忍道作興

作者:蘇我真

 指令を下すのは、見目麗しい女性であった。
 赤いチャイナ服のようないでたちだが、布は二の腕と胸しか覆っていない。大きく開かれた胸元には金の鈴がついていた。
「モブの美咲忍者のみんな、集まったかなー?」
 そして、クールな外見とはそぐわない軽さで、配下を呼ぶ。
「はっ! 全員集合しております!」
 モブと呼ばれた配下のくのいちたちは、なるほど没個性的な集団だった。揃いの白チャイナ服――露出度も普通だ――を着ており、顔の下半分は黒のマスクで隠している。
「じゃあ今回の指令を発表するよー。螺旋帝の王族を見つけて保護すること!」
「ら、螺旋帝……ですか?」
「うん。スパイラスのクーデターで地球に逃げてきてみたい。東京23区のどっかにいるみたいなんだけど……保護できたら忍軍的にも出世街道まっしぐらでしょ?」
 名を上げる大チャンスなのは間違いない、くのいちたちはうんうんと力強く頷き合う。
「あなたたちには世田谷区を調べてもらいたいの。お願いね」
「はっ、承知いたしました!」
「あ、そうそう」
 早速出動しようとするくのいち連中を、赤チャイナ服の女は呼び止めた。そして思い出したように軽く告げるのだった。
「他の忍軍に出会ったら、ちゃちゃっと殺しといてねー」

 指令を出すのはうら若き少女だった。
 長い金髪を黒いリボンで二つに留め、ツインテールにしている。
「みんな、お待たせぇ。お仕事の時間だよぉ」
「「「おおお~!」」」
 甘ったるいロリボイスに、河ちゃん命と刺繍されたハッピを身にまとった男たちが気炎を上げる。
「螺旋帝の一族って人が都内に隠れてるんだって。とっても偉い人だから、助けて恩を売りたいんだけどぉ……みんなは世田谷区を探してくれるかなぁ?」
「いいよーっ!」「世界一かわいいよ!」「萌え~!」
 野太く答え、盛り上がる男たち。
「わぁい、頼りになるなぁ♪ もし他の忍軍のやつを見かけたら、ブッ殺してねぇ? トップを取るのは、私たち銀山衆なんだから、ねっ!」
 ウインクするツインテ少女に盛り上がる男たち。
 今、世田谷区で2つの勢力がぶつかろうとしていた。


「螺旋忍軍同士が衝突する。場所は世田谷区、馬事公苑だ」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)の切り出しは、いつも以上に熱が入っている気がした。
「きっかけは螺旋帝に連なる王族が螺旋忍軍の主星『スパイラス』で起きたクーデターから逃げてきたことだった。これを保護しようと、数多の螺旋忍軍たちが動き始めたらしい」
 今回瞬が見たのはチャイナ服のくのいち軍団と、アイドルオタク軍団が世田谷区への侵攻指令を受けたシーンだった。
「潰しあってもらえるのならありがたいが、東京は人も施設も多い。破壊被害が大きくなるうちに、どちらも潰さないといけない」
 そこで、ケルベロスたちが割って入り、彼ら2勢力の掃討を行う。それが依頼の要旨だった。
「掃討の方法だが、大まかにわけて2つの方法が考えられる。ひとつは冒頭から両者の戦いに乱入し、敵を連携させないように片方の忍軍を撃破。返す刀でもう片方の忍軍を撃破するというものだ。一時的にだが、どちらかの忍軍に肩入れして共闘することになるだろう」
 くのいち軍団と、アイドルオタク軍団。共に5名とその数や力は拮抗しており、戦いが長引くことが予想される。
「肩入れする場合、漁夫の利狙いで双方を消耗させるような行動を取ると目論見を看過されてしまう可能性がある。だが、その分早く戦いを終わらせ、周辺の被害を少なくすることができるだろう」
 瞬はデメリットとメリットを説明し、続いてもうひとつの方法を挙げる。
「もうひとつはしばらくは戦いを見守り、双方が疲弊したところで割って入り、両軍を同時に撃破するというものだ。こちらは武力介入するタイミング次第では楽に掃討できるだろうが、彼らの戦いが長引けば長引くほど周囲の建物や市民に被害が出るだろう」
 どちらの作戦を選んでも一長一短のメリットとデメリットがあるようだ。
「どちらを選ぶかは皆に任せる……次に、戦場となる馬事公苑について説明しよう」
 馬事公苑のこととなると、瞬のもともと鋭い眼光が余計に鋭くなる。
「日本における馬術の祖であり、歴史であり、とても重大な地だ。現在は来たる馬術の世界大会に向けて閉園しており人通りは少ないが、被害が大きくなると俺――いや、馬術関係者も悲しむだろう」
 牧場で馬と触れ合って育ってきた瞬の私怨はともかくとして、被害が出すぎて世界大会の開催が危ぶまれてしまうのが問題であることは間違いなかった。
「敵の武器だが、くのいちは、アイドルオタク共に日本刀のようだ。もっとも、アイドルオタクの日本刀はなぜかペンライトのようにピカピカ光るらしいが……ライブ用だろうか?」
 首をひねる瞬だが、理解できないことを考えるのは止めたようだ。気を取り直してケルベロスたちに向き直る。
「馬事公苑の苑訓のひとつに『騎道作興』という言葉がある。忍びたちに好き放題やらせて忍道を作興されては敵わない……どうか、阻止してほしい」
 そうして、深々と頭を下げるのだった。


参加者
君影・リリィ(すずらんの君・e00891)
鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
豹藤・空牙(スッパ忍者・e32875)
遠道・進(浪漫と希望狂いの科学者・e35463)

■リプレイ

●馬に乗るとも口車に乗るな
 普段は馬が走る馬事公苑のトラックを、今日は別のモノたちが走っていた。
 くのいち軍団5名に、アイドルオタク集団5名。
 互いに1匹のケモノのように固まって走り、お互いの背後を取ろうと円を描くように駆けている。
「なんだっけ? 自分の身を食らおうとする蛇みてーなやつ。あんな感じだよな」
 現場にやってきた鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)は、そんなふうに軽口を叩く。
「妙な弟子入り志願連中は一派閥にしかすぎず、こんなにも沢山の派閥が潜んでいたあたり……私にはあの黒い不快害虫を思い出すけど」
 軽口に乗ったのは君影・リリィ(すずらんの君・e00891)だ。
「お? 深窓のお姫様かと思ったら案外口悪いじゃねーか」
 リリィを揶揄する雅貴へ、彼女のウイングキャットが飛びかかろうとして――その尾を掴んで止める。
「おかげさまで精神修行中の身なの」
「まずは、あの戦いに割り込まないといけませんね。殺界は――」
「やってるぜ。まー立ち入り禁止区画だから、やんなくても一般人はこねーだろーけどな」
 メルカダンテ・ステンテレッロ(茨の王・e02283)の言葉に、雅貴が答える。ヘラヘラと頭の後ろで両手を組みながら、雅貴は一般人を寄せ付けない殺気をダダ漏れにしていた。
「そっか、良かった……揉め事に何も知らない人を巻き込むなんて、迷惑な忍者さんだね。向こうにも事情があるんだろうけれど」
 エリヤ・シャルトリュー(影踏・e01913)は螺旋忍軍にも一定をの理解を示したうえで、それでも口を大きく開けた。
「ちょっと待った!!」
 避難誘導にも使った、良く通る声が戦場に木霊する。割り込まれた言葉に一瞬動きが止まる忍軍。その間へと、ケルベロスたちが滑り込んでいく。
「魅咲忍軍さんに加勢するよ!」
 エリヤは叫びながら、くのいち軍団を守るように立ちふさがった。
「皆を守るためだ、手を貸してやるぜ」
 木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)もまた、特性を活かした良く通る声でアイドルオタク集団と対峙する。
「貴様ら……ケルベロスか? なぜ我らに味方する」
 くのいち集団は、望外の援軍にむしろ戸惑っているように見えた。
「今日は新人の演習だ。深追いして怪我でもされちゃ困るんでね……片方を黙らせて『喧嘩』の理由がなくなればさっさと帰るさ」
 その様子を見て、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)はあらかじめ想定していた言い分を告げ、遠道・進(浪漫と希望狂いの科学者・e35463)へと視線を向ける。
「受けた仕事はアイドルオタク集団の鎮圧だ。そこにおまえらは含まれていない」
 事務的に淡々と告げる進。能力的に、確かに他の面々よりも経験が足りていない印象を与えた。その様子は陣内の説明を補強する。
「なるほど、我らには手を出さないと……」
「そ、そうだよ」
 ややどもりながらも、毅然と答えるエリヤ。くのいち軍団の鋭い視線が突き刺さる。
「しかし、なぜ我らが魅咲忍軍と知っているのだ?」
「えっ……」
「それに鎮圧と言うが、まだ戦ってもいないのに早すぎる。まるで争いが起きることを、事前に知っていたかのようだ」
 予知を使って知り得た情報だが、ヘリオライダーの存在は機密情報だ。とっさに言葉が出ずにうろたえるエリヤ。
「ずいぶん喧しいこと」
 助け船を出したのはメルカダンテだった。
「お前たちの仲間は最近東京を騒がせている。容姿などの情報を元にすれば容易に推測できることです」
 硬軟入り混じるその口調には、反論を認めない高貴さを感じ取れる。
「すぐに駆け付けたのは、彼奴らの移動中に通報があった為でござる。あの集団は確実に目立つでござるからな」
 ジャガーのウェアアイダーである豹藤・空牙(スッパ忍者・e32875)も、自らのヒゲをつまみながら援護射撃をする。マフラーが風にたなびいていた。
「それに衛星から目撃情報も回ってくる」
 咥えタバコで携帯端末を弄ぶ進。能力はともかくその度胸は完全に新人離れしていた。
「なるほどな……銀山衆のやつらはともかく、仲間までも足を引っ張るとはな……」
 一瞬鋭い読みを見せたくのいち軍団だったが、ケルベロスの介入が自分たちの責任ではないと結論づけてしまう。責任を転嫁して安堵する、生理的な隙が生まれたのを見計らってウタが動いた。
「細かいことはどうでもいい! さっさとぶっ倒すぜ!! 踊れっ!!」
 欺騙のワルツがアイドルオタク集団を襲う。
「うっ……!」
「河ちゃんの歌以外、聴かないぞ!!」
 2体には避けられたが、それでも宣戦布告としては充分だった。
「俺たちの邪魔をすなーっ!」
「どっちも倒して河ちゃんに握手してもらうぞよー!」
 ペンライト風日本刀を振りかぶって襲い掛かるアイドルオタク集団。
「さあ、いくわよ!」
 暫時呆然とする一同だったが、ウタの意図を察したリリィもマインドシールドを自身にかけ、戦闘開始をアピールする。
「くっ……我らは勝手に戦う! 我らの邪魔をすれば斬るからな!」
 日本刀を構えるくのいち軍団。なし崩し的に始まる共闘。
 ケルベロスたちの目論見は、なんとか無事に成功するのだった。

●生き馬の目を抜く
「この、個性派軍団めッ! ムカツクのよ!」
「おぬしらも髪型で差別化を図ってるだろ! 作画同じだけどな!」
 くのいちの日本刀と、アイドルオタクの日本刀が交差する。弾ける火花に明滅する刀身。
 そこにもう一人、別のアイドルオタクが襲い掛かる。斬撃はしかし、間に滑り込んできたリリィとウイングキャット2匹によって防がれた。
「ここは日本の馬術の祖、由緒正しい尊い場所なのよ! 喧嘩はやめなさい!」
「しゃー!」
 リリィの猫と陣内の猫、2匹が威嚇して連携する。
「白昼堂々暴れてるだけでも可笑しいってのに、何その武器と格好……ソレでホントに忍べんの?」
 雅貴は揶揄するようにアイドルオタクを挑発した。
「あ、忍べてなかったんだっけ? オレらが出動してるもん、なッ?」
 日本刀を逆手に持ち、刃先が地を擦るような状態から、切り上げる。巻き上がる砂と月の光を思わせる刃の軌跡。砂で目をやられて隙を作らされたアイドルオタク、その喉を刃が切り裂いていく。
「んだ、この太刀筋はっ……!」
「型から外れた剣ですね……」
「よそ見すなーっ!!」
 メルカダンテは襲い掛かってきたアイドルオタクの一撃を、見るまでもなく武器で防いでいた。
「うるさすぎましたね、アイドルオタク共」
 青い双眸はアイドルオタクではなく、常に前を向いている。
「型から外れるためには、まず型を学ばなければならない……おそらく剣術を学んでいたのでしょうね」
「くっ……てめえ! こっちを見ろ! 俺を見ろ、見やがれっ!!」
 メルカダンテが攻撃を防いでいる間に、アイドルオタクには氷の魔の手が迫っていた。
「いいか新人、氷漬けにするぞ!」
「了解だ」
 陣内が生み出した氷の女による冷たい抱擁。キオネーの自惚れへ合わせるようにして、進の一撃が鳩尾に決まる。鮮やかな一撃は氷を生み出し、アイドルオタクの身体を蝕み、倒してみせた。
「あの動きで新人なのか……」
「…………」
 任務に言葉は不要とばかりに淡々と攻撃を仕掛けていく進に、くのいちの一人は共感めいたものを覚えた。
「あの者は我らに似ているな」
「拙者も忍者でござるが……」
 呟く空牙をくのいちは眩しそうに見る。
「そうは見えないが……だが、我は個性的な忍びがうらやましい」
 どうやらくのいち軍団は上司からモブ扱いされたりと無個性なことで悩んでいるようだった。
 くのいちの声を背中に聞き、トラックを走り出す空牙。身を低くして駆けるその姿はまさに、サバンナで獲物を狩るジャガーのようだった。
「キモオタはぶっちゃけ、一般人から嫌われると認識するでござる」
 獣の特性を活かした、しなやかかつ重みのある一撃。そのインパクトに重力が加算され、アイドルオタクの動きが止まる。
「くっ……! なんて重い一撃なんだ……!」
「動きを止めるな、狙われるぞ!」
 声を掛け合い、連携で事態を打破しようとするアイドルオタクたち。流れる水が如き斬撃を披露し、前衛のメンツを撫で斬りにする。
「こっちは俺が治す、メルカダンテはくのいちを頼む!」
「わかっています」
「希望の星を掴むために、今は無様に生き抜け! 燃える血潮で未来を掴み取れ!」
 受けた傷を、それぞれウタのブラッドスターと、メルカダンテのオラトリオヴェールが癒していく。
「……礼は言わんぞ」
「もとより見返りを求めての施しなどせぬ。高貴なる者の務めだ」
 メルカダンテと肩を並べて日本刀を振るうくのいち。
「割り込みのときは、未熟なところを見せちゃったからね……ここで汚名を挽回しておくよ」
 エリヤが使い魔の杖を掲げると、先端より炎火球が出現する。
「なっ――」
 アイドルオタクたちが反応するよりも早く、炎火球は彼らの中心に着弾、爆発する。
「ぬわーっ!!」「っ!!!」
 爆発でふたりが同時に倒され、残ったメンツも陣内と雅貴がきっちりと仕留めた。
 残されたくのいちたちはアイドルオタク集団の撃滅を確認すると、ケルベロスたちへと向き直る。
「……さすがにそこまで気を許しちゃくれなかったか」
 隙を見て一撃を食らわそうと考えていた陣内だが、相手が一筋縄ではいかないだろうとも予測していた。自分の予想が当たって複雑な表情を見せる。
「我らは任務遂行のために利用したまでだ。それは貴様らも同じだろう?」
 白刃に、ケルベロスたちの顔が反射していた。

●馬脚を表す
「命を奪うことしか考えない奴等とは、やっぱり手を組めないぜ」
 ウタが紡ぐのは蒼き惑星、地球の歌。
「護り抜こうぜ、地球と地球に宿る沢山の命の輝きを!」
 勇気の歌が、前衛でかばいつづけていたリリィの傷を瞬く間にふさいでいく。
「……で、そこのモブ集団? 『喧嘩両成敗』って言葉、ご存じかしら、ね?」
 そしてリリィもまた、自らが庇っていたくのいち達に弓を引いた。
「……君達も、いつまた騒ぎを起こすか分からないし」
 エリヤは多少気の毒そうだったが、それでも意を決して黒衣を翻した。
「《我が邪眼》《影を縫う魔女》《仇なす者の躰を穿て、影を穿て。重ねて命ず、突き刺せ、引き裂け》」
 裏に潜んでいたブラックスライムと、ローブの紋様に織り込まれた魔術回路が接続される。生み出された影の針が、雨のように降り注ぐ。
「ぐぬっ、影縫いの一種か……!?」
 躱したり弾くこともままならず、足止めされるくのいち。彼女をかばおうと別のくのいちが動く。
「ディフェンダー、みーっけた! ってな!」
 雅貴が声をかける。ケルベロスの狙いはディフェンダーだった。目ざとく盾役を見つけ、集中攻撃を開始する。
「確実に、各個撃破させてもらう」
 陣内の超重の一撃が、くのいちのガードする腕手甲もろとも、氷漬けにつけにしていく。
「全員倒す。それが我々の仕事です」
 メルカダンテはグラビティの槍を精製すると、目にも止まらぬ速さで打ち出した。
「奇跡を殺せ、ルクスリア」
 貫く槍、トリシューラ。くのいちは回避しようとするが、間に合わず首を穿たれる。
 苦痛にあえぐくのいち。ぽっかりと空いた穴は、決して塞がることはない。
「――――オヤスミ」
 音もなく肉薄していた雅貴が、傷口から影の刃を差し込んでいた。掠るだけで標的の視界と感覚を奪っていく闇の力。蟲の毒のように全身にまわり、死に至らしめる一撃。
「――――」
 潰れた喉で、声にならない声を絞り出そうとして、散る命。
 守備の要をいきなり失ったくのいちたちは、脆い。
「隙ありだ! 続け新入り!」
 大砲形態のハンマーから放たれた轟竜砲がくのいちの足元を抉り、その動きを止める。
「行くぜ、加速の世界だ。目で追いつくなら追いつけよ?」
 進の試作型魔術式スーツにグラビティという名の火が入る。忍びよりも疾いその一撃が、足を止めたくのいちの腹へ容赦なく叩き込まれた。
「ッ……!!」
 くのいちの身体がくの字に折れ曲がり、そのまま崩れ落ちる。
 うろたえた別のくのいちへもたらされたのは一筋の赤い流れ星だ。
 赤いマフラーをたなびかせた空牙。魔を降ろした拳が、くのいちを撃ち倒す。
「あと2人!」
 遠くにいる標的へ、雅貴は先ほど創りだした影の刃を投げつける。
「なっ――」
「真心とは程遠い無情な花は、散り失せな」
 不意の一撃に反応しきれずに倒れるくのいち。残されたひとりは、臍を噛んだ。
「ここまで力と手の内を隠していたとは……読み違えたか……」
 リリィの空を断つ刃が迫る。無駄と悟りつつもくのいちは片手を掲げ受け止めようとして、ジグザグに切り裂かれていく。
「レオ!」
 ウイングキャットのひっかきが、心の臓を抉る。
「猫に倒される、とは……読み違いにも、ほど、が……」
 無念の声は、そこは途切れた。

●人間万事塞翁が馬
「……あばよ、地球に抱かれ安らかにな」
 ウタは鎮魂曲を捧げると、周囲のヒールに移る。怪我人はいなかったものの、戦闘の余波を受けて周囲のトラックは荒れてしまっていた。
「あー、やっぱりケモノくせーな」
 周辺を片づけていた雅貴がグチる。戦場はむせかえるような血の臭いで溢れていたが、その中、微かに獣臭さが混ざっている。
「あと、煙草か」
 煙のほうを見れば陣内と進、先輩と新人役をしていたふたりが煙草を吹かせていた。
「拙者はケモノ臭いでござるか?」
「ああいや、アンタのことじゃねーから」
 空牙へと苦笑しつつ、ヒールをしていく雅貴。
「人も馬も落ち着いて暮らせるよーに、早くケリつけねーとな」
 作業をしながら天を仰ぐ。空は高い。馬が肥ゆる実りの秋は、まだ遠いだろうか。そんなふうに思うのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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