天狗蝙蝠

作者:蘇我真

 暗闇の中、一人の女性が部下達へと指示を出している。
 螺旋の仮面をかぶり、蝙蝠の羽根めいた機構を背から生やした女性。
「貴様たちも、螺旋帝の一族が東京、その都心部のいずこかに落ち延びた話は耳に入っているな。閥族の御身は我ら月華衆が確保せねばならない」
 蝙蝠の女性の言葉に、音もなくうなずく部下達。その武器には、それぞれ月下美人の花模様が彫り込まれている。
「よろしい。貴様たちの管轄は北区だ。よいか、くれぐれも他の忍軍に先を越されることのないように」
 指示を受けると、無言で解散する忍軍たち。その場に残された蝙蝠の女性は、口を真一文字に結んだままなのだった。

「よくぞ出でませい我らの新しき星よ!」
 そのころ、別の暗闇でもまた、別の忍軍たちが暗躍し始めていた。
「通信螺旋忍術を優秀な成績で収めたお前達こそ、このテング党を担う逸材である!」
 上半身裸、天狗の仮面に下腹部まで伸びそうな白いあごひげ。
「ははーっ、ありがたき幸せ!」
 呼びかけられた部下達は、鎖鎌に忍者服、そしてなぜかペストマスクを装着していた。
 どうやら外国から見て勘違いされた忍者文化のようないでたちだが、その実力は決して侮れない。
「新星たちの腕を見込んで、シノビ・ミッションを授けよう! 螺旋帝の一族探しだ!」
「オオ……なんたる光栄でしょうか!」
「お前たちの担当は東京都の北区だ! スペシャルな御身を匿うのはこのテング党をおいて他になし! 必ずやミッションを達成するのだ!」
「ははっ、承知しました! 万一失敗したときは、ポイズンを以てセップクする覚悟でございます!」
 自決用の毒薬を懐に収め、飛び出す部下たち。
 北区が今、戦場になろうとしていた。


「東京都心部で、螺旋忍軍が活発に活動を開始するようだ。天狗と蝙蝠、ふたつの軍団の集団が見えた」
 予知を説明する星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)の脳裏には「そういえばテングコウモリというコウモリがいたな」という動物無駄知識が駆けめぐっていた。
「どうも螺旋帝の一族なる人物が東京都心のどこかへ落ち延びたことで、一族を巡って螺旋忍軍同士の抗争が激化しているらしい。デウスエクス同士で潰し合うのならそのままにしておいてもいいのだが……」
 瞬は一度言葉を切り、そのままにしておけない理由を説明する。
「激化した抗争で東京の一般市民に被害が出てしまう可能性がある。こちらとしても放ってはおけないだろう」
 争いを収める方法として、瞬は2つの作戦を提示する。
「対処法だが、ひとつは冒頭から両者の戦いに乱入し、敵を連携させないように片方の忍軍を撃破。返す刀でもう片方の忍軍を撃破するというものだ。一時的にだが、どちらかの忍軍に肩入れして共闘することになるな」
 注意すべき点は、漁夫の利狙いで双方を消耗させるような行動を取ると目論見を看過されてしまう可能性がある。
「もうひとつはしばらくは見に徹し、双方が疲弊したところで割って入り、両軍を同時に撃破するというものだ。こちらは武力介入するタイミング次第では楽に掃討できるだろうが、長引けば長引くほど周囲の建物や市民に被害が出るだろう」
 どちらの作戦を選んでも一長一短のメリットとデメリットがあるようだ。
「どちらの作戦で行くのか、決定権はケルベロスにゆだねる」
 そう告げて、瞬は衝突の場所や敵部隊の詳細の説明に入っていく。
「まず、舞台は東京都北区。赤羽自然観察公園付近が戦場になると予想されている。自然が多く風光明媚、戦国時代にタイムスリップしたかのような戦場になるだろうな」
 なら一般人はいないかというと、そういうこともないらしい。
「デイキャンプ場があり、休暇を利用して長期宿泊したり、日帰りキャンプでバーベキューをしにくる一般人で賑わっているようだ。一応避難指示は出ているはずだが、螺旋忍軍はおかまいなしに戦場を移動していくからな……」
 忍軍の動きを完璧に予測することは難しい、公園にいるうちに倒した方が被害は少なくなりそうだ。
「蝙蝠の忍軍は日本刀を主に使っているようだ。対するテング党は鎖鎌だな。簒奪者の鎌のように近距離に攻撃したり、投げつけたりといった攻撃が予想される」
 そこまで説明し終えて、瞬は皆へと頭を下げた。
「螺旋忍軍たちに大乱戦などさせるわけにはいかない。皆の力で、介入に成功してほしい」


参加者
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)
クロエ・ランスター(シャドウエルフの巫術士・e01997)
リヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)

■リプレイ

●第3の忍軍
「なんでこんな格好をしなくちゃいけないの」
 アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)の不満顔は、狐面の奥に隠されて見えなかった。
「第三の忍軍を装うためですよ。恥ずかしいのはわかりますが、ここはぐっと我慢です!」
 玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)がフォローする通り、ケルベロスたちは揃いの忍び装束と仮面を身にまとっている。
「……別に恥ずかしいわけじゃないよ」
 そういうアビスだが、仮面の脇から覗く長い耳の先端は赤く染まっていた。
「ううん、ちゃんと着こなせているでしょうか、不安です……」
 自らの服装を不安気に見るユウマ。忍び装束を着ているというより、どちらかというと忍び装束に着られているかもしれない。
「さっさと脱ぎたいなら、まずはテング党を倒さないとだな」
 前を行く日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)の歩みに合わせて周囲の木々が避けるように動く。
 隠された森の小路を使いつつ、赤羽自然観察公園内を分け入っていく。
「敵……どこ……」
 そう呟くクロエ・ランスター(シャドウエルフの巫術士・e01997)は手にした白ウサギぬいぐるみが枝に引っかかったりしないよう、胸に抱きしめている。仮面の紐が痒いのか何度も掻きつつも、我慢して変装を続けているようだ。
「こういうときは己の筋肉に問いかけてみるんだ」
 言いながらムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)もずんずんと進んでいく。
「ほら、向こうからチャンバラの音が聞こえてきたぜ」
「偶然でしょうけど、筋肉で全てを解決したみたいで嫌ですね……」
 苦笑する白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)。近づく戦いの予感もあり、こめかみを汗が伝う。
「螺旋忍軍の帝……従うべき地位の者も奴らにとっては利用する物に過ぎんか」
 嘆息するのはリヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130)だ。
「勝手に争うならば捨ておきたいが、巻き込まれる側となればたまったものではないな」
「螺旋帝……どんな人か、気になる」
「帝ってくらいだから、男ではあるんだろうな」
 クロエの呟きに反応するムギ。
「逃げ延びた一族に至っては性別すらはっきりしてませんよね。螺旋忍軍もどうやって探す気なんでしょうか」
「わからないから、しらみつぶしに探そうとしてるんじゃないです?」
 ユウマの疑問に佐楡葉が返す。
「螺旋帝云々も気になるけれど、関係のない人たちに被害が出るのは避けたいよね」
 疑問はいくらでもあるが、どれも結局は新条・あかり(点灯夫・e04291)の言葉に収束する。
 調査をするにしても、まずは事態を解決してからだ。気合を入れ直すケルベロスたち。
 草木をかき分けて、広場に出る。
 そこでは、既にテング党と月華衆が対峙していた。

●刹那の共闘
「……!」
「武器に掘られたムーンウーマン……月華衆か!」
 それぞれの得物を構える螺旋忍軍。そこに正体を伏せたケルベロスたちが乱入する。
「我ら守狼辺流卦(すろべるけ)! 義によって助太刀いたす!」
 飛び出したリヴィの言葉に、2つの集団は困惑したようだった。
「……?」
「守狼辺流卦? 知っているか?」
「通信教科書にはそんな勢力載ってなかったぞ」
 浮き足し立つ忍軍。その僅かな隙を見逃さず、あかりは手近にいたテング党へ攻撃を仕掛けた。
「テング党には恨みがあるんでね、肩入れさせてもらうよ」
 肥大化した薔薇の花が、テング党の1人を飲み込んでいく。
「う、ウワーッ!!」
「えっと……ここであったが百年目! 覚悟めされよ……!」
 腰を落とし、戦闘態勢に入るユウマ。棒読み気味の台詞をフォローするようにアビスと佐楡葉が続ける。
「月華衆だっけ? 加勢するよ。戦力は1人でも多い方がいいでしょ?」
「私たちの敵はテング党だけ。そちらから攻撃しない限り、あなたたちには手を出しません」
 慌てふためくテング党の面々。
「クッ……なんなのだ、このツンデレガールズは!」
「誰が」
「ツンデレですか」
 結構本気で怒りに満ちたアビスにより、地面から氷の鎖が発生する。
「むむっ、なんともコットンウールな術を!」
 足止めしようするが、テング党の1人はこれを鮮やかにかわしていく。
「コットンウール? 綿羊……面妖……馬鹿ですか?」
 しかし、それも計算のうちとばかりに佐楡葉が動く。一輪の赤薔薇から形成された長剣が、狙い過たずテング党の心の臓腑へと吸い込まれていく。
「グワーッ!!」
 絶命し、倒れ伏すテング党。ムギはその顔にはめられたペストマスクを剥ぎ、握力で粉砕してみせる。
「テング党! 喰らえよ、これが貴様らを成敗する筋肉だ!」
「!!」
 仲間が倒されたことで、テング党はケルベロスたちを敵と認識した。
 同時に月華衆も人数が多いケルベロス側に着いたようだ。無言でケルベロスと肩を並べ、月下美人の掘られた日本刀を構える。
(「まさか螺旋忍軍と共闘することになるとはな……」)
 月華衆が月光斬でテング党へ斬りかかる後ろで、アイスエイジを放ちつつそんなことを考えるリヴィ。
 氷河期の精霊は、殺到する月華衆を避けてテング党のみを氷漬けにしていく。
(「今のところ月華衆は敵ではないが味方でもない……グラビティの使い分けが難しいですね」)
 中衛から冷静に戦況を分析しているのはユウマだ。前衛にいる月華衆は無視し、仲間にだけサークリットチェインを使ってサポートしていく。
 だからといって、完全に月華衆を無視する訳ではない。鎖鎌から放たれた死神の鎌の如き分銅の一撃から、アビスが身を投げ出して月華衆を庇う。
「………」
 本来攻撃を受けるはずだった月華衆はたじろぐが、アビスは振り返りもせずに呟く。
「勘違いしないで。テング党を倒すためだから」
「ゴウランガ!」
 月華衆の居合い抜きで作った刀傷を、蒼眞がジグザグに切り開く。
 倒れ伏すテング党を見下ろして、蒼眞は心の中で告げた。
(「ドーモ。ニンジャ=サン。ケルベロスです」)
 まだケルベロスと名乗る訳にはいかない。少なくともそんな風に考えられるほどの余裕があった。
「凍って……」
 蒼眞を襲おうとしたテング党へ、クロエが攻撃を仕掛ける。生み出された氷結の騎兵が、その馬上槍でテング党の胸板を貫く。凍り付いたテング党の身体が、ばらばらとその場で砕け散っていく。
「これで、終わりだねっ!」
 氷を避けようとした最後のテング党は、あかりの炎の餌食になった。竜の炎がテング党を丸呑みにする。
「ユニバースッ!!」
 爆発四散するテング党。場に残ったケルベロスたちと、月華衆。
 月華衆同士が頷き合い、日本刀を構えたままケルベロスたちから距離を取る。月華衆が受けた指令は『他の忍軍に先を越されることがないように』というものだ。彼らにしてみれば、ただ倒す順番が変わっただけのこと。
「これで半分、さてまあもう分かってるだろうが……あえて言おう」
 ケルベロスを代表して、ムギが告げる。
「次はお前らだ月華衆、此処で潰れろ」
 戦闘の第2幕が、上がろうとしていた。

●蝙蝠の落ちる時
 どこの、誰が相手だろうと邪魔する組織は全て切り捨てる。そう言わんばかりに月華衆の日本刀が唸る。
「躊躇なしか、流石忍者だな!」
 刀が蒼眞の身体を貫く。と思いきや、刀に残ったのは忍び装束だけだ。
「ランディの意志と力を今ここに!」
 地に落ちた狐面。真紅のバンダナに『風の団』の紋章が入ったジャケットを着用した蒼眞がかつての冒険者をその身体に降ろす。
「……全てを斬れ……雷光烈斬牙!」
 攻撃後の隙だらけな月華衆へ、雷の如き一撃が叩き込まれる。吹き飛ばされ、公園内の木に激突する月華衆。
「あなた達には手を出さないと言いましたね。あれは嘘です」
 佐楡葉のライトニングウォールは全てを拒絶する雷の壁となって月華衆へと立ちはだかる。
 攻めあぐねたところに、ムギが殺到する。
「来ないのなら、こちらから行くぜ!」
 地獄化した炎を右腕に溜め込み、弾丸のように拳ごと解き放つ。
「我が筋肉に撃ち貫けぬモノなし!」
 日本刀が中ほどから折れ、月下美人の彫り物も真っ二つになる。片割れが地に突き刺さると同時に、一撃を食らった月華衆も絶命した。
「合わせろあかり!」
「わかってるよ」
 ムギの大きな背中、その後ろから急に飛び出してきたあかりが、巨大なハンマーを振るう。
 月華衆の進化の可能性を奪う一撃が横薙ぎに炸裂し、別の月華衆が氷に包まれる。
「守狼辺流卦……いや、ケルベロスコンビネーション!」
 もうネタ晴らししてもいいだろうとばかりに、リヴィの音速の拳が唸る。
「慈悲は無い、俳句は詠ません!」
 拳が月華衆を包む氷ごと突き破り、その身体に穴を開けた。
「ケルベロス、か……」
 それまで沈黙を守っていた月華衆が、ついに口にした一言。
「うん……」
 肯定するクロエは、影の鋏を持ちその身体を切り刻んでいく。
「騙してごめん、とは言いませんよ!」
 そうしてできた傷口に容赦なく炎を打ち込んでいくユウマ。クロエと連携し、着実に敵を追い詰めていく。
 ひとり、またひとりと倒れ伏せていく月華衆。最後のひとりが、アビスの眼鏡に反射する。
 生き残りは、奇しくもアビスが先ほど庇った相手だった。
 月華衆は一瞬足を止めるも、すぐに攻撃を再開する。
「……それでいいんだよ」
 急所のみを的確に狙う月光斬。それは逆にいえば、急所のみに気を配ればいいということでもある。
 創りだした僅かな氷が、刃先を的確に防いでいた。
「………」
 破鎧衝。衝撃で月華衆の忍び装束が破け、その身体は毬のように地面へと叩きつけられる。
「こいつで仕舞いだ!!」
 ムギがブーストナックルで追い打ちをかける。月華衆を中心に地面がひび割れ、陥没する。
 残されたのは、物言わぬ死体だけなのだった。

●束の間でも
「ふう……終わったし片付けとヒールして帰ろ」
 アビスの言葉にうなずき、蒼眞は周囲のヒールを始めていく。巻き込まれた一般市民もいないようだ。ほっと一息をつく。
「これで何かわかるといいですけど……」
 佐楡葉は言いながらも瞼を閉じる。
「ま、冥福くらいは祈っておいてあげますか」
「どんな奴が来ようとも、俺の筋肉で弾き飛ばしてやるぜ」
「出た、ムギさんの筋肉理論!」
 軽口を叩き合いながら健闘をたたえ合うムギとあかり。
「まだ……来るのかな」
「そうだな。螺旋帝の一族とやらに動きがあるまでは、こうして東京で小競り合いが続くんだろう」
 呟くクロエの頭を無造作にぽんぽんと撫でるリヴィ。発破を掛ける姿を見て、ユウマが笑う。
「そのときは、ケルベロスみんなで追い返すまで……ですよね」
 どれだけ平穏が続くかはわからない。だが、少なくとも今この瞬間は、彼らのおかげで平和が訪れたのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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