出し抜きあう忍者たち

作者:Oh-No


 夕暮れのとある会議室。緊張した面持ちで背広姿の男たちが、直立不動の姿勢を取っている。彼らの視線は、ブラインド越しに夕日に染まる街を見つめる男の背中に集まっていた。
「それではこれより、鈴木社長からの方針説明がございます。社長、よろしくお願いいたします」
 脇に立つ印象の薄い初老の男に促され、振り返った窓際の男が口を開く。
「うむ。……諸君、代表取締役社長、鈴木・鈴之助である。今、我が社に絶好のビジネスチャンスが舞い込もうとしている。なにしろ、螺旋帝の一族が東京都内に潜伏しているというのだからな。いいか、お前達がするべきことは新宿区の徹底的な捜索だ。万が一にも、他者の妨害に屈するようなことがあってはならぬ。邪魔が入るならば、速やかに排除せよ。お前達がエリートだというのなら、当然給料以上の働きをするはずだな。では、行くがよい」
「はっ!」
 社長から直接の指示を受け、背広姿の男たちは一斉に深々と礼をした。
 時を同じくして、こちらは古びた和室。上座に座り瞑想していた陰陽師姿の男が、目を見開いて配下たちに指示をはじめた。
「――集まりましたか。よろしい。指令を与えますから、よく聞くように。
 新宿区に異変の兆しあり。速やかにかの地に向かい、あらゆる異変を漏らすこと無くつぶさに調べ、持ち帰るのです。他の忍軍に遭遇した場合は、排除し彼らの目論見を阻止すること。くれぐれも我らより先に目的を遂げさせてはなりません。
 指令は以上です。さぁ、疾く行き、使命を果たすのです」
 指示を下した男の名は、【黒笛】のミカドという。ミカドの指示を受け、配下は紫の狩衣を翻し、静かに部屋から退出していく――。


「やあ、みんな。螺旋忍軍が都心で活発に動き始めたって聞いてるかい?」
 ユカリ・クリスティ(ヴァルキュリアのヘリオライダー・en0176)は気さくな調子で口を開いた。
「どうも幾つか違う螺旋忍軍の組織が動いているようでね、彼らが自分たちで潰し合うだけならいいのだけれど、一般人の犠牲が出そうとあっては放置もできない」
 肩をすくめてから、ユカリは表情を引き締める。
「そこで皆に螺旋忍軍の撃破を頼みたい。被害を軽減するためには、速やかな撃破が要諦となる。この場合は、各個撃破が理想だろうね。撃破しようとする対象と別のグループの力を利用できればさらに望ましい。……ようするに片側に肩入れしたあと、裏切るってことだけど」
 螺旋忍軍同士の争いが決着したところで漁夫の利を狙うことも出来るだろうが、介入するタイミングが遅くなれば一般人に死傷が出る可能性が高くなる。またこちらの仕掛け方によっては、共通の敵を得た螺旋忍軍が一致団結してこちらに向かってくることもあるだろう。
「もちろん、どうするかは皆に任せるよ。抗争が起きる場所は新宿区。西新宿の高層ビル街の辺りだ。そこで、『羅泉』と黒螺旋の2つのグループが衝突する。『羅泉』はジャパニーズサラリーマンスタイルと思えば間違いはないね。黒螺旋のほうは陰陽師……でいいのかな。古風な格好だ」
 敵の人数は双方とも4人ずつ。武器として『羅泉』のグループは革靴風のエアシューズ、黒螺旋のグループはなにやら呪言が彫り込まれた螺旋手裏剣を用いるようだ。また、どちらも共通して螺旋忍者のグラビティも使う。
「目的は螺旋忍軍双方の排除だけでいいな?」
 ユカリの説明に、ギルバート・ハートロック(シャドウエルフのガンスリンガー・en0021)が口を挟んだ。
「ああ。何を目的に争っているのか理由は知りたくとも、現場に現れる末端では大した情報は持っていないさ。目的を詳しく知るなら、別の調査が必要かな。たとえば……」
「オーケーだ。なに、少し確認しただけさ。では行くとしよう」
 話を続けようとするユカリを押しとどめ、ギルバートはハットを被り直した。


参加者
相馬・竜人(掟守・e01889)
五里・抜刀(星の騎士・e04529)
矢武崎・莱恵(オラトリオの鎧装騎兵・e09230)
アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)
東雲・凛(角なしの龍忍者・e10112)
ジェス・シーグラム(シャドウワーカー・e11559)
西院・織櫻(櫻鬼・e18663)
鳳・小鳥(オラトリオの螺旋忍者・e35487)

■リプレイ


 赤く赤く、夕暮れに染まる超高層ビル群を背景に、人々は帰り道を急ぐ。
 それら人々の中に立ったジェス・シーグラム(シャドウワーカー・e11559)は、静かに自らの殺気を解き放った。
 冷たく広がる怜悧な気配に煽られて、人々は道を往く足を早め、あるいは迂回するように遠ざかっていく。
「……この周辺は危険です……」
 遠くからは警察が避難誘導を呼びかける声も聞こえていた。協力を要請した機関が動いているのだろう。
(「あいつら頭いいように見えて、肝心なトコが馬鹿だからな。まあ、こうやって表に出て来やがるのは行幸っつーことにしとこうかね。奴らと顔合わせたら潰すだけだ」)
 相馬・竜人(掟守・e01889)は去りゆく人々の背を鋭い眼光で見つめながら、やがて現れるだろう螺旋忍軍のことを考えていると、視界の端に一般人ではありえない速度で動くいくつかの影を捉えた。
 一方は空に高く飛び上がる背広姿。他方は新宿の街からはあまりに浮いた陰陽師の装いだ。
 ――予見されていた二組の螺旋忍軍で違いない。
「『羅泉』のものか。……このような虚構の街には似合う姿よな」
「はっ、あまりに古臭いスタイルに囚われた黒螺旋のあなた方が何を言うのです」
 接触したばかりだろう『羅泉』と黒螺旋の螺旋忍者たちは、周囲を気に留めること無く互いの技をぶつけ合う。
「わわわ! ニンジャ大戦はもっとこっそりやってほしいです!」
 五里・抜刀(星の騎士・e04529)は、隠れた建物の影から様子を覗き見て率直な感想を漏らす。
「螺旋忍者の仲違いかぁ……、なんて迷惑な」
 仲違いをするのなら、自分たちの領域で勝手に争っていればいいのにと思う。
 高い位置から眼下を見下ろす鳳・小鳥(オラトリオの螺旋忍者・e35487)もまた、似たような感慨を抱いた。
「まったくですね。争いあうなら人の迷惑にならないところでやってもらいたいものです。……と言ったところでやめないでしょうから、力づくで止めましょう」
 側に隠れている東雲・凛(角なしの龍忍者・e10112)が、小鳥の言葉に頷く。
「螺旋忍軍が一枚岩じゃないのはいい事なんだけど、ね。これで毎度毎度人を巻き込まないでいてくれるなら文句はないのに。ま、喧嘩両成敗ってところかしら」
 肩をすくめてみせる、アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)はどこまでもクールだった。
「えっと、いまは様子見でいいんだよね?」
 矢武崎・莱恵(オラトリオの鎧装騎兵・e09230)は周囲を見回して、動き出さない仲間に習い待機する。
 その一方で、戦いの予感にほくそ笑む者もいる。
(「さて何方と先に戦う事になるでしょうか。下手をすれば両方と同時に戦う事になりますが。しかしてどう転ぼうとも、我が刃の良い糧となりそうです」)
 西院・織櫻(櫻鬼・e18663)は敵の技量のほどを計りながら、刃を抜くべき瞬間を待つ。


 ……けれど想定のとおりに推移したのは、当初のごく僅かな間だけだった。
 ジェスの殺気により人払いがされた範囲から、今や二組の螺旋忍軍が争う主戦場が外れようとしているのだ。
「ちっ、好き勝手に動きやがる」
 舌打ち一つ、竜人は先回りして巻き込まれそうな一般人を助けるべく街路を駆け出した。
 螺旋忍軍たちに、同じ場所で戦い続ける必然性はない。互いに技を出しあう中で有利な位置を取り合って、急速に戦場は流転する。
 この状況において、殺界形成に頼った避難では効率が悪すぎた。範囲外においては当然のように避難が進んでいない。警察の避難誘導も、戦場が移り変わることを考慮できているわけではない。
「このままだと遠からず、一般人が巻き込まれてしまうわ」
 アイオーニオンは感情を湛えぬ瞳で、静かに決断する。このまま放置しておけば、不測の事態は避けられないと、仲間に介入することを告げて動き出した。
「はい、対応はお任せしますね」
 抜刀は螺旋忍軍に見つからないよう隠れた建物から出て、アイオーニオンの後を追う。
「私は巻き込まれそうな一般人を避難させるとしよう」
「わらわもひと働きするかの」
 ギルバート・ハートロック(シャドウエルフのガンスリンガー・en0021)、そのサポートに訪れた姫宮・楓と相馬・泰地の3人も、竜人と同様に一般人を救うため散っていく。
「ここは危険だ、速やかに避難しろ!」
 泰地の大声が響く中、楓は密やかに黒螺旋へと目を向けた。
(「さて……、『あやつ』が動いたとあれば黙ってはおれぬな……」)

 螺旋忍軍同士がある程度損耗を重ねたところで不利な側へと肩入れするのがケルベロスたちの策であったが、現状では共に大した損害はない。片側への肩入れを図るアイオーニオンは『羅泉』の一人へ接触する。
「力を貸すわよ。ま、私は仕事としてテキパキこなすタイプのほうが好感が持てるし……」
 ジェスも『羅泉』に利を説くべく口を挟む。
「お互いに損害は軽減したいでしょう? 僕達と取引といきませんか?」
 ケルベロスたちの急な介入に、『羅泉』の背広たちが攻撃を止めた。黒螺旋の陰陽師たちも間合いを計りながら、状況を遠巻きに伺っている。
 背広たちは目線を交わしあった後、一人の男が代表して口を開いた。
「なるほど、なるほど。ケルベロスに好感を抱かれ、あまつさえ手助けの申し出とは光栄ですね」
 男はエリートらしい鷹揚さで頷く。だが次の瞬間、男はその仮面をかなぐり捨てて豹変した。
「……舐めるなよ! 高みの見物を決め込んでおいて、いまさら味方ぶるなどと!」
 陰陽師姿の男は口元に狩衣の袖を当てて、慨嘆の声を漏らす。
「然り、然り。この程度の浅はかな策でどうにかしようとは、我らも侮られたものよ」
「干渉せぬならと放置していましたが、先にケルベロスどもを排除するといたしましょう。よろしいですか?」
「構わぬ。目にもの見せてくれようぞ」
 周囲で一般人を避難させ不干渉を貫く様子を見せながら、今更のように肩入れしようとする。彼らにとってみれば、あまりに馬鹿にされたように感じる行為であっただろう。
 互いに争うことを止めた二組の螺旋忍軍たちは、背中合わせとなってケルベロスに向き直った。
「同時にふた手を相手することとなりましたか。それもまた善きかな。我が刃の糧としてくれましょう」
 織櫻は刀を抜き放ち、淡々と気負いなく構える。
(「皆に迷惑を掛ける悪いニンジャは、タマと一緒にやっつけちゃうんだからね!」)
 莱恵の傍らには相棒たるボクスドラゴンのタマ。身の丈近くある大盾を操って螺旋忍軍に対峙する。
「交渉は決裂か? ならばわしからいくぞ」
 そして彼らの頭上から降り注ぐ声は小鳥のものだ。いつの間にか街灯の上に直立していた彼女の手から、ケルベロスチェインが放たれる。
 時を同じくして、凛が別の街灯から陰陽師の1人を目掛けて滑空する。逆手に握った刀に纏わせた螺旋の力が次第に強まって――、
「いざ、参ります!」
 陰陽師の肩を斬り裂いた刃から、衝撃波が飛び散った。


 こうして敵の数が8人から減らぬままに、ケルベロスと螺旋忍軍間の戦闘が始まった。螺旋忍軍同士の争いで彼らが負った傷は軽微だ。目論見は崩れ去っているが、さりとてケルベロスたちが勝利を諦めるわけがない。
(「……乗ってこないか」)
 ジェスは友好をアピールするために浮かべていた微笑みを無表情の仮面の下に隠して、氷の刃を手の内に作り出す。だまし討ちにできれば最良だったろうが、ならば次善の策に取るだけだ。
「氷刃よ、繋げ」
 握った手を開けば、氷の刃が重力に引かれ、ジェスの影に落ちる。刃はそのまま影の中へ沈むように消えていき――、背広姿の足元から飛び出して肉を貫く。
「ちょこまかと動きおって!」
 陰陽師の内2人が、螺旋手裏剣を手に印を切る。すると手裏剣が怪しく光って分裂し、螺旋忍軍に迫るケルベロスたちを足止めするように頭上から降りしきる。
 前進する莱恵は大盾を持ち上げて、傘がわりにして手裏剣から自分と仲間の身を守った。
「織櫻お兄ちゃん、今のうちに進んでね」
「助かります」
 言葉少なに感謝を口にした織櫻はしばし莱恵と並走し、タイミングを計って盾の下から飛び出した。
「どれほど刃が磨かれるか、試してみるとしましょう」
 後衛を守るために割り込んできた陰陽師に狙いを定めて、雷を帯びた刃を振り抜く。手応えはあったが……、
「失礼いたします」
 上方から飛び蹴りを突き刺してきた背広姿の一撃に弾かれて、間合いを立て直す。
「皆さん、守りは任せてください!」
 抜刀はヒールドローンを前衛陣に飛ばして、味方の警護に当たらせる。オルトロスのレオ太は瘴気を振りまいて、敵の体力を削った。

(「……まったくの五分ね。損害を出さずに勝ち切るのは難しいかしら」)
 敵の攻撃を捌きながら、アイオーニオンは戦場を冷静に観察する。ディフェンダーとして敵の圧力を受けているからこその、ひりつく感覚。
「大丈夫、治すわ」
 メディカルレインで前衛陣のダメージを軽減しながら、周囲に油断なく視線を巡らせる。すると、戦いへと戻ってくる竜人の姿が見えた。巻き込まれそうな一般人の保護を終えたのだろう。
「相馬さん、一般人の人たちは大丈夫かしら?」
「ああ、あとの避難はギルバートたちに任せた分で終わる。俺もあいつらをブチのめすのに加わるぜ」
 アイオーニオンの問いに答えながら、竜人は髑髏を思わせる仮面を被る。それから握りしめた拳を構えて、背広姿のうちの1人に荒げた声を掛けた。
「つーか、そもそもこんな街中で何やってんだよテメエらよぉ」
「……」
 背広姿は応えず、無言で分身の術を自らに発動させた。そうして揺らぐ姿が癇に障って、竜人はますます声を荒げる。
「そういうとこだけ忍者らしくしやがって。だったらさっさと死んどけや、なぁッ!」
 足は大きく踏み出して、ひと息で一気に距離を詰めた。腰を捻り、勢いを乗せた拳を突き出す。
 音速を超えた拳は、分身の幻影を物ともせずに背広姿を吹き飛ばした。
「一体ずつ確実にトドメを刺させてもらうとしようかの」
 さらに小鳥が大きく側面へ回り込みながら、手にした手裏剣を放った。手裏剣は螺旋の軌道を描きながら、宙を舞う背広姿の背中に突き刺さる。
「もう一撃、重ねます!」
 そして龍の牙から鍛えたという刀を手に凛が迫った。緩やかな弧を描く斬撃が背広姿に吸い込まれようとするその瞬間――、
「そう思い通りには行かせぬ」
 陰陽師姿が割り込み、握り込んだ螺旋手裏剣で斬撃を受ける。
「――邪魔をしないでほしいです」
 凛は身体を沈み込ませ、滑るように死角へと潜り込んで次撃を放つ隙を狙う。


 一進一退のままの状況で、戦闘は続いた。互いに決定打がないのだ。混戦模様で互いの余力を削りあう。――どちらかが破綻するまで。
「いい加減覚悟して、私達エリートの軍門に下りなさい!」
 半ばから千切れたネクタイを翻し、背広姿が足を振り上げる。ビジネスシューズの底から突き出た車輪が宙を舞い、暴風を引き起こした。
「そっちこそ、みんなに迷惑をかけないように喧嘩してればよかったのに!」
 莱恵は剥がされた分のヒールドローンを放ち、守りを固める。
「回復します! ここが頑張りどころですからね!」
 後方から抜刀は、仲間を励ますように明るく声を張り上げた。現在の状況を支えている根幹に魔の手が迫る。
「お命、貰い受ける」
 牽制するケルベロスたちをかい潜り、陰陽師姿が攻撃を仕掛けてきたのだ。結んだ印から放たれた氷結の螺旋。抜刀に食い込んだ冷気が彼を苛み、これまでに受けた傷をさらに深めていく。
 主を心配したオルトロスのレオ太が、陰陽師姿を睨みつけ燃え上がらせた。
「彼奴らには勿体無い技だが……」
 小鳥が取り出したのは、黒い折り紙で折られた鳥だ。仮初の命を得て放たれた鳥は、螺旋の回廊に導かれ陰陽師姿の元へとひた奔る。
「これぞ、オラトリオの秘術と螺旋の奥義の合わせ技……忍法『鵲』」
 躱す暇も与えずに、鳥はその鋭い嘴で敵の喉元を突き刺した。
「……無念」
 陰陽師姿は力を失い崩れ落ちる。だがその身体を隠れ蓑に、新たな陰陽師姿が飛び出す。
「貴様の命、無駄にはせぬ」
 そして再度放たれる、螺旋氷縛波。
「うぐっ、すみません、あとは任せます……」
 その攻撃を受けた抜刀もまた限界に達し、その場に崩れ落ちた。

「――ハッ!」
 背広姿の飛び蹴りを左腕で受けた織櫻は流れる血を気にする様子もなく、死角から迫る幾重にも重ねた斬撃で切り返す。
 入れ替わるように飛び込んできた別の背広姿の前には竜人が立ちはだかった。
 暴風を伴って荒れ狂う回し蹴りから織櫻を守りながら、メディカルレインで仲間を癒す。
「しつけえな、オイ。いい加減くたばりやがれ」
 切れた唇から垂れた血を乱暴に拭い去って、敵を睨みつけた。相手にもそう余裕はないはずだが、こちらも癒やしきれないダメージが積み重なっている。
「ちょろちょろ動かれて面倒ね。神経でも斬っておくわ」
 アイオーニオンは左手の指先で眼鏡のブリッジを軽く持ち上げる。右手の中には氷のメス。冷たい視線で見定めた背広姿の懐に入り込み右手を一閃、急所どころか命を断ち切った。
「あら、神経だけで済まなかったわ。ごめんなさいね」
 アイオーニオンは自分のものか敵のものか、区別のつかぬ血まみれの姿で薄く笑う。
「……これで、沈めっ!」
 さらに螺旋の力で覆われた刀を手に凛が飛び出した。あまりに強大な螺旋の力に振るう刀の軌道がブレるが、それを力でねじ伏せて間合いを取ろうとする背広姿に叩きつける!
「ぐうっ」
 狙った相手は切り伏せた。けれど勢い余って体勢が崩れたところに、幾つかもの手裏剣が飛来する。
「こちらも退けぬのだ」
「させないよ!」
 それを予期していたように莱恵が受けた。大盾は間に合わなかったが、自らの身体を盾に凛への攻撃は通させない。
「ならば、貴様から往くがよい」
 だが、莱恵を狙ってさらに手裏剣が集中し、
「成果なしでは社長に面目が立たんのだ!」
 エリート然とした身なりなどとうの昔に乱れた背広姿が螺旋を込めた掌で、莱恵を吹き飛ばす。
「――!」
 慌てて放たれたボクスドラゴンのタマからのヒールは、間に合わない。
 地面を転がる莱恵をかばうようにジェスが動く。
「これ以上、やらせはしない」
 無表情の仮面は崩さない。すれ違いざまに急所へと蹴撃を叩き込み、オマケとばかりに蹴り倒す。

 双方の数に開きが生じたことで、ようやく事態が収束に向かって動き始めた。
「……終わりますか。残るあなた方も我が刃の糧としましょう」
 あくまで淡々と織櫻が敵を切り伏せ、
「あとふたつ!」
 敵の死角を縫うように走る凛がすれ違いざまに敵を切り刻む。
「今更逃がさないから、そこのところ宜しくね?」
 アイオーニオンが敵を石化で固めれば、
「これで終わりにしよう」
 ジェスのナイフに投影されたトラウマに、陰陽師姿が祟られる。
「空に生き、空で育ったわしにかなうはずもあるまい!」
 そして、小鳥が放った鵲がトドメを刺した。
 そして最後に残った背広姿の前に、竜人が立つ。
「テメエで最後だな」
「私達の負けですね。けれど、最後まで足掻かせていただきますよ」
「好きにしやがれ。咬み千切ってやるからよ。――ああ、竜が相手だ。逃げても誰も咎めねえぜ?」
 竜のそれへと変化していく右腕を掲げ、仮面越しの視線で背広姿を傲岸に見下ろした。背広姿は恐れること無く両手に螺旋の力を宿し飛びかかった。
 竜人は敵の攻撃を気にも止めず、強化した黒き腕を上からかぶせるように叩きつけ、あがくことも許さずに吹き飛ばした。
 そのさまは挑戦と言えるものではなく。
「――くだらねえ」
 仮面を外しながら言い捨てる竜人は、倒した相手を一顧だにしない。

 こうして大都会の真ん中で起きた一介の闘争は終わりを告げた。
 けっして楽な戦いではなかったが……、一般人に被害を出すこと無く終わったことにほっとする。
 しばらくすれば、またこの近辺は途切れること無く人が行き交うだろう。都心でありながら誰もいない不思議な光景を前に、ケルベロスたちは息をついた。

作者:Oh-No 重傷:五里・抜刀(星の騎士・e04529) 矢武崎・莱恵(オラトリオの鎧装騎兵・e09230) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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