せめぎ合う螺旋の刃

作者:深淵どっと


 都内某所。オフィスビルの一角であろうか、会議室らしき部屋に数人、スーツ姿の男たちが集まっていた。
 陽の光はブラインドで遮られ、それはまるで日常と異端の存在を分け隔てる壁のようであった。
「ご苦労諸君、私は代表取締役社長、鈴木・鈴之助である」
 降ろされたスクリーンを照らすプロジェクターの光を横切り、質の良いスーツを着こなす初老の男性が口を開く。
「我々『羅泉』は、主星より落ちぶれたある螺旋帝の一族が東京都内に潜伏しているという情報を得た。諸君らには品川区にて、この一族の捜索に当たってもらいたい」
 スクリーンに映し出された資料を前に、鈴之助の言葉を聞く者たちは手帳にその内容をキビキビと写し取っていく。
 傍から見れば、それは比較的ありふれた会議の光景。しかし、その実態は……。
「以上、解散。エリート社員である諸君らの働きに期待している」

 一方、件の品川区。オフィスビルの立ち並ぶビジネス街、その隙間、薄暗い路地裏には闇に潜むようにして、白い影が蠢いていた。
「どうやら、この品川にも何者かの手の者が動き出しているようですね」
 その集団の頭目と思しき青年は、狭い空を見上げながら、配下の者たちに指令を出す。
「今こそ、白影衆の力を見せる時ですね。必ずや、やつらを見つけ出し、狩るのです」
「御意――螺旋忍軍滅ぶべし」
 青年の言葉に、白装束の集団はまるで幻だったかのように、一瞬で闇の中へと溶け込み、消えて行く。
 気付けば青年も姿を消し、残るのはまだ平和な通りの喧騒だけになるのだった……。


「知っている者もいるかと思うが、螺旋忍軍同士による同士討ちが東京都内各地で勃発している。キミたちには、品川区で発生が予知されている戦いに介入をお願いしたい」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちを見渡し、フレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)は状況の説明を続ける。
「問題は戦闘の余波により、街とそこに住む人々に被害が及ぶことだ。これを見逃すわけにはいかない……そこで、今回は2通りの作戦を提案しておこう」
 1つは早期に戦闘に介入し、対峙する螺旋忍軍の内の片方を集中的に撃破。もう片方も続いて撃破する方法。
 こちらで重要なのは、同時に両方の螺旋忍軍を相手にしないようにする事だ。
 戦力比や螺旋忍軍の特徴を使い、敵がこちらを利用して片方の螺旋忍軍を集中的に潰すよう立ち回ると良いだろう。
「下手に共闘を提案するなどの不自然な動きは、逆にこちらの意図を読まれる危険がある。そうなれば、螺旋忍軍はまずキミたちを潰そうと共謀する筈だ」
 この作戦の利点は、何より早期に介入するため市民への被害が少ない事だろう。
 対して、2つ目の作戦は螺旋忍軍同士が戦い合って疲弊したところに介入する方法。
「こちらは螺旋忍軍が戦っている間、キミたちには一般人の避難をしてもらう事になるな」
 だが、デウスエクス同士の戦いの中、避難にも限界がある。
 いかに効率良く避難活動をできるかが問題だ。現場の指揮や避難方法、工夫する事は多いが、上手く避難ができればそれだけ敵の戦いを長引かせる事もできる。
 この方法での介入は両陣営が同時にケルベロスに向かってくる事になるが、戦いが長引けばそれだけ敵も疲弊した状態で相手をできる筈だ。
「敵は『羅泉』と呼ばれる大企業グループに扮した螺旋忍軍と、『白影衆』と呼ばれる螺旋忍軍を滅ぼす事を目的としている螺旋忍軍だ」
 『羅泉』の忍者は一見普通の平社員のようだが、その実態は統率の取れた平忍者である。
 一方の『白影衆』は白装束に身を包んだ、比較的スタンダードな忍者集団となっている。
「予知によると『羅泉』は6体、『白影衆』は4体の忍びを送り込んでくるらしい。この戦力差も作戦に少なからず影響してくると思われる」
 正面からぶつかり合えば、数の劣る『白影衆』が敗北する可能性が高いだろう。
「何を目的に争っているのか知らないが、傍迷惑な話だ。遣わされている下っ端からでは情報を得ることもできないだろう、喧嘩両成敗……ではないが、余計な被害が増える前に静めてやってくれ、頼んだぞ」


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
高辻・玲(狂咲・e13363)
ルルド・コルホル(揺曳・e20511)
八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)
フェニックス・ホーク(炎の戦乙女・e28191)
八尋・豊水(狭間に忍ぶ者・e28305)
西城・静馬(創象者・e31364)
ユエ・シュエファ(月雪花・e34170)

■リプレイ


「業務を開始する――」
「螺旋忍軍滅ぶべし――」
 全てが打ち合わされていたかのように、戦乱は唐突に始まった。
 多くの人々が行き交う中、『白影衆』と『羅泉』の忍びはお互いを認識すると同時に攻撃を繰り出していた。
 不幸中の幸いと言えるのは、それぞれの標的が一般人ではなく同士討ちである事。戦いの余波こそあるものの、人々は何とか戦乱の渦中を離れていく。
「奴ら、始めたみたいよ。私も手筈通り動くから、適宜情報をお願いね」
 螺旋忍軍の行動開始と共に、八尋・豊水(狭間に忍ぶ者・e28305)は戦線の手前にて殺気を展開していく。
「了解、まずは避難の流れを作ろう。引き続き警戒を頼むよ」
 今はとにかく、一般人をこの区域に近づけないようにするのが先決だ。そして、高辻・玲(狂咲・e13363)とフェニックス・ホーク(炎の戦乙女・e28191)は、逃げる人々の様子を空から随時確認し、仲間たちに伝えていく。
「あ! そっちは危ないんだよー、あっちあっち!」
 街中に伝染していく騒乱に、逃げる方向を見失う人々。
 危うく戦場の方へ向かいそうな人を見つけては、フェニックスは上空より大きな矢印看板で避難先を促していく。
「余裕のある者は怪我人や女性、子供に手を貸してやるのだ! 命は我々ケルベロスが必ず守る!」
 戦線を抜けた者を鼓舞するレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)の声に、少しずつ落ち着きを取り戻した一般人は言われたようにお互いを助け合い、安全圏へと足を進めていく。
 刃を交えるのはケルベロスの役目だ。だが、力無き一般人であっても、ただ助けを請うばかりではないのだ。暴虐から逃げ延び、生き残る事も一つの戦いだ。
「良い調子だな。この辺りはもう警察に任せて大丈夫だろ」
「うむ、では封鎖が完了次第、次へ向かおう」
 戦闘区域から先の避難に関しては、既に警察の準備が整っていた。ルルド・コルホル(揺曳・e20511)の言葉通り、後は彼らに任せて問題ないだろう。
 事前に警察との打ち合わせを済ませておいた甲斐があったと言える。お陰でケルベロスは最小限の範囲で最大限の活動が可能だ。
 そんな中、通信機を介して西城・静馬(創象者・e31364)からの状況報告が飛んでくる。
「想定通り白影衆の劣勢のようですね。避難を継続しつつ、戦闘介入の準備も念頭に入れておいてください」
「最前線に逃げ遅れた人は見当たりませんね、そちらはどうです?」
 大規模の避難を概ね終えた八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)は、ユエ・シュエファ(月雪花・e34170)からの連絡を受けて周囲を見渡す。
「まだ少し逃げている人が残ってますが、そう時間はかからないかと思います。上空からはどうでしょうか?」
 連絡を引き継ぎ、玲は今一度上空より街を見下ろす。
 やや離れた場所ではフェニックスが両手で大きな丸を描いていた。こちらからも、危険な範囲に人影は見えないようだ。
 そして、同時に戦場では白影衆の1人がまた力尽き、瓦礫の中に倒れ伏すところであった。
「そうだね、みんなそろそろ位置に着こう。行くなら、今が良いと思うよ」


 戦況は単純に数的不利にあった白影衆が劣勢で、ケルベロスが避難を粗方終えた時点で既に残り1人まで追い詰められていた。
 そのまま行けば、数分と保たずその1人も羅泉の忍びにやられていただろう。
「螺旋忍軍、滅ぶ……べし!」
 だが、白影衆もただではやられない。迫りくる羅泉の忍びを掻い潜り、放たれた手裏剣はその1人の眉間に吸い込まれるように突き刺さる。
 それが最後の抵抗。残る4人のエリート社員が各々の獲物を白影衆最後の1人に向ける――が。
「失礼、邪魔するよ」
 閃く剣閃。紫電を軌跡に残した刃が、羅泉よりも疾く白影を狩る。
「……予定を変更する。ここからは残業だ」
 突如現れた乱入者――玲にエリート社員たちは狙いを切り替えた。
 目標が全滅したとは言え、目の前に現れたのがケルベロスともなればすぐに撤収とはいかない。
「おっと、そうはさせねぇぜ?」
 空を裂き、弧を描きながら迫るのは手裏剣……では無く、名刺。だが、羅泉特性のそれは刃にも勝る凶器である。
 その弾幕を、飛び出したルルドと霊犬グラッグが遮った。
「これ以上暴れられても迷惑です、手短に行きましょう」
「では私が切り込みます、続いてください」
 2人に続き、ケルベロスたちは一斉にエリート社員へ攻撃をしかける。
 先行は鎮紅、そして彼女に襲いかかる白刃をユエが抑える。
「そこです!」
 紙一重で最後の一撃を避け、鎮紅は手にした刃を振るう。
 黒翼の羽ばたきの如き一閃は、静かに、だが的確に敵の腕と脚を切り裂いていった。
「――螺旋に惑いし世界の影よ……遍く光に平伏せ!」
 致命傷には至らなかったが、その斬撃の痛みはほんの一瞬の隙を生み出す。
 そして、その一瞬は静馬が拳打をねじ込むには十分な間であった。
 立ち竦むエリート社員が最後に聞いたのは、咆哮にも似た機械の駆動音。視界に捉えたのは、眩く輝く白亜の拳。
 次の瞬間には、あらゆる方向より繰り出される乱打に全身を砕かれ、抵抗の間も無く地に沈むのだった。
「羅泉の者もかなり消耗しているようだな。だが、油断はしてはならぬぞ!」
 実質白影衆を全滅に追いやった羅泉だが、それだけに最早ケルベロスとの連戦に耐えうるだけの余力はないように見える。
 しかし、それでも相手も戦闘のプロフェッショナル。交える刃に鈍りは見えない。
「もっちろん! 怪我はボクにお任せなんだよ!」
 一撃一撃を正確に繰り出してくるエリート社員の剣技は、レーグルの言うように油断すれは一太刀で致命傷にもなるだろう。
 そうならないためにも、フェニックスはウイングキャットのまろーだー先輩と手分けして仲間たちの回復に尽くす。
 この分ならば、この戦いもそうかからずに終わらせる事ができるだろう。
「あなたで2人目……残り、2人ね」
 静かに、だが滲み出る殺意を手の平に込め、豊水は敵の胸元にその拳を当てる。
 練り上げられた螺旋の力は内部で弾け、エリート社員はそのまま崩れ落ちるのであった。


「この後も街へのヒールが残ってるんだ、悪いけどそろそろご退場願おうか」
 降り注ぐ剣の雨。玲の攻撃にエリート社員たちは動きを遮られる。
 だが、その刃に身を晒しながらも反撃の手は緩まない。
 元より撤退の意志が無いのか、状況から鑑みて逃げ切れないと判断したのか、いずれにせよ玉砕覚悟の敵は厄介極まりない。
「っ……いい加減、往生際が悪ぃんだよ!」
 襲いかかる2人のエリート社員。その突き出された白刃をルルドが受け止め、同時に重たいボディブローを叩きつけた。
 手甲に仕込まれた刃は敵の腹部の奥まで突き刺さり、血に刻まれた魂を喰らう。そして、その命までも奪い尽くす。
「後1人……!」
 即座にルルドから離れた最後の1人を、静馬が間髪入れずに追い込んでいく。
 その間にフェニックスがすぐにルルドの元へと駆け付けた。
「大丈夫? すぐに怪我直しちゃうね!」
「悪い、助か――熱ぃっ!?」
 不死鳥の炎は再生の炎……と言うのはあくまでも伝承の話だが、熱いなりに効果はあったようだ。
 そうしている間にも、戦いは終幕へ加速していく。
「このまま路地に追い込みます」
「了解です。何とか隙を作りますので、レーグルさんはとどめはお願いします」
「心得た!」
 静馬の攻撃に合わせて、コンクリートを穿ちながら幾本もの木の根が敵に襲いかかる。
 それは呼び出したユエの意志とは関係無く、本能的とも言える猛攻から逃れるためにエリート社員は狭い路地へと飛び込んだ。
「狙い通り、ですね」
 根から逃れた直後、今度は鎮紅が建物沿いに頭上から仕掛ける。
 絶え間なく斬りかかる深紅の刃は、より暗く美しい紅輝を散らせながら、徐々にだが敵の戦意を切り刻んでいくようだ。
 弾ける甲高い金属音。度重なる攻防にエリート社員の刃は半ばから折れ、その瞬間に今一度間合いを取ろうとする、が。
「逃さないわよ」
 瞬間、ビハインドの李々による念力によって瓦礫の礫がエリート社員の足元を撃ち抜いた。
 同時に死角から滲み出るように、豊水の刃が追い打ちをかける。
「聞きたいこともあったけど、そんな暇も無さそうね……今よ」
「ああ、これで終わりだ!」
 豊水と同じく、反対側の路地から挟撃をかけたレーグルの拳に、地獄の炎が燃え盛る。
 折れた刃では逃げる事も守る事もままならず、苦し紛れの反撃を繰り出すも、レーグルには届きすらしない。
 そして、業火を纏った渾身の一撃は、地面ごと最後の1人を打ち砕くのだった。


「何ていうか、品川って妙に破壊されるイメージあるよな。ほら、映画でもあっただろ」
 警察とも協力体制等、効率良く避難を行えた甲斐もあって、被害は最小限に抑えられたようだ。
 しかし、それでも強大な力を持つデウスエクス同士の集団戦のせいでルルドの言うように街の損害は少なくはない。
「まずは建物と、怪我をした者の治療をせねばなるまいな」
「手分けして当たりましょう。僕は街の修復を行います」
 戦闘による被害は少ないものの、避難の過程で怪我をした人もいるだろう。
 デウスエクスの襲撃に怯える人々に、その脅威が去った事も伝えなくてはならない。
「では、私も負傷者の確認に回ります」
「ボクは建物のヒールかな、高い所はお任せだよ!」
 手短に話し合い、レーグルと鎮紅を中心に一般人への対応を、ユエとフェニックスが中心になって建物へのヒールへ向かう。
「早いところ片を付けないとね」
 破壊された建物を見上げ、玲は呟く。
 未だ、螺旋忍軍には謎が多い。
 玲の言うように、早く各地で起こっている螺旋忍軍同士の戦いを収めなければ被害は広がる一方だろう。
「螺旋忍軍の目的……果たして、どのような価値があるのでしょうね」
「さぁ、どうかしらね? でも……」
 足元に転がる、毀れた刃を見下ろす静馬の言葉に豊水は紡ぎかけた言葉を飲み込み、李々を一瞥する。
 秘めた想いは、辿り着いたその時まで、胸の奥に。
 いずれにしても、今は地道に情報を探るしかないだろう。遠回りだが、それが平穏を守るための近道だと信じて。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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