10番目の命

作者:雨音瑛

●猫の噂
「猫には9つの命がある、という話を知っていますか?」
 動画撮影をしながら、青年は夜の路地裏を進む。
「猫はそう簡単には死なない、9回生まれ変わることができる、などいろいろな説がありまして……いま俺が追っているのは、既に9回死に、10番目の命を求めているという猫です」
 言いつつ、ごくり、と青年は息を呑む。
「その猫に出会うと……猫好きの俺もさすがに怖いのですが……なんと、命を奪われ——猫の10番目の命として利用されてしまうのです!」
 がさり、という物音で青年は立ち止まる。視線の先には、ひとりの女性。女性は、安堵する青年を手にした鍵で容赦なく突いた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 女性が呟いた直後、青年はその場に倒れ込む。
 路地裏に刺す月光が、成人男性ほどもあろうかという猫のシルエットを映し出した。

●ヘリポートにて
「化け猫のドリームイーター……そうか、私が警戒していたことが現実になったのだな」
 イル・ファタリタ(彩涯・e28643)が、伏し目がちに言う。
「ああ。不思議な物事――今回は『10番目の命を求める化け猫』という噂に強い興味を持ち、実際に調査を行おうとした青年がドリームイーターに襲われ『興味』を奪われた」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちに説明するのは、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)だ。
 『興味』を奪ったドリームイーターこそ既に姿を消しているが、奪われた『興味』を元に現実化した化け猫のドリームイーターが事件を起こそうとしている。
「被害が出る前に、化け猫の姿をしたドリームイーターを撃破して欲しい。……こいつを倒せれば青年も目を覚ましてくれることだろう」
 では撃破のために必要な情報を、と、ウィズはタブレット端末の画面を切り替える。
「戦闘となる場所は、オフィス街の路地裏。時間は夜間だが、周囲にあるビルや外灯の明かりがあるため、照明の持ち込みは不要だな」
 戦闘となるドリームイーターは1体で、成人男性ほどの化け猫の姿をしている。状態異常な攻撃を使い分け、ケルベロスを翻弄するようだ。
「また、人間を見つけると『自分が何者であるか』を問い、正しく答えなければ殺す、という行動を取る。この場合は『10番目の命を求めている化け猫』が正答だろうな」
 正しく答えれば見逃してもらえることもあるが、どう答えても戦闘には影響がないと、ウィズが続ける。
「この化け猫ドリームイーターは、自身を信じていたり噂している人がいると、その人の方に引き寄せられる性質もある。これを利用してうまく誘き出せば、有利に戦えるだろうな」
 どうするかは君たちに任せようと、ウィズが説明を終える。
「誰かの命を奪ってまで生き延びようとする猫、か……野放しにはしておけないな。協力を頼む」
 イルは静かに、ヘリポートのケルベロスたちに告げたのだった。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
橘・楓(忠犬オラトリオ・e02979)
黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)
グラム・バーリフェルト(撃滅の熾竜・e08426)
レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)
兎塚・月子(蜘蛛火・e19505)
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)
イル・ファタリタ(彩涯・e28643)

■リプレイ

●命を求める者
 オフィスビル裏手の、少し開けた場所。ここならば問題なく戦闘ができるだろうと、イル・ファタリタ(彩涯・e28643)がキープアウトテープを貼り始める。
「これで、よし。では、私は青年を探してくる」
 仲間に告げ、イルは青年を探すために別の路地へと向かう。
 そびえ立つオフィスビルに囲まれた路地裏は、窓から漏れる光の明るさこそあるものの不気味な雰囲気を醸し出していた。
「オカルト好きもいいけど、雰囲気のいい場所でやるもんじゃないねぇ」
 肩をすくめるのは、レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)。表通りとは違い、路地裏に面した壁や窓は汚れがちだ。場所によっては、放置されたゴミや捨てられた観葉植物などもある。野良猫がうろついていても不思議はない場所だろう。

 やがて、青年を離れた場所で発見したというイルが戻って来た。
「良かった、これで気兼ねなく始められますね」
 藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)が、仲間に視線を送る。化け猫の姿をしたドリームイーターを誘き寄せるため、全員で噂話をするのだ。
「このへんやろ、例のヤバイネコ。なんかもうネコ言うかもはやトラみたいなヤツらしいで」
 兎塚・月子(蜘蛛火・e19505)が、声を張り上げる。いかにも面白半分でやってきた若者のような調子で。
「猫が9回生まれ変わるって話自体は相当昔からあるのよね。9という数字自体に神聖な意味があるみたいだけど……そこから外れたからこそ、化け猫なのかしら」
「そもそも、猫の逸話には不吉なものも多い。ある意味こういう噂が立つのも、必然だったのかも知れんな」
 セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)の言葉に、グラム・バーリフェルト(撃滅の熾竜・e08426)がうなずく。
 仲間の話に相づちをうち、聞き手に回るのは橘・楓(忠犬オラトリオ・e02979)。
「猫は好きですけど……命を奪う猫はちょっと恐いですね……誰かの命を奪って生き延びるなんて……」
 怖がりつつも、興味津々に。楓は仲間の話を聞いては小さく驚いたり、続きを促したりしている。
「ねこ殿はやはりすごいな……」
 感心した様子で仲間の話を聞くのは、九つの命を持つ、という逸話を本気で信じてるイル。幾度もの死を乗り越えて生きる、人生の先輩とすら思っている。
 しかし今回の相手は『猫』の姿をした『命を食らう化け物』だ。
 常に警戒を怠らず、路地裏で言葉を重ねてゆく。
 それぞれが知る逸話も交えながら噂話をするケルベロスたちに、不意に大きな影が落ちた。
「私が何者か、お前たちは知っているか」
 ごく低い声で化け猫が問えば、黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)が化け猫の真正面で答える。
「敵よ」
「貴様はただ命を略奪する者だ。それ以外の何者でもない。故にその身を持って、命の重みを教えてやるとしよう」
 グラムが答えるや否や、月子も化け猫を頭からつま先まで品定めするように見遣る。
「なんやったっけお前……『何べんも死に損なったネコ』? それとも」
 一呼吸置き、月子はにやりと笑った。
「『これから死に晒すネコ』か?」
 茶化す返答に咆吼のごときうなり声を上げ、化け猫は猛る。
「じゃあま、頼りにしてるよみんな」
 片手を上げて、レオンが仲間を見渡す。次いで化け猫を見上げ、惨殺ナイフを抱えた。
「ああ、僕のことは取るに足らない塵と思ってくれて結構。気付いたころには全身蝕まれて御終いだ」

●執着
 猫同士の喧嘩で聞くような声で、化け猫が威嚇する。むき出しの牙と敵意を見せつけるように、化け猫は炎を放った。命を模した輝きは、白く、赤く燃えさかる。
 迫る熱源を景臣は難なく回避し、相手の懐へと潜り込んだ。
「お静かに」
 言い聞かせるように見上げて放つ一撃は、化け猫を押し返さんばかりの威力。地面に爪を立てて体勢を制御する化け猫に、舞彩のドラゴニックハンマー「ドラゴニックメイス」が竜砲弾が襲い掛かる。
「人の心から生まれた怪物、ある意味被害者かしら?」
 言いつつ、さらなる命を求める化け猫に舞彩が冷たい視線を送る。
「でも、生きるために命を奪うなんて当たり前でしょ?」
 舞彩は降魔拳士だ。降魔拳士は、デウスエクスの命を、魂を喰らい利用する存在。
「……自然なことよ。こちらも同じ。生きるために、命を奪う」
 ただし、と、グラムが鉄塊剣を黒い結晶へと変化させる。
「散るのは貴様の命だ、怪猫。この剣で化けの皮を剥いでやるとしよう。——さあ、砕け散って見せろ」
 鉄塊剣を叩きつければ、命の欠片たる結晶が削れてゆく。
「貴様は怪異などではなく、ただのデウスエクスに過ぎん」
「死は一度切り、生も一度切り。だからこそ凄烈に生きる意味がある」
 グラムが化け猫を睨んで距離を取るのを確認し、レオンは精神を集中する。
「さあ君もたった一度の生を全力で駆け抜けるといい、『興味』から生まれた幻影よ。その歩みを全霊を以って粉砕しよう」
 直後、爆音と爆風が、化け猫を包み込んだ。
 セレスの手にしたドラゴニックハンマーが化け猫の手足を凍り付かせるのを横目に、楓が歌声を響かせる。
「自分らしく生きる意味 ただ伝えたくて 今君に届けるよ」
 楓のライトニングロッドから雷の壁が生まれ、後衛の前に築かれる。
 また、前衛の耐性を高めようと、月子が解穢真言を口にする。
「おん、ころだの、うん、じゃく」
 喚起された火柱が、仲間を包み込んだ。炎はやさしい暖かさで、それぞれの身を清め続けるものとして作用する。
 イルのシャーマンズゴースト「ぱぴるす殿」は、主に祈りを向ける。
 イルはぱぴるす殿に礼を述べ、化け猫へと向き直った。
 否、正確には猫ではない。何度も生と死を経験してきたという噂から生まれたドリームイーターだ。
 自身がまだデウスエクスであった頃、イルにとって死は『眠り』だった。グラビティ・チェインさえあれば目覚められるため、恐れるようなものではなかった。
「定命の後、私は宿敵に心臓を貫かれた」
 その際に己の死を。そして恩人が天寿を全うした際に、他人の死を。そこで知った『死』で、生死についての考えが大きく変わった。
「死を恐ろしいと感じる一番の理由は」
 ゲシュタルトグレイブ「Achillea」を握り、イルは息を吐く。
「大切な人を置いていってしまうこと」
 雷撃をもって化け猫を貫き、ごく小さな声でつぶやいた。

●望むもの
 路地裏での戦いは続く。襲い掛かってくる化け猫に、ケルベロスたちは的確な対処を重ねてゆく。
 いくら傷を負っても、化け猫は逃走するような素振りを見せなかった。
「消し飛べ!」
 舞彩が地獄化した左手を化け猫に当てる。そこへ叩きつけるのは、闘気の雷を纏った右の拳。炎と雷によって発生した爆発は、化け猫に凄まじいまでの衝撃を与えた。
「合わせるよ」
 化け猫の側面に回りこんだレオンが、舞彩に続いて動く。
「かくして刃は錆び付き、剣は砕けて気高き御身は倒れ伏す。さあ幕を引け、その眼を閉ざせ、塵でしかない我が身のように」
 降り落ちた影が、化け猫に重圧を与える。身勝手な願いを具現化した妨害術式を放ち、レオンは化け猫と距離を取る。
「でかいだけの猫ならまあ、気楽気楽。死にたくないという意思はよし、でも必死さが足りないよ君は」
 銀色の目を細め、レオンは小さく笑った。
「死にたくないがために命を喰らって生きる、か。多くを犠牲にしてきた私も、件の化け猫と同じようなものだな」
 自嘲めいた笑みを漏らし、グラムは地獄の炎を叩きつける。
「……そこまでして欲しいのかな……死を恐れるのはわかるけど……」
 楓が視線を落とし、つぶやく。でも、とすぐに顔を上げ、悲しげな目で化け猫を見る。
「1人でずっと生きて……大切な人達が先に死んでいくなら……私には意味ないかな……」
 そう言って、楓は歌を紡ぐ。想いを綴った、情熱の歌を。
「別れの時は必ず来る けれど共に繋いだこの想いは決して消えない」
 楓が『エーデルワイス』を歌い上げれば、セレスの傷が癒えてゆく。
 対して、化け猫の体は傷だらけだ。口をカッと開け、舞彩を睨む。
「生きたいのかしら?」
 舞彩は化け猫を見つめ返し、首をかしげた。
「でも、命はあげられない」
 舞彩が言い切るが早いか、景臣の斬霊刀「舞藤」が閃いた。恐ろしく正確に傷口をなぞられた化け猫は、悲鳴を上げて飛び退く。
「死は等しく訪れるもの。それ故に誰もが死を恐れるのでしょう。きっと、それは貴方も同じ」
 景臣の言葉、その意味を化け猫は理解しているのだろうか。猫らしい声で鳴いたあと、化け猫はケルベロスたちの攻撃を警戒するように何度も尻尾で地面を打っている。
 命を寄越せと、言わんばかりに。
 セレスは、思わずライトニングロッドを握りしめた。
「誰かの命を奪った所で、死んだ者は蘇ったりしないわ。怖かろうが悲しかろうが、精一杯生きた生ならそれを穢すような真似しちゃいけないの」
 しかし、本当にそれを言いたい相手は化け猫ではない。
「……感傷的になってる場合じゃないわね。届くわけでもないんだから……」
 頭をよぎるのは、セレスがかつて関わった事件。意識から振り払うように首を振り、化け猫へ雷撃を放つ。
 とある家族の結末は、未だセレスの胸の内をかき乱していた。

●生きるために思うこと
 グラムが化け猫を蹴りつけ、着地した。それを確認した楓が、バイオレンスギター「Melody Line」を奏でながら歌う。
「いつでも想ってるから この場所で 愛の歌を謳おう」
 随時ヒールが施されるケルベロスに対し、化け猫は傷が増えてゆくばかりだ。
 化け猫が毛を逆立ててビルの壁面を蹴って斜め上方から冷気を放つと、景臣を中心とした前衛が冷気に包まれる。
「……すみません。僕の命は僕一人のものではない。ですから、貴方に差し上げる事は出来ません」
 刀の銀細工に重なる霜を払い、景臣は化け猫を見上げた。と同時に身構え、雷の霊力を帯びた刀身が化け猫を貫く。
 畳みかけるのは舞彩。降魔の一撃を叩きつけて自らを癒せば、セレスが化け猫に向けて囁く。
「嫌なもの程気に掛かる。気に掛かるから縛られる。さぁ、貴方が厭うものを教えて頂戴?」
 届けられた言霊に、化け猫を拘束する呪いが増えてゆく。
「追加一撃。持って行け」
 レオンが進み出て、惨殺ナイフで抉るように斬りつける。さらに化け猫の眼前で、月子が惨殺ナイフ「密刀「截蜘蛛」」の刀身を見せつけた。
 化け猫は目を見開き、苦痛に呻く。化け猫にしか見えないトラウマは、何度も死んだ際のものだろうか。
「一点ものを九回も落とすなや、あたいなんかただの一回だって落としたことねーぜ」
 月子はかつて他者の死を糧に生きた者だ。しかし「一殺多生」の矜持は、今は目の前のドリームイーターへと向く贖罪。
 見れば、化け猫は耳を後ろへ向け寝かせている。猫が不安や恐怖を覚えている際の反応だ。イルは、静かに化け猫へと踏み出した。
「……死を恐れる心は私にもある。生き長らえればそれだけ大切なものは増えていき、失うものの大きさに潰されそうになる」
 だが、死はいずれ必ず訪れる。ならば、自身を生かしてくれた命のために。この生が無為ではなかったことを証明するために。
「私は、歩み続けた軌跡に誇りを持っていたい。——看取りの妖精としての責務、果たしましょう」
 冥府深層の冷気を纏い、化け猫を氷雪結界に封じる。冬の檻で、化け猫はゆっくりと目を閉じた。
「此処に、眠れ」
 結界が解け、化け猫が倒れ込む。
「キリよう去んどけ、あとは閻魔様に帳尻合わしてもらいな」
 月子が腕組みをして、化け猫から立ち上る煙を見送る。
 やがて化け猫も、静かに消え去った。命を得ることなく、再び蘇るようなこともなく。
 ほんのわずかな静寂の後、戦闘で破損した箇所へヒールを施してゆく。爪の後や攻撃の後が、幻想を帯びながらも修復された。
 ヒールを終えたところで、セレスが仲間に告げる。
「さて、お寝坊さんを起こしに行きましょうか」
 向かうは、路地裏の一角。青年は、ややぼんやりした様子であたりを見回していた。景臣はうなずき、安堵する。
「無事に目覚めたようですね」
 ケルベロスたちに気付いた青年は驚き、立ち上がった。すかさずイルが歩み寄り、軽く叱るように今回の事件を説明した。
 話が進むにつれ申し訳なさそうにする青年に、景臣とイルが帰宅を促す。青年は何度もケルベロスたちに頭を下げ、その場を後にした。
「これで一件落着だな……ん?」
 青年が去った後、グラムが見たのは一匹の黒猫。今回の発端となった噂が頭をよぎる。
 黒猫は小さく鳴いてグラムの足元にすり寄ってきた。
(「もしかしたら、いつか私も化かされるのだろうか?」)
 猫が人を化かすというなら、せめて人に愛されるような類の化かし方を。
 そう願い、グラムは猫を優しく撫でた。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。