●蠢動
夜闇から音も無く其の輪郭を現したのは一対のカラクリめいた蝙蝠羽。
螺旋忍軍が一、『月華衆』を指揮する機巧蝙蝠のお杏からの下知を黒鋤組の忍び達は静かに跪いて待つ。
己達を動かすという事はすなわち水面下で何かが動こうとし始めており、それらが実際に波紋となって拡がる前に上級忍者たる彼女は先んじようと望んでいるに他ならない、と何も伝えられずとも彼らは既に『上』の意を汲んでいる。
弱兵と謗られようと黒鋤組は己が役割を賢明に理解する下忍揃いなのだから──だが。
「螺旋帝の一族が東京都心部に現れた」
「……っ!?」
そんな彼らをしてお杏が発した第一声に動揺を隠せなかった。波紋どころか本星すら巻き込む大津波ではないかと。
「一刻も早く、我らが月華衆が、その御身を保護せねばならない。お前達は荒川区を中心に探索を行いどんな些細な情報でも報告せよ」
決して激せず怜悧に紡がれ続ける命令を前に黒鋤組達も徐々に平静を取り戻してゆく。
己が感情を殺しどのような手段を用いてでも為すべき任務──彼らにとって任務とは全てそうしたものだが今回の件はひときわ別格だ。
「既に他の忍軍も動いているだろう。もし探索中にそれらのいずれかと接触した場合、最優先でこれを撃破するのだ。御身を奪われるわけにはいかぬからな」
──ほぼ同時刻。
「あなた達仕事よぉ。スナッフマニアさんがね、良い情報を仕入れてきたの」
過度のしなを作り、いいお酒が入ったのとでも発言された方がよほど相応しい雰囲気と共に『真理華道』を指揮するヴァロージャ・コンツェヴィッチは直属の部下達にトークを切り出した。ヴァロージャは地球犬種でいえばボルゾイを思わせる純白の獣人姿で艶やかな着物はその逞しい胸元を見せ付けるかのように大きくはだけられている。
「あの螺旋帝の一族が、この東京に現れたのですって」
螺旋帝の一語にうっそぉ~ん、いやぁ~ん、マジマジど~んだけぇとざわつき始めた部下達の外見はいずれも中年の地球人男性と見分けのつかない偉丈夫揃いだったが、纏う衣装は全員ラメラメでセクシーなチャイナドレスだ。
「螺旋帝の一族を確保すれば真理華道の名が一気に上がるわよ! あなた達は荒川区あたりを捜索してらっしゃい!」
粋な金煙管を指揮棒代わり、ヴァロージャは部下達に向けて大きくピッと振り降ろした。
「じゃあ最後に、──もし邪魔者がいればぁ~……」
「「「見敵必殺ぅー!!!」」」
可憐かつ野太く異口同音で返った即答。満足げに頷いたヴァロージャは、おねぇの意地を見せつけてやりなさいと忠実なる部下にして同志であるおねぇ忍者達を見送るのだった。
●摘華
東京都心部で複数の螺旋忍軍組織が大規模かつ活発な活動を見せており、遂には螺旋忍軍同士の戦闘へと発展しているのだと笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は切り出した。
「このままだと地球なんておかまいなしなデウスエクス同士の大ゲンカに街もそこに住む人たちも巻き込まれてしまうんですっ。そんなの絶対に止めなきゃなのです!」
駆けつけたケルベロス達に『月華衆』及び『真理華道』両軍の撃破を依頼したねむは実際に阻止するにあたり採れ得る二つの方針についてざっくりと説明を始める。
一つは双方が疲弊した後に攻撃を加えて漁夫の利を狙う作戦。
もう一つは戦闘発生と同時にどちらかの忍軍に加勢してまず片方を撃破した後に残るもう片方も討つ作戦だ。
人的被害を出さずに済むのは圧倒的に後者だが、消耗前の忍軍の前に姿を現すリスクを負う事となる。この状況下でもしも敵2隊が協力態勢を築いてしまえば勝利は難しいものとなる為、敵を分断するなんらかの交渉と『漁夫の利狙いではない』と共闘相手に思わせる具体的行動が必要とされるだろう。
ただ螺旋忍軍側もケルベロスと知れば敵対勢力排除に可能なかぎり利用したいと考える様なのでその点をこちらも逆利用してやれば各個撃破はそれほど困難ではないかもしれない。
確実な両軍撃破のみを狙うなら前者方針の方が容易だろうが、こちらは市民の死傷者を出す危険が飛躍的に高まってしまう。
地元警察等によって避難誘導は行われるだろうがデウスエクスに対抗できるのはケルベロスのみである以上、敵2隊が疲弊する前に直接介入を余儀なくされる可能性も大いにある。
そうなってしまえば螺旋忍軍達はまずケルベロス排除を最優先し、呉越同舟もやむなしと2隊で連携して襲いかかってくるだろう。
「どっちがいいかはケルベロスのみんなにおまかせします。今回みんなに向かってもらうのは荒川区にある川の近くの遊園地なのです」
不幸中の幸いというべきか戦闘が発生するのはたまたま休園日らしい。しかし普段よりぐっと少数ながら仕事中のスタッフは園内に存在するし、少し離れた場所にはふれあい用の動物たちが住む動物舎もある。
また日中である為、遊園施設の外の道路は普通に人や車の往来があり住宅地もある。
2つの介入方針のどちらを採るにせよ、螺旋忍軍もしくは周辺一般人のどちらかをケルベロスが巧みに誘導する必要があるだろう。
ねむは『月華衆』『真理華道』から派遣された部隊についてもそれぞれ説明する。
同数ながら純粋な戦力面だけでなら真理華道がやや有利だが、任務第一の黒鋤組と比べ、おねぇ忍者軍団には雑念邪念も多い為か戦闘はほぼ互角の消耗戦へと突入する模様だ。
「ノンケでイキのいい任務マシーンボーイちゃんたちを力尽くで屈服させた~い、くっころ萌え萌え~ってチャイナドレスのおじさん達はくねくね叫んでましたっ」
ケルベロスに漏らさず情報を伝えようといつだって全力なねむは見たまま聞いたそのままを素直に口にした。いたいけな11歳に何言わせとるんじゃ螺旋忍軍いやむしろヘリオンとツッコミを入れたいケルベロスも居ないではなかったがとりあえず完全スルーだ。
「今回の螺旋忍軍は下っぱさんばかりみたいだから色々さぐろうとするよりとにかく被害を食い止めることに専念してほしいのです。おねがいしますっ!」
ヘリオライダーはそう話を締めるとパンダ耳つきの頭をペコリと下げるのだった。
参加者 | |
---|---|
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550) |
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000) |
連城・最中(隠逸花・e01567) |
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455) |
松永・桃李(紅孔雀・e04056) |
スマラグダ・ランヴォイア(竦然たる翠玉・e24334) |
リビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563) |
月井・未明(彼誰時・e30287) |
●地均しの鋤
──今にも泣き出しそうな、重く垂れこめた曇天の下。
荒川区の隅田川沿いに位置する遊園施設内へと降下したケルベロス達は月華衆と真理華道が衝突するという現場へと急行する。
「オレたちはケルベロスだ、危ないから避難しろ!」
途中出会った園スタッフらには割り込みヴォイスを用いた相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)が大声で呼び掛け、 他の者達も芝生広場を避けて園外を目指すよう言い添える。
ヘリオン内からの通報でケルベロス到着前に現場周辺の事前避難や通行規制を済ませておく策は予知の前提を大幅に変えてしまう恐れがある為、実行には移されなかった。
遊園に辿り着く前に騒ぎを目にした敵2隊がそれを避け、荒川区内の全く別の場所で戦闘を始めてしまった場合にそれが予知よりも閑散とした場所で行われる保証はない上に、ケルベロスも警察も完全に間に合わなくなってしまう。
「螺旋忍軍同士でいったい何を……。ご近所迷惑になる前に止めないとですね」
「争いの理由を探るのは置いといて、ここで暴れられたら迷惑ッってだけが真実ね」
普段は穏和なリビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563)だが怒りと使命感からほんの少し語気が強まる。その通りねと返されたユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)の台詞に大きく頷いた。
(「己にも宿る螺旋の力。何より嫌いな力……それでももう戦わずに後悔はしたくない」)
連城・最中(隠逸花・e01567)の目元からそっと眼鏡が外される。
休園中の開けた広場の中で忍者とおねぇ忍者の一団がひと塊で睨み合う様を見つけるのは容易い。戦いの第一幕がまずは切って落とされる。
「月華衆追討の依頼を受けていたら、よもやこんな事になってるとはね」
長い翠髪を掻きあげ、自然と漏れた一人言の呈でスマラグダ・ランヴォイア(竦然たる翠玉・e24334)が呟けば両耳の獄焔が揺れる。
己達の後背を衝く形で現れた一団に対し、月下美人を印したエアシューズの少年少女達は即座に背中合わせ、真理華道とケルベロスの両方に隙を見せぬ態勢を取り直す。
「……先ほどから騒ぎ立てていたケルベロス達か」
「これからがお楽しみってトコロにサイアクなお邪魔虫登場ねぇ~ん」
両軍、口を揃えて敵意丸出しだが不死たる彼らを殺し得る存在である事を考えれば当然の反応だ。
「月華衆を探して来てみれば仲間割れ……いや別勢力ですか? 目的は同じ、ならば今は手を組みませんか。美しいお姉さん方」
「あらぁん……」
内心を覆い隠し、最中は真理華道のおねぇ忍者達へ淡く微笑みかける。
「おれたちケルベロスは人的被害を減らしたい。おまえたちは月華衆を屈服させたい。利害は一致している」
続けて月井・未明(彼誰時・e30287)が淡々と『理解』を示すと、あらカワイイたれうさちゃん、でもツいてないみたいねぇ惜しい、等々ひそひそと不穏な内緒話が交わされる。
「まさか本当にケルベロスと組むつもりか? 愚かな……」
「月華衆はこちらも追っていた標的です。殲滅までは利害が一致するとは思いませんか? 共闘というよりは、互いを利用し合うというのはいかがでしょうか?」
「彼らを……月華衆を倒せる機会ならば敵だって利用したいの。敵の敵は味方って言うでしょう?」
未明に劣らず抑揚の薄い喋りの黒鋤組の少年を遮る様にしてリビィやユスティーナも説得に加わる。
黒鋤組では無いにせよ月華衆に属する一派とケルベロスがかつて争ったのは事実。真理華道の諜報力は不明だが少なくとも完全な嘘をついている訳でもないというこの口実は、ケルベロスが口にするあたり一定の説得力を生んだ。
「あのコ達には、以前から荒らし回ってくれたお礼をたっぷりしなくちゃならないのよ」
おねぇ仲間……と括ってしまうにはあまりにも異次元に完璧なチャイナドレス美人っぷりながら松永・桃李(紅孔雀・e04056)は真理華道のチャイナドレス軍団へ巧みにノリを合わせ同調を試みる。
(「野蛮な大暴れも悪趣味も大嫌いだし、色々と複雑な心境だけど……」)
同類などと思われるのは本心では業腹ではあるが任の為ならと人派ドラゴニアンの麗人はおねぇ力全開モード。
「名は体を表す、華の君達。僕らが追うべきは月華衆、ここは共闘とさせてもらえないかな? うまいこと僕らを使ってくれればいいんだ」
「あららん?」
「ヒトが悪いわねぇ、アタシ達がどこの忍者がとっくに知ってるんじゃな~い」
精一杯に真摯に紳士、ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)が囁いた甘やかな台詞の言葉尻を衝かれ一瞬どきりとさせられたが、真理華道達はそれ以上の追及はせず、それじゃお言葉に甘えてと月華衆への攻撃を開始するのだった。
元々まともに戦闘だけに集中すれば真理華道単独でも充分に優勢だった筈の戦闘に、数でも圧倒された黒鋤組の螺旋忍軍は瞬く間に数を減らしてゆく。
(「……若干不憫だけれど、敵は敵。消えて頂戴」)
懸命に抵抗すべく戦場を移動させようとダッシュするエアシューズの行く手を桃李から放たれた地獄の焔纏う『緋龍』が阻んだ。喰らいつき絡みつく火龍の前に獲物たる黒鋤の少年忍者の足がその場で止まる。
「抗争するのは大いに結構。勝手に自滅してくれればそれに越したことはない。でも、関係のない人々を巻き込むというのなら……」
凛とした声でスマラグダが告げると同時、重ねられるライジングダーク。
おねぇ忍者達はまず少女忍者達を排除した後にゆっくりと少年忍者達への蹂躙を楽しむ算段だったようだが、共闘相手のケルベロス達は逆にジャマーである少年忍者を優先して討伐してゆく方針を採っていた為、結果として分担作業の様相となる。
「ウフゥン、あっけなぁ~い」
「くっ殺させる間もなくホントに殺しちゃうんだもんもったいないわぁん」
「……ところで、くっころって一体何でしょうか?」
信頼を得る為にとブラッドスターの歌声で赤チャイナと紫チャイナを癒し終えた後、心底から真剣な表情で疑問を投げかけるリビィ。
「マジマジど~んだけぇ」
「あらあらウブちゃんには応用編はまだ早いわぁん」
「でも一ヒール一キュアの恩義、返さなきゃおねぇがすたるってモノよぉ~」
共闘が成立してしまえばおねぇの皆さんはイケメンもマッチョも美少女も美おねぇも特に分け隔てること無くフレンドリィであった。
「おれもこういう仕事第一みたいな無表情のガキは泣かせたいんだ、気が合うな」
圧勝ムードにもはや回復は最中と梅太郎のみでも事足りると踏んだ未明も攻勢へと加わり音速の拳を繰り出す。
此処までに討ち取られた他黒鋤組から得た体感からおおよそあと一、二撃と見立てた泰地は、それまで集中攻撃を浴びせていた少年忍者ではなく疲労の色濃い少女を強引に引寄せ、その腹めがけて漆黒纏う青ガントレットの右拳から連撃を見舞いトドメを刺した。
巻き起こるドス黄色い声援。嬉しくはない──というかかなりギリギリ無理一歩手前。
筋肉にはちょっとうるさい自分の眼から見てもいずれ劣らぬ鍛え上げたマッチョマン揃いであるにも関わらずおねぇだわチャイナドレスだわ、と、泰地の価値観からすれば正直理解不能、罰ゲーム以外の何物でもない状況である。
が、良過ぎるほど首尾良く進む共闘をこのまま続ける為にもその不快をあからさまに面に出す訳にはいかなかった。
(「うん、チャイナドレス姿すごいなぁ……」)
戦場全体をばっちり俯瞰できてしまうスナイパーに位置するルードヴィヒは、共闘相手のラメラメな『雄姿』に圧倒されつつもきわめて冷静に石化の古代語魔法を撃ち込む。
「素敵な華たるあなた方を敵にしないで良かった」
煽てあげる為に口にした筈の言葉には、微量、妙な実感も籠もる。
見た目に惑わされることなく共闘相手を選択し躊躇の無い仲間達に対しては脱帽の想いだと帽子を死守するオラトリオは感心しきりであった。
(「……頭痛がする」)
最中もまた戦闘中は真理華道の戦いぶりを褒め美しさを讃える台詞を欠かさない。一方で抵抗虚しく最後の黒鋤組となった少女忍者からは螺旋の仮面越しですら刺さる無言の侮蔑。
感情は無用とする姿勢──そして殺し切っているつもりでもこうやって漏れ出る彼女らの感情の存在に対してある種の憐憫を感じないではない。少なくとも真理華道に対してよりはよほど共感めいた想いも湧く。
(「忍らしい……が、同情はされたくないだろう……」)
動物舎の方角を目指して一途、月下美人のインラインスケートを走らせる満身創痍の少女忍者を先回りし回復役から一転、最中は攻め手へと転じる。
灰天を映して翳る刀身を華奢な胸元へ突き立てれば容易く菊透かしの鍔元にまで達した。
「――咲き誇れ、紫電の花よ」
大輪の花弁散らすが如き雷光が不死の心臓を一気に爆ぜ灼けばそれが少女にとっての致命の一撃となる。
彼の神経をより波立たせているのは双つの華の忍びのどちらの在り様なのか、彼自身にも判然とせぬまま、全ての月下美人は刈られ終えたのだった。
●雨止まず……
急転直下、第二幕の開始を告げたのは氷結の螺旋。
泰地へと唐突に牙を剥いた五発の氷縛波の内、二撃はかろうじて割り込んだユスティーナが引き受けてダメージを分散させ、共に白氷に侵されつつも踏み止まる。
「お疲れ様とありがとう、ってせめても声を掛け合いたかった所だけど……やはり所詮は、ケルベロスとデウスエクスってことかしら」
「利用してっておねだりされたから遠慮なくそーさせていただいたダケよぉ~ん?」
誰もが共闘を拒まれ二隊が結託する可能性こそ念頭にあれ、ひとたび共闘し月華衆を討ち果たした後に掌を返すのは自分達の側からであると考えていた。
その間隙を衝く掌返しの奇襲攻撃に唯一人ユスティーナだけが反応し得たのは、たとえ、裏切るのは同じにせよ不意うちのような行為だけはしたくないと潔癖なまでに筋を通そうとした彼女の意識が月華衆撃破を前にして既に真理華道の方へと向けられていた為。
そして何より高い専守意識の為せる業だった。纏うオーラを素早く自己治癒へと廻したユスティーナは傷を塞ぎ、凍てる部位に熱を取り戻す。
「イケメンさんやカワイコちゃんが耐え忍びながら見え透いた心にもなぁい台詞で擦寄ってくるのってそれはそれで征服心満たされたわねぇんゴチソウサマ♪」
トドメ役をケルベロスに任せるのがもっぱらだった第一戦の間に全員がヒール手段を持つ真理華道は既に第二戦に的を絞った態勢作りへと移行し終えていたらしい。
「ま、初めからこうなると折り込んでいたのはお互い様だものね」
泰地と同じく中衛役を担うスマラグダの全身からは光輝くオウガ粒子が振り撒かれて再生と超感覚の覚醒を自他に促した。
先手を取られたのは確かに痛手だったがケルベロス陣営に精神的動揺は一切見られない。裏切られたという落胆は相互信頼が前提だがもともとそんなものは存在しなかった。
ただ、それだけの話だ。
──ぽつり泣き出した陽の無い昼空はいつしか小雨を落し始めていた。
「確かに泣かせたいけれど、そこから嬲る趣味はおれにはないんだ。性癖の違いで解散だな。いやあ、残念残念」
無表情はほぼそのままに。そのくせ眼に見えてイキイキと橙瞳をいっそう揶揄に輝かせた未明は、桃李へと満月光を浴びせ掛けた。続くウイングキャットの羽ばたきが邪気祓う風を呼び前衛列の守護をより堅く高めてゆく。
「移り気は性――今度は貴方達を力尽くで静めて差し上げるわ」
未明の光に破壊衝動を煽られた桃李の妖しくも艶やかな一笑と共に咲く絶空の閃き。
列攻撃を絡めた打ち合わせ通りの集中砲火でまずは紫チャイナの片方の撃破に成功する。
共に攻守癒揃える者同士の一進一退。数ではケルベロスが上回るが下っぱといえどデウスエクス、おねぇの団結力も中々に侮れないものがあった。
「あぁん! もぅ! うっとうしいわぁ~ん」
「……スマラグダさんっ!」
倒されれば死へ直結の対ケルベロス戦においてメディックの無事は文字通り死活問題。
白チャイナのヒステリックな一吼えを合図に、牽制役を務める一人、スマラグダへ逞しくも脱毛ばっちりな二の腕から次々と繰り出される螺旋掌の波状攻撃が襲いかかる。
その細腰の左右へと装着された携行砲身を大きく展開しての面制圧を終えたリビィが懸命に駆け出す。
ディフェンダーとして騎士として攻守に飛び廻るヴァルキュリアの挺身は、此処までやや連携から遅れがちだった年上のヴァルキュリアを庇い切るには一呼吸間に合わず、湿り気を帯び始めた芝生の大地へと沈む。
「申し訳ない、討ちたくはないんだ華の君達」
後光の如き聖なる輝きと共にルードヴィヒが見せたのは苦悩の表情。
たとえ見え透いていようとも最後まで紳士で真摯、それが彼なりの筋の通し方だ。
だが彼もまた白チャイナを徹底阻害する牽制役である故に次なるおねぇ猛攻に曝される事となる。
「喰らいなさぁ~い! 真赤きダブルチャイナのぉ~……」
「濡れ濡れお色気アターック!!」
「これ以上倒れさせるわけにはいきません!」
たとえ倒れようとも仲間のため前のめりでとの気迫で、果敢におねぇ連弾へ立ち向かったリビィに仲間からは即座に癒しが重ねられる。
天然な彼女だからこそ至近での正視に堪え得たのかもしれないと、自身そろそろ胸焼けを覚えそうになりながら。
泰地が豪快に水溜まりを蹴り上げ、虹の如き鮮烈な旋風斬鉄脚を見舞えば泥飛沫に塗れた紫チャイナの骸が一つ転がった。
「こ、これはちょっとマズイかもしれないわねぇ~ん……」
真理華道の破壊力に振り回されつつも凌ぎ目指す形を作り終えたケルベロス達。リビィや梅太郎らディフェンダー半分の戦闘不能と引き換えに紫撃破と白弱体化を成し遂げればさしもの赤チャイナも攻撃一辺倒とはいかなくなる。
「漢女から淑やかさを取ったら唯の漢じゃない、恥を知りなさいな反面教師」
桃李の冷笑に最早反論すらも返せずじりじりと後退し逃亡の機を図る彼(女)達はそれがより一般人を巻き込まぬ川沿いへと誘導されての事だと気づく余裕も無い。
『──等しく注ぐはずの光すら欠けた世界。それでも空を見上げ続けて』
抱える空虚もまたユスティーナの詩となり舞いとなり……鎧装より顕現したアーツの煌めきは刹那の快楽を貪るばかりだった螺旋忍軍達の心身を圧した。掃討戦へと思考を切り替えた最中が顔色一つ変えず叩き込んだ螺旋掌で赤チャイナの片方が斃れ、
「これを喧嘩両成敗と言うんだ」
もう片方も未明の『薄月(フロスティグレイ)』の中で息絶える 。
「せめて華の最後は僕の手で……!」
雨払う一陣の風がルードヴィヒから白チャイナへと吹き抜ければ鋭刃と化したそれは厚い胸板を穿ち貫くのだった。
作者:銀條彦 |
重傷:スマラグダ・ランヴォイア(竦然たる翠玉・e24334) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年5月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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