが使命感というか義務感に燃えてベースを一層激しく弾きだす。
　攻撃を集められた阻害役の１体は早くも虫の息である。仲間を守ろうと分身した別の１体がカバーに入るが、ケルベロスたちの猛攻は止まらない。
「あなたたちは大人しくしていて下さい……！」
　レカが黒い太陽を見つめ、その光を月華衆たちに向けて放った。一瞬全員が怯んだところへ、ヴァーツラフが弱っていた阻害役にとどめのボディブローを叩き込んだ。
『が……ハッ』
「まずは一匹。さぁ、ザクザクいこうじゃねぇか」
　ニヤリと口端をつりあげるヴァーツラフ。手数に加え、月華衆の技は個人を狙う。真理華道たちの頭数の分だけケルベロスたちの傷は浅いまま、次々に倒れていく。
『おのれ真理華道……いずれ忍びの末路は同じぞ！』
『だぁりなさい！』
　最期の力を振り絞って月華衆が伸ばした手の先から放たれた氷の結晶は、飛び込んだミケ子が体で受け止めた。レカがとどめの矢をしっかりと狙って放ち、月華衆の撃破は完了した。
　その瞬間、空気が変わったという事を場にいた全員が感じていた。

●戦場で出遭うということ
「さて……次は貴方達の番です」
『結局、そういうことになるのね……』
　案外冷静な声が返ったのは意外だったものの、ロベリアの方も揺るがない。
「不道とは思いますがデウスエクスを生かして帰す訳にはいきません」
『所詮ケルベロスだものね、アンタたち』
「私、あなた方とはこのような形では出会いたくありませんでした……」
　レカの言葉を振り払うように、サバ子が一喝した。
『そんな甘い考えで忍軍が務まるとお思いッ？！　やるからには殺し合いよ！』
　どうやらケルベロスたちの、特に女性陣が若干の情を湧かせてしまったのと同じような心の動きを、真理華道たちもまたしていたようなのだ。
「……本当に皆、人間くさくて困ったものよね」
　ほんの少し眉を下げて玲斗が笑う。心や気持ちが揺れるのは自分だけではないのだという安心感。
　だからと言って手加減は出来ない、というところまで含めてよく似た思いを抱いて、戦闘態勢に入る！
『敏感肌のミケ子！』
『花粉症のキジ子！』
『奥二重のサバ子！』
『腰痛のノラネ子！』
『真理華道、見参！』
　ババッ！　とそれぞれの決めポーズを取り、声を揃えて叫んだところについ郁が思ったままを口にしてしまう。
「腰痛なら無理しないで帰った方がいいんじゃないか？」
『キーッ！　今更優しさで誑かそうったって、そうはいかないわ！』
「郁お兄さまは確かにお優しいですけれども、誑かすだなんて……」
「ただの真っ当なツッコミだろーがよ」
　桜が戸惑い気味にそう言い、ヴァーツラフはにべもない。が、そういう冷たいオトコが燃えるの……とキジ子がこっそり思っていたなどと……。
「差別はしない。男だろうがおねぇだろうがデウスエクスは等しく敵だ」
　低いサウンドを響かせ、ウルトレスが強い視線を真理華道に向けた。
「そういうこった」
　刃鉄の声に、ミケ子が一度目を伏せた。
『アンタのそのリボン、偽りの証ね……毟り取ってあげるわぁ！』
「……いくぜ！」
　戦闘の手順は先と同じく、まず敵の足を止めにかかるケルベロスたち。
「思った通りだな、前に３人」
　キジ子とサバ子が二門砲塔となり、それをミケ子が守る。遠距離からノラネ子が仕留めにかかるという攻撃的な布陣である。先のコンボを防いでみせる、とウルトレスがミサイルポッドを開いた。
　情報を共有しつつ、刃鉄が狙うのはキジ子。毒が仕込まれた手裏剣は厄介だ、と思いつつ敵の消耗具合をそれとなく探りつつ強烈なスネ蹴りを食らわせる。
　ロベリアが攻撃を見切らせまいとパターンを変え、太陽の騎士団改修型アームドフォートから凍結弾を次々と放った。キジ子に狙いを定めて次々ケルベロスたちの攻撃が襲い掛かるが、ミケ子が間に割り込みそれを守る。
『効かないっつうのよぉ～！　これでも食らいなさいッ！』
　キジ子、サバ子のふたりが同時に手裏剣を投げた！　螺旋を描いてそれはウルトレスを挟むように飛んだが、一方をロベリアが手刀で叩き落し、ウルトレス自身も身を捩り掠り傷を得たのみだ。玲斗が即座に手術を行い、その血を止める。
『アタシたちのモノにならないなら、内臓ブチまけるといいわァ。気持ちよーく死なせたげるぁ！』
「だいぶ本性剥き出しんなってきたじゃねえかよ。やり易いぜ」
　リボルバーを両手に構えた途端、ヴァーツラフの表情は喧嘩師のそれになる。長い腕を絡ませるような、舞踏にも似た所作だが弾丸は容赦なくおねぇたちに襲い掛かる。
「今日は特別、弾丸の増量サービスだ。死ぬまで味わえ」
　ウルトレスが奏でる死出のメロディに合わせてナパームミサイルが炎を上げて敵へ飛ぶ。
『うぐぉおっ……！』
　先の戦闘からのダメージを溜めていたミケ子が炎に包まれて倒れ、激昂したキジ子の胸に、レカの矢が深々と突き刺さった。
「ここまでです」
『な、んですってぇ……！』
　ヨロヨロと身を支えるキジ子にとどめを差したのはヴァーツラフの、懐に飛び込んでの徹甲弾発射。
「あばよ。来世で会ったら一杯くらい奢ってやってもいいぜ」
　青褪めるサバ子に、あまりにも静かにその剣は振り下ろされた。
「心を無に、心を凪に――」
　サバ子の絶命と同時、臥した竜の如き構えの刃鉄の頭髪から、風の仕業かリボンが解けた。
　そして最後のひとりノラネ子の首に巨大な怨霊の爪がかかり。
「ゆめ忘るるな、八百万の憾みぞある……」
　ぽとり。
　桜が静かに見据える中、その首はもはや恨み言を言うことはなくなったのだった。

●螺旋の行方
「悪ぃ琥珀、買って返すからよ……」
　独り言のように、リボンの本来の持ち主である妹への詫びを口にし、おねぇ忍軍たちへの手向けの気分で裂けたリボンの切れ端が風に飛ばされるのを見送る刃鉄。
「……月華衆に真理華道……これで終りではない、ですね」
　ロベリアが戦場を見て呟き、周辺に危険がないか見て回る。レカと玲斗、泰地とエトも手伝って壊れた箇所のヒールに当たりながら、ぽつぽつと会話する。
「……正しいことを、しましたよね」
「したわ。でも、心って何故か揺れるのよね」
「何故なんでしょうね」
　正しさがいつも心安さに繋がるとは限らない。それでも、これからも人々を守る為に戦い抜くことをそっと胸に誓う玲斗とレカ。
　桜と郁は怪我人がいないかどうかを、周辺のひとりひとりに訊ねて回った。
「郁お兄さま、私」
「ん？」
「私は……大切な人を守るためなら、いくらでも強くなってみせます」
　戦いを終えての思いを口にした桜に、慈しむような笑顔を向ける郁。
「うん。でも桜はもう十分強いと俺は思うよ」
　コンコース内の喫煙所を発見し、ウルトレスとヴァーツラフは一服である。
「ヴァロージャ・コンツェヴィッチ……心当たりはねぇが……」
　おねぇたちの首領である名を口にしつつ、ヴァーツラフが紫煙を吐いた。頷くウルトレス。
「今後の動きが……気になるところですね」
　螺旋忍軍たちそれぞれの思惑、そして動き出した事態は否応なくケルベロスたちを巻き込んでいく。とりあえず、大泉学園前での忍軍大戦はケルベロスの活躍によって無事終結、束の間の平和を取り戻したのだった。

作者：林雪	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年5月24日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 5
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