幽霊の噂とともに夏めいて

作者:奏音秋里

 山奥のその村にある神社には、首のない巫女が現れるという噂があった。
 遠い昔、神社を襲った山賊に殺されてしまったのだという。
「この村か……」
 やってきたのは、ミステリー雑誌の編集者。
 神社の噂を徹底的に調査して、あわよくば次号の特集記事にしたいと考えていた。
「いまは……21時。あと2時間だな」
 ビデオカメラをセッティングして、あとは時間になったら録画ボタンを押すだけ。
 だったのだが。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 神木の上から落とされた鍵が、男性の胸を貫く。
 首から下だけの巫女は、実体を得たことに喜んでいるようだった。

「その巫女さんの怨念が山賊一味を呪い殺し、いまでも神社を守護しているのだそうです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、顔を上げる。
 読んでいたのは、神社から借りてきた由緒を記録した書物だ。
「ですがその守護はあまりにも強すぎて、巫女に、神社に害を成すと判断された者は襲撃されてしまう……とも記されていますね」
 故に放置してしまえば、新たな犠牲が生まれかねないとセリカは語気を強める。
 書物を受けとり、燈家・陽葉(光響射て・e02459)も同意した。
「身長は、140センチ前後でしょうか。白衣と緋袴のうえに千早を着用しています。それと、採り物の榊と鉾を武器にしているようです」
 なにかしらの儀式中だったのかも知れませんねと、眉を顰めるセリカ。
 榊は触れた者の冷静さを失わせ、怒りの感情を呼び起こす。
 一方の鉾は、物理的なダメージとともにトラウマを視せてくるのだ。
「ドリームイーターは神社にいるようなので、そのまま境内をお借りするのがよいでしょう。戦闘前に、社務所の方にご挨拶しておいてくださいね」
 武器を持ったケルベロス達が現れれば、其れは巫女の基準に照らして『敵』となる。
 逃走される心配は、まずないだろう。
「また、自分のことを信じていたり噂していたりする人に引き寄せられる性質があります。上手く利用できれば、戦闘も有利に進められるかも知れません」
 更にドリームイーターは、自分が何者かを問うてくるらしい。
 答えられなかったり間違ったりした相手を、優先的に狙ってくるのだとか。
「被害者は境内に倒れていますので、巻き込まないようにお願いしますね」
 そう付け加えて、セリカはケルベロス達を送り出す。
 その真っ直ぐな瞳が、信じていますと告げていた。


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
上月・紫緒(テンプティマイソロジー・e01167)
日色・耶花(くちなし・e02245)
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
シィ・ブラントネール(星抱くオロル・e03575)
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)
分福・楽雲(笑うポンポコリン・e08036)
佐伯・誠(シルト・e29481)

■リプレイ

●壱
 神社に到着したケルベロス達は、武装を解除した状態で社務所へと向かう。
 挨拶のあいだ、万が一にも敵だとみなされることを防ぐためだ。
「こちらにお化けが出るとお聞きしましたので、その退治に参りましたわ」
 身分を明かしたうえで、カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)が告げる。
 サーヴァントまで全員が揃って、予知された内容を大まかに説明した。
「ちょっとのあいだ境内をお借りするっス。危ないんで出てきちゃだめっスよ」
 コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)も、両腕でばつ印をつくる。
 宮司一家が頷いたのを確認して、皆は境内へと移動した。
「このヒト、安全圏に移動させてくるっス。うっかり戦闘に巻き込んだら大変っス」
 境内に倒れていた被害者は、コンスタンツァが負ぶって神社の外へ。
 改めて諸々を整え、ドリームイーターをいつでも迎えられる態勢をつくりあげる。
 わいわいと噂話をしていると、社殿から拝殿をとおって、それは現れた。
『わたくしは……なにものでしょうか……』
 儚く消え入りそうな高音が、ケルベロス達に問うてくる。
「神社に居るのですから、巫女だとは思いますわね。でも、幽霊っぽいですので、言うなれば『首なし巫女』でしょうか?」
「うん、首なし巫女だね。それにしても、首ないのにどうやって質問しているんだろうね」
 カトレアの返答に、燈家・陽葉(光響射て・e02459)が正直に同意した。
 陽葉とカトレアは同じ旅団に所属する親友で、普段からとても仲がいい。
「首のない巫女さんの幽霊ですか? ホラーですね。紫緒、ホラーはあまり得意じゃないですけど正体がわかっていれば問題なしですよね」
 上月・紫緒(テンプティマイソロジー・e01167)も、うーんと首を傾げた。
 ちゃんと足もあるし、ホンモノではなくドリームイーターだからと言い聞かせる。
「首なし巫女っスかーまさにジャバニーズホラーっスね。シニカルミステリーアワーっスか? ミッドナイトオカルトツアーっスか? きゃーっわくわくするっス! でも仕事は真面目にやるっスよ!」
 身振りも交えて、コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)が叫んだ。
 いまにも駆け出していきそうなくらい嬉しそうに、テンションも鰻登り。
「見たまんま、巫女さんだろう? 顔を見られないのが残念だ」
 分福・楽雲(笑うポンポコリン・e08036)は、反対に表情を曇らせる。
 腰の『闇夜を照らすランプ』で照らしても、そもそもついていないのだから仕方ない。
「そうよ。神社に居るんだし巫女でしょ?」
 楽雲の言葉の前半を肯定して、シィ・ブラントネール(星抱くオロル・e03575)も頷く。
 シャーマンズゴーストも目深に被っていたシルクハットを脱いで頷き、丁寧に一礼した。
「肝試しのお化け役」
「えーっと、巫女服を着せられたマネキン? でもその割に身長とかボディラインが貧相ね。あ! 分かったわ! 首なしオバケ! 絶対そうよ! ね、カジテツ!」
 残る2名はディフェンダーとして、ドリームイーターを惹き付けるための回答をする。
 佐伯・誠(シルト・e29481)は、同時に警戒を強めて得物へ手をかけた。
 オルトロスも、いつでも攻撃できるよう体勢を低くする。
 シャーマンズゴーストと、日色・耶花(くちなし・e02245)も、視線を外さない。
 手にはライトニングロッドを構えたまま、豪快に啖呵を切る。
 全員がなにかしらの応答したことで、ドリームイーターが勢いよく地面を蹴った。

●弐
 真っ先に、あからさまに誤答をした誠へと鉾が襲いかかる。
 妖精弓で受け止めるも、弾かれてトラウマを喰らってしまった。
「おや、答えがお気に召さないか。間違ってはいないだろう? そのお化け役も俺らに倒され退場だ。行くぞ、はなまる号」
 しかし誠は怯むことなく、ドリームイーターの構造的弱点へと矢を射放つ。
 スナイパーの位置からオルトロスも、地獄の障気を撒き散らした。
「アタシたちは悪い山賊じゃない、正義のケルベロスっス! 神社の守り神が祟り神に堕ちたら名がすたるっスよ!」
 即座に背後へまわりこみ、自信に溢れる表情を浮かべるコンスタンツァ。
 どんっと胸を叩く反対の手で銃を抜き、素早く正確に鎖骨のあいだを撃ち抜く。
「巫女さん? 巫女さんなんですよね? 巫女さんは神さまに仕える人なんだから、いくら恨みを持っていても誰かを傷つけちゃだめなんですよー」
 真正面からは紫緒が、具現化した光の剣を振り下ろす。
 クラッシャーである自負から、仲間の誰よりも前線に出ることを自分に課していた。
「本物の幽霊だったらお祓いとか必要でしょうけど、偽物のデウスエクスに遠慮はいらないわね! レトラ、敵を惹き付けるのよ!」
 言葉の勢いのまま、二丁組の拳銃から時間を凍結する弾丸を精製する。
 シィが与えた傷を更に、シャーマンズゴーストの非物質化された爪が抉った。
「巫女ちゃんってイイ響き! でもデウスエクスなんだよなぁ」
 悲劇的な背景や女性であることに、楽雲は戦いにくさを感じてならない。
 割り切るためにも眼前の存在を改めて声に出して、内部へ螺旋を撃ち込んだ。
「……その鉾は私に向けていいのよ。ちゃんとカジテツが受け止めるから。カジテツが」
 耶花は言いながら、前衛とドリームイーターのあいだに薄い雷の壁を構築する。
 主人にベタ惚れのシャーマンズゴーストは、当然のように鉾をその身に喰らっていた。
「守護星座よ、仲間を守る力となってくださいませ!」
 剣の先端から奔る光を巧みに操り、前衛陣の足許に星座を描くカトレア。
 薔薇のような赤い髪と赤いドレスが青白い光に輝き、揺らめいた。
「武者の次は巫女か。なかなか攻撃的みたいだけど、僕がいるかぎり味方をやらせはしないよ。キミに、この光を捧げます!」
 陽葉が笑顔で放つ矢には、夜を払う暁の霊力が籠められている。
 今回は唯一のメディックとして、回復に専念するために得たグラビティだった。

●参
 グラビティの応酬を繰り返すうちに、夜の闇が深くなってくる。
 ケルベロス達も、ディフェンダーを中心にダメージを蓄積させられていた。
「ドリームイーターだから本物の巫女ちゃんの怨念じゃないけど……だからこそ、由緒をなぞる前に倒してやんないと」
 ヘリオライダーの読んでいた書物の内容を想い出して、気持ちを強く保つ楽雲。
 エクスカリバールに意識を集中させて、降魔の一撃を放つ。
「アメリカにも都市伝説や怪談はあるけど、日本のは独特のテイストで文化の違いが面白いっス。今回の首なし巫女なんて、まさにジャパニーズホラーの醍醐味っスね、ぞくぞくするっス! サインほしっスね~。日本のお化けの直筆サインなんてレア中のレアっスよ。ねーちゃんたちに見せびらかすんス……なんて不謹慎っスかね?」
 ちょこまか動いて狙いを定めさせないようにして、コンスタンツァが引き金をひく。
 弾丸は石垣に跳ね返り、ドリームイーターを死角から貫いた。
「喋れない分、怒り付与の仕返しをして差しあげなさい。っていうかちゃんと庇って」
 命じれば、主人にベタ惚れのシャーマンズゴーストは鋭い爪で腕を掻く。
 そのあいだに耶花は、バトルオーラを溜めて自身の状態異常を治療した。
「ヴェル。あなたの泳ぐ姿を観たいの」
 硝子の魚はプリズムのように光をとおし、七色に煌めく軌跡を描いて進む。
 満足そうなシィを眺めてから、相棒は静かに祈りを捧げた。
「榊と鉾、か。どんな儀式をしていたんだろうね」
 力いっぱい引いた妖精弓の弦を離せば、霊力を籠めた矢は弧を描いて味方のもとへ。
 口にした関心に返答などないことを、当然ながら陽葉は理解している。
「さぁ、貴女の傷口を広げてあげますわよ」
 ドリームイーターの状態や自身のグラビティの命中率から、絶空斬を選択。
 傷跡へ惨殺ナイフを刺し込み、正確に斬り広げた。
「首無し巫女か……実際見るとなかなかの迫力だな。小さい頃びびった怪談話を想い出すよ。ただまぁ……拳が届いてしまうと怖さも半減、といったところかな。だから冷静に、確実に。捜査の基本だ」
 味方が距離をとるのにタイミングを合わせて、オルトロスが神器の瞳で睨みつける。
 この隙に誠のグラビティが、前衛メンバーの心の昂ぶりを抑えて、感覚を冴えさせた。
「あれ? 刃物を持っちゃいけないのって巫女さんじゃなくてシスターさんでしたっけ?? どうでしたっけ???」
 吹き飛んだドリームイーターに、眼鏡の奥の赤い瞳は疑問符を投げかけ続ける。
 軽く首を傾げながらも、紫緒は音速を超える拳を打ち付けた。

●肆
 攻撃を繰り返しているうちに、ドリームイーターの足許が覚束なくなる。
 鉾も榊も最早、ケルベロス達に当たらなくなっていた。
「問答無用の力技、行かせてもらうわ!」
 シィが同期し同調するのは、平行世界の向こうにいる、オウガとして生まれ育った自分。
 鬼神の腕力で以て、ドリームイーターを境内の端まで殴り飛ばした。
「紅き薔薇の散る儚き世の理を示せ……さぁ、この動きを見切れますか!?」
 立ち上がる前にカトレアが迫り、目にも留まらぬ速さでゾディアックソードを横薙ぐ。
 ドリームイーターの両足の腱を正確に斬り裂けば、吹き出す紅が薔薇と咲いた。
「ちょいと失礼、痛くないから許してね!」
 いつもの『螺旋掌』とは逆回転の螺旋の力を、掌に籠める楽雲。
 触れた部分から生命エネルギーを吸いとり、代わりに脱力感を与えた。
「B級ホラーは嫌いじゃないけど肝試しにはまだ早いっスよ。夏本番までとっとけっス! ゴー・トゥー・ヘヴン!」
 リボルバー銃から放つ弾丸が、凄まじい威力と速度の巨大な竜巻を引き起こす。
 テキサスの牡牛の大群の幻覚が、ドリームイーターを撥ね飛ばし駆け抜けていった。
「逃げたければどうぞ、動いてもいいわよ……でもニガサナイ」
 ウインクとともに、投げキッスの動作から撃ち出す耶花特製の弾丸。
 速攻で真っ直ぐにドリームイーターを撃ち抜き、耶花の虜にしてしまう。
「怪談とは真夏にやるものではないのか? 幽霊は年中無休というやつか……まぁ、現れてしまったんだから仕方ないよな」
 常に、仲間を庇い、また殿社を背に流れ弾を防いでいた誠。
 ドリームイーターの懐へ入り、卓越した技量からなる達人の一撃を繰り出した。
「噂は噂だし、これはドリームイーターだから、弔いとか意味はないけれど、精々黄泉に送り込もうか」
 最終ターンと見極めて、回復から攻撃へと転じる陽葉。
 エネルギーを練り込んだ矢は心を貫通し、ドリームイーターを眠りへと誘う。
「恨みに狂うのって辛くないです? その恨みから解放してあげますからね。怖い怖いホラーなお話はこれにて完結ですよ――女神が微笑む夜の舞、お付き合いくださいな♪」
 右足を軸にして振り抜いたのは、魔力を籠めることで重力の鎖と化した己の黒翼。
 強大な黒の奔流は、避けようとするドリームイーターを完全に呑み込んだ。
(「私は狂わない。彼女のように恨みで狂いはしない。だって、そんな理由でまた私が狂ったら、彼に心配をかけてしまうから……」)
 左手薬指に填めた銀のマインドリングを握り締めて、紫緒は想う。
 闇へ溶ける敵を反面教師として、自身の過去をなぞることのないよう、心に誓った。
 そののち。
 楽雲やシィのシャーマンズゴーストを中心に境内をヒールし、社務所へも終了を伝達。
「ふぅ、怖かったですわ。ですが、もうすぐ肝試しの季節にもなりますし、いい準備運動になりましたわね」
 被害者の応急手当も済ませて、カトレアは神社をお参りすることにした。
 皆も一緒に境内へ戻り、願いごとでもしていこうかと和やかな雰囲気……だったのだが。
「記者さんっスか。取材欲旺盛なのも結構っスけど、興味本位で首突っ込んだら祟られてもしんねーっスよ? ほら、後ろに……」
 野太い悲鳴を聴き、一行は被害者のもとへ走る。
 其処では、実はついてきていなかったコンスタンツァが笑い転げていたのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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