ミッション破壊作戦~我らは敵を打ち砕く満身の拳だ

作者:ほむらもやし

●戦いの時は満ちる
「緑がとてもきれいな季節になったね。それに巷ではクールビズなんて言葉を聞くようになった。……で、またグラディウスが、使えるようになったから、ミッション破壊作戦を進めたいんだ。異論はないよね?」
 手にしたグラディウスの状態を見せながら、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、あなた方の顔をジーッと見つめた。
「一応初めての人の為に……、繰り返すけど、これがグラディウス。通常の武器としては使えないけど、『強襲型魔空回廊』を破壊出来る武器ということが分かっている。で、グラディウスは吸収したグラビティ・チェインを1回ごとに消費する。再度使用するには消費したグラビティチェインを吸収し直す必要があるけれど、今朝見たら満タンになっているように見えたから、早速仕事をお願いすることにした」
 この作戦は日本各地にあるミッションの拠点となっている強襲型魔空回廊を破壊して、ミッション地域を人類の手に取り戻し、さらにはデウスエクスの侵攻にも打撃を与えられるという、一石二鳥な作戦だ。
 ただ、敵地中枢への奇襲作戦だから、危険性は高い。
 さらに相次ぐ攻略成功により、目標となるミッションの選択肢が、強敵のみなどという悲惨な場合もありえるから、よく考えてから挑んで欲しい。
「僕が皆を送り届けるのは、エインヘリアルのミッション地域だからね。選択次第では孤立無援のまま全滅する危険も孕んでいるけれど、自分の実力を鑑みた上で、ぜひ勇気をもって行き先を決めて欲しい」
 そう念を押すように告げて、ケンジは目を細めた。
 皆が目指すのは強襲型魔空回廊で、それは各ミッション地域の中枢部である。
 徒歩などの通常の手段でそこを目指せば、遭遇戦の連続となり、たどり着く前に、消耗して撤退に追い込まれる可能性が高い。さらにグラディウスを奪われる危険性も高いから、実施しないとされている。
「強襲型魔空回廊の周囲は、ドーム型のバリアで囲まれている。高高度ではあるけれど、今回も直上にまでヘリオンで送り届けるから、速やかに降下して攻撃を掛けて欲しい」
 攻撃はグラディスを使用するケルベロスも一緒に、グラビティを極限まで高めた状態で、バリアにグラディウスを触れさせるだけで良い。
 もし、8人のケルベロス全員がグラビティを極限、もしくは限界に達するほどにグラビティを高め、強襲型魔空回廊に攻撃を集中させられれば、単独のチームであっても、破壊に至ることはあり得ないことでは無い。
 もちろん1回の攻撃では無理でも、複数回に渡る攻撃を実施すれば、ダメージの蓄積により、いずれは破壊出来ると見込まれているから、破壊出来なかったとしても、可及的速やかに撤退して欲しい。
 この戦いはひとりでするものでは無い。次に挑む誰かの為にダメージを与えておくだけでも、大変な功績である。
「現地の護衛戦力は、今のところ上空からの奇襲に為す術が無いとされている。グラディウスを使用した攻撃時に発生する雷光と爆炎が、グラディウスを手にする者以外を無差別に殺傷するという、一方的に有利な効果もあるから、状況が味方している間に撤退して欲しい」
 グラディウス攻撃の余波は敵防衛部隊を大混乱に陥れるほどの凄まじいものだ。だがダメージを受け混乱が見られるとは言っても、個々の保有する戦闘力が消滅したり減少するわけでは無いし、視界を遮るように広がる爆煙(スモーク)が晴れれば、態勢を建て直し組織的な反撃に転じる。
「撤退時に遭遇する敵との戦闘は避けられない。撃破は神速をもって。爆煙が薄れると共に敵軍団は急速に態勢を立て直すだろう。魔空回廊の破壊に成功した場合でも同様だ。闘技場や練習試合のように、自分が有利になるように態勢を整えてからじっくり戦うぜ。みたいな悠長なことをしていると、たちまち時間は過ぎて新手が来援する。もし再編された敵に包囲されるほどに状況が悪化すれば、複数人の暴走者が頑張ったところで、生きて帰れる望みは無いと覚悟して欲しい」
 なお、どこのミッション地域を攻撃するかを選ぶのは、ケルベロスの皆である。
 現在攻撃可能なエインヘリアルのミッションがどのような所だろうか?
「もし大変そうな所に行くのなら、出発前に親しい人とちゃんと話しておいた方が良いかもしれない」
 現れる敵の傾向は、既に判明している情報を参考にすれば、作戦を立てる上の助けになるだろう。
「デウスエクスが一方的にミッション地域を拡大する状況は続いている。今、こうしている間にも拡大されるかも知れない。けれど、僕らは既に幾つかの地域を取り戻した。打ち付けた拳はダメージを刻みつけている。だから、これから先は、思い通りには出来ないことを思い知らせてやろう」
 平和に見える世界であっても侵略を受けている日常は正に危機なんだ。
 この危機を救い得る力を持つのは真に平和を願う、純真かつ気力に溢れたケルベロスだけである。
 だからこそ回を重ねるごとに危険が増すことを承知で、あなた方にお願いするのだと、ケンジは吠える。そして話を聞いてくれたケルベロスたちの顔に再度、強い眼差しを向けるのだった。


参加者
東名阪・綿菓子(五蘊盛苦・e00417)
空鳴・無月(宵闇の蒼・e04245)
三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)
アクエリア・アップルゲイト(咲き誇る命の花・e13812)
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)
ダリル・チェスロック(傍観者・e28788)
岡崎・真幸(脳みそ全部研究に費やす・e30330)
日影野・燦(這い寄るコールタール・e32883)

■リプレイ

●叫び
 天山の稜線を右手に認めるとヘリオンは北西に進路を変える。目標上空まではあと少しだった。山並みの先には玄界灘が現れて、唐津の中心市街が山地と海に挟まれた少ない平地に形作られていることがわかる。
(「街の皆さんはちゃんと避難できたの?」)
 東名阪・綿菓子(五蘊盛苦・e00417)の脳裏に浮かぶのは、ミッション地域となる前の唐津の漁師たちの明るい表情。それは素晴らしいイカを人々に届けている誇りに裏付けられていたに違いなかった。
 市街は幾筋かの川で分断されていて、川幅の広さからか架かる橋も少ない。故に急襲の際にどんな惨劇が起こったかは想像に難くない。
 そして命は助かったとしても、住処も仕事も奪われて、以前のように笑顔では居られないだろう。あるいは昼間からお酒を飲んでひどく暴れるような人になっているかもしれない。
(「そう、わたがしの存在意義の全ては、デウスエクスが振りまくあらゆる理不尽を止めること!」)
 今回の作戦に参加した理由を綿菓子はあらためて思い起こす。
 直後、ヘリオンは急激に速度を落とし、降下の開始を促すようにランプが赤から青へと変わり、機体胴体部の大きな扉を開かれる。身体を半分出して下方を臨めば、揺れる前髪の間から、高空からは豆粒ほどの大きさに過ぎない魔空回廊を守るドーム型のバリアが見える。
「行きますわ!」
 わたがしがこの場にいるのは、魔空回廊をブッ壊すため! 己の思いは幼き胸に、他者への思いは叫びに込め、綿菓子は手にしたグラディウスを真下に構え、己を一本の剣の如くに落下して行く。
 同じ頃、バリアに覆われた魔空回廊の下、黒と灰の焼け野ヶ原と化した、かつて唐津市街の中心部では、黒と茶の腐肉を寄せ固めたような、グロテスクとしか形容できない巨躯が在った。その動きは上空から迫るケルベロスたちに気づいている様子は無くただ彷徨っているようにも見える。それが今この場所での日常と言えるなのかも知れない。
 ヤツラに奪われたこの土地も、笑顔も! 絶対に取り返さなきゃいけないの! 腕が千切れても、歯で喰らいついてでも! 必ず、必ず、この魔空回廊は破壊してやるわ!! 次の瞬間、綿菓子は突き出したグラディウスと共にバリアに激突した。天空に立ち昇る伸びる閃光が爆ぜて、生み出された無数の稲妻が豪雨の如くに焼け落ちた街に降り注ぐ。
 初撃で発生した白いスモークがバリアの表面を流れ落ちるようにして、地上に広がって行く様を見つめながら、自由落下を続ける、日影野・燦(這い寄るコールタール・e32883)は万感を込めてグラディウスを構える。
(「弱い者を甚振り悲劇を振りまくくせに勇者然と振る舞う種、エインヘリアルか、あのような狂って暴れるだけの存在を生み出しても、英雄と謳うか」)
 伝え聞くユミルの子、それはエインヘリアルに取っては戦果を拡大できる便利なツール、目的を達してくれる行動力は、ある意味、勇者なり英雄とも言える存在かも知れない。だが、その存在が踏み散らしたのは、ただ何ごともない普通を望み、慎ましく生きていた人々の日常であった。
「お前らなんかに屈さない!! そちらが勇者だの英雄だのだと言うのなら、ボクはお前らにとっての鬼でも悪魔にでもなってやるよ!!」
 間近に迫れば巨大な壁にしか見えないバリアに向かって、燦はグラディウス叩き付ける。
 瞬間、激しい衝撃から来る激痛に意識が遠くなる。足りないのか、だからさらに腕先に力を込める。
「だから……返してもらうぜ、この場所を、この地の人の日常を!!」
 瞬間、生み出された稲妻は分岐を始め、焼け落ちた建物の間を縫うようにして蠢く巨躯を次々と焼いた。
 2回の攻撃で地上は地獄絵図と化していた。破壊された肉塊がぶちぶちと沸騰するような音を立てながら煙を上げ、もう燃えるものなど無いかに見えた街並みから新たな火の手が上がる。
 重力と空気の抵抗を頬に感じながら、岡崎・真幸(脳みそ全部研究に費やす・e30330)はグラディウスを顔の前に突き出す。他人への気遣いは少なく言葉遣いはキツいが、自制心が強く滅多なことでは怒らないと自称していた真幸。しかし、この日は珍しく感情を露わに、まるで本気でキレているかのように見えた。
「お前らの都合なんか知るか、他人に返せない量の借り作っちまったじゃねえか、今いちばん邪魔なんだよ、消えろ!」
 自分に繋がる者たちの助力と友情に思いを馳せその莫大さを噛みしめて、真幸はグラディウスを打ち付ける。
 直後、地をも揺らす轟音、そして放射状に広がる雷光が無数の分岐を繰り返しながら地上で動くありとあらゆる敵に襲いかかった。
 街一つをその掌中に収め何を思う、デウスエクス。貴様等は、この街に暮らしていた人々の想いを考えたことがあるか? 命を散らした者、帰る家を、大切な人を失った者……。
 ヘリオンを飛び出して、バリアに突っ込むまでの時間、ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)は名前も顔も声も知らぬ人々に思いを巡らせた。
「如何な理があろうとも、貴様等の行いを認める訳にはいかぬ、この地に縁ある全ての者の無念、我等が代わって晴らす……往くぞっ!!」
 直後、叫びと共に閃光が空に突き抜け、大気を揺さぶる轟音と共に黒い茸雲が立ち昇る。想像以上の衝撃に弾かれるヴァルカンの身体、軋みを上げるバリアの表面には無数のスパークが走り、その上を黒い煙が滝のように流れ落ちて行く。
 莫大な量の黒煙の表面で翼を広げ姿勢を整えようとするソルの動きを横目に煙に突っ込んで行くのは、ダリル・チェスロック(傍観者・e28788)。その心に抱くのは、強くあろうとする不安、故郷を破壊される憤り、どこであろうとも起こりえる、普遍的な人々の気持ちだ。煙の先で煌めく青白いスパーク雷鳴を轟かせ、光は巨大なバリアの実体が映し出す。
「今度こそ破壊し、この地を開放させます」
 灰燼に帰してなお街が燃えるのは、まだそこに人の思いが残っているからなのか、ダリルは叫びと共にグラディウス叩き付けた。それと同時、大気を貫く光柱が立ち昇り、爆発音と共に砕け散った光の柱が無数の稲妻と化して、嵐の如き雷光を撒き散らした。
(「やーこいつはひどいね。アタシは所詮斬るより他に能の無い機械だと思うけど。今は敵の非道に怒ることも他人の悲しみを慮る事も出来るんだよ」)
 なぜなら相手の心を顧みればこそ、人を笑わす冗句も飛ばせるのだから。胸の内にある思いを整理しながら、三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)は焼け焦げた匂いの混じる煙を裂くようにして落下を続ける。
「ならばこそ同じ造られしものよ、アンタとアタシを分かつものを聞くがいい」
 この煙とバリアに隔てられた向こうに居るだろう、心持たぬ敵に思いを巡らせて、千尋は両手に握りしめたグラディウスを突き出して、自身を一振りの剣の如くにしてバリアに突入した。
 爆ぜる閃光が巨大な稲妻を作り出し、荒ぶる龍の如きに地表を抉って行く。急降下を続ける、アクエリア・アップルゲイト(咲き誇る命の花・e13812)の青く澄んだ目に映るのは、暴風にかき回されて渦を巻くスモークと炎の間に覗く、破壊され尽くした光景であった。
「酷い……、この土地に根付き懸命に咲かせる命を……命を一体何だと思っているのですか! 人も花も踏み躙り蹂躙する悪鬼羅刹の化身をこれ以上野放しにする訳には参りませんッ!」
 ほんの半年ほど前までは、この場所にも花があり、音楽があり、それらを育む人々の暮らしもあった。取り戻したい、本当は美しいはずの、この土地を。瞬きの間に祈り、目の前の現実を変えようと瞼を開いて、吠える。
「女神ヴァナディースよ、貴方が未来に託した命を守る為に不撓不屈の意思を、大開祖アクエリアよ、この命燃え尽きる前に天地開闢の力を与えたまえッ!」
 瞬間、衝突した刃が軋みを上げる。凄まじい衝撃に手の感覚がなくなりそうになる。だが負けるわけには行かない。
「混沌の権化たる回廊よ、今ここで滅し、散華せよッ!」
 自分の持つありとあらゆる力と、自分に繋がる、あらゆる者らの平穏を願う祈りを込めて、アクエリアは叫ぶ。次の瞬間、グラディウスの接触点から生まれた閃光は急速に膨張し、降下を続ける、空鳴・無月(宵闇の蒼・e04245)をのみ込んだ。無数の稲妻が飛び交う幻想的な光景の中、向かってくる稲妻が意思を持っているかのようにグラディウスを構える無月を避けて行く。
「エインヘリアルだとか、ユミルの子だとか、それはどうでもいいの、お前たちが、考えていることも、ただわたしは、ただ、この街を、人の手に取り戻すために」
 爆ぜ散った光と稲妻が地表へ降り注ぐと同時、軋みを上げるバリアが視界に飛び込んでくる。それが今までに何十人ものケルベロスが魂の叫びをぶつけても、破ることのできなかった壁だ。
「今度こそ、もう、次はいらない。この一撃で絶対に、破壊する……!」
 叫びと共に、身体を真っ直ぐに伸ばし、両手で構えたグラディウスを突き出す。
 この日8回目の閃光が爆ぜる。だがバリアはその強大な力を発揮する。次の瞬間、無月は強烈な衝撃に弾かれ、自ら起こした雷光の奔流の中に放り出された。

●撤退戦
 一行が合流したのは交差点であったと思われる場所。道とは言っても掘り起こされたかのように波打っている側溝と倒壊した建物の輪郭が辛うじて通りの面影を残している程度で、方角の目安にする以外に道としての機能は残っていない。
「さあ、急ぎましょう」
 アクエリアは預かったグラディウスを収納しながら、こうしている間にも薄れ行くスモークの先を見つめる。
 頭上を覆う圧迫感は変わらず、言葉には出さなくとも、魔空回廊もバリアも健在であることは明白だった。
「こっちだ」
 真幸の声に促されるように一行は駆け出す。そのルートは地形を元に考えられた無難とされるひとつ。
(「随分ヒドい有様だ、混沌の子だけに制圧を任せればこうもなるよねぇ」)
 燦は思う。撤退の道程で見えるのは、そこかしこで燃える炎に浮かび上がる破壊の輪郭、さらに鼻を突くのは、肉の焼けるような異臭。
「敵襲!」
 このまま敵に出会わずに済むのではないか、そう感じ始めたタイミングで、前を行く真幸の警告が飛び、それとほぼ同時、巨大な拳に打ち据えられたダリルの身体が宙を舞って、瓦礫に叩き付けられる。
「なにっ……!」
 即座に立ち上がろうと手足に力を込めるが力が入らない。遅れてやってくる激痛に、目の前が赤く染まり、経験から来る勘でダリルは戦えない身となったと知る。
 目尻を微かに吊り上げ、拙いことになったと無月は出現したユミルの子に槍を向ける。次の瞬間、穂先に氷の霊力が集め、胸の内に抱く怒りと共に突き出せば、それはあっけなく突き刺さり、変色した肉を凍らせて行く。
「怨憎会苦!」
 綿菓子は己のもつ力の全てを右足に篭める。瞬きの間に足は灼熱を纏い。不意に跳び上がると同時、黄金の如き右足から繰り出した回し蹴りが巨体を強かに打つ。続いて空高く跳び上がったソルが一筋の流星の如き煌めきと共に蹴り据える。そんなタイミングで、真幸の発動したブレイブマインの爆風が力強く前列の背中を押し、続けてボクスドラゴンのチビが体当たる。
 回復能力を警戒した千尋の放った殺神ウイルスのカプセルが爆ぜて、ユミルの子の身体を濡らす。
「良いニュースと悪いニュースがある。良いニュースはキミを主役とした物語が綴られること、悪いニュースはそれがバッドエンドだってこと」
 長い詠唱の末に呼び出された、螺旋状の渦がユミルの子の頭上に出現し、バッドニュース、詠唱の終わりを告げる言葉と共に、それは周囲の瓦礫を吸い込みながら落下した。
 吸い寄せられる瓦礫の嵐に為す術もなく打たれ、肉を削られて行くユミルの子。アクエリアの繰り出す緩やかな弧を描く斬撃がさらに追い打ちかける。
 しかし猛攻に耐えて呻きを上げるだけに見えたユミルの子は反撃に転じた。苦痛から漏れるだけと思われたうめき声は叫びと変わり、叫びは大気を揺さぶる衝撃なって、二度目のブレイブマインを繰り出した真幸に襲いかかる。
「しまった——」
 攻撃の向かう先に気がついた、無月は慌てて地を蹴るが、一瞬遅かった。直後、ユミルの子が受けた苦痛、その全てを孕んだ叫びに脳を揺さぶられて、真幸の意識は闇に落ちた。
 どのくらい戦ったのだろうか。時間を計っている者は居なかったが、優勢だった戦いが時間と共に不利に傾いていることを誰もが感じ始めていた。
「みんな揃って帰るのよ!」
 血路を開くべく、綿菓子は大技の回し蹴りを繰り出し、続けて燦がドラゴニックパワーの噴射の加速と共にドラゴン印の金槌を叩き付ける。
 当たれば致命傷、当たらなければ問題ない。そんな諺めいたものを思い浮かべながら、千尋もまた癒しの力を刃に変えて攻勢に出ていた。
「両手の刀だけがアタシの剣じゃないんだよねぇ――三本目の刃、受けてみるかい?」
 言葉と共に右腕部に搭載されたレーザーブレードユニットを起動、形成された光刃を手刀の如くに操って千尋は舞うようにしてユミルの子を切り裂く。
 スモークの薄れるペースは目に見えて早くなっている。
「煉獄より昇りし龍の牙――その身に受けてみるがいい!」  叫びと共に内なる地獄を解き放ち、炎龍の如きに変貌したソルの無慈悲な業火がユミルの子を焼く。
 次の瞬間、アクエリアは背中側から近づいて来る、別の敵の気配に気がついた。
 もう一刻の猶予も無い。
「滅し、懺悔なさいッ!」
 叫びと共に跳躍し、アクエリアは己の霊力で作り出した剣を突き出して突撃する。それはまるで光の尾を曳く彗星が飛翔するが如き、直後、超巨大な刃が業火に焼かれる巨体を貫いた。
 だが倒れない。
 眼前のユミルの子の回復力は、もはや脅威とは言えない程に低下しており、あと少し時間があれば倒せそうだった。
 後ろから迫るユミルの子との戦端が開かれれば、戦っている間に別のユミルの子が現れるだろう。やがて続々と増えるユミルの子の群れに全員が惨殺される。そんなイメージが頭を過ぎった直後、前触れも無く現れた怪しげな気配の繰り出す圧倒的な攻撃に、行く手を阻んでいたユミルの子の巨体が破砕された。
「行ってよね、ここは引き受けるのね……」
 戦慄させられる気配を孕んではいたが、その声からアクエリアは、その者が暴走した無月と知る。
「駄目、無月くん、みんなで一緒に帰るのよ!」
「あなた、なに言ってるの? 早くなさいよ、まだ私に正気が残っているうちに——」
 次の瞬間、燦の平手が綿菓子の頬を打った。
「俺も同じことになったかも知れない。だから分かるんだ、ここは引こう」
 かくして7人は撤退を続けて、ミッション地域から逃げ延びることに成功した。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:空鳴・無月(宵星の蒼・e04245) 
種類:
公開:2017年5月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。