細工飴は硝子屋敷のように

作者:遠藤にんし


「あなた達に使命を与えます」
 ミス・バタフライは、告げる。
「この町に住む飴細工職人と接触し、仕事内容を確認・可能ならば習得しなさい。その後、職人を殺害するのです」
 命じられ、二体の螺旋忍軍は頷く。
「承知いたしました、ミス・バタフライ」
「いずれこの事件も、地球の支配権を大きく揺るがすことになるのでしょう」
 螺旋の仮面をかぶる二名は白を基調としたマジシャン衣装。
 淡い色彩は、使命を受けて町へと姿を消した。


「螺旋忍軍は、大きな動きを見せているところだね」
 この件は大きな事件ではないが、だからといって放っておくことはできないと高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)。
 ブラン・バニ(トリストラム・e33797)もそれには同感。繊細な飴細工の妙技を潰えさせないためにも、この目論見は阻止したいところだ。
「飴細工職人は、小さな町の外れに住宅と店舗を兼ねた建物を持っている」
 戦闘において、周辺の住民を巻き込む可能性は低いだろう、と冴。
「ただし、職人である老人は別だ」
 彼を事前に避難させてしまうと、螺旋忍軍の狙う対象が逸れ、守ることは出来なくなってしまうだろう。
 しかし、事件発生の三日程度前に店主に接触・技術をある程度受け継ぐことで、螺旋忍軍の狙いをケルベロスたちに移すことが可能だ。
「ほんの数日で見習い程度の技術を身に着ける必要があるから、かなり努力はしなければいけないだろうね」
 今回出現する螺旋忍軍は二体――お揃いのマジシャン衣装を着た、青年のコンビだ。
「二人とも白っぽい服を着ていて、双子のような感じだ。攻撃一辺倒の戦闘スタイルも、まったく同じだね」
 彼らの目的は飴細工の技術の確認・習得と、職人の殺害。
 もしもケルベロスたちが職人になりすませば、螺旋忍軍らはケルベロスへと教えを乞うことだろう。
「そうすれば、先制攻撃が仕掛けやすくなったり、戦いに有利なことが起こりそうだね」
 美しい飴細工の技術を間近に出来るのは、とても良い機会だろう。
「なかなかない機会だと思うから、ぜひ修行を受けてみてほしい」


参加者
ミケ・ドール(深灰を照らす月の華・e00283)
ハンナ・リヒテンベルク(聖寵のカタリナ・e00447)
相良・鳴海(アンダードッグ・e00465)
翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)
久遠寺・眞白(豪腕戦鬼・e13208)
アオ・ミッドカイン(空を舞い落ちる星・e24484)
ドゥーグン・エイラードッティル(鶏鳴を翔る・e25823)
ブラン・バニ(トリストラム・e33797)

■リプレイ


 飴職人への弟子入りが認められたのは、相良・鳴海(アンダードッグ・e00465)の隣人力のお陰。
「綺麗なもんだなおい、食っちまって良いのかこれ……」
 工房に通され、飴細工を見た鳴海は瞠目する。どうやって作るのか、皆目見当もつかなかった。
「魔法みたい、素晴らしい手際なのよ、ね」
 以前、お祭りで見た職人技を思い起こしてハンナ・リヒテンベルク(聖寵のカタリナ・e00447)はうっとり。
 しばし見惚れた後、いけない、と、修行の準備に取り掛かる。
 ミケ・ドール(深灰を照らす月の華・e00283)は金の眼差しを職人へ向け、語られる言葉のひとつひとつを丁寧に聞き取っていた。
「極めるまで習いたいけど……無理だもんね……。ここでできる限り覚えておうちで作りたいな……」
 甘くて綺麗なカラメッラの細工。
 薔薇が作りたい、とミケは夢想する。
 翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)は、使用する材料の用意に奔走中。
 砂糖、水、着色に使う材料。ハサミや鍋といった道具も綺麗に洗って、水気がないようにきっちり拭いていく。
「わたしもちょっと、やってみたい」
 器用ではないから、囮となれるほどの技術は身に着けられないかもしれない……思いつつ、ロビンはおそるおそる鍋を火にかける。
 久遠寺・眞白(豪腕戦鬼・e13208)も料理の腕に自信はなかったが、その分を努力でカバー。ケルベロスらしい犬の細工飴を目指して、飴を一気に引き延ばす。
 ドゥーグン・エイラードッティル(鶏鳴を翔る・e25823)は情報の妖精さんを使って効率的に情報を吸収。
 得た基本に忠実に作業を始めるドゥーグン――目指すは、お祭りで見たことのある美しい飴細工だ。
「熱々な飴を持っておくのは大変そうだよね」
 工房に飾られていた花をモチーフに飴を伸ばすドゥーグンの手を見て、ブラン・バニ(トリストラム・e33797)はケルベロスたちの手をヒール。
 ケルベロスたちにとって、怪我をするほどの温度でないことは知っていた……でも、なんとなく気持ちが楽になる気がして、ブランは癒しの光を届けた。
 アオ・ミッドカイン(空を舞い落ちる星・e24484)も注意深く細工を施しているのだが、出来栄えはあまり良いものではなかった。
(「集中しなきゃいけないのに……」)
 歯痒く思いながら、アオは何度も挑戦する。
 ――ケルベロスたちの修行の時間は三日間。
 最後の日に、出来上がった細工飴をみんなで見せ合おうと決めて、修行の日々は続いてゆく。


 飴細工は、集中も器用さも必要とされる仕事。
 修行に勤しむ仲間の環境を乱さないことも大切だからと、ブランは手元のヒールや道具の準備に協力した。
「Dass man? ミケさん、もっとキレイな花が作りたいよ……」
 薔薇の花をひとつ仕上げたミケは、なんとなく仕上がりに満足できずに首を傾げる。
「薔薇の形は綺麗なはずなのに……何がいけないんでしょう?」
 ブランも見てみるが、どうやったら綺麗にできるのかがよく分からなかった。
「ドール嬢……花びら、もう少し薄くしてみると……」
 控えめな声はハンナのもの。
 不器用だからと細工を作ることはしないハンナだったが、バランスやデザインを見るのは得意。
 そういった面で手伝いが出来たら、と思い、ミケに声をかけたのだ。
「やってみるね……Mi do da fare」
 飴を薄く延ばすのは神経を使う。ブランはもう一度ミケにヒールをかけて、頑張ってください、と声をかける。
 ――鳴海にとって、飴細工は初めて尽くしのこと。
 穏やかに、静かに集中できる環境もまた新鮮。黙々と作り続け……ひと段落して全体図を見た時、鳴海は思わず声を上げていた。
「師匠、これウサギ作ってたはずなんですけど……なんで俺の手元には河童がいるんですかね……?」
 貫禄ある河童の姿に、頭に巻いたタオルがずり落ちてしまう。
 師匠はアドバイスがてら、ざっくりとしたウサギの形を実演してみせる。
「……すごい、魔法みたいね」
 作っているところをこうして見るのは初めてのロビンは思わず声を漏らし、わたしも魔術師だけれど、と小さく言い添える。
 ロビンはあまり器用ではなく、へんてこな飴もどきしか作ることは出来なかった。
(「ふふ、なんだかたのしかった」)
 それでも、飴に触れていた時間を思い、ロビンは目を細める。
 甘い香りが漂う中で、綺麗な細工が作られていく……その様子は見ていて飽きなかったが、修行する彼らのためにやることは、他にもある。
「戦いやすい場所、さがしておく」
 言い残して、ロビンは工房の周りを歩くことにした。
 師匠のアドバイスを受け、鳴海はもう一回。右手の人さし指からこっそり地獄の炎を出して、鳴海は手早く直していく。
「私も、頑張ろう」
 そんな様子を見て眞白はつぶやき、犬の姿に手直しを加える。
「……酷い出来ね」
 呟きはアオのもの。
 決して不器用なわけではないのに、アオの飴細工は歪。
 集中していないからこんなことになるのだとは分かっている。そして、集中できない理由も――。
(「……まったく」)
 心の乱れを映したかのような出来に、アオは自嘲気味に笑うばかりだった。
 ドゥーグンの視線は机上の花と手元の飴を行ったり来たり。
 想像ではなく見たものを形にしているからこそ、その手つきに迷いはない。
 透き通った飴を作ることや、着色の具合は試さなければうまくはいかないことだったが、諦めずに何度も繰り返すことで、あるがままの美しさを作れるようになってきていた。
「上手くいきましたわ。次は……」
 どこを直せばもっと綺麗になるか。真剣に考えるドゥーグンは、しかし笑みを浮かべていた。
 ――あっという間に夜になっても、鳴海は作業をやめようとはせず。
「俺はまだまだ出来るんで、教えてください」
 インソムニアで睡眠を削ってでもやりたい、という熱意を向ける鳴海。
「……0時までならね」
 職人は言って、その熱意に報いるのだった。


 そしてついに、螺旋忍軍の来訪も目前。
 囮として選ばれたのは、ミケ、鳴海、ドゥーグンの三名だ。
「向こうで、待とう」
 戦いに良い場所はロビンが見つけてくれていた。残りの面々はそちらへ向かい、螺旋忍軍を待つこととした。
 長い時間待たずに、螺旋忍軍は工房へと姿を見せた。
「作ってるところ……見たいの?」
 ミケの問いにうなずく螺旋忍軍。
 鳴海は甚平姿のまま考えるそぶりをして、口を開く。
「材料の用意とかもあるしな。そっから見てもらうか」
「はい。仕事の全てを確認したいのです」
 螺旋忍軍もそう返すので、ドゥーグンは立ち上がる。
「では、ご案内いたしますね」
 あっさりと誘導に成功。彼らは建物を出、五名のケルベロスが待ち構える場所まで誘導されてしまう。
「? こんなところに、材料が――」
 言いかけた彼らへ振り向くドゥーグンは告げる。
「こちらにて、あなた方のお相手をさせていただきます」
 とっさの言葉に、螺旋忍軍は何の反応も出来ない――その隙にと、ドゥーグンは竜牙杖を天高く掲げ。
「地上へ届く神の火は、斯様に赤く燃えますのよ」
 溜め込んだ雷が螺旋忍軍らへと襲いかかった――それを戦闘開始の合図とし、隠れていたケルベロスたちも飛び出した。
 殺気でもって人払いするロビンの手には惨殺ナイフ。
 螺旋忍軍の姿を映して白く光っていた刃は、すぐに彼らの血で紅に濡れた。
 長い黒髪を大きく揺らして後退するロビン。
「高度な技術は、良識に沿って、役立てるべき……よ」
 代わるようにハンナが作りだした弾丸は、そのマリアベールのように可憐な姿だった。
 刻まれ、弾丸を受け、白かったはずの螺旋忍軍の姿は赤く濡れている――ほとんど同じだった敵の姿は、これで差別化が出来た。
「狙うのはそっちね」
 アオはつぶやき、風の精霊へと呼びかける。
「聞いてみる? 大気に満ちる風の音を!」
 色付く風が螺旋忍軍を取り巻き、動きを阻む向かい風となる。
 ミケの作る紙兵はその風を受けて柔らかく動き回り、味方の護りとなった。
 鳴海の指先からは炎が生まれ、それらは弾丸の形を成して螺旋忍軍へと一直線に飛んでいく。
 飛び交う火炎の後に続き、眞白は全身で螺旋忍軍へと立ち向かう。
 回転しながらの一撃は重く、シャーマンゴーストのノワさんは月の杖を掲げて炎を作って後に続いた。
 ブランの両手にはそれぞれゾディアックソード。宿る重力に大気は震え、煌びやかな星座の彩りが辺りに満ちた。
「飴細工みたいに綺麗でしょう?」
 透き通る壮麗さの中、ブランは自慢げに問うのだった。


 戸惑いから一方的に攻撃を受けた螺旋忍軍も、負けじと手裏剣を投げ、対抗する。
 それでもケルベロスたちは油断なくヒールし、果敢に攻撃を繰り返し、螺旋忍軍を追い詰めていった。
「甘いものの敵はミケさんが成敗する……Addio」
 集中攻撃を受けている螺旋忍軍へとつぶやき、ミケは唱える。
「さぁ、目を閉じて、信じ給え。祈り給え。そして厳正なる裁きを受け入れ給え」
 輝きは眩く、螺旋忍軍はそれに耐えられない。
 下る神罰の前に螺旋忍軍は掻き消え、眞白は油断なくもう一体へと視線を配る。
「喰らえ、そしてその身に刻み込め」
 鬼神が降りたかのように、眞白の身には力が宿り。
「これが……鬼の一撃だ!」
 即座に距離を詰め、至近から眞白は拳を叩きこんだ。
 拳を受け、よろめきながらも螺旋忍軍は凍てつく手裏剣を投擲する。
「させないよ」
 ブランは氷の螺旋を受け止めると、ノワさんと共に癒しの力を生み出す。
「汝、幻想域の使者 癒しを運ぶ使者」
 光は白鳥のように、囀りには癒しの力を込めて。
 ノワさんの祈りと共に、治癒が届けられた――活力を得て、アオは声を張り上げる。
「来てっ!」
 声によって生み出された光線は螺旋忍軍へと向かい、その身を貫いた。
 光線に撃たれ、倒れる螺旋忍軍。
 立ち上がろうとする動きを阻んだのは、纏わりつく純白の鎖だった。
「法を足枷だと騒ぐのは、決まって悪党だった」
 鳴海の声と共に、鎖はどす黒く淀んでいく……螺旋忍軍の魂を捕えた鎖は、内面から螺旋忍軍を削っていった。
「ミス・バタフライの思惑通りに運ばせはいたしません」
 ドゥーグンの言葉と共に地を舐める炎は華のよう。
 炎に包まれた螺旋忍軍は逃れようともがき、炎が消えた瞬間、すぐにでも反撃に打って出ようとした。
 だが、それはロビンが許さない。
 優しく引き留めるのは白き腕。囁く声は、温度を奪う。
「くちづけするわ、あなたに」
 毒を孕む接吻――全身に回る毒に螺旋忍軍は動きを止め、ハンナは告げる。
「……あなた、すこし、下がっていて」
 そして、歌を唇に乗せる。
「此処は幻想 卿は泡沫 桜の歌舞は斯くも美しく……」
 海底、桜の樹――喚起されたイメージは、見惚れてしまうほどのもので。
「刹那の時よ全てを忘れ 儚き夢へ 倶に抱かれましょう」
 瞼を閉じれば、もう二度とは戻って来れなかった。

 戦いはケルベロスたちの勝利に終わった。
 店内を壊すことも、職人に怪我を負わせることもなかった……無事に終わったことに、ハンナは安堵の吐息を漏らし。
「これで、たくさん、堪能できるかしら……」
 螺旋忍軍の魂の安寧をも願い、ハンナは祈りを捧げるのだった。
 任務達成のための修行はもうこれで終わり。これ以上はやる必要などない――それは承知の上で、鳴海は職人へと願い出る。
「師匠、まだ俺ここで勉強しても良いですか?」
「ああ。また来てくれるなら、いつでも教えるよ」
 職人にそう言ってもらい、鳴海の修行はもうちょっとだけ続くかもしれない。
「カラメッラ、甘くて美味しい……すてき」
 甘い香りが恋しく、工房に戻ってきたミケは失敗してしまった飴細工を口に運ぶ。
 口の中で溶ける甘味は、戦いの後の体に染みわたるようだった。
「おいしくて、きれいで、わたしだいすき」
 作ってみて、もっと大好きになったみたい――ロビンは言い、数日間の思い出を反芻する。
 眞白とアオも周辺のヒールを終えて工房へ戻り、漂う残り香と共に思い出を語らっていた。
「折角だからお土産はみんなの手作りにしようかな」
「まあ……素敵な考えですわ」
 ブランの言葉にドゥーグンは微笑み、仕上がった飴細工たちを満足げに見つめる。
 甘く楽しいひと時を終え、ケルベロスたちは仲間の元へと帰っていくのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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