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その日、少年が見た夢は無限に広がる青空だった。
飛んでいるのかあるいは浮いているのか、そんなことはどちらでも構わない。今はただ、この自由な世界に胸を踊らせるばかりであった。
――が、それはあまりに唐突に終わりを迎える。
空の旅の終焉に待っていたのは、少年を飲み込む巨大な穴……否、それは、こいのぼりだった。
「うわぁぁぁ!?」
凄まじい吸引力で青空ごと飲み込まれた少年は見慣れたベッドの上で目を覚ます。
「……へ、変な夢」
風で微かに揺れるカーテンの向こう、少年の家の外にも飾られていたこいのぼりが目に入る。
季節に合わせて申し訳程度に用意された小さな物だ。空どころか、飼っている犬だって飲み込めなそうな大きさである。
「……私のモザイクは晴れそうにないけど」
「え?」
部屋に吹き込む風に乗って、不意に声が耳に届く。
人影に気付き、少年が慌てて見上げた瞬間、大きな鍵が彼の心臓を貫いた。
「あなたの『驚き』は楽しかったわ……借りるわね」
不思議なことに、少年の胸元からは一滴も血は出ていない。
しかし、まるで魂でも抜かれてしまったように少年はぐらりと力を失い、再びベッドに倒れ込んでしまう。
突如現れた人影が消えた後、揺れるカーテンの向こう側には夜空を昇る長い影が蠢いていた……。
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「こどもの日、端午の節句とも言われているな。いわゆるゴールデンウィークと呼ばれる長期連休を作る祝日の一つでもある」
「柏餅や菖蒲湯の習慣があるんだったな、後は……こいのぼりか」
手にした資料を読みながら、フレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)はケルベロスたちの前で足を止める。
ユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597)の補足に頷きながら、フレデリックは続ける。
「世間は連休の最中と言うのにすまない。ドリームイーターの活動を確認した、至急撃退に向かってほしい」
現れたのはある少年の『驚き』を奪い、作られたドリームイーター。
こどもの日らしく大きなこいのぼりの姿をしており、放っておけば街中をその大きな口で飲み込んでしまう事になるだろう。
「少年は現在、病院に搬送されている。命に別状は無いが、このドリームイーターを撃破しなければ目を覚ますこともなさそうだ」
敵は『驚き』の感情を元に作られただけあって、人を驚かせる事を好むようだ。
だが、逆に驚かなかった者に対してはもっと過激な方法で驚かせようとする傾向があるらしい。
空を泳ぎ、手当たり次第に物を飲み込んでいく姿に驚かなければ、敵の攻撃を誘導する事もできるだろう。
「なるほど、それは作戦に組み込めそうだな。試してみる価値はありそうだ」
「ポーズだけでも驚けば、狙いを逸らすには十分だろう。ただ、それなりの大きさだからな、他の者を狙った攻撃に巻き込まれる事は防げないので注意してくれ」
夜空を漂う大きな長い影。その異様な光景を目にすれば、事情を知らない街の人々は驚いて当然だろう。
攻撃の誘導さえしっかりしておけば、避難はほとんど必要は無いと思われる。
「こいのぼりとは本来、男児の健康と成長を願って立てられるものだ。それを悪夢で汚すわけにはいかない。頼んだぞ」
参加者 | |
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ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134) |
パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793) |
コルト・ツィクルス(星穹図書館の案内人・e23763) |
ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330) |
アメリア・イアハッター(あの大空へ手を伸ばせば・e28934) |
ユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597) |
ラヴィニア・リアーレ(青く輝く雷の如く・e34324) |
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610) |
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それは、本当に何の前触れもなくラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)の目前に現れた。
予知の時間に合わせて敵の姿を探すため、翼で飛びながらビルの角を曲がった、その瞬間の事であった。
「ぅ、お、お!? で、でかすぎるだろ!」
悠然と泳ぐ深蒼の鱗、いや布地。それは紛れもなく、こいのぼりである。
唯一、おかしな所を挙げるとすれば、今しがた横切った雑居ビルよりも大きい事くらいだろう。
「おお、おお。壮大。おっきいですね……人が乗っても飛べそうです」
「それ良いわね! ちょっと背中借りれないかしら?」
夜闇も何のその、遠くからでもくっきり見える巨大な姿に、ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)とアメリア・イアハッター(あの大空へ手を伸ばせば・e28934)は驚きながらも、見上げる瞳を輝かせる。
「あぁ、それはとてもファンタジックですね」
児童向けの絵本のような光景が、コルト・ツィクルス(星穹図書館の案内人・e23763)の脳裏を過る。大変和みそうだが、その一方、彼のすぐ隣ではサーヴァントのゴーストが見上げた視線が追いつかずに転げ落ちそうになっていた。
しかし、どんなに姿形が穏やかでもデウスエクスだ。大きく開いた口はぶつかったビルの一片を丸々綺麗に飲み込んでしまう。
「びっくりした……食べた物は、一体どこに……?」
「あ……このままだト、こっちに来ちゃいマスネ!」
ごっそりと抉られたビルを見て、ラヴィニア・リアーレ(青く輝く雷の如く・e34324)は小さく驚いて、目を瞬かせる。
ちらほらと上がる悲鳴。驚愕と恐怖が、街に広がっていく。その様子に満足するようにドリームイーターは悠々と宙空を彷徨うが、このままここで戦うわけにはいかない。
――そんな中、颯爽と駆け抜けるエンジン音を聞いて、パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)は促すようにそちらに指を向けた。
「それで驚くと思ったか? ちゃんとした舞台を用意してある。そっちで好きなだけ暴れるがいい!」
こいのぼりが地上に落とす長い影を潜り抜けるのは、ライドキャリバーのアインクラートに乗るユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597)だ。
手にした白刃をドリームイーターへと向け、驚くどころか挑発するように道路を駆け抜けていく。
それを見たドリームイーターはぴたりと動きを止め、真っ直ぐその後ろを追いかけ始めた。
「あっちは……交差点方面だナ。誘導でき次第、畳み掛けるゾ!」
ビルの屋上から様子を伺うヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)の視線の先には、開けた交差点が広がっている。
あそこなら一般人を巻き込むこともないだろう。ユーディットに続き、他のケルベロスたちも誘導地点へと急ぐのだった。
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「Verdammt! ……想像以上に、速いな!」
執拗に追いかけてくるドリームイーターは、瞬く間に距離を詰め、交差点に到着したユーディットに狙いを定める。
――否、向こうが速いのではなく、こちらの速度が落ちていたのだ。さながら巨大な掃除機の如く、凄まじい吸引力がライドキャリバーの速度を殺している。
「させるか……これで、間に合わせる」
アインクラートがいなければ、一瞬であの円状の口内に広がる底なしの闇に沈んでいたかもしれない。
危うく一瞬浮き上がったアインクラートだったが、寸でのところでラヴィニアの鎖が描く守護陣に繋ぎ止められ事なきを得る。
「ここなら思いっきり戦えますネ! 行きますヨ!」
「とても素敵な大きさですが、危ないので取り敢えずやっつけて大人しくさせましょう」
周辺に放置された車やら街路樹やらを無尽蔵に吸い込むドリームイーターの頭部に、小さな黄色い物体が投げ付けられる。
ひよこだ。正確には、ピヨリが投げたひよこ型のファミリアである。
「派手に行きましょう」
「任せろ、合わせるぜ!」
ひよこは一瞬にして閃光と共に爆熱を放ち、交差点は真昼のような明るさに包まれる。
その爆炎と同時に、ラルバの放った竜砲弾がドリームイーターに浴びせられていく。まるで怪獣映画だ。
「そこ、デス!」
そして、爆撃で怯んだその隙にパトリシアの鋭い蹴撃が突き刺さる――と思われたが。
「ッ、硬い、デスネ!?」
布とは思えない硬度。これはむしろドラゴンやらの鱗に近い感触だ。
流石はドリームイーター、こちらの予想を変な方向で上回る。
だが、ダメージが全く無いというわけではなさそうだ。ゆらゆらと飛び舞うこいのぼりを相手に、ケルベロスたちは更に攻撃を重ねていく。
「フーリューだか何だか知らねぇガ、傷が付くってんなら引き裂くまでダ!」
建築物の壁面を利用し、ヴェルセアは高所より奇襲をしかける。
硬い外装を言葉通り焼き切る鋭いナイフ。だが、ドリームイーターもまた、身を包む炎を武器に夜空を駆ける。遠目に見れば、それは空を昇る龍のようにも見えただろう。
そのままならば直撃していたであろう一撃だったが、ギリギリのところでライドキャリバーのエアハートが受け、動きが逸れた所にアメリアが手刀を繰り出す。
「楽しそうなところ悪いけど、大人しく卸されてよね!」
手刀から込められたアメリアの気は、ヴェルセアが付けた傷跡から全身へ染み込むように広がっていく。
「たかが布っキレかと思ったガ、タンゴノセックってのは随分愉快な文化じゃねぇカ?」
「いや、ちょっと違うと思うけど。まぁ、愉快なのは確かだけどね……あ、やだ、またこっち来てる!?」
地上に降り立った2人にドリームイーターが再び狙いを定めるが、それを今度はコルトのサーヴァントの爪撃が横合いから襲いかかった。
「おふたりとも、大丈夫ですか? ゴーストが気を逸している内に、態勢を立て直しましょう」
先程の一撃で深手を負ったエアハートを、コルトの唄声が癒やしていく。
戦いは正念場、無機質的で表情すらないが、それは向こうも同じな筈だ。
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「どうした、勢いが無くなってるんじゃないか? もっと驚かせてみろ!」
ドリームイーターの突撃をいなしつつ、そのままユーディットは刃を走らせる。
だが、流石に序盤から攻撃を引き受けてきたせいもあって、言葉とは裏腹にアインクラート共々、余裕は無くなってきてしまっていた。
「大丈夫か? あまり無理はするな」
弾き飛ばされたユーディットに、ラヴィニアは手早く処置を施し傷を癒やす。
「まだ私のエアハートも全然動けるから、少し休んでも大丈夫よ!」
グッと親指を立てて、余裕をアピールしつつアメリアもエアハートと共に反撃に転じる。
手にした黒紅の巨塊は、その見た目とは裏腹に、空を舞うような軽さでドリームイーターに振り下ろされる。しかし、生命を凍てつかせる一撃は、決して軽くない。
度々ぶつかる激しい攻防。しかし、その優位は辛うじてケルベロスたちにあった。
「吸い込むノハ、アナタだけの得意技ではありまセンヨ!」
一度ケルベロスたちと距離を取ろうとするドリームイーター。しかし、パトリシアがそれを許さない。
金色に彩られた右腕の篭手は歪める虹色に輝き、空を泳ぐ姿を捉え、引き寄せる。
そして、左腕を包む銀色の輝きは瞬く間に暗闇に包まれ、その暗闇がドリームイーターを刳り、消し去る。
「逃しゃしねぇ! 駆け抜けろ、疾風の狼!」
直撃したパトリシアの一撃は強烈で、遂にドリームイーターの外装の一部は虚空の闇に飲まれてしまう。
その身を震わせながら交差点地帯から逃げ出そうとするドリームイーターを追うのは、ラルバの放った狼を模した無数のグラビティ・チェイン。
「ここまで来て逃がすわけにはいきませんね」
「もうひと頑張りですよ、ピヨコ。足止め、行ってきてください」
空を駆け、喰らい付く狼の牙。そして、それに続いてコルトの竜砲弾が、ピヨリのファミリアが一斉にドリームイーターの動きを妨害する。
こいのぼりの姿に内包された夢の一部は、まるで晴れ渡った青空のようで、夜空に青空を散らせながらドリームイーターはビルの角へと逃げ込んでいく――だが、そこは夢の終わりに過ぎなかった。
「シシシ、どこ行こうってんダ? イベント物は季節が過ぎりゃ片付けられる運命ダ、そろそろご退場願おうカ」
ビルの作る影に紛れて、襲いかかるのは出会ってはいけないブージャム・スナーク。
閃く刃は、夢を吐き出す大きな傷跡を切り開く。
ヴェルセアの一撃によって両断されたドリームイーターは、ほんの一瞬だけ眩しく広がる青空を残して、夜の空に溶け込むように消えていくのだった。
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「ふぅー……何とか倒せたみたいだな!」
「はい、街への被害もそこそこ抑えられたのではないでしょうか」
ケルベロスとして初めての戦いを終え、ラルバは心の奥に張っていた緊張がふっと緩むのを感じる。
奮闘したファミリアを手元で拭っているピヨリの言葉通り、初手の誘導が上手く行った甲斐もあって街への被害は抑えられた方だろう。文句無しの勝利だ。
「しっかし、ドリームイーターってのはどうなってんダ? あのまま口に飲まれてたらお空に放り出されてたのかネ?」
「んー、あれも奪われた夢の一部だったんでしょうカ? 不思議過ぎて予測がつかないったらナイワ」
今はもう、ありふれた夜空だけが広がる頭上を見上げ、ラルバとパトリシアは首を捻る。
「だが……これで件の少年も目覚めるのではないだろうか」
「えぇ、私もそう思います、何となくですけどね。せっかくのこどもの日、穹を泳ぐ雄大な鯉のぼりを楽しめるといいですね」
夢で見た驚きと共に奪われた、広大な冒険の空。それもまた、彼の元に戻っていることを願って、ラヴィニアは呟き、彼女とコルトの言葉に同意するようにゴーストも頷いて肯定の意を示す。
「では、彼が目覚めた時に街が傷付いていては可哀想だ。出来る限り、ヒールをするとしよう!」
負傷を最低限治療し、ユーディットは仲間たちに向き直る。
ヒールによって街は変化する。飾られていたこいのぼりもまた、摩訶不思議な姿へ変じてしまうかもしれない。
ビルの上から見える夜景。その中をちらほらと泳ぐこいのぼりの数々を見渡してアメリアは願いを零した。
「うちの子達が、元気にすくすく育ちますよーに」
脳裏に過るのは、孤児院に住む義理の兄弟たちの姿。
どんな姿を変えようと、それを想う気持ちは変わらない筈だ。
こいのぼりは、今年も風に揺られて、青空を泳ぐのだった。
作者:深淵どっと |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年5月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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