魅惑の花は白き影に咲く

作者:秋月きり

 眩いばかりに輝く部屋の中で、二つの花が咲いていた。
 一つは妙齢の女だった。申し訳程度に肢体を包む忍び装束に身を包んだ女性は、己が配下である魅咲忍軍――上忍と同じく、しかし、それよりも多少は露出度の低い6人の少女達だった――に命を下す。
「はーい。集まったね。それじゃ早速指令を伝えるよ。螺旋帝の一族が都心部に出現したって情報が入ったの」
 上忍の台詞にしかし、下級忍者達は顔色一つ変えない。彼女達の分類は無色。この程度の命で動揺するような存在などいる筈も無かった。
「これが本当なら凄いチャンス的な? って感じね。魅咲任軍の総力を挙げて捜索するから、貴方達は今すぐ、千代田区へ向かって貰うよ。草の根を分けても探し出してきて頂戴ね」
 如何なる任務と言え、黙して従うのが忍びの掟。少女達は頷き、散会しようと影に溶ける。
 その間際。
「それと、他の忍軍の捜索部隊に出会ったら……問答無用で皆殺し。判っていると思うけど」
 彼女の言葉に答えは無い。だが、それが当然の命であると駆け出す少女達は一様に首肯する。

 そして螺旋忍軍の動きは別所でもあった。
 闇より遥かに昏い影の中。蠢くは一つの白き衣を纏った優男。そして、白き忍び装束に身を包んだ4つの細身の影であった。
 優男は忍び装束の忍者達、白影軍螺旋忍者達に語り掛ける。
「都内で複数の任軍が動き出しているようです。今こそ白影衆の力を見せる時ですね。お前達は都内に散っている螺旋忍軍を見つけ出し、狩るのです。螺旋忍軍滅ぶべし」
 呪詛の如く紡がれた男の言葉に、忍び装束達の声が唱和する。
「螺旋忍軍滅ぶべし!」
 その声を皮切りに、忍び装束達の姿が消失していく。やがて、優男もゆるりと影に紛れ、消えて行くのだった。

「東京都都心で、螺旋忍軍が活発に活動を開始した様子ね」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の言葉は、ヘリポートに集ったケルベロス達を騒めかせるのに充分だった。彼らの顔を一瞥したリーシャはコホンと空咳を行うと、説明を続ける。
「複数の螺旋忍軍の組織が大規模に活躍していて、螺旋忍軍同士の戦闘にまで発展し始めているの。これがデウスエクス同士の諍いだったら放置しても問題ないんだけど」
「人々が犠牲になってしまう、と言う事ですね」
 彼女の言葉を引き継いだのは、仲間達と同じくヘリポートに集ったグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)だった。
 コクリと頷いたリーシャは更に言葉を重ねる。
「周囲の被害を抑える為には両者の戦いに割って入った上で、敵を連携させないように片方を撃破、その後にもう片方の忍軍を撃破する必要があるわ」
 双方合わせれば10にも届く螺旋忍軍を同時に相手する事は困難を極める。全てを撃退する為には、双方の戦力が連携しないように立ち回る必要があった。
「もしくは螺旋忍軍同士の戦闘を行わせて、双方が疲弊した所を叩くと言う作戦も使えるわ。ただ、デウスエクス同士の戦闘だから、巻き込まれた都民の安全は保証出来ないけど……」
 尻切れに紡がれた言葉は、彼女としても苦渋の選択肢であると告げる様だった。大事の前の小事と割り切る事が出来ない事は、数々の任務を告げてきたヘリオライダーとしても充分に承知しているのだ。
「また、その場合、呉越同舟となった敵は協力してみんなに敵対して来るわ。戦いを長引かせて敵を疲弊させる策を練らないと、却って戦況は不利なものになってしまう。だから、慎重に判断して欲しい」
 そしてリーシャは都内の地図を広げ、一点を指さす。そこは千代田区神田神保町の一角だった。
「螺旋忍軍は二つの勢力がぶつかるわ。一つは魅咲忍軍と呼ばれる少女達による集団。こちらはエアシューズを得物としているけど、得意とする事は連携攻撃ね」
 単体ならばさほど強い相手ではないが、複数人による連携は侮れない。無論、相手はデウスエクス。単体であっても油断するべき相手ではない事は当然だった。
「もう一つは白影衆。白影軍螺旋忍者は4人からなる部隊ね」
 こちらは螺旋手裏剣を操ると言う。連携も侮れないが、個々人の殺意は魅咲忍軍よりも上だと思われる。
「まぁ、双方とも殺意はそれなりに高いのだけど」
「それでも、敵の敵は味方、と言うわけではない、ですね」
 グリゼルダの言葉にリーシャはコクリと頷く。
 ケルベロスの介入に気付けば、まずはその排斥を優先するだろう。そして。
「当然、二つの勢力とも一般人の犠牲は考慮していないわ。場所はオフィス街だから、二つの勢力の衝突による建物の崩壊が発生すれば、被害は甚大なものになりかねない」
 無辜の命か、それとも螺旋忍軍への甚大な被害か。
 その天秤の傾きは、ケルベロス達に掛っていた。
「螺旋忍軍が争う理由が判れば僥倖かもしれない。でも、戦場に現れる螺旋忍軍は重要な情報を持っていないわ。尋問などをしても意味がないから、速やかな撃破をお願いね」
 彼女の言葉に、グリゼルダは頷き、そしていつもの如く、続きを促す。
「それじゃあ、いってらっしゃい」
 いつもの言葉。いつもの台詞。だから、それに応えるのだ。
「はい。行ってきます!」


参加者
星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)
四之宮・柚木(無知故の幸福・e00389)
如月・シノブ(蒼の稲妻・e02809)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
早乙女・スピカ(星屑協奏曲・e12638)
漣・颯(義姉を慕うヴァルキュリア・e24596)
エストレイア・ティアクライス(さすらいのメイド騎士・e24843)

■リプレイ

●狩る者、狩られる者
 ビルの壁に無数の手裏剣が突き刺さる。あっと思う暇はない。その一撃を以って、ビルの2階部分は崩壊。当然、その上に聳える3階以降、12階までの雑居ビルは崩落を迎える。
「ちっ。無茶苦茶だぜ!」
 これがデウスエクス同士の戦いか、と崩落を目の前にした如月・シノブ(蒼の稲妻・e02809)が呻く。だが、その言葉に応えは無い。ケルベロス達にその余裕はなく、そして、同行者である少女達に応じる義理は無かったのだ。
「今の建物は――?!」
「大丈夫。この一帯は避難誘導班が避難を終わらせた区域だよ」
 神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)の不安げな声に、星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)の冷静な声が応じる。
「ならば、問題ないな」
 凛とした呟きが四之宮・柚木(無知故の幸福・e00389)から零れた。
 黒曜石の如き瞳が見つめる場所は一点。彼女達を追い、手裏剣を投げつけた4つの影だ。
(「白昼堂々都会の真ん中で忍術合戦とか、少しは忍べよお前達」)
 憤慨はしかし、表に出さない事にした。何故ならば――。
「よもや、ケルベロスと共闘などとね」
 6人の少女――魅咲忍軍のリーダーらしき少女は苦虫を嚙み潰したような、微妙な表情を浮かべていた。残り5人も同じような表情を形成している。それはこちらも同じこと、との言葉を飲み込んだ漣・颯(義姉を慕うヴァルキュリア・e24596)は己の想いを口にする。
「今、私に出来る事をやっていきましょうか……!」
 まずは目の前の脅威――魅咲忍軍を狙う螺旋忍軍、白影衆の排除を行わなければならない。
 それだけは確かだった。

 白影衆より早く、魅咲忍軍を捕捉出来たのは僥倖だった。当てもなく千代田区を彷徨う白影衆と違い、ケルベロス達にはヘリオライダーの予知と言うアドバンテージがあったのだ。当然と言えば当然だった。
 ケルベロスの接触に困惑の色を見せた魅咲忍軍の少女達はしかし、彼らの目的が人々の安全であり、その手段として白影衆の排除が必要であるとの言葉に頷き、行動を共にする事を進言して来たのだ。彼女達の目的が螺旋帝の確保、そして他の忍軍の排除であるならば、その返答も当然であった。
「貴方達と行動を共にする限り、一般人に手出しはしないわ」
「はい。共闘と行きましょう。魅咲忍軍様」
 エストレイア・ティアクライス(さすらいのメイド騎士・e24843)の丁寧な礼を彼女達はどのように受け止めたのか。
 笑っていない瞳は、いずれ、その寝首を掻いてやると告げるようでもあった。

「だけど、一時的な共闘関係は築けた」
 まずはそれで充分と、避難誘導を進めるマリオン・オウィディウス(響拳・e15881)は独りごちた。
「デウスエクスは信じられませんが、この瞬間だけならば問題ありませんよね」
 利害が一致しているだけだが、一般人を害すれば白影衆だけでなく、ケルベロス達が魅咲忍軍に牙を剥くのだ。だから、今は大丈夫と早乙女・スピカ(星屑協奏曲・e12638)は頷いた。
「避難誘導は完了しました。逃げ遅れた人はいません」
 そこに、光の翼をたたみ、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)がふわりと降り立つ。共に降り立ったエストレイアもまた、その言葉を首肯し、仲間との合流を二人に促す。
 機動力に長けた三人が空中から避難誘導を行い、その間に警察機構へマリオンが協力を要請する。手伝いに駆けつけてくれた泰地の活躍もあり、思いの外、事は上手く進んだようだ。魅咲忍軍達が避難誘導を完了させた地域に留まる事で、戦場を拡大を防いだ事も大きいように思える。
「デウスエクスと言えど、か」
 マリオンは淡々と呟く。惜しむべくは、彼女達もまた、ケルベロスとしては排する敵である事だった。
 今はまだ、それを表に出すわけにいかない。その為か、彼女の呟きは何処か悲しく聞こえる。

●崩壊の白き影
「螺旋忍軍滅ぶべし!」
 白昼堂々、白い忍装束の凶手がこれまた白き衣装を纏った少女を襲撃する。飛来した手裏剣を蹴落とした彼女は白魚の如き指を彼の忍者に突き付けた。
「任せて!」
 それに応じ、跳躍する影は全部で5つ。いずれもが流星を纏う飛び蹴りを凶手へと叩き付けていた。
「――速い?!」
 目で追うのがやっとな攻防に、ユルは思わず呻いてしまう。
 やはり彼らはデウスエクスなのだ。ケルベロスの中では上位の実力者である彼女も、しかし単独では勝利を得る事は難しいとの認識を新たにしてしまう。
「その為の策、だが」
 柚木の言葉に頷く。
 最も望ましい結末は魅咲忍軍、白影衆の共倒れだが、その成就は困難だろう。ならば、ケルベロス達の益になる様に立ち回る。ただそれだけだった。
「空間に咲く氷の花盾……皆を守ってっ!」
 鈴の詠唱が響く。時空を凍結させ、現出した氷花の盾は柚木、忍、颯、そしてマリオンが置いていった田吾作に防御の力を付与する。
 共に動くサーヴァントのリュガもまた、己が属性を柚木へと付与していた。
「白影衆は危険だ。だからボク達が加勢するよ」
 そしてユルは白影衆への敵対を宣言する。彼女が放つ無数の槍は雨の如く、4人の白影衆に降り注いでいた。
「地獄の番犬ケルベロスだと! そこまで堕ちたか!」
 白影衆の一人が呻く。
 だが。
「語る事は無い! それとも卑怯との戯れを口にするか? 白影衆よ!」
 魅咲忍軍のリーダーの宣言に、ぐぬぬと言葉を飲み込む。権謀術数渦巻く螺旋忍軍の内部抗争とも言うべき戦い、外部戦力の助力、或いは利用は当然と言う彼女の主張に、白影衆もまた、非難する謂れは無かった。
「ふん。螺旋忍軍を根絶やしにするというなら我々がお前達を狩り尽す。白影衆滅ぶべし」
 心臓を貫く精神の矢を繰り出しながらの柚木の台詞に、白影衆、そして魅咲忍軍は共にほぅと頷く。理由は不明だが、彼女の言葉で、ケルベロス達の目的が白影衆を討つ事であると確信したようだった。
(「ま、違うんだけどな」)
 シノブが放った追い打ちの爆破が白影衆の足元に突き刺さる。彼らの真の目的はデウスエクス双方が倒れる事。言うならば螺旋忍軍滅ぶべし、なのだ。――それが表に出れば、二つの軍勢はケルベロスの排除へと動くだろう。それを是とするつもりは無いが。
 ミミックの田吾作もまた、エクトプラズムで作成した武器を投げつけながら、奮闘していた。ここにはいない主の命を守る姿は、何処か忠犬の姿すら彷彿させる。――その主に何処かぞんざいな扱いをされていた事はこの際、忘れる事にした。
 そして、歌声が響く。
 颯が紡ぐは失われた面影を悼む調べ。師に語られた一般人を思い、彼らの為に戦うと言う決意の表れであった。
「――螺旋忍軍滅ぶべし!」
 ケルベロス達の介入を些末と断じたのだろう。白影衆の一人が魅咲忍軍に投げつけた手裏剣はしかし――。
「ま。そう言う事だ」
 シノブのルーンアックスに射線を逸らされ、忍装束を浅く切り裂くに留まる。覗く白い肌は煽情的だったが、流石は忍び。羞恥に頬を染める訳でもなく、白影衆への蹴打を敢行する。
「無茶をするなともグッジョブともいい難いですが……」
 光の盾による治癒を施す鈴が愚痴の様に呟いた。今のシノブの行動で魅咲忍軍への助力を本気で行おうとしている事は疑いようもなくなっただろう。それは歓迎する事だが、その一方で、クラッシャーの毒手裏剣へ介入した彼への被害も甚大である事も事実だった。
「リューちゃん」
 一人と一体による治癒でようやく、シノブの負った傷を完治まで引き上げる事が出来た。それだけ、白影衆の攻撃は苛烈であった。
「行動は避難誘導班が合流してから。それまでに私達がやるべき事は、時間を稼ぐ事です」
 颯の言葉に一同は頷く。一方的に白影衆を倒すだけでは彼らの目的を完遂する事は難しい。適度に介入し、天秤の傾きを修正していかねばならないのだ。

 白い花が舞う。魅咲忍軍による蹴撃は白影衆を追い詰めていく。
 白き影が跳ぶ。白影衆による手裏剣の投擲は、魅咲忍軍を切り裂き、その命を梳っていく。
 そして、番犬が走る。その介入は、白影衆に向いていた天秤の傾きを徐々にだが、魅咲忍軍へと押し戻していく。
 やがて、時が至る。
 ――三者の合流は、その開始を告げる合図だった。

 白影衆の一人が弾け飛ぶ。飛散するコギトエルゴスムは、その命が仮初めの終わりを迎えた証拠だった。
 だが、応対する魅咲忍軍もまた、無事ではいられない。当初、6人いた彼女たちはしかし、その数を4人にまで減らしている。敵である白影衆にコギトエルゴスムを回収されないよう懐にしまう様は流石であったが、分の悪さは火を見るより明らかであった。
「――避難誘導完了しました。神田の街はもう、大丈夫です!」
 飛来した戦乙女達の声が響く。それが引き金となった。
「蒼き炎よ、かの者の罪を焼き払え」
 スピカの詠唱の声が響く。花弁とも見紛う蒼い炎に包まれた白き影から、悲鳴が迸った。
「死神の鎌は刈るものではなく貫くもののようです」
 マリオンの右腕から放たれた銃弾はその彼への追い打ちとなった。冷たき死神の鎌は螺旋忍軍の足を貫き、再三奪われた機動力をここに来てもなお、削いでいく。
 故に反応が遅れた。魅咲忍軍、そしてケルベロス達の猛攻に晒された彼を待ち受けるのは、無数の光による乱舞――エストレイアが召喚した光の剣による斬撃だった。
「逃しません! そこで暫くお待ち下さい!」
 降り注ぐ雨のような刃に切り裂かれ、絶滅した彼は光の粒子となって消滅する。
「これが地獄の番犬」
 魅咲忍軍の一人が呻く。デウスエクスへ重力の楔を叩き込み、仮初めの死ではなく、本当の死を与える存在。それが彼らケルベロスだ。コギトエルゴスムと化す暇は与えない終局に、戦慄が走った。
「貴方達が敵で無くてよかったと言っておこう」
「そうですね」
 淡々と紡がれた言葉に返すグリゼルダの言葉もまた、淡々と紡がれる。
(「今は、ですが」)
 終わりの言葉を飲み込んだ彼女は妖精弓に矢をつがえ、白影衆への射撃を開始した。

●花言葉は裏切り
「螺旋忍軍滅ぶべし! グワーっ!」
 無人のオフィス街に白影衆の末期の言葉が響く。魅咲忍軍、そしてケルベロス9名の猛攻を前に、白影衆は1人、また1人とその数を減らしていく。
 最期の1人と化した白影衆もまた。
「ケルベロス!」
「これで終わりです――」
 魅咲忍軍の渾身の蹴りに呻く彼へ、業炎が牙を剥く。マリオンの召喚した御業による炎弾が、その身を焼いたのだ。
「螺旋忍軍、滅ぶべし……」
 うわ言の様に文言を繰り返した彼は、やがて光の粒と化し、消失する。
 敵の最期を見届けた魅咲忍軍は荒い息を吐き、ケルベロス達へと振り返った。
 それは礼を言う為か、それとも、この瞬間、決別を行う為か――。
(「今となってはどちらでもよいのですけど」)
 スピカの想いはため息として、吐き出された。
 白影衆を全滅させても、剣呑と漂う空気は払拭されていない。それが彼女達の末路を示していた。
「やはり、このまま別れると言うわけにはいかんか」
 リーダー格の少女と共に、残されたもう一人の魅咲忍軍が半身を下げ、身構える。
「残念ですけど」
 このまま逃すわけにいかない、との鈴の台詞を何処か当然と、彼女達も受け止めていた。
 今や、魅咲忍軍は2人。対してケルベロス達は9人であった。螺旋忍軍滅ぶべしの妄執に取りつかれた白影衆の攻撃は全て、魅咲忍軍に向けられ、ケルベロス側の負傷は、彼女達を庇った柚木やシノブ、颯、エストレイアの4者、そしてマリオンの田吾作のみである。その傷も鈴やリュガによる懸命の治癒で塞がれており、ほぼ無傷と言っても過言ではなかった。
 誰も一切の言葉を口にしない。それがせめてもの情けと言わんばかりの態度に、魅咲忍軍はふっと笑う。
 迸ったのは流星の煌きだった。電光石火の蹴りはシノブの頬を掠め、血飛沫を辺りに漂わせる。続く二人目の蹴りもまた、彼の身体を捉え、その身体を大きく後退させた。
 魅咲忍軍による連携は数を減らしたと今でも健在。それを体現する連撃はしかし。
「……ふむ。紫のパン……いや、ふんどしか。やはり忍び。いい趣味だ」
「戦闘中にそれはいかがかと思いますよ」
 起き上がり、砂埃を払うシノブの軽口に、グリゼルダは思わず突っ込んでいた。
 蹴り技主体の魅咲忍軍の攻撃を真正面から受けた彼だったが、それを拝む余裕の有無は的確な挑発行動として魅咲忍軍へと突き刺さる。その口を塞ぐべしと放たれた第二陣はしかし。
「やらせませんよ」
 石化の魔力を孕むスピカの光線に打たれ、その足を止めてしまう。その隙にと飛び出した鈴のヒールは、シノブの傷を瞬く間に完治まで引き上げていった。
「――列攻撃があれば二人とも止めれたかもしれませんが」
 少しだけ浮かべたスピカの苦渋の表情はしかし。
「その為のメイド騎士です!」
 エストレイアの牡牛の如き装飾が施されたゾディアックソードが割って入る事で、安堵の表情へと変化する。5人からなるディフェンダーは、螺旋忍軍と言えど、その攻撃をやすやすと通すほど甘くはなかった。
「派閥争いは自分の星でやって下さい! ここで朽ちて頂きます!」
 そして彼女の蹴りが火を噴く。放たれたそれは流星の名を持つ一撃だった。全うに受けた魅咲忍軍の1人から呻き声が零れる。
「我が魔力、汝、稀代の名匠たる御身に捧げ、其の発明品を以て、我等が軍と、勝利の方程式を解かん!」
 そこにユルの魔力が追撃する。天才の名を欲しいままにした御霊によるエネルギーは螺旋忍軍を貫くと、その身体を昇華させていく。
「くっ?!」
「二矢、必滅!」
 突き刺さる柚木による射撃は、その命を刈り取るのに充分だった。光へとはじける最期に、残されたリーダーが呻く。
「よもや卑怯と言わぬよな?」
「――ああ」
 柚木の言葉は先の彼女の模倣。地球人の領域である地球で内部抗争を始めたのは螺旋忍軍達で、それを止める立場であるケルベロス達にとっては当然の行いなのだ。その為に二つの勢力に介入し、自らに有利な状況を作った。ただそれだけの行為であるならば、それを責める謂れはない。
 故に、魅咲忍軍も不敵に笑う。むしろ、それは共闘者が愚鈍ではない事への喜びだったのかもしれない。
「一つお聞きしますが、帝とやらの姿はご存知ですか?」
 捜索する相手の容姿を知らぬわけがないとのマリオン問いはしかし。
「これから死ぬ私が答えると思うか?」
 敢え無く一蹴されてしまう。その答えは炎を纏う蹴撃と共に紡がれた。
 主を庇った田吾作の背後で、「ま、当然ですね」と肩をすくめるマリオンは、御業による縛術を敢行する。
 半透明の腕を紙一重で躱した彼女はしかし、そこに己の終わりを悟った。
 自身を襲う其れは無数の大鉈。禍々しい牙の如き刃達が身体を、命を貪り、喰らっていく。
「こいつがお前らの血を啜りたいとよ」
 それが彼女の耳にした最後の言葉。シノブの声にこぼれた言葉は、彼へ、否、ケルベロスへの罵倒だった。
「化け物共め……」
 不死たるデウスエクスに終焉を刻む魔犬への恐怖と畏怖、そして侮蔑を込めた言葉が彼女の最期だった。
「そりゃ、お互い様だ」
 一時期は共闘した相手だったからだろうか。彼の言葉は何処か、寂し気に響く。

●喰うもの、喰われるもの
「流石に多いね」
 崩壊の跡をオーロラで包む鈴の台詞に、薬液の雨を降らせながらそれを援護するグリゼルダの頷くが重なる。
 被害範囲を絞る事が出来たとしても、起こったことはデウスエクス同士の諍い。倒壊したビルも一つや二つでは済まず、そうでなくとも道路や建物など、傷が無いものは無かった。
「蓋を開ければ人的被害は無かった。それでいいと思うけどね」
 ユルの言葉に二人して同時に頷く。仲良いなーと思ったが、それは口に出さない事にした。
「螺旋忍軍による抗争は都内で起きていると聞く。全てがここと同様、上手くいけばいいのだが」
「簡単な事ではないでしょうね」
 ヒールを施す柚木に、マリオンが淡々と告げる。だが、同時に、それを乗り越える事が出来るのもケルベロスの力だ、と信じていた。
「これ以上の被害を生まない事を祈るしかないですわね」
「だな」
 自分達の頑張りも皆の頑張りも無駄にならなければいいとのスピカの言葉に、シノブの同意が重なり。
「さーて。皆さん。まだまだヒールは続きますよ。頑張りましょうー」
「はい! それが私たちの役目ですから」
 二人のメイド――颯とエストレイアによる激励の言葉が、辺りに響くのだった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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