微睡む水妖の庭

作者:秋月諒

●水の眠り
 知っておいでか水妖の話を。
 籠の中には色とりどりの花をいれて、微睡みの中で微笑む。
 さぁ眠りを覚ました対価を。
「さすれば大切なものと引き換えに、探していたものをみつけよう。そう、ここが微睡む水妖の庭」
 ぴしゃり、と足が水に触れた。庭の奥に見えた噴水か、それとも小川のものだろうか。
「噂の場所は此処の筈」
 きゅ、と娘は傷だらけの手を握った。まだ痛みがあるのか眉を顰めーーだがやっと、と泣きそうな声で娘は言った。
「見つけたのね」
 噂を聞いたのだ。
 大切なものと引き換えに探し物を見つけてくれるという水妖の噂を。
「微睡む水妖の庭。眠りを覚ましたものは生きて返ることはないだろう。それでも望むのならば足を踏み入れればいい、か」
 そう、と娘は言う。覚悟などとうにできていると。
「これがどれほど愚かなことであったとしても、私は……!」
 縋るように、顔を上げた娘の体がーー止まる。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 第五の魔女・アウゲイアスに心臓を一突きにされた娘は水中庭園に崩れ落ちる。やがて、小さな波紋を描き娘の傍らには花籠を持ち美しい水妖が姿を見せた。
「ふふ、ふふふふ」
 花籠には色とりどりの花を抱え、さァ、と水妖は微笑んだ。
「見セテチョウダイ」
●微睡む水妖の庭
 はた、と男の上着が揺れていた。目深に被ったフードを落とし、ややあってサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は息をついてみせた。
「大切なものと引換に探しものを見つけてくれる水妖、か」
「はい。サイガ様の情報から調べて見た所、見つかりました。微睡む水妖の庭という名前でちょっとした物語と一緒に噂になっていたようです」
 端末から視線を上げ、レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は言った。
「ドリームイーターです」
 不思議な物事に強い『興味』を持ち、実際に自ら調査を行おうとしている人が、ドリームイーターに襲われその『興味』を奪われてしまう事件だ。
「現場は古い屋敷です。廃墟となったその場所に、水妖が現れると聞いて被害者の女性はやってきたようです」
 微睡む水妖の庭。
 彼女の眠りを覚ましたものは、最後に命を対価に支払わねばならない。
「さすれば大切なものと引き換えに探し物をみつけよう……という噂になっているようです」
「眠りから覚ました対価に、大切なものを引き換えに、か。水妖のお嬢さんは、庭園からは返してはくれなさそうだね」
 三芝・千鷲(ラディウス・en0113)の言葉に、レイリは頷いた。
「そうとも言えますね。ですが、命をかけてきた方も返していただかなければ、ですね」
 奪われた『興味』を元にして現実化した怪物型ドリームイーターが現場に残っている。
「討伐を、お願い致します」
 このドリームイーターを倒す事ができれば、『興味』を奪われてしまった被害者も、目を覚ましてくれるだろう。
 現場は、古びた屋敷。大きな庭園があるらしく、そこから流れ込んだ水で床は水浸しになっている。天井は落ちており、昼間の光が差し込んでくる明るい場所だ。
「空間としては随分広いです。床板が腐っているなどのことは無いようですのでご安心ください」
 ただ足元は滑ったり、場所によっては足首まで水がある場所があるので注意してほしい、とレイリは言った。
「家財道具は殆ど残っていません。戦いの邪魔になるようなものはないかと。被害者の女性はこの広間の端、殆ど水の無いエリアに倒れています」
 そこまで言うとレイリは顔をあげた。
「敵は、ドリームイーター・微睡む水妖一体。配下はいません」
 花籠を持った姿でいる水色の娘だ。
 耳の部分には魚のひれのようなものがあり、纏う水滴を武器とする。
「この怪物型ドリームイーターには、二つ、習性のようなものがあります」
 ひとつは『自分が何者であるかを問う』ような行為をしてくること。正しく対応できなければ、殺してしまう。
「今回の場合は『微睡む水妖』が正解ですね」
 正しく答えられれば見逃し、逆に、答えられなかったり、化け物だといえば怒って相手を殺してしまうのだという。
「上手く答えれば見逃してもらえる事もあるようですが目的はこの怪物型ドリームイーターの撃破です。返答は戦いには影響もしてきません」
 もう一つは、自分のことを信じていたり噂をしている人がいると、その人の方に引き寄せられるというものだ。
「これを利用すれば、廃墟の中を探し回らなくても微睡む水妖の方から姿を見せてくれるます」
 こちらの選んだ戦場で戦えるということだ。
「討伐をお願いします。危険を理解してきたあの方の想いも覚悟も、魔女に好き勝手に使われるものではありませんから」
 そう言ってレイリはサイガを、集まったケルベロスたちを見た。
「参りましょう。皆様、幸運を」


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)
月織・宿利(ツクヨミ・e01366)
ヌリア・エフェメラル(白陽・e01442)
シィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)
シェネ・リリアック(迷える子悪魔・e30306)

■リプレイ

●水妖の庭
「ここらでいいだろ」
 コン、と床板を踏む足音が変わった。怪力無双で担ぎあげた女性を、メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)の用意したブランケットの上に寝かせると、サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は漆黒の瞳を広間へと向けた。
 水妖の庭。
 この地には、大切なものと引き換えに探し物を見つけてくれる水妖がいるという。
「随分とまあステキな話だ。素敵すぎて反吐が出る」
 吐く息と共に落とした言葉が足元の波紋を揺らした。腰を浮かせれば水の匂いが少しばかり遠ざかる。思えば波紋を描けど水滴の音はない。ここは随分と静かだ。
「……」
 被害者は目を覚ます様子もなく、ただか細い吐息だけがメリルディの耳に届いた。もう一枚、用意していたブランケットを女性へとかけると静寂の庭に目をやる。
(「自分の命と大事なものを引き換えにしてでも見つけたいもの、か。どうしてもって追い詰められたらわたしも縋るかもしれないね」)
 でも、とメリルディは顔を上げた。
 これはまやかしだ、と。
(「モザイクはここで終わらせるよ」)
 水面に踏み出す。描く波紋を乱すように、前へと向かえばおかえりなさい、とヌリア・エフェメラル(白陽・e01442)が顔を上げた。
「こっちは終わった」
「はい。では、みんなで噂話をして水妖を惹きつけましょう」

●微睡みの向こう
「みんな、知ってる? ここに大事なものを探してくれる存在がいるっていう話」
 唇に噂をのせ、メリルディは仲間の方を見た。
「本当にいるなら会ってみたいんだよね」
「探し物を手伝ってくれるなんて、心根の優しい妖精に違いないわね」
 ヌリアの言葉に、霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)は視線を上げた。
「水妖の庭、か……成る程、何が出ても可笑しくは無さそうだ」
 滔々とした語りの男は無表情のまま「庭」を見渡す。
(「中央の方が、水嵩があるか」)
 流れ込む水量で言えば、あの端の方か。
「望むものが遠ければ遠いほど、大きな対価が必要になるのかしら……」
 僅か悩むように、月織・宿利(ツクヨミ・e01366)は呟いた。
「籠の中は、どんな花が入っているのかな」
「色とりどり美しい花だろうねぇ」
 三芝・千鷲(ラディウス・en0113)は薄く笑う。大切なものを望むのだから、と。
「きっと女神サマみてえな姿だろうね」
 は、と息を吐きサイガが言う。
「神様だっていらっしゃるんです……探しものを見つけてくれる水妖さんが居ても不思議じゃないかなって……」
 紡いで、シェネ・リリアック(迷える子悪魔・e30306)は空を臨む天蓋を見上げた。
 差し込む光。煌めく庭。
「水妖に逢えたら、何を探して貰いましょうか」
 シィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)は静かに視線を水妖の庭と呼ばれる地に向ける。ふと違和感があった。何に? どれが? 冷静な瞳が見渡せば、足先に触れる水が変わっていないことに気がつく。流れ込んできている筈の水が増えていない。それは偶然か、それともーー。
(「近い?」)
 薄く開いた唇を閉じる。シィラは警戒の段階をあげる。
「水妖さんは大切なものを奪う、んだね……」
 聞いた話をなぞるように、オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)は言った。
「じゃあ、水妖さんの、大事なものって、なんだろう……?」
 疑問を口にしたーーその時だった。水面の波紋が消えたのだ。
(「いる」)
 来る、ではなく、いる、とオリヴンは思った。顔をあげれば同じように一点を見据えたヌリアとシィラが目に入る。波紋の消えた水面が一瞬煌めきーーそこに影が落ちた。
「ふふ、ふふふふ」
 それは花籠を抱えた水妖の娘であった。水妖の娘はケルベロスたちを見渡すと蕩けるような笑みを浮かべ、言った。
「答テてネ。私は誰カ」
「ねぼすけお化けさん、かな?」
 オリヴンが応える。見渡すように視線を向けていた水妖にシェネは口を開いた。
「あなたは微睡む水妖さん……。どうしても探したいものがある子には……とっても魅力的な子……かな……?」
「微睡む水妖」
 メリルディの静かな声が響く。ゆるり、とケルベロス達を見た水妖はやがて、ふふ、と笑みを零した。
「アァ、ひとツは外レネ」
 水妖は美しい笑みを浮かべ、言った。
「見セテチョウダイ。大切ナモノヲ!」

●願いと対価
 ザァア、と床の水が震えた。次の瞬間。水妖の紡いだ衝撃波がオリヴンを襲ったのだ。
「——っ」
「ふふふ、大事ナモノ気にナルノ?」
 叩きつけられた衝撃と同時に、声がひどく近くに聞こえた。
「それは、ね……ッ」
 距離を取り直すための足が、一瞬重くなる。捕縛だ。は、と息を吐き、オリヴンは顔をあげる。
「地デジ」
 しゅたん、と立ったテレビウムの地デジが光を発した。
「!」
 フラッシュに水妖は驚いたように伸ばした手を引く。輝く瞳が一瞬、地デジを見た。一瞬の空白——だが、それでまずは十分だ。
「これを」
 放出されたオウガ粒子が、オリヴンを含めた前衛へと癒しと力を紡ぐ。合わせて自分に癒しも受け取って、たん、と間合いを取り直す。
「ソコかしら」
 追いかけるように水妖が、濡れた床を蹴った。そこに、宿利は踏み込む。
「華よ、散るらん」
 濡れた床を踏み、真正面に敵を向けた娘の刀が抜き放たれる。斬撃は煌めきを空間に残して、一拍の後、水妖は踏鞴を踏む。万物に存在する死の形を宿利の刃がーー斬り捨てたのだ。
「ッ邪魔ヲスルノ?」
「えぇ」
 笑う声に、メリルディは手を伸ばした。瞬間、蔓薔薇を改良した『ケルス』が水妖の腕に絡みつきーー締め上げる。
「ッコノ、花ハ」
 違うわ、と水妖は身を捩る。衝撃に踏鞴を踏み、だが跳ねるように顔をあげたドリームイーターが水の槍を構える。
「邪魔ハ」
「ドーモ」
 跳ねるように前へ、飛び込んだ敵の間合いでサイガは嗤って告げた。刀を緩やかに振り上げれば、ばたばたと落ちる水は血の代わりか。
「ふふ、ふふふ。ッ。貴方ノ探シモノハ?」
 衝撃を身に受けながら笑い告げる水妖にサイガは息を吐く。
「笑えるな」
 吐き捨てたそれを置いて、腰を低める。跳ねるように床を蹴れば、水が跳ねた。水妖が一瞬、音を追う。そこに、奏多は踏み込んだ。
「! ソンナノ」
 避けるように、水妖が身を横に飛ばす。だが『そこ』が何なのか、奏多は知っていた。
 水嵩が、多いのだ。
 水妖はまだしも、こちらが踏み込むには分が悪い。
「水嵩が多い場所を選ぶ、か。悪いがーー……」
 呟いて、奏多は稲妻を帯びた槍を突き出した。
「っ」
 衝撃に、水妖が踏鞴を踏む。ばしゃん、と水面が派手に音をたてた。
「水嵩が多い方に誘って行くのもあるみたいだな」
「そのようですね」
 中央だと、言う奏多の言葉に頷いて、シィラは銃弾を叩き込む。
「千鷲さんは、スナイパーを」
「仰せのままに」
 笑い、踏み込んだ千鷲の刀が雷を帯びる。爆ぜる光を視界に、ヌリアは息を吸う。唇にのせるのは古代語の詠唱。解き放たれるのは魔法のーー光だ。
「私の知っている御伽噺の水妖は、正体が魔女ではなかったわ」
 その籠に入っているものは、確かに人間の興味という大切なものかもしれない。
 指先を前に、真正面、微睡む水妖を見据えてヌリアは言った。
「でもそれはね、返して頂くわよ」
「それハダメヨ?」
 低い、声が戦場に落ちた。
 今までの笑う娘の声とはまるで違う、殺意を帯びた声と共に水の槍がーー突き出された。
「アゲナイ」

●大切なもの
「ヌリアさん!」
「——っ」
 鋭く伸ばされた水の槍が、ヌリアを貫いた。衝撃に一瞬視界が歪む。——だが倒れる程のことじゃない。
「大丈夫」
「回復……しますね……!」
 シェネの声が耳に届く。花籠の話は水妖にとっては禁句か。あげないとまだ響く声を耳に顔をあげれば、庇うように踏み込む宿利とオリヴン達を見えた。
「痛いのないない……しましょうね……」
 サキュバスの少女は癒しを祈る。やわらかな声音で、戦場にあって祈りを忘れず。
(「命にかえても探したい物がある子には……とっても魅力的なお話なのかもしれませんね……」)
 微睡む水妖。大切なものと引き換えにと言われながら、あの人は願った。
(「大事な子の最後の言葉……どうしても思い出したい気持ち……。誰も止めることなんて……出来ないかなって……」)
 でも、とシェネは思う。でももう少し、と意識を失ったままの人に。もう少し自分を大事にしてあげてね、と。
(「天国の子も……その方が嬉しいと思うので……」)
 意識を失った侭の人には涙の痕があった。頬に一筋、見つけたそれを思い出す。
「この先の……ために……」
 回復を紡ぐシェネに、水妖の視線が僅かに向く。アラ、と落ちたそれと同時に感じるのは殺意だ。笑みを浮かべ、見せてと、ちょうだいと水妖はうたう。煌めく水滴は美しくとも、キラキラと光るそれはケルベロス達を貫く力だ。
 水滴踊る妖の庭にて、戦場は加速する。水滴を操り、水の槍を放つ水妖の命中力は未だに高い。水に濡れた床で特別こちらが不利になるようなことは無かったが、少しばかり攻撃は選ばねばこちらの命中率が足らなかった。
「っそこは、避けてくるんだ」
 宿利の作った爆発を水妖は交わす。そのまま、一気に踏み込んでこようとする相手に剣を構え直した。ざぁあと足元、水が揺れる。衝撃波です、とヌリアの声が聞こえる。
「そのまま、させはしないよ……!」
 ケルス、とメリルディが声をあげた。娘に共生するケルスが蔓を伸ばして水妖に喰らいつく。
「……ッ」
 ばしゃん、と派手な水音がした。大きく傾いだ水妖に、シィラは一気に踏み込む。伸ばす指先が触れるのは水妖の腕。
「拒絶と痛みの味は如何?」
 言の葉と共にーー力が、解放された。
「続けよう」
 ガウン、と叩きつける衝撃が水妖の腕を捉え、一際大きく傾げば千鷲の刀が肩口を切り裂いた。ばしゃん、とまた落ちたそれにサイガは、言った。
「それか」
 短く、一言。
 だが確信めいた言葉は、弱点だ。と続いた。
「……うん、それなら」
 オリヴンは息を吸う。伸ばす手のひら、指先はちりちりと痛んでいた。ディフェンダーだ。傷は当たり前のようにあった。だが、こちらとて攻撃を受けてばかりじゃない。
「ぽこ、ぽこ。沸き上がれ」
 回復を選んだのは弱点を知ったから。怒りの付与により敵を惹きつけた地デジは、仲間を庇い既に倒れてしまった。
「……大丈夫」
 仲良しのサーヴァントの分も、少年は癒しをーー紡ぐ。
「アラ」
 鮮やかな光に水妖が顔をあげる。
「ツマラナイコト」
 ゆるり、上がる腕にばしゃん、と派手に水が上がった。
「!」
 は、と顔をあげた水妖の腕に色が、落ちた。
「こうしてお前に逢いに来たんだ」
 それはサイガの紡ぐ黝い炎。ぶわり、広がる地獄の炎が足元から吹き上がりーーた、と軽く、地を蹴る男の足に灯る。
「せめて綺麗に魅せてくれよ、なあ」
 振り上げた足を、凪ぐ勢いで叩きつける。
 ゴウ、と打撃音と共に炎が上がった。ァ、と水妖が声を零す。
「邪魔ヲ」
 これ以上、と続けようとした水妖の上——光が生まれた。
「光を」
 ヌリアの力だ。輝く翼と共に、聖なる光が水妖を貫いたのだ。
「——ぁ」
 衝撃に、水妖が揺れる。腕の中、花籠を抱きしめながら。
「それはあなたが持っていていいものではないし、奪っていいものでもないの」
 きっと言っても届かないけれど、とヌリアは呟く。
「私の知ってる水妖はもっと優しかったわ。……知ってる。優しくて悲しい存在だった」
 私達に引導を渡させないで、とは思うけれどでも……そうも言ってられない。
「邪魔、ヲ」
「するわよ」
 言い切って、ヌリアは次の一撃を用意する。伸ばした指先、絡むのは猟犬の鎖。
「動き、鈍ってきたかな」
「えぇ」
 宿利が剣を構え直す。ひとつ届かなかったのであれば、そこを起点に次の攻撃を選ぶだけだ。刀を下ろし、床を蹴る。次の踏み込みは逃げる暇さえ与えない。
「みんなに……回復、しますね……」
 ここで、勝負が決まる。
 加速する戦場に、シェネの描いた癒しの陣が届く。淡い光の中、体が軽くなる。落ちる血を踏み越えて奏多は前へと行く。手の中、落とした銀を触媒に作り上げるのは『限定的に空間を固定する』弾丸。
「見失ったものもある。勿論、なくしたものも。見付かると云うなら……心惹かれないかといえば、嘘だ」
 けれどーー。
「俺は、独りじゃない」
 呟く。事実をひとつ。収束する力を解き放つ。
「この命を望む人が在る事も知っているから。俺の『探しもの』はいつか自分で見付けてみせるさ」
「私ニ見セテクレナイノ?」
 眼前、首を傾げる水妖に。微笑みを浮かべた侭の敵に、あぁ、と頷く代わりに手を向けた。だから、と口にして。くれてやるモンなど何一つ無い、と言って。
「アンタは此処で退場だ。その先は永遠の微睡みの中でご覧じろ」
 その言葉を最後とするように、爆発が生じた。
「!」
 衝撃に、床を蹴り上げ行こうとする水妖の体が傾ぐ。ア、と落ちた声をシィラは聞いた。
「動けないかと」
 呟き、シィラは空を見る。水と、血と、火花踊る水妖の庭でーー詠む。
「お星様にお願いを」
 瞬間、戦場に鉛玉の流れ星が降り注ぐ。
「ッマダ」
 貰っていないと、そう言うのか。頂戴と紡いでいた水妖の声が、寄越シテと強く響く。
「ソレヲ!」
 一撃に、収束する力にサイガは踏み込んだ。身を前に、伸ばす手がーー五指が水妖を掴む。
「——!」
 紡ぐ、言葉はない。ただ一瞬、あった視線に力を込めーー手を、引いた。
「ァ」
 痛みも報せず抉り取る。それは『こころ』のそばから其の身を喰らうもの。ぐらり、崩れる水妖の胸に水色の花が一瞬咲きーー崩れ落ちた。

 派手な音をたて微睡む水妖は崩れ落ちた。水妖の花籠からキラ、キラ、と光がこぼれ落ちーー気がつく。響く水音が帰ってきていた。
「またいつか……神様の御許でお会いしましょう……。その時は……仲良くしてね……」
 祈りを捧げたシェネが立ち上がれば、丁度意識を失っていた被害者が目を覚ました所だった。
「わた、し。あ、水妖は……!?」
 は、と顔をあげた被害者が辺りを見渡す。縋るようなその眼に、ヌリアは静かに言った。
「無くしたものはここには無いわ」
「——!」
「誰も見つけられないの」
 だって、とヌリアは言った。知っているのが貴女だけなのだから、と。
「忘れてしまってもこんなことして思い出してもらおうなんて、貴女の大切な人は思ってないわ」
 瞳が揺れる。涙が滲み、けれどきつく拳だけが握られる。
「でも、わ、私は」
「教えてやろうか、二度と苦しまず済む方法」
 記憶を焦がす地獄の炎が舞い、彼女の頬を撫でた。あ、と落ちた声と共に炎は霧散する。目を瞠る被害者を前にサイガは言った。
「も一度殺してえのなら」
 それは、想い出残る妹をも、と告げるのと同意だった。息を飲むその姿を見る。記憶の為命賭す姿は己と対極故同一。見開いた瞳から、涙が一筋落ちる。
「いつか本人から聴け。死んでも捨てんな」
「あ、あぁ……ッあ、私、は」
 また、と落ちた声が涙に濡れていた。パシャン、と水音を立てる床をサイガは歩いていく。横を抜けていった人を見送って、オルガは言った。
「完治しても、記憶が戻らないかも? って思ってる…? 脳ってね、引き出せるかどうかは別だけど、記憶は全部入っているハズなんだって」
 だからね、と少年は膝を折る。
「今思い出せなくても、記憶がお姉さんの頭にはちゃんと、あるよ。でもお姉さんが死んじゃったら、本当に無くなっちゃうよ?」
「本当、に……ッえぇ。そう、そうですね。そう、でした」
 それすら分からなくて、私。と震える声に奏多は言った。
「記憶なんて曖昧なもの。案外、ふとした時に思い出すかもだ」
「お怪我お大事に、妹さんも快癒を願ってますよ」
 視線を合わせて、シェネはそう言った。きつく握りしめられた彼女の手に、ぱた、ぱたと涙が落ちた。
 泣く声が、聞こえる。
(「自分だけ生き残るんは辛いよな」)
 俺は大層なことは言えへんから、と光流は黙って話を聞いていた。水妖の噂——もしかしたら、仲間の生き残りがと思ったが、こないな所にいる筈もないか。
「探しものかあ……シェネちゃんだったら……神様を見つけて欲しいかなー……」
 とってもお優しい方だって…神父様はいつもおっしゃられてましたし…。
 シェネはゆるり、と割れた天井を眺めた。足先に触れる水はさっきまでより随分と冷たい。
 水音がする。
「アンタは――選び間違やしねえわな」
 千鷲に会釈だけするとサイガは先を行った。遠ざかる足音に男は小さく目を瞠りーーふ、と息をつく。
「キミは、と聞くのは無粋だろうね」
 問い返す程彼を知っているわけでなくーーただ僅かに感じた憤りのようなものは気になった。だがそれも前とは違うな、という感覚からだ。
「大切なもの、か」
「千鷲さんも、探し物あるのでしょうか」
 彼女も随分と落ち着いてきたらしい。戻ってきたシィラにそうだなぁ、と千鷲は笑った。
「探したいものはあるけれど、ってところかな」
 見つかるのか、そもそもあるのか。

「ねえ、リオ。もし本当に水妖がいたとしたら……会いたい?」
 翼を、大きく開く。
 廃墟の上まで上がると、メリルディはリオネルを振り返った。
「わたしは父さまと母さまだけど、どっちかわからないや。会えてもわたしはもうあのころのわたしじゃないし」
 似てるだけの別の人みたいに思えるのだ。
「上手く言えないけど、戻ってきたとしたら今隣にいる大事な人に会えないかも、って」
「そうですね……会いたくないと言えば嘘になります」
 ただ、とリオネルは小さく笑った。
「ただあの方もリディも寝起きが悪かったですし。レーヴィにしても目を覚ましただけですぐには動けなかったですし」
 それにですね、と藍白の翼を揺らす。
「あの寝穢いふたりを起こしたとしたらどうなるか……。怖いのは確かです。ただ、今思うのは怖さではなく在りし日への懐かしさでしょう」
 静かに、リオネルは言った。吐息ひとつ、零すようにして。
「そういう身勝手さであの方の平穏を乱したくはないのですよ」

「私の探し物はね……」
 トン、と夜の胸を指で叩いて、宿利は目を細めた。
「……君の、心。一体、何処に落としてきてしまったの?」
「見つけるには対価が必要なのでは無かった?」
 噂にあった話をなぞりーーなんてね、と夜は静かに笑う。
「心が無いと思えるほど俺は非道に見えるかい?」
「そうよ? 放っておくとご飯を食べないし、すぐ何処かへ消えてしまいそうだし」
 そうやって、何も話してくれない。
 水の匂いの中、宿利はぽつりと言った。
「だから、私が見つける。そしてね、もっと沢山君の事を教えて貰うの。勿論、その為の覚悟も出来てる」
 心を見つけたその後には、どうか、君に幸せになってほしい。
「これはきっと私のエゴだけれど。その為に、君の事は絶対死なせない、命を掛けて護ってみせる」
 家族のように思うから。
 ぱしゃり、と水を跳ねながら、宿利は笑った。
「覚悟、か」
 だが見つけたとて、代わりに大切な何かを失っては見つけ得た探し物をどう昇華するのだろう。或いは失っても構わぬほどに、本当は見つけたいものも対価も、両方とも「大切」ではないのではないか。
「……私には理解が及ばない。だが、その矛盾こそ、捉えきれぬ機微こそ、人の心というものなのかな」
 宿利の笑みを見ながら、夜は呟いた。
「私の、虚」

 ばしゃん、と水音がした。水が、先を歩いていった男の燻る炎を鎮めていく。どの口が、と誰かの嘲笑がサイガの耳に届いた。解っている、とどこにともなく呟く。
 捨てるのは自分。選ぶのもーー不幸せも願いも無い、この痛みすら明日には探さない。
「……」
 やがて、水音さえ遠ざかる。瞼の裏に残る水の煌めきが、静寂を取り戻した地に消えた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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