月下美人と筋肉美人

作者:そらばる

●闘争の予感
 事態は風雲急を告げていた。
「……螺旋帝の一族が東京都心部に現れた。その御身、一刻も早く我ら月華衆の手で保護せねばならない」
 膝をつく配下達を前に、粛々と告げたのは、螺旋の仮面に顔を隠した、月華衆『機巧蝙蝠のお杏』。
「お前達は板橋区の捜索を。いかなる情報も、細大漏らさず報告せよ」
 承知、と幼くさえ見える螺旋忍軍達が応えた。各々が携える武具には、揃いの月下美人の刻印。
 お杏は頷き、加えて戒める。
「既に他の忍軍も動き始めている事だろう。作戦行動中、接触する事があれば、最優先でこれを撃破せよ。……他の忍軍に奪われるわけにはゆかぬのだ」

 きな臭い波瀾の気配を嗅ぎつけた者が、また一人。
「あなた達仕事よぉ。スナッフマニアさんからの、ありがたぁい耳より情報。なんとあの螺旋帝の一族が、この東京に現れたのですって!」
 かしずく配下達を流し目で見下ろすのは、煙管手に持ちしゃなりと斜に構えるヴァロージャ・コンツェヴィッチ。
「螺旋帝の一族を確保できる千載一遇のチャンスってものね。成功すれば、真理華道の名が一気に上がるわよぉ」
 獣らしい顔立ちが、皮算用にほくそ笑む。
「さぁ、捜索開始よ。あなた達は板橋区担当ね。横から邪魔が入れば、見敵必殺。おねぇの意地を見せつけてやりなさい」
 おまかせあれー♪ しなを作り込んだ野太い声が、一斉に応えた。

●都心での激突
 比較的水面下での活動を好んでいた螺旋忍軍が、突然その動きを活発化させ始めた。
「場所は東京都心部。複数の螺旋忍軍の組織が大規模な活動を開始、螺旋忍軍同士の戦闘へと発展し始めております」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は長い睫毛の奥で、厳しい光を瞳に宿す。
「こたび戦場となるは板橋区。争い合う両陣営は、月華衆と真理華道にございます」
 デウスエクスの同士討ちならば望む所、しかし都心でこれをされては、街の被害や一般人の犠牲は免れない。
「人々の迷惑顧みず争い合う螺旋忍軍の処断を、皆様にお願い致します」

 考えうる作戦は、二つ。
「第一に、どちらかの忍軍に味方し、片側を撃破、返す刀で残りを撃破する戦法」
 戦闘初期から両者の戦いに割って入る為、市民に被害を出さずに済む。
 が、忍軍同士が協力してケルベロスに敵対してくると、勝利は難しくなってくる。連携を阻止する為には、相手勢力の排除を優先するよう仕向ける工夫が必要になるだろう。
 また、あからさまに双方の消耗を狙った行動をすると、漁夫の利狙いと看破され、敵が連携してくる可能性もある。
「第二に、双方の螺旋忍軍が疲弊した所を攻撃する戦法」
 市民の避難誘導を行いながら、忍軍同士の戦いをしばし静観する形だ。疲弊した状態の忍軍ならば、二体同時でも十分に勝機が見込める。
 が、タイミングが難しい。ケルベロスの介入が遅ければ遅いほど、忍軍達は消耗していくが、そのぶん被害は出続け、死傷者が出るリスクは加速度的に上がっていく。
 また、呉越同舟となった忍軍同士、当然、連携してケルベロスに敵対してくるだろう。
「作戦の選択は皆様に委ねられます。どうぞ、慎重なご判断を」

 板橋区で激突する一方の忍軍は、月華衆『黒鋤組』。
「見目は十代前半、螺旋の仮面を被いており、一見して性別は不詳。小刀と螺旋手裏剣を携え、その双方に月下美人の刻印が施されております」
 技量はさほど高くはないようだが、事前の下準備と堅実な調査を得意としており、その分析能力、対応力は侮れない。
「他方、真理華道は、派手な化粧を施し、紫色の女性用の着物を大胆にはだけ、裾をたくし上げ……大柄な体格をした、到底女性には見えぬ、女装忍軍にございます」
 年の頃は40歳前後、言ってしまえば『ゴツイおねぇ』である。今回現れるのは、ひたすら拳と筋肉に物を言わせるタイプのようだ。
 両者が相対するのは、子供達の為に設立された交通公園。
 時刻は日没直後。閉園時刻はとっくに過ぎている為、園内に人のいない状況ではあるが、ここは端緒に過ぎない。放置すれば、両者の戦いは近隣の住宅街へと移動し、戦火は広がっていくだろう。
 物的被害はヒールで修復可能。いかに人的被害を出さず、かつ勝利するか。それが今回の作戦の肝である。
「情勢が混沌としております故、闘争の原因を探りたい所ではございますが……しかし戦場に現れる螺旋忍軍は末端の者。情報の質、量、信憑性、いずれも期待はできませぬ」
 敵が情報を漏らしたとして、それが嘘ではないとも限らないし、そもそも忍軍自身が偽りの情報を握らされている可能性もある。尋問などは時間の無駄になるでしょう、と鬼灯は忠告する。
「何よりも犠牲を出さぬが第一。調査は後日じっくりと取り組む事として、まずは速やかな忍軍撃破に全力を。皆様、よろしくお願い致します」
 鬼灯は端正に腰を折り、頭を下げた。


参加者
チーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385)
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
風魔・遊鬼(風鎖・e08021)
ブランシュ・ヴァルディアブ(おめんやさん・e08260)
鋼・柳司(雷華戴天・e19340)
嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)

■リプレイ

●月華の因縁
 日没過ぎの交通公園で、両者は相まみえた。
「あぁらん、偶然。オコサマはオヒサマが沈んだらもう出歩いちゃダメじゃなぁい。しかもそんな地味ぃ~な服じゃぁ、車に轢かれちゃうわよォ?」
 嫌味たっぷりに紫色の唇を歪め、くねくねとしなを作るのは、奇矯な着物姿のおねぇ忍軍。裾は大胆にたくし上げて腿丸出し、襟も大胆にはだけて屈強な胸元がいまにもペロリしそう。非常に目のやり場に困るいでたちである。
「……真理華道。よもやこれほど早い段階で他の忍軍と接触する事になろうとは……」
 片や冷静に呟く若年の忍。黒一色、螺旋忍軍の本分を忠実に体現したかのようないでたちで端正に佇み、月華美人の刻印を記した武具を構える黒鋤組である。その声音は、外観相応の幼さを響かせつつも、口調には堅実な聡明さを感じさせる。
 一触即発。宵の口の緩い空気が、二人の忍軍の殺気に、たちまち引き絞られていくようだった。
(「……真理華道はともかく、ケルベロスの模倣をしてきた月華衆も動き出しますか。ここはきっちり始末されちゃってもらいましょうか」)
 嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)は胸中にごちると、仲間達と共に戦場へと駆け込んだ。
 真理華道の対岸、月華衆を背後から挟み撃ちにする形で。
「あぁん!? ケルベロスぅ!?」
 歌舞伎役者かくやと顔を歪めて、おねぇ忍軍がドスの効いた声を張り上げた。
「――」
 表情を見せないままに、警戒のギアを全開にする黒鋤組。
 鋼・柳司(雷華戴天・e19340)は黒鋤組を眼光鋭く見据える。
(「さて、過去には厄介な事件を起こした勢力だが……お陰で言い分には困らんな。まぁ身から出た錆だ。利用させて貰おう」)
 ケルベロス達の戦意と武具は、全て、黒鋤組に向けられていた。
 おねぇ忍軍が冗談っぽく肩をすくめる。
「はぁん……なぁに? おねぇさんに助太刀してくださるってのかしら?」
「ヤツらだけはぶっ潰す! そのためならテメェら真理華道にも手を貸してやらぁ!」
 恨み骨髄、とばかりにチーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385)が吐き捨てた。その迫力に、おねぇ忍軍は目をぱちくりとしばたたかせる。
「あら、本当に?」
「月華衆の暗躍で今までに街に被害が出ている」
 言葉少なに答えたのは、忍らしい装いの風魔・遊鬼(風鎖・e08021)。
「月華衆とは浅からぬ因縁というものがありまして。混沌極まりないでしょうが、月華衆を討ち取る好機を見逃せないんです」
 もう片方の因縁は胸中に隠して、麻代は淡々と告げた。
 和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)も大きく頷き同意する。
(「あまり、敵とは言え相手を騙すのは気が引けるのですが……いえ、ここは忍者に悟られない様に出来るだけ引き締めて難しい顔をしましょう」)
 ……声色で色々とバレてしまいそうなので、発言は自重中だ。同じくあまり器用でない近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)も、その隣で口をつぐんでいる。
「それに、街で抗争となると、一般人が被害を受けるからねぇ。僕らとしても、抗争を避ける為に、この場で片方は削っておきたいんだよね」
 ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)愛用の帽子を押さえながら、のんびりとあけすけに言い含めた。
「市街地での戦いは最小限に止めたい。俺達が無理に真理華道を攻撃する事はないだろう」
 柳司も理路整然と続けた。「こちらに攻撃してこない限りはね」とファルケが再度畳みかける。
「あと、おねぇの方がかっこいいから!!」
 頭の巨大花を誇らしく揺らしながら、オカマ最強! と、あえて、いかにも利用しやすそうな考え無しの賛美を送るブランシュ・ヴァルディアブ(おめんやさん・e08260)。
 己の優位を悟り、おねぇ忍軍はにんまりと顔を歪めた。
「あらあらまぁまぁ……」
「助太刀じゃない。敵の敵、というだけ。味方をする気はないよ」
 館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)がすかさず釘を刺した。
 騙し討ちは本意ではない。あくまで『一時的な共闘』という姿勢を、ケルベロス達は堅持した。

●ノリノリ筋肉
「……てことらしいわよぉ?」
 立てた小指を唇に当て、あてこするように黒鋤組に流し目を送るおねぇ忍軍。
 黒鋤組は顎を引き、螺旋の面に黒々とした陰影を落とした。
「なんて愚かしい……」
「馬鹿をお言いよ。立場が逆なら、アンタだって同じコト考えるでしょォ?」
「……」
 黙りこくってしまう黒鋤組。おねぇ忍軍は満足そうに目を細めると、ケルベロス達へと野太い声を投げかけてくる。
「アンタ達、嬉しい事言ってくれるじゃない? いいわ! 一時的でもなんでも、コイツを倒すまでは手を出さないでいてア・ゲ・ル♪ ――どぅぉぉぉおおおおりゃッ!!」
 ハートマーク爛漫たる語調から一転、おねぇ忍軍が吼えた。屈強な健脚で、瞬く間に黒鋤組の懐に飛び込み、岩石のような拳を瀑布の如く打ち込んでいく。
「く……っ」
 痛烈な暴力の洗礼に、身をよじって後退しながら、黒鋤組は小刀を闇夜に翻して月下美人の幻影を描き出した。
 直後、遊鬼が音もなく黒鋤組に忍び寄る。風魔式斬撃術『爆魔』。激しい爆発が黒鋤組の背を強襲した。続けて、徒手空拳で肉薄した柳司の旋刃脚が叩き込まれる。
(「バレませんようにバレませんようにバレませんように……」)
 紫睡は胸中でヒヤヒヤと唱えながらも、エレキブーストを付与する癒し手としての姿は堂々としたものである。
「そういえば、こうやって一緒に戦うのは初めてなんだよね。よろしく頼むよ」
 ファルケは同じ旅団の同僚である詩月に、にこやかに声をかけると、地面を力強く蹴り出した。
「……こちらこそ」
 巫女服めいた強化外装姿の詩月は、一拍遅れて朴訥に返すと、ファルケがハウリングフィストで月下美人の幻を砕いた直後を、砲塔から照射したフロストレーザーでそつなく連携する。
 麻代は最前線で目を惹く立ち回りを心がけながら根性平手打ちを叩き込んだ。ブランシュはいかにも楽しそうにストラグルヴァインを仕掛けては、公園内のインフラもおかまいなしに巻き込んでいく。
「あたれやゴルァァァァァァ――あぁッ!?」
 スピード任せの乱暴な降魔真拳は、きわどいところで躱され、勢い余ったチーディの上半身が生垣にめり込んだ。
 黒鋤組はふわりと弧を描くように飛び退きながら、大量の螺旋手裏剣を放った。それらは前衛に広く拡散すると、ケルベロス達の足を螺旋の軌道で幾重にも取り巻き、激しく斬り裂いていく。
「……ふぅん。これはいい盾だわ」
 一人陣営を別にするおねぇ忍軍は、難を逃れてにやりと笑んだ。

●返す刀はお互い様
 情勢は、言うなれば三つ巴。内、二勢力が一時休戦協定を結び、各々の陣営が独立して好き勝手に振る舞い、残る一勢力を各々に追い詰めていく、といった具合だ。
 当然、いつ破られるともわからない協定ではあったが、ケルベロス達は実直に黒鋤組のみを攻撃し続けた。
(「怪しまれている様子はない、か」)
 無言のまま両手のナイフで舞うように斬り込みながらも、遊鬼はおねぇ忍軍の動向に神経を尖らせる。
 どうやらおねぇ忍軍はケルベロスの働きに大満足の模様。振るう拳もノリノリで、黒鋤組だけを攻め立てる。圧倒的戦力差に、黒鋤組は瞬く間に追い込まれていく。
「そろそろおねんねの時間ねぇ……寂しいわァ!!」
 筋肉の巨体が弾丸のように跳躍、直上から固めた両拳が振り下ろされ、黒鋤組をアスファルトに叩き付ける。
「――ッ」
 黒鋤組は死力を振り絞って身をよじり、その身を闇夜に紛れさせた。白刃が闇に翻り、ケルベロス達を斬り刻みながら、月下美人の花を思わせる白い軌跡を描いていく。
 詩月は即座に鈴を鳴らし、詩歌をそらんじる。
「我が心は花なり。花が心は祝ぎなり。なれば祝ぎに相応しからぬものを遠ざけ給え」
 咲杜式巫術が一つ、花心令月。結界が、仲間達に纏わりつく邪な力を祓っていく。
 苦々しげな感情の揺らぎが、黒鋤組の面の下から伝わってくるようだった。
 黒鋤組は徹頭徹尾ケルベロスを狙った。一体で同格の実力を持つおねぇ忍軍よりも、個々としては劣るケルベロスを削る事で、死中に活を求めたのかもしれなかった。
 しかし、元より勝敗は決しているも同然の戦力差。次々と浴びせられる猛攻に、黒鋤組はあっけなく膝をついた。
「たまには、敵の気持ちになってみたら?」
 術を真似られる気分を味わってみればいいとばかりに煽りつつ、ブランシュが即席で作り上げた黒鋤組の仮面を装着すると、敵のグラビティそっくりそのまま、螺旋手裏剣が乱舞し、黒鋤組の足を螺旋の軌道で斬り刻んだ。
 少女とも少年ともつかぬ中性的な絶叫が、夜を切り裂く。黒鋤組の体は、細かな白い花弁を幾重にも散らしながら、足元から崩れ消滅していった。
 月華衆・黒鋤組、撃破完了。
「ぅふん。よくやったわねアンタ達――」
「――手助けだ助太刀だ共闘だするわけあるかウソじゃボケェェェェ!!」
 満足げにケルベロスを振り返りかけたおねぇ忍軍を、出し抜けにチーディのナイフが襲い掛かった。
 おねぇ忍軍は咄嗟に身を引くも、斬撃は肩口のきわどい所をかすめ、派手に血を吹かせた。
「ちょっとちょっとォ! いきなり無粋じゃなくって!?」
 裏返り気味の文句を無視して、問答無用とばかりに深々と懐に潜り込んだ遊鬼が、螺旋を籠めた掌をおねぇ忍軍の脇腹に押し当てた。体内に打ち込まれた衝撃に、屈強な上半身が大きくのけぞる。
「いくぜ降魔捷拳!」
 機敏な動きで接敵した泰地が、降魔の蹴りを打ち込み、容赦なくおねぇ忍軍の魂を喰らっていく。
 豪胆にも、至極自然な歩法でおねぇ忍軍へと歩み寄る柳司。
「これも戦場の習いだ。悪いがお前たちもターゲットでな」
「んなこったろーとは思ってたわよッ」
 格好の的とばかりに反射的に攻撃を仕掛けるおねぇ忍軍。が、柳司は即座に神経の電流を魔術制御し、神速の拳をお返しする。
「ふう、やっと自由に喋れます……。えっと、ここからは回復優先で……アメジスティア!」
 隠し事の重圧から解放され、紫睡は存分に治癒を解き放った。周囲を紫水晶を媒介した幻の泉が満たす。
「きれいだな……」
 その情景に吐息を零しつつ、ヒダリギも攻性植物を変形させ、湖畔にそっと添えるように黄金の果実を実らせた。二人による治癒が、黒鋤組が残していった爪痕をみるみる解消していく。
 戦況によってはポジション交代まで見込んでいたケルベロス達だったが、思いのほか手早い初戦決着により、そのままの連戦は可能だと判断した。手で帽子を押さえながら滑り込んだファルケのスターゲイザーが敵の動きに枷を掛け、詩月の砲塔から放たれたゼログラビトンが敵の拳に宿るグラビティを弱体化させる。息つく暇なく浴びせられるグラビティ。
(「決して浅からぬ、深く深い因縁、始末をつける好機、繋ぐためならなんでもしよう。楽しみでしょうがないんだ」)
 剣呑な感情に胸躍らせながら、麻代の掌は地獄の炎を集めて、敵の頬に根性注入の平手打ちをはたき込んだ。
 おねぇ忍軍は頬を真っ赤に腫らして、きぃぃぃぃぃいっ、と姦しく喚いた。
「まさか化かし合いでアタシが出遅れようなんて、一生の不覚……ッ」
 ブランシュのドラゴニックミラージュに焼かれ、チーディの拳に魂をつまみ食いされながら、おねぇ忍軍は悔しげにぼやいた。『一時』休戦の名目通り、黒鋤組を討ち果たした後は返す刀で……と企んでいたのは、ケルベロスだけではなかったようだ。

●これはまだ緒戦に過ぎない
 ケルベロスに機先を制されたとはいえ、黒鋤組からは一切攻撃を受けなかったおねぇ忍軍、まだまだ元気いっぱいだ。猛攻を受け止め、凌ぎながら、何か適当な物はないかと周囲に目線を馳せる。
「あぁんもう、クソの役にも立たないったらッ。……アンタね、さっきからドサクサに紛れて公園壊しまくってんの!」
 ビシリと人差し指を突きつけられるブランシュ。おめんの下で、イキイキ目を輝かせてニヤついているのは明らかである。
 交通教室用のガードレールにゴーカート、休憩用のベンチなど、周囲の設置物はひしゃげたり真っ二つになったりで、ほとんど使い物にならない。おねぇ忍軍は「仕方ないわねぇッ」と吐き捨てると、手近にあった信号機の、複雑に折れ曲がったポールに手を掛けた。
「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅうううおおおおおりゃぁぁぁッッッ!!」
 地獄の底から噴き出すが如き気合いの声と共に、筋肉を限界まで膨張させて信号機を引き抜くと、そのままの勢いで周囲を薙ぎ払った。
「おぉ、技巧派」
 麻代の背に庇われながら、ブランシュは声音に喜色を滲ませた。
 強靭な筋肉でもって、果敢にケルベロスを攻めたてるおねぇ忍軍。一撃一撃が重く、前衛が押し込まれヒヤリとする瞬間も幾度か。
 が、所詮は単独の下っ端忍軍。黒鋤組との戦いのさなかに着々と強化と防護を固め、下地を作り上げてきたケルベロス達は、徐々に戦闘の主導権を握っていった。
 チーディの強靭な脚が地面を蹴り出す。瞬間、その姿は目にも留まらぬ速さまで加速した。
「見えねぇだろ? てめぇは俺の歩みにすら追いつけねぇってこった!!」
 凄まじいスピードで駆け抜け、穿つ。一拍遅れて、おねぇ忍軍の胸部を衝撃が強襲した。
 遊鬼は無駄のない動作で、おねぇ忍軍の屈強な腕に、火薬で成形された棒苦無を突き刺した。
「触れれば爆けるが鬼の腕」
 着火、爆発。鮮血が派手に散る。
「がはっ……騙し討ちに武器破壊、おまけにスピード技に苦無とは恐れ入るわ……忍の専売特許を奪うなんて、アンタ達、やるじゃぁない、のッ!!」
 血を吐き捨て、信号機をぶん回すおねぇ忍軍。強烈な斬撃が前衛を薙ぎ倒していくが、危なっかしいチーディの前には、危うい所で詩月が躍り出た。
「敵の敵は……やっぱり敵、だね」
 緋色の装甲が信号機の強打を受け流し、すかさずスレッジハンマーに似たバールのようなものがフルスイングをお返しする。
「我が身に宿る十二輝石、アメジスト輝石の力よ、その身を伝う聖なる雫で満たして癒しと守りの力を与えん」
 紫睡が詠じ、紫水晶の泉が手早く皆の傷を癒していく。
「お前たちの趣味は正直よくわからんが……拳法家として、その鍛え上げた肉体には素直に敬意を表しよう」
 雷華戴天流、絶招、迅雷拳。柳司は己が神経の電流を魔術制御し、神速を得た反応速度で機械の拳を叩き込む。
「てか、夜の公園ってのはシノビっぽいけど一般人巻き込むくらいの規模や目立ちで戦ったらもうそれシノビじゃないじゃん!! 夜は夜でも早すぎるよ!! 深夜にやろうよシノビなら!! おこだよ!!」
 おねぇ忍軍を模したお面の下で言いたい放題まくしたてながら、ブランシュの小さな体が信号機をぶん回し返した。見立てのみを模写した攻撃は、おねぇ忍軍一人を正確に狙い定めて、甚大な衝撃を叩き込む。
 麻代は斬霊刀を引き抜き、空の霊力で包んだ刃を容赦のない軌道で振るう。
「今日の気分は滅多刺しです! 野太く尾を引くような断末魔をお願いします! 『あの人』の耳には届くでしょ」
 望み通り、おねぇ忍軍の野太い絶叫が公園中をこだました。
 帽子のつばを、ピンッと軽く弾くファルケ。
「3つ同時に火を吹くぜ!」
 銃を抜きざま、三連射。あまりの素早さに、銃声はあたかも一発であるかのように折り重なって響き渡った。
 三粒の弾丸は、立派に盛り上がった喉仏を正確に貫いた。
 隠々とした絶叫の余韻を残して、筋骨隆々たるおねぇ忍軍の巨体が、大の字で背後に倒れ込んだ。
 真理華道・おねぇ忍軍、撃破完了である。
「こちらは死体が残りましたか。有益な情報はなさそうですが、一応、身体検査はしておきましょう」
 戦闘を終えるや否や、さっそく諜報らしい探りを入れる遊鬼。
 惨憺たる有様となった交通公園内は、やらかした張本人であるブランシュを中心に、ヒダリギ達のヒールも手伝って、しっかりと修復されていった。
(「……真理華道が私の知っているままの組織なら、間違いなくケルベロスの矛先が集中する」)
 ヒールの輝きに満ちる公園で、麻代は一人、遠くを見つめる。
(「帝とかいうのも現れて組織同士の競争も始まった。利用しない手はない。あの人を斬るチャンスは必ず来る」)
 鬼気迫る昂揚と決意を宿して、麻代の瞳はギラリと燃えた。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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