夜明け前の空は、静かにベールを上げるように優しくその色を変え始めていた。
どこまでも暗い宵闇から、濃紺、そしてそこに空の薄水色のグラデーションが緩やかにかかって広がっていこうとしている、そんな時間帯だ。
そして、その夜明けを求めているかのように、一人の少年が丘へ続く道を歩いていた。
けれど、少年が求めていたのは黎と明が交わる夜明けの空ではなく――。
「この先の丘の上に夜明け前に現れる、黒いペガサスを駆るデュラハン、か……」
デュラハン――首無し騎士。幽霊や都市伝説の類に過ぎないと言っても過言ではないその存在を少年は信じ、そして夜明け前にこの先の丘に現れるという噂まで辿り着いた。
そして、噂の真偽を確かめるべく、少年は一人でここまでやって来たのである。
「戦う敵を探してるとか、そんな噂だけど。……遭ったら僕も敵と見なされて、襲われてしまうんだろうか。……それでも」
この目でその存在を確かめたい、逢いたいという気持ちは変わらないのだと言わんばかりに、少年は歩みを止めることはなかった。
――だが。
「……っ!?」
不意に自身を襲った衝撃に、少年は『それ』が何であるかを確かめることも出来ぬまま、その場に崩れ落ちる。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります――」
第五の魔女・アウゲイアスはそう囁いて、少年の心臓を貫いた鍵を引き抜いた。
やがて少年の傍らに、闇のような黒いペガサスを駆る首無しの騎士――デュラハンのドリームイーターが顕現したのだった。
●黒騎士は黎明を翔ける
「黒いペガサスを駆るデュラハンって、何かもう響きだけで心がわくわくするよね」
「ええ、ドリームイーターでさえなければ、かの少年のように対話を試みていたかもしれません」
そう言って無邪気に笑うトキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)に、三和・悠仁(憎悪の種・e00349)が静かに頷いてみせる。
すぐにトキサはきりっとお仕事モードの表情に切り替え、その場に集ったケルベロス達に説明を始めた。
未知の物事に対する強い『興味』が何者かによって奪われ、ドリームイーターとして現実化してしまう事件。その一つが悠仁の予測によって明らかになったとトキサは続けた。
『興味』を奪った何者かの足取りを掴むことは出来ないが、現場に残ったドリームイーターによる新たな被害を防ぐために、また『興味』を奪われ深い眠りについている被害者の少年を救うために、このドリームイーターを撃破してほしいというのが今回の依頼だ。
「というわけで、今回の敵は黒いペガサスに乗ったデュラハン――首無しの騎士です」
その攻撃方法は、騎士が持つ槍による攻撃が主だが、時に彼、あるいは彼女が駆るペガサスが仕掛けてくることもあるという。
だが、油断さえしなければそれほど苦戦せず倒せる相手だろうとトキサは続けた。
そして、このドリームイーターを誘き出すための方法へと話は移る。
ドリームイーターは、存在を信じたり、元となった存在にまつわる噂話などをすることで誘き出すことが可能だ。成功すれば、ドリームイーターはすぐ目の前にいるケルベロス達を敵とみなし、襲い掛かってくるだろう。
「今回の場合だと、デュラハンがどんな人なのかとか、何故黒いペガサスに乗っているのかとか。あるいは、どんな目的があって夜明け前に現れるのかとか……それは、少年が言っていた、戦う相手を探すというのもそうかもしれないけど、他にも違う理由があるかもしれない。……どんな些細なことでも大丈夫だから、想像を巡らせてみてくれると嬉しいかな」
そうして、終わった後は、と、トキサは少し考えるような間を挟んでから続けた。
「せっかくだから、夜明けまで少し、ゆっくりしてくるのもいいかもしれないよ。首無し騎士の彼、あるいは彼女が見ようとした空を。……始まりの空に、何か浮かぶ想いとか願いとか、そういうのもあるかもしれないから」
そう言ってトキサは微笑み、近くで話を聞いていたフィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)もそうですね、と穏やかな笑みを浮かべながら頷いてみせた。
「いずれにしても、まずはデウスエクスを倒すところから、でしょうけれど――」
悠仁はそう言って、同胞達を静かに見やる。
彼の右の瞳に灯る蒼い炎もまた、静かに燃え上がっていた――。
参加者 | |
---|---|
三和・悠仁(憎悪の種・e00349) |
ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466) |
燈・シズネ(耿々・e01386) |
ミハイル・アストルフォーン(白堊・e17485) |
リサ・ギャラッハ(悪魔は月を夢見て微睡む・e18759) |
デニス・ドレヴァンツ(月護・e26865) |
フィオナ・オブライエン(アガートラーム・e27935) |
天喰・雨生(雨渡り・e36450) |
――来る。首の無い馬に乗って、死を告げる者が。
リサ・ギャラッハ(悪魔は月を夢見て微睡む・e18759)が見据える先、虚空に散りばめられた無数のモザイクが、一つの形をなしてゆく。
夜明けにはまだ少し遠い世界に、降り立った一頭の黒いペガサス。
それを駆る、槍を携えた首の無い騎士。まさしく、一人の少年の心によって生み出されたドリームイーターであった。
死を告げる首無しの妖精なんて、出会わないに越したことはないのだろうけれど。
「まさか、こんな所で本物のガン・カンに出会えるなんてね」
夜明けの空に咲く彩りの花。前衛陣の背を押す力強い風を送りながらフィオナ・オブライエン(アガートラーム・e27935)が紡ぐのは、彼女の故郷、アイルランドにおいて死を告げる首無しの妖精――デュラハンを表す言葉だ。フィオナが王様と呼ぶウイングキャットのキアラも、懸命に翼を羽ばたかせて邪気を払う風を送る。
すると、傍らに立つ友と同じ名のテレビウムに指示を出しつつ、リサはその身に半透明の御業を降ろしながら毅然と騎士へ告げた。
「首無しの騎士。死を告げるなら、私にしなさい」
仮初めの命を得ただけのデウスエクスに言葉が通じたかどうかはわからない。だが、鮮やかな炎弾を浴びた騎士はまるでリサの望みを聞き届けたかのように、手にした槍の穂先を向けた。
風を孕んだ槍から迸る鮮烈な光。後衛へと襲い掛かったその一つを受けて、ミハイル・アストルフォーン(白堊・e17485)が砲撃形態へと変形させたドラゴニックハンマーから敵の動きを阻害する竜砲弾を撃ち出した。間を置かずにボクスドラゴンのニオーが自らの属性を癒しの力に変え、ミハイルに注ぎ込む。
「デュラハンは死を告げる者。ペガサスは不死の象徴……いえ、黒いのですからその意味は反転しているのでしょうかね」
ペガサスは神話に伝わる蛇神の怪物メデューサの断ち切られた首より生まれたとも聞く。この夢喰いの元となった『噂』は、その辺りにも繋がりがあるのだろうかとミハイルは考えていた。
ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)が思い返すのは、いつかのハロウィンで彼自身がした仮装。よもや、本物――と称していいのかわからない、デュラハンを模したデウスエクスと戦うことになろうとは、夢にも思っていなかったが。
「我が嘴と爪を以て貴様を破断する! いざ、尋常に勝負!」
勇ましく声を上げ、ジョルディは一気にデュラハンへと肉薄する。
黎明の空の下で交錯する二つの黒い影。雷光に似た刃を持つ鉄塊剣に地獄の炎を踊らせ、力任せに叩きつけるジョルディ。対するデュラハンもまた、ジョルディへと騎士槍を繰り出して応戦する。
「戦う相手を探してるらしいなあ。そりゃいいじゃねぇか。頭だけじゃなくててめぇのタマ、貰い受けるぜ」
好戦的な笑みを浮かべ、燈・シズネ(耿々・e01386)は素早くケルベロスチェインで強固な守りの魔法陣を描き出す。
黎明の空を翔ける騎士は、首を失くしても彷徨い続ける程戦う相手を求めているのだという。よほど自分の腕を試したい戦闘狂なのか、それとも自分の首を飛ばした相手に復讐しようと探しているのか――。
如意棒で槍の穂先を捌きつつ、天喰・雨生(雨渡り・e36450)は一瞬の隙を逃さずに痛烈な一撃を叩き込んだ。
一本足の高下駄で騎士槍の穂を蹴り、くるりと身を翻して地面に着地する雨生。その小さな衝撃に、大きめのフードが付いたローブの裾がふわりと揺れる。
竜槌から放たれる超重の一撃が、夢喰いの仮初めのいのちに与えられた未来を凍らせる。
黎明を翔ける黒騎士の噂に、デニス・ドレヴァンツ(月護・e26865)は年甲斐もなく心を踊らせていた。
相対している夢喰いの姿がデュラハンというだけでなく、ペガサスに騎乗しているというのも心に響くもので。妖精という説もあるようだが、デニスにとっては存在自体がとても興味深いものだった。教えてくれないとわかっていても、何故首がないのかを知りたいと思う程には。
御伽噺に伝わるペガサスは気性が荒いという。
だが、黒いペガサスはそうでもないのだろうか。あるいは、彼の騎士は気性の荒いペガサスを乗りこなせるほどに腕が立つということだろうか。
それならば是非とも手合わせ頂きたい。そう思いかけた所で、デニスはふと口の端を緩めた。
「――そうも、いかないか」
デュラハンというと、死を齎すもの、死を予言するものというイメージが三和・悠仁(憎悪の種・e00349)の中にもあった。
そして、本来不死の象徴でもあるペガサスの反転である黒いペガサス。これも死を象徴するものであるのなら、組み合わせとしてはおかしくはないだろう、とも。
ならば、ただ死を撒くためだけに現れたとしても何らおかしくはない。
「……ああ、そうすると、割合面白い状況ですね」
砕いた死骸の骨でつくられた魔斧。跳躍と共に騎士の頭上から渾身の力と共に振り下ろしながら、悠仁は思う。
迷い出た『死』に『死』を与えるなど、地獄の番犬にこれほど相応しい仕事もないだろう、と。
幾度となく繰り返される攻防の最中、ケルベロス達の猛攻に怯むことなく、騎士槍を繰り出してくる夢喰いの騎士。
雨生を狙った鋭い穂先が、すかさず身を挺したシズネの肩口を貫いた。
すぐにフィオナが煌めくオウガの粒子を振り撒いてシズネを含む前衛を癒し、フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)が生命を賦活する雷の力を送る。加勢に訪れた仁王の鋭い眼差しが夢喰いを捉えた刹那、雪豹のように気配を消した陣内が死角から急所を狙い、あかりが永遠に叶わぬ夢を閉じ込めたアネモネの雨を降り注がせた。
「私は、――外さないよ?」
銀の鳥が寄り添う漆黒のリボルバー銃を構え、目にも止まらぬ速さで弾丸を撃ち出すデニス。間髪を入れず間合いを詰めた悠仁が横合いから地獄の炎を絡めた魔剣を叩きつけ、テレビウムのフィオナの応援動画を横目に、リサが己の身に宿した半透明の御業が騎士を鷲掴みにした。
「重騎士の本分は守りに有り! この星に生きる数多の命の為……我が身、不退転の剣とし盾として戦おうぞ!」
これが己の騎士道であると、黒き翼のアームドフォートを展開させ、全ての主砲を一斉に発射するジョルディ。
「今の君にとっての敵は、僕達なんだろうけど。本当は違うんだろう?」
言いながら雨生が繰り出すのは、視認困難な影の如き斬撃。密やかに急所を掻き斬ったその一撃に、これまでにデュラハンへと刻まれていた縛めが一気に数を増していく。
空から星を落とすようにモザイクの欠片を散らす騎士を見つめ、雨生はぽつりと零した。
「……何のためにそれ程敵を求めるのか、訊けるなら訊いてみたかったよ」
そこに、意味など何もなかったとしても。
もしかしたら、彼、あるいは彼女は――失くした頭と記憶を探しているのかもしれないとシズネは想いを巡らせる。
それがどこにあるかはわからない。けれど、この夜明けの空に手掛かりがあって、そこへ至る道を探しているのなら――。
「そんなに見たいなら還ればいいさ、始まりの空にな。……じゃあな」
騎士の懐へ踏み込んだシズネは素早く刀を抜き、一瞬の内に鞘に納めた。刹那の一太刀と、後を追うように放たれた無数の斬撃が、黒馬と騎士を切り刻む。
「そろそろ終わりのようだね。皆、最後まで気を抜かずに行こう」
振るわれた騎士槍は最早脅威になる程の力を持たず、敵の様子を注視していたデニスが戦いの終わりが近いことを告げ、仲間達もその言葉に頷いた。
「逃がしはしない、よ」
唇に薄い笑みを浮かべ、デニスは飢えた獣を解き放った。銀色の鬣を風に靡かせた獣は、紅く朱く燃える宝玉の如き双眸で獲物を捉え――そして一息に喰らいつく。
緩やかに白み始めた空が、夜明けが近いことを教えてくれていた。
「――Abyssus abyssum invocat!」
赤を啜り、白を喰む――異国の言葉を紡ぎ上げた悠仁が身を委ねたのは、己の内に抑え込まれていた復讐心。それは燃え上がる炎の中にあって、更なる地獄を求めて歩むための力。
仮初めの夢に終わりを与えようと無慈悲に振るわれる、殺戮のみを目的とした力だった。
彼の騎士が黎明に現れるのは、寝込みを襲おうとする者を返り討ちにするためか。そのようにしてメデューサを退治した英雄への復讐か、あるいは、それと同じことをする者への戒めか。
いずれにしても、ここで倒されるのはケルベロスではなく、ドリームイーターである騎士自身なのだけれど――。
そして、長い髪をふわりと靡かせながら、畳み掛けるようにミハイルが迫った。
「天翔る黒騎士、その魂貰い受けますよ! ……獣聖解放ッ!!」
声と共にその姿を半獣と変えたミハイルが、花吹雪のように舞う大量の符の結界に自らと騎士を閉じ込めた。結界の中、騎士へと肉薄したミハイルは拳を叩きつけ、符に封じられたグラビティを一気に流し込む。
刹那、地面から噴き上がった巨大な十字架が、騎士を天へと撃ち上げた。
「デュラハンよ。首が無くとも騎士なれば――己にとって大切な、守るべきものが有ろう?」
騎士道を極めんとする身として参考までに聞いてみたいとジョルディは思うが、首のない騎士に果たしてそれを語ることが出来るかどうか。
だが、ジョルディにとってそれは些細なことに過ぎなかった。真の騎士ならば、言葉ではなく想いを託した刃で語り合えば良いのだから。
「受けよ無双の必殺剣! ライジィング……サンダァァァボルトォォォッ!」
落下してくる夢喰いの足元で下段の構えを取りながら力ある言葉を解き放ったジョルディは、機体各所のブースターを開放し、大剣と斧をクロスさせ一瞬にして切り上げた。
それはまさに、地より天へと昇る雷光と呼ぶに相応しい鮮やかな一閃。
「行くよ、リサさん!」
「ええ、フィオナちゃん」
デュラハンの身体を作り上げていたモザイクが、夜明けの空に散ってゆく。それを見つめながら、フィオナとリサは互いにしっかりと頷き合った。
「光を纏いて貫け! 何が相手だって、押し通る!」
「光を纏いて斬り裂け! ここから先は、一歩も通さない――!」
二人の声と想いが重なり、夜明けの星に似た金と銀の光を纏わせた二人の剣が敵を斬る。
最後まで、騎士は騎士であることを止めようとはしなかった。その手に握り締めた槍を放すことなく、最後のその瞬間まで戦い続けようとした、一人の騎士。
在るべき場所へと還すために、雨生は静かにその手を伸ばした。
「天を喰らえ、雨を喚べ。我が名は天喰。雨を喚ぶ者――」
雨生の左半身に刻まれた梵字の魔術回路が呼応して赤黒く輝き、天喰らう雨喚びの血族に伝わる雨呪の発動を告げる。
掌底により打ち込まれた波動が奪うのは、生命の水。夢喰いの身体を内から炙るように急速に蝕む乾きが、仮初めの命に終わりを齎した。
悪夢の残滓たる騎士は澄んだ音と共にモザイクの欠片となって砕け散り――乾いた砂のように、風に溶けて消えていった。
戦いの跡にヒールを施せば、騎士への弔いのように淡い色彩の花が綻ぶ。
夜明け前のこの時間は、まだ気温が低い。ゆえに、ジョルディは予め用意してきた水筒から温かい紅茶を紙コップに注ぎ、共に戦った仲間達へと振る舞った。
そうして一息つき、ジョルディは夜明け前の空を眺めながら、彼の騎士が守ろうとしていたものに改めて想いを馳せる。
それは、ジョルディ自身に、騎士として守るべき――大切な存在があるからこそ。
夜から朝へ、緩やかに色を変えてゆく世界。
黎明の空を見上げ、ミハイルは安堵の息をつく。
(「――存外、」)
黒騎士がこの時間に現れるのは、この景色を独り占めしたかったから、かもしれない。
それくらい綺麗な空だと、ミハイルは思った。
「死を告げられた人がガン・カンを返り討ちにしたら、いったいどうなるんだろう。ね、リサさん?」
白みつつある空を眺めやりながら問いかけるフィオナに、リサは静かに首を振った。
「例え退けたとしても、死は避けえないものですから。……あの騎士は、何を望んだんでしょうね」
その答えはわからない。だが、彼の騎士が望み、誓ったものは、きっと確かに在っただろう。リサの手の中に確かな形として残った、夢の欠片たる黒き翼のように。
そうだねと頷いて、フィオナはもうどこにもいない騎士へ敬意を込めて呼び掛けた。
「お伽話の時代はもう終わったんだ……おやすみ、クロム・クルアハ」
夜空の裾に差すのは朱。月が怖くても、星の海に呑まれそうでも、孤独を恐れる心を押し込めている時でも傍に居てくれる、唯一人の少女の色。
胸の袂に浮かび上がる想いを口にすることなく、けれど意識だけは傍らに向けながら陣内は静かに夜が明けていく空を眺め、そしてあかりは薄いケープにくるまりながら、その横顔を空の代わりに見上げていた。
夜を削り出したように精悍な彼が繊細な心を覆い隠し、震える足を叱咤して立っているのを、そしてそれこそが彼の優しさの元であることも、あかりは知っている。
「……陣、寒くない?」
「――呼んだ?」
ケープを差し出そうとあかりは声を掛け、そして呼ばれた気がして陣内はようやく隣を見る。
互いを彩る光に、ささやかな願いと希望を重ねて。
「……あー、早くに出てきたからねっむい……」
「この時間帯に出てくれば、そうなるのは分かっていたろうに」
眠たげに目を擦る深々見に、悠仁が返すのは少し呆れたような声。
「そりゃそうだけどさー、せっかくのRPG的光景だし見たいじゃん? 中ボス! って雰囲気でいい感じだったなー……」
先程戦った騎士を思い返せば、深々見の声と笑顔がほんのり弾む。
「……中ボスか。見た目は、大物感が出てたような……」
「だってラスボスとか裏ボスにするには強さが足りないよー」
こう、プレイヤーをちぎっては投げちぎっては投げしないと、と身振り手振りを交える深々見を見やり、
「……そんなレベルの奴が簡単に量産されて堪るか」
深い溜息を零した悠仁に、それもそっかー、と深々見はあっさり納得したようで。
「……そろそろ朝かぁ。じゃ、帰って寝よ……お昼頃起こしてねー」
「知るか、アラームでも鳴らせ……いや、それじゃお前は起きないか……」
見上げた空は、戦いが始まった時よりも大分明るくなっていて。大きく欠伸をして立ち上がる深々見をやはり呆れ顔で追いつつ、悠仁は無意識に口元が僅かに緩んでいたことに気がついた。
交わしたのは取り留めのない言葉ばかり。けれど、そこには確かに、自身には薄れかけた確かな日常があった。
丘を渡る風に、フィエルテはそっと髪を押さえながら空を見る。
「フィエルテは、首無し騎士……どう思った?」
傍らに立つデニスの問う声に、フィエルテはそうですねと前置きしてから、少し考えるような間を挟み、そっと続けた。
「例え首を失くしても、……何かの、あるいは誰かのために戦おうとするその姿は、とても、誇らしいものと。そう、思います」
答えになっているでしょうかと案じる娘に、そうか、とデニスは柔く微笑みながら頷いた。
そうして二人の眼差しは、ゆっくりと夜明けを迎えようとしている空へ向けられる。
「……夜が明けるよ。優しい朝だ」
「はい、――新しい世界の始まり、ですね」
始まりの空にシズネが思い巡らせるのは、傍らのラウルと出会った頃。それからの、『ハジマリ』の記憶。
憶えてるか、と問うシズネに、覚えているよとラウルは確かな声で答えた。
そうして思い起こす、出逢いから始まった日々。
気がつけばいつだって隣にいてくれて、移ろう時の中、世界を燈す彩を共に触れ、たくさんの想い出を重ねて二人、歩んできた。
本当はもう、色なんて喪った筈だった。けれど、彼が、――シズネが、ラウルの褪せた世界に彩りをくれたから。
夜闇を拭い去る鮮やかな暁光は、ラウルにとってはシズネの命の色のようで。
「ねぇ、シズネ。夜が明けて星が見えなくなっても、その輝きは空に在って。君が憶えていてくれるなら、いつでも傍に在るんだよ」
空から消えていく星々のように、彼がもしも居なくなってしまったら。
怖いような寂しいようなこの感情が、シズネにはまだ分からない。
けれど、このぬくもりを失いたくないということだけは分かる。
「……目が覚めても、おめぇはちゃんとそこにいるよな?」
重くなる瞼と共に、シズネは迷う心に幕を下ろした。
「……うん、おやすみなさい、シズネ」
お喋りの続きは、夢の中で。
夜明けの空は明日を連れてきてくれる空。だから雨生はこの空が好きだった。
雨生は彼が彼である証――魔術回路が刻まれた掌を、そっと夜明け前の空にかざし、眩し気に目を細めて見つめる。
「奪わなきゃ、生きてゆけないけど。それでも繰り返す明日に僕がいることを、貴方達は望んだんだよね。……そうでしょ?」
それは、誰にも聞こえない程の、小さな声。
それでもきっと丘を渡る風が拾って、ここではない何処か、夜明けの空のその先へと連れて行ってくれただろう。
作者:小鳥遊彩羽 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年5月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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