花咲く森に色彩を

作者:犬塚ひなこ

●春爛漫
 鮮やかな躑躅の花が咲く植物園の奥。
 煉瓦で舗装された路の先には森めいた一角がある。
 太陽のような橙色のガザニアやカレンデュラ。緋色のアネモネ、深い青のアイリス、高貴な色を宿す紫のサイネリアやスターチス。
 ちいさな森は極彩色に満ち、春の彩でいっぱいになっていた。
 開園したばかりの時刻。
 やさしい陽の光は木漏れ日となって木々の合間に落ちている。春らしい写真を撮る為に植物園に訪れた女性は、咲き誇る花々にカメラを向けた。自分以外に誰も居ない森には風の音とシャッター音だけが響く。
 涼やかで静謐な空気。まるで春を独り占めできているようで、とても心地良い空間だ。
 だが、ファインダーを覗いていた彼女はふと首を傾げた。
「何か動いたような……?」
 不自然に揺れる植物に気付いた女性は嫌な予感を覚える。しかし、その時にはもう攻性植物と化したスターチスの花が変異した触手のような蔓を伸ばしていた。極彩色の森に短い悲鳴があがり、彼女の意識は攻性植物に奪われる。
 花に絡め取られ、宿主とされた女性はゆらゆらと歩き出す。
 道端に放り出されたカメラのレンズはただ虚ろに、攻性植物が引き起こしてゆく凄惨な事件を映し出していた。

●緑と花の森へ
 そうして、平和だった植物園はデウスエクスの餌食となる。
「そんな未来が予知されたようなんだ。どうだろう、手伝ってくれないか?」
 ロイ・メイ(荒城の月・e06031)はヘリオライダーから伝え聞いた情報を語り、集った仲間達に協力を願った。問いかけはしても断られることはないと知っていたロイは小さく頷き、今回の状況説明を始めてゆく。
 敵は攻性植物が一体。
 攻性植物は園に訪れていた一般客を取り込み、宿主としてその身体を操っているようだ。
 現場はとある植物園の奥となる。ロイは事前に手配して貰った園のパンフレットを開き、マップを示していく。
「道順としてはツツジの道を通って、この先の森に行けばいい」
 森は園がしっかりと手入れをしており季節の花で彩られているらしい。美しい景色を眺めたくなるだろうが暫し我慢が必要だ。花々を楽しむのは敵を倒してからだと告げ、ロイは周辺状況について語る。
「私達が到着する時刻、周囲に他の人は居ないよ。開園したばかりだからまだ森の方まで足を伸ばす人も少ないということ、だ。私達が手早く敵を倒すことが出来れば避難誘導も必要ないだろう。けれど――少し問題があるんだ」
 ロイは僅かに視線を落とし、この戦いは一筋縄ではいかぬと話した。
 問題は、取り込まれた女性が攻性植物と一体化していること。
 普通に攻性植物を倒すと一緒に死んでしまい犠牲が出てしまうのだ。しかし、相手にヒールをかけながら戦うことで戦闘終了後に女性を救出できる可能性がある。
「助けられないなら兎も角、救える道があるなら諦めたくはない、と……私は思う」
 ――今ならきっと、手を伸ばせば掴める筈だ。
 思いは静かに秘めたまま、ロイは胸の前で掌を握った。その所作に合わせて胸に宿る地獄の炎が幽かに揺れる。傍らに控えていた匣竜のカレはそんな主をじっと見上げていた。
 そして、俯いていたロイは顔をあげる。
「それじゃあ行くとしようか。大丈夫だ、君達なら――いや、私達ならば」
 仲間達を紫の瞳に映したロイは、そうだろう、と問いかけた。
 もし無事に助け出せたなら極彩色に満ちた春の森をゆっくりと散歩しよう。そんな誘いを投げかけたロイは薄く笑み、ヘリオンの搭乗口へと踏み出した。


参加者
バレンタイン・バレット(ひかり・e00669)
片白・芙蓉(兎頂天・e02798)
リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)
ロイ・メイ(荒城の月・e06031)
エルピス・メリィメロウ(がうがう・e16084)
アーシィ・クリアベル(久遠より響く音色・e24827)
左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)

■リプレイ

●花の彩
 色鮮やかに咲く躑躅の路も今は後にして、駆けゆくは花の森。
 目移りしてしまいそうな花達にまあるい目をぱちぱちと瞬き、バレンタイン・バレット(ひかり・e00669)は木々の間から射し込む太陽のひかりを見上げた。
「ココは、うつくしいバショだな」
「……凄いところ。口が開くわ」
 こんな場所ではふるさとを思い出すと口にした少年に頷き、片白・芙蓉(兎頂天・e02798)も掌で口許を押さえる。
 きっと花々が咲くこの場所ならさぞ人を捕まえやすかっただろう。見入るもの、と呟いた芙蓉は近くに咲いているカレンデュラを見下ろす。
 左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)も視線の先にある手入れされた花々を眺め、肩を竦めた。
「花を愛でに来たら花に取り込まれるとか……嫌な夢でも見そうだな」
「そうならないためにも助けてみせるよ! 絶対に!」
 十郎の言葉に続き、アーシィ・クリアベル(久遠より響く音色・e24827)は決意を口にする。ぐっと握られた拳に気合いが入っていると感じ、エルピス・メリィメロウ(がうがう・e16084)もこくこくと頷く。
 リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)や、匣竜のカレを連れたロイ・メイ(荒城の月・e06031)が巡らせた殺界によって既に周囲の人払いは成されていた。
「みんなの憩いの場所で、被害なんて出させないよ」
 誰も迷い込んできませんよーに、と願ったリィンハルトは周囲を見渡し、仲間と共に自分達以外の気配を探る。そんな中、シュゼット・オルミラン(桜瑤・e00356)はスターチスの花が咲いている辺りに目星をつけ、そっと瞳を閉じた。
「永遠と呼ばれ、薬ともなる花……斯様な生涯を望んだ筈も無いでしょうに」
 攻性植物と化した花自体も事件を起こす為に咲いた訳ではないはずだ。その通りだと答えたロイはふと顔をあげ、前方を見据える。
「……早く、助けなきゃな」
「ああ! こんなにステキなトコロで、苦しむヒトがいていいハズがないんだ」
 ロイの動作とほぼ同時に兔耳をぴんと立てたバレンタインが銃に手をかける。逸早く気付いた二人の声に反応し、十郎や芙蓉も戦闘態勢を整えた。
 皆の眼差しは樹の陰から現れた人影に向けられている。
 ぐるるー、と威嚇の声をあげたエルピスをはじめとして、番犬達の瞳に映るのは苦しげに呻く女性の姿。
 しかし、彼女の意識は身体中に巻き付く花の攻性植物によって奪われていた。スターチスの乾いた紫は好きだが、と言葉にしたロイは首を振った後、凛と言い放つ。
「花は美しく咲き、時が来れば散ればいいものだ」
 ――ゆえに、悪夢には相応しくない。
 永遠に咲く花、ましてや命を吸う花など赦されるものではない。そして、木漏れ日が揺らぎ涼やかな風が吹く森にて、命を救う戦いが幕を開けた。

●咲く花の想い
 一瞬にして空気が張り詰め、風を切るような鋭い音が響く。
 刹那の隙を突いた攻性植物の攻撃だと察し、十郎は狙われたエルピスを庇いに駆けた。変異した蔓が彼に絡み付くがそれも承知のうえ。
「……、今のうちだ」
 痛みに対する反応を最小限に努めた十郎は仲間に合図を送る。その声に応えたロイが前に踏み出し、盾役として身構えた。
 同じく、アーシィも失われた面影を悼む歌で魂を呼び寄せていく。
「難しいお仕事だけど大丈夫! 人を助ける事はケルベロスのオハコだもん!」
 ね、とアーシィは芙蓉に視線を送った。頷いた芙蓉も呼び起こした御業を鎧に変形させてシュゼットへの加護とする。
「草なら草らしく黙って愛でられていれば良いのに……あっ!」
 そのとき、何かに気付いた芙蓉は操られた女性が歩む先を指さす。すぐさまテレビウムの帝釈天・梓紗に願ったのは進行方向に落ちていたカメラ。
 お願い、という主の言葉に応えたテレビウムはそれを拾ってしっかりと保護する。
 シュゼットはカメラが壊されなかったことにほっとしながら、自らも援護に入った。
「――澄慕え」
 ひとこと、シュゼットが願えば沫のように雨が弾け降る。その力の根源はミアプラキドゥスの冱導。加護のひかりが巡ってゆく最中、バレンタインは地面を蹴った。
「そのおおきな枝、ちょっとだけ使わせてもらうぞう」
 軽やかな跳躍を重ねた少年は一瞬のうちに太い樹の上へ登って跳ねる。
 そして、上空から放たれたのは幾重もの銃弾の雨。スターチスの花弁が弾雨によって弾き飛ばされ、硝煙があがる。
 だが、煙で敵を捕らえることは出来なかった。
 されどリィンハルトがすぐにバレンタインの後に続いた。大丈夫だよ、と告げた彼が雷杖を掲げると迸る雷が敵を貫く。
「スターチスの花言葉に『変わらない心』ってあるよね。それなのに……」
 攻性植物に変わっちゃうなんて、とリィンハルトは肩を落とした。
「皮肉って、こういうことを言うのかな」
 エルピスは首を傾げながらも癒しの力を紡ぐ。その狙いは仲間ではなく今しがた傷を受けた攻性植物に向けられていた。
 そのまま頼む、とエルピスに告げたロイは苦しむ女性を見つめる。
「今、直ぐに助けるから」
 彼女は意識がないようだが呼び掛けはきっと届くと信じた。ロイの思いを感じ取った十郎も声をかけようと決める。
「……必ず助ける、頑張ってくれ」
 たとえ届かなくても構わない。この意志は本物だと伝えるかのように十郎は攻性植物を音速の拳で穿った。其処に合わせたロイは血に魔力を宿らせていく。
「行くぞ。容赦はしない」
 指先を敵に差し向けたロイが双眸を鋭く細めた。その瞬間、血を元に作り出されたおぞましい色の剣の群れが紫花を斬り裂いていく。宛ら、それは一万の騎兵が襲い掛かっていく光景が如し。
 カレも攻撃の機を見つけ、棺桶型の匣に潜り込んで敵へ突撃する。
 衝撃があまりにも強かったのか、攻性植物は自ら花を咲かせて癒しに入った。それによって敵は耐性を持ったが、被害者を助ける為に回復を必要とする現状では逆に好都合。
「うん、大丈夫みたい」
 エルピスは敵の残り体力具合を見極め、まだ攻撃しても構わない状況だと皆に知らせた。その間にアーシィと芙蓉が仲間に破剣を付与して回り、体勢を整える。
 シュゼットは攻撃にまわり、縛霊手を振りあげた。
 そのとき、脳裏に以前に花を手折ったときの記憶が浮かぶ。僅かに瞳を伏せたシュゼットだったが振り下ろす腕にしかと霊力を込めていた。
(「未だに変わらない。一年も経ったというのに――」)
 思いを胸中に秘めたシュゼットは敵を思いきり殴り抜く。彼女が何を考えているかまでは分からなかったが、リィンハルトにも裡に燻る思いがあった。
「きっとスターチスさん自身もこんなこと、望んでなかったんじゃないかな?」
 そうだといい、と願ったリィンハルトは影の如き一撃を放ち、攻性植物の力を削っていく。敵も毒の反撃を放つが、カレがバレンタインを庇うことで衝撃を受け止めた。
 そこにうまれた隙を使って梓紗が応援動画を流す。
 芙蓉は仲間の癒しは不要だと察し、敵の傷を癒す為に気力を溜めた。
「フフフ、今は作戦上で仕方なく癒してあげるけれど、貴方より私の方が可愛いから。お花よ! フラワー様よ!」
 謎の自信を持って語る芙蓉の回復は実に頼もしい。
 エルピスはくすりと小さく笑ってから、ヒールを重ねていく。じわじわとではあるが攻性植物のダメージは蓄積していた。
「ミンナ、きっとあと少しだから頑張って」
 その分こっちも支えるから、と伝えたエルピスは誓う。
 自分は嘘吐きオオカミだけれど、この言葉は嘘なんかじゃない。エルピスのちいさな誓いに気付いたロイはそっと頷く。
「……ああ、信じているよ」
 そんな彼女の心の奥底には或る情景が浮かんでいた。
 この場所を通して、主と共に在ったあの日々とあの森が思い出される。帰りたい、戻りたい、あの頃に戻りたい。強い願いは今も胸の炎を揺らす。
 けれど、と一時的に思いを振り払ったロイは拳に力を宿した。その動きを見たバレンタインは軽やかな身のこなしで跳び、彼女に呼び掛ける。
「ロイ、このこにあわせてくれるかい?」
「勿論だとも」
 バレンタインが示したのは自分の頭に鎮座している青い鳥。ファミリアたるその子に合図をすれば一瞬にして木の棒めいた杖に変わる。そして、バレンタインは杖を思いきり投げた。同時にロイが練り上げた気が放たれ、杖から再変化した青い鳥と咬弾が螺旋を描きながら敵を貫いてゆく。
「わあ、すごい! こっちもどんどん攻撃いくからね!」
 アーシィは二人の連携に感心し、絶空の斬撃を放ちに向かった。十郎もこれを好機として戦場を見渡し、偲月の隼を解放する。
「ほら、こういうのはどうだ? 避けられないだろ」
 月の如く淡く光る隼が高く鳴きながら旋回し、一筋の光線となって敵に降下する。痺れが花に巡っていく中、アーシィが全力で刃を振り下ろした。
 おそらく敵の力も後僅か。
 此処からは慎重に行かなければならないと感じ、番犬達は気を引き締めた。

●護ったもの
 森の花や樹を傷つけぬよう仲間達は果敢に戦った。
 毒花は癒し、蔓の鞭めいた一閃は受け止めるか避ける。バレンタインも向けられた一撃を躱そうとしたのだが、一瞬だけ動きが固まってしまう。
「だめだ、おれが避けたらうしろのタンポポが!」
 そうなった理由は蔓を回避すれば道端の小さな花が折られてしまう故。その為、少年は敢えて踏み留まって痛みに耐えた。
 しかし、その優しさは決して無駄ではない。一連の流れを見ていた芙蓉は明るく笑み、梓紗と一緒に癒しの力を発現させていった。
「大丈夫、任せなさい!」
「その心意気、なかなかだと思うぜ」
 十郎も仲間に賞賛を送り、具現化した光の剣で敵を一気に斬り裂く。がおー、と上機嫌に口にしたエルピスも攻性植物へと癒しを施した。
「このまま押し切っちゃおうか」
 仲間の声にリィンハルトが応え、檻の熾雨を顕現させる。
「花も助けてあげられたらいいんだけど……」
 だが、それが出来ないことはよく分かっている。だからこそ静かに眠らせてあげることが自分達の役目だと考え、彼は熾烈な雨で花を穿った。
 続いたシュゼットは女性ごと敵を倒してしまわぬよう、しかと前を見つめる。
「手折られそうだった花が一輪、助かったわ。だから、今は救出を何よりも――」
「そうそう、お姉さんを返してもらうよ!」
 シュゼットが調整した衝撃の後にアーシィが寂寞の調べを奏でて、敵の力を僅かだけ癒す。ありがとう、と皆に告げたバレンタインも手加減気味のウサギぱんちを繰り出し、救出への道を拓いた。
 きっとあと一撃。それで救えると芙蓉は信じ、エルピスも真っ直ぐな眼を仲間に向ける。そして、機を計った十郎はロイに呼び掛けた。
「最後は譲ってやる。ほらよ、今だ」
「ああ。花の悪夢はこれで終わり。――もう、大丈夫だ」
 終わりの言葉は宿主に向け、ロイは地獄の炎弾をひといきに放つ。
 そして、身体に巻き付いていた悪しき花は力を失って地面に落ちた。

●森の色彩
 枯れ果てた花の残骸が風にさらわれていく。
 その中でシュゼットは倒れ込みそうになる女性の元へ駆ける。
「痛む所はありませんか?」
「ええ、大丈夫……貴方達が助けてくれたのね」
 シュゼットが問いかけると彼女はゆっくりと立ち上がった。安堵した芙蓉はふと思い立ち、戦闘中に拾ったカメラを差し出した。
「はい、これ。よく頑張ったわ」
「大事なんだよね。きっと素敵なお花の写真、いっぱい撮れてるだろうから」
 芙蓉の隣からカメラを示したリィンハルトは穏やかに笑む。すると女性は傷ひとつない機体を抱いて礼を告げた。
「私だけじゃなくてカメラも守ってくれたなんて……ありがとう!」
 バレンタインは得意気に胸を張り、何のことはないと笑顔を浮かべる。そうして少年は周囲に広がる森を抱くように両手を広げた。
「カメラもいいけど、レンズをとおさず見る色もよいぞう。きれいな花をこころにたくさん、のこしておくのさ!」
 こんな風に、とバレンタインは先程のタンポポの傍に屈む。
 あの愛らしい花とこの花は同じようで違うと分かっていたけれど、少年の心にはいつかの日の思い出の彩がしっかりと刻まれていた。
 素敵だね、と笑った女性を見つめていた十郎も別の意味で安堵を抱く。
 彼女は写真を撮るくらいに花が好きなのだろう。今回の経験が嫌な記憶にならずに済みそうだと感じ、十郎は片目を閉じる。
 同じ頃、芙蓉はスターチスの花が咲く小道を歩いていた。
「花は好きよ、大好き。永久不変、変わらぬ心……だったかしらね、この花は」
 ふと芙蓉は花好きの彼の人を思う。
 枯れる花が永遠を名乗ること。そして、その花を貰ったことを大切に思いたい。芙蓉が穏やかに笑む姿を梓紗がそっと見上げていた。
 その頃、植物園の森入口付近ではアーシィが元気よく駆けていっていた。
「おおー! 赤に、白にー……綺麗な絨毯みたい!」
 来た時はゆっくりと眺められなかった躑躅の花路へと駆けたアーシィは両手を広げ、くるくると回って花の色を楽しんだ。
 森側から彼女の姿を眺め、リィンハルトは目を細める。そのとき花の路の方からアーシィの明るい声が響いてきた。
「アヤメはあるのかな? 夜っぽい色の花で、花言葉も素敵なんだよ!」
「アイリスか……僕も見たいな」
 リィンハルトがぽつりと呟くとバレンタインがぴょこっと横から顔を出す。その隣には植物園探検をはじめようとしていたエルピスも居た。
「だったら、いっしょに探しにいってやろう」
「ミンナでお散歩、賛成なの。自慢の鼻でお花を探しあててみせるから」
「エルピスには負けないぞう!」
「ふふふのふー。こっちこそ負けないの」
 元気なウサギと嘘吐きオオカミのコンビは息ぴったり。頼りになりそうだと淡く笑ったロイは仲間達を改めて散歩に誘った。
 そして、一行は暫し植物園の花々や空気を楽しんでゆく。
「落ち着くな、やはり草花の香りは」
 のんびりしよう、と森の空気を吸い込んだロイに倣い、シュゼットも朝の景色を眺めた。光の中で花ひらく様は確かにめざめのよう。空を畏れずかんばせを上げる様は絢爛と誇らしく見える。
 まるでそれは、彩りの中にある仲間の背のようでもあった。
 ――春よまだ、どうか此処に。
 言葉にしない思いを胸に、シュゼットは先を行く仲間達を追った。十郎も皆の後ろに続き、これから始まる穏やかな時間を思う。
 ロイは一度だけ立ち止まり、周囲の景色を瞳に映した。
「……帰りたいと思うのはさすがに、我儘が過ぎるな」
 零れ落ちた言の葉を聞いたらしきカレは首を傾げる。何でもないと匣竜に告げたロイは止めていた歩を進めた。
 花咲く景色も、広がる色彩も、この森だけのもの。今此処でしか作れない思い出を紡ごうと決め、ロイは静かに瞳を閉じる。
 森は何も語らず。
 ただ、木々と花を揺らす風の音だけが辺りに響いていた。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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